1 パラダイス文書が与えた衝撃
⑴ パラダイス文書報道の概要──暴露される内部文書
税負担のない或いは税負担の軽い国又は地域をタックスヘイブンという が,近年,情報技術の進歩等もあって,タックスヘイブンを利用した投資 等を業務とする法律事務所或いは会計事務所から内部情報が持ち出され,
報道機関を通じて公表される事例が続いている。
最近の有名な事件としては,2016年に報道された「パナマ文書」事件が 321 商学論纂(中央大学)第60巻第3・4号(2018年11月)
義務的開示制度と一般否認規定 ⑴
矢 内 一 好
目 次
1 パラダイス文書が与えた衝撃 2 情報交換と義務的開示制度 3 BEPS行動計画12の最終報告書 4 米国の義務的開示制度 5 英国の義務的報告制度 6 カナダの義務的開示制度 7 アイルランドの義務的開示制度
8 政府税制調査会資料による日本へのMDRの導入の概要 9 MDRの日本導入の各論(以上本号)
10 コモンローと一般否認規定 11 米国における一般否認規定 12 英国における一般否認規定 13 「主たる目的テスト」導入の可能性 14 日本への一般否認規定導入の問題点
ある。この事件は,パナマの法律事務所モサック・フォンセカから大量の 文書や電子メールが流出したもので,法律事務所の所在地から「パナマ文 書」という名称で呼ばれている。
「パナマ文書」ほど有名ではないが,2017年10月にEUの欧州委員会は,
アマゾンが同国において受けた優遇措置の税額約330億円を追徴する命令 をルクセンブルク政府に出したことがある。この背景には,ルクセンブル ク・リークスというものがあり,大手会計事務所からルクセンブルクにお ける税務上の優遇措置を受けて租税回避をした法人等の資料が流出したこ とで生じたものである。この事件は,2002年から2010年の間において,世 界の有力企業340社(ペプシ,IKEA,FedEx,アマゾン等)に対してルクセン ブルクが低い税負担の税制を設けて自国の税収を増やしたと問題視された 時期である。2014年10月に,欧州委員会は,米国アマゾンがルクセンブル ク税制を利用した件について本格的な調査に踏み切った。同様の調査はす でに,アップルやスターバックス等へも拡大していた。そして,以前の 2015年1月16日に,欧州委員会は同日公表の文書において,アマゾンに対 してルクセンブルクが適用した税優遇措置は国の補助金に該当し,合法性 に疑問があるとの判断を示していたのである。
このように,租税回避の事例が明らかになる背景には,経路は明らかに されていないが,何らかの形で大量の情報がそれを扱っている事務所等か ら外部に持ち出される事件が連続したことである。
⑵ 「パラダイス文書」とバミューダ島
2017年11月6日に「パラダイス文書」に関する報道がなされた1)。この
1) パラダイス文書は朝日新聞等が報道したが,その意義については,メディ アは,きちんと情報源にまでさかのぼってパラダイス文書が大々的に知らさ れるべき理由を明確にすべきではないだろうか,という問題点を指摘する意
事件は,上述の「パナマ文書」と類似の内容といえる。今回の法律事務所 は,英領バミューダ島に所在する法律事務所「アップルビー」等である。
このバミューダ島は,英国の海外領土であり,避寒地である。この島の場 所は,ケイマン島のようなカリブ海ではなく,大西洋上にあることから,
米国のビジネス中心地のニューヨークと近く,人口約6万5,000人,富裕 層が住む島として世界的に有名である。
バミューダ島の税制は,所得税,譲渡所得税,源泉徴収税等がなく,給 与を支払う雇用者に対する給与税(payroll taxes)のみが課されるタックス ヘイブンである。また,バミューダ島は,タックスヘイブンという条件の ほかに,キャプティブ保険業法が施行されていることから,キャプティブ 保険会社(captive insurance company)が多いことでも有名で,米国とバミ ューダ間では,世界的も珍しい保険所得租税条約(Insurance Income Tax
Treaty)が1986年に署名されている。このような地理的要因等もあって,
米国の多国籍企業の投資先として2),英国,カナダ,オランダ,オースト ラリアに次ぐ位置にバミューダがある。なお,日本は,2010年にバミュー ダと情報交換協定を締結している。
また,バミューダ島は,米国のIT企業がアイルランドとオランダを利 用した租税回避事例として有名な「ダブルアイリッシュ・ダッチサンドイ ッチ」に利用されている。
今回の「パラダイス文書」の名称であるが,「パナマ文書」のように事 務所の所在地の地名ではなく,「税の楽園」という意味の「パラダイス」
を付して「パラダイス文書」事件といわれている。
当事者である法律事務所「アップルビー」によれば,ハッキングにより
見もある(山田敏弘)http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1711/16/ news009_5.html(2017年11月23日アクセス)。
2) U.S. Bureau of Economic Analysis (2005).
