帰納的推論の動学的統合モデルについて
福 住 多 一 吉 岡 陽 祐
本論文は,多様な帰納的推論の動学を統合的に扱うモデル研究に関する昨今の展開を,
我々の見出した知見も交えながら,平易に解説することを目的とする。我々の知る限り,
このように多様な帰納的推論方法を統合的に扱う研究内容を日本語で解説した文献は見当 たらない。本研究分野の特に有力ないくつかの研究論文は,若干,その基礎的構造が互い に異なっている。我々は,それらを統一的な枠組みの中で表現し直し,数値例なども用い ながら包括的に解説する。動学的意思決定を含む経済・社会科学モデルの構築においては,
ベイズ・ルール,事例ベース,その他の理論などをエージェントの将来予測手法として様々 な思考方法を仮定する。そこで本論文では,測度論的な観点から,これらの予測手法の間 の相対的な信憑性について考察する。本論文が,進化ゲーム理論などの適応的意思決定過 程を含むモデル分析,マクロ経済学理論諸学派の間にある発想の相克,歴史的事例をベー スに経済情勢を議論する経済史的研究,ビッグデータの活用により将来予測を試みる研究 分野,これら様々な分野の研究者や大学院生の方々の参考となれば幸いである。
₁ は じ め に
本論文は,昨今発展の著しい動学的な帰納的推論の統合モデルの展開を解説する。読者の 理解を助けるであろう我々の新しいモデル例や数値例も交えながら,いくつかの有力な論文 を,我々の統一的な枠組みの中で整理する。我々のオリジナルな知見も述べるが,本論文は 解説論文の性格も有している。その意味で,可能な限り平易な説明を試みようと思う。
2020年 ₃ 月現在,新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行が,世界経済の需要低 迷を生んでいる。この感染症の流行など,ある期の出来事を,本研究分野ではその期の特性
(characteristic) と呼ぶ。そして需要の低迷など,その次に来る状況を結果 (outcome) と呼ぶ。
特性を観察した私 ( たち ) は,その次に来る結果を予測 (prediction) しようとする。人 ( びと ) は,その予測された結果に一喜一憂する。ともかくも,結果は大事である。しかし,本論文 が解説を試みる理論モデルが光をあてるのは結果ではない。結果を予測する際に用いられる,
「考え方」に焦点を合わせるのである。
これまで経験してきた特性と結果を時系列的に記録し,人 ( びと ) は,様々な「考え方」
を用いて,今期の結果を予測しようとする。その「考え方」として,例えば統計学的なベイ ズ・ルール,感染症拡大に関する理論モデルの駆使などが思い浮かぶ。しかし,ここで注意 したい点がある。ベイズ・ルールや理論が高い予測的中率を持つには,度重なる同じ特性と 結果の定量的データが多く集まっていることや,感染症蔓延を制御できる程度に我々の理論 的知見の精度が高まっている必要があるのではないだろうか。不測のコロナウイルス感染症 の蔓延という時代の特性を経験した直後,株価は急落した。これは過去の大量のデータや,
金融理論にもとづいた変動だろうか。そのような理論ではなく,過去の歴史的記録にもとづ いて,結果を予測する発想法の人も多くいるはずである。事実,1918年から1920年にかけて のスペイン風邪の歴史的事例が盛んにとりあげられている。予測をするための「考え方」に,
実に様々なものがあることは明らかである。
ここから,ある期の特性を観察したとき,様々な予測の仕方にもとづいて,結果を予想を する行為の本質に注目しよう。予測の仕方によって,結果を言い当てることができるかもし れないし,できないかもしれない。その経験を重ねていく中で,人は「予測の仕方自体に対 する信頼度合いを変更する」と考えるのは自然な発想であろう。この予測の仕方自体への信 頼の程度を,本研究分野では信憑性 (credence) と呼ぶ。
この信憑性 (credence) が,各予測の仕方に対して置かれるとしよう。ベイズ・ルール,
物理法則的な理論,歴史的事例ベースの発想など,多様な予測の仕方それぞれに対してであ る。「( 特性→予測→結果 ),( 特性→予測→結果 ),( 特性→予測→結果 ),……」という経 験を積み重ねる中で,結果を外してしまった予測方法の信憑性は薄れていく。これは歴史と 整合的ではない世界に対する見方が反証 (refutation) されていくということである。経験の 中で反証された世界の状態を想定してしまう予測の仕方は,その信憑性 (credence) を失っ ていくのである。
このような発想のもとで,Gilboa, Samuelson and Schmeidler(2013
,以降 GSS と表記 ) は,
