インドにおける経済自由化と 公企業部門改革 (下−2)
立 山 杣 彦
Ⅰ はじめに
Ⅱ 1980年代までの産業政策などの自由化の流れ
Ⅲ 1991年7月以後のナラシマ・ラオ政権下における経済自由化
Ⅳ 公企業部門の実態と公企業部門政策
Ⅴ 予算支援削減・配当増強,および公企業経営の自治強化と 業績改善のための覚書契約(MOU)制度
以上,『経営と経済』第77巻1号(1997年6月)
Ⅵ 疾病公企業対策と産業金融再建委員会(BIFR)
Ⅶ 疾病公企業の再建・閉鎖と自発的退職計画(VRS)および 全国再建基金(NRF)
以上,『経営と経済』第80巻4号(2001年3月)
Ⅷ 1991年7月のインド国民会議派新政権に至るまでの公企業の 株式売却・民営化前史
Ⅸ 1991年7月発足のナラシマ・ラオ国民会議派政権下における 公企業株式の売却政策とその実態
Ⅹ 1996‑97年度から1997‑98年度までの,デーヴェ・ゴウダ統一 戦線政権およびI.K.グジュラル第二次統一戦線政権下にお ける,公企業株式売却政策とその実態
以上,『経営と経済』第87巻4号(2008年3月)
ⅩⅠ 1998‑99年度以降の人民党べジュぺイー連合政権下における 公企業の株式売却・民営化政策
ⅩⅡ 人民党べジュぺイー連合政権下における公企業の株式売却・
民営化の実態と問題点
<補論>2004‑05年度以降の国民会議派マンモハン・シン連合政 権下の公企業の株式売却・民営化政策の概観
ⅩⅢ 結びにかえて 以上,本号
* 執筆の機会を与えて頂いた関係者の皆様には深く感謝申し上げる次第である。
ⅩⅠ 1998‑99年度以降の人民党べジュぺイー連合政権下における 公企業の株式売却・民営化政策
大統領は,1997年末に第11次下院の構成では安定政権成立の見込がないと 判断し,議会解散と第12次下院選挙を命じた。同選挙は,1998年2月から3 月にかけ実施され,インド人民党(ヒンドゥー主義政党バラティーヤ・ジャ ナタ党(
Bharatiya Janata Party: BJP
))が政権の座に着いた。BJP
は下院 議会少数派であり,同党を中心とする10数党からなる連合政権が形成された。アタル・ベジュぺイー内閣は3月19日に就任した。3月18日に発表された
BJP
連合のナショナル・アジェンダは,政府の安定,失業対策を訴えてお り,BJP
のヒンドゥー的主張は抑制されている。経済政策では,消費財などの分野への外資導入には否定的だが,インフラ・
高度技術分野への外資については歓迎している。注目点は,核政策の再検討,
必要な場合の核兵器導入であった。(1) ベジュペイー政権下の1998‑99年度予 算は,「スワデシ」予算と呼ばれるように,それまでの貿易自由化の方向と は異なり国内産業保護のための8%の付加関税を導入するとともに,核開発 関係費の大幅増を打出した。(2) 5月,地下核実験が行われた。日米,欧州諸 国や世銀による政府援助・融資の停止などの経済制裁が行われ,そのインド 経済への悪影響の懸念から外国機関投資家の資金引揚げがかなりの規模で生 じた。(3)
同政権は1999年4月議会で信任を得られず崩壊し,第13次下院選挙が99年 9〜10月に実施され,
BJP
を中心に20余党が参加し「国民民主連合(Na- tional Democratic Alliance
:NDA
)」が形成され政権の座に着いた。新政権 は「第二世代の改革」を訴え,懸案の経済関係諸法案を議会に提出し,外国 企業も含む民間に保険業を開放する新保険法案や外貨管理をさらに自由化す る外国為替運用法案を成立させるなど「積極姿勢」を展開した。(4)公企業の株式売却・民営化については,それまでの政権とは異なり,以下 のとおり,この政権下では公企業の民間部門への株式大量売却・民営化を目
指し,大胆な新政策が続々と打出され,実態面においてもこの点が明確に反 映されている。これと比較すると,2004年6月に発足する次期の国民会議派 を中心とする国民進歩連合(
United Progressive Alliance: UPA
)政権下の 株式売却・民営化政策と実態面との相違は大きい。後者についても,本稿で 簡単に〈補論〉として取上げるが,詳細も含め別稿を予定している。インドは,1998年5月の核実験直後より,米国を中心とする相次ぐ経済制 裁にもかかわらず,大国としての米国の存在を冷徹に捉え,対米関係改善の 意図をもち対米外交を展開していった。ヒンドゥー至上主義政党である人民 党を中心とする政権の下でこのような対米外交が推進されたことはある意味 では意外であるが,1947年の独立以降のインド外交のしたたかさを考慮すれ ばある程度理解できよう。一方,1990年代の米国では様々な研究機関やシン クタンクがインドに注目すべきだとの趣旨の報告書を続々と刊行し,世界が インドに目を向けるきっかけとなった。インドの核実験という不測の事態を 迎えつつも,米国の対印関心は,第2期クリントン政権(97〜01年)から明 確化する。
インドの核実験直後からの対米関係改善を目指す外交と米国の1990年代後 半よりの対印重視の姿勢は,両国関係の緊密化を促進し,それぞれ次期のブ ッシュ政権と国民会議派を中心とする連合政権とによる印米原子力協定締結 に至った。あらゆる手段を用い国際的反対を封じ込めたブッシュ政権の後押 しにより,核拡散防止条約(
NPT
)・包括的核実験禁止条約(CTBT
)未批 准のインドは,米国との原子力協定に漕ぎ着けた。国際社会にとって最重要 課題の一つである,核軍縮,核兵器廃絶に重大な脅威をもたらすこととなっ た。(5) 印米原子力協定をめぐる一連の動向については別稿を予定している。1 1998‑99年度,99‑00年度の財務相予算演説,1999年3月16日の政府に よる公企業株式売却に際しての新たな業種区分など
[1] まず,1998年6月1日の
Y
.シンハ財務相の98‑99年度予算演説では,次のように謳われている:「政府はまた,一般的事例においては公共部門企
業の政府持株を26%まで切下げることを決定した。戦略的考慮を要する公共 部門の場合には,政府は多数株式を保有し続けるであろう。労働者の利益は 全ての場合に保護させる。」(6) 戦略的考慮を要しない一般的公企業について は,政府持株の74%の売却が明確に打出されており,大量の政府持株放出に 踏切ることが明言されている。
1999年2月27日の
Y
