生のイラショナル・ブリーフに与える影響
タイトル(英) Effects of daily positive journals about academic works and job‑hunting on irrational beliefs in university students (in Japanese)
著者 宮?, 章夫, 大森, えり佳, 小玉, 唯以
雑誌名 茨城大学人文社会科学部紀要. 人文コミュニケーシ
ョン学論集
号 5
ページ 101‑115
発行年 2019‑09
URL http://hdl.handle.net/10109/14323
『人文コミュニケーション学論集』5, pp. 101-115. © 2019茨城大学人文社会科学部(人文社会科学部紀要)
大学生のイラショナル・ブリーフに与える影響
宮﨑 章夫 大森えり佳 小玉 唯以
要約
学業等または就職活動等に関する自己の肯定的経験を記録することが本人のイラショナ ル・ブリーフ (IB)に与える影響について検討した。研究1(n=30)では大学2年生・3年生が 学業等に関する肯定的経験を7日間記録した。その結果、自己の行動や情緒をコントロール できないことを当然視する「無力感」のIB尺度得点が減少した。研究2 (n=10)では大学4年 生が就職活動等に関する肯定的経験を7日間記録した。その結果、つねに自分に完全性を求 める「自己期待」のIB尺度得点が減少した。記録内容として、研究1では学業へ能動的に取 り組んだ経験、研究2では就活を通して物事を学んだ経験が複数書かれていた。得られた結 果は記録内容に応じて異なるIBが影響を受けることを示唆していた。
Key words : positive journals, positive writing, irrational beliefs, academic works, job-hunting
日常生活の中には本人にとって肯定的な意味をもつ経験が散在している。これらの経験を 振り返る手段のひとつとして記録という活動がある。Seligman, Steen, Park, & Peterson (2005) はwell-beingの増進を目的としたポジティブ心理学の一技法として、日記を付けるように 日々の肯定的経験を記録する活動(以下、「記録」と表記)を取り入れている。一般市民を 対象とした介入研究では、その日にうまくいった3つの物事とその理由を1週間毎日Web上で 記録するよう求めた。その結果、幼少期の記憶を想起した統制群に比べ、介入群では抑う つ感の軽減と幸福感の向上が生じてその効果が半年後まで持続した。これ以外にも記録の 方法には様々な形態が見られる。1週間を振り返り感謝すべきことを5つ記録する方法では、
10週間の介入により日常生活への肯定的評価の向上と身体症状の減少が生じた (Emmons &
McCullough, 2003)。また国内の大学生を対象にして肯定的経験、否定的経験およびその両
方を記録するよう求めた研究は、肯定的経験の記録により快気分が向上し、不快気分が軽減 したことを報告している(織田, 2010)。それに加えて認知行動療法の分野でも記録はその技法のひとつに含められている(菊池・
織田, 2015; Padesky, 1994; 白石, 2005)。この療法では複数の技法を一つのパッケージにまと めて実施するのが普通である。記録単独の効果を検討したものではないが、大学生の抑うつ 傾向への対処・予防を目的とした介入研究では本人が少しでも満足のいく事象の記録が行わ れている (白石, 2005)。この記録に加えて否定的自動思考と抑うつスキーマの変容を目的と した活動を併用した結果、介入群では抑うつ感などの軽減が認められた。これまで述べてき た一連の先行研究は様々な形態の記録が本人の精神状態に対して望ましい影響を与えること を共通して示している。
本論ではこの記録という方法をイラショナル・ビリーフ(Irrational Belief, IB)の問題に 適用する。IBとはEllis, A.が創始した論理療法・論理情動行動療法(以降では「論理療法等」
と表記)の中心となる概念である(Ellis & Harper, 1975; Ellis, 1988・1994)。イラショナル という言葉には事実に基づかない、非論理的、自分でも証明できないなどの意味が込められ ており、「~ねばならない」、「~べきである」、「~するのは当然だ」というような絶対主義 的、教義的、命令的な断定を含むことを特徴としている。IBには様々な種類があり、個人に より強く信じているIBの種類が異なる。これまでに国内の大学生を対象とした調査は、つね に優れた成果や行動を示さなければならないという「自己期待」、つねに依存する対象がい ないとやっていけないという「依存」、罪を犯した者は強く罰せられるべきであるという「倫 理的非難」、面倒なことに関わるべきではないという「問題回避」、自分の内的状態をコント ロールできないことは当然であるという「無力感」などの代表的なIBを見出している(森・
