「道順説明」における空間の参照フレーム : 表現 形式の談話分析
著者 鹿嶋(村上) 恵
雑誌名 三重大学日本語学文学
巻 10
ページ 178‑166
発行年 1999‑06‑27
その他のタイトル Frames of Spatial Reference in
Direction‑Giving : Discourse Analysis of the Expression Forms
URL http://hdl.handle.net/10076/6548
「道順説明」における空間の参照フレーム
「表現形式の談話分析‑
FramesofSpatialRcferenceinLDirection・Giving,:
DiscotuseAnalysisoftheExpressionForms
鹿嶋(村上)恵
MegumiMurakamiEASHIMA
【キーワーり「道順説明」,空間の参照フレーム,表現形式,
ルートマップ型視点,サーヴェイ・マップ型視点
1.はじめに
空間概念は様々な学問領域にて取り 上げられてきた。例えば、発達心理学 の領域では、人間の発達過程の各段階 で、いかに空間概念を習得していくか という問題について、早くから研究が
重ねられてきた(c£Smythetal.1994:55・84;Coben1996:309‑333;空間認知 の発達研究会編1995)。
最近では、言語人類学などの領域に おいて、空間概念の認知形態と言語表 現の関係を探る研究が種々の言語につ いて進められている。そして空間概念 は、人間が母語を習得した文化や環境 と関係があることが明らかにされつつ
ある(c£H班1982,bvhson1992,井上1995)。
特に、オランダのマックス・ブラン ク心理学研究所では、種々の言語につ いて、空間概念に関する研究が学際的 に行われている(cLBaayen&Danziger
eds.1994:63・98,Pederson&Roelo鈷ed5・1995:65・88,井上1998)。その研究 の結果、従来こく当然と考えられてき た人間の身体を中心とした三次元的空 間概念には当たらない空間把握の存在 が、明らかになったのである。そして、
空間把握には、少なくとも次の3種の
「空間の参照フレーム(Frame50rSpa・
tialreference)」があることが提示され た(以下「参照フレーム」と略す)。
一つは「絶対的(濾sol甘b)参照フレ
ーム」である。これ軋地球の磁場や 地形的特徴に基づいて絶対的に固定さ
れたものであり、「東西南北」などの例 が相当する。オーストラリア先住民の グウグ・イミディール族やインドのタ ミール族の母語話者は、言語的にも認 知的にもこの絶対的参照フレームをと
るという(c£bvinson1992,1996;井 上1998)。
二つ目は「相対的(relative)参照フ
レーム」である。これは、認知主体の 視点に基づくものであり、例えば、話
‑178‑
者の視点に基づいて定められた「前後 左右」などが相当する。
三つ目は「内在的(血t血sic)参照フ
レーム1」である。これは物体に元々備‑
わっている座標的性質に基づいて方向
8が定められるものであり、例えばもeb血d
¢behouse),‥atthetipofthepost'な
どが挙げられている(Pederson&Roe・lo鳥ed5.1995:66)。
このような空間の参照フレームは、
基本的に言語表現を通して伝達され、
理解される。そして、例えば道順を説 明するようなコミュニケーション行動 の場合、話し手と聞き手の間で参照フ
レームー致させることは、必要不可欠
な条件となる。例えば、村上(1997b)では、「道順説明」という課題達成実験 を遂行中にコミュニケーション・トラ ブルに陥ったベアの中には、説明者と 被説明者がお互いに異なった参照フレ ームに基づいていた現象が明らかにさ
れている。参照フレームの伝達/理解は、実際、どのような言語表現によっ て行われるのであろうか。
以上を踏まえ、本稿では、「道順説 明」という課題達成実験による談話資 料を元に、空間の参照フレームに焦点
1井上(1998)は、̀fraAeSOfreference, の訳語を「指示枠」、̀intrinsicfraJAe'を
「固有的指示枠」と訳しているが、本稿
では先行研究との整合性から、同用語を
「参照フレーム」「内在的参照フレーム」
と訳し、統一して用いることにする。
図1赤の:道順
を絞り、それが伝達される表現形式の タイプを分析していくことにする。