流出した文書等であり,「パナマ文書」と同様に,南ドイツの新聞社に持 ち込まれ,その後,米国ワシントンに本拠を置く国際調査報道ジャーナリ スト連合(ICIJ)に引き継がれて現在調査が行われているのである。
⑶ 「パラダイス文書」の影響
新聞報道等によれば,「パラダイス文書」の内訳は,アップルビーの内 部文書683万件(パナマ文書では1,150万件),シンガポールの法人設立サービ ス会社「アジアシティ」の内部文書56万6,000件,バハマ,マルタ等19の 国・地域の登記文書604万件である
そして,ネット上では,「パナマ文書」のときと同様に,同文書に含ま れた関係者に政治家,著名人,有名企業の名前があったことで,報道が過 熱しているのである。特に,米国のトランプ政権の高官名があることか ら,政治スキャンダルの様相を呈しているのである。
「パナマ文書」が公表されたときにも今回と同様に,関係者の氏名,企 業名等が公表され,タックスヘイブンを利用した租税回避或いは不正があ るのではという憶測を呼んだが,特に,今回の事件は,「パナマ文書」の 事件と異なる点がある。多くの企業,富裕層である個人がタックスヘイブ ンを利用している様相は「パナマ文書」と同様であるが,以下は異なる点 である。
第1は,2017年10月16日に,「パナマ文書」の報道に参加していたマル タ島の記者が爆弾の爆発で死亡するという事件が起ったことである。この 種の文書の暴露が税以外の領域に影響を及ぼすという例であろう。
第2に,「パナマ文書」で騒がれた企業,個人に米国企業或いは米国人 等の情報が比較的少なかったと思える点である。個人的な見解であるが,
「パナマ文書」の金融仕掛人は,主としてスイスの金融業者で,顧客は,
欧州のフランス,ドイツ,イタリア等の企業,個人ではないかと推測して
いるのである。その理由はパナマの法律事務所モサック・フォンセカのオ ーナーがドイツ人であることが1つの理由と考えられる。「パラダイス文 書」に関しては,今後文書の内容が明らかになろうが,その拠点がバミュ ーダ島ということで,米国企業,米国人等の関与があるのではないかと推 測している。
⑷ タックスヘイブンからの内部情報と問題点
すでに述べたように,これまで,タックスヘイブンの法律事務所等から 何らかの形で外部に流出した税務情報には次のようなものがある3)。4)5)
2006年 リヒテンシュタインの銀行(LGT)からの情報が持ち出され,この
資料に基づいてドイツ等において脱税の摘発があった 4)。
2009年 スイス最大手銀行UBSの元行員による脱税幇助に端を発して,同
行は米国人口座情報を一部公開した。この事件がその後の外国銀行 にある米国人口座情報を米国に報告する外国口座税務コンプライア ンス法(Foreign Account Tax Compliance Act:FATCA )が,2010 年3月18日に成立した 5)。
2015年 英国最大手銀行(HSBC)のジュネーブから機密書類が持ち出され
た。その情報には,口座残高約14兆円,人数10万人,日本国籍の個 人約300人が含まれている。
2016年4月 パナマの法律事務所の内部資料が公表され,タックスヘイブンを利 用した政治家等の名前が明らかになった(パナマ文書)。
上記以外にも,前出のルクセンブルクにおいて大手会計事務所からの情
3) 矢内一好「暴かれるタックスヘイブンの闇─「パナマ文書」から「パラダ イス文書」へ」『速報税理』2017年12月11日号。矢内一好『Q&A 国際税務 の最新情報』財経詳報社 2017年7月 90‑93頁。
4) http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20080324/151018/(2017年 11月23日アクセス)
5) 矢内一好 前掲書 224‑226頁。
報漏えい(「ルクセンブルク・リークス」といわれている。)の顚末は次のとおり である。
2002〜2010年 世界の有力企業340社(ペプシ,IKEA,FedEx,アマゾン等)
に対してルクセンブルクが低い税制を設けて自国の税収を増や したと問題視されている時期
2014年10月 欧州委員会は,米アマゾンがルクセンブルク税制を利用した件 について本格的な調査に踏み切った。同様の調査はすでに,ア ップルやスターバックス等へも拡大した。
2014年11月 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は11月5日に約340社 の多国籍企業が,ルクセンブルクから内密で法人税率の優遇措 置を受けていたことを報道した。この資料は大手会計事務所か ら流出したもので,文書は2万8,000頁あった。
2015年 1月 EUの執行機関である欧州委員会は1月16日公表の文書で,米 アマゾン社に対してルクセンブルクが適用した税優遇措置は国 の補助金に該当し,合法性に疑問があるとの判断を示した。
2015年1月 欧州委員会は,ルクセンブルクと伊フィアット社,アイルラン ド政府とアップル,オランダ政府とスターバックス社による取 り決めにも調査を進めている。
2015年3月 欧州委員会は租税回避対策として税制透明化法案を提示した。
2017年10月 EUの欧州委員会は,ルクセンブルク政府にアマゾンが同国にお いて受けた優遇措置の税額約330億円を追徴する命令を出した。
以上の事項は,いずれも報道等を通じて明らかになったものであるが,
各事件の詳細は不明であるが,問題点は,このような報道が行われるまで その事実が明らかにならなかったことである。
2 情報交換と義務的開示制度
⑴ 情報交換の適用範囲と義務的開示制度の検討すべき点
税務情報の情報交換制度は,次項で述べる包括的所得税租税条約に規定 されているが,その多くは,条約相手国の居住者の取得する配当等の定期 定な投資所得に関する自動的情報交換であり,近年になり金融情報まで適
用範囲を拡大しているが,結局のところ,行政レベルにおける税務情報の 交換ということである。
