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1990年前後の「保育における援助」の見解と一考察

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(1)

著者 清水 桂子

雑誌名 北翔大学短期大学部研究紀要 

号 58

ページ 53‑61

発行年 2020

URL http://doi.org/10.24794/00002990

(2)

Ⅰ 問 題 と 目 的

本研究は,1990 (平成

2

)年前後の一定期間に焦点をあてる。この時期においては,幼稚園 教育要領第の

2

次改訂[1989 (平成元)年]や,保育所保育指針の第

1

次改訂[1990 (平成

2

) 年]がおこなわれた保育の大きな転換期である。双方それぞれの改訂は25 年ぶりとなる。改訂 の大きな特徴は,「環境を通した教育」が幼児教育・保育の基本であると明示されたことであ る。これまでの,幼児教育における保育者主導型保育から援助型の保育が求められ,保育やそ の養成の考えは,180 度転換する必要になった(平井,1990 )

1

。その実現に向けては,子ども を主体とし,保育者は遊びを援助するという視点が強調された。「援助」という言葉の記載が 増大したことを含め,それらに対する保育者の指導の在り方をめぐり,混乱を引き起こしたと される。「援助」というのは「見えない指導をきちんとすることによってなされる行為」との 解説に対し,「指導してはいけない」と解釈された(小田,2014 )

2

。こうした誤った解釈を払 拭していくために,解説書の増補版などが示されたことについて小田は,前代未聞ともいえる 出来事であるとし,25 年振りの改訂の余波が影響したであろうと述べる。これまでの保育にお ける風潮ともされた,指導しすぎとの批判を受け,改訂後には援助が十分ではないとされた。

これらは「指導」と「援助」の概念が不明確によることの混乱の表れである(小川,2000 )

3

。 当時,研究者や実践者らはこれらの混乱を整理すべく,「保育における援助」の意味をさまざ まな機会において活発に検討してきたと考えられる。これらのことは,当時の保育の具現化を 目指そうとしたことであり,当時の考え方は今もなお継承され,それは保育の基本的姿勢であ ると考えられる。

本稿においては,当時の歴史的な変遷や社会的背景もふまえつつ,先駆者が残してきた言述 に着目し,当時の「保育の援助」の見解を整理するものである。このことは,現在の保育にお ける指導や援助の在り方を改めて検討する際に,意義深いものと考えられる。また,養成段階 に関しては,保育者養成課程の現行

4

の教科目において,「こどもの理解と援助」が示された。

ここでは,保育における援助の基本について理解することを目標としている。この履行にあたっ ては,教授内容に活かされることが期待できる。

北翔大学短期大学部研究紀要 第58号 令和2年3月 BulletinofHokushoCollegeNo.58 March,2020

1990 年前後の「保育における援助」の見解と一考察

A studyof・theassistanceinthecareandeducation・around1990

清 水 桂 子*

Katsurako SHIMIZU

*北翔大学短期大学部こども学科

(3)

Ⅱ 研 究 の 方 法

1990

年前後のその歴史的な変遷や社会的背景もふまえつつ,「保育における援助」の見解に 着目する。検討には当時の文献を対象とし,主に1994 年刊行の「保育の『援助』って,なに?」,

株式会社世界文化社,を用いる。文献の著者は,当時の保育や教育にかかわる研究者や保育・

教育の実践者等

5

である。主な記載内容は,1992 年に実施されたシンポジウムにおいて,保育 の援助についての考えを語られた内容をもとに,再構成されたものである。本稿においては,

その中から一部の記載に焦点をあて,当時1989 年の幼稚園教育要領の改訂に関わったとされる 調査協力者会議の委員の一人,大場牧夫の言述を中心に紐解いていこうとするものである。本 文献に残された言述から,当時の議論を通して示された「保育における援助」の一つの考えを 明らかにする。この保育の転換期とされた動向の中に身を置きながら,これからの保育につい て見据えた各界の研究者や実践者の考えは,現在の養成教育を検討するうえで,有効なひとつ の手がかりになると考えられる。

Ⅲ 保育の転換期において

3- 1 転換期と背景

先にも述べたがが,1990 (平成

2

)年前後は,1989 (平成元)年の幼稚園教育要領第の

2

次 改訂や,1990 (平成

2

)年保育所保育指針の第

1

次改訂がおこなわれた,保育の大きな転換期 である。幼稚園教育要領は,1964 (昭和39 )年に第

1

次改訂がおこなわれ,次いで,保育所保 育指針は1965 (昭和40 )年に刊行された。その流れの中,双方それぞれが25 年経っての改訂と なった。この改訂の背景には,学校教育においては量的拡大が求められる中,家庭や地域の教 育力の低下が指摘され,青少年の問題行動や受験戦争の過熱化などが問題視されてきたことが ある