.シンハ財務相の99‑00年度予算演説では,今後の公 企業部門全体に対する戦略について,次のように謳われている:「公共部門 企業に対する政府の戦略は,戦略的部門企業の強化,漸次的株式売却もしく は戦略的売却による非戦略的部門の企業民営化,さらには弱体企業に対する 存続可能な再建戦略の工夫という3つの措置の慎重な組合わせを,包含し続 けるであろう。」(7) このように,単なる公企業の株式売却ではなく,非戦略 的部門の公企業株式売却による「民営化」や「戦略的売却」という表現が,政府の公式の政策声明において初めて使用された。前述のように(第Ⅷ節),
それまでのインドの政治・経済・社会的状況の下では,公式の政策声明など で「民営化」という表現自体を使用することが難しかった。
「戦略的売却」とは,一般的には,特定の企業または企業グループへの経 営権の移譲を伴う公企業におけるかなりの割合の政府持株の売却を意味する と考えられる。当時のインド政府株式売却省のウエブサイトによれば,詳細 を省くとすれば,「会社の戦略的売却については,その取扱い(
transaction
) において二つの要素がある」として,「大量の株式の戦略的パートナーへの 移譲」および「経営権(management control
)の戦略的パートナーへの移 譲」を挙げている。公企業の「戦略的売却」とは民営化そのものである。さ らに,ラマクリシュナ委員会(1996年8月〜99年11月の公共部門株式売却委 員会(第Ⅹ節))は,「戦略的売却」について次のように説明している:「選 ばれた公企業を対象とする戦略的売却という選択肢は,経営権を伴うかなり の株式の売却,もしくは技術移転契約により補完された少数株式の売却に関 わるものとなろう。いくつかの特別の場合には,合弁企業という方法も一つの選択肢であろう。」(8) 個々の事例を綿密に調べたわけではないが,技術移 転契約を伴う少数株式の売却というルートは注目点の一つであろう。(9)
上記両年度の財務相予算演説は,公企業の株式売却・民営化政策という点 で新たな局面に踏込んだものと判断される。これ以降の年度における予算演 説などの政府声明や決定の多くは,これらを具体化し,深化させるとともに,
その「成果」を誇示しようとしている。
[2] つぎに,多くの産業部門における公企業株式の大量売却を可能にした,
同政府による産業分野別の株式売却比率についての政策を見てみよう。
(1) まず,前政権下のラマクリシュナ委員会による産業分野別株式売却比 率について見ておきたい。同委員会の1997年2月における第Ⅰ報告書
Part A
で,産業分野別株式売却比率について次のように述べている:①現在の政府声明によれば,次の4業種のみが戦略的分野(
strategic group
)であり公共部門の独占的分野である:(
å
)武器・弾薬,および国防設備関連品目,戦闘機・戦艦;(æ
)原子力 エネルギー;(ç
)1953年原子力エネルギー(生産・利用)統制令下の指定 業種に属する特定鉱物;(è)鉄道輸送。②資本・技術集約度が高く市場構造が寡占的になりそうな部門が中核分野
(
core group
)である:遠隔通信,発電・送電,石油開発・精製などであり,株式売却は最大限49%まで可能である。適切な規制機構が設置されるべきで ある。
③その他が非中核分野である:74%もしくはそれ以上の売却が望まし い。(10)
(2) ところが,財務相の1999‑2000年度予算演説後の99年3月16日,イン ド政府は,公企業株式売却に際して新たに次のとおりの業種区分を発表し た:
①「戦略的公共部門企業は次の分野の企業であることが決定された:(
å
) 武器・弾薬・関連防衛設備品目・戦闘機・戦艦;(æ
)原子力エネルギー(原子力発電,放射線・放射性同位元素の農業・医療・非戦略的産業への応用の 領域を除く);(
ç
)鉄道輸送。」②「その他のすべての公共部門企業は非戦略的部門と見なされることとな った。非戦略的公共部門企業については,政府の持株比率の26%までへの切 下げは自動的なものではなく,削減の方法や速度はケース・バイ・ケースで 行われることが,決定された。売却比率についての決定は,すなわち政府持 株を51%未満へ切下げるかそれとも26%まで切下げるかは,次の考慮に基づ いて行われることとなろう:(å)その産業部門が,民間の手中に力が集中す ることを防ぐために,公共部門のプレゼンスを対抗力として必要としている のかどうか;(
æ
)その産業部門が,公共部門企業が民営化される以前におい て消費者の利益を守るための規制機構(regulatory mechanism
)を必要とし ているのかどうか。」(11)上記の同政府による1999年3月16日に発表された業種区分では,ラマクリ シュナ委員会の業種区分とは異なり,「中核分野」は無くなり,「戦略的部門」
以外の全ての分野は一括りにされて非戦略的部門と見なされた。同部門につ いては,政府持株比率は51%未満への切下げが可能となり,条件を満たせば 政府持株比率26%までの引下げが可能となった。ごく一部の「戦略的部門」
を除く多くの産業部門で,公企業における政府持株の大量売却が可能となっ た。
[3] また,下記の2000‑01年度における財務相の予算演説からも明らかな ように,1999年12月10日,政府は,株式売却への体系的アプローチを有し,
株式売却の中心機関として活動する株式売却局(
the Department of Disin-
vestment
)を情報・放送担当国務相アルン・ジェイトリー氏の下に設置した。政府は,これにより,株式売却を円滑に促進するため諸公企業を管轄諸 省による支配から事実上切離した。(12)
なお,1998‑99年度末に後述の石油関連部門3公企業の,これら3者間の 株式相互持合を前提とした政府持株の売却が行われたが,これに関する2000
年6月23日と02年9月7日の政府決定については後述。
2 2000‑01年度,01‑02年度の財務相予算演説,大統領演説など
[1] 株式売却局の新設について触れた2000年2月29日の財務相
Y
.シンハ による2000‑01年度の予算演説について見ておこう。同演説では次のように 謳われている:「公企業株式の売却/民営化/公共部門の再構築(
restructuring
)は,公 共部門に対する政府の政策であり,それは明確で一切の疑念を含まない。そ の主要な要素は次のとおりである:◆潜在的に生存可能な公企業の再構築と 再生;◆再生不可能な公企業の閉鎖;◆必要な場合,全ての非戦略的公企業の 政府持株を26%もしくはそれ未満へ引下げること;◆労働者の利益を全面的 に保護すること。」「政府は,近年,公企業の株式売却・民営化に対する体系的政策アプロー チを確立し,確定された公企業の戦略的売却(
