氏 名 学 位 の 種 類 学 位 記 の 番 号 学 位 授 与 年 月 日 学 位 授 与 の 条 件 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員
大 須 賀 彰 子 博士(学術)
甲第 171 号
2014(平成 25)年 3 月 20 日 学位規則第4条第1項該当
マッシュポテトの食べやすさに関する研究 主査 大越ひろ(生活環境学専攻 教授)
副査 川澄俊之(生活環境学専攻 教授)
副査 新藤一敏(生活環境学専攻 教授)
副査 藤井恵子(生活環境学専攻 准教授)
副査 森髙初惠(昭和女子大学大学院生活機構研究科教授)
論 文 の 内 容 の 要 旨
加熱したじゃがいもはホクホクした食感から、唾液が吸い込まれる現象が起きるので、食べにくい食品 といわれている。そのため、高齢者施設や病院ではじゃがいもをゆでて裏ごしたマッシュポテトに油脂類 を添加することで食べやすくする工夫がされている。しかし、油脂を添加するとマッシュポテトが食べや すくなるメカニズムについては明らかにされていない。本研究ではマッシュポテトの咀嚼過程における食 塊形成と温度変化に及ぼす油脂の役割に着目し、マッシュポテトの食べやすさとの関連について検討した。
本論文は、序論、本文4章、結論から構成されている。
序論では、本研究の背景および目的を述べた。
第1章では、マッシュポテトの力学的特性に及ぼす油脂の影響を把握するために、水または常温で状態 が異なる油脂の添加濃度を変化させて、検討を行った。マッシュポテトに添加した副材料は水、サラダ油
(液状油)及び介護食向けに開発された植物油由来の固形脂(固形脂F)の3種とした。その結果、テク スチャー特性の硬さはいずれの試料も副材料の添加濃度が高くなるに従い、低値を示し、ことに油脂添加 試料で顕著に低値を示した。このことから、水より油脂を添加する方が硬さの改善につながることが示唆 された。一方、流動特性と動的粘弾性では、固形脂F添加試料が水添加試料と液状油添加試料と異なる挙 動を示し、副材料の状態がマッシュポテトの力学的特性に影響していることが明らかとなった。
第2章では、マッシュポテトに添加する副材料を前章で用いた水、液状油及び固形脂Fにショートニン グ(固形脂S)を加えた4種類とし、油脂の状態がマッシュポテトの力学的特性と食べやすさに及ぼす影響 を検討した。その結果、硬さは水添加試料が油脂添加試料に比べて、有意に高値を示した。降伏応力は液 体添加試料が固体添加試料に比べて、有意に低値を示した。水平方向の抵抗力の測定を試みた結果、水添 加試料が油脂添加試料に比べて、有意に高値を示した。また液状油添加試料が低値を示したため、同じ液 体でも、液状油は水よりなめらかさを付与することが明らかとなり、測定法の有効性も示された。官能評
価では、水添加試料が油脂添加試料に比べて、かたく、なめらかさに欠ける傾向を示した。液状油添加試 料が固形脂添加試料に比べて、べたつき感と残留感が少なく、飲み込みやすいと評価された。このことよ り、マッシュポテトに油脂を添加するとやわらかく、なめらかになることが示された。また、食べやすさ は液状油添加試料が固形脂添加試料に比べて、高い評価を得た。
第3章では、マッシュポテトの食べやすさが添加した油脂の状態により二極化した要因を探るために、
マッシュポテトの咀嚼過程における食塊の性状の変化を力学的特性、唾液分泌量および油脂の分散状態か ら検討した。その結果、食塊の力学的特性は液体添加試料が固体添加試料に比べて有意に低値を示した。
食塊中の唾液分泌量と油脂の分散状態をみると、液体添加試料では咀嚼5回までに唾液と混合されて水中 油滴型のエマルションを形成し、嚥下可能な食塊に近い状態になっていたが、固体添加試料では 10 回以上 の咀嚼を要し、さらにじゃがいも細胞層と油脂層に分離しているのが確認された。このことより、マッシ ュポテトの食べやすさに及ぼす要因は、咀嚼過程における唾液と試料の混合のしやすさと食塊中に分散す る油脂の状態であることが明らかとなった。
第4章では、油脂の特性が温度を上昇させると変化することに着目し、油脂およびマッシュポテトの温 度を変化させ、油脂を添加したマッシュポテトの食べやすさと力学的特性に及ぼす温度の影響を検討した。
その結果、かたさはいずれの試料も温度が高い方がやわらかいと評価され、テクスチャー特性の硬さと同 様の傾向を示した。食べやすさは液状油では温度が高い方が食べやすいと評価されたが、固体添加試料で は温度による影響はほとんどみられなかった。このことより、試料温度を変化させたときのマッシュポテ トの食べやすさは、液状油を添加した場合は液状油の粘性率、固形脂を添加した場合は固体脂部分の有無 と体温付近における融解挙動が関係していることが示唆された。