6

。また,幼稚園教育における保育の内容や方法について,「一部の幼稚園では本来での 幼稚園教育の在り方からみて適切といえない教育がおこなわれている」

7

実態を指摘されてい る。同義に良心的な保育の努力の一方に,早教育の競争の激化は幼稚園教育の正しい発展を阻 害し,こうした傾向は幼稚園における教育のみならず保育所にも及んでいるとされた(宍戸,

1984

8

。これらの問題は,幼稚園教育についての共通理解がなされていないと指摘される

9

。 また,当時の家庭における子育てに関する現状には,都市部の核家族化の進行があげられ,ニュー タウンの一戸建てや高層マンションでの生活における地域のつながりの減少は,若い夫婦の子 育てにはかなりの努力が要求されるとした(瀧口,1987 )

10

。育児不安や育児疲労の強さは,

食生活の不規則,睡眠不足,悩みを話せる人がいない,家庭外で意見を述べる機会がない,専

業主婦は保育園に通わせる母親よりも2倍の不安感・疲労感が強い,夫婦関係の希薄という傾

向が浮き彫りにされたとしている

11

。その一方で実方(1987 )

12

は,妊娠や出産がイベント化

し,夫婦にとってお金をかけて良いという風潮への変化をとらえている。1983 年の紙オムツの

国内生産開始も大いに影響したと考えられるか,その傾向は育児雑誌にも表れ,内容には紙オ

(4)

ムツ・ベビーカー・育児用品等の他,雑誌の付録に衣類・玩具等が設けられ,商品が通信販売 で読者の手に入りやすくなる。他にこどもクラブ・英語教材等の早期教育の広告も目立つ時代 に入ってきたとされる。知識や技能の獲得が求められ,これらは幼児教育等の集団生活の中に も大きな期待が寄せられ,波紋が広がった時期であるといえる。

3- 2 改訂への経緯

幼児教育の現状を踏まえ,「幼児を取り巻く環境の変化に対応した幼稚園教育の内容・方法 の改善について,早急に検討を進める必要がある」

13

とされた。それらを受け調査研究を進め た「幼稚園教育要領に関する調査協力者会議」

14

では,1984 (昭和59 )年に全国の公立私立含 めた幼稚園800 園に対する実態調査を実施した。その後の分析をふまえ,1986 (昭和61 )年に

「幼稚園教育の在り方について」を示した。その中で,当時の幼稚園教育要領[1964 (昭和39 年)]を基準とする幼稚園教育の教育内容や方法の混乱については,次の

2

15

があげられる。

ひとつに,「幼児期の発達・指導に関する理解をめぐる問題」として,発達の個人差へ応じる ことと一定の到達度に向けた同一方法の指導についてである。ふたつめには,「幼稚園教育要 領に関する理解をめぐる問題」とし,教育内容が構造的にとらえにくいことや,小学校におけ る教科内容と同様に受けとめた指導がおこなわれているなどがあげられている。こうした実態 把握から検討までの約

5

年の期間を経て,1989 (平成元)年に幼稚園教育要領第の

2

次改訂に つながったとされる。保育所保育指針の改訂に向けては,1988 年に示された「保育所保育指針 検討小委員会の検討状況について」に目を向けたい。保育の方法の重視すべき点には,次の

3

点を指示したとする(諏訪,1990 )

16

。それらは,子どもの需要からなる安定感と信頼感の安 定,子どもの主体的な活動から遊びを通した総合的な指導,子どもが自発的に関われるような 環境である。保育所保育指針の改訂においては,大きくは「従来の性格・役割は,旧保育所保 育指針と同様」(岡田,1991 )

17

であり,社会変化に応じるもその基盤には大きな変更は見られ ないとする(天野,2019 )

18

が,保育所おいての独自性は守りつつ検討が重ねられた。次いで 幼稚園教育要領改訂の翌年である1990 (平成

2

)年に,保育所保育指針の第

1

次改訂がおこな われた。

3- 3 改訂と整合性

幼稚園教育要領の改訂後における保育所保育指針の改訂に向かっては,整合性をはかりつつ 保育所の独自性も強調していくとした。幼稚園教育の環境を通して行うとする教育環境の重要 性においても共通の考えを示し,自発的,意欲的に関われる環境や,遊びを通して総合的に保 育を行うとした。保育所保育指針の理解においても,「環境による教育(保育)の出発点に置 く」(諏訪,1990 )