strategic sales
)にますます 重点を置くことになるこのプログラムに新たに弾みをつけるために,一種の 株式売却局(a new Department for Disinvestment
)を新たに設置した[1999年12月10日]。すべての非戦略的公企業の政府持株は26%もしくはそ れ未満に削減され,かつ労働者の利益は十分に保護されるであろう。公企業 株式の売却・民営化により得られる全収入は,社会部門,公企業の再構築や 公的債務の削減に使用されるであろう。」(13)
同演説では,公企業の再構築,労働者の利益の保護について謳われている ものの,上記の1999年3月16日の政府の政策によって打出された非戦略的分 野における公企業の政府持株の26%もしくはそれ未満の比率への売却,なお かつ戦略的売却へ重心を置くプログラムを中心とする公企業株式売却局の新 設が柱となっている。こうした株式売却局の新設は,公企業の大量株式売却・
民営化の制度整備の重要な一環である(後に01年9月6日に売却局は省へ昇 格したが,次期政権発足後の04年5月27日に財務省の1部局に降格された)。
さらに,時間的には上記の財務相予算演説にやや先立つと推察される,
2000年2月の両院合同議会での
K
.R
.ナラヤナン大統領の演説について見て おこう。その内容は,以下のとおりであった:①民間部門の成長の結果,公共・民間双方の部門は,「国民部門(
the na- tional sector
)」のうちの相互補完的な部門と見なす必要がある。政府は,も はや莫大な累積赤字を抱込んだ公企業を,強力な圧力の下で,公的融資のみ によって支えることはできない。中央政府・州政府ともに,公企業株式売却 計画に乗出さざるをえない;②「政府の公企業に対するアプローチは,潜在的に存続可能企業の再生;再 生不能な公企業の閉鎖;非戦略的公企業の政府持株の26%もしくはそれ未満 までへの引下げという,三重の目的を有している。労働者の利益は魅力的な
VRS
(voluntary retirement scheme
:任意退職計画)やその他の諸措置を通 じて十分に保護されるであろう。このプログラムは,既に,初期段階ではか なりの成功を収めている。政府は,Indian Airlines
(IA
)/Air India
(AI
)/Indian Tourism & Development Corp
.(ITDC
)/Indian Petrochemicals Corpn
.Ltd
.(IPCL
)/Videsh Sanchar Nigam Ltd
.(VSNL
)/Computer Maintenance Corporation Ltd
.(CMC
)/Bharat Alminium Co
.Ltd
. (BALCO
)/Hindustan Zinc Co
.Ltd
.(HZC
)/Multi Udyog Ltd
.(MUL
) の ような企業の株式のかなりの部分の売却を決定した。必要な場合には,透明 な方法により戦略的パートナー(strategic partners
)が選定されることとな ろう。」(14)この大統領演説では,民間部門の成長を前提に,州政府公企業をも含め累 積赤字公企業の株式売却の必要性が一般的に謳われている。さらに,政府の いくつかの公企業対策とともに,かなりの数の重要公企業名を挙げ各々の株 式のかなりの部分の売却を既に決定したことが明らかにされ,「必要時の戦 略的パートナーの選定」すら打出されている。内容的に上記財務相演説と補 完関係にあることはいうまでもない。
なお,政府は,2000年6月23日,民間部門に対する対抗力としての公共部 門 の 存 在 を 確 保 す る た め に , 石 油 ・ ガ ス 分 野 の 3 公 企 業
G A I L
(G a s Authority India Ltd
.)/IOC
(Indian Oil Corporation
)/ONGC
(Oil and Natulal Gas Corporation Ltd
.)の民間部門への株式売却を支持せず,「旗艦 会社(flagship companies
)」として株式を保有し続けることを決定した。(15) これは,第ⅩⅡ節の展開からも明らかなように,3社の政府持株の民間部門 への売却は避けるが,これら公企業3社の株式相互持合を前提として,これ らへの政府持株売却を行うとする政府決定である。石油・ガス分野の優良3 公企業の株式相互持合により経営権・支配権は政府が保持し,かつ財政収入 を確保するための巧妙な方法である。しかし,この政府決定は,明らかに,99年3月16日における同政府が打出した政府持株売却の産業分野別基準には 合致していない。ベジュペイー連合政権は,明らかに同分野を特別なものと 位置付けている。
[2] 財務相
Y
.シンハは,2001年2月28日の2001‑02年度予算演説では,<我が国の公共部門はほとんどの経済分野で拡大し,十分に国民に奉仕して きた。あらゆる分野で能力が発展し,強力な産業基盤が構築されてきた。今 やこれらの企業は,強化され新たな環境の下で競争力を持ち繁栄しなければ ならない。>との前置きの下,自信に満ちて,過去の年度をはるかに上回る 大量の株式売却を打出し,次のように述べている:「これらの会社の株式売 却の進展を前提とすれば,私は,来年度に大胆な株式売却を行い1,200億ル ピーの収入を得ることにより面目を施したい。このうち700億ルピーは,公 企業の再構築,労働者へのセーフティネット,債務負担の軽減への支援に用 いられるであろう。500億ルピーは,主として社会・インフラ部門の計画へ の追加的予算支援の供与にも用いられるであろう。計画への追加的予算配分 は,予定される収入の実現を条件とするであろう。私は,当年度の経過期間 中,計画委員会と相談しながら部門別配分を提案するであろう。」(16)
公企業株式大量売却の必要性を指摘するとともに,収入の使途をもかなり
明確に示しながら,その正当性を強調している。
3 2002‑03年度,03‑04年度の財務相予算演説,大統領演説,2002年12月 9日の株式売却相演説など
[1] 2002年2月28日の
Y
.シンハ財務相の2002‑03年度予算演説では,戦 略的売却による収入増についての,これまでの成果と今後の期待という点に かんして,次のとおり謳われている:「私は,今や,公企業の株式売却・民 営化手続きの簡素化により,7公共部門会社,およびthe Hotel Corporation of India