2.談話資料と実験概要
本稿で分析の対象とした談話資料は、
「道順説明」という課題達成実験で収
録されたものである(c£村上1996,1997a,1997b,1998,1999a)。この実験
は、Blakar(1973)の実験を一部修正して行われた。
実験内容を簡単に述べると、まずベ アの被験者が仕切りを挟んで対座し、
各々に地図が渡される。お互いの顔は 見えても、相手の手元や地図は見えな い。渡された地図には相手の知らない 道順が印されており、1人が説明者とな
って、相手(被説明者)に「赤の道順」
(地点Aから地点Bに至るまでの道順。
図1参照)を説明し、被説明者はこれ を地図上でたどる。次に役割を交代し、
先の被説明者が逆に説明者となって「緑
の道順2」(地点Eから地点Aに至る道 順)を説明する。最後に、再び最初の説明者が、「青の道順き」を説明する。
被験者は、母語場面として日本語母 語話者同士のベア10組、接触場面とし
て日本語母語話者と非母語話者(上級日本語学習者4)のベア10組である。
収録された音声データは、DuBoi5ef
β上(1992,1993)の手法に基づき、文字化作業を行った5。
3.表現形式の4タイプ
実験材料とした地図は抽象的なもの であり、一見掴み所がないため、参照
2この道順は「赤の道順」を90度時計回 りに回転させれば、その道順の形状がほ ぼ重なるように、村上が新たに設定した
ものである。すなわち説明者と被説明者 は、知らない間に同じ形状の道順を説明 し合うことになる。村上(1996,1997b) の地図を参照。
8本稿では分析の対象を「赤の道順」と
「緑の道順」に絞り、「青の道順」は別 の機会に譲ることにする。
4非母語話者の日本語レベルは上級以上 で、全員日本語能力試験1級に合格し、
国立の文系大学院の入学試験にも合格し ている。固着は、台湾5人、中国3人、
韓国2人である。
6各データには、好MJM岬lのような整 理記号を付した。
フレームを伝達するためにはさまざま な言語表現化が試みられると予想され
る。
しかしながら、実際に調べてみると、
表現形式のタイプはかなり限られてい ることがわかった。すなわち、「地図上 のランドマーク」、「東西南北」、「左右 上下」「時計の文字盤」の4種である。
以下、順に、具体的に見ていきたい。
3.1「地図上のランドマーク」
まず、「地図上のランドマーク」を用 いた例には、次の(1)や(2)のような例が
ある(以下、「説:」は説明者の発話、「被:」は被説明者の発話を示す。そ の他の記号は本稿束の「文字化記号」
を参照のこと)。
(1)【JMJMIR】「赤の道願」
01説:え=と,̲
02 ‥<Aから出発し、て=,/
03
‥、突き当りまで行って&
&ください.\
04
被:‥はいはい.̲
05 ..、突き当たり行きました.\
06 説:…∧で,/
07
‥それから,̲
08
..あの=…
09 ‥.(1.り<Bの方向、に,/
10
被∴.<Bの【方向、に
】,/11説:
【、まっすそに】,/12
…、突き当り∧まで行って&
&ください.\
‑176‑
(2)【JMJM5R】「赤の道順」
05説:...じやあ<A=か、らノ
06
‥まず,̲
07
‥まっすそに,̲
08 ..下に,̲
09 …(.町降りてノ
10 <突き当たってください.\
11被:..はい.\
12説:…(.勺で,\
13 …、突き当たり<のノ
14 …道<を,/
15
..え=と,̲
16 ..∧Bの方角、にノ 17被:‥はい.\
18説:…<ず=つとまっすそ&
&行ってくだ、さい.\
19
…β.2)ほいで,̲
20 ‥あの,\
21
‥<角に来ますね?/
22被∴.はい.\
(1)では、地図上に印された「記号A
〜E」を基盤として、「Bの方向に」と
方向が示されている【発話09】6。(2)でも
同様に、同じく突き当たった地点で「B
の方角に」行くことが指示されている
【16】0
この「記号A〜E」は、元来「道順説
明」の出発点/到着点を示すために印されたものである(図1参照)。しかし
6以下、談話例における発話の左に付さ れた通し番号を、【12】のように括弧に入
れて示す。ながら、実験者の思惑とは別に、これ らの記号は抽象的な地図の上において、
ランドマークの役割を果たし征匝ncb
1960,PickandSomervi11e1988)、・視 点を定めるよりどころとなったようで
ある。