そのような状況下において,自国の居住者が外国の金融機関等を利用し て資産運用をしている場合,その居住者の居住地国の課税当局は,当該居 住者の所得の全貌を把握することが困難であることから,2013年以降,
OECDを中心に金融口座情報自動交換制度の制定が行われている。しか し,この制度も適用範囲が決められていることから,タックスヘイブンに 所在する各種の税務情報を課税当局が把握することはできない。
前項で述べた,法律事務所等から漏れた内部情報が,情報交換の適用外 であるならば,その欠陥を埋めるのが,納税義務者側から情報を課税当局 に開示する義務的開示制度(Mandatory Disclosure Rules:以下「MDR」とい う。)の必要性も生じるのである。
本稿の最初のパートは,このMDRにより開示される情報に関する検討 である。これまでの情報交換ではカバーできなかった領域を,納税義務者 等からの情報開示により補塡しようとするものであるが,それが,どこま での深度を持った情報であるのかという点を検討する必要がある。
⑵ 租税条約と情報交換
日本の租税条約の締結状態は,2018年8月現在,以下のとおりである。
包括的所得税租税条約
(一般に租税条約といわ れている。)
アジア諸国(14),大洋州(3),ヨーロッパ(24),旧ソ連
(12),米州(5),中東・アフリカ(10),累計68
相続税・贈与税租税条 約
日米相続税・贈与税租税条約(1)
情報交換協定 アジア(1),大洋州(1),ヨーロッパ(4),米州(5)
税務行政執行共助条約 締結国
ヨーロッパ(14),米州(15),アフリカ(8),大洋州(4)
モデル租税条約 OECDモデル租税条約,国連モデル租税条約,米国モ デル租税条約他
その他 日本・台湾民間租税取決め
上記のうち,包括的所得税租税条約には,情報交換の規定があり,国税庁 が2016年11月に公表した「平成27事務年度における租税条約等に基づく情 報交換事績の概要」に記載された租税条約により交換される情報は,①要 請に基づく情報交換,②自発的情報交換,③自動的情報交換,である。
①の要請に基づく情報交換の件数は,国税庁発が366件,外国の税務当 局発が158件である。この情報は,それぞれの税務当局が相手国に要請を した結果もたらされる情報ということになる。古い租税条約では交換でき なかった金融機関情報も近年の租税条約では情報交換の対象となっている が,要請することがなければ情報は来ないということである。
②の自発的情報交換の件数は,国税庁発が186件,外国の税務当局発が 33件とそれほど多くないのである。
③の自動的情報交換は,国税庁発が約188,000件,外国の税務当局発が
約117,000件である。この自動的情報交換による情報は,利子,配当,不
動産賃借料,無形資産の使用料,給与・報酬,株式の譲受対価等に関する 情報である。この情報の内容でわかることは,これらの情報が「国際版支 払調書」という内容であり,かつ,所得に関する情報ということである。
国税庁は,当然にこれらの情報と申告内容等のチェックを行っていること から,この情報により国外所得の申告漏れが判明することになる。
前出の1における情報漏えい事件と租税条約の関連では,ルクセンブル クと包括的所得税租税条約が締結されている。締結年等は,下記のとおり である。
ルクセンブルク (署名)1992年3月
(発効)1992年12月
(一部改正署名)2010年1月
(一部改正発効)2011年12月
・ 家族資産管理会社の取扱いに関する書簡交換:2013年7月 上記のことから,ルクセンブルク・リークスの時期には,日本・ルクセ ンブルク租税条約は適用されていたのであるが,当該租税条約における情 報交換規定が有効に適用されたという報道等はない。情報交換の種類とし ては,① 要請に基づく情報交換或いは ② 自発的情報交換であろうが,日 本は,ルクセンブルク・リークスの情報を事前に察知していないことか ら,① の方式はなく,ルクセンブルクが自発的に情報提供ということは,
大手会計事務所が管理していた情報であるから,ルクセンブルク課税当局 も知るところでなかったということになり,当該租税条約は機能しなかっ たということになる。
⑶ 税務行政執行共助条約(Convention on Mutual Administrative Assistance in Tax Matters)の適用
次に,日本が締結している税務行政執行共助条約(以下「共助条約」とい う。)の適用は,どうかという問題である。この共助条約は,日本が,
2011(平成23)年11月4日に共助条約に署名し,2013(平成25)年6月28日 に受託書をOECDに寄託し,同年10月1日に発効している。
共助条約の主な役割は,①同時税務調査及び他国の税務調査への参加 を含む情報交換,②保全措置を含む租税債権徴収における協力,③文書 の送達,である。したがって,共助条約が動き出すと,同時税務調査等に 基づく情報交換ということになる。
共助条約に署名・参加113か国のうち,宗主国からの適用拡大である地 域が多い。例えば,バミューダ,英領バージン諸島,ケイマン諸島,ジブ
ラルタル,ガーンジー,マン島,ジャージーは,いずれもタックスヘイブ ンとして有名な地域であるが,英国の海外領土或いは王室直轄領である。
これらの地域には,共助条約が英国の適用拡大という形になっている。
2017年11月現在,共助条約が発効となっている国で,日本と二国間租税 条約を締結していない国は地域別に分けると次のとおりである。日本は,
これらの国とは共助条約でつながっていることになる。
① ヨーロッパ(14):アイスランド,アルバニア,アンドラ,エストニ ア(2017年8月署名),キプロス,ギリシャ,グリーンランド,クロアチ ア,サンマリノ,ジブラルタル,フェロー諸島,マルタ,モナコ,リト アニア(2017年7月署名)
② アフリカ(8):ウガンダ,カメルーン,ガーナ,セネガル,セーシェ ル,ナイジェリア,チュニジア,モーリシャス
③ 中南米(15):アルゼンチン,アルバ,アンギラ,ウルグアイ,キュ ラソー,グアテマラ,コスタリカ,コロンビア,セントクリストファ ー・ネーヴィス,セントビンセント及びグレナディーン諸島,セントマ ーティン,セントルシア,タークスケイコス諸島,バルバドス,ベリー ズ,モンセラット