(HCI
)とthe India Tourism Development Corporation
(ITDC
)の いくつかのホテル資産の戦略的売却を成就させたことを,報告できることは 幸いである。少量株式の売却から,戦略的投資家を対象とする大量株式の戦 略的売却へのアプローチの転換は,価格収益比率の改善をもたらした。我々 は,今年度,別の6社およびHCI
/ITDC
の残りのホテルの株式売却成就を 期待している。今年度の株式売却収入は,VSNL
よりの188億7,000万ルピー の特別配当を除き,500億ルピーと見積もられている。私は,これらの成果 に鼓舞され,来年度もう一度,公企業株式の売却により1,200億ルピーの売 却収入を得る栄誉に浴したい。」(17)また,公企業株式売却が「至上命題」であること,戦略的売却による「す ばらしい成果」などを主張した2002年2月の
K
.R
.ナラヤナン大統領の両院 合同議会での演説について見ておこう。これは,時間的には上記の財務相予 算演説にやや先立つものと推察される。同演説では,公共[企業]部門はイ ンドの「自助」という国民的目的の達成において称賛に値する役割を果たし てきたが,インド国内およびグローバルな経済環境の著しい変化により公 共・民間両部門が競争力をつけることが至上命題になっているとして,以下 のように謳われている:「とくにここ10年間の我々の経験に学べば,公共部 門企業の株式売却は,もはや選択の問題ではなく至上命題である。これらの 企業の大半への財政支出の長期化は,もはや持続不能である。公企業株式売却政策,および公企業株式売却について採用された透明性の高い手続きは今 や広範に受入れられ,少数株式の売却から戦略的売却への重点の移行はすば らしい成果を生み出してきた。政府は,公企業労働者のセーフティネットの 改善のため二つの重要な決断をした。第一には,1992年または97年に賃金改 訂が行われなかった公企業の
VRS
による受益を増強したことである。第二 には,VRS
の下で退職する労働者が自営業を営むための訓練の機会を増や したことである。」(18)同演説では,公共企業部門への長期的財政支出が不可能の下で公企業株式 の売却は「至上命題」であり,公企業株式売却政策は広範に受入れられてお り,戦略的売却の下での株式売却収入により,公企業退職労働者のセーフテ ィネット改善を可能としたことが語られている。同演説が,公企業株式売却 の必要性と具体的成果という点で,上記の財務相演説を補完していることは いうまでもない。
次に,前述の石油・ガス分野3公企業間の株式相互持合を前提とした政府 持株売却に関連する,2002年9月7日の次の政府決定について見ておきた い:「中央公共部門企業,中央政府が所有権を有する(政府所有51%以上の)
協同組合(
Central Government owned Cooperative Societies
)は,その他 の公共部門企業の株式売却に購買者として参加することは許されるべきでは ない。いくつかの特別の場合,公共の利益のために何らかの形でこれらの制 約を受けないことが望ましいと考えられる事例があれば,当該の省・部局が 大臣から構成される公企業株式売却に関する中核グループの検討を求め適切 な提案を行うことができよう。」(19) それまで石油・ガス3公企業間の株式相 互持合を前提とする,これらの政府持株の3企業への売却を(またそれ以外 についても石油関連分野における公企業への公企業株式売却を)認めてきた が,この決定の前半部では原則的にこれを認めないものとしている。しかし,後半部分では,公共の利益に沿っていれば特例的に認められる場合もあると しており,事実上,石油・ガス分野における公企業間の株式相互持合を前提と
するこれら公企業への政府持株売却を認めるものとなっていると判断される。
[2] 前出の株式売却局はその後,2001年9月6日に株式売却省へ昇格する
(しかし,政権交替後の2004年5月27日財務省の一部局となった)。
A
.シャ ウリー株式売却相が2002年12月9日に両院議会で行った政策声明について見 てみよう。同声明では,次のように謳われている:①「公企業株式売却の主 要な目的は,国民の資金・資産を最適利用し,とくに我が国の公共部門企業 に固有の生産的潜在力を解放することである。公企業株式売却政策は,とく に次の4点を目指している:◆公共部門企業の近代化と改善,◆新資産の創設,◆雇用の創出,◆公的債務の償却。」;②「政府は,公企業株式売却が国民資産 の喪失をもたらさず,国民資産が株式売却過程を通じてそのまま維持される ことを,保証し続けるであろう。政府は,株式売却代金を社会・インフラ部 門に使用するとの約束の継続を完全に目に見える形にするために,一種の株 式売却基金(
a Disinvestment Proceeds Fund
)を創設するであろう。この 基金は,新たな雇用機会・投資への融資や,公的債務の償却のために使用さ れるであろう。」;③「天然資源会社(natural assets companies
)の株式売 却については,財務省・公企業株式売却省は,ガイドラインを制定するであ ろう。財務省はまた,内閣株式売却委員会の検討に資するために,政府株式 が戦略的パートナーに売却された会社の残余政府保有株式の保有・管理・処 分のための一種の資産管理会社(an Asset Management Company
)を設置 する点についての実行可能性とその様態にかんする文書を提出するであろ う。」(20)株式売却相は,改めて公企業株式売却の目的を確認し,公企業株式売却が 国民資産の喪失をもたらすものではなく,とくに社会・インフラ部門への使 用を「目に見える形」にし具体化するための「株式売却基金」の創設,天然 資源企業の株式売却ガイドラインの制定,戦略的売却の結果による政府残余 株式を対象とする資産管理会社の設置について提言している。同声明は,公 企業株式売却の正当性を強く訴えるとともに,戦略的売却を中心とする公企
業株式売却を円滑に進めるための制度整備を目指したものである。
株式売却相の上記声明を受け,2003年2月28日,財務相
J