結果として、地図上にはA〜Eの各々 に向かう座標軸ないしはベクトルが設 定され、これを基盤として方向が示さ れるようになったと考えられる。
このことから、(1)や(2)のような「地 図上のランドマーク」による表現形式 は、内在的参照フレームを示すと考え
られる。
乱2「東西南北」
次に、「東西南北」を用いた例には、
次の(3)のような例がある。
(3)【JMJM4呵「赤の道順」
04
説:...(.8)、えっと,̲
05 ..∧Aから入ってください.\
06
説:..え=と,̲
07
、上=を<北=と考えてください.\
08 被:…上を<北と考【え、て‥はい】.\
09
説: 【考え、て=】,̲
10 ‥はい.\
11
..それで=,̲
12
..まず<A=からくⅩ入りⅩ>ます.\
13 被:(q【はい】.\
14 説:【みな1みにず=つと,̲
15 被:‥はい.\
16 説:‥行きまし、てノ
17
説:‥え=,̲
18 ...(.9)みっ入っ目の、曲がり角,\
19 被:…(1力みっ「つ目の曲がり角】,\
20
説: 「つ目の曲がり角】,\
21 ..、え=と,\
22 被:(0)<突き当りのところ?/
23
説:(0)、突き当り【の】ところですねノ
24
被: 【はい】.\
25
説:..<突き当りのどころを,̲
26
..【え= 】、西に,̲
27 被:【<ⅩはいⅩ>】.\
28 説:…行きます.\
この(3)の説明者は、「北」【07】、「南」【14】、
「西」【26】という言葉を用いている。こ のことから、一見、この説明者は絶対 的参照フレームに基づいているように 考えられる。
しかし、こ‑こで仮に絶対的参照フレ ームに基づくとされるグウグ・イミデ
ィール族やインドのタミール族の母語 話者が、この赤の道順の説明を行った
と想定してみよう(cl井上1998:28・
36)。その場合、彼/彼女らが(3)のよう
な説明を行うのは、実際に北向きに座
らされた場合だけである。もしも90度 回転して東向きに座らされたならば、
次の(4)のように、指し示す方向も90度 ほど東よりに変わってしまうであろう。
(4)「まず、地点Aから西へ進んで、突 き当たったところで北に曲がってくだ
さい。・・・」(3)の場合、説明者がどちらを向いて 座っても、指し示される方角に変わり
はない。それは、説明者(あるいは地 図判読のための慣例的規範)が、地図 の「上を北」【07】と定めていることに起 因する。すなわち、(3)で「みなみ」や
「西」と示された方角は、地上の磁場 や方位磁石が示す方向からは独立して おり、むしろ、地図の内部に設定され た座標軸に基づいていると考える方が 妥当であろう。
したがって、(3)のような例は、絶対 的参照フレームには該当ぜす、内在的 参照フレームの例と考えられる。
3.3「左右上下」
「左右上下」を用いた例には、2つ のタイプが見られた。まず、次の(5)か ら見てみよう。
(5)【JFJFIR】「赤の道願」
01説:じや∧Aから出発し、て=ノ
02 被:..はい.\
03
説:‥ず=と,̲
04
‥まっ=、すそ,\
05 …行った、ら=ノ
06 被∴.はい.\
07
説:‥<突き当たる=,̲
08 ‥、よね?/
09 被:…はいはい.\
10 説:..∧突き当たった、ら=,/
11
‥.そこを,̲
12 ‥<左に曲がっ、て=ノ
ー174‑/
13 被:…(.乃<Aの方から見て、左?/
14 説:..いや,\
15
‥(.勺<自分から見て、左.\
16
被∴.直.4)<ひっくり、返しても&
&いいかしら?\
17
説:‥いいよ./
18 被:(0)Aから出発だから=,/
19
‥【<朗を手前【【にする】】.̲
20
説:【<叫・ 恥から】】見て=,̲
21
22 被∴.右.\‥右.\
(5)では、説明者は、出発点Aから出 発して突き当たった地点で「左」に曲 がるように指示している【12】。これは「自 分から見て左」【15】と定められたもので ある。
これに対して被説明者は、0.7秒沈黙 した後、「Aの方から見て、左?」【13】と 聞き返している。すなわち、説明者・
被説明者とも同じ「左」と表現しなが ら、地図を見ている視点は異なってい ることが窺える。
このような視点の異なりは、次の(6) や(勺の表現形式からも窺える。
(6)抑d甘5R】「赤の道願」
01説:え=と,̲
02 ‥∧では,\
03 ..<Aから出発します.\
04 ..<Aか、ら=ノ
05 ..∧下、に=ノ
06
‥、降りて=,̲
07
説:‥<Ⅹいちに=Ⅹ>..