長谷川・石隈・嶋田・坂野, 1994)。
論理療法等の理論ではパニック、抑うつ、絶望、激怒などの人を不健康にする感情が 生じる過程を、ある出来事(Activating events)がIB(Beliefs)を活性化し、そのIBが結果
(Consequences)を生み出すという「A→B→C」の流れで理解する。この場合の不健康な感情
とは、それを持ち続けていると本人に大きな苦痛を与え、本人を不幸にするような種類の感 情を指している。このABC理論の中では、ある出来事とその結果として生じる不健康な感 情を媒介する心理的要因としてIBが位置づけられている。各IBにはそれを活性化させるよ うな特有の出来事が存在する。ある強いIBを持つ者がそのIBを活性化させるような出来事 に遭遇すると、それが引き金となり不健康な感情が生み出される。論理療法等の手続きではセラピストとの対話を通してあるいは自助的な方法により、最初 に本人が持つIBを特定し、そのIBを緩和するために論駁という作業を行う。論駁の作業で はIBの誤りや正しさを示す根拠を探す、IBの正しさを主張する者が自分以外にいるのかを 確認する、IBを信じることで自分に生じる損害や利益を検討することなどが促される。また 論駁に加えて他の方法が併用されることもあり、IBが定める命令とは矛盾する行動を意図的 に遂行することなども推奨されている。そして最終的にはIBに代わるより柔軟で合理的な考 え方を形成することが目指される。
近年、IBを弱める簡便な方法として記録の持つ可能性が注目されている。荒木・新井
(2014)は、大学生のIBを緩和することを目的として記録を利用している。その手続きは自身 が経験した肯定的物事を1週間にわたり記録するというものであり、結果として家族や友人 からの愛や是認がないと生きていけないという内容のIBが弱まったことが報告されている。
記録という方法がもつ長所は実施の簡便さにある。専門家の支援や本人の専門的訓練を必要 とする論駁作業とは異なり、記録は特別な知識や技術がなくてもひとりで実施することがで きる。経験を記録するに当たっては本人に一定の言語能力が求められるが、この条件を満た しやすい大学生にとって記録は利用しやすい方法といえる。
本研究の視点と目的
荒木・新井(2014)が示すように記録という活動はある種類のIBを弱める可能性がある。
信念の主観的な妥当性を検証するひとつの方法は経験との照合である。ある信念が自分の経 験と整合しないということが何度も確認されたならば、その信念は強いものから弱いものへ と変わっていく余地がある。
IBの中には自分を否定的に評価するものが複数みられる。たとえば上述した「依存」と いうIBは自分に自立性が欠如していることを意味しており、「無力感」というIBは情緒や行 動を自己コントロールする能力が欠落していることを意味している。また一切の例外を認め ない極端さを持つという点でもこれらのIBは共通している。いずれのIBも「つねに」、「当 然だ」などの絶対主義的な表現を含んでおり、いかなるときも自分に何らかの望ましい行動 や態度が欠落していると断定している。
これらの絶対主義的なIBは時間や場所に関わりなく自分を否定的に評価している。つまり 本人の行動や態度がつねに変わらないことを前提としているが、実証研究の結果はこの前提 を必ずしも支持していない。「行動は人間と環境の関数である」という指摘が端的に言い表 しているように (Levin, 1935)、人の行動は本人のおかれた状況に応じて変化する性質を持っ ている。実際に行動や感情反応に関する複数の研究が、これらの反応の仕方が状況の性質に 応じて変化することを明らかにしている(レビューとして, Krahé, 1992)。学校や仕事に行 けない引きこもり状態にあるような人を除けば、大学生活とは様々な性質を持つ状況により 構成されており、本人が望むと望まざるとに関わらず大学生は複数の状況に参入することが 求められる。以降で詳述するように大学生活の中には本人にとって自立、達成、心理的成長、
社会的受容などの経験をもたらす状況が含まれている。そのため本人の日常生活を状況ごと に丁寧に観察するならば、自分のことを肯定的に評価できるような経験を多かれ少なかれ見 出すことができるであろう。記録を通してこれらの肯定的経験に注意を向けることにより、
自分を否定的に評価するIBは弱められることが期待される。
荒木・新井(2014)の研究は記録がIBを弱めることを示した先駆的な取り組みであるが、
記録の持つ性質についてはなお不明な点が残る。とくに注目される点は記録内容とIBとの
関係である。大学生の行動が状況に依存して変化するという前提に立つと、記録の効果は注 目する状況やそこでの経験によって異なったものになることが予想される。記録を扱った先 行研究の中にはIBの他にも自動思考や抑うつスキーマといった否定的な認知を標的としたも のが見られるが、いずれも肯定的経験全般を大学生に記述させた研究に限られている(荒木・