.シンの2003‑04 年度財政演説では次のように謳われている:「私は,来年度の株式売却が加 速すると,確信している。私は,既に明らかにされた公企業株式売却基金,および株式売却後の残余株式を保有するための資産管理会社についての,細 目を2003‑04年度早期に仕上げ,…公企業株式売却は政府に収入をもたらす だけではなく,これら企業の生産的潜在力を解放し,政府を事業から切離し,
新たに企業統治に向かわせなければならない。」(21)
財務相は,上記の株式売却相の公企業株式売却のための制度整備提言を受 け,株式売却基金,資産管理会社の早期発足について語るとともに,それま での政府の政策声明などを一歩踏越え,政府は株式売却により各公企業の事 業への直接的介入を止め,これら企業のコーポレート・ガバナンスの構築に 専念すべきであると,明言している。
4 2001年7月の公企業株式売却委員会の再構成
最後に,再構成された公企業株式売却委員会(
the Disinvestment Com- mission
)について見ておこう。2001年7月,政府は,同委員会を2年の任 期で再構成し,R
.H
.パティル博士が委員長となった。その他,4名の非常 勤委員と1名の主席委員(member secretary
)が構成員となった。政府は,99年3月16日に明らかにされたような現存の政策やその時々の財務相の予算 演説を考慮に入れながら,子会社を含む「非戦略的」公共部門企業(
IOC
/ONGC
/GAIL
を除く(これについては前述))すべてについて優先順位をつ け,調査し,勧告することを,同委員会へ委託した。優先順位づけについて は,次の基準を順守することも決定された:(a
)公共部門企業の株式売却が 政府に大きな収入をもたらす;(b
)株式売却が,障害が最小限でかつ比較的 より短期間に,成遂げられうる;(c
)政府資金の継続的流出がより早期に停 止されうる。再構成されたその委員会は,2003年3月までに6報告書(第13から第18ま
での)を提出した。これらの報告書において,17公共部門企業について新た な勧告がなされ,4公共部門企業については[以前の]勧告が再検討された。
同委員会は,17の新たに調査された公共部門企業のうち,8公共部門企業の 場合は戦略的売却を,6公共部門企業については政府の全持株の売却または 閉鎖を,勧告した。『公企業白書(2006‑07年度版)』によれば,同委員会の 任期は2004年10月まで延長され,上記4公共部門企業の勧告再検討を含め41 公共部門企業についての報告書を提出し,04年10月31日をもって任期を終え 解散された。(22)
ⅩⅡ 人民党べジュぺイー連合政権下における公企業の株式売 却・民営化の実態と問題点
表19−2 株式売却収入など:1998‑99〜2007年7月 年度 株式売却
予算目標額
中央公共部門企業 (CPSEs)における 少数保有株式売却額
あるCPSEにおける 多数保有株式の 他CPSEへの売却額
戦略的売却による
株式売却額 その他関連諸取引 による収入額
1998‑99 5,000 5,371.11(1) − − −
1999‑00 10,000 1,479.27(2) − 105.45 275.42
2000‑01 10,000 − 1,317.23 554.03 −
2001‑02 12,000 − − 3,090.09 2,567.60
2002‑03 12,000 − − 2,252.72 1,095.26
2003‑04 14,500 12,741.62 − 342.06 −
2004‑05 4,000 2,700.06 − − 64.81
2005‑06 設定されず − − − 2.08
2006‑07 設定されず − − − −
2007‑08 設定されず − − − −
[註](1)537億1,110万ルピーのうち、418億4,000万ルピーはONGC/GAIL/IOCの相互株式購入 (2)147億9,270万ルピーのうち、45万9,270万ルピーはONGC/GAIL/IOCの相互株式購入 (3)企業名は略称であり、正式名称は本文中に明記している。
[出所]Department of Disinvestment, Disinvestment till now, Disinvestment Transactions and
(Annexture1)@[2009.11.15].
以上の政策の展開を基に,株式売却・民営化が続々と実施されていったが,
順次個々の年度の株式売却・民営化について見ていきたい。なお,ここでは 民営化・戦略的売却のすべてに言及するわけではないが,重要なものについ ては取上げ,手短にその問題点などについて論ずる。なお,株式売却の動向 については表19‑2を参照されたいが,以下の本文と同表との間にずれが見 られる場合もある。
[1]1998‑99年度における株式売却の実態と問題点
政府は,1998年11月,
Container Corp. of India
(CONCOR
)の900万株を 国内市場で売却し,22億1,650万ルピーの売上収入を得た。99年2月,Videsh Sanchar Nigam Ltd
.(VSNL
)についてはグローバル預託証券によ るユーロ市場での売却が首尾よく行われ,78億3,680万ルピーの売上収入が(単位:1,000万ルピー)
売却されたCPSEs/
会社の残余保有株式
売却による収入額 総収入額 CPSE/会社名および株式売却方法など
− 5,371.11 VSNLのユーロ市場での売却;CONCOR/GAILの国内市場での売 却;石油部門3社(GAI/ONGC/IOC)による相互売却。
− 1,860.14 GAILのユーロ市場での売却;VSNLの国内市場での売却;BALCO の減資とこれよりの配当;MFILの戦略的売却。
− 1,871.26 KRL/CPCL/BRPLのCPSEsへの売却;BALCO/JMCの戦略的売 却。
− 5,657.69
CMC/HTL/VSNL/IBP/PPLと、ITDC/HCIのホテル資産の戦略的 売却、Hotel Centaur Juhu Beach Mumbaiの事業不振による売却、
およびAshok Bangalore[Hotel]のリース;VSNL/STC/MMTC よりの特別配当;VSNL従業員への株式売却。
− 3,347.98
HZL/IPCLと、ITDCのホテル資産の戦略的売却、およびCentaur Hotel Munbai Airportの事業不振による売却;MULにおける経営権 のスズキ自動車への譲渡に対する割増金;MFILにおける「解消特 権」の行使による政府残余持株売却;HZL/CMC従業員への株式売却。
