― 風景と音,音の風景 虹/雪/耳/心
著者 山岸 健
雑誌名 人間関係学研究 : 社会学社会心理学人間福祉学 : 大妻女子大学人間関係学部紀要
巻 19
ページ 67‑94
発行年 2017
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006552/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
山岸 健 * Takeshi YAMAGISHI
<キーワード>
人間,生活,人生,詩,詩歌,言語,リズム,絵画,風景,音の風景,音,音譜,
声,時間,空間,虹,水かがみ,家,家族,旅,歩道,散歩,トポス,ホドス,日常生活
<要 約>
人は人びと,人間は人間社会,社会的世界は人生を旅している人びとの日常的な現実であ り,日常生活は,人生の現場である。生きるということは,たえまなしの創造的な営みであり,
詩的な試みといってもよいだろう。
リズムと意味と方向,サンスsens,いわば感覚・意味・方向は,人びとの日常生活や行動 や行為,旅,詩的創造,詩法において深い意味を持っている。
東京生まれの長岡人,詩人,堀口大學は,詩を音譜で書かれた時刻表と呼んでおり,言葉 は浅く,意こころは深く,という思いを抱きながら,言葉と言葉とがたがいに支え合うような状態で,
ゆるぎない家を構築することを心がけていたのである。
詩は,人間の行爲と生活に根ざした,日常のさまざまな試みと営み,人生の日々,生活史,
そしてイマージュとイリュージョン,ヴィジョン,夢と一体となった創造的な活動,言語文 化の結晶である。
*大妻女子大学 人間関係学部 名誉教授
詩・詩歌と人間の生活
堀口大學 ―感性と想像力―
風景と音,音の風景 虹/雪/耳/心
Poem
・Poetry and Human Life
Horiguchi Daigaku―Sensibility and Imagination―
Landscape, Sound and Soundscape
Rainbow
/Snow
/Ear
/Mind
堀口大學においては,詩は,虹,空に咲く花であり,詩と絵画は虹によって結ばれている。
さまざまなジャンルの芸術作品によって,風景や音の風景,まことに多様な音や音声,音楽 などによって人間の生活や人間社会,生活世界,人びとの生活史は,活性化されてきたので ある。詩や詩歌は,人間のまことに微妙で深い心,人情,心情の結晶であり,さまざまな形 式,リズム,言葉の配列などが見られる詩poemや詩歌poetryは,そのまま人間や人間の生活,
人間の思い,時間,時空間(世界)の姿,鏡なのである。
人びとの姿,動作,生活は,ことごとく詩的だといえるだろう。人生と呼ばれる壮大な旅,
ドラマにおいて,そのつどの,人びとそれぞれのさまざまな旅は,特別に大切だ。世界体験 のダイナミックな展開と創造的な試みがなしとげられるからである。
言葉を育むこと,感性に磨きをかけながら,想像力を培い,心をゆたかに耕すこと,そし て果敢に行動し,行為すること,人と人とのつながりと結びつき,絆を大切にすること,家 族と家庭への深い思い,こうしたことこそ人びと,それぞれにおいて大切なことではないだ ろうか。
サン=テグジュペリの言葉〈人生に意味を〉un sens à la vie,この言葉は,私たちの誰にとっ ても座右の銘ともいうべきメッセージではないだろうか。堀口大學は,サン=テグジュペリ のいくつかの作品の邦訳者であり,フランスの詩の訳詩集『月下の一群』の訳にあたったフ ランス文学者だが,言語文化をめぐって細心の注意をはらった虹の人である。
ジャン・コクトオの詩―「私の耳は貝の殻/海の響きをなつかしむ」―堀口大學は,
建築の技法がイメージされる詩として,コクトオの詩法とこの作品に注目している。この詩は,
サウンドスケープ=音の風景のみごとな一事例であり,音の原風景なのである。堀口大學は 耳の人であり,音声,音譜の人である。
さまざまなジャンルの芸術作品によって照射される社会学の,人間学の,感性行動学の立 場(トポス),方法・道(ホドス),アプローチに注目していきたいと思う。
<エピグラフ>
言葉に打たれぬ者は,杖で打っても効き目がない。
ことわざ
絵は言葉を使わぬ詩,詩は言葉でかく絵である。
プルタルコス『アテナイ人の名声について』346f
汝自身を知れ
デルポイの神殿の銘 愛はデッサンを発明したと言われる。
ほかの詩人たちは書いたが,ホメロスだけが歌い,人びとはその神々しい歌 をうっとりと聞くのをやめなかった。
色は生命のない存在の装いである。いかなる物質も色がついている。しかし 音おん
は動きを知らせ,声は感受性をもった存在を知らせる。歌うのは生命をもっ
た存在だけである。
音楽の領野は時間であり,絵画の領野は空間である。
ジャン=ジャック・ルソー
詩(文学)は生活の表現であり表出である。
ディルタイ そしてすぐに日が暮れる
人はみな独りで地心の上に立っている 太陽のひとすじの光に貫かれ
そしてすぐに日が暮れる
クァジーモド
雪
雪はふる! 雪はふる!
見よかし,天の祭なり!
(中略)
いと聖きよく雪はふる,
沈黙の中うちに散る花くは弁べん!
(以下略)
ピエロ
ピエロの白さ!
身のつらさ!
ピエロの顔は 真まっ白しろけ!
(中略)
ピエロは 月の光なり!