新井, 2014; 菊池・織田, 2015; 白石, 2005)。そのため、どのような経験を記録するといかな るIBが影響を受けるのかは明らかにされていない。記録という方法を効果的に活用するため には記録内容とIBとの関係を理解することが必要である。また記録の効果が生じる仕組み を考察するためにも、本人の経験に照らし合わせて記録の効果を理解することが求められる。
記録の性質を解明する基礎研究という立場をとる本論では、記録内容に応じたIBの変化を把 握するためにあえて特定の状況に焦点を絞った記録を実施する。
本研究が対象とする大学生は均質な集団とみなされやすいが、詳しく見れば大学生活の時 期により本人の経験には違いが見られる。鶴田 (2001)は大学生活全体をひとつの小さなラ イフサイクルに例えることで各時期の質的な違いを記述している。学生生活ライフサイクル と呼ばれるこの枠組みでは、大学生活を入学期(入学後1年間)、中間期(2年生から3年生)、
卒業期(卒業前1年間)に分類する。入学期は過去の生活から大学生活への移行期であり、
大学・学部への帰属意識を持ち、新たな人間関係を形成し、家族から次第に自立していくこ となどが課題となる。次の中間期は見かけ上の変化は少ないが、自分を見つめる、他人と付 き合う、何かを身に付けるなど、今後の人生に向けて人により様々な方法でその人らしさを 形成する時期である。卒業期は社会生活に移行する時期であり、大学生活を総括して将来へ の準備をすることが求められる。卒業研究、就職あるいは進学という現実的な課題が存在し、
それを前にして不安や混乱を示す人もみられる。
本研究では記録のテーマとして中間期の学業ならびに卒業期の就職活動に注目する。中間 期は外部から与えられる課題が少ないため、多くの学生が無気力やスランプを経験しやすい とされる (鶴田, 2001)。実際に平均的な傾向として大学2年生以降に学業や授業への意欲が 低下することを複数の調査が明らかにしている (後藤, 2003; 溝上, 2004)。だからといって中 間期が学生にとって無意味な時期であるわけではない。無気力に陥るリスクと引き換えに、
学生は自由に学業へ取り組むための機会と時間を得る。中間期になると多くの大学では専攻 分野の授業が増え、専門的なゼミナールにも所属する。学業の中でもとくに自分の興味・関 心に基づく取り組みは、生活の充実感や自己受容の向上と関連していることが示されている
(山田, 2004)。
卒業期の就職活動は多くの学生にとって負担の大きなライフイベントである。自分や社会 のことがよく分かっていない状態で活動を始める学生には、希望進路を絞り込む過程で大き な悩みが生じやすい。それに加えて少数の採用枠に多数の志望者が集中する職種・企業では、
たくさんの学生が不採用となりその理由も知らされないことが多い。また活動が長期化すれ は心身の疲労も次第に蓄積される(輕部・佐藤・杉江, 2014; 下村・木村, 1997; 髙橋, 2018)。
その一方で就職活動は本人に多様な成長体験をもたらすことが知られている。活動を通して 学生は自己理解の深まりや社会的スキルの向上を実感しやすい。また就活を通して自分と社 会との関係を考えることは、社会へ積極的に関わろうとする姿勢を育む機会となる (髙橋・
岡田, 2013; 浦上, 1996)。
このように学業と就職活動は大学生の心理社会的発達を促すタスクであり、その取り組み を通して本人に特徴的な肯定的経験が生じることが明らかにされている。いずれのタスクも 多くの大学生が共通して取り組むものであり、それぞれが中間期と卒業期を構成する主要な 要素となっている。その重要性と典型性という点から見て、二つのタスクは大学生にふさわ しい記録のテーマであるといえる。
以上の背景を踏まえて本研究では中間期の学業等ならびに卒業期の就職活動等をテーマと した記録を実施する。この作業を通して記録内容に応じたIBの変化を明らかにすることが本 研究の目的である。
研究
1
学業等の肯定的経験を記録することが大学2年生・3年生のIBに与える影響を明らかにする。
方法
実験参加者 某4年制大学の人文学部に所属する大学2年生または3年生30名(女性25名、
男性5名)が参加した。後述の手続きにより参加者を実験群と統制群に15名ずつ割り当てた。
倫理的配慮 研究手続き、匿名性の確保、研究から得た個人情報の守秘、実験を途中で中 断できることなどを文章で説明した上で実験参加の同意を得た。
指標 不合理な信念測定尺度短縮版(森・長谷川・石隈・嶋田・坂野, 1994; 20項目) IB を測定する尺度であり、「自己期待」、「依存」、「倫理的非難」、「問題回避」、「無力感」の下 位尺度から構成される。回答に応じて1点から5点を与えた(1「まったくそう思わない」-
5「まったくそう思う」)。