2,463.73 15,547.41 JCLの戦略的売却;HZL買付選択権付取引;MUL/IBP/IPCL/ CMC/DCI/GAIL/ONGCの購入募集;ICI LTd.の株式売却。
− 2,764.87 NTPCの購入募集とONGCのスピルオーバー;IPCL従業員への株 式売却。
1,567.60 1,569.68 MUL株式の公共部門金融機関・銀行および従業員への売却。
− −
2,366.94 2,366.94 MUL株式の公共部門金融機関・銀行およびミューチュアル・ファン ドへの売却。
よりの収入を構成する[原註]。 よりの収入を構成する[原註]。
Realisations1.1Summary of Receipts frpm Disinvestment:1991‑92to July2007,pp.2/12〜3/12
得られた。政府はまた,99年2月,前出の石油・ガス3公企業の1つ
GAIL
の3,061万株を国内市場で売却し,18億1,780万ルピーの売上収入を得た。これに加え,政府は,石油・ガス3公企業の
ONGC
/IOC
/GAIL
の要請 を受入れ,政府が保有していた各々の株式の一部を3公企業に売却し,3公 企業間の株式相互持合という状況が生じた(これに関する2000年6月の政府 決定については,第ⅩⅠ節2[1]/3[1]参照)。政府は,これにより418億 4,000万ルピーの売上収入を得たが,厳密にいえばこれは公企業株式の民間 部門への売却とは考えられない。株式相互買取りの詳細は次のとおりであ る:IOC
が各々ONGC
/GAIL
株式の10%/5%,ONGC
が各々IOC
/GAIL
株式の10%/5%,GAIL
がONGC
株式の2.5%を買取った。(23)当時の野党であった国民会議派は,豊富なキャッシュ・フローを有する石 油関連公企業が政府から株式を買戻し,これを公企業間で交換する動きを強 く批判し,公企業の利益を犠牲にしているとして政府を非難した。同党のマ ンモハン・シン元財務相(
UPA
政府現首相)は,政府は資本市場を発展さ せるという当面の目的から逸脱し,予算を支えるために株式買戻法令という 措置を利用していると,主張した。(24)この年度,売却目標額500億ルピーに対して実際の売却額はこれを超え,
537億1,110万ルピーに達した。上記の問題のある石油・ガス3公企業の株式 相互持合を前提とした,これら3企業への売却額が約78%も含まれており,
この額面どおりには評価できない。(25) しかし,重要産業における比較的業 績好調な公企業による株式相互持合を,一方的に批判するのはやや疑問であ る。インドの経済発展においてきわめて重要な位置を占める石油・ガス分野 の国民の資産である公企業部門を,こうした方法で維持・発展させることは 全面的に否定されるべきではないと考えられる。
[2] 1999‑2000年度における株式売却・民営化の実態と問題点
2000年1月,
Modern Foods India Ltd
.(MFIL
)の株式のほぼ74%の戦略 的売却は著名多国籍企業(MNC
)Unilever
のインド子会社Hindustan
Lever Ltd
.(HLL
)をパートナーとして行われたが,一応政府は10億5,450 万ルピーの売却収入を得た。政府は,HLL
との協定により,閉鎖前期間(1999年4月1日〜2000年1月31日)に閉鎖後調整金(
post closing adjust-
ments
)を支払わなければならない。この条項により1億940万ルピーがHLL
に還流し,MFIL
株式74%の純売却額は9億4,510万ルピーまで減額さ れた。これは,公企業株式の50%超が戦略的パートナーへ売却され,会社の 経営権が民間部門へ移譲された最初の事例である。戦略的売却直近の4財政 年度におけるMFIL
の純資産は相当程度に(最高時の純資産額約1億7,570 万ルピーの50%超)目減りしていたので,同社は1985年疾病産業会社(特別 条項)法の要件に基づき産業金融再建委員会(Board for Industrial and Financial Reconstruction: BIFR
)へ報告書を提出しなければならなかった。また政府は,
GAIL
株式1億3,500万株をグローバル預託証券発行により ユーロ市場で売却し,94億5,000万ルピーの売上収入を得た。さらに,100万 株のVSNL
株式を国内市場で売却することにより,7億5,000万ルピーの収 入を得た。加えて政府は,前年度の国民会議派による批判にもかかわらず,石油・ガ ス分野3公企業の政府持株を売却し(
IOC
株式のONGC
への売却,ONGC
株式のGAIL
/IOC
への売却),GAIL
/IOC
/ONGC
間の相互持合をいっそ う進めることにより,45億9,270万ルピーの売却収入を得た。なお,
Bharat Aluminium Company Ltd
.(BALCO
)の財務リストラによ り,24億4,420万ルピーの収入が得られた。これは,同社のかなりの現金積 立金(cash reserves
)を使用することにより可能となった。これによりB A L C O
株 式 の 5 0 % を 減 じ た 。 政 府 は 株 式 売 却 前 の 公 企 業 の 積 立 金(
reserves
)を株式売却売上金として回収することを意図したが(次年度,以下からも明らかなように,
BALCO
株式の戦略的売却が行われる),この ようにして得られた収入は厳密には公企業株式の民間部門への売上金とはい えない。結局,1999‑2000年度,
BALCO
の財務リストラによる収入を加え,5公 企業の株式売却および石油・ガス分野の公企業間の相互持合を前提とする株 式売却により,政府は181億8,200万ルピーの総収入を得た。(26) これらの収 入は,同年度の株式売却目標額1,000億ルピーには遠く及ばず(15.7%),し かも内容的にも本来の民間部門への株式売却額とは見なされないものを含ん でいる。なお,
MFIL
の民営化は,同社の厳しい財務状況に見られるような経営状 態からして,妥当なものと判断される。[3] 2000‑01年度における株式売却・民営化の実態と問題点
(1)
BALCO
株式の51%のSterlite Industries
(STIN
)への戦略的売却に より,55億1,500万ルピーの収入が得られた。IOC
によるBongaigaon Re- fineries and Petrochemicals