(以下略)
夕ぐれの時はよい時
夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。
(以下略)
堀口大學
歩く―いつものことだが,歩くことができる ことは,ほんとうに幸いなことだ。〈こと〉は,
行動や行為を意味する。
ほとんど毎日,早朝,自宅の近くを歩いている。
短時間,スケッチブックを手にしてのスケッチ散 歩だ。画材はさまざま。隣近所,町内会のエリア,
身近なところを歩いているが,住宅街の景観と風 景が,四季おりおりの草花や大空が,人びとの生 活情景などが体験される。人情があふれている人 間的な風景やさまざまな風物詩がクローズアップ されてくる。〈生活の詩〉が生き生きと体験される。
人間の試みと営み,人びとが生きている姿,人生 のさまざまなシーンに心が打たれる。人生を思い 思いの方法で旅するということは,なんとすばら しいことだろう。さまざまな詩や絵画が生まれる。
季節はゆるやかに動いている。光の状態,空の 色や表情,風の吹き方,樹木や木の葉,草花の姿 などに,人びとの服装に,時の移ろいが映し出さ れている。雲の姿,形や動き,表情,雰囲気にも 季節感がにじみ出ている。ゲーテは自然を母なる ものとしてイメージしている。ヘルマン・ヘッセ はさまざまな雲に特別な思いを抱いていたが,
ヘッセには〈記憶の絵本〉という言葉がある。
ヘッセ―幼いヘッセは西方向に向かって仲む つまじく歩いていく両親の後を追うようにして歩 いている。夕暮れ時の散歩なのだろう。太陽はヘッ
セの両親のあいだに沈んでいく。まことに印象的 なシーンだ。
さらにヘッセ―人間的体験,精神的体験,風 景体験。ヘッセは体験をこのように区分している が,人びとそれぞれの体験は,ほとんど無限に多 様であり,単純に区分することは難しい。だが,
ヘッセが試みた体験へのアプローチには注目した いと思う。人と人との触れ合い,出会い,つながり,
絆,縁,人間関係は,まことに大切な体験であり,
人生の旅びとは,人びとのなかで,人びとととも に営々として一日,一日を築きつづけているので ある。生と死が一体となっている〈生〉は,なに よりも重い言葉だが,こうした〈生〉と向き合い,
〈生〉を生き抜くことが,私たちには課せられて いるのである。一日は新たな始まり,誰もが日々,
新たに生きるのだ。これまでの日々を集めて。人 間にとって〈過去〉は大いなるよりどころであり,
ゆるぎなき大地なのだ。
アウグスティヌスは,時・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
は不思議な業(わざ)
を・ ・ ・なす,という。記憶という方向と希望という二 方向がさし示される。アウグスティヌスは,野原,
大広間,岩窟において記憶をイメージしている。
思いも及ばないほど広がりゆくもの,それが記憶 なのである。
記憶は人間にとって重要だ。人間とは記憶の束
<出典>
柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』岩波文庫,2003年2月,34ページ,
42,ことわざ/14ページ,6,プルタルコス/56ページ,87,デルポイの神 殿の銘。
ルソー『言語起源論 旋律と音楽的模倣について』岩波文庫,2016年8月。
ディルタイ『体験と創作』(上),柴田治三郎訳,岩波文庫,1961年3月第1刷,
1983年4月第2刷,209ページ。
『クァジーモド全詩集』河島英昭訳,岩波文庫,2017年7月,18ページ。
堀口大學『月光とピエロ』日本図書センター,2006年2月,初版第1刷,
2012年初版第2刷。―雪,9ページ―10ページ,ピエロ,15ページ―16ペー ジ,夕ぐれの時はよい時,44ページ。
であり,人間はまことに深い思いなのである。ポー ル・ヴァレリーは,記憶を生きている過去と呼び,
人間を実体たらしめているのは記憶だ,という。
ほとんど変わらずに持続的に恒常的なものを実 体と呼ぶ。実体とはアイデンティティそのもの,
アイデンティティ―この私自身,存在証明,自 己同一性,人間にとってかけがえがないものだ。
さまざまな詩や詩歌があるが,こうした作品は,
人間の姿であり,生活と生存の証しなのである。
自画像だ。
ヘッセ―精神的体験,さらに風景体験。夏か ら秋へ。空の色。澄み切った秋空が広がっている。
季節感がどのような状態で体験されるのかという ことは,日常生活において,人生の旅びとにとっ て大切なことだ。秋・ ・ ・の空があり,冬・ ・空がある。雪 国で生活している人びとが,日々,体験している 雪や冬模様がある。雪のさまざまな降り方がある。
雪景色がある。雪国の風土や雪国で体験される季 節感がある。大雪の年があった。長岡市内のさま ざまな通りに高々と雪の壁が築かれた光景がいま でも,ありありと目に浮かぶ。長い長い時をこえ て,記憶によみがえる風景や光景,人びとの姿,
生活情景がある。望郷の詩が生まれる。時には雪 はとめどもなく降る。吹雪の日がある。一寸先は 白い闇,こうした光の闇に閉ざされてしまうと,
先へ進むことが困難となってしまう。市の郊外な どでは,道が消えてしまいそうになることもある。
暗闇で体験される雪もあるが,雪の明るさが感じ られたことがあった。時には雪は光を含んでいる ようにも感じられる。舞い落ちてくるような雪が ある。降りしきる雪がある。みぞれが体験される 日がある。
雪道。歩きにくい道がある。一歩,一歩,雪を 踏みしめて,ゆっくりと歩く。道づくりをしなが ら道なき雪の大地を歩む。手ごわい雪がある。ツ ルツルに滑ってしまうような雪道もある。
雪道を歩いて,雁がん木ぎの道に入るとほっとする。