19

とし,保育方法や形態についても考えられてきた。また,ここでの改訂の 大きな特徴には,保育内容

6

領域(健康・社会・自然・言語・音楽リズム・絵画製作)から,

新たな5

領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)の設定である。新たな

5

領域は,発達の

55

(5)

窓口とすると同時に,到達目標から方向目標へと内容を転換することを明確にして行うことを,

より充実するものとした。保育所保育指針では,

3

歳児以上は

5

領域を共通として教育的内容 として示し,養護的内容と両立させた。これまでも教育の視点においては準じた考えをもって いたが,保育者の養護性を強化し子どもの自主性・主体性を尊重することを目指した。さらに,

養護と教育が一体となって保育をおこなうことの充実を表すこと(岡田,1991 )

20

や,幼稚園 教育においても「教育と養護」の関連を考えていく必要があることが課題とされた(平井,河 野1990 )

21

。こうした独自性を大事にしつつも,環境を通した教育についての共通化は,「子ど も主体」の保育への革命でさえあると平井ら(1990 )

22

は述べる。

Ⅳ 保育における援助の検討

4- 1 保育の援助の整理

これらの改訂に伴い,1990 年前後は保育における「援助」という言葉が多く取り上げられて きた。「援助」の理論的枠組みを論考した小川(2000 )

23

は,保育における「指導」は,原則的 に「援助」」であるとし,幼児への予測とそのかかわりへのイメージを持ってなされるとした。

さらに,その適切性については都度の判断と修正を繰り返すことであるとする。現在示されて いる「援助」のひとつの規定として,文部科学省

24

の以下を参考とする。幼稚園教育が環境を 通して行う教育であることを基本とする中,ここでは,保育における指導の意味を次のように 示す。「一人ひとりの幼児が教師やほかの幼児との集団生活の中で,人や物などの様々な環境 とかかわり,発達に必要な経験を自ら得ていけるよう援助する営み」である。また,「幼児の 展開する活動に対して必要な助言・指示・承認・共感・励ましなど教師が行う援助のすべてを 総称」している。それらは,幼児理解に基づいた中で教師の援助的なかかわりの中で実施され とし「幼稚園教育の基本に基づいて行われる援助のすべてが幼稚園における指導」と規定して いる。

4- 2 「環境を通して行う教育」と「援助」の関係

平井(1990 )

25

によれば,昭和30 年代の「教育」が強調された幼児教育は,教師主導型の一 斉保育の中心であり,子どもの無気力状態も問題視されてきた。こうした流れの中,このたび の改訂において環境が重視された「環境を通した教育」が幼児教育・保育の基本となった。そ の実現に向けては,「遊びを援助する保育になる」という事を期待し,「援助ということはあく までも子どもが主体」であるとした。河野(1990 )

26

は,それらの理解につなげるべく,トラ イアングルの三辺を例に示している。底辺は「環境を通して行う教育」であり,他の二辺は

「子どもの主体的な生活」と「遊びを通しての総合的な指導」にあたる。環境を通しての教育

が,遊びを通しての総合的な指導のもとになされ,一人ひとりの発達の特性に応じること,の

三辺が共鳴し合う関係でおこなわれるという解釈になる。河野は,平井の示す援助の視点を補

強するかのように,このトライアングルが共鳴する教育の中で,「生き生きとした子どもが生

(6)

み出されてくる」としている。またそのためには,「幼児と教師の間に」や,「幼児と共に」と いう子どもと保育者の相互性や往来するような視点が必要であるとし,そのもとで「教育環境 を創造する」としている。河野の考えからは,三角形の中心に子どもをおき,その周囲には保 育を援助する姿勢をもつ保育者の存在があることが,構図としてひとつ考えられる。また往来 についても子どもや保育者が中心や周囲を往来するような流れが構図から読み取ることができ るのではないであろうか。

4- 3 保育の「援助」の見解

以下,対象文献である1994 年刊行「保育の『援助』って,なに?」第一部

27

の小林,本吉,

大場の言述に焦点をあてることとする。中でも特に,1989 年の幼稚園教育要領の改訂の際,調 査協力者会議の委員の一人である大場牧夫の言述を中心に紐解いていく。

小林

28

は,1989 年の新・教育要領(当時)や1990 年の新・保育指針(当時)以降に,保育界 においてクローズアップされた「援助」の問題について提起する。このことの理由の一つには,