④ 大洋州(4):クック諸島,ナウル,ニウエ,マーシャル諸島
結論としては,本稿で取り上げた漏えい事件について,共助条約に基づ いて日本に税務情報がもたらされたという形跡はない。ただし,この多国 間条約は,後述するOECDの金融口座情報自動的交換制度の根拠法とな るのである。
⑷ タックスヘイブンとの情報交換協定 イ 日本の情報交換協定
日本が2017年11月現在,締結している情報交換協定は以下のとおりであ
る。
① 2010(平成22)年2月署名:バミューダ租税協定(2010年8月発効)
② 2011(平成23)年1月署名:バハマ情報交換協定署名(2011年8月発効)
③ 2011(平成23)年2月署名:ケイマン諸島租税協定署名(2011年11月発 効)
④ 2011(平成23)年6月署名:マン島情報交換協定(2011年9月発効)
⑤ 2011(平成23)年12月署名:ジャージー租税協定(2013年8月発効)
⑥ 2011(平成23)年12月署名:ガーンジー租税協定署名(2013年7月発効)
⑦ 2012(平成24)年7月署名:リヒテンシュタイン情報交換協定署名
(2012年12月発効)
⑧ 2013(平成25)年6月署名:サモア独立国情報交換協定署名(2013年7 月発効)
⑨ 2014(平成26)年3月署名:マカオ租税情報交換協定署名(2014年5月 発効)
⑩ 2014(平成26)年6月署名:英領バージン諸島租税情報交換協定署名
(2014年10月発効)
⑪ 2016(平成28)年8月署名:パナマ情報交換協定(2017年2月10日発効)
パラダイス文書との関連では,上記①のバミューダ租税協定(以下「バ ミューダ協定」という。)の適用関係ということになる。
ロ バミューダ協定の情報交換規定
バミューダ協定第5条(要請に基づく情報の交換)は次のようなことを規 定している。この協定の適用では,要請国は日本,被要請国はバミューダ ということになる。
① 被要請国の権限のある当局は,要請に応じて情報を入手し,提供する ことになる。
② 被要請国は,保有する情報が情報提供の要請に応ずるために十分でな い場合,自己の課税目的のために必要でないときであっても,要請され た情報を要請国に提供するために全ての関連する情報収集のための措置 をとる。
③ 要請国から特に要請があった場合,被要請国は,記録の原本の写しに 認証を付した形式で,この条の規定に基づく情報の提供を行う。
④ 被要請国の権限のある当局の提供する情報とは,銀行その他の金融機 関等が有する情報,法人,組合,信託,財団その他の者の所有に関する 情報である。
⑤ 入手,提供する義務を生じさせない情報として,上場法人に関する情 報,調査対象となっている課税期間が6年前に生じたものが規定されて いる。
⑥ 要請国は,情報の提供を要請する際に,その要請が必要であることを 証明することを規定している。
⑦ 要請者の権限ある当局が要請する際に提供する情報が規定されてい る。
⑧ 要請に不備がある場合の被要請者への通知が規定されている。
この上記の規定では,「パラダイス文書」の存在を知らなかった日本の 課税当局としては,情報提供の要請をすることはできなかったことから,
バミューダ協定が適用にはなっていない。
⑸ OECDによる金融口座情報自動的情報交換 イ 金融口座情報自動的交換制度の制定
米国のFATCAの影響により,OECDは,金融口座情報自動的交換制度 の制定を行った。以下はその経緯である。
2013年9月 ロシアのサンクトペテルブルグで開催されたG20首脳会議 において,OECDによる自動的情報交換に関する国際基 準の策定が支持された。
2014(平成26)年 1月(OECD)
OECD租税委員会が共通報告基準(以下「CRS」という。)
を承認し,OECDは,同年2月13日に公表した。
2014年2月(G20) G20財務大臣・中央銀行総裁会議(豪州シドニーで開催)
においてCRSが支持された。
2014年 5 月13日
(OECD閣僚理事会)
パリにおいて開催されたOECD閣僚理事会において,各 国間において,租税に係る金融情報の自動交換の宣言
(Declaration on Automatic Exchange of Information in Tax Matters)が採択された。
2014年9月(G20財 務大臣・中央銀行総 裁会議)
OECDによるCRSを承認し,所要の法制手続きの完了を 条件として,2017年又は2018年末までに,相互に及びその 他の国との間で自動的情報交換を開始するとした。
2014年10月(税務執 行共助条約に基づく 自動的情報交換)
税務執行共助条約に基づく自動的情報交換について合意し た51の国・地域が署名し,最初の情報交換を2017年9月或 いは2018年度までに実施すると宣言した(日本は,2018年 9月を初年度とした。)。なお,2016年(平成28年)1月27 日現在,署名した国等は79である。
2014年11月(G20首 脳会議)
豪州(ブリスベン)G20首脳会議において,法制手続の完 了を条件として,2017年又は2018年末までに,税に関する 情報の自動的な交換を開始が首脳宣言に盛り込まれた。
2015年度税制改正 日本の金融機関に対し非居住者の口座情報の報告を求める 制度が整備された(2018(平成30)年が初回の情報交換初 年度となる。)。
2015年12月11日
(OECD)
金融口座情報自動的交換制度(AEOI)の参加国リストを 公表。2017年適用国は56か国,2018年適用国は41か国,期 限を公表していない国が3か国である。
ロ 日本の実施スケジュール
米国のFATCAに始まり,OECDによる金融口座情報自動的交換制度
(AEOI),そして,2015年度税制改正による日本の実施スケジュールとい う経過で日本は2018(平成30)年適用国であるが,その具体的な実施作業 は次のようになる。
2015年〜2016年 国内法(2015年度税制)の整備 2017年 金融機関による手続開始