長靴の雪をはらい,トントンと長靴についた雪を 落とす。雁木道は屋根がついている長い廊下のよ うな,いわばアーケード状の歩道であり,家なみ に沿って,こうした雁木道がかたちづくられてい
る雪国独特の景観であり,新潟県では,長岡市や 高田市などでこうした景観が体験されたのであ る。今日では長岡市域となった山あいの栃尾にも 雁木の道が築かれている。栃尾鉄道が人びとの足 となっていた時代がある。
長岡駅から栃尾鉄道で市の郊外の悠久山へ。反 対方向に向かうと栃尾方面へ。ひとまわりも,ふ たまわりも小さな車体,電車だった。この電車や 鉄道で体験された音や音の風景があった。雪国で 体験されるさまざまな音や音の風景がある。
音―闇という文字には音・という文字が入って いる。暗闇,暗いという文字にも音という文字が 見られる。そして日・という文字も。文字や言葉の おもしろさ,不思議さ。文字と文字とのつながり,
組み合わせ――絵画的であり,詩的だ。文字も,
言葉も生きている。生きている,生々とした言葉・
ことば,生まれ出たばかりの言葉,みずみずしい 言葉というならば,〈詩〉ではないだろうか。
堀口大學には水・ ・ ・ ・かがみという言葉がふさわし い。この詩人においては,水面に姿を見せたよう な言葉こそ詩の姿なのである。大學には詩・ ・法,詩・ 的・ ・ ・真理という言葉が見られる。鏡の世界に注目し たい。私は鏡に映った私を見るのではない。鏡に 映った私が私を見るのだ,というこの詩人の言葉 がある。哲学的だ。
鏡はまことに手ごわい。鏡に映った自分の顔を じっと目をこらして眺めつづけることができる人 がいるのだろうか。鏡は光を集める。明るい。鏡 にはどうしても光が必要だ。鏡によって空間が広 がる。空間やその場所,トポスτόποςの様相や雰 囲気が変わる。鏡がみごとな演出の装置となって いるところ,トポスがある。ヴァルター・ベンヤ ミンは,パリを鏡の都と呼んでいる。カフェやビ ストロ,ホテルなどで体験されるさまざまな鏡が ある。パリではないが,私たち家族三人で訪れた パリの郊外,ヴェルサイユ宮殿で驚きをもって体 験した大広間,鏡の間を思い出す。ヴェルサイユ 宮殿も,みごとなフランス風の庭園も,いま,生 き生きと記憶によみがえってくる。整形式のフラ ンス風庭園,そして回遊式の日本風庭園,京都・
東山の山麓に姿を見せている石川丈山ゆかりの詩 仙堂―鹿ししおどしの音が一定の間隔をおいて耳に 触れる,だが静寂の日本庭園,それが詩仙堂だ。
これまで家族でいったいどれくらいこの音の大地 を訪れたことがあったのか。なじみの音世界,音 の風景,サウンドスケープだ。音のみごとな〈原 風景〉だ。
支え木によって太い竹筒が支えられている。流 れてきた水がこの竹筒にたまると,筒が傾き,竹 筒が下方に置かれている台座の石を打つ。そうす ると,カーンというような乾いた音があたりに響 く,静寂をつき破る音。一定のリズムが体験され る。静寂の世界だが,音の宇宙が生まれる。まぎ れもなく詩的な世界だ。詩情や詩趣が漂っている。
一音の力と感動がここでは体験される,日本の音 だ。日本人の生活と文化,文化的伝統である。
生活はいずこにおいても全面的に自然によって 包みこまれてしまっているが,日常生活は歴史的 であり,文化的であり,詩・ ・ ・的にかたちづくられて きたのである。パスカルは,快いもの,やさしく 気持に働きかけてくるものを詩,詩的なものと呼 んでいる。
詩―それは人間の深い思い,心の深淵,深々 とした心情なのである。人間の表情だ。
堀口大學―私・ ・ ・ ・の詩法,言葉は浅く,意こころは深く。
心―意,詩とは人間のまことに深い心であり,
心の深淵,心の叫び声,心情,人情,心象風景,
深い思い,追憶の光景,人びとそれぞれの,かけ がえがない生活史,個人史,家族生活史,思い出 の結晶,ひろがりゆくヴィジョンなのである。詩 的な世界とまったく縁なきところで生きている人 はいないだろう。日々の言葉・ことば,口にする ことば,文字や言語は,詩の大地,岩盤,土壌となっ ているといってもよいだろう。
私たちの生活や身辺には,いつも詩的なムード が漂っているのではないだろうか。詩的に生きる
―それはナイーヴな,やさしい心をいだきなが ら,すべてを生き生きと新鮮な姿で体験するとい うことだ。
ここからそこへ,かなたへ,いつものところ,
トポス,常住の地から出発してほかのところへ,
体験とは,ほとんど旅そのもの,旅程,道中なの である。体験,それはまぎれもなく意・ ・ ・ ・ ・味の源泉で あり,人びとはさまざまな対象や事象,現象,自然,
他者,人びと,事物,サインやシンボル,記号,
しるしなどと触れ合うことによって,距離をとり ながら自分自身と向き合い,自分自身への道をた どることができる。虚・ ・ ・ ・ ・無の状態では,人間はとう てい救われないだろう。支えとなるもの,よりど ころとなるもの,トポス,居場所・家,ホドス,
道などが人生の旅びとにはどうしても必要だ。
ハイデッガーは,人間を命に限りがある状態で 住まう者と呼び,サン=テグジュペリは,住まう 者として人間をイメージしている。
エリアーデは,家から離れて,仕事場に向かい,
一日の勤めをおえて,無事,自宅に帰ってくるよ うな人間の行為,営みを古代ギリシア,ホメロス の叙事詩『オデュッセイア』の主人公,オデュッ セウスのイタケ島への帰還にあたるめでたいこと としてとらえている。
長期間の不在で,どこの誰なのかが不明な状況 にあって,自分の身分と人物を人びとに証明しな ければならない不在の人,旅の人,オデュッセウ ス。―住居の寝室を造る時,中庭に生えていた オリーヴの樹の枝をはらって,幹を柱として残し て,この柱をベッドの支え柱として活用したこの エピソードを人びとや家族に紹介することによっ て,オデュッセウスは自分が誰であるのか,身分 を明らかにすることができたのだった。故郷をめ ざす危険な旅の途中でオデュッセウスが体験した 音があった。この船旅は,まことに名高い旅物語 だ。