オックスフォード・幸福感尺度(祁・浅川・福本・南, 2011, 23項目) 主観的幸福感を多 面的に測定する尺度であり、「自己効力感」、「ポジティブな感情体験」、「人生の満足度」の 下位尺度から構成される。回答に応じて1点から4点を与えた(1「全くそう思わない」-4「非 常にそう思う」)。
大学生活充実感尺度(坂柳, 1997, 10項目)
大学生の内的な適応状態に注目した充実感や心
理的安定感などを測定する尺度である。回答に応じて1点から5点を与えた(1「全くあては まらない」-5「よくあてはまる」)。ワークシート 実験群では実験手続きの説明2枚、記録用紙7枚の計9枚で構成した。記録 用紙には日付、曜日の記入欄と、記録用の空欄を設けた。統制群では実験手続きの説明1枚
と記録用紙の計8枚で構成した。記録用紙には日付、曜日の記入欄と、朝食・昼食・夕食・
間食のメニューを記入する欄を設けた。
手続き 2015年11月から2016年10月に参加者ごとに9日間の実験を行った。実験全体は
preテスト1日、7日間の記録期間、postテスト1日により構成した。
preテストでは実験室にて参加者にワークシートを渡して以下の説明をした。実験群の課 題は自分が関わる学業等の良い面に注目して1行から数行の短い日記を付けることであった。
その際、授業場面であれば普段受けている授業やゼミ等、課題場面であれば授業・ゼミ等で 出された課題、テスト勉強、資格や公務員試験の勉強等を例示した。留意点として、良い面 に注目して書き、悪い面や不快な気持ちは書かないこと、事実のみを書き、それに対する感 情や感想は書かないこと、思いつくだけたくさん記録し、記録する内容が見つからない日は 書けなくてもよいこと、正しい文章や上手な文章で書く必要はないこと、人に見せることを 意識せず、思いつくままに書くこと、記録は一日の終わりに一人で静かな場所で行い、特別 な事情があるときは記録の時間が前後してもよいこと、および記録期間終了後にワークシー トを回収することを伝えた。統制群の課題は当日の食事のメニューを書くことであり、一日 の終わりに朝食・昼食・夕食・間食のメニューを区別して記入してもらった。教示の終了後、
不合理な信念測定尺度などへ回答を求め、対象者を実験群と統制群の一方に割り当てた。そ の際に大学生活充実感尺度の得点に基づき実験群と統制群の尺度得点平均値が可能な限り等 しくなるよう群分けを調整した。続く記録期間では上記の手続きに従い7日間の記録を実施 した。その後のpostテストでは実験室にてワークシートを回収し、preテストと同様の尺度 に回答を求めた。最後に研究目的などを説明して実験を終了した。
結果と考察
記録内容 実験群が記録をした日数は最少が4日の3名、最多が7日の3名、最頻値が6日の
8名、平均値が5.7日(SD =1.0)であり、1週間の半分以上で記録が行われていた。記録内容
を見ると、15名中14名が授業・ゼミ中の自分の行動や態度について書いていた。また授業・ゼミで出された課題への取り組みを14名が、授業・ゼミに向けた準備を7名が書いていた。
それ以外には公務員試験の準備を6名、卒業研究の準備を5名、および他者から支援を受けた 経験、テストでの成功、就職のための準備をそれぞれ1名が挙げていた。
指標の変化 下位尺度ごとに評定値を合計して尺度得点とした(Tab.1)。これらの各尺度 得点に対して、測定時期(記録前/記録後, 被験者内要因)と記録条件(肯定的経験/食事, 被 験者間要因)を要因とした2元配置分散分析を行った(Tab. 2)。その結果、IBでは「無力感」、
幸福感では「ポジティブな感情体験」と「人生の満足度」にそれぞれ有意な交互作用が認め られた。下位検定として単純主効果の検定を行ったところ、実験群では記録前に比べて記録 後に「無力感」得点が低下し、「ポジティブな感情体験」と「人生の満足度」の得点が増加 したことが確認された。なお大学生活充実感の得点には測定時期の主効果が認められ、実験 群と統制群の違いに関わらず介入により得点が増加していた。
以上のように記録により変化したのはIBの中では「無力感」得点であった。そこで公表 されている「無力感」得点の大学生標準値(i.e. 男性
M = 14.17, SD = 2.93; 女性 M = 14.55,
SD = 2.50; 森ら, 1994)に基づき、preテスト時点で標準値を上回る者を選出したところ実
験群で8名、統制群で7名が該当した。この中で実験後に得点が減少した者は実験群で7名(87.5%)、統制群で4名(40.0%)であり、Fisher直接法の検定により、実験群の比率は統制 群のそれよりも10%水準で多い傾向にあることが確認された(
p = .066)。一方、preテスト
時点で「無力感」得点が標準値を下回る者を選出して同上の分析を行った結 果、有意差は認められなかった(実験 群3/7名, 統制群0/5名, p = .205)。本結 果より、とくに「無力感」得点が高め な者において記録はその得点を低下さ せる傾向があることが確認された。
