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都 會 化 現 象 と 出 生 減 退

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(1)

都 會 化 現 象 と 出 生 減 退

塚 原 仁

出生減退は今や文化国共通の現象にして︑此減少し行く出生に依って表後さる1民放生命力の衰亡の映像は︑

現下の非常なる国際状勢の下に於て一骨痛切なる関心事となり︑或は婚姻の奨励︑出産の増強︑母子の保嘩更に

多子家庭の優遇等連の多産政策が人口政策の中心題目として探り上けられてゐることは︑我々の現に目撃すみ

所である︒昭和十六年一月二十二日閣議の決定を見たる﹁人口政策確立要綱﹂の最大限目が奈蓮にあるかを考へれ

ば︑思ひ牛に過ぎるものがあらう︒併しながら†出生減退が眞に憂慮サべき間置として畢者や篤政家によって取

や上けらる︑に至ったのは︑決して∵現下の国際的非常時局を背景として突如として饅現せるものではない︒一

国の眞の富強は人口に依存するものであるから︑人口の増大は其凍萎力にして之に随伴する限り︑恐るべきでも

文雄ふべきでもない︒問題は扶養力との均衡如何に係るのである︒憂患は人口が増加する時にのみ存するものに

非すして︑人口が停滞し減少する場合に於ても亦存することを忘れてはならぬ︒

(2)

商 業 と 経 済

七八

出生率は減 C ても︑死亡率がより大なる速度を以て減退すれば︑其庭に人口の自然増加はある︒高ま出生率の

︑所は叉高ま死亡率の所であり︑ 叉低ま出生率には低ま死亡率が伴ふことは統計的に確定し得る一争責である︒自然

増加は出生率と死亡率との差に外ならないから︑出生率が滅︒ても死亡率がより多く減︑下れば︑却って従前より

は大なる自然増加を結果する露であり︑如斯増殖形態こそ少産少死の甚だ珪想的なるものであると考へらる i の

である︒然るに之に封し尤は既に多くの人々によって指摘されたるが如く︑出生率の減退は限りな︑きものである

のに封して︑死亡率の減退には一定の極限が考へらるも果して然らば︑候令自然増加はあっても︑ それは結局

見かけのものに過ぎぎるものとなり︑遂には死亡率が出生率を超過するに至るぺき時期が到来すること L

な る

市して更に極端な場合を相保するならば︑出生なく︑死亡のみある社合︑換言すれば人類必減の枇食中ぜも考へる

事が出来る︒か与る諜想は例へば鰯とか餅等が若し共生積率の億に何等の障碍もなく増殖するとすれば何年後に

於ては迭に世界の海を潟大すに至るべしと一式ぷ様な計算と同様︑之が現賓の事態となる事は殆 E 考へられない事

であるが︑思索の赴く所を明確にして置くことは︑常に理論争}構成し︑政策を樹立するに営って不可恨の事であ

る︒即ち出生率減退が真剣なる問題として閥単者が採り上 C るに至ったのは︑主(庭に人類否民族滅亡の道が宥取さ

る﹄から.である︒勿論之が図防上︑主(他の有力なる諸事由によって支持さる L

事 は

一 式

ふ 迄

も な

い ︒

如何にして此減退する出生率巻喰ひ止め︑更に之を増加に轄ぜしむるか︒之が魚には先づ出生減退の依って来

たる所以を確めることなしには︑之が封策の樹立はあり得ない︒云ふ迄もなく出生減退の由来する所は決して皐

(3)

純なものではなく︑甚冗複雑にして多岐である︒吾人が本稿に於て論ぜんとするは︑主(多数原因の一として都曾比酌 ce 

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刊 つ

G 化現象が如何なる意義を持つかの黙である

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出生率が都部に依って具ることは識者によって可成︒以前より認められたる所である︒ジュースミルヒもまた

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?vn1 ﹄ 之に就いて︑婚姻封出生の割合は都舎が全国に及ばざることを述べると同時に︑他方村落によっては却って︑都い J 凶

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竹 市よりも少いと云ふ様な矛眉ある記述︑を魚してゐる︒ワッポイスが前世紀中葉に於ける欧羅巴諸園の出生率を示・

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山︑

mmmA 叫 せるものによれば︑保蘭西︑和関︑白耳義︑丁抹等は都市に於て田舎よわも出生率が高いが︑瑞典及び濁逸の諸知山恥仙一川

︑ 比 十 句

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聯邦はザクセンを除いては何れも田舎の方が都市よりも高い唯一併し高いと一式ひ︑低いと云つでも︑中には其差がいお一山

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殆ど云ふに足らずるものもあるの︑たから︑都部に於ける出生率の相違に於けふ顕現の型態も亦従て三つの型が存刈閣は

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在すと云ふべきである︒即ち都市に於て出生率が高い型の閣と︑逆に田舎に於て高い型の図と︑更に雨者が大間出川部地

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に於て均衡を保てる型の園之である o ウォイチンスキーは出生率は都市が回合より低いのが普通であるとして︑

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畑 地 一 川

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h 普魯西及び瑞西の統計を掲けてゐるが︑之があらゆる閣に受賞するものに非ぎることは︑メイヨ・スミスが英国一川町

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一 山

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に就て逆の事賞︑を結論せることに依つでも知り得るか約一世紀前にワッボイスーが示してゐる事責は今日におて

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TJCHTJ1TE  も安営することは︑各図の統計によっても之を設明し得る︒