イギリスのギッシングは,こうしたオデュッセ ウスのエピソードと家庭,オリーヴなどに注目し て文章を残している。オリーヴは平和のシンボル なのだ。
現象学的社会学の扉を開いたアルフレート・
シュッツは,「帰還者」と題された論文・エセー において,オデュッセウスを歴史なき人物と呼ん でいる。シュッツによって意・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
味の大地と地平が 広々と展望されるようになった。
詩とは,意味のスペクタクルであり,意味の沃 野,磨きぬかれた,生き生きとした,言葉の結晶体,
文体の精華なのである。
堀口大學の詩境では,イマージュとイリュー ジョンが広々とひろがり,独自の詩的宇宙が立ち 現れる。こうして詩・ ・ ・ ・的真理の世界が築かれていっ たのである。
堀口大學は,詩を一・ ・ ・ ・ ・ ・
生の長い道としてイメージ している。この詩人は,中・ ・道という表現を用いて,
詩作という創造的な営みの本質を的確にいい当て ている。人生の旅びとは,中道と呼ばれる道をど のようにイメージすることができるのだろう。
表通り,裏通り,脇道,細道,道なき道,旧道,
新道,誰も知らない,この私だけの,ひそかな隠 れ道……都市空間の街路。パリでは大通りをブー ルヴァールと呼んでいる。パリで体験されるさま ざまな脇道や路地,狭々とした,隠れひそんでい るような路地や細々とした道,やっとの思いで通 りぬけることができる建物の外壁と外壁とのすき 間としかいいようがない道(水の都,イタリアの ヴェネツィアで私たち家族三人は忘れがたい旅の 日々を過ごしたが,ヴェネツィアでも私たちは人 一人がやっと通ることができる細道をそこ,ここ で体験したことを思い出す)―とにかく道,ホ ドスὁδόςの様相と風景,ホドスのたたずまい,独 特の雰囲気・気分は,なんとさまざまなことだろ う。道,ホドスに漂っている詩情があることは確 かなことだ。
パリでも,ヴェネツィアでもさまざまな広場が 体験されるが,都市空間やアーバン・ランドスケー プの体験において,広場はことのほか注目に値す る。広場は都市の顔であり,表舞台,その都市の,
時 に は 村 落 の, シ ン ボ リ ッ ク な 空 間, ト ポ ス
τόπος,場所,かけがえがないこ・ ・こなのである。さ
まざまなエピソードやドラマの,歴史の,記憶さ れるべき定点なのである。パリではコンコルド広 場が,バスチーユ広場が,ただちに思い出される が,このほかにも記憶したい広場がある。
セーヌ右岸のヴァンドーム広場,セーヌ左岸の ソルボンヌ広場。ショパンは,ヴァンドーム広場 に面した建物の住居でパリ生活を営んでいた。私
たちは,この広場の片隅でショパンをしのんだの だった。
そしてソルボンヌ広場―パリを訪れるたびに 私たちは,いつもさっそくこの広場を訪れたが,
この広場には社会学の命名者,オーギュスト・コ ントを記念する胸像が姿を見せていたからであ る。社会学la sociologieというネーミングが社会 物理学という名称にかわって新たに用いられるよ うになったのは1839年のことである。オーギュ スト・コント―秩序と進歩,家族と人類,知識 の進歩の三段階の法則,人間と社会……社会学は 社会の再組織のための科学的方法として,人びと の前に,パリの市中において,日常生活の舞台に その姿を現したのである。
1822年,社会を再組織するための科学的作業を 銘うってコントのエセー・論文が発表される。パ リの市中,都市空間にパサージュ・遊歩街が築か れたのは,1822年のことだ。ベンヤミンの考察が あるが,フラヌール・遊歩者は遊歩を楽しむ。パ サージュにはさまざまなショップが姿を見せてい たのである。フラヌールは,百貨店をめざす。パ サージュの風景と人びとの姿,風俗や動きが目に 浮かぶ。
今日でも当時のパサージュがパリには残ってお り,私たちは由緒あるパサージュを何度も訪れて いるが,19世紀のパリが生き生きとした状態で都 市空間を飾っていることに驚く。
アメリカの都市研究者,ケヴィン・リンチは,
パス,ノード,エッジ,ランドマーク,ディスト リクトというキーワードに注目して,都市のイ メージ性について考察している。
パスとは道,街路,ノードとは交差点,道がそ こに集まっているトポス,エッジとは縁ふち,川に沿っ たところやガードに沿ったところ,崖下にあたる ところ。ランドマークは,土地の目印(例えばパ リではエッフェル塔),ディストリクトとは,住 宅街,住宅地,盛り場,文教地区,公園,墓地な どをさす。道が集まっている場所,それが広場だ。
広場とは道がひろがっているところだ。
パリ,さまざまな地区の歴史や特性,景観,た たずまい,雰囲気,人びとの姿や動き,そこで体
験される気配,道の姿や状態,建物の壁や窓,さ まざまな門,漂い流れてくるさまざまな音,独特 のサウンドスケープ,その地区の色彩感,空気感
……などがある。
クロード・レヴィ=ストロースは,パリを交響 曲,シンフォニーと呼んでいる。それぞれの地区 や界隈,片隅などで体験される,まことに多様な 音があるのである。さまざまな生活感がある。
Paris―パリのさまざまな広場の片隅や辻など