また記録を通して幸福感尺度の「人 生の満足度」と「ポジティブな感情体 験」の得点も増加した。これらの変化 も「無力感」の低減を反映した結果で あると考えられる。なお大学生活充実 感尺度の得点は実験群のみならず統制 群でも増加していたことから、この変 化は肯定的記録に起因するものとは判 断できない。
Table 1 記録前後の平均値(SD)
指標 実験群 統制群
前 後 前 後
自己 期待
9.47 8.93 9.93 9.20 (3.93) (3.66) (3.59) (3.54)
依存 12.00 11.00 10.33 10.27
(1.86) (2.50) (3.63) (3.26) 倫理的
非難
14.40 14.27 13.73 12.87 (3.01) (2.82) (2.64) (3.52) 問題回避
11.73 11.13 11.27 11.60 (2.54) (2.12) (2.43) (2.52)
無力感 15.53 14.53 15.20 15.87
(1.78) (2.25) (3.02) (2.19) 効力感自己
25.67 26.40 23.67 23.67 (5.99) (7.24) (6.62) (7.15) ポジティブ
感情体験
16.27 17.27 16.67 16.47 (2.11) (1.44) (1.66) (1.71) 人生の満足度
34.13 36.40 16.80 16.13 (6.71) (6.41) (4.15) (3.81) 大学生活
充実感
34.13 36.40 33.73 34.60 (6.71) (6.41) (7.08) (7.74)
Table 2 分散分析結果 項目 df
F値 自己
期待 依存 倫理的 非難 問題
回避 無力感 自己
効力感 感情a
体験 人生の
満足度 大学生活 充実感
記録条件 1 .08 1.32 .90 .00 .38 .92 .11 .00 .18
群間誤差b 28 (26.42) (16.39) (17.77) (11.87) (10.00) (91.58) (5.63) (24.88) (102.02)
測定時期 1 2.27 2.75 3.75 .33 .23 .31 .67 .83 11.80**
交互作用 1 .06 2.10 2.02 4.07 5.65* .31 6.00* 10.20** 2.36
群内誤差b 28 ( 2.66) ( 1.55) ( 1.71) ( .80) ( 1.85) ( 6.55) ( .90) ( 1.28) ( 3.12)
** p < .01, * p < .05
aポジティブな感情体験, b括弧内は誤差平方和
研究
2
就職活動等の対人場面で生じた肯定的経験を記録することが大学4年生のIBに与える影響 を明らかにする。
方法
実験参加者 某4年制大学に所属する就職活動中の4年生10名(人文学部9名、教育学部1名、
全員女性)が参加した。参加者を無作為に実験群と統制群に5名ずつ割り当てた。全対象者 に対して倫理的配慮として研究1同様の対応をとった。
指標 研究1同様の不合理な信念測定尺度を用いた。これ以外にも尺度を使用したが、本 論の目的とは直接的関係が無いため記載は省略する。
ワークシート 実験群のワークシートは実験手続きの説明1枚、記録用紙7枚の計8枚で構 成した。記録用紙には日時、場面、相手の記入欄と、以降で詳述する「達成」、「満足」、「成 長・学び」、「好印象の提示」をそれぞれ記入する欄を設けた。統制群では研究1と同様のワー クシートを用いた。
手続き 2013年5月から7月に実験を行った。以下に示す点の他は、実験手続きは研究1と 同様であった。実験全体はpreテスト1日、7日間の記録期間、postテスト1日により構成し、
記録期間中には就職活動が最低でも1日以上行われるように実験開始のタイミングを調整し た。
preテストでは不合理な信念測定尺度へ回答を求め、その翌日から記録期間を開始した。
記録期間中の課題は、実験群では就職活動の中で遭遇した対人場面の肯定的経験を記録する ことであった。その際、ほんの少しでも自分の思い通りにできたと思うこと(達成)、楽し
Table 3 記録前(上段)と記録後(下段)における参加者ごとの尺度得点
指標 実験群 統制群
U値
E1 E2 E3 E4 E5 C1 C2 C3 C4 C5
自己期待
16 11 10 11 8 5 10 11 7 8
.50**
7 7 8 7 7 5 16 12 6 8
依存 16 13 11 15 10 8 14 12 10 8
2.50*
11 12 10 14 9 7 14 13 12 13
倫理的非難
13 13 14 13 12 13 9 10 12 11
5.50
15 14 16 14 13 16 15 16 12 16
問題 回避
13 9 14 13 12 13 9 10 12 11
7.00
9 8 11 12 14 11 19 9 12 11
無力感 15 16 15 16 10 16 14 12 17 15
11.00
16 17 13 16 13 15 14 14 17 16