︑ ︑ } ノ ︑ ︑ ︐ ノ ︑ ︑

J 9

剖 内

0 4 吐

都合化現象と出生減退

(4)

商 業 と 経 済

l¥  O 

先づ悌爾西に就て見るに︑同国に於ては出生率は田舎よりも寧ろ都合に於いて高い草が結論さる

L O

元来悌蘭

西は田合人口否農業人口割合が比較的大にして︑其農業図的性格を結論せしむる/ものがある︒同時に同国の出生

率は周知の如く前世紀の初案より緩漫ながら減退を絞けてゐる︒ 一般に田舎生活が都舎生活に比して出生に有利

なりと云はる L が︑果して此設が正しい刊と'すれば︑保関西の此例は其反詮を示すものと云ふべきである︒更に悌

蘭西に於ける地方別出生率に就て考察するに︑出生率の高い・諸燃は比較的工業化が進み︑ 叉従て都合化が進んだ

諸豚であるのに封して︑出生率の低い諸豚に於てはバ比較的工業の護展が少く︑其都合同化の程度も小なる地方で

ある︒勿論之を以で直広大なる都合化が出生を促進すと云ふが如︑き結論争}下してはならぬ︒何となれば都合化の

みが出生に関係ある原因ではないからである︒兎も角も偽商西に於ては都合化が出生率減退に直接には関興せざ

ることが︑上記せる所じよって知られ︑前世紀中葉に於てワッポイスが確め K る所と一致すると云ふことが出来

る︒英吉利に就てワッポイスは云ふ所はないが︑前世紀中葉に於ける欣態は田舎よりも都舎に於て出生率が高か.

ったが︑最近に於ける賢情は大憶に於て都市と回全との間に於ける相違は殆どないと云ってよい︒市して悌蘭西︑

英士口利等の如く都合化に伴って出生率が必手しも減退せぎるが如︑き園は其他にも例を見得るのであるが︑他方に

於て出生率が都合よりも田舎に高い園も決して少くはない︒否却つで出生減退は都合化と歩調を合せて進むので

は な

い か

との結論を生ぜしむるが如︑き事例が乏しくない︒濁逸は其好事例であるから︑筒草に之に就て述べる

こ と

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(5)

都合居住者であった︒

殊に大都市人口に於ては一八七一年には僅か四・八%に過ぎぎりしものが︑

た︒如斯にして狗逸人口に於ける都合化現象が額著なる時︑此六十ヶ年間に於ける都部に於ける出生率は如何な 濁一過に於ける人口の都合化現象は一の明白なる喜

J

で あ

る ︒

一九二五年の人口調査の結果によれば都市人口の割合は六四・四%︑殆ど三分のこに泣く︑

一九二五年には二六・八.%に増加し 一八九五年に於て人口の約牟数たる四九・八%は

る動向︑を示したかと云ふに i r 此賠に於て濁逸人口の推移は悌蘭西とは極めて封際的なるものであった︒換言すれ

ば粗削逸に於ける都合化の大なる地方並に大都市に於ては出生卒が低く︑叉従て小供の教が少い︒ザクセンは都合

化の最応大なる地方であるが︑出生率は僅かに人口千に付一五・七人(一九二七年)にして凋逸中最も少なかつ

に︒之に反じて人口密度僅かに二平方粁六 0 ・九人にして︑大都市としてはケ 1 ニスペルクを有するに過ぎずる

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O 人と云ふ高音出生率を示し︑最高の上部シュレ I ジ ェ ン

一般出生率は出産力の民の表示としては︑時間性や年齢構成の影響在受くる賠いに於て遁営ではない

から︑一史に姫字率印ち四十五歳未満の有配偶女性千人に封する出生の割合を見るに︑全調逸は一四四人︑(一九二 に

絞 い

て ゐ

る ︒

四ー一一六年)であるのに封して四十五の大都市中帝国平均以上のものは僅かに四市に過ぎなかった︒主(他は何れ

も平均以下であったが︑就中ブランクフルト・アム・マイン(七八・一)︑ライプチッヒ(七六・一一)︑ドレスデ a ン ︐

( 七

四 ・

O ) ︑とユンヘン(七二・八)等は何れも帝国平均姫字率の宇分以下である︒最も甚だしいのは伯林であっ

て︑妊字卒は六ご・四にして︑之は濁逸に於ける最低であったのみなら子︑世界に於てウィーンに失﹁最低率で

都合化現象と出生減退

j ¥ 、

(6)

商 業 と 経 済

j ¥ 、

あつら如斯にして濁逸に於ては九都市特に伯林は賢に出生率の最低の尖端に在るものど云ひ得る o 市も此低出

生率も都市に於ける堕胎や流産の教が甚花移しい事を考へる時︑大都市の低出生率も未花王しき事態の相を示せ

るものとは云ひ得ない︒倫此賠に就ては後に燭れる︒

濁逸と同じく都市に於て田舎よりも出生率が低い型を示す図は多いが︑我図も亦此型に属する︒我図に於ける

出生率の地理的分布に就て見るに︑大四回に於て都・曾化の大なる府豚に於て︑出生率は低く︑逆に出生率の高いの

は都合化の度命の小なる府豚であると云ふことが出来る︒勿論例外は少くない︒一這般の事情は都部別に出生率︑を

一 一

厨 明

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我図に於ける大正九年以前の人口敢に就ては絹と之が正確性に於て疑問房長宇べ

比 較

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時 ︑

き理由があるから︑同年以降の数字に就て見るに次の如くである︒

( 人 口 千 二 付 ) 第一表 我図に於ける都部別出生率

部 郡 叩 部

昔 B

市 大

二 八

・ 五

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・ 八

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二 八

・ 二

昭 手 口

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二 六

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R. v .   Ungern‑Sternberg ,  Die Ursachen d e s  G e b u r t e n r u c k g a n g e s  im e u r o p 江 i ‑

s c h e n  1 乞 u l t u r k r e i s .S S .   111‑112. 