上述の両改訂において,「援助」という言葉が多く使用されるようになったことをあげている。

保育の「援助」とは何かという事を,保育者がきちんと説明することが可能であるかと問題提 起する。さらに,この検討は保育者にとって必要な課題であるとともに,まさに今がその時期 であるとしている。「援助」の問題は,「指導」と「援助」の間で揺れ動いている振り子のよう であると指摘する。「援助」は子どもの内面を見ることが必須であり,表面的な対応で流れて いかないようにすることの重要性を述べる。さらに,「援助」という思想が出てきたことの意 味や必然性の検討を進めようとする。

本吉

29

は「指導」と「援助」についての関係を,「指導」は子どもを導いていくことで,「課 題」を求めていく前提がある。この指導に対する「援助」は,子どもの主体的な遊びのなかか ら「意欲」や「活動」を育ていくことになる。保育者が子どもの考えを大事にしていくことを 根底におき,子ども自身が自分の考えを発揮していくことが大切である。しかしながら,子ど もの考えや姿に対し待とうとする保育者の姿勢や,「援助」への意識は欠落していることを指 摘する。また,「援助」は何もしない「放任」とは異なるものであり,かつ,「指導」が不要と いう考えではないと主張する。

大場

30

は前述の小林の問題提起にもあるように「援助」の思想が出てきた流れは,改訂の経 緯に影響するとした。昭和39 年の幼稚園教育要領 第

1

次改訂時は,「指導性」を強く意識す る傾向にあり,「遊び」という言葉は少なく「援助」という発想などはまだまだ存在しない。

保育の流れは「多くは教師主導型,教材中心展開型」

31

にあり,昭和58 年の中教審の教育内容 等小委員会での指摘

32

をうけた。それを契機に「幼稚園教育要領に関する調査研究協力者会議」

において検討を進め,「子どもが主体的な人間として育つためには,現在は危機的な状況にあ る」

33

という認識のもと,「子どもの育ちを軸に考え直す」

34

ことであった。「遊び」や「領域」

の論議が重ねられる中,「幼稚園の在り方について」の中で,特に強調されたことのひとつに

57

(7)

子どもの「主体性」についてあげられる。これまでの「教師主導型の保育は大いに反省されな ければならない」

35

とし,「主体性」を育てるべく「主体的な生活」,「遊び」について考えられ

「環境による教育」が打ち出された。これらを支えるための教師のかかわりに「援助」という 考えが打ち出され,「『教師主導型の保育から子ども主体の保育へ』という思想のなかから「援 助」ということばは生まれてきた」

36

のである。

「援助」のとらえについては,ひとつに問題視してきたことがある。それは「援助」という 言葉が多様に使用され,そのことにより振り回されることや固執する傾向が生じるとした。そ の結果,本質を見極められずに右往左往することにつながると指摘する。「援助」と言いつつ も対象となる子どもをきちんと見ていないことから,実際には対応していないと表現する。さ らには,「援助」のとらえ方について危惧されることとして,「援助」を考えることや発揮しよ うとする際,方法論や技術論と考えてはならないと強調する。「援助」のとらえについては,

目の前の子どもの個への対応と,発達の状態の対応があり,多面的な視点でとらえる必要があ るとしている。保育者の傾向には,前提として子どもが前進していくことを願う思いがあり,

その思いが「援助」にも「指導」にも影響することを指摘する。「援助」は,決して保育者の 思い通りに引っ張っていくことではなく,子ども自身が自分でその状況に順応していこうとす る場面全体を,とらえていくことであるとする。そこに寄り添えることも一つの「援助」にな る。保育者の言葉や積極的な動きかけだけが「援助」ではないとする。つまり,子どもには自 身が自分で育っていくための状況があり,その状況の下で保育者が「支える」役割になる。子 どもを主体とし応じていく姿勢には,その子が方向性をもって育っていけるように,かかわっ ていくことであり,それが本来の保育者の姿とする

37

。また,それを支えにした過程が重要で あり,結果や自立につながったら良いという解釈ではない。そこには,子ども自身が挫折や葛 藤するような過程が大事であるとする。「保育における援助」の姿勢を持つ保育者の関わりは,