で私たちは〈ピエロ〉の立ち姿や動作,身のこな し方,表情などを何度も何度も体験して,旅情を そそられたことがある。ピエロ,ピエロだ。どこ とはなしに,もの悲しい,哀れみを感じさせるピ エロ。白く塗られたピエロの顔。ピエロは,みご とな役者だ。いったいどんな役を演じるのか。ピ エロの本舞台。サーカスもイメージされる。舞台 まわしの役もある。道化師,ピエロ,描かれたピ エロの絵がある。パリの大道芸(人),ピエロは,
パリの風物詩,パリの目印,道しるべ,パリの雰 囲気,気分となっているように感じられる。ピエ ロのパリがある。
* * *
詩人,翻訳家,フランス文学者,堀口大學は,
東京生まれの長岡人,越びとであり,父祖の地,
原郷は,越後,新潟県長岡市である。中心の市街 地は,信濃川の右岸に姿を見せているが,町村合 併によって今日では市域が拡大して,地震をこう むった山間部の山古志から日本海に臨む海辺の寺 泊までが,そして魚野川が信濃川に合流する越後 川口も長岡市の一部となっている。
越びと,雪国が故郷でありつづけた堀口大學は,
父親の堀口九萬一が外交官であったために外国で の生活を体験することができた,地球を旅した国 際人だが,マージナル・マンではなく,日本への 帰属意識が高い人物だった。異邦人であることを 諸外国で体験しつづけた人だったと思う。
ジンメルは異邦人について言及しているが,異 邦人は,今日,この地にやってきて,明日はこの 地を去っていずこかへと向かって旅する人ではな
くて,異文化を背景に担いながらも,しばらくは この地に踏み留まって人びとのなかで自分自身の 立場を自覚しながら生きる人,こうした人物がジ ンメルがいう異邦人である。
またジンメルが述べていることだが,異国で生 活するということは,存在と生成の生き生きとし た緊張感が体験されることから〈生〉の躍動が,
〈生〉の活性化が,人びとにもたらされるのである。
異国は,陽光や風景,人びとの暮らし,服装,風俗,
マナーそのほか衣食住や生活習慣,言語文化,宗 教,芸術などの点で数々の驚きに満ち満ちている。
私たち家族三人での初めてのヨーロッパ。1991 年の秋から1992年の冬にかけてのパリを中心と してのヨーロッパ,パリでは11月の中旬から約 一カ月余りの日々を過ごしたが,旅びととして,
生活者としての一日,一日がいまでも鮮やかによ みがえってくる。私たちは異邦人であることを自 覚しながらも,落ち着いた状態でパリ生活を心ゆ たかに体験することができたのだった。家族生活 史を飾っている特別な日々である。私たちの〈移 動祝祭日〉(ヘミングウェイ)だった。
* * *
1991年秋,10月,私たちは成田空港からソ連 のアエロフロート機でモスクワへ。モスクワ空港 でトランジット,航空機を乗り換えてオランダの アムステルダムへ。空港から電車でアムステルダ ム駅へ。東京駅の原型となっていた駅だ。市街地 の印象的な夜景を目にしながら,市の中心部の運 河に面した古いホテルに投宿。翌朝,ホテルの客 室の窓から眺めた大空の湿気を含んだ色彩感と表 情は,17世紀のオランダ派の絵画そのままの空 だった。こうした大空の風景が,いまでも目に浮 かぶ。
なぜアムステルダムへ。レンブラントやフェル メールなどの絵画を鑑賞したいため,デカルトが 滞在していたアムステルダムを体験したいため,
幾何学的な形状の水の都の都市空間を肌身で体験 したいため,こうした理由で私たちのヨーロッパ の出発点としてアムステルダムが選ばれたのだっ
た。
アムステルダムで目にした風車やはね橋があ る。風車は都市のランドマークとなっていた。運 河めぐりの船に乗って,船上から独特の破風づく りの建物が運河に沿って姿を見せていた風景を体 験した。都市景観には歴史的な文化と文明の姿が 留められている。モニュメンタルな風景だ。
アムステルダムの国立美術館では詩情が漂って いるフェルメールやレンブラントの絵画を見るこ とができたが,音と音の風景という視点から画面 を散策することができた。レンブラントの名高い 大作「夜警」,耳を澄ましながらこの大作を見て いくと,さまざまな音や響きを体験することがで きた。音の絵画がある。レンブラントでは光と闇,
人びとの姿と動き,動と静,さまざまな音。フェ ルメールが描いた建物の片隅,部屋,人物の姿と 向き,ものごし,光。
堀口大學は,フランスの詩人,アポリネールの 言葉を自作の詩において紹介している。アポリ ネール―「絵は光の声である」。太陽やさまざ まな光は,絵画の到来と誕生を告げる絵画の母胎 なのである。耳を澄ましながら絵画の色彩やタッ チ・筆触,コンポジション,マチエール・絵の肌・
風合い,さまざまな光を深々と体験したいと思う。
絵画体験は,オリジナルな独自の世界体験なので ある。絵を見ながら,私たち一人,一人は,自分 自身に立ち戻る。絵画にはどことはなしに鏡のよ うなところがある。
レンブラントは,自画像の画家,鏡と向き合い つづけた画家である。イマージュimageというフ ランス語がある。鏡像,画像,映像,図像などと いう意味がある。水かがみがある。水かがみに浮 かぶような言葉こそ堀口大學の詩の方法なのであ る。硬直した化石のような日本語,言語ではなく,
話し言葉や声が生き生きとよみがえってくる新鮮 なことば・言葉こそ堀口大學の方法―道となって いた。―「詩人よ 耳で語らうよ!」という大學・
詩のことばがある。
アムステルダムでは私たちはレンブラントの家
へ。この家で私たちはレンブラントの姿と生活,
絵画にさらに近づくことができた。
堀口大學のフランス語の訳詩集『月下の一群』
には66家(大學の表現)の詩・作品がおさめら れている。家は人なのだ。居住空間とトポス・場所・
家・部屋・座席は,人,人物そのものだ。