(7)

昭 平 日 七 年

二四・二囚

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二六・五八

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七 五 四 九

十 年

二六・五七

三 四

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二 五

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・ 一 一 二 ハ

二 一 了 四 九 同

大 企 年

二回・九六 二 7 二九

同 十 二 年

ザ訟に吾人は疑問の飴地なき明白なる都部出生率に於ける相遠の映像︑を持つ諜である︒周知の如く郡部人口に於

ける年齢椋成に於ける相違は︑生産年齢者階居に於けるものにして︑換言すれば経済的︑社合的︑文化的落差に

基く回全より都合への人口移動が主とし青批年の階居に於て行はる L 結果として︑都市人口に於ては生産年齢階

居に長ける張り出しを︑回全人口に於ては同階居に於ける轡入を見る黙に存することを考へる時︑都市に於ける

低出生率は更に士︿意義の霊大さを加ふる語である︒

以上郡部出生容に於ける相違が図によって必ホしも同一に非ぎる事や述べたのであるが︑尚之等教字を見るに

官って注意すべき事項がある︒主(一は出生統計調裂に於ける技術上の差遣に基く誤差である︒例へば田舎に於け

る姫産婦が出産に際して︑出産並に磐寮施設の完備せる都合地の病院にて問屋せんとする傾向ある所に於て︑共

出生の届出でが出産地に於て行はる L が如︑き場合に於ては︑主(出生は母の常住地とは具る土地︑此場合には都市

に於ける出産として数へられ︑主(結果都市に於ける出産数を増大せしめると同時に︑ 田舎に於けるそれを小なら

しむる戻れがある︒従て這般の事情に就ては強め考慮し置くべきものにして︑出来得れば出生率の補正を行ふこ'

とが望ヰ事レい︒主(ごは一般出生率による比較に就ての注意にして︑之は前にも一寸偶れた所であるが︑乍序二一一日

都合同化現象と出生減退 八三

(8)

商 業 と 経 済

1

八 四

す る

1 0 へンターが抱けたる米国(一九二六年﹀に於ける郡部出生率によれば︑都合に於ける出生率は人口千に

田舎は一九六にして︑都合の方が積三角くなってゐるが︑年齢構成の差を除外して考へる時

付 二

0

・ 九

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し ︑

ウール矢トンが一九一九 l 二 O 年に就て計算せ

EU  る調整率によれば︑都市の一二・ O に封して︑回合はご五・八であつに︑としてゐる︒我国は師連の如く田舎が *  高いが︑標準出生率を計算する時は︑其教は一唐様大されること次表に見るが如くでる︒ は︑田合の生物準的出産力の大なることが判然と現はれるとし︑

第二表 部部別普通並じ標準化出生卒

官 官 部 Z た

品 廿

標 準 イ ヒ

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準 イ [ ニ 大 大

十 六 ふ 四

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二 八

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平 日

x .   C a r p e n t e r ,  The S o c i o l e g y  o f  C i y t  L i f e .   p .   7 5 .  

上 表 は 人 口 問 題 第 一 巻 第 四 競 所 載 館 稔 我 図 人 口 の 地 方 別 市 殖 力 に 闘 す る

人口統計事的一考察 ( 1 ) に擦る. p .   4 7 2 . ・

6 )  

昔 〈

(9)

右の例にでも明かなる如く︑都部に於ける出産力の測定としては︑

一 般

出 生

率 は

受 賞

︑ な

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の に

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︑ 刊

以 ・

に桜準化出生率叉は姫字率の計算が必要となる理由がある︒併しながら前にも述べたるが如く巾都市に於ける年

齢結成が常に出生率在高昇せしむるが如き特徴を示現するものであるから︑他の僚件にして等しき限り︑都市の

出生率は田合に比して高かるべきである︒それにも拘はらホ都市が田合よりも一般出生容に於て低率であること.

は明かに都食品 μ 出産に封して有利ならざる僚件︑を具有するものであるとの結論に到達せぎるを得ない︒即ち一般

出生率の示す悶差以上の差が存することを忘れてはならぬ︒

以上述ぺたる所によって吾人は都部に於ける出生率に相・迷あること︑更に図によって其相違の型態に於て種々

の型があることか}知ったのであるが︑之に依って都部と出生卒︑動的に見れば都合化現象と出生減退との間に一

般的関係を結論し能はぎるが如くである︒メイヨ・スミスは明白に出生率に影響を奥ふるものは都合生活其もの

に非ぎることは︑都市に於ける出生率に相遣があり︑主︿の方向も亦等しからぎることによって明かであると述べ

てゐ針︒然るにヘツセは統計的に把握さる L 出生減退の原因中先づ第一に翠ぐべきは都合特に大都市の影響であ

ると述べてゐ勺大都市が︑或は都合化現象が出生或は出生減退に直接影響を奥へ︑或は其直接的原因と考へる

さりとて都曾生話が全く出生減退に関係がないとは云ひ得な

Q d   い︒メイヨ・スミスは人口の園内移動に基く妊字年齢に在る女性教の如何が重要であるとしてゐるが︑ ことに封しては若干の疑問︑を挟まざるを得ないが︑

一 般

出 生

卒 で は な く 舵 字 卒 ︑ を 計 算 す る と か ︑

弘 ︑

又は一婚姻営むの出生数を計算して︑女性の郡部に於ける出産力を測定する

都合化現象と出生減退

八 五

R. May

o‑Smith , i b i d .   p .   7 2 .   A. Hesse ,  S t a f i s t i k .   S .   9 9 . '   R. Mayo‑Smith ,  i b i d .   7 2 .  