本論文では、咀嚼過程における食塊形成や温度変化に及ぼす油脂の役割に着目し、油脂を添加したマッ シュポテトの食べやすさについて検討した。その結果、マッシュポテトに油脂を添加することが硬さの改 善やなめらかさの向上につながることが示された。また油脂を添加したマッシュポテトの食べやすさは、
咀嚼過程における唾液と油脂の混合状態及び体温付近における油脂の状態の変化が影響していることが明 らかとなった。
本研究により得られた結果が、高齢者施設や病院だけでなく、在宅などの介護に活かされ、また摂食機 能が低下あるいは障害を持つ人にとって食べやすい食品の開発の発展に寄与するものと考えている。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
高齢者施設や病院の食事に用いられているマッシュポテトは、唾液を吸い取られるなど、そのまま では食べにくい食べ物といわれているが、油脂を添加することで改善が図られている。しかし、油脂 を添加することでマッシュポテトが食べやすくなるメカニズムについては、これまでに報告された例 はない。本研究は、咀嚼過程におけるマッシュポテトの食塊形成や、嚥下過程における食塊移送の安 全性に油脂がどのような役割を果たすのか、その原因を究明することを目的に研究が展開されている。
第1章では、水あるいは油脂を添加したマッシュポテトについて、テクスチャー特性の硬さと付着
性、流動特性の粘稠性係数、降伏応力および動的粘弾性などの物理的性質から、マッシュポテトの構 造に及ぼす水あるいは油脂の影響について検討している。その結果、油脂を添加することでテクスチ ャー特性の硬さおよび付着性が改善され、油脂添加の有効性を明らかとしている。
第2章では、マッシュポテトに加える油脂の種類を3種類とし、ヒトの感覚評価(官能評価)とマ ッシュポテトの機器測定から得られる物理的性質との関係を示し、異なる種類の油脂のマッシュポテ トへの添加効果の相違について検討し、液状油で添加効果が高い結果を得ている。本章では、特にマ ッシュポテトの水平方向の抵抗力を機器測定により得ている。この手法については、これまでに報告 された論文はなく、新規性に富んだ知見が得られ、踏み込んだ内容となっており、特に食べやすさと の関連性から、測定法の有効性を示唆している。
第3章では、マッシュポテトの食べやすさが添加する油脂の種類により異なる要因を究明するため に、咀嚼回数の異なる食塊の物理的性質および各咀嚼回数における唾液量を測定の対象とし、食塊の 状態から添加油脂が各咀嚼過程で食塊形成にどのような役割を果たすのかを明らかにしている。その 中で、咀嚼過程における試料と唾液の混合のしやすさと分散する油脂の状態が、食塊の状態に大きく 影響することを明らかにし、液状油では少ない咀嚼回数で水中油滴型のエマルションが形成されるこ とを究明している。このことが、マッシュポテトの咀嚼・嚥下過程における食塊移送の安全性に寄与 していると考えられる。
第4章では、添加する油脂の温度による状態変化をヒトの感覚評価と物理的性質との関連性から検 討し、試料温度を変化させたときのマッシュポテトの食べやすさは、液状油を添加した場合は液状油 の粘性率、固形脂を添加した場合は温度により可変的に状態が変化するため、固形脂の融解挙動をさ らに検討する必要性が示唆された。すなわち、固形脂では体温付近以上の温度では、固体脂と液状油 が混在した状態になるので、食べやすさには固体脂の試料内における状態の関与が大きく、液状油で は温度変化に伴う粘性率の変化が関与していることを明らかにしている。加えて、マッシュポテトを 食べる際の口腔中における温度挙動に着目するなどの究明すべき課題についても述べている。
以上述べたように、本研究ではマッシュポテトの咀嚼過程における食塊形成や、嚥下過程における 食塊移送の安全性に油脂がどのような役割を果たすのか、その機序について明らかにしたことは、こ の領域の科学に大きく貢献したものである。また、食べやすさに関わる力学的特性として、水平方向 の抵抗力を機器測定より得られることを示した点は画期的である。しかも、これらの結果は、高齢者 施設や病院などの給食の現場だけでなく、今後増加するであろう在宅で介護を必要とする人々が利用 可能な介護食品の開発に活用できる基礎的な知見として、役に立つ研究であると評価した。
以上の点から、審査委員会では本論文が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいと判断したの で報告する。