「子どもという存在が主体者としてあり,その子どもの『育ち』をあくまでも『支えて』いく こと」

38

である。つまり,これまでの教師主題型の「指導」からの脱却と,子どもを軸にした 考え方をもち「支えて」いくかかわり方することである。これが「新しい(当時)「新教育要 領」と「保育所保育指針」の精神」

39

であるとするも,それは,本来の保育者の基本とする姿 に戻すことであった。

子どもが主体にあるということを繰り返す大場は,「子どもの育ちつつあるいまが大事」で

あり,「子どもが動きだせるプロセス,動きだすような状況を作っていかなければ,援助には

何の意味もない」

40

とする。このことからは,子どもの主体に添いながら支えていこうとする

姿勢に他ならない,と強調する保育の基本的考えが示される。そのためには,保育者の気付き

について,子どもが自分でやろうとする動きや動き出した際に,「子どもが人間として育って

いくための方向はどうなっているか,そういう点を保育者がしっかりと見,受けとめておかな

いと」

41

ならないと述べる。ここには,保育の中から「援助」という言葉だけを安易に抜き出

して,そのものだけを考えることではく,子どもの育ちや保育全体をとらえていくことである

(8)

とする大場の強意がある。このことは,大場が常に大事にしてきた,子どもが主体となる生活 を通して,保育の構造全体をとらえていく視点から生み出された言葉であると解釈される。

自身の実践においても,日々の保育を丹念に点検することを繰り返してきた大場は,保育者 の振り返りの姿勢については次のように語る。「援助」をとらえることや考えることは,保育 者自身が探りつつあることで,他人に答えを求めるようなことではないとする。また,間違っ ても自身の保育をいい「援助」をしているなど自負するようになってはならないとする。常に 自身の保育に立ち返る姿勢をもつことを前提とし,学んだり議論したり具体的に考えることの 重要性を述べている。これらは,保育者に対する日々の保育への振り返りと,学び続ける姿勢 への期待がある。

Ⅴ 考 察

保育における「援助」については,歴史的変遷もふまえるところ,子どもの主体性が重視さ れたことによる。教師主導型から子ども主体型の保育への転換に応じることは,保育者のかか わりの在り方も大きく方向転換されなければ対応できない事であった。保育者の「援助」の在 り方は,保育の基本姿勢であり,保育の原点に立ち返ったことが明らかになった。当時,「援 助」の言葉は増大したとされ,その真新しさは保育界においての混乱につながった。しかしな がらそれは保育の基本姿勢に返ることであり,その理解に向け,対応すべく先駆者らは様々な 場面において議論,発信されてきた経緯を垣間見た。

本稿ではそれらの先駆者のうちの一人,特に大場の言述に焦点をあてた。大場は「援助」と いう言葉の扱いを安易に使用することではないとしている。それは,「援助」を発揮していく ことは,子どもとのかかわりの中で考えられることであり,奥深いところで理解していくもの になるからである。これらのことから,当時の大場の考える「保育における援助」は,次のよ うに整理することができる。①目の前の子どもに対することであり,その関わりの中で理解し ていくものである。そのため,方法論や技術論,形式的にとらえることではない事を前提に置 く。②保育者の思う方向に沿わせていくことではなく,その状況下に寄り添っていく姿勢をも つことも含まれる。③子ども自身が挫折や葛藤を実感していく過程をふむことが重要であり,

それを支えていこうとする保育者の姿勢が基本にある。④子どもの存在を主体としておくこと であり,その子が方向性をもって育っていけるような状況を作っていくことやかかわっていく ことである。⑤「援助」という言葉だけを抜きだして考えることではなく,子どもの育ちや保 育全体を通してとらえていくことである。

焦点をあてた1990 年前後から,現在約30 年が経過する。この間に幼稚園教育要領,保育所保 育指針は

3

度の改訂が行われた。今もなお,当時の「援助」の考え方は踏襲されると考えられ る。今回の検討は,当時の文献の一部のみに留まった。今後の課題は,現在の「保育における 援助」の意味とその位置づけを,実践的な視点を含め明らかにすることである。

59

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註・引用・参考文献

1 )柴崎正行,戦後保育50 年史第 2 巻 保育内容と方法の研究,第 8 章 保育の新たな方向性 と課題,対談 新しい幼稚園教育要領・保育所保育指針にみるこれらの幼児教育・保育の あり方,河野重男 平井信義,日本図書センター,2014 年,pp339-348