︑ ︑ J

︑ ︑

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7

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9

 

(10)

商 業 と 経 済

八 ︐ 六

時は︑悌蘭西の如き一般出生率に於ては都舎が国会よりも高い所に於ても田舎の方が多い事は︑ワヅポイスも指

n u  

y i  

摘してゐる所である︒叉前に奉けた米国の例よりも其反設を暴けることが出来る︒如斯にして部部が出生率に奥

へる影響は一決して草純なるものではないい郡部の生活環境が持つ人口県的︑社合的︑経済的︑文化的土(他あらゆ

る諸僚件に於ける相違が︑其出生率に於ける相遣を反映せることを忘れてはならぬ︒

郡部出生率に於ける相遣を招来すべき原因は複雑多岐にして︑之を軍一なる原因に時せしむる能はぎることは

言︑を侯たぎる所である︒依って本節に於ては其重要なりと目さる L 原因に就て検討すること与する︒先づ第一に

翠︑ぐぺきは郡部に於ける職業構成の相遼である︒而して都部に於ける職業構成の相遣は之をご一一一口にして云へば︑

前者が商工業的性格を示現するのに封して︑後者は農業的性格を以で其特徴とする︒職業によって出生率が具る

ことは肢に早くより識者の注目を牽きたる所であるが︑之に就ての精密なる資料が充分とは云ひ得ないが︑断片

的資料に依るも之を確めることが出来る︒例へば普魯西に於て一八九六一九 O 六年に於ける一婚姻蛍りの出生

裁を職業別にせるものに依れば弐の如くである︒

第三表 職業別一婚姻営り出生数

農 業 及 林 業

石 及 土 の 工 業

囚 ・ 五 一 ニ 五

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J .   E .  " ¥ V a p p u u s ,  a .   a .   O. S .   4 8 8 .  

1 0 )  

(11)

一 般 工 場 附 労 働 者

四 ・ 三 七 金

一 一

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一 一 一 一 一 一 エ

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= 吉 守

一 一

・ 五

ゴ γ トベルクが地理的方法によって一八九五 l 九六年の結果に基きて︑一耳目魯西五四八地直に就きて計算せるも

保 健

五 術 丈

のは頗る注目に債する︒印ち其出生率は次の如くである︒

第四表 農業人口と出生率

民業人口七

OMP 以上の地匡 1 1  

五 五

l 七 O

1 1   ゲ

四 五 l 五 五

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三 O!

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〆 以 下

紡 公 積

一 一 一 . 

一 一 一 一 一

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衛 五

一 一

一 一 .  一 一

一 六

二八 一 O 八 二 六

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一 O 六

二 六

・ 五 五 O 

二 七

・ 九 七 二回

右表は明かに農業人口の割合が減歩る時は︑出生率も亦減︑?ることを明白に示してゐる︒以上二表に依って示

さ る

L 事賓は阜に普魯西のみのことではなく︑米園に於て行はれたる数多くの職業別妊字容の研究の結果にょっ

ても確認せられたる所である︒そこで問題となるのは何故に農業に於て如斯出産力の優越を見るかと一式ふ黙であ

る o 併し之は頗る複雑なる問題であって︑単純なる答併を得ることは甚詑困難なるものであるが︑敢て二三の原

都合化現象と出生減退 八七

J .   Muller ,  Der G e b u r t e n r u c k g a n g .  S .   1 2 6 .  

(12)

商 業 と 経 済

i ¥   i ¥  

因とも考へらるべきものを掲﹁るならば︑先づ第一には農業なる特殊的職業に間有なる事情に基くものにして一式

はど経済的原因とも稿すべきものである心即ち農村に於ては子供は平くよわ父母の手助けを免すことによって︑

間早に家庭に於ける負捲を軽減するのみなら争︑場合によっては積極的に経済的利盆を資らすことがある︒他面其

生活は皐純質震にして︑食費や被服費等も少くて済むし︑又或程度自足自給を魚し得るのであるから︑農業に於

ては子供を制限すぺき動機が少く︑場合によっては其教の大なることを歓迎するが如き事情がある︒次に生理率

的に見て︑職"美によっては出生を誘起するものと然らざるものとがある︒即ち都合的︑坐業的職業に従事するも

のは︑主(理田は未克明かではないが︑主︿出産力は生理的に劣弱なりと一式はれてゐる︒果して此等の設が何程の安

営性を持つものであるかは之を別とするも︑部に掲けたる事賢は我図に於てもそれ程明瞭にではないが︑確認さ

れたる所である︒昭和十五年一月二十日現在を以て人口問題研究所によって行はれたる出産力調査は︑此問題に

品百

第五表 就て甚だ貴重なる資料を提供するものであるが︑職業別により一夫婦営り出生児教を示せば次の如くである︒

職業別による夫婦数及出生児数

夫 婦

死 産 児 数

出 一 夫 産婦 賞.