** p < .01, * p < .05 E1-E5, C1-C5は各参加者
Table 4 就職活動に関する記録内容の要約 場面,相手 項目a NO 記録内容b
E1 グループディスカッション
担当者
達成 1 気になっていたことを知ることができた。良い担当者だと分かった。
満足 2 企業について理解が深まった。共通の話題ができて楽しかった。
学び 3 業界への理解、イメージが深まった。
提示 4 笑顔で良い印象を与えることができた。
一次面接 同席した他の大学生
達成 5 会話できた。その場を楽しめた。
満足 6 会話を楽しめた。
学び 7 話の切り出し方、つなぎ方などを学んだ。相手の話を聞いて理解が 広がった。
提示 8 積極性を見せられた。
面接 担当者
達成 9 自分の気持ちを伝えることができた。疑問点を解消できた。
満足 10 緊張せずに自然な会話が出来た。
学び 11 受け答えに対して相手から肯定されたことで、自分について良い発 見があった。
提示 12 笑顔や積極性、真面目さをアピールできた。
E2 役員面接
役員3名
達成 13 基本的な受け答えができた。
満足 14 ふだん会えない人と話せた。
学び 15 震災について質問されて、自分でも整理できた。
提示 16 挨拶ができた。
集団面接 担当者
達成 17 噛まずに話せた。相手の目を見て話せた。
満足 18 緊張せずに参加できた。
学び 19 他の学生の話を聞けた。自分への励みになった。
提示 20 詰まらずに受け答えできた。
E3 面接担当者
達成 21 自然体で受け答えできた。
満足 22 共通の話題で緊張がほぐれ、楽しめた。
学び 23 反省点、今後の改善点が見つかった。
提示 24 笑顔を心掛けた。
店舗訪問担当者
達成 25 聞きたかったこと、参考になる話を聞くことができた。
話を聞く姿勢がきちんととれた。
満足 26 相手がいい人で、思いつくままに質問できた。相手が緊張をほぐし てくれた。
学び 27 相手の丁寧な対応がありがたかった。反省点、今後の改善点に気付 提示 28 いた。挨拶やマナーに気をつけることができた。
E4 一次面接
担当者2名
達成 29 アピールしたいことを述べて、相手から納得が得られた。
満足 30 雰囲気が良く、笑顔で会話を楽しめた。
学び 31 相手から助言をもらえた。考えが整理された。
提示 32 笑顔で接することができた。分かりやすく伝えることができた。
二次面接 担当者2名
達成 33 自分のやりたいことを伝えられた。
満足 34 リラックスして話せた。
学び 35 相手から厳しいところを突かれた。今後は改善や意識をしたい。
提示 36 笑って対応できた。円滑に伝えられた。
面接 E5
担当者2名 達成 37 姿勢がよかった。
提示 38 最初の挨拶がよかった。
プレゼンテーション 担当者と他の学生
達成 39 他の学生とコミュニケーションをとりながらできた。板書が上手く 学び 40 まだまだ声が小さいと言われたので、次に活かしたい。できた。
提示 41 感情を込められた。
a学びは「学び・成長」、提示は「好印象の呈示」
bE1-E5は各参加者
かったこと(満足)、学んだこと・成長につながると思うこと(成長・学び)、相手に良い印 象や影響を与えることができたと思うこと(好印象の提示)を区別して記録してもらった。
本実験では記録した経験への肯定的評価を促す目的で、出来事や行動に加えてそれに対する 感情や考え方も書くこと、否定的に感じられる側面については書かず、肯定的な側面のみを 書くこと、就職活動の無かった日には日常生活の対人場面について書くこと、ただし家族や 親友等のいつも接する人との出来事については書かず、記録できる経験が無かった日は書か なくてもよいことを伝えた1。なお統制群の課題は研究1と同様であった。記録期間の終了後、
postテストにおいて再び尺度への記入を求めた。最後に実験を通して生じた気づきや発見な
どについて内省報告を聞き、報告内容はその場でメモに記録した。結果と考察
記録日数 実験群の参加者5名が記録を行った日数は、参加者ごとに5日(3日)、4日(2 日)、4日(2日)、4日(2日)、3日(2日)であった(括弧内は就職活動に関する記録があっ た日数)。項目別に見ると就職活動に関する「達成」、「学び・成長」、「好印象の提示」は5人 全員が記録していた。
指標の変化 研究1と同様に「自己期待」、「依存」、「倫理的非難」、「問題回避」、「無力感」
の尺度得点を算出した(Tab. 3)。つぎにpostテストの尺度得点からpreテストのそれを引い た値を変化得点とした。各変化得点に対して実験群と統制群の間でMan-WhitneyのU検定を 行った結果、「自己期待」に1%水準の有意差、「依存」に5%水準の有意差が認められ、記録 期間を通してこれらの得点が減少したことが示された。
以上のように尺度得点に変化が生じたのは「自己期待」と「依存」であった。ただしpre テストの値を見ると、実験群には「自己期待」と「依存」の得点が大学生標準値 (i.e. 自己 期待