2 )小田豊,幼保一体化の変遷,(株)北大路書房,2014 年,p50 3 )小川博久,保育援助論,(株)萌文書林,2000 年,pp2-22

4 )厚生労働省雇用均等・児童家庭局長「指定保育士養成施設の指定及び運営の基準について」,

一部改正 子発0427 第 3 号,平成30 年 4 月27 日

5 )著者11 名(当時の所属)小林研介(呑竜幼稚園園長),本吉圓子(大妻女子大学講師・宝 仙学園短期大学講師),大場牧夫(昭和台幼稚園園長・保育実践問題コンサルタント),田 中泰行(東京家政大学講師・向南幼稚園園長),近藤允夫(東京学芸大学名誉教授・日本 女子大学教授),兵頭恵子(大妻女子大学講師・冨士見幼稚園教諭),林健造(十文字学園 女子短期大学講師・同附属幼稚園園長),渡辺真一(鶴見女子短期大学部講師・スカイハ イツ幼稚園園長),舘紅(宝仙学園短期大学講師・ODA教育研究所所長),安家周一(関 西保育福祉専門学校講師・あけぼの幼稚園理事長),岸井勇雄(富山大学教授・同附属お 幼稚園園長)

6 )汐見稔幸他,日本の保育の歴史,第 6 章第 4 節,「戦後保育の転換点」,髙田文子,p332 7 )文部省,文部省第111 年報,Ⅱ資料編 3 重要記録文書 ( 2 )審議会報告(主なもの)a

中央審議会教育内容等小委員会経過報告(昭和58 年11 月15 日),Ⅳ初等中等教育における 教科構成等の問題 1 初等教育について( 1 )幼稚園教育の在り方,昭和61 年 3 月 5 日発 行,p143

8 )保育白書1984 ,Ⅲ保育実践保育研究の動向 1 保育思想と保育実践の動向( 1 )教育工場 の子どもたち

宍戸健夫,1984

年 2 月開催 第23

回全国保育問題研究集会の基調提案,

p172 9 )前掲 7 )

10 )保育白書1987 ,子育て状況の現状 子育て・育児をめぐる親意識とその生活,瀧口美智代,

草土文化,pp40-48

11 )前書,日本幼児教育学会

品川保育問題協議会,品川区八潮の保育を考える会,富士見市

保育懇談会の子育て実態調査,p41

12 )前掲10 ),実方伸子,最近の育児雑誌の傾向にみる育児意識,pp57-63 13 )前掲 7 )

14 )保育白書1985 , 3

臨教審での保育内容見直しの動向と問題点 ⅱ調査研究協力者会議とそ

の任務,木下龍太郎,pp24-34

15 )大場牧夫,新幼稚園教育要領「領域」を考える,1989 年,pp187-188

(10)

16 )保育白書1990 , 3 改訂保育指針における保育方法・形態,諏訪きぬ,草土文化,pp48-62 17 )日本幼年教育研究会,新保育所保育指針の内容と保育実践,岡田正章,明治図書出版株式

会社,1991 年 2 月,p9

18 )天野佐知子,保育所保育指針の変遷に関する一考察-領域「環境」の保育内容に着目して-,

金沢星稜大学人間科学研究第13 巻第 1 号,2019 年 9 月 19 )前掲 6 )

20 )柴崎正行,戦後保育50 年史第 2 巻 保育内容と方法の研究,第 8 章 保育の新たな方向性 と課題,旧指針との比較から,岡田正章,2014 年,pp364-370

21 )前掲 1 ) 22 )前掲 1 ) 23 )前掲 3 )

24 )幼稚園教育指導資料第 1 集,指導計画の作成と保育の展開,株式会社フレーベル館,平成 25 年,pp3-4

25 )前掲 1 ,p342 26 )前掲 1 ,p343

27 )小林研介他,保育の「援助」って,なに?,株式会社世界文化社,1994 年 9 月 1 日,第 1 部著者 小林研介 本吉圓子 大場牧夫,第 1 部,pp8-50 ,(第 1 部~第 5 部著者は前掲

5 )

28 )前書第 1 部著者 小林 29 )前掲27 )第 1 部著者 本吉

30 )前掲27 )第 1 部著者 大場牧夫,pp8-50 31 )前書 p19

32 )前掲 7 )において,「一部の幼稚園では本来の幼稚園教育の在り方からみて適切とはいえ ない教育が行なわれている」と指摘がある.

33 )前掲27 ),p19 34 )前書

35 )前書 36 )前書 37 )前書 p49 38 )前書 p45 39 )前書 pp49-50 40 )前書 p50 41 )前書 p50

61

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