2018年 租税条約に基づき第1回目の情報交換
ハ CRSにおける口座特定手続の概要 報告対象となる金融口座
銀行,証券会社,投資信託等,保険会社の保有する①預金口座,②証 券口座等,③信託等,④保険契約等,が報告対象口座となる。
口座特定手続の概要
個人口座の場合,新規であれば,口座開設者による自己宣誓書により居 住地国を特定し,既存であれば,低額口座(残高100万ドル以下)と高額口 座(残高100万ドル超)に分けて居住地国が特定される。法人等の事業体口 座の場合,新規であれば,口座開設者による自己宣誓書により法人等の居 住地国を特定し,既存であれば,残高25万ドル以下の場合は手続不要であ り,残高25万ドル超の場合,金融機関の保有情報等により居住地国を特定 することになる6)。
スイスとの金融口座情報の自動的交換に関する共同声明に署名 平成28年1月28日に日本とスイスは金融口座情報の自動的交換に関する 共同声明に署名した。この共同声明によれば,両国間における金融口座情 報の自動的交換は,それぞれの国内法に従ったOECD共通報告基準の実 施について定期的に相互に伝達することになる。また,伝達した情報に関 しては税務行政執行共助条約第22条に基づいて機密保持等が行われること になる。この共同声明により,平成30年以降,日本・スイス間では非居住 者の金融口座情報が交換されることになるが,日本居住者(法人及び個人
6) 国税庁『改正税法のすべて 平成27年版』627頁。
等)によるスイスの金融機関の利用が多いことが想定できる。
ニ CRSに基づく自動的情報交換
これまでの国外から提供される税務情報は,租税条約に基づくものであ ったことはすでに述べているが,これによる情報にはいくつかの問題があ る。
1つは,租税条約が締結されていない国等からの情報が提供されてこな いということ,第2は,最も情報量の多い自動的情報交換の情報は,所得 に関する情報であり,財産に関する情報ではないこと,である。この欠陥 ともいえる領域を埋めるのがCRSに基づく自動的情報交換である。
このCRS情報交換は,外国の金融機関等を利用した国際的な脱税及び 租税回避を防止する観点から,OECDが,非居住者の金融口座情報を税 務当局間で自動的に交換するための国際基準であるCRSを公表して,多 くの国が実施を約束したのである。
CRSに基づく情報交換は,銀行等の預金機関,生命保険会社等の特定 保険会社,証券会社等の保管機関及び信託等の投資事業体である金融機関 が,普通預金口座等の預金口座,キャッシュバリュー保険契約・年金保険 契約,証券口座等の保管口座及び信託受益権等の投資持分に関して,口座 保有者の氏名・住所(名称・所在地),居住地国,外国の納税者番号,口座 残高,利子・配当等の年間受取総額等を報告するものである。
このCRSの基づく非居住者の情報は,居住地国の課税当局に対し情報 を提供されることになる。現在,日本を含む100以上の国・地域が2017年 又は2018年からこのCRSに従った情報交換を開始することを表明してい るが,日本は,2015年度税制改正により日本発の情報に関する国内法の整 備を終えており,2018年以降,外国から日本の居住者の金融口座情報の提 供を受けることになる。
ホ 調書制度の整備
国際間における資産の移動等を把握するために,課税当局は,以下に掲 げる各種の調書制度を暫時整備して,移動した資産の把握等に努めている。
国外送金等調書(1998 年4月1日より施行,
2009年に金額改正)
国境を越えた海外との送金額が100万円超の場合,金融 機関から税務署にこの調書を提出されることになってい る。
国外財産調書(2012年 改正,2014年1月1日 より施行)
国外に5,000万円を超える国外財産を保有する居住者は,
この調書を2014年1月以降,提出することが義務づけら れている。
国 外 証 券 移 管 等 調 書
(2014年改正,2015年1 月1日より施行)
金融商品取引業者等が顧客の依頼に基づいて行う国内証 券口座と国外証券口座間の有価証券の移管についてこの 調書の提出が2015年4月1日以後から適用されている。
財産債務調書(2015年 改正,2016年1月1日 より施行)
2016年1月以降,その年分の総所得金額及び山林所得金 額の合計額が2,000万円を超え,かつ,その年の12月31 日においてその価額の合計額が3億円以上の財産又は1 億円以上の国外転出特例対象財産を有する者は,この調 書の提出が必要となった。
ヘ 小 括
租税条約等に基づく情報交換及び調書制度の整備は,整理すると次のよ うになる。
① 包括的所得税租税条約に規定する情報交換
② 共助条約に基づく情報交換
③ 情報交換協定による情報交換
④ 金融口座情報自動的交換制度による情報交換
⑤ 各種の調書制度による課税当局の資料の把握
租税条約等に基づく情報交換は,上記の付番順に進展したといえるが,
具体的な事例である「パラダイス文書」のような資料の場合,これらの租 税条約等では,当該資料へのアクセスは難しいといえる。
⑹ MDR検討の必要性
MDRは,課税当局にとって有利な制度で,納税義務者側に負担を強い るものであるが,このような制度の導入が検討される理由は何かというこ とになる。
理由として想定できることは,租税回避をビジネスとするプロモータ ー・アドバイザーが存在し,これらの者が,合法的ではあるが大きな税負 担の軽減ができるスキームを開発して,報酬を得てそれらを納税義務者に 販売した結果,課税当局にとって,税収減と課税上の公平の維持が困難に なる事態が生じた。そこで対応策が考えられ,その1つがMDRというこ とになる。MDRの目的は,租税回避のスキームの販売をビジネスとして いる専門家が規制の対象ということになる。このような現象は,税務の世 界ではこれまでも繰り返されたもので,税法のループホール(抜け道)を 見つけて税負担の軽減を図ると,次に,課税当局がその穴を埋める立法措 置等を行うという繰り返しであった。
3 BEPS
行動計画12
の最終報告書⑴ BEPSとMDR