見リ 数

出 生 児 致

? 忍

七 一

︑ 六

O 六

一 二

︑ 四

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出 生

= 児 了 四

一 一 ・ 四

一 一 . 

一 一 一

人口問題研究第一巻七旋 p.5.

争 +

(13)

小 苧 校 教 員 銀 行 合 同 社 員 良村在住俸給生活者 一 般 質 鋲 附 労 働 者 工 業 労 働 者 鍛

山 川 労 働 者

チ ぐ

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活 現 業 員 良村在佐賀銀労働者 良

i f I 1 、

者 一 般 中 小 商 工 業 主 民 村 在 住 商 工 業 主

同 局

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右表は職業別による出産力の相遼を一示すものであるが︑

八 ︑ 一 六

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一 四 ︑ 四

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回 一 回

︑ 四 六 七 ' 八

︑ 五 一 七 二 ︑ 八 八 六

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四 ︑

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三 ︑ 五 二 七

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一 ︑ 七 九

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八 ︑ 六 二 七

四 一 ︑ 四 六

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一 一

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四 四

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叉同時に等しく俸給生活者に在りても農村在住者で然

らざるものとを比較すれば︑農村在住者に於て其出産力は大であり︑叉賃銀生活者に就て見るも亦同様の事責か

一般が柏三両く例外を魚すが︑良村に於ける ギ一宿取される︒中商工業者に於ては一般も農村も殆ど同様であるが︑

都合化現象と出生減退

八 九

(14)

商 業 と 経 済

九 O 

出産力の大なること在覆へす資料たるものに非ぎることは云ふ迄もない︒更に端的に農業者の出産力巻見るに︑

カード階級に綾いて最大である︒何れにせよ︑我園に於ても亦農村並に農業の出産力は甚だ高︑いことは明かであ

る ︒

三 ノ ニ

都部に於ける出生率の相遼を生起せしむるものとして避妊方法並に其知識の普及程度がある︒ライトは出生減

退の説明として最も汎く認められたるものは一八七七年以降に於ける遊姫方法に関する知識の普及及び熔用であ

るとし︑同年に於けるブラッドラフ及びベザント夫人の遊姫パンフレット事件に出生率動向に於ける大将廻の動

機を求めてゐる︒ マッククリマムリーも亦之と全く同様の見解を採ってゐる︒即ち最近に於ける西欧文明諸国に見

る出生率の減退は出産力の減退によるものに非やして︑生殖機能に謝する慎重なる干渉︑換言すれば避姫と堕胎

(或園に於ては)に依るものである︒スムレヴイツチによるも︑二十世紀に入ってプロレタリア直に於ける出生率

4 吐

の低下が甚だしいのは産児制限の普及の結果である︒如斯にして出生減退の有力なる原因として避姫知識並に其

霊行が一般に認められてゐる様であるが︑叉之に封して異見そ有する者も砂くはない︒クロッカーはイースト教

授が出生減退の八五 l

品 ︒ は避妊に依るものであるとするのに封して︑如斯は殆ど数量的知識に根擦を有せざ μ

るものであるとしてゐる︒周知の如く悌爾西は十九世紀の初頭よりして出生の減退が初まったのであるが︑其悌

H. W r i g h t ,  P o p u l a t i o n .   p .   1 1 4 .   G. F .  McCleary. P o p u l a t i o n .   p .   1 2 6 .  

ス ム νグイ Y チ新人口論.

W. R. Crocker ,  The Jap 乱 n e s eP o p u l a t i c n  Problom. p p .   76 , 7 7 .   1 : l )  

1 3 )  

14) 

15) 

(15)

関西に於て先づ出生が減ったのはノルマンデイ地方で︑ そこから全圏に倖搭じたのである︒更に同様の動向が演

い て

話 相

取 さ

れ た

の は

愛 蘭

で あ

る が

之叉悌関西同様の農業闘であの︑ 又カトリック教図であった︒符てか L

る 時

期 に

於 て

r 叉か﹄る地方に於て技術的に完全なる避姫方法に関する認識があったとは考へられぎる所である︒ト

ンゲソンも云ってゐる様に︑遊姫方法は出生減退の原因たるものではなく︑そは皐に目的達成に用ひらる L 手 段

ρ U  

の陳述に外ならざるものである︒果して然らば問題は何故に人々はか﹄る手段に訴へぎるを得ぎるか︑と一式ふこ

とになる︒換言すれば如何に産児制限の知識が普及し︑叉・其用具の入手が容易であっても︑人々に小家族を欲す

る意思がなかったなら怯︑ それ等の技術的手段は利用され宇して移るものである︒かく云へばとて遊姫方法の知

識の普及や共用具の入手可能性の増大は出生減退に封して何等の関係なしと云ふのではない︒否﹁機舎は泥棒を

作 る

E の

ο 己

m g H Z X E R Z 口

o y w 一

なる俗諺の如く︑避妊知識の普及や産制用具の入手可能性の増大が︑子供の

4 数を少なからしめんとする意志を誘起し︑更に之を強化する作用在有がぺきことは︑之吾否定するを得な勺従

って都部に於ける出生率に封して︑此が如何なる影響を奥へてゐるかは︑其程度を精密に測定することは困難で

あるとしても︑容易に釧判断し得る所である︒敢て蛇足る加へんに︑都市に於ては田舎に比して避維の知識並に共

手段入手の機曾が大であるから︑之が震に都市に於ける出生卒は田舎に於けるそれに比して小なることは︑避妊

方法の賀行がより大であるとの理由に依って一部の設明は奥へらるも

此遊姫方法に聯関して注目すべきは堕胎である︒堕胎には犯罪的なるものと然らざるものとがある︒何れも共

都合化現象と出生減退

" ¥ v .   Thompson ,  P o p u l a t i o n  Problems. p .   ' 1 5 7 .  

J .   M u l l e r .  a .   a .   O. S .   1 3 0 .  

1 6 )  

(16)

商 業 と 極 湾

性質上正確なるい澗誌を得ることは殆んど不可能である︒只流産又は死産の統計によって間接に之を捕捉すること

も出来ない語ではないが︑之とても最近に於ては其数が.次第に減少して︑出生率に何程の影響を奥へてゐるか

は︑之を数字的に云へば殆 E 問題とするに足らざる少数であるが︑部分的なる調査研究の結果によれば︑公の致

字に現はれぎる暗々裡に庭理さる L 所の堕胎に於で甚︑に愛情すべきものがある︒英士口利に於ても堕胎は接︑記増加

' し つ

L あるとは云はる L が︑此設必同市(持すべき泊確なる殻明がないから︑寧乃此原因は出生減退には大した作用

Q V ‑ は輿へではゐないと云ふ人もあるが︑殴酉撃者の意見に従へば堕胎の設は出生教を超過するもの L 如くである︒テ

イ l チヱによれば濁逸に於ける隆一胎教は年々に六 l

八 十

高 に

上 る

と 一

式 は

れ ︑

出生数に等しいとし︑記録は約二十寓としてゐるが︑恐らく暗黙の堕胎は二︑三倍はあるとのことである︒更に ルパージユは巴里に於ては随一胎教は

米園に於いては年々二百寓の堕胎があると見られ︑紐育に於ける其設は年に八高であると一式はれるが︑産科殴国庫ナ

者は主(数倍はあると一云ってゐる︒印ち米国に於ける出生に封する堕胎の割合は恐らくは一封三である︒堕一胎罪で

時として罰せる L 助産婦やいかさま醤師もない語ではないが︑ それは干に一位で殆 E 問題とならぬ︒而も共商頁

は非常に儲るので︑紐育のみでも数千人が此仕事に従事してゐる︒他の都市に於ても亦其割合は相営なものであ

凸 U

堕胎が如斯にして今日の出生減退に於て主(一役割を果しつ あることは之︑ぞ疑ふぺくもない︒市して堕胎が如 L る ︒

何なる事情の下に於て行はる L ものであるかと一式ふに︑隆一胎が文明の時一黒酉に関係する所頗る大なるぺきは云ふ

G .   F .  McCleary ,  i b i d .   p .   1 1 4 .  

E .  B .  Reuter ,  . P o p u l a t i o n  Problems p p .   1 : 3 6 ,  1 3 7 .   1 8 )  

1 9 )  

(17)

迄もない︒換言すれば之が婚姻外の姫娠に於て多かるべきこと︑更に上越せる如く遊姫が家族制限の手段として

都合に於て多く行はる﹄ことに関聯して︑経済的事由に基く賢一胎も亦多かるべきことは想像に難からざる所であ

る︒従て此鮪よりして堕胎が田舎ょのも都合に於て多かるべまは︑営然のこと二試ふべきであらう︒岡崎博士は

青森燃と大阪市との出生卒︑を比較し居られるが︑或年次に於ける出生に関係あるものは有配偶者であるから i 他の

僚件にして等しき限り︑有配偶者の割合が大なる程出生教は多かるべく︑叉有配偶者の割合が同一なる場合は︑有

配偶者中可字年齢に在る有配偶者の敢に比例するは一式ふ迄もない︒市して可字年齢にある有配偶者の割合を見る

に︑青森燃は七四・四%︑大阪市に於ては七九・七%(昭和十年)にして︑大阪府の方が多い

J

が ︑

主 (

出 生

率 は

大 阪

市の人口千に付二三・四に釘して︑青森豚は四二・四であるから︑若し大阪市の可字年齢に在る有配偶者の割合

が青森豚と同一であったならば︑大阪市の出産方は更に低下して︑青森懸の宇分位になることであらう︒之によ

って之を見れば︑可字年齢にある有配偶者の割合が大なるにも拘はらや︑大阪市の出生比率︑か青森豚のそれより

も低いとすれば︑之は其年次に於ける婚姻卒の低いことを説明し得るものでもなりれば︑ 叉婚姻平均年齢の高い

ことでも説明され得るものではない︒大阪市に於ける有配偶女性が生理的又は病理的に姫字率が劣ってゐるか︑

又は意識的に出産を回避してゐるか︑その何れかでなければならぬ︒併し大阪市に於ける有配偶女性の姫字力が

n u  

生理的又は病理的に劣ってゐる事が賃設されぬ限り︑生産の意識的制限を推論せぎるを得ない川ゲその意識的制限

が堕胎であるか避妊であるか︑叉それが如何なる割合に於て行はれたるかは︑之︑を知るべくもないが︑我図に於

都合化現象と出生減退

ブ L

岡崎丈現,新東亜確立と人口針策 p . ! J S‑97. 