08 ‥、3つ目=∧の,/
09
..、角<をノ
10
…(1.9)、今見てる=,̲
11
...<Aが、上にありますか?/
12 被∴.はいはい.\
13
説:…<今見てる,̲
14
..<Aが、上にあるんだったら,̲
15
(0)じや,̲
16 ..、左に?/
17 ‥人曲がってください.\
((中略))
24
説:…<3つ目を、左に曲がって&
&ください.\
25 <突き当りに、なってます.\
26 被:‥.(1.6)はい.\
(勺【JFJF2R】「赤の道順」
03 説:叩)あたし<Aから=なん、よ=./
04 被:(0)うん.\
05 説:..で<A一番上にあるか、ら,/
06 被:..う【ん】.\
07 説:【じや】<紙を反対にして,\
((中略))
25 説:..∧Aを,\
26
…一番下にしたら=ノ
27 被∴うん.\
28
説:‥自分の<向きから、右左って&
&いう【ふうになるよね】?/
29
被:
【あ<ほうじや7ねノ&&<ほうじやね】./
7広島方言で「そうだ」の意味。
30 被:..、ほうじやほうじや.\
31
‥オッ【ケ=】,̲
32
説:
【<そう】する、ね?/33 被:‥はい.\
34
説:…じや=,̲
35
..えっと=,̲
36
∧Aから=,̲
37 被:‥うん.\
38
説:..まず=,̲
39 被:..うん.\
40 説:‥え=と,\
41
∧3番目の=,̲
42 被:‥うん.\
43 説:..、曲がり角まで来人て=ノ
44 被:..うん.\
45 説:‥、右にずっと行っ<て=ノ
46 被:..うん.\
(6)では、「Aから下に降りて」【04・06】、
3つ目(の突き当り)を「左」に曲がる
ように指示しているP4】。その際、発話
【10・12】において「今見てる=,Aが上に
ありますか?」と確認されている。すな わち、説明者は地図に対面して、上下 左右を想定しながら見ていることがわ
かる。これは、(5)の説明者の視点と同 じである。
他方、(りでは、進行方向を「自分の<
向きから、右左」となるように、地図の 向きを置き換えている【05・07】。その視 点を説明者・被説明者間で一致させる
ために、発話05から33に至るまで、
入念にやり取りが重ねられている。そ
の結果、3番目の曲がり角では「右」に という表現形式で方向が示される【45】。
すなわち、(5)の被説明者の視点と同じ
である。
これまで、(5)や¢)の説明者のよう な空間の捉え方は、ダイクシス現象の
一つとして扱われてきた(c£田中・松 本1997:106)。すなわち、主体(話し手あるいは聞き手)と対象の位置関係 として捉えられてきた。
しかし、(5)〜(勺の説明者・被説明者 とも、対象を捉える視点が話し手自身 に据えられている点では共通している。
では、この視点の異なりは、どう説明 すればよいのであろうか。この間題に ついては、新たな分析視点によって、
4.で後述することにしよう。
3.4「時計の文字盤」
最後に、「時計の文字盤」には、次の(均 のような例がある。
(8)脚MJMIR】「赤の道順」
05 説:..まず,\
06 ...<A=、を=,/
07 ...∧自分の、方に,\
08
被:…(.乃はい.