MDRは,租税回避対策の一環として,課税当局に対して事前に所定の タックス・プランニングを報告することを,その計画を立案した者或いは その利用者に課すもので,すでに米国をはじめとして数か国では,この制 度が実施されている。
日本では,OECDによる「税源浸食と利益移転(Base Erosion and Profit
Shifting:以下「BEPS」という。)プロジェクト行動計画12にMDRが取り上
げられたこと,それを受けて,2017年度税制改正大綱において,日本への 導入を検討することが明記され,政府税制調査会の2017年10月16日[国際 課税]の資料では,「中期的に取り組むべき事項」にMDRが次のように
掲げられている。
国税当局が租税回避スキームによる税務リスクを迅速に特定し,法制面・執行 面で適切に対応できるよう,その開発・販売者或いは利用者に税務当局へのス キーム情報の報告を義務付ける「義務的開示制度」について,「BEPSプロジェ クト」の最終報告書,諸外国の制度や運用実態及び租税法律主義に基づくわが 国の税法体系との関係等も踏まえ,わが国での制度導入の可否を検討する。そ の際,国税当局が効果的かつ適時に必要な情報を入手するための最適な既存・
新規制度の組み合わせも検討する。
⑵ BEPSプログラムの経緯
多国籍企業の租税回避に危機感を持ったOECDが2012年以降,租税回 避対策としてBEPSプログラムを次のような経緯で立ち上げている。
2012年6月 第7回G20メキシコ・ロスカボス・サミット首脳会合宣言にお いて,租税分野では,情報交換の強化,多国間執行共助条約署 名への奨励と共に,多国籍企業による租税回避を防止する必要 性が再確認され,OECD租税委員会は,BEPSプロジェクトを 開始した。
2012年後半 英国等において,多国籍企業の租税回避問題が生じていること が報道された。
2013年2月 OECDは,BEPSに対する現状分析報告書として,「税源浸食 と 利 益 移 転 へ の 対 応 」(Addressing Base Erosion and Profit Shifting)を公表した。
2013年7月 OECDは,「BEPS行動計画」(Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting)を公表した。
2013年9月 第8回G20ロシア・サンクトペテルブルクにおける首脳会合宣 言において,BEPS行動計画が全面的に支持された。
2014年9月 BEPS行動計画に関する第一弾報告書7つが公表された。
2015年10月5日 BEPS Final Reports(以下「最終報告書」という。)
2017年6月 BEPS防止措置実施条約に67か国が署名(日本も参加)
⑶ BEPS行動計画
日本は,BEPSプロジェクト推進派であり,国内法の改正,租税条約の 締結等において,BEPSの勧告等を踏まえた改正を行っている。BEPS行 動計画15項目と日本の国内法等との関連は以下のとおりである。
行動計画 国内法等の整備
1 電子商取引への課税上の対処 2015年改正で対応 2 ハイブリット事業体の課税(ハイブ
リット・ミスマッチの効果の無効化)
2015年改正で対応(外国子会社配当 益金不算入制度の適正化)
3 CFC税制強化 2017年度で抜本的改正 4 利子等の損金算入による税源侵食の
制限
今後の法改正の要否を含めて検討
5 有害な税実務に対する対応 既存の枠組みで対応
6 租税条約の濫用防止 租税条約の拡充の中で統合,多国間 協定で補正
7 PE認定の人為的回避の防止 租税条約の拡充の中で統合,多国間 協定で補正
8 移転価格税制(無形資産の関連者間 移転に関する整備)
今後の法改正の要否を含めて検討と なっています。特に項目8の「所得 相応性基準」は,平成29年度税制改 正大綱で中期的目標に掲げられてい る。
9 移転価格税制(リスクの移転或いは 過度の資本の配分によるBEPS防止)
10 移転価格税制(第三者との間ではほ とんど生じない取引等に係るルール の進展)
11 BEPSに係る資料収集と分析に関す る方法の確立
12 義務的開示制度に関する勧告 今後検討(平成29年度税制改正大綱 で中期的目標に掲げられている。)
13 移転価格文書化の再検討 2016年度税制改正で対応
14 相互協議の効率化としての仲裁等の 活用
相互協議による紛争解決のための障 害を除去するためのミニマムスタン ダードの実施を確保するために相互 評価と監視を行うことになっている。
15 多国間協定の開発 2017年6月に参加署名
本稿の検討対象となるのは,上記の行動計画12(義務的開示制度に関する 勧告)である。
⑷ 最終報告書12の概要
以下は,最終報告書12の概要をまとめたものである。
イ MDRをすでに導入した国
BEPSに限らず,OECDにおいて作成される文書は,関係各国の制度等 を帰納的にまとめる手法により作成されるのが常であるから,すでにこの 制度を導入している米国,英国,カナダ,ポルトガル,アイルランド,イ スラエル,韓国,南アフリカの諸国のMDRを踏まえて,最終報告書はこ れらの国の知見を参考に作成されている。なお,2011年までに導入してい た国は,米国,英国,カナダ,ポルトガル,アイルランドの5か国で,他 はその後の導入である。
ロ 最終報告書における勧告のポイント
BEPS行動計画12の最終報告書のMDRに関するポイントは次のとおり である。
① MDRは,行き過ぎた或いは濫用型の租税計画(aggressive or abusive
tax planning strategies)に関する包括的で適切な情報に早期にアクセスし
て,提供を受けた情報のプロモーター或いは利用者の特定,リスク評
価,税務調査,法令の改正等によりこれらに早期に対応するためのもの である。
② MDRに 係 る 報 告 は, モ ジ ュ ラ ー 方 式(modular framework)と い う MDRを新規に導入する国が独自にその方式を選択できることを認めて いる。
③ この勧告は,各国が守るべき最低限の基準を強制したものではなく,