20) 

(18)

商 業 と 経 済

九 回

ても亦此原因よりする所の郡部に於ける出生率の相違が詮明さる﹄ものと一式ふぺ︑きである︒

乍序我園を初め東洋諸国に於ては祖先の宗杷を絶やさゾることを以て世舎道徳の根基とするものにして︑此賠

より云へば子孫が多いことは所謂家門の繁栄を意味し︑従て産児制限の如きものに封しては大なる社合的底一迫が

輪 以

想 ︑

さ る

L のであるが︑事責に於ては一般的印象とは逆に︑特に我園に於ては産児制限に封しては︑時に響察的

立場よりする取締り抑犀がない疋 μ りないが︑欧米諸園に比すれば甚花寛大であって︑避妊用一共の販費や庚告に封

9 M

 

する官憲的取締りも少なかったが︑昭和十六年七月より賢施されたる﹁園民優生法﹂に於て不妊手術其他の庭置を

禁止せると同時に︑醤師をして醤療目的のために行ふ不妊手術其他の庭置並に姫娠中絶の震の手術又は庭置に封

しては︑他の醤師の意見を諒くこと L 届出の義務を負荷せしむることにしたのは大いに注目すぺき事である︒

三ノ三

婚姻率や婚姻年齢の関係より見おも︑我閣に於ては都市の田舎に封する不姫性は明かである︒撃者によっては

婚姻率の大小や婚姻年齢の高低は出生率には左程影響せ・?としてゐる︒例へばハルムゼンは所謂婚姻容の低い事

も婚姻年齢の高いことも伸関西に於ける出生率の悪化の基礎たるものではなく︑

伊太利︑英吉利等よりも惑いことはなかったし︑叉婚姻年齢に就ても悌蘭西では過去宇世記に 二十世紀の最初の十ヶ年の婚姻

率 は 和 蘭 ︑ 瑞 西 ︑

於ては却って低・落してゐて︑︐人口政策的見地ょの云へば寧ろ出生率の改善を結果すべきであった︑ と云ってゐ

The Annals o f  t h e  American Academy o f  P o l i t i c a l  and S o c i a l  S c i e n c e .  Nov. 

H J 3 o .   ¥ V .   L .   Holland ,  P o p u l a t i o n  Problems and P o l i c i e s  i l l   t h e  Far Eas t .   p .   3 1 o .  

2 1 )  

(19)

る 叉スムレヴイツチも西欧諸園に於ける婚姻率は殆 E 固定してゐて︑主(庭にほ出生率の低下に相庭するが如︑き d o ‑

円 ︒

としてゐふが併しながら婚姻率や婚姻年齢が全く出生には関係がないとは断言し得ない︒出 低下は見られない︑

生は婚姻の成果たるものであるから︑他の俊件にして等しき限︒︑婚姻が大なる程出生は大なるべく︑叉婚姻年

齢が低い程姫字期間が長期となる魚︑出生は大となるべきである︒此鮪に就て郡部に於ける出生率︑そ婚姻率や婚

姻年齢に封比する時︑婚姻卒は都合同に低く︑ 田舎に高く︑婚姻年齢は都合に高く︑

田 舎

に 低

き 事

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} 知

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が︑何れの賠より一式ふも都‑曾が田合に比して不妊なることは営然であると云はねばならぬ︒此等の数字に就ては

既に別稿に於て奉けたから︑認には述べない︒(怨一.日艶⁝⁝崎一耕一昨崎山崎駅↑誤認

h u 引

肌 建

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ノ周知の如く我国に於ける郡部の年齢構成は一般的に云ふも︑将叉可卒年齢に在る有配偶者に就いて見るも︑常

に都曾は回合に比して出生を有利ならしむるが如きものなる事を考へる時︑都・曾の不姫性︑か一唐判然と浮彫され

る︒吾人が今誌に問題とじてゐる婚姻の多少とか︑婚姻年齢の高低が何故に生起するかは︑

f

其事象の性質上之を

簡単に分析する事は困難とする所である

J

弐其重なる原因としては一つには都部に於ける婚姻の難易 j 更に都部

在住者の婚姻世界観に於ける相違を奉﹁る事が出来る︒而して此等の事情に就て更に深く沈潜する時︑主(庭に出

生の減退を誘後せしむべき事情と共通する所のものを後見するのである︒市して此等の事情は相互に図となり︑

呆となりて益々憂慮すべき事態を激化せしめてゐるのである︒

都合化現象と出生減退

夫 ふ 五

H. Harmsen ,  Bevδlkerungsprobleme Fran k r e i c h s .   S .   4 0 .   ス ム νグイ Yチ,前掲書, p .   2 3 7 .  

2 2 )  

2 3 )  

(20)