様々な推測方法の信憑性が,経験の中で変化していくモデルの枠組みを提示している。そし
て,各種の推論方法の間で,それらの相対的信憑性が経験の中でどのように変化していくか
を分析している。Gayer and Gilboa(2014, 以降 GG と表記 ) は,GSS(2013) を若干簡素化し
た枠組みで分析を試みている。彼らは,何らかの予測方法のもとで蓋然性が高いと人々が予
測する特性と結果の系列そのものが経験として実現していく世界を想定する。これを内生的
な経験過程と呼ぶ。慣習の生成過程や自己実現的な状態を理論予測とする経済モデルやゲー
ム理論モデルが例に挙げられるであろう。彼らは,そのような内生的経験過程に議論を絞る
場合での信憑性が高い推論方法を検討している。本論文は統一的な枠組みのもとで,これら
の論文の内容を包括的に解説し,さらに我々のオリジナルな結果をいくつか紹介する。
本論文の構成は次のとおりである。続く第 ₂ 節では,本論文全体にわたる基本モデル,概 念,用語,そして記号法を記述する。第 ₃ 節では,ベイズ・ルールによる予測,理論モデル による予測,事例ベースによる予測とその変種ルール,これらの間の相対的な信憑性を経験 の結果として分析する。第 4 節では経験を生み出す過程が意思決定者の予測に従う内生的経 験を想定した場合の信憑性ある予測方法について説明する。第 ₅ 節では結語としてまとめと 研究展望を述べる。
₂ 基本モデル 2.1 用語と記号
本節は GSS(2013) が構築した帰納的推論動学の統合モデルの基礎を平易に説明する。時
間を
t∈
{₀
,₁
, ...}で表す離散時間モデルを考える。疫病が流行る,金融恐慌が起こるなどと
いった事件を,特性 (characteristic) と呼び,その集合を非空な
Xとする。また特性が起こ ったあと,その期に起こる可能性のあることを結果 (outcome) と呼び,その集合を非空な
Yとする。結果の予測という行為を意味あるものとするため,複数の結果の存在 ₂
≤|Y |
< ∞を仮定する。さらに,毎期
tにおいて,何かしらの特性
xtが起こり,その期の結果
ytが起こ るとする。つまり∀t, ∃x
t∈X, ∃y
t∈Y を仮定する。本モデルは,意思決定者が
t期において 系列 ((
x₀, y₀)
,(
x₁, y₁)
,(
x₂, y₂)
, ...,(
xt-₁, yt-₁)
, xt) を経験し,そこで結果
ytを予測する状況を描 いていく。
以上の設定のもとで,本モデルが描く世界の各状態(state)ωを,関数ω
: {₀
,₁
, ...}→ (
X×
Y) とする。様々な関数ωのうち,真の世界の状態とは,何かしらのただ ₁ つの系列を歩むωで ある。すると本モデルが描く世界の状態の集合(states of the world)は,Ω
=(
X×
Y)
∞となる。
状態ω∈Ωを ₁ つ固定すると,そのωに依存して各
t期までに次のようなある歴史(history)
ht
(ω)
=(ω
X(₀)
,ω
Y(₀)
, ...,ω
X(
t- ₁)
,ω
Y(
t- ₁)
,ω
X(
t)) が観察される。この
t期までのすべ ての歴史の集合
{ht(ω)|ω∈Ω} を
Htと表す。反対に, ₁ つの歴史
ht∈(X×Y)
t×X を与えた とき,その歴史
htと整合的(compatible) な状態の集合 ﹇
ht﹈={ω∈Ω|(ω
X(₀)
,ω
Y(₀)
, ...,ω
X(
t- ₁), ω
Y(t- ₁), ω
X(t))= h
t} も考えることができる。すると,すでに観察された各歴史htと 整合的で,
t期の結果 (outcome) の集合としてある
Y′⊂
Yを予測しうる状態の集合
{ω ∈﹇
ht﹈
|ω
Y(t)∈Y ′
}も考えることができ,これを ﹇h
t , Y′﹈
と書く。2.2 推測方法(conjecture)
本研究で,歴史
ht∈
Htを観察した際の予測 (prediction) とは,ある性質を満たす二項関係
≿ht
⊂₂
Y× ₂
Yである。この二項関係は,結果の集合
Yの任意の ₂ つの部分集合どうしを比
較し,どちらの部分集合のほうが起こりやすいと考えるかを表現する順序関係の ₁ つである。
ある種の選好順序が効用関数で表現されるように,この二項関係は,ある性質を満たすこと によって,後に定義される信憑性関数 (credence function)
φhtという実数値関数の大小で表 現される。さらにその実数値関数の性質は,本研究分野の分析を進めていく際に有益な性質 を持つ。この二項関係の性質および信憑性関数の定義と性質は,後に詳しく説明する。ここ では,予測とは,結果
Yの部分集合どうしで,どちらが起こりやすいかという順序関係を指 すことのみを記憶にとどