85
アセアン諸国の英語と英語教育
その一 シンガポール共和国
藤 田 剛 正
目 次 0.0 はじめに
1.0 英語が実質上の国語の地位を占めるに至った理由 1.11945〜1963年シンガポール政治史の中の民族・言語問題 1.21965年シンガポール独立と民族・言語問題
1.3 シンガポール共和国の言語政策 2.0 シンガポール共和国の英語教育政策 2.1英語を話す国家社会の建設
2.2 英語を第一言語とする二言語教育 2.3 華語教育への配慮
2.3.1特別援助計画学校
2.3.2 Speak Mandarineキャンペーン 2.3.3 国民共有価値白書
3.0 シンガポール英語の特徴 3.1 シンガポール英語の用途 3.1.1公用語としての英語 3.1.2教育用語としての英語 3.1.3実用語としての英語
3.1.4民族内及び民族間コミュニケーション用具としての英語 3.1.5国民のアイデンティティを表現する言語としての英語 3.1.6国際語としての英語
3.2 シンガポール英語の使用者 3.2.1年齢
3.2.2 性別 3.2.3熟達度 3.2.4態度 3.2.5役割
3.2.6民族言語の背景
3.3 シンガポール標準英語の特徴 3.3.1規範の定義
3.3.2発音の特徴 3.3.3文法の特徴 3.3.4語彙の特徴
3.4 シソガポールロ語英語の特徴
3。4.1シンガポール標準英語と口語英語の関係 3.4.2発音の特徴
3.4.3文法の特徴 3.4.4語彙の特徴
0.0 はじめに
私は草書rアセアン諸国の言語政策』(穂高書店出版,1993年)の中で,シンガポール共 和国の言語政策についてはおおよそ次のように述べた。シンガポールの言語政策は理念とし ては,それぞれの民族の言語を尊重し,保護・育成する多言語主義(multilingualism)であ
り,この言語政策は独立後30年を経過した今日,整備された教育制度と,政府の強力な指導 によって,着実に成果を収めている。その証拠にシンガポール国民の公用語識字率は増加し,
民族語と英語の二言語使用者(bilinguals)の数も増加している。英語について見れば,国 民の過半数が,かつては,外国語であった英語に熟達し,日 々の生活で使っている。
本論文はシンガポールの英語に焦点を当てて考察する。1.では,そもそも何故に民族構 成上,実に国民の78%を占める華人の言語の華語ではなくて,英語が最大に有用な言語とし て選定されるに至ったかを歴史的に検証する。ついで,2.シンガポール共和国における英 語普及の実態を調査し,実質的に英語がシンガポールの国語の地位を占めるに至っている現 状を把握する。そして,3.今や英語はシンガポール国民の2割以上がこれを母語
(mother tongue)とする言語であって,外国語というよりも土着化された言語(indigen−
ized language)である。アメリカ合衆国で用いられている英語がアメリカ英語(American English),オーストラリア連邦で用いられている英語がオーストラリア英語(Australian English)とすれば,同じような意味と資格で,シンガポール共和国で用いられている英語 はシンガポール英語(Singaporean English)である。その特徴は何か。音韻論,統語論,
語彙の観点からシンガポール英語の特徴を考察する。
アセアン諸国の英語と英語教育
87
1.0英語が実質上の国語の地位を占めるに至った理由
表1 シンガポールの民族構成[人数()内は全人口に占める%]
1871 1911 1947 1970 1990 マ レ 一 系 26,148i26.9) 46,952i15.0) 115,735@ (12.3) 311,379@ (15.0)
380,600
@ (14.1)
華 人 系 54,572i56.2) 222,655@ (71.4) 730,133@ (77.6)
1,579,866
@ (76.2)2,089,400
@ (77.7)
イ ソ ド 系
11,501
i11.8) 27,990@ (9.0)68,978
@ (7.3)
145,169
@ (7.0)
191,000
@ (7.1)
そ の 他
4,890
i5.1)14,388
@ (4.6)
25,978
@ (2.8)
38,093
@ (1.8)
29,200
@ (1.1)
出所:シンガポール政府統計より作成
1.11945〜1963年シンガポール政治史の中の民族・言語問題
表1に見るように,シンガポール社会は華人系が,1911年以降は全人口の70%以上を占め,
現在は78%に達している。これに比べると,マレー系は14%,インド系は7%に過ぎない。
華人系が圧倒的多数の社会で,何故に華語ではなく,英語が実質上の国語の位置を占めるに 至ったか。
その理由はもっぱらシンガポール独立(1965年)前後の政治的・社会的情勢によるもので ある。ここでは当時の緊迫した政治の世界を顧みて,英語重視の言語政策に至る軌跡をたど ってみたい。 ・ 一
第二次大戦が終った1945年9月,イギリス軍はシンガポールに戻り,植民地体制に復帰し た。しかし,シンガポールやマレー半島では反植民地意識が高まっており,1945年12月には マレー半島の独立に向けた「マラヤ民主同盟」(Malaysian Democratic Union)が結成され た。マラヤ民主同盟はマレー半島に住むすべての民族による独立を第一・の目標に掲げたが,
同盟の内部は二派に分かれ,独立運動の主導権をめぐって争った。一方は英語学校
(English Stream)で教育を受け,中にはオックスフォードやケンブリッジに留学した海峡 華人(シンガポール生まれの華人)エリートであり,他方は華語学校(Chinese Stream)
で教育を受け,祖国の共産主義革命(1949年目に共鳴する共産主義シソバのグループであっ た。マラヤ民主同盟は1954年結成の人民行動党(People s Action Party)へとi繋がっていく が,この党も内部は英語教育組と華語教育組に分かれていた。
1957年マレー半島がマラヤ連邦(Federation of Malaya)としてイギリスから独立すると,
シンガポールは英連邦内自治州となり,外交・国防を除いた自治権が与えられた。そして,
1959年の自治州政府設立のための総選挙において人民行動党が圧勝し,リー・クァソ・ユー
が35才の若さで首相に就任した。
1963年,シンガポール自治州は,ボルネオ島のサバ州,サラワク州と共にマラヤ連邦に合 併し,ここにマレーシア連邦(Federation of Malaysia)が誕生した。こうして,シンガポー ルはマレーシア連邦の中の一州となることによって,イギリスからの独立を獲得したのであ
る。
しかし,1959年から1963年の間は,実は言語政策を含むシンガポール政治の路線をめぐっ て激しい闘争が展開されていた。それは窮極的にはイギリス的な国家を作ろうとするリー・
クァソ・ユーの英語教育組と,共産主義国家を作ろうとする共産主義シソバの華語教育組と の,イデオロギー闘争であった。
両者の対立は,1961年,マラヤ連邦との合併問題が起ったときに,鮮明な形となって表わ れた。マラヤ連邦のラーマン首相は,シンガポールの共産主義化を防止するには,シンガポー ルを自国内に取り込むしかないと考え,合併に賛成する意向を表明した。リー首相もマラヤ 連邦に入れば大勢の中で共産主義シソバの勢いを抑えることができると考えた。これに対し,
共産主義シソバのグループは,反共を国是とするマラヤ連邦政府の下では活動は難かしくな り,自分たちの望むような国家は作れなくなると考えた。合併には絶対反対であった。
1961年7月,人民行動党内の共産主義シソバは自治州議i会議員を中心に脱党して,「社会 主義戦線」.(Barisan Socialis)を結成した。労働組合や左翼学生の勢力をバックに,合併阻 止を賭けて,自治州議会の内外から,人民行動圏に対し,鮮明な形で対抗したのである。
1962年9,月,マラヤ連邦との合併をめぐる国民投票が行なわれ,合併反対の社会主義戦線 は投票ボイコットを呼びかけたが,結果は,73.8%の支持を得て,合併は承認された。
1963年2月,国民投票の結果に勢いを得たりー・クァン・ユー自治州政権はマラヤ連邦と,
共同で,「冷凍庫作戦」(operation cold storage)を発動し,社会主義戦線の委員長を含む主 だった指導者,労働組合指導者,左翼学生等,計百数十名を根こそぎ逮捕し,共産主義シソ バのグループに致命的打撃を与えた。
こうして人民行動党は共産主義に勝利したが,これは言語政策の観点からは華語教育組に 対する英語教育組の勝利であった。華語教育組の言語政策はシンガポール社会の圧倒的多数
を占める華人系の言語,華語を国語とし,華語教育と華文化を振興することであった。
もしも,この言語政策が共産主義運動と連動していなかったなら,当然に実施されていた であろう。それは華人系が社会の多数派であることの当然の帰結とみなされるからである。
しかし,華語を国語として華語教育を推進しようという言語政策は共産主義運動と不可分 につながっていた。共産主義の国際的拡張の時代を背景に,シンガポールでは華語教育が共 産主義運動と同一視されてしまっていた。それは1954年に設立された南洋大学が1963年には リー首相によって,共産主義の拠点と非難され,多数の学生が共産主義暴力者として逮捕さ れたことからも明らかであった。
シソガポ三ル歴史の中で,この時期は華語にとって受難の時代であった。というのは,華
アセアン諸国の英語と英語教育 89 語や華語教育そのものは何も悪いことはしていないのであって,た父華語教育を受けた華僑 集団の指導者が華語と華語教育を共産主義運動の道連れにしてしまったのである。このこと は国際共産主義運動が戸倉した1970年代後半に,リー首相の音頭取りで Speak Mandarin
「華語を話そう」のキャンペーンがくりひろげられていることからも明らかである。この華 語強調運動は国際共産主義運動の嵐が過ぎて,政治的にも社会的にも平静さが戻ったときに はじめて可能となったのである。
1.2 1965年シンガポール独立と民族・言語問題
1963年9月,マラヤ連邦11州,シンガポール自治州,それに基底マレーシアのサバ州とサ ラワク州,計14州は合体してマレーシア連邦をつくった。シンガポールは希望通り,マレー シア連邦に合併することで,イギリスから正式に独立したのである。しかし,合併後,マレー シア中央政府とシンガポール州政府との間に,国家理念の相違が明らかになってきた。
それは窮極的には中央政府のすすめる「ブミプトラ」(bumiputera)というマレー人優遇 政策に対するシンガポール側の反発であった。すなわち,マレー人は「ブミプトラ」(土地 の子)であり,華人やインド人は他所から来た移民に過ぎない。マレーシアはマレー人の国 であり,マレー人は,他の民族以上に優遇されるべき権利を有すると,中央政府は考え,そ ういう政策を行ってきた。これに対し,シンガポール州政権のリー首相や人民行動党は,こ こにいるのは全員が同じ移民だと反駁したのである。リー首相は中央政府が提唱する「マレー 人のためのマレーシア」政策に反対し,すべての民族が対等な,「マレーシア人のマレーシ ア」という考え方を主張したのである。
この時期,両者の対立はますます深まり,考え方の相違は民族間の対立にまですすんだ。
1964年7月にはシンガポールで,マレー人のお祭りをきっかけに,マレー人と華人の間で民 族騒動が発生し,20数名の死刑を出してしまった。こうしてマレーシアとシンガポールの対 立は,平和のうちに解決できない地点まで来てしまった。ラーマン中央政府首相はマレーシ ア国家を保持するにはシンガポールを除外するより外に方法がないと判断するに至った。
1965年8月9日,シンガポールはマレーシア連邦から追い出される形で独立国家となった。
合併こそがシンガポールに残された唯一の生存・発展の道と国民に説き,国民大多数の賛成 を得て合併に踏み切ってから,僅か,1年11ヶ月の後に,シンガポールはマレーシア連邦か
ら分離する協定書に署名したのである。シンガポールは今や孤立無援となり,東南アジアの 外海に放り出されたのである。こうしてシンガポールは独立と同時に,国家存亡の最大の危 機を迎えることになった。
この時期を省みて,いちばん重要なことはシンガポールがマレーシア連邦から分離独立す る契機となった国家存立に関する根本理念である。多民族国家にあっては民族間の平等こそ 最も大切なものであるという考え方である。この考え方はシンガポール共和国の言語政策の 根本にある考え方である。
1.3 シンガポール共和国の言語政策
以上に述べた政治的情勢と社会的情勢を踏まえて,シンガポール共和国は1965年発布の憲 法において国家の言語政策を以下のように制定した。
(1)マレー語,華語,タミール語,および英語をシンガポール共和国の公用語に定める。
(2)マレー語をシンガポール共和国の国語に定める。国語はローマ字書きとする。但し,
(a)何人も他のいかなる言語を用い,教え,また学ぶことを禁じられ,もしくは妨げられ ない。且つ,
(b)この条項は,シンガポールのいかなる言語についても,シンガポール政府がその使用 ・学習を保護し,支持する権利を有することを害うものではない。
この言語改策は総じて多民族・多言語間の平等・保護を謳う多言語主義(multilingualism)
の言語政策である。マレーシア連邦による「ブミプトラ」(マレー人優遇)の言語政策とは 大いに異なる。(2)でマレー語を国語に制定したことに関しては,シンガポールが当時置かれ ていた国際状勢に配慮したものである。すなわち,独立直後のシンガポールは,自国を挟む 北と南の両国と敵対状態にあり,シンガポールは華人国家,北と南はマレー国家であった。
さらに国内にマレーシアに共鳴するマレー系国民を抱えていた。そこで両国に対し,シンガ ポールもマレー国家の仲間であることを示し,内外の友好関係を進めなければならない地点 に立たされていたのである。
さて,シンガポールが多言語主義の言語政策を施行していく過程で,結果的に英語教育が 大いに進み,英語話者数を飛躍的に増やした。これは後に見る通りである。
圧倒的多数を占める華人系の標準言語である華語の教育は英語教育ほどには進んでいな い。その理由は華語教育がこの特殊な時期の故に国際共産主義運動と不可分に結びつけられ てしまったからである。この点は先に,詳述した通りである。何としても共産化を阻止した い当時の国家指導者にとって,自らの民族語である華語の教育を積極的に推進できない事情 があったわけである。華語教育の振興は共産主義運動の嵐が止むまで待たねばならなかった。
2.0 シンガポール共和国の英語教育政策
2.1英語を話す国家社会の建設
シンガポールが英連邦内自治州(1957年)となって以来,政権与党の人民行動党は英語を 話す国家社会の建設を政策綱領として抱いていた。ただし,これを正面切って目標に掲げた ことはなく,不文律の政策綱領にとどまっていた。それは多民族社会における現実的な政治 的配慮によるものであった。この目標はリー・クァン・ユーなど人民行動党一世指導者の好 みの反映でもあった。彼等は英語で教育を受け,西欧の高い教養を身につけていたが,出身
アセアン諸国の英語と英語教育 91 の民族語はあまり話せず,民族の根源から遊離していた。そのうえ,英語を話す国家社会の 建設は建国当時の社会的要請であった。
第一に,人民行動党はシンガポール社会を構成する各民族がそれぞれの文化特性を保持し 成長させることを党の綱領に掲げていたので,民族間のコミュニケーションを可能にする英 語の普及が緊要であった。いずれの民族も対等に共通の言語を使って交流し,それぞれの民 族の特性を国家社会の特性にまで高めていくことが求められた。
第二に,平常の民主過程を通して国家の主導権を「後向きで前近代的な」華語教育組に渡 すことは政治的にも経済的にも被害が大きいと人民行動党は考えた。従って,新独立国家に とって,政治権力を「近代化を進める」英語教育組の手に掌握しておくことは自分たちの特 別な任務であると確信していた。英語を話す国家社会の建設こそ華語教育組に政治の主導権 を渡たさない最も効果的な方法であると考えたのである。
第三に,みんなが英語を話すシンガポール社会は国際都市国家というイメージを生み出し,
人口比率において華人優勢な社会であることを被い隠し,南と北に隣接するマレー人大国の 拒否反応を和らげる効果があると考えられた。
第四に,みんな力瑛語を話すシンガポール社会は新独立国家にとって最も危険な盲信的排 他的民族主義を生み出す素地を少なくすると考えられた。
第五に,みんなが英語を話すシンガポール国家社会の建設はシンガポールが経済的近代化 を達成して繁栄を享受するために必要な近代科学技術を手に入れやすくすると考えられた。
以上,英語を話す国家社会の建設という綱領は国家の創立者たちが描いた多民族文化国家 の建設という大きな原則に基づいて追求されたのである。多民族文化国家では国内のすべて の民族にその固有の言語・文化・価値を保持・高揚する権利と機会が保証される。人民行動 党指導者は多民族文化国家をシンガポール社会の英語化によって実現しようと計ったのであ
る。
2.2英語を第一言語とする二言語教育
英語を話すシンガポール社会の建設という不文律の政策綱領は明文化された言語政策と言 語教育政策によって展開された。マレー語,タミール語,華語,および英語が等しく公用語 に制定され,等しく尊重されたが,英語は植民地時代から続く司法用語,行政用語であった。
シンガポール経済の国際化が進むと,それに対応して,貿易や産業においても英語の使用は ますます盛んになった。さらに,英語は初等教育から高等教育まで主な教育用語であった。
長期的に見て英語はシンガポール国民の主要な言語になることが期待されていたのである。
民族語の存続を保証しながら社会の英語化を進めるために人民行動党政府は教育政策の礎 石として公教育における二言語主義(bilingualism)の政策を施行した。当初の二言語教育 政策は自治州時代の1959年に始めたものであった。国語のマレー語必修を義務付け,加えて もうひとつの公用語の選択必修を要求した。選択必修すべき公用語は英語かタミール語か華
語であった。独立の翌年,1966年にはこの制度を改正し,マレー語に替えて英語を必修とし た。そして選択必修の公用語は生徒の民族語(マレー語,タミール語,華語)と定めた。二 言語主義教育においては文科系の科目は公用語となっている民族語で,理数系科目は英語で 教えることが通則となっている。二言語教育政策の窮極のねらいがシンガポール社会の英語 化にあることは明らかである。英語を主とする二言語教育政策を施行して3年を経過した時 の点でリー・クァソ・ユー首相は次のような談話を発表している。
今日シンガポールの学校では一言語しか話せない生徒,あるいは一言語だけを教 わった生徒は一人もいません。生徒が二言語または三言語を上手に話せるかどうか は本人の能力と努力,それに教育の質にかかっています。私達の政策は,誰であっ ても8年間の義務教育期間に第二の言語,文字,文化に一度も触れたことがないと いうような生徒を出さないことです。それは自民族の言語,文化がこの世の始めで あり終りであると思うような者を一人も出さないためです。
わが子を英語学校へ出して,そこで華語,タミール語,またはマレー語の自民族 語も学ばせるか,あるいは華語学校,タミール語学校,またはマレー語学校へ出し て,第二言語として英語も学ばせるかは両親の思う通りにすればよいのです。
シンガポールの学校における英語の優位は当初の予想よりも早く実現した。すべての民族 の両親が子供を自民族語の学校に出さないようになり,英語学校に出すように変ってきた。
それは英語学校を出た方が将来の子供の進路選択に有利であったからである。この時期,シ ンガポール経済は顕著に成長し,シンガポール社会は近代的工業社会へ移行していたのであ り,英語教育を受けた者には有利な就職口が待っていたのである。社会の最大多数を占める 華人系の父兄たちも華語学校に対する愛着以上に,子弟に将来の利益を約束する英語学校を 選ぶようになったのである。自民華語学校から英語学校への転換は表2に見るようにたいへ ん急激なものであった。
表2に見るように両親・父兄の側で英語学校を選択する者の比率が急上昇して,子供たち が自民族の言語・文化・価値を忘れ去る恐れがでてきたが,この時期には政府当局は何ら矯
表2 学校別就学率秘
教 育 用 語別 学校 1959年 1972年 1985年 英 語 学 校
リ 語 学 校 } レ 一 語 学 校
^ ミ 一 ル 語 学 校
50.9 S3.6 T.0 O.5
64.8 R0.9 S.0 O.3
97.0 R.0
鼈
出所:シンガポール政府統計より作成
アセアン諸国の英語と英語教育 93 正策を講じようとはしなかった。むしろ,この傾向は歓迎すべきことと受けとめられたので ラあろう。リー・クァソ・ユー首相は先の1969年の談話で,続けてこう言っている。
この10年間の統計を見ると,父兄が英語学校を選ぶ傾向が出ている。英語学校に 入れば子供たちはシンガポール国内であろうと外国であろうと大学進学の機会が多 く与えられます。そういうわけで,子供たちは二つの世界の一番よいものを手に入 れるのです。すなわち,文化や伝統を継承することによって感情的満足感を得ます。
さらに,シンガポールで生計を立てる職業につく能力を身につけるのです。
英語が教育用語として圧倒的優位に立ち,シンガポールの学校はすべて英語学校になって いった。そして上に引用したリー首相の談話にもみられるように,1969年という時点では,
たとえ大多数の生徒が英語学校へ移ってしまっても,各自の民族語は必修科目として学ばれ,
教えられているのだから,民族の言語・文化・価値の継承に支障はないと考えられたであろ
う。
1983年に入って政府はシンガポールの公教育で圧倒的多数の生徒が英語学校に行っている という事実を公式に認めた。教育省はこの年度に小学校に入学した児童の僅か1%未満が華 語学校に入り,残りの99%以上は,英語学校に入ったと発表した。そして,1987年までにシ ンガポールのすべての学校を,英語を第一言語(教育用語)とする学校に制度変更するとい う省令を告示した。
2.3華語教育への配慮
上に見るようにシンガポールの小学校はすべて英語を第一言語とする英語学校になった が,社会の圧倒的多数を占める華人系から不満の声が高まってきた。英語優先の言語教育に よって民族語の習得が進まず,その文化継承もあやしくなってきたというのである。これに 応えて人民行動党政府は次のような手当てを施行している。
2、3.1特別援助計画学校(1979)
教育省は1979年特別援助計画学校(Special Assistance Plan Schools)を発足させた。こ れはこれまで華語中等学校であった9校を政府の特別援助によって英語と華語の二言語教育 学校に仕立て替えするもので,入学資格は小学校卒業試験(Primary Schoo1:Leaving Examina−
tion)の成績が上位8%以内の者に限定した。これは明かに華人系子弟の英才教育である。
ヨ 教育省によるこの企画には次の3つの目的があると言われている。
1.優秀な華人系子弟に英語と華語の双方に等しく熟達させ,将来,これらの二つの言語と 密着する欧米と中国という異なる世界で等しく効率的に働らくことのできる人材を育成す
る。
2.華語学校の伝統と気風を保持する。
3.華人系国民の抱く華語能力低下に関する懸念に対し政府が無関心ではないことを保証す
る。
最近になって,(1994年1月)ゴー・チョク・トソ首相は特別援助計画学校の設立につい の
て次のような談話を発表している。
この学校を始めたのは華語の水準も使用も下ってしまったからです。もしシソガ ポール国民がただ英語だけを使うなら華人の文化遺産は消えて無くなってしまうで しょう。この学校は華人社会の力ある資産をなんとか維持しようという試みです。
単に華人系の職業や政治への懸念を配慮したものではありません。もっと大きな華 人社会の価値や特質を維持したいという思いがあってのことです。
やがて小学校卒業成績上位にあるこの学校の生徒の多くは英語と華語に等しく熟 達するでしょう。理想的な二言語使用者(bilingha1)になるでしょう。将来の国家 指導者はここから出てくるでしょう。もし国家社会のトップに立つ人々が華語に熟 達し,アジア的価値観を身につけているなら,シンガポールは磐石の重みをもった アジア的国家になるでしょう。
2.3.2 Speak Mandarin! キャンペーン
1979年9月リー・クァソ・ユー首相は先頭に立って Speak Mandarin! (「多謝華語」)キ ャンペーンを展開した。また,これ以後,毎年io月を「スピーク・マンダリン強調月間」と 定め,いまなおこの運動を継続して展開している。 Speak Mandarin! (「華語を話そう)」
キャンペーンは華語でのスローガンは「多講華語,少説方言」となっている。すなわち,華 人に向って,「方言をやめて標準華語を話せ」と訴える華語の一元化運動である。華人系は 人口多数派であるが,方言が多く(母語話者の多い順に,福建語,潮州語,広東語,海南語,
客家鳩,翠眉語,興化語,上海語,福清語,華語(北京官話)と少なくとも10方言を数える),
しかも異なる方言話者間の意思疎通は共通のことばを使わなければ不可能といわれている。
従って,方言で話している限り異なる方言話者相互は外国人同志のようなものである。そこ でリー・クァン・ユーは華人系国民の共通の帰属意識を育てるため,華人は方言をやめて標 準語の華語を話す必要があると痛感していた。そこへ学校教育で英語を優先させて華語が疎 かにされているという訴えが出てきたので,これを契機に,華語諸方言を標準語に統一する 政策を展開したのである。
1979年9月7日のSpeak Mandarin!キャンペーンの開会式でリー首相は次のように演説
う している。
華人系シンガポール人にはジレンマがあります。我々の話す華語は12以上の方言 に分かれています。子供は家で方言を話しています。学校では英語と標準華語を習 っています。二言語教育を始めて20年になりますが,学校で習う二言語と家で話す 方言と,三つのことばをみなきちんとこなせる子供はそう多くありません。短大・
アセアン諸国の英語と英語教育
大学まで進む12%がせいぜいのところです。
大多数は英語と方言だけを話すことになってしまいます。
95
キャンペーンの成果について,政府はキャンペーン開始の1979年には日常生活で華語を使 える華人は76%だったが,1987年には87%まで上昇し,大きな成果をあげていると発表した。
しかし,他方ではマレー系とインド系の反発を買ってしまった。すなわち,キャンペーンの ある時期に,職場でも華語を話すことが強調されたが,シンガポール社会の統合原理は英語 であるはずなのに,なぜ華人系の言語をそんなに強調する必要があるのか,職場で華語を話 そうというならば,マレー系,インド系はどうなるのか,という声が出てきたのである。
2.3.3国民共有価値白書
1991年1月政府は「国民共有価値白書」(White Paper on Shared Values)を発表した。
その中味は英語教育が含蓄する西洋的価値とは対照的な東洋的価値を称揚するものであっ た。共有価値として次の5項目が掲げられている。
1.社会よりも国家,個人よりも社会の優先 2.社会の基本的単位は家族
3.個人の尊重とその支援 4.争いよりも合意 5.人種的宗教的調和
の ウィー・キム・ウィー大統領は国会で次のように演説している。
もしも我々が我が国の進むべき方向・を見失いたくないならば,我が国各民族の文 化遺産を保持しなければならない。そしてシンガポール国民の本質を表わす共通価 値を称揚しなければならない。個人以上に社会を大切にすること,社会の基本単位 として家族を守ること,争議ではなく合意によって問題を解決すること,人種的宗 教的寛容と調和を強調すること,などは共通価値である。我々はこの基本的共通価 値を国家の理念として尊重しなければならない。このような国家理念は我々を独自 なアイデンティティと運命をもつシンガポール国民として統合するであろう。我々 はこの国家理念をすべてのシンガポール国民に特に若者に教える必要がある。
リー・クァン・ユー首相は1988年8月の独立記念講演で,次のように言っている。「シン ガポールは疑似西洋社会(pseudo−Western Society)になる危険性がある。これは英語教 育のせいだろう。われわれはあまりに多くの英語教育組を作ってしまった。しかも彼らは本 物ではなく,偽物だ。私の場合は白人至上主義の祖父からハリーと名づけられてしまった。
り私は長じてこれを拒否した。」
リー首相のこのような発言を起点として,シンガポールの国家指導者は西欧化に対抗 するものとしてアジア的価値を追求し始めたのである。
シンガポール共和国の二言語主義言語政策は,「英語の場合,その背後にある優勢な文化 の力による西欧化の危険があることを十分に承知した上で,コミュニケーションの実用面と 経済・社会の近代化を最優先させる実用主義の考え方によっている。英語はあくまでも実用 語なのであって,各民族の心,アイデンティティは自らの民族語から汲みとろうというので ラある」と私は『アセアン諸国の言語政策』の中で書いた。シンガポールの二言語主義言語政 策当事者は,こんにち,二言語の一方である英語の教育成果には十分に満足している。そし てもう一方の民族語の教育を一層充実させることによって,シンガポール国民のアイデンテ ィティの確立をめざしているのである。
3.0 シンガポール英語の特徴
シンガポール英語は,こんにち,世界英語の一地方変種(alocal variety of world English)
とみなされる。すなわち,アメリカ英語もイギリス英語もインド英語もシンガポール英語も みな世界英語であり,それぞれは地方変種である。地方変種はそれぞれに特徴がある。Braj Kachru(1982)のことばを借りると,「世界英語のよさはアメリカ人らしさをアメリカ英語 によって表わし,イギリス人らしさをイギリス英語によって表わすことができるところにあ る。同様に,第三世界の英語の変種も正しく評価し,育成しなければならない。」シンガポー ル人らしさはシンガポール英語によって表わすのである。以下,項目毎に,シンガポール英 語の特徴を分析する。
の 3.1シンガポール英語の用途
シンガポール共和国において英語はますます重要な言語となっているが,その用途は次の 6種に大分される。
1.公用語としての英語 2.教育用語としての英語 3.実用語としての英語 4.共通語としての英語
5.国民のアイデンティティを表現する言語としての英語 6.国際語としての英語
3.1.1公用語としての英語
1965年,シンガポールは独立し,政府は次の四言語を公用語に定めた:マレー語,華語,
アセアン諸国の英語と英語教育 97 タミール語及び英語。実際に,新聞,ラジオ,TV,政府,官公庁の告示や通達はすべて四 公用語でなされている。
英語が公用語として使われている国では英語は土着化しているので「外国語」ではない。
シンガポールでは英語が外国語といわれることはない。外国語とはシンガポールの学校で英 語ともうひとつの公用語の二言語に加えて教えられている言語,例えば日本語やフランス語 のことである。
3.1.2 教育用語としての英語
1987年以降,シンガポールのすべての学校で英語が教育用語となっている。それ以前は四 公用語が教育用語であり,教育用語によってそれぞれ英語学校,華語学校,マレー語学校,
及びタミール語学校と呼ばれていた。現在はすべての初等学校・中等学校は英語学校である。
大学においても勿論英語が教育用語である。ただ,歴史的に,1954年創立の南洋大学では1974 年まで華語が教育用語であった。1975年からは英語が教育用語となったが,1980年には廃校 となり,シンガポール国立大学に統合された。また,現在でも,華語華文学科では華語が教 育用語であり,マレー語マレー文学科ではマレー語が教育用語である。この二学科を除くす べての学部・学科では英語が教育用語である。
3.L3実用語としての英語
英語はシンガポールの主要な実用語(aworking language)である。英語は司法・行政の 用語である。従って,.身分証明書,運転免許証,車輌等登録,私有財産登記等の文書には,
英語が使われる。法的契約書も英語で書かれる。少数の華僑企業を除いて,公共部門,民間 部門を問わず就職の面接試験は英語で行なわれる。労働界では就業にも昇進にも英語能力が 重要な規準である。
3.1.4 民族内及び民族間コミュニケーション用具としての英語
教育を受けた国民の大多数は少なくとも二言語を話せるから,どの言語を民族内・民族間 コミュニケーションに使うか選ぶことができる。英語は教育を受けたシンガポール人にとっ てそのような選択肢のひとつである。
歴史的にみると,初期の華人系移民の間では封建語が広く使われた。華語も多少使われた が,英語やマレー語を使う人は少なかった。マレー系の間ではマレー語が,インド系の間で はタミール語が民族内コミ,ユニケーションの用具であった。
この民族内コミュニケーションの模様は,この30年間で大いに変ってきた。今日では,華 人系の間では英語か華語を使う場合が多い。実際,シンガポールの若者たちの多くはいわゆ る華語方言をあまり上手に話せなくなっている。マレー系の間では以前と同じくマレー語が 使われるが,それと同じくらいに英語が使われる。インド系の間ではタミール語に代って英
語が民族内コミュニケーション用具となり始めている。
民族間コミュニケーションでも様相は変ってきた。伝統的に,華人がインド人やマレー人 と話すときは英語か商用マレー語(Bazaar Malay)を使った。今日では,英語を使うこと の方が多い。他の民族間のコミュニケーションでも同様の変化が起っている。
学校では英語と華語の使用が増えている。インド系,マレー系でも子弟を英語を第一言語 として華語を第二言語とする英語学校へ送り出す父兄が増えているので,将来は民族内と民 族間のコミュニケーションに,英語と華語がもっぱら使用されるようになるだろう。教育を あまり受けていない庶民のレベルでは封建語と商用マレー語の使用が続くだろう。
国内の様々な状況で英語と華語の使用が増大すると,シンガポールの英語,シンガポール の華語の存在が問題となるだろう。言語学者は英語と華語のシンガポール変種を記述しよう
として研究し,学校の教員は教室で教えるべき受容可能な変種を選択するだろう。
3.1.5国民のアイデンティティを表現する言語としての英語
民族のアイデンティティは華人系は華語で,マレー系はマレー語で,インド系はタミール 語で表現するが,シンガポール国民としてのアイデンティティは英語で表現される。このこ とは前シンガポール国連代表のティー・ピー・コ一男の次のことばにいちばんよく表わされ
ユの ている。
外国でバスや汽車や飛行機に乗っていて,誰か他の人が話しているのを耳にする とき,あ,この人はマレーシアの人だ,シンガポールの人だということが直ぐに分 ります。私が外国で話しているときも,私の国の同胞は,私がシンガポール人だと いうことを,すぐに分って欲しいと思います。
シンガポール人は海外では標準的な英語を話す。そしてシンガポール人と認められること を期待する。しかし,彼の英語が標準英語であるのは統語論(syntax)の面から言えること であって,音韻論(発音,リズム,強勢,抑揚)の面からではない。英語の話者がシンガポー ル人であるとわかるのは音韻によってである。シンガポール英語の強勢や抑揚はイギリス英 語やアメリカ英語のものとは異なるのである。
3、1.6 国際語としての英語
シンガポールは国際コミュニケーションの交差点に位置しているので,英語の重要な用途 は国際語である。Larry Smith(1976)は,国際語を「世界の異なる国々の人々が互いにコミ ュニケーションを図るときに使う言語」と定義している。
シンガポールにおける国際語としての英語を論じる際は,機能面と構造面に分けて論じな ければならない。機能面だけを考えるなら,外国から来た人と英語で話している人は国際語 としての英語を使っているのである。アメリカやオーストラリアや日本から来た観光客と話
アセアン諸国の英語と英語教育 99 している無教育のタクシー運転手の英語も国際語としての英語なら,シンガポール国内ある いは外国の国際会議で話している高い教育を受けたシンガポール代表の英語も国際語として の英語である。
ただ機能面だけから国際語としての英語を定義すると,重要なことを見失う。それは話し ている人の教育や母語の背景によってきまってくる英語構造の問題である。国際会議でシン ガポール代表が話している英語はタクシー運転手の英語とは種類が違う。それは構造面の違 いである。前者はイギリス標準英語にかなり近いものであるが,後者は標準英語とは程遠い 一種のピジン英語である。この構造面からみたシンガポール英語の特性については3.3で
扱う。
ロわ 3.2 シンガポール英語の使用者
3.2.1年齢
統計資料を見ると,年齢と英語識字率の間に相関関係があることがわかる。例えば1970年 の政府統計によると,両者間は逆相関となっている。すなわち,15〜19才の年齢層の英語識 字率は50%であったのに対し,40〜44才の年齢層の英語識字率はわずかに19%であった。
1975年度の統計では,15〜20才の年齢層の英語識字率は87.3%まで上昇したが,40才以上の 年齢層の英語識字率は27.5%に止まった。
若年層と高齢層の間に英語識字率の乖離がみられるばかりでなく,それぞれの層内で話さ れている英語には構造的に相違が認められる。教育省の二言語主義教育政策省令(1966年)
施行前に中等教育を修了した年齢層についてみると,英語学校修了者と非英語学校修了者の 間にはその英語の構造面に大きな相違がみられる。すなわち,前者の英語は文法ばかりでな く発話行為規則や表現の多様性という点でも熟達度が高い。しかし,30才以下の年齢層につ いては同年齢層内で英語の構造面の違いはさほどみられない。
これは,二言語主義教育政策によりすべての学校が英語学校となったことの効果とみられ
る。
3.2.2性別
性別による英語の相違は特に語彙の面でみられる。例えば,青年層で軍役を終了した者達 の間で kuning ということばが使われている。 kun は封建語で sleep を意味する。そ れに英語の接尾辞 ing をつけた混成語である。この種の軍隊で使われる混成語は婦人の間 うまでは及んでいない。何故なら女性に徴兵制度は適用されてないからである。
3.2.3 熟達度
シンガポールのような多言語社会においては,どの言語で話すか,またどの言語からどの 言語に切り替えをするかは,話し合っている当人たちの言語熟達度によって決まる。例えば,
英語と華語の二言語を話すシンガポール人は,話し相手が華語には熟達しているが英語には あまり熟達していないと判かれば華語で話すであろう。もし双方とも弾語に熟達していれば,
会話の中で何回か一方の言語から他方の言語へ切り替えるだろう。
熟達度はまた,言語の中のどの変種を使うかを決める。例えばシンガポール英語の上層変 種(acrolect),中層変種(mesolect),下層変種(basilect)の全階層変種に通じている人は,
相手の熟達度によって自由にどの階層変種で話すかを決める。他方,ただ下層変種しか知ら ない人は相手が誰でも下層変種で話す。それ故に上層変種に熟達しているシンガポール人が 外国人と話をするとき,相手がシンガポール英語の下層変種を知っていないと思えば,上層 変種で話しかける。もし,相手の外国人が下層変種を知っていると判かり,状況がインフォー マルな場合は,上層変種から下層変種に切り替えるだろう。
熟達度によって話題別にどの言語を使うかが決められる。例えば,たいていのシンガポー ル人は学問的話題は母語の華語方言によらず,英語か華語で話すことができる。他方,家庭 生活とか宗教が話題なら,英語や華語ではなく,母語の華語方言だけを使って話すだろう。
3.2.4態 度
シンガポール国民の言語に対する一般的態度は二言語使用者(bilingua1)になりたいとい う願望に見て取ることができる。シンガポールで二言語という場合,それは英語ともうひと つの言語を意味する。英語は職業と高等教育と民族間コミュニケーションへ向って門戸を開 くので役立つ言語と受け取められている。中学4年生を対象になされたアンケート調査で,
英語を一番役に立つ言語と答えた者は英語を自分の言語として認めたいからではなく,役立 つからと答えているのは興味あることである。他方,華語を一番役立つ言語と答えた者は,
華語は自分の言語だからと言っている。
たいていのシンガポール人は自分たちの話す英語はいわゆる英語母語話者の話す英語とは 異なるということを認めている。勿論,彼等は映画やテレビの画面を通して英語の母語変種,
すなわち,イギリス英語やアメリカ英語に接触している。彼等はそれらが自分達の話す英語 と違うことを受容している。しかし自分達の英語が国内でも外国人にも通じる限り,自分達 の英語に満足している。
3.2.5 そ≦ヒ 害U
当事者間の役割の違いがどの言語を使うか,どの変種を使うかに影響する。例えば,教室 における英語教師の場合,彼が英語を使うのは彼が「英語教師」の役割を演じているからで ある。彼も生徒も別の言語に等しく熟達しているかもしれないが,英語教師の役割を演じる 者としては別の言語を使うことは許されないのである。教室外では生徒に話すときそちらの 言語を使うであろう。生徒が英語を話すことが困難である場合は特にそうである。教室外で は教師は「友人」の役割を演じているのであり,言語の切り替えは役割の切り替えの印しと
アセアン諸国の英語と英語教育 101 みることができる。どんな状況でも英語を話すことを勧めるため,教室外でも生徒に対して は英語教師の役割を続け,英語で話している教師も当然いるわけである。
役割が言語変種の使用に及ぼす影響については,例えば,この同じ英語教師が教室で使う 英語は彼の使い得る最上層変種となるだろう。しかし,英語を教えていない状況では,生徒 と話すとき親しさの感情を表わしたければ,下層変種に切り替えるだろう。勿論,この切り 替えは無意識に,あるいは,半ば無意識に行なわれる。
英語教師を例に挙げたのは,この教師が教室で使う言語変種の選択で直面する矛盾を示す ためである。言語学習がうまくいくためには,特に小学校のレベルでは,教師の役割は「教 師」と同時に「友人」でもなければならない。それ故に教師が役割を時々切り替えるのは当 然である。シンガポール英語の上層の変種は正式な状況で使われ,インフォーマルな状況に は合わないものだからである。
3.2.6 民族言語の背景
英語使用者の言語背景は彼が使う英語の変種に大いに影響する。第一・に,習得上の第一言 語である母語から第二言語への干渉が起るので,マレー人,インド人,華人の話す英語はそ れぞれの母語の発音特性をもっている。
第二に,多くのシンガポール人は二つ以上の言語を同時に習得するので,干渉がどの言語 からどの言語に向つたのか方向を究めることはむつかしい。英語は熟達度の観点からみて話 者の第一言語,第二言語,第三言語であり得るし,習得の順番からみれば第七言語というこ
ともあり得ることである。
第三に,英語は多種多様な言語背景をもつ人々によって,また,二つ以上の言語を話す人 々によって,たいへん広く使われているので,話されている英語の言語変種は話者自身の言 語背景に影響されているばかりでなく,社会の他の人々の言語背景からも影響を受けている。
例えば,あるシンガポールの英語話者はタミール語は話せないがタミール語からの特有の影 響を示しているかもしれない。それはその人がタミール語の発音特性をもった英語を話す人 から英語を習ったからである。
3.3 シンガポール標準英語の特徴 3.3.1規範と定義
シンガポール標準英語(Singapore Standard English)の規範または定義を個条書きする
ヨラ
と次のようになる。
1.英語地方変種の特徴を有すること。
2.他国の英語地方変種と相互理解性を有すること。
3.シンガポール標準英語の話者は英語学校出身者であり高卒以上または大学卒業者であり,
現在,家庭でも職場でも一般に英語を話している者であること。
4.公的コミュニケーション:新聞,ラジオ,テレビ,政治指導者の演説,政府告示,通達 に使われている英語。
5.公教育の場で教育用語として使っている英語,教科書が書かれている英語。
6.外交,国際通商,国際学術会議などで教育ある英語話者が使っている英語。
3.3.2 発音の特徴
Tay(1993)によるとシンガポール英語の上層変種(acrolect)がシンガポール標準英語で あり;その発音はイギリス標準英語の発音(Received Pronunciation)(RP)とは次の点で 異なる。
α.リズムとイントネーション
イギリス英語のRP発音は強勢拍リズムであり,前後の強勢のない音節の数に関係なく,
強勢のある音節が等時間間隔に生じるリズムを持つ傾向がある。強勢拍リズムは「モールス 信号リズム」とも言われる。これに対し,シンガポール英語は上層変種であっても音節拍リ ズムである。すなわち,各音節がほぼ等しい長さを持ち等時間間隔で生じるようなリズムを 持っている。この「機関銃リズム」はシンガポール英語の一番大きな特徴である。
イギリス英語のイントネーションをみると音調の高さに巾があり,多くの音調パターンが あるが,シンガポール英語は音調の高さ,巾が狭く,音調パターンの数も多くない。この相 違のために,イギリス英語ではイントネーションを使って様々な自己表現ができるが,シン ガポール英語ではそれができない。シンガポール英語をマレー系,華人系,インド系の変種 に分けるものもイントネーションである。
∂.強勢のパターン
シンガポール英語の強勢パターンは次の4点において容認発音(RP)と異なる。
i.イギリス英語で第一強勢第ご強勢を持つ語がシンガポール英語では等強勢である。
容認発音 シンガポール発音
ce−le一∂名とz−tion ce−1e−bra−tioIl
an−n1一〃〃一Sa−ry an−n1−Ver−Sa−ry
ii.品詞区分を示す強勢の違いがなくなる。
容認発音 シンガポール発音 in6磁s6(動詞) increase(動詞と名詞)
勿crease(名詞)
com〃Z鋸(動詞)
oo〃zment(名詞), comment(動詞と名詞)
血.強勢を違って置く。
容認発音 シンガポール発音
力culty fao%Jty
アセアン諸国の英語と英語教育 103 00丑eague cOIZ6α即ε
o乃αracter cha名αcter
eCOπOmlC eOOnOm1C
iv.例えば, I want a new door key と言うとき, RPでは文尾の語 key の上に強勢 を置かない。シンガポール英語では key の上に強勢を置く。そうすると, I want a new door勿(not a door 3妙).のように対照的な意味をRPなら表わすことになる。
以上のリズム,イントネーション,強勢のパターンはシンガポール英語を他の地方変種と 区別するものである。
6.母音
i.母音の長さと質
RPではある母音は三様に対照される。例えば砒とわ6α における/i/と/i:/の対照,
ρ〃〃とρ001における/U/と/U:/の対照,また60 と0α%g玩における/り/と/O:/の 対照は三様対照である。まず,一つには舌の位置による対照である:すなわち,前母音対後 母音。二つには長さの対照である:すなわち,短母音対長母音。三つには張りの対照である:
すなわち,張りの母音対緩みの母音。シンガポール英語においては前二者の対照だけが行わ
れる。
血.二重母音
go,4砂,プb瑚それに 加紹における母音はRPでは土重母音/eu/,/ei/,/つa・/そ れに/εe/と発音される。シンガポール英語ではこれらは純粋な長母音/o:/,/e:/,
/5:/それに/ :/と発音される。
坦.強勢のない音節におけるあいまいな発音
RPでは第一一強勢のある音節の前の強勢のない音節の母音はあいまい母音/0/で発音さ れる。例えば,カ〃協砺60η01%S伽,ψ0π,αθα吻ゐ彪それにの算0観のような語は第二音節に 強勢があるので,その前の第一・音節の母音はあいまいな母音で発音される。シンガポール英 語ではそれらの音節の母音も完全な母音[ae],[o],[A],[a],それに[o]で発音され
る。
4.子音
シンガポール英語はRPとよく似た子音体系をもっている。等しく24子音の音素で構成さ れるが,異音分布は異なる。異音分布の主な相達は次のようなものである。
i.語尾における閉鎖音の破裂
語が子音で終るとき,閉鎖音/P,t, k, b, d/および破擦音/t∫.,d3/はRPでは破裂され るが,シンガポール英語では破裂されない。
h.有声化
すべての閉鎖音,破擦音,および摩擦音/f,v,θ,δ}, s, x,1,3/は語のすべての位置で,
RPでは,有声音対無声音の対立が起る。シンガポール英語ではこれらの閉鎖音,破擦音お
よび摩擦音は語の終りの位置では有声化しない。従ってわθ1吻¢三熱舷∂〃θs,名工即はそれぞ れ6薦砺吻飾,0π鵬名00罐のように発音される。逆に,歯茎摩擦音,硬口蓋歯茎摩擦音で RPでは無声音であるところで,シンガポール英語では有声音となる。例えば%8θs(名詞),
D606励飢ρ7磁 θ鰯。πはRPでは無声音の摩擦音で発音されるが,シンガポール英語では 有声音の摩擦音で発音される。
3.3.3 文法の特徴
ユ ラ シンガポール標準英語とイギリス標準英語の間に文法上,何ら有意の相違は存在しない。
3.3.4語彙の特徴
シンガポールの状況でイギリス英語とは別の意味をもつようになった単語がある。その一 エの 例は,bungalowである。シンガポール英語で, bungalowは「二階建」を意味する。
3.4 シンガポールロ語英語(Singapore Colloquial English)の特徴 3.4.1 シンガポール標準英語とロ語英語の関係
Mary Tay(1993)はシンガポール英語を上層変種(acrolect),中層変種(mesolect),下
Formal Careful Consultative CasuaI Intimate
図1 シソガポールロ語英語の構図 SSE/ISE
3
2
1 SCE/IFE
驚
Advanced Adept Intermediate Basic Rudimentary 出所:Pakir(1991)p.114
図の解説:SSE:Singapore Standard English(シンガポール標準英語)
ISE:Intemational Standard English(国際標準英語)
SCE:Singapore Conoquial English(シソガポールロ語英語)
IFE:Indigenised Form of English in Singapore(シンガポール英語土着変種)
Proficiency Cline(熟達度推移線):レベル1Rudimentary(初歩的レベル)レベル2Basic(基礎的レベ ル)レベル31ntermediate(中級レベル)レベル4 Adept(熟達レベル)レベル5 Advanced(上級レベ ル)Formality Cline(形式性推移線):レベル11ntimate(親密レベル)レベル2 Casua1(無頓着レベル)
レベル3Consultative(相談レベル)レベル4 Careful(慎重レベル)レベル5 Forma1(正装レベル)
図の1の三角形は熟達度,形式性共に2のレベル,即ち,それぞれ基礎的レベルと無頓着レベルに止ま っている英語でTay(1993)のいう下層変種に当る。2の三角形は推移線はそれぞれ中級レベル,相談 レベルにあり,Tay(1993)のいう中層変種に当る。3の三角形は熟達度推移線も形式性推移線も最高 度,即ち上級レベルと正装レベルにあり,Tay(1993)のいう上層変種に当る。本論文では1と2を合 わせたものをシソガポールロ語英語(SCE),3をシンガポール標準英語(SSE)と仮定している。