MDR導入の可否は各国の自由な判断である。
④ MDRの目的は,透明性の向上と,スキームが公表されることでそれ に加入することが納税義務者への抑止力になることと,プロモーター及 び利用者に対して実行する機会の減った租税回避市場に圧力をかけるこ とである。
ハ 開示義務者
開示義務者は次のように区分されている。
オプションA
(米国・カナダ)
プロモーター及び納税義務者が個々に開示責任を負う。
オプションB
(英国・南ア)
プロモーター又は納税義務者,一義的にはプロモーターが 責任を負う。
オプションB
(英国・南ア,アイル ランド,ポルトガル)
(納税義務者が開示の義務を負う場合)
・プロモーターが海外にいる場合
・プロモーターが不存在の場合
・プロモーターが法的な職業上の守秘義務を主張する場合
なお,上記にあるプロモーターは次のように定義されている。
国によりプロモーターの定義は次のように異なっている。
① 英国及びアイルランドの場合,租税回避スキームの設計,販売,組織 化そして管理に関与する者のことである。これは従来型ともいえる定義 である。
② 米国の場合,重要なアドバイザー(material advisor)で,一定以上の金 額 を 超 え る 所 得 を 得 て い る 者 で あ る。 ち な み に, 指 定 取 引(Listed
Transactions)で個人の場合の報酬金額は1万ドル,個人以外は2万5,000
ドル,指定取引以外の場合,個人は5万ドル,個人以外は25万ドルで ある。
以上を踏まえた最終報告書におけるプロモーターの定義は次のとおりで ある。
① プロモーターの定義は上記の英国等と同様である。
② プロモーターの定義には,租税回避スキームの設計等に対して重要な 援助等をする者を含めることが可能である。
ニ 報告対象の範囲を特定化する方法
報告対象の範囲を特定化する方法は,次の2つからの選択になる。
オプションA:シングル・ステップ・
アプローチ(米国)
開示基準(hallmarks)を設けて区分す る方法
オプションB:マルチ・ステップ或い は閾値アプローチ(英国,アイルラン ド,カナダ,ポルトガル)
① 閾値テスト
② 基準で開示する取引を特定化
なお,上記のオプションBの ① の閾値(しきいち)テスト(Threshold
test)であるが,これは境となる数字の基準(この場合は租税利益)を設け
ることである。政府税制調査会資料(平成27年10月25日)では,閾値という 用語を避けて,主要便益テストという用語を使用している。
ホ 開示基準の分類
開示基準は,以下のように,一般基準と特定基準に分けることができ る。
一般基準
(Generic hallmarks)
・顧客に守秘義務を課した基準
・税務上の便益に連動して成功報酬が払われるもの 特定基準
(Specific hallmarks)
・ 損失を利用するスキーム(米国,英国,カナダ,アイル ランド,ポルトガル)
・リース取引(英国)
・雇用者便益スキーム(アイルランド)
・所得変換スキーム(アイルランド,ポルトガル)
・ 軽課税国所在の事業体を利用するスキーム(ポルトガ ル)
・ハイブリット事業体を利用した仕組取引(南アフリカ)
・税務と会計の多額の差異を利用した取引(米国)
・指定取引(米国)
・課税当局が注目する取引(米国)
ヘ 開示する時期
開示の時期は,プロモーターと納税義務者のいずれが開示するかで異な ることになる。
プロモーターが開示する場合 ・スキームが利用可能になった時点(勧告の記述)
・実施の時期
納税義務者が開示する場合 勧告では実施の時期。ただし,納税義務者のみが 開示義務者の場合,課税当局がスキームに速やか に行動できるように短期間とすべきとしている。
⑸ 最終報告書(国内編)
イ 最終報告書までの経緯
MDRに関連してOECDが最初に公表した報告書は2011年の報告書であ る 7)。そして,2013年には,納税義務者が重要な税務処理について完全に 報告することに合意することを内容とする「申告水準向上のための施策に 7) OECD, Tackling Aggressive Tax Planning through Improved Transparency
and Disclosure.
関する報告書」を公表した8)。
最終的なまとめとして,2015年10月5日にBEPS行動計画12の最終報告 書9)が公表されたが,その前年5月に「検討案」10)が出されている。これ らの報告書及び検討案の内容は,すでにMDRを導入している国々の制度 を踏まえて作成されている。
ロ 最終報告書の構成
最終報告書は,全4章と付属文書A〜D等で構成され全97頁である。
各章の見出しは次のとおりである。なお,以下の記述では,パラという 表示がある場合,最終報告書におけるパラグラフを示すものである。
① 概要と序論
② 第1章:義務的報告の概要(パラ17〜55)
③ 第2章:モデルMDRの選択(パラ56〜222)
④ 第3章:国際的租税スキーム(パラ223〜275)
⑤ 第4章:情報の共有(パラ276〜288)
また,選択肢のBOXが下記のとおり11あり,MDRを導入する国にと ってどのような構成にするのかという選択を与えているのである。
① (BOX2.1)報告義務者
② (BOX2.2)プロモーターと助言者(advisor)の定義案
③ (BOX2.3)報告対象の範囲の定義のための多段階或いは単一段階アプ ローチ
8) OECD, A Framework : From Enhanced Relationship to Co-Operative Compliance, 2013b.
9) OECD/G20 Base Erosion and Profit Shifting Project, Mandatory Disclosure Rules, Action 12 : 2015 Final Report
10) Public Discussion Draft BEPS ACTION 12 : Mandatory Disclosure Rules, 11 May 2015.