M = 9.78, SD = 3.68; 依存 M = 12.62, SD = 3.28; 森ら, 1994)よりも高い者が偶然に多く
含まれていた。参加者の人数が各群5名と少ないことを考慮すると、検定結果のみから記録 の効果について結論付けることはできない。そこでpreテストの値が標準値を上回る者に限 定して効果を確認すると、「自己期待」では実験群4名全員で得点が低下したが、統制群の2名は逆に得点が増加していた。このように高得点者のみに注目しても実験群と統制群の間
に違いが認められることから、「自己期待」に関しては記録に一定の効果があったと判断し た。一方でpreテストの「依存」得点が標準値以上の者は実験群では3名いたが、統制群では1名のみであった。統制群には最初から得点が低めの者が集中してしまったことから、「依存」
に関しては記録の効果について判断を控えることにした。
記録内容 Tab.4 は就職活動に関する記録内容の要約である。対象者は希望先の店舗訪問、
集団面接、プレゼンテーション、そして役員面接などの多様な対人場面を経験していた。記 録内容としては面接で上手く話ができたことに加え、採用担当者とのやり取りを通して自分 の足りない部分に気づいたこと、その他が書かれていた。
内省報告 内省報告から各参加者の特徴的な発言を抜粋した(Tab. 5)。E2、E3、E4、E5
に共通して、記録をおこなうことで反省点や今後の課題が整理されたという主旨の発言が見 られた。その他に「自分らしく」、「身の丈にあった」という表現を使って、E1とE2が就職 活動への取り組み方について言及していた。
総合考察
本研究では肯定的経験の記録が大学生のIBに与える影響について検討した。その結果、学 業等の記録は「無力感」得点、就職活動等の記録は「自己期待」得点をそれぞれ減少させた。
本結果は記録の効果が書かれた内容に応じて変化することを示唆している。
まず学業等の記録について考察する準備として、変化が生じた「無力感」の性質を確認し ておく。一般的に無力感は不安、抑うつ、怒り、パニック、絶望といった自分の内的状態を コントロールすることができないと考える内的無力感と、自分の生い立ちや他者などの外部 環境が自分にもたらす影響をコントロールできないとする外的無力感とに分類される(松村,
1991)。本研究で測定した「無力感」は内的無力感であり、「状況が思わしくない時は投げ
出したくなって当然だ」などの質問項目が示すように、逆境において自分の行動をコントロー ルすることができないという考え方を含んでいた。学業等の記録内容として多く見られたのはゼミを含む授業中の積極的な言動や、授業や研 究の課題に対する課外時間での取り組みであった。例えば「授業をしっかりと聞けたので積 極的に発言できた」というように、学業への能動的な取り組みが多く書かれていた。
Table 5 記録活動についての内省
参加者 回答内容
E1
小さなことでも十分大事だと思えた。些細なことでも良い。すごいことだと思えた。
就職活動を楽しめるようになってきたことに気付けた。また就活の方向性が自分に合って いると思えた。
(些細なポジティブな事柄を書いてみて)実験を行ってみて、自分らしくやれば良いとい う気持ちになった。
E2
普段、面接後はやりっぱなしにしてしまう。反省はしても、その場で終わってしまうこと が多い。きちんと記録して残せるので、後で見返したり、思い返すことが出来る点が良い。
(無理に頑張ろうとして失敗した経験を振返って)無理をしないで、身の丈に合ったこと をしようと思った。
E3
自分の出来ていたこと、出来なかったことが意識できた。「次に活かそうと思ったり、こ こまで出来たから次はこうしてみよう」と考えられた。(全体的に)自分を捉え直す事が できた。自分のそのままを自覚できた。
E4 普段、面接後に反省や後悔はするが、頭で思うだけで次に活かせてはいないように思う。
文字にすることで、目に見える形で残せるのが良かった。整理する機会になった。
E5 普段は頭の中で反省することはあるが、文字にしてみて改めて思うことがあった。マイナ スからの発見、反省等ができた。普段は感情等に流されがちになる。
一般的に大学での学業は能動的な取り組みを学生に強く求める。その一例として学修の自 己制御を重視する立場からは、自ら目標を設定し、目標を達成する為の計画を管理し、学修 過程をモニターしながら学びを深めていくことが推奨されている(Zimmerman, 1989)。本研 究のように大学での学業をテーマとした場合、記録を通して本人の能動的な姿に焦点が当て られたことは順当な結果であるといえる。
「無力感」のIBが想定する自己像とは、自分の行動や情緒をコントロールする力をほとん ど持たない受動的な存在である。対して本研究の記録は学業場面において求められる行動を 自らコントロールしていることを本人に印象づけるものであったと考えられる。このような 記録内容が「無力感」のIBに対する反証となり、結果としてこのIBが弱められたのであろう。