(BRPL
)とChennai Refineries
の継承(65億 8,130万ルピー),およびBPCL
(Bharat Petroleum Corpn
.Ltd
.)によるKochi Refineries
の継承(65億9,100万ルピー)により131億7,230万ルピー の収入が,得られた。各々石油分野の大規模な2公企業が同分野の他の3公 企業を買収して拡大した。(27) この石油分野の株式売買は,概ねこれまで触 れてきた石油・ガス分野の3公企業間の株式持合を前提とした政府によるこ れら公企業の株式売却の延長上にあるものと推察される。石油公企業による 同分野の公企業買収は,本来の民間部門への株式売却と見なすことはできな い。中央政府公企業
Bharat Bhari Udyog Ltd
.(BBUL
)の完全子会社であったLegan Jute Machinery Company Ltd
.(LJMC
)株式の74%をMurlidhar Ratanlal Exports Ltd
.をパートナーとする戦略的売却を既に内閣が承認し,1999年12月に必要な協定が締結され,2000年7月には経営権が戦略的パート ナーへ移譲された。(28) 売却額2,530万ルピーは,その持株会社
BBUL
へ支 払われ,直接的には政府の収入とはならなかったものと推察される。(29) 同 年度,政府は,1,000億ルピーの株式売却目標額に対して,186億8,730万ルピー(18.7%)の総収入しか得られなかった。(30)
(2) 次に,少し長くなるが,
BALCO
のSTIN
への戦略的売却をめぐる問 題点について簡単に見ておきたい。BALCO
の戦略的売却の過程は1997年後 半に始まり,2001年3月2日に決着した。ここで依拠しているウエブサイト は,最後のパラグラフで,「多数の疑義」に触れているが,これに続いて売 却手続全般の高い透明性,最高度のグローバル・スタンダードの維持を指摘 するとともに,「とくに言及すべきこと」として,すべてのレベルの従業員 に対する職の安定確保と退職パッケージへ十分な保護を与える株主[政府]の戦略的購買者との協定における条項を挙げている。(31) しかし,別の資料 によれば,後述のように,とくに労働者にとって事態はきわめて厳しいもの となっている。
7,000人の労働者は,
BALCO
株式のSTIN
への売却に抗議して67日間の ストを行った。デリーとチャティスガール高裁に対してBALCO
売却反対 の訴訟がなされ,これらは最高裁へ回された。最高裁は,2001年12月10日,BALCO
の株式売却を法的に有効なものとしてそれらの訴訟を斥け,さらに売却政策の遂行に当たってとられた手続きは公平・公正で理にかなったもの であることを認めた。裁判所が政府の経済政策の是非を判断しないよう求め た最高裁判決は,公企業株式売却のスピードをさらに加速するものと予想さ れた。(32)
2 00 4年9月2 6日付『ピープ ルズ・デモクラシー』紙に拠りながら,
BALCO
の労働者が減少し,彼らを取り巻く状況が民営化後日に日に悪化していた点を簡単に見ておきたい。①
BALCO
にあった病床べッド150の設備 が整った病院が医者・看護婦の減少,薬剤不足などで劣化していった;②婦 人労働者がきわめて劣悪な状況に置かれ,労働者たちは職場のケアもなく精 神的な恐怖に苛まれ職の保証もなかった;③BALCO
の援助を受けていた 同地域の多数の私立学校は援助が停止され,学校の利用料金は上がった;④STIN
の経営者は,地元の労働者は団結して労働運動を始める可能性があると考え,新規雇用については請負業者によって連れてこられた地元以外の州 の拘束された契約労働者(
contractor workers
)を各々集団で雇った。労働法に対する違反が公然と行われた。最低賃金も支払われず,安全基準 は守られなかった。重大な事故が4件発生した。事故の犠牲者すべては契約 労働者であった。
BALCO
のSTIN
への売却時の株主協定には労働者に関す る条項があるが,違反が公然と行われた。BALCO
売却後,株主協定違反に ついて多くの苦情が寄せられた。NDA
政府は株式売却委員会を任命した。さらに株式売却後の
BALCO
の状況を精査するため,精査委員会が設立さ れた。この委員会は今日(04年9月26日現在:既に次期政権が発足している)まで報告書を提出していない。なお,公企業
NTPC
は,同社が運営してい たBALCO
専用火力発電プラントを,経営者を残留させたままBALCO
に 譲渡した。NTPC
の規則下で勤務条件を管理されていたすべての従業員は,突然
BALCO
の従業員となり,年功を失い,新たに任用されることとなった。以上が民営化後の
BALCO
の状況である。この産業企業は以前利益を 上げていた。労働者は,利益を上げつつ工場を運営するに当たり重要な役割 を果たしてきていた。現在彼らの状況は日に日に悪化しつつある。経営者は,すべての終身雇用労働者を排除し新規の労働者を職業訓練生として補充した がっている。労働者の主たる関心事は,政府が残りの49%の株式を
STIN
に譲渡せず,BALCO
の運営状況についての調査を開始すべきであるという 点にある。労働者は,労組のCITU
(インド労働組合センター),CPI
(M
)(インド共産党(マルクス主義))やその他の左翼政党に大きな信頼を置い ており,
CPI
(M
)やその他の左翼諸政党が政府に対しBALCO
への調査を 開始するよう圧力をかけることを期待している。(33)以上を次のように要約できよう。政府とその戦略的売却のパートナーであ る
STIN
との株主協定にもかかわらず,労働法違反を含め,当該の労働者,新規に導入された契約労働者,さらには
BALCO
の専用電力プラントの公 企業NTPC
従業員は,きわめて厳しい状況に置かれ,NDA
政権が任命した精査委員会も事実上機能しなかった。政府による公企業の戦略的売却,民営 化の実態の一端を知ることができよう。さらに,こうした労働者をめぐる事 態が,程度の差はあれ同時期のその他の公企業の民営化・戦略的売却の多く においても生じていることが懸念される。
なお,以下からも明らかなように,
STIN
はHindustan Zink Ltd
(HZL
) においても政府の戦略的売却のパートナーとなることに成功している。[4] 2001‑02年度における株式売却・民営化の実態と問題点
(1) この年度の公企業株式売却の大きな特徴は,
CMC