④ (BOX2.4)守秘義務の基準
⑤ (BOX2.5)報酬に関する基準
⑥ (BOX2.6)一般基準の構成
⑦ (BOX2.7)損失取引の基準
⑧ (BOX2.8)プロモーターからの報告時期の選択
⑨ (BOX2.9)スキーム利用者の本人確認の選択
⑩ (BOX2.10)スキーム利用者のための報告様式A
⑪ (BOX2.11)スキーム・プロモーター或いは助言者のための報告様式B
ハ 最終報告書のチェック項目
本稿は,最初に各国のMDRから帰納的に作成された最終報告書を検討 し,その後に,米国,英国,カナダ,アイルランドの各国のMDRの検討 をする構成になっている。この順序は逆のように思われるむきもあろう が,最終報告書は,各国にMDRの導入を義務付けるもの(ミニマムスタン ダード)ではなく,各国が状況に応じて選択できる方式を勧告している。
上記ロに掲げた11の選択肢が中心であることから,より詳細な分析をする という点で各国別の検討も必要という認識でこの順序となったのである。
すでに述べたとおり,日本は,2017年の政府税制調査会資料において,
MDR導入を中期的目標としていることから,このことは,数年の間に,
日本の税制改正における1つの焦点となる可能性がある。そこで,導入に 際しての課題は列挙すると以下のようになる。
① 開示義務者,開示基準,開示時期,罰則の内容
② ①を実施する場合,国税庁としてどのような組織としての対応をす るのか。
③ 対象となるスキームが国内のものか,国際的なものかという点 以上の主要な検討を行った後に,日本へのMDR導入について,どのよ
うな形態が望ましいのかを分析すると共に,最終的には,MDR導入によ り「パラダイス文書」或いは「パナマ文書」等に見出することができる税 務関連情報への課税当局のアクセスが可能になるのか否かを検証すると共 に,税制上の不備を突くような報告がある場合を想定して,包括的な一般 否認規定(General Anti- Avoidance Rule:以下「GAAR」という。)の導入も検討 対象となる。
MDRとGAARの導入は,必ずしも同時に行うべきものではないが,最 終報告書では,両者は補完的としながら,MDRによりもたらされる報告 の範囲がGAARの対象となる租税回避の範囲よりも広義であるとしてい る(パラ35)。
ニ MDRの目的
MDRの対象は,行き過ぎた租税計画(aggressive or abusive tax planning,
transactions)に対して課税当局或いは立法当局が事前にその情報に接する
ことで,対抗措置を講じることができることである。国際的な租税計画の 場合,最終報告書は,効率的な情報交換と課税当局間の協力で対応するこ とを勧告している。また,MDRは,プロモーターと利用者の名前を明ら かにすることになる。さらに,これら以外の目的として,納税義務者によ るスキームへの加入を抑止することと,開示をすることにより租税回避市 場へ圧力をかけることがある11)。
ホ MDRを構成する必須項目
MDRを構成する必須の項目には次のものがある(パラ17)。
① 開示義務者は,租税回避スキームの潜在的な利用者(納税義務者)と
11) Final Report, p. 9.
企画者(プロモーター或いは助言者)である。
② 開示対象には,開示対象となるスキームと,スキームに関連して開示 すべき情報という項目がある。
③ 開示時期は,開示義務者により異なるが,原則として,その目的達成 が基準となる一定期間である。
④ プロモーター或いは利用者の義務は,国によっては,利用者の納税申 告書に報告したスキームに課税当局が付した番号を報告することと,プ ロモーターには課税当局に顧客リストを開示する義務がある。
⑤ 開示をしなかった場合,一般的に罰則が科される。
⑥ 開示した結果,課税当局がこれを是認したことではなく,また,調査 対象外とすることでもない。
⑦ 開示された情報の処理方法として,課税当局は,報告された情報を租 税回避防止措置の改善のために利用する。
ヘ 各国のMDR導入状況の概要
各国のMDR導入の概要は次のとおりである(パラ36)。
① 米国は,MDRを1984年に導入し,2004年に大幅に改正している。
② カナダは,1989年にタックスシェルター対策としてMDRを導入して いる。そして,2013年には,租税回避取引報告法制(Reporting of Tax Avoidance Transactions)が2013年に立法されている。
③ 南アフリカは,MDRを2003年に導入し,2008年に改定している。
④ 英国は2004年にMDRを導入し,2006年と2011年に抜本的な改正をし ている。
⑤ ポルトガルはMDRを2008年に導入し,アイルランドは2011年に導入 している。
ト 米英のMDRの概要
現行のMDRは大別して次の2つに分けることができる(パラ57・58)。
① 米国型の取引重視アプローチは,納税義務者とプロモーターの双方に 開示責任を負わせる方式で,特定基準(specific hallmarks)を参考にする。
② 英国・アイルランド型のプロモーター重視アプローチは,プロモータ ーに主たる開示責任を負わせる方式で,租税計画の立案と,一般基準
(generic hallmarks)を参考にして,租税がスキームの主たる便益となる
仕組み取引を報告することに制限するものである。
しかし,上記のいずれも実際には,大きな差異がないことから,報告書 による勧告は,すべての方式に共通する
チ 開示義務者 2つの選択
開示義務者については,選択肢は次の2つである(パラ62)。
① 選択肢A:プロモーターと納税義務者の双方が別々に開示義務を負う
(米国,カナダ)。
② 選択肢B:プロモーターと納税義務者のいずれかが開示義務を負う
(英国,南アフリカ)。
選択肢Aは,プロモーターと納税義務者の双方にスキーム利用を抑止 する強い効果があり,同一の取引について,複数の報告が行われることか ら双方の報告に基づくチェックが可能となる。欠点は,課税当局と納税義 務者双方に費用がかかることである(パラ74)。
プロモーターが国外にいる場合(パラ68)
この場合は,納税義務者がプロモーターに代わって開示義務を負う。
プロモーターがいない場合
この場合は,スキームの利用者が開示義務者になる。