09 説:…置いて=,/
10 被:‥え?/
11 …じぶ%自分の方?/
12 説∴.うん.\
13
被:...ということ軋̲
14
..ひ%【ひっくト
ー172‑15
説:
【〈さか】さ=・16
被:(0)<さかさにして,̲
17 ‥、はいはい,\
((中略))
30説:<だい%い・
31
..<第1コの交差点が&
&ありますよね?/
32
…その<交差点、が=l̲
33
被:..うん.̲
34
説:‥あの=,̲
35
…(1.4)∧12時、の方向の方へ
36 被:<@12時の方向?/@>37 説:‥うん.\
38
…<12時…
39
‥の、方向へ,̲
40 ‥<まっすそ行ってノ
41被:..うん.̲
この(8)では、(勺と同様、説明者は地図 の向きを置き換えP5・09】、道筋と自分 の視点を合致させている。この場合、
説明者は、「時計の文字盤」を地図に対 して平行に設定し、かつ自分の進行方 向の前方を「12時の方向」【35】と定め ている。この参照フレームも、説明者
自身に設定されたものであり、(勺と同 様、説明者が道筋を進むに従って、連 動しながら変化するものである。
ただし、この「時計の文字盤」の例 は、この(8)の説明者(台湾語母語話者)
のみであり、一般的なものとは言えな い。説明者がこの発話【35】を行う前に、
1.4秒もの沈黙が生じているのは、表現
形式を選んでいた、ないしは迷ってい たことの現れと考えられる。被説明者
も驚きを持ってこの表現を迎えている【発話36】。それでも、参照フレームの 伝達と理解は十分達成され、以後「道 順説明」が継続されていくことになる8。
4.視点の異なり
先の分析では、「左右上下」という表 現形式を用いた場合、説明者自身に視 点が据えられていたにもかかわらず、
異なるタイプの視点が存在することを 明らかにした。その違いを説明するた めに、大規模空間の表象9タイプについ ての考え方を参考にしたい。
4.1大規模空間の表象タイプ
空間認知の発達研究会編̀(1995:
144)によれば、1960年代初め、大規 模空間の表象タイプを区別するために、
ルート・マップ型表象とサーヴェイ・
マップ型表象という概念が指摘された という。ルート・マップ型表象とは、
実際の移動ルートを心的にたどること によって構成される系列的な表象であ
さこのようなメタファー(cf.山梨1995:
19・26,1ねmanashi1996)の使用は、説 明者の応用的かつ拡大的な言語使用を 窺わせる好例と言えよう。
9表象とは、「外界の対象や自己自身、ま た経験などを心に思い浮かべたもので、
外界の諸事象の心的代表物」をいう(空
間認知の発達研究会編1995:185)。
り、サーヴェイ・マップ型表象とは、
空間内の諸対象の位置が相互に関係づ
けられた全体的な表象をさす、とされ
ている10。
本稿では、表象という概念よりもさ らに焦点を絞って、「道順説明」を行う
説明者(もしくは被説明者)の視点にこの2つの型の区別を導入してみよう。
4.2ルート・マップ型視点
まず、(5)の被説明者は、地図の向き を変えることで道筋を自分の進行方向 に合致させることを提案している。(6)
でも同じく、進行方向を「自分の<向き
から、右左」となるように、地図の向き を置き換えていたP5・07】。
これらの例では、説明者は、まるで 道筋の中を歩いていくような低い視点
をとりながら、自分を中心として方向 を定めていく視点をとっている11。すな
10表象タイプの発達的変化に関して、ル ート・マップ型表象からサーヴェイ・マ
ップ型表象へという大きな図式を描く点 では、すでに多くの研究者間に一致があ
るという(空間認知の発達研究会編 1995:145)。11村於(1999:34)は、道案内図を措く とき「手前に出発点を、前方に目的地が くるように描いてあればわかりやすい」
と指摘している。これは、「歩いていて 右にあるものが右に、左の日印が左に描 いてあればわかりやすい」ためであり、
「これが上から下に来るようだと、左右 が逆になり、いちいち頭の中で左右を逆 に翻訳しながら歩かなければならない」
と述べている。このような認知プロセス
わち、これらはルートマップ型視点 に相当すると考えられる。このような ルート・マップ型視点をとった場合に は、相対的参照フレームが設定される ことになる。
4.3サーヴュイ・マップ型視点 他方、(5)の説明者は、地図に対面し て斜め上空か、真上から全体を見下ろ しているような視点をとっている。
それは(刀も同様である。(勺では、「A から下に降りて」【04・06】、3つ目(の
突き当たり)を「左」に曲がるように指示していた【24】。「下に降りる」とい う表現からして、説明者がこの地図に 対面して上下性を持った参照フレーム
を想定していることが窺える。
ところで、このようなサーヴェイ・
マップ型視点に基づいて用いられる「左 右上下」という表現形式は、説明者自 身に設定された相対的参照フレームな のか、あるいは、説明者が対面してい
る地図上に設定された座標軸に基づく 内在的参照フレームなのか、判断は非 常に難しい。特に後者の場合には、地 図上に印された記号「A〜E」のアルフ