堀口大學においては,家や家族,家庭にたいす る思い入れは,ことのほか深い。詩作は,この詩 人においては,梁も柱もない,それでいてしっか りとした家を建てたいものだという願いによって 支えられていたのである。こうしたところに〈家 の思想〉を見ることができると思う。ハイデッガー やサン=テグジュペリの方法とアプローチを見出 すことができるようなシーンだ。
このハイデッガー―人間,命に限りがある者 は,大地に住まう,建てることは,住まうことだ。
―感覚的なものは,地上のこと。精神的なこと は,天空のこと。大地と天空を結ぶ道,方法,そ れが言語だ。ハイデッガーにおいては,言葉は存 在の家であり,人間は原存在だ。また,ハイデッ ガーには,橋はまわりにあるものを集めて,風景 をつくり出す,という言葉がある。旅びとは,い ずこからにおいても一夜の宿をとらなければなら ない。トポス・家・部屋とホドス・道・旅・方法は,
ひとつに結ばれているのである。
デカルト―アムステルダムでは自分の部屋に こもりきりではなかった。時には市中,街頭へ。
人びとの姿や動き,気配などをじっと見つめつづ けていたのである。アムステルダムでの体験に よってデカルトの道がかたちづくられていったこ とは,確かなことだろう。
「われ思う,ゆえにわれあり」cogito, ergo sum この言葉は,ドイツのウルムでデカルトが炉部屋 で着想したことである。
トポスやホドスτόπος ὁδόςによって人びとにも たらされた数々の思想や思い,着想などがある。
存在と生成もクローズアップされてくる。
サン=テグジュペリ―朝方には家事などであ わただしい家も,夕方には思い出を秘めた書物に
なる。
堀口大學がメーテルリンクやサン=テグジュペ リの作品を邦訳していることは,特別に注目され てよいことだと思う。メーテルリンクの『青い鳥』
は,夢幻家庭劇であり,木樵小屋が姿を見せてい る。家と家庭,墓地(トポス)などが,身近な人 びと,家族と家庭が,〈生〉が,描き出されている。
詩的な作品である。トポスτόποςという言葉には,
最終的には墓・墓地という意味がある。〈生〉は,
明らかに生・死なのだ。ジンメルがいうように初 めから人間には死が組みこまれているのである。
ジンメル―レンブラントへのアプロ―チ。レ ンブラントの自画像や人物像には,いまのいまま での持続的な生が生き生きとした流れとなって描 出されている。ジンメルの生の哲学においては,
生とは溢いつ流りゅう,たえまなしの先への流れ,過去と未 来であり,溢流とは,岩や石をかむようにして流 れ去る水流をさす。ジンメルの見解だが,万年雪 のアルプスの風景は死の風景であり,たえまなし の動きや波動が体験される海は,生そのものなの だ。
陸水と海水―池や沼や湖水は陸水,川は陸水,
そして海。大小さまざまな川がある。小川の情趣 や風情,いうにいわれない詩情があり,悠々とし た大河の風景がある。河川のさまざまな音がある。
滝,瀑布の景色や音響がある。
ゲーテはドイツのライン地方を旅したおりに大 きな瀑布にかかった虹を体験して,虹において人 生をイメージしている。こうした虹の風景におい て,虹を希望としてイメージした人物がいる。ニー チェである。
堀口大學は,虹の人,短歌も,詩も,俳句も夕 べの虹であってほしい。こうした思いがいつもこ の詩人には見られたのであり,虹こそこの詩人の 道しるべ,原風景となっている。
大地から天空へ,そして自然のみごとな大橋は ふたたび大地へ。虹はみごとな橋であり,スケー ルが大きな弓だ。いつのまにか姿を現したかと思 うと,いつのまにか,はかなく消え去っていく虹。
虹は上演される大自然のドラマであり,人びとの 胸をときめかせてくれる色彩の祭である。
光学や色彩論にも深い関心を抱いていたゲーテ は眼と太陽の人であり,光学についての論集の図 版集には,ゲーテのカットがおさめられている。
―ゲーテの右眼,太陽,虹,プリズム,ルーペが,
このカットを飾っている。
『オデュッセウス』などのホメロス。ゲーテは,
アレキサンドリアで発見されたホメロスの胸像に ならったホメロス像を目にした時に,ホメロスの 顔面が記憶のるつぼであることと,顔面のことご とくがまるで耳であることに気づいて,詩人の父 であるホメロスにたいして尊敬の念をあらたにし たのだった。ホメロスは,目が不自由な吟遊詩人。
ヘシオドスとホメロスからスタートする詩的な世 界,詩の大地がある。ヘシオドスの『仕事と日』
は農民の生活暦と農民の日々の生活,仕事の手順 などについての書物であり,はるかに時代がくだ ると,ジャン−フランソワ・ミレーの画業とつな がっているような作品である。
古代ギリシアにおいては,詩・詩歌と哲学は微 妙な状態で緊密に結びついていたことが指摘され ている。詩も哲学も人間や人びとの深いところと しっかりと結ばれていたのである。古代ギリシア から目を離すことはできない。
* * *
ところでポール・ヴァレリーには「オランダか らの帰り道」と題されたエセーがある(1927年)。
このエセーにおいて,ヴァレリーは,デカルト的 人間にたいして群集の人という人間像をイメージ している。1840年代のことだが,エドガー・アラ ン・ポーは,短編小説「群集の人」を世に送り出す。
ところはロンドン。群集の人は,まことに落ち着 きがない人物であり,人びとのなかにまぎれこん で,終日,昼夜,ロンドンの市中,街頭を歩きつ づけ,行ったり来たりする年齢が高い人物。この 私はこの男の跡をつけるのだが,ついには追跡を あきらめてしまう。
ボードレールは群集に注目している。都会は群
集が風景となっているところなのだ。パリが姿を 現す。
ホフマンスタールは,パリを民衆によってかた ちづくられた都市と呼んでいる。
光の都と呼ばれてきたパリ。詩情ゆたかな,ま ことにつややかなパリ,Paris。パリにはパリの空 がある。セーヌ川がある。イール・ド・フランス,