商 品 来 上 経 済

九 六

都市後生の理由としては︑政治的︑軍事的︑宗教的等の理回が暴けらる L であらうが︑近代的大都市後生の最

大理由は云ふ迄もなく︑経済的理由である︒即ち交通の要衝に位じ︑物産の生産並に集散等商工業の中心として

都市は益々多くの人々を其虎に吸引してゐる︒政治的︑軍事的︑文化的︑教育的諸機関の都合集中が副次的原因

として一'唐人口の都合集中を激化せしめてゐる︒かくて都合は人口の集中によって生成護展する震に︑其人口の

構成に於て土地生れに非ぎる他郷人又は其子孫の割合が大なる結果︑田合に於ける同郷人の如く共土地に封する

共通の愛渚を有せ争︑更に同郷人的隣保相助の精神を依いてゐる︒然るに他面に於ては濁立自竿自らの運命を開

拓せんとして努力する震に︑都舎人は自ら進取的︑活動的なる性格を獲得する︒加ふるに都曾に於ける豊富なる

物質的生活︑華かなる文化的生活は都・曾人をして其高き生活標準の維持並に向上に封する強き欲求︑を生ぜしめ

た︒此欲求は必然に婚姻の抑制となり︑小家族への意士山と

L

なら.ざるを得ない︒何となれば婚姻は就職の妨けであ

っても利益でなく︑更に子供の多い事は生活標準の低下を意味することになり︑更に其子弟の教育を考へる時︑

特に知識階級に於て自己の受けたると同様の教育を其子弟︑をして受しむるには︑主(生活標準を切ずけねばならな

い︒か﹄る個人主義的なる一連の思考は彼等を掘って︑婚姻の遷延︑産児の制限へと向はしむるからである︒之

に反して田舎に於ては共農業的性格より︑主(生活は自ら規則的となり︑又主(考へ方も保守的とならざるを得な

(21)

い ︒

関 索

に し

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足 前

生 活

は 婚

姻 そ

排 斥

せ ︑

一 グ

又大家族を必守しも嫌原せ中︑否場合によっては婚姻や大家族は

入手の増加を意味し却って之を歓迎すると云ふが如︑君事もある︒尤も悌蘭西の如く均分相続法が行はれたる所に

在つては︑所有良地の細分︑そ欲せぎるがおに︑子供を制限せんとする作用が傍ら 5 様な場合もあるし︑叉我徳川

時代に於けるが如く︑農民が苛倣諒求に苦しみ︑極端なる困窮の下に生存せざるを得なかった時代に於ては︑図

民経消の停.闘は増加する人口密扶養する能力を'有せー?︑人口の増加は直に困窮を意味すると一式ふが如︑き事態の下

に於ては︑間引とか︑堕胎等の手段による人口の増加を阻止せざるを得なかったと云ふが如き特殊的事情ある場

合ゐ﹂除いては︑子供の多い事は農村に取って必宇しも不利盆ではない︒更に田合生活の単純性が叉出産を刺戟す

ると一式ふが如き事情も考慮せらるべきである︒

ムマや我図は高度国防国家の建設と大東亜一エハ柴国確立なるご大目標に向って︑主(総力を奉けて逼進してゐるので

ある︒我﹁人口政策確立要綱﹂は我氏扶に諒せられたる此一大使命の達成の基礎的保件として︑我人口をして昭和

三十五年迄に一億に増強する一果︑を其旗臓として之在高く描けてゐる︒而して﹁人口政策確立要綱﹂が抱けたる諸政

策は界一十九凡此目的一道成の方策に外ならざるものであるが)就中共中心を魚すものが︑出生の増加であることは云ふ

迄もない︒然るに我図に於ては記述せるが如く︑都部的諸保件に於ける相違は都合に於ける出生率の低位並に田

合一に於ける共高位︒ぜ結果してゐるのであるが︑克に之を動的に見るならば︑人口の都合化が治々︑にる勢巻怨して

ゐる反一山に於て︑都市一川村に大都市が出生減退の部導者た万事責に鑑み︑此問題が軽々に宥却すべからぎるは云ふ

都合化現永と出生減退

九七

(22)

商 業 と 経 { 済

夫 品

; 1 、

迄もない︒図防的見地より都市人口の疎開が云々されてゐるが之は叉質的人口政策の立場よりのみなら示︑量的

人口政策の立場よりも慎重に考慮すべきである︒只之に関聯して二一一目したきは︑調逸めい米園等に於ては出生率の

減退は都部一工ハに甚記じいが︑最近に於ける働向より云ふならば︑減退率は寧ろ田舎に於て都合よりも甚だしいと

4

怯 1

一式ふ事賓であり諮に述べたる如く︑米閣にせよ濁逸にせよ︑共に都舎が回合より出生率が低いのであるが︑右

の傾向は一去はゾ都部に於ける出生率に於ける均衡化の動向を物語るものと一式ふべきである︒而して此均衡化は都

舎の出生率が田合の出生卒に歩み寄るのではなく︑逆に田合の出生率が都合のそれへの近接と云ふことである︒

此現象は買に都部に於ける経済的︑文化的諸落差の狭少化の一側面であって︑均衡化の速度が大なる程︑それは

出生の減退の大なる事を示すものと云ひ得る︒而して此貼に就て我閣に於ける都部別の出生率(第一表参照)の示

す所によれば︑共出生率の減退の速度に於ては別に大した相違は見られない︒此限︒に於ては︑我園には濁逸や

米園に見たるが如︑品目︑郡部出生卒に於ける均衡化の傾向は今迄の所では存在しない︒併しながら︑都曾化が激甚に

して︑都部に於ける経済的並に文化的落差が︑都部の交渉が益々緊密化し︑頻繁するにつれて︑念と狭少となり

近き将来に於て我国に於ても郡部出生率に於ける均衡化を見るに至るべきは想像に難か

らざる所である︒市して均衡化の意義を鑑みる時︑此傾向の出現に封して吾人は部に掲けたる人口一億の大目標

達成の震には︑常に警戒を怠るべからぎると同時に︑此傾向の出現を阻止すべき方策に就て諌め深く考へる所が つ

﹄ あ

る 一

争 責

に 鑑

み て

なければなるない︒

Lorimer and Osborn ,  Dynamics o f  P o p u l a t i o n ,  p .   2 3 .  

2 4 )  

参照

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