ァベット文字が持つ属性(上下性)が大きく影響していると考えられる1乏。現
は、被験者らがルート・マップ型視点を とるとき、しばしば地図の向きを置き換 えたことに反映されていたと考えられる。
12滋賀大学の藤田保幸先生のご指摘によ
る。ー170‑
時点では、サーヴェイ・マップ型視点 に基づく「上下左右」の表現形式を一
括して、相対的参照フレームと見なすことにする。
なお、村上(1997b)は、(5)や(勺の
説明者のようなサーヴェイ・マップ型 視点に基づく参照フレームの例を、「絶
対的参照フレーム」と認定している。
しかし、これは彼女の過誤である。確 かに、これらのサーヴェイ・マップ型 視点をとる参照フレームは、ルート・
マップ型視点の参照フレームに比べて 固定的な性質が強い。しかし、これら の参照フレームは、説明者の体の向き
が変わればそれに連動して地図上の方 向も変わるものであり、地上の磁場に 絶対的に固定されたものとは言えない。
5.視点の異なりと参照フレーム
ところで、ルート・マップ型視点と サーヴェイ・マップ型視点の区別は、
相対的参照フレームのみに反映される ものではない。
具体的に言えば、「地図上のランドマ ーク」および「東西南北」によって表 されていた内在的参照フレームは、説 明者が地図に対面して設定したもので あり、サーヴェイ・マップ型視点に基 づくと考えられる。
一方、「時計の文字盤」によって表さ れた相対的参照フレームは、地図の向 きを自分の進行方向に合わせ、道筋の
申を歩いていくような視点で方向が示 されていた。すなわち、これはルート・
マップ型視点に基づいていると考えら
れる。
他方、談話資料には見られなかった が、例えば、内在的参照フレームを「時 計の文字盤」の表現形式を用いて示す ことも可能である。この場合には、サ ーヴェイ・マップ型視点に基づくこと になる。
ルートマップ型視点/サーヴェイ・
マップ型視点の区別と、参照フレーム との関係については、現段階では考察 が不十分であり、より綿密な議論は今 後の課題として残すこととする。
6.まとめ
以上、本稿では、「道順説明」の談話
資料における空間の参照フレームに焦点を絞り、参照フレームが伝達される 表現形式のタイプを見てきた。
分析の結果、その表現形式のタイプ はは思いの外、限られていることが分 かった。すなわち、「地図上のランドマ ーク」、「東西南北」、「左右上下」、「時 計の文字盤」の4タイプである。特に、
「左右上下」には、ルート・マップ型 視点の場合と、サーヴェイ・マップ型 視点の場合、という2つのタイプの異 なりが認められた。
これらの表現形式を、3種の参照フ
レームの視点からまとめておこう。
まず、相対的参照フレームにはルー ト・マップ型視点の「左右上下」とサ ーヴェイ・マップ型視点の「左右上下]、
および「時計の文字盤」が用いられて いた。
内在的参照フレームには、「地図上の ランドマーク」および上を北と定めた
「東西南北」が用いられていた。
他方、絶対的参照フレームについて は、この「道傭説明」という課題達成 実験の被験者40名中、一例も見られな かった1き。
このように、空間の参照フレームの 表現形式は限られたものであったにも かからわず、話し手と聞き手の間で一 致させることは、決して容易な作業で はない。両者がお互いの参照フレーム をいかに折衝(negotiation)していく かというプロセスの分析については、
次の機会に譲ることにする。
付記
本稿は、日本言語学会第115回大会 および中部日本・日本語学研究会(第22 回)での発表原稿を元に全面的な加筆修
正を行ったものである。発表会場にて ご質問・ご意見くだった先生方に厚く 御礼申し上げたい。また、本研究の実 験、資料整理に協力してくださった多
くの方々にも深く謝意を表す。なお本 研究は、平成9〜11年度文部省科学研
究費補助金(基盤研究(C)(2),課題番号:09834004,研究代表者:鹿嶋(村上)恵, 研究題目:「日本語母語話者と非母語話 者の接触場面における談話形成プロセ スの研究」)の助成を受けている。
文字化記号
主な記号のみ。その他はDuBoisetal.
(1992,1993)を参照のこと。
【】発話の重なり部分
,
内容が後に続く
.?\/
内容の終結 呼びかけ
下降イントネーション 上昇イントネーション 平板イントネーション
…(叩0.7秒以上のボーズの秒数 0.3〜0.6秒のポーズ 0.2秒以下のボーズ (0)前の発話と間がないこと
<
第一アクセント 13ただし、このことは井上(1998:73)
と同様、日本人には場所によっては絶対 的参照フレームを用いる人がいる、とい う可能性を全面否定するものではない。
事実、京都では、タクシーなどで道順を 示す際、かなり高い頻度で「東西南北」
という絶対的参照フレームが用いられて いるという。
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第ニアクセント 伸びた音 笑い
表記の便宜上改行した部分が、
1つのイントネーション・ユニ
ットとしてつながることを示す
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