つぎに就職活動等の記録に注目すると、記録の効果が生じたと判断されたIBは「自己期待」
であった。「自己期待」とはつねに高い水準の行動、成果、能力を自分に求める完全主義の 一種である。「自己期待」の強い者は完全でなければ自分は無価値であるという二分法的な 思考をとりやすい。人生のあらゆる重要な局面において有能で熟達している人はいないので、
完全主義者は自分が無価値であるという感覚に陥りやすいといわれている(Ellis, 1994)。本 論で用いた「自己期待」尺度は「私はすべての点で有能でなければならない」といった質問 項目を含んでいたが、この絶対主義的な命令にも「さもなければ自分は価値のない人間であ る」という結論が含意されていると見ることができる。
参加者は様々な経験を記録していたが、その中には面接場面で何かを学んだ経験が複数含 まれていた。具体的には採用担当者との受け答えの中で自分の足りない部分に気づかされた 経験、他の就活生の言動の中から参考になることを見つけた経験、および企業・業界につい ての理解が深まった経験などであった (Tab.4 NO 1, 2, 3, 7, 19, 23, 25, 27, 31, 35, 40)。また各 参加者は記録の意義について「就職活動を楽しめるようになってきたことに気付けた (E1)」、
「後で見返したり、思い出す (E2)」、「出来ていたこと、出来なかったことが意識できた (E3)」、
「(反省や後悔を)整理する機会になった (E4)」、「マイナスからの発見、反省 (E5)」と表現し ていた(Tab. 5)。これらの発言より、参加者は記録を通して自分の足りない部分や自分の変 化・成長を確認していたことがうかがえる。
一般的に採用の基準が外部に明示されていない就職活動では、企業から求められることを すべて学んでから試験を受けるという受験の方略は使えない。その代わりの方略として「要 するに、走りながら考え、考えながら走る」と表現されるように(難波, 2014)、活動中に 試行錯誤しながら物事を学んでいくことが学生には求められる。このような学びはとくに不 採用の経験時に必要とされており、学生はその経験から自分の課題を見つけ出し、それを可 能な範囲で改善していく (輕部・佐藤・杉江, 2014)。本研究の中で学びの経験が多く記録さ れたことも、就職活動のこうした特徴を反映したものであろう。
この学びに関する記録が「自己期待」得点の低下と関係していることが推察される。「自 己期待」とは完全であることを自分に求めるIBであり、この信念の下では欠点や課題を抱
える自分は価値のない存在として否定的に評価されやすい(Ellis, 1994)。この「自己期待」
が求める自己像とは異なり、就職活動の中で何かを学んでいる本人の姿は決して完全とはい えない。学びとは本人が不完全であるからこそ成立する行為であり、記録内容には自分の欠 点や課題に気づかされた経験が記されていた。ただし完全ではなかったとしても、何かを学 んでいる自分は無価値というわけではない。学びとは本人を心理・社会的に成長させうる行 為であり、多くの人は自分が学び、成長していくこと自体に対して一定の価値をおいている
(Dweck & Leggett, 1988; 篠原,2016)。今回の記録とは自分が就活を通して物事を学んでいる
ことを確認する作業となっていたのではないかと考えられる。この作業は不完全な自分を多 少なりとも受け入れる機会となり、結果として完全性のみを追い求める「自己期待」が緩和 されたのであろう。最後に今後の課題をまとめると、本研究は対象者数の限られた探索的研究であることから、
対象者を増やして結果の再現性を確認することが必要である。また本研究では記録期間が7 日と限られており、このような短期間の記録がどれだけ持続的な効果をもたらすのかは不明 である。もしも実践的な研究を行う場合には、たとえば1週間に1回の記録を数カ月続けると いうように、より長期的な方法を採用して効果の持続性を確認することが望まれる。また研 究2では学びの経験が多く記録されたが、その理由としては就職活動をテーマとしたことに 加えて「学び・成長」の記録欄を設けたことも関与している可能性があるため、記録内容を 規定する要因を特定していくことも今後の課題としたい。
注
1 研究開始当初は就職活動を中心とした新奇な対人場面に広く注目していた為、このような条件を設 定した。
付記
研究1は第三著者、研究2は第二著者が茨城大学人文学部に提出した下記の卒業論文のデータを再分 析したものであり、本論に対する両者の貢献度は対等である。
大森えり佳 (2013). 就職活動等時のセルフ・モニタリングが不合理な信念に与える影響-対人場面のポ ジティブな側面を題材として-.
小玉唯以 (2016). ポジティブな筆記が大学2・3年生の感情状態と無力感へ与える影響.
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