フランスの島の中心,中核となっているパリには,
フランスのなにもかもが,全地方が集約されて姿 を現している。
地中海地方,ラングドックの海岸の港町,セト
(セート),ここはポール・ヴァレリーの生まれ故 郷であり,ヴァレリーの故郷に寄せる思いはまこ とに深い。
だいぶ前のことだが,依頼を受けて私がプラン した旅,グループで南フランスを旅したことがあ るが,その時,私たちはヴァレリーのセトを訪れ ている。市の公共施設にはヴァレリーの記念室が あり,そこで私はヴァレリーが描いた手袋のス ケッチを私のスケッチブックにスケッチ(模写)
した。私たちはヴァレリーの詩にもなっている海 辺の墓地を訪れる。小高い丘にこの墓地があり,
眼下,かなたには光の海,地中海を望むことがで きた。
ポール・ヴァレリーの『カイエ篇』には言葉や 文章の合間に,ところどころ,淡彩,水彩のスケッ チが描かれており,画集の趣さえ感じられる。
詩人,思想家,文筆家,ヴァレリーは画境,描 くことを楽しむ人でもあり,さまざまなスケッチ は,まことに興味深い。海,船,船室,ドック,
さまざまな景色,窓からの眺め,そして描かれた 自分自身のさまざまなポーズの手の姿,形。ヴァ レリーは手の人だ。フランスの外科学会での講演 のおりに,手が触れたところが真実だ,と語った ヴァレリー。手のヴァレリーと呼ぶことができる だろう。
堀口大學においても手である。耳である。大學 には手と題された詩がある。
手や指から始まるドラマやエピソードがある。
人さし指は,無から存在への道しるべである,と
いう言葉がフォイエルバッハにある。人さし指の ドラマに注目したい。
パリでのヴァレリー。海を夢見ながら眠りにつ いていたヴァレリーは,突然,耳に入ってきたさ まざまな物音,騒音によって眠りを妨げられる。
こうした音体験をめぐってヴァレリーは,騒・ ・ ・音の 遠・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
近法による音の絵画という表現を用いている。
注目したいところだ。
音の絵画。まことにさまざまな絵画,画面は,
私たちに耳の楽しみをもたらしてくれる光のドラ マ,スペクタクル,パースペクティヴ(遠近・眺望・
視野)なのである。聴覚の野もある。リズム―意 味―方向は,密接につながり合っている。メキシ コの詩人,オクタビオ・パスが注目しているとこ ろだ。
* * *
ヴァレリーは,オランダからフランスに向かう。
彼は列車の車中の特別な時間体験について語って いる。移動時間にはどことはなしに不思議なとこ ろがあることは,おそらく誰もが気づいているこ とだろう。生成と存在がイメージされる。
ジャンケレヴィッチは,人間を不可逆性そのも のとしてイメージしている。あともどりできない 人間,では人間はどのように生きることができる のか。
オランダから。私たち家族三人は,アムステル ダムから列車でドイツに向かった。ドイツの諸都 市を旅して,ベルリンからドレスデンへ,そして チェコスロバキアに入ってプラハへ,プラハから オーストリアのウィーンへ,ザルツブルクを訪れ てからスイスに入り,アルプス地方を旅したので ある。グリンデルワルトを旅したが,アイガーは 目前だった。ユングフラウに向かったが,天候が くずれていたので,名峰は姿を見せなかった。万 年雪の景色と大氷河を岩肌の展望台から眺めるこ とができた。大氷河の迫力がある景色が目に浮か ぶ。グリンデルワルトの風景は,目にやさしいま るで絵のような風景だった。絵画的で詩的な景色 によって私たちは包みこまれたのだった。風景が
詩情によって彩られている大地がある。
スイスの各地を旅してから,私たちは,スイス からフランスへ。パリ,セーヌ右岸のリヨン駅に 列車が到着,私たちは念願のパリに第一歩を印し たのである。
車窓風景ほどダイナミックで見あきないスペク タクルはないだろう。気候風土,人びとのさまざ まな試みと営み,努力によってみごとな風景や景 観が生み出されてきたのである。人びとの日常生 活と人生が自然や歴史的風土,さまざまな環境と 結ばれて,まことに変化に富んだ人間的世界,生 活世界が歴史的にかたちづくられてきたのであ る。
生物や生態系にかかわることだが,ユクスキュ ルがいう環・ ・ ・ ・境世界は,生物個体それぞれにおいて の知覚作用と行動の領域,パターンに応じて,そ うした生物の環境世界が,生物それぞれにおいて,
かたちづくられているのである。人間の場合にも 独自の環境世界がイメージされる。シンボルや道 具によって,イメージやイマジネーション,想像 力,ヴィジョン,イマージュやイリュージョンに よって,人間においては多元的現実がかたちづく られてきており,パノフスキーがいうように人間 は記録を残す唯一の動物となっているのである。
カッシーラーは,人間をシンボルを操作する動物 と呼んでいる。
文化とは生活の諸様式,シンボル×道具,意味 の網の目,解釈図式,ものの見方や考え方,人び との共同生活をかたちづくっているところのさま ざまな資源を意味する。
大地を耕作すること,こうした人間の営みが文 化の始原,原初の姿なのだ。―画家,ミレーの 画業と生活がイメージされる。19世紀初頭,イギ リスでは文化cultureは,心を耕すこと,いわば教 養を意味していたが,1870年代になり,タイラー の『未開文化』が出版され,この時点で人びとの 生活にかかわる一切,人間の生き方に資するとこ ろのものが総括的に文化として理解されるように なった。
イギリスの絵画史では,1840年代,ターナーの