(CMC Ltd
.)/HTL
(HTL Ltd
.)/IBP
(IBP Ltd
.)/VSNL
/PPL
(Paradeep Phosphates Ltd
.)など多数の公企業において戦略的売却が行われたことである。CMC
/
VSNL
/ITDC
は,既にこれ以前に部分売却が行われていた。CMC
については,株式の51%がターター(TT
)財閥傘下のTata Sons Ltd
.へ15億2,000万ルピーで売却された(2001年10月)。HTL
については,株式の74%が
Himachal Futuristic Communications Ltd
.へ5億5,000万ル ピーで売却された(01年10月)。石油関連のIBP
については,政府持株 59.58%のうち33.58%がまたも石油関連公企業IOC
へ15億3,680万ルピーで 売却された(02年2月)。VSNL
については,政府持株52.97%のうち25%がTT
財閥傘下のPana- tone
へ143億9,000万ルピーで売却された(02年2月)。さらに,VSNL
株式 の1.97%は特別価格で従業員へ供与された。政府は,VSNL
の入札価格143 億9,000万ルピーに加え,配当として188億7,000万ルピー,同社からの配当 税として36億3,000万ルピーを得,かくてVSNL
より総額368億9,000万ル ピーの収入を獲得した。PPL
については,02年2月,74%の株式が15億1,700万ルピーでZuari
Maroc Phosphates Private Ltd
.へ売却された。政府は,同月,疾病会社Jessop and Co
.Ltd
.(JCL
)の持株72%を1億8,180万ルピーでRuia Coltex
Ltd
.へ売却することを決定した。JCL
はBIFR
の管理下に置かれていたので,戦略的パートナー就任提案の承認を求めてアプローチが行われ,後述の とおり実際の戦略的売却は03‑04年度に実施された。2002年3月,公企業株 式売却に関する内閣委員会(
the Cabinet Committee on Disinvestment
:CCD
)は,Hindustan Zinc Ltd
.(HZL
)における政府持株76%のうち26%を 前出のSTIN
(前述のように,政府によるBALCO
の同社への戦略的売却に より,様々な労働者たちはひどい状況に陥った)へ44億5,000万ルピーで売 却することを承認した。この売却により経営権も移譲されるが,後述のよう にこの売却代金は02‑03財政年度に得られることとなる。これらの売却により,
HTL
/IBP
/VSNL
/PPL
の政府持株比率は26%に なる予定である。Indian Tourism Development Corporation
(ITDC
)の,アグラ/ガヤ/ハッサン/ママラプーラム/マドゥライ/ウダイプール/ク タブの多くのホテルや,デリーのロディ・ホテルが売却された。バンガロー ルの
ITDC
ホテルは,長期リースで貸与された。それに加え,Hotel Corpo- ration of India
(HCIL
)の3ホテル,Hotel Airport Mumbai
/Hotel Juhu Mumbai
/Hotel Rajgir
は,24億2,510万ルピーで売却された。HCIL
はAir India
(AI
)の子会社なので,売却代金はAI
の収入となった。Metals and Minerals Trading Corporation of India Ltd
.(MMTC
)やState Trading Cor- poration of India Ltd
.(STC
)で株式売却が進行し始めており,10億ルピー 程度の積立金がそれらの会社から引出された(MMTC
は6億,STC
は4億 ルピー)。この年度,政府は1,200億ルピーの売却目標に対して313億940万ルピー
(26.2%)の総収入しか得られなかった。(34)
(2) 2002年1月23日付『エコノミック・タイムズ』紙の「公企業はシンデ レラ」と題する社説は,2001年12月13日〜02年1月18日の間に民間の注目企 業の株価指数が下落したのに対してボンベイ株式取引所の公企業指数が上昇 したことに注目しつつ,これは公企業株式売却物語が急速に人気を引付ける こととなったように思われることを前提とすれば何ら驚くことではないと述
べている。さらに同社説は,2001‑02年度に政策戦線で得られた収穫はきわ めて大きかったとして,
CMC
のTT
財閥への戦略的売却に関わる事項,および
BALCO
裁判において裁判所が政府の経済政策の是非を論じないように求めた最高裁の判決を取上げ,公企業株式売却がより大きな好機を迎えて いるように思われると述べている。後者の問題については既に言及している ので,前者についてこの社説に拠りながら簡単に見ておきたい。
CMC
株式の51%がTT
財閥に売却され,経営が民間のTT
財閥へ移譲さ れることにより,同企業の経営効率が高かまり株価が上昇し,同株式を保有 していた一般投資家も利益を得ることになった(前述のように今回の戦略的 売却以前に既に部分売却が行われていた)。同社説は,この点に注目し,公 企業の戦略的売却以前の時点での一般投資家への公募が彼らを受益者にする とともに,政府の利益を最大化し,さらに公企業の民営化・株式売却に対す る反対を弱めるであろうと指摘している。(35)このように,この時期,公企業の株式売却・戦略的売却をめぐり,有利な 諸条件が整い,機運が高まっていたものと推察され,この種の内容の新聞記 事は少なくない。
(3) 次に,
VSNL
を事例として取上げ,いくつかの問題について見てお こう。前述のように,この場合も今回の戦略的売却以前に部分売却が行われ ており,総払込資本28億5,000万ルピーのうち,政府保有分はその52.97%に あたる15億1,000万ルピーであり,後者のうち7億1,250万ルピーの株式(総 払込資本の25%)が売りに出された。政府の売却決定は2001年1月になされ,入札は2002年2月に行われた。
TT
財閥がリライアンス財閥に競勝ち,前者 傘下のPanatone
へ売却された。政府は,入札額143億9,000万ルピー,配当 額188億7,000万ルピー,配当税36億3,000万ルピーを取得した。VSNL
は,株式売却に先立ち,特別配当・年次配当各々(政府株式保有分に対して)
750%・500%を公表しており,これは莫大な積立金(