「雨・蒸気・速力」が制作されている。雨のなか,テー ムズ川に架かる橋,鉄道橋を疾走してこの絵を見 ている人びとのほうに向かって迫ってくる機関車 と連結された客車,河原で列車に向かって手を 振っている人びとの姿も小さく描かれている。ロ ンドンのナショナル・ギャラリーの一室には,こ のターナーの絵とコンスタブルの「干し草車」が 並ぶような状態で展示されている壁面があるが,
まことに印象深い格別にすばらしい,詩情があふ れているコーナーだ。ターナーとコンスタブルの こうした絵画は,絵画が言葉を用いない詩である ことを如実に示していると思う。
ロンドンのテート・ギャラリーにはラファエロ 前派の絵画群やサミュエル・パーマーの独特の光 と影,色彩感の絵画などが展示されており,イギ リスのオリジナルな絵画の流れが姿を整えている が,特に注目したいところだ。明らかに詩と絵画 とは,しっかりと結ばれているのである。
ジョン・ラスキンはラファエロ前派の絵画に深 い理解を示しており,みずからも水彩画を描いて いたラスキンには絵心と深い思想が見られる。ラ スキンに注目したい。ラスキンにはアルプス地方 を描いた絵もある。描かれたヴェネツィアがある。
生の哲学に注目するならば,トルストイ,ラス キン,リヒャルト・ワーグナー,ショーペンハウ アー,メーテルリンク,ジンメルなどが姿を現す。
社会学は実証哲学としてスタートしたが,実証 哲学と生の哲学の双方にひとしく注目していくこ とが大切だと思う。ディルタイは,生の哲学につ いても考察しているが,彼が見るところでは,客 観化された生は客観的精神であり,例えば整えら れた庭やベンチ,椅子,建造物などは,客観的精 神なのである。
ユクスキュルでは環境世界。現象学のフッサー ルでは生活世界,意識の志向性,志向的意識,意 識主体と意識対象……現象学だ。フッサールは 1930年代の初頭,パリのソルボンヌ大学(現在,
パリ大学)で講義をおこなっている。『デカルト 的省察』は,この時の講義による作品だが,この 作品の結びにあたるところには,古代ギリシアの
デルポイのアポロンの神殿の銘文〈汝自身を知れ〉
という言葉が紹介されている。
1997年の春,3月半ば,私たち家族は,ギリ シアを旅したが,その時,私たちはアテネの郊 外バスのターミナルから路線バスで,日帰りで デルポイを訪れた。幸い好天気で私たちは黄色 い小さな花が大地の飾りとなっていた山間部の 傾斜地のデルポイでアポロンの神殿の遺跡や円 形劇場,少し離れたところにあったデルポイの 別な遺跡をめぐり歩き,古代ギリシアの時代と 風物,モニュメンタルな風景と大地,デルポイ の音や音の風景などを流れゆく白雲と陽光のも とで体験することができた。
ジンメルは,遺跡を生が離れてしまった生の 場所と呼んでいる。
路線バス ―乗り降りする人びとの姿や動 作,人と人とのつながりと会話などが車中で体 験されたが,人びとのさりげない動作や姿,人 と人との触れ合いなどは,ことごとく詩的な情 景として体験されたことを記憶している。人間 的世界は,人情や詩情によって貫かれているの ではないだろうか。
〈汝自身を知れ〉という銘文は,時代,時代 において数多くの人びとによって注目されてき た。ローマ時代,セネカは,〈汝自身を知れ〉
と書き,つづいて「人間とは何か」と書き記し ている。18世紀,ジャン=ジャック・ルソーは,
〈汝自身を知れ〉という言葉には,フランスの モラリストの言説よりも一層,深いものがある,
という。
モンテーニュ,デカルト,パスカル,ラ・ブリュ イエール,ラ・ロシュフコー―いずれも人間 へのアプローチを試みたフランスのモラリスト として,これまでフランスの知恵と呼ばれてき た人びとだが,スタートラインに立っているモ ンテーニュは,〈汝自身を知れ〉という銘文に 注目しつづけている。
モンテーニュは,パリの市中で耳に触れる市 場で働いている人びとの荒々しいフランス語が 好きだ,と書いている。
モラリストとともに人生と日常生活,生活者,
人生の旅びとが姿を現していることに注目した い。人生を生きる楽しみや喜び,喜怒哀楽がク ローズアップされてきており,こうしたモラリ ストやルソーの言葉,言説,思想には,はっき りと社会学の言説,原風景,思想が浮かび出て いるのである。18世紀,フランス,コンドルセ やモンテスキューが姿を現すと社会学の誕生は 近い。デュルケムは,モンテスキューとルソー を社会学の先駆者と呼んでいる。
九鬼周造は哲学者としてパリに留学,パリ生 活を体験しているが,九鬼はモンテーニュの人 間学からコントの社会学へとつづく流れに注目 している。モンテーニュには人間と社会がはっ きりとその姿を現しているのである。
パリ,セーヌ川の右岸にはモンテーニュ街,
ジャン=ジャック・ルソー街があり,セーヌ川 の左岸にはデカルト街がある。この左岸のリュ クサンヴール公園のエッジ,縁にあたるところ にはオーギュスト・コント街がある。
リュクサンヴール公園には大きな池があり,こ の池には小舟などが姿を見せている。人びとは この池にさまざまな船を浮かべて楽しんでいる。
永井荷風は,明日はパリを離れて日本への帰 国の途につくというパリでの最終日,いきつけ のリュクサンヴール公園を訪れて,メディチの 泉水のほとりで思いにふけりながら時を過ごし ている。こうした時,永井荷風の目には近くに いる人びとの姿と動きなどが映ったのだった。
親子の心あたたまる姿も体験されたのだが,荷 風は,こうした人びとのドラマを体験して,す べては生・ ・ ・ ・活の詩である,という言葉を残してい る。荷風『ふらんす物語』の一シーンだ。
堀口大學が大切な師として終始,敬愛してい た人物こそ永井荷風であり,また短歌の与謝野 鉄幹と晶子夫妻には感謝と敬愛の念を抱きつづ けている。
詩人,小説家,佐藤春夫とは無二の親友であり,
友愛の絆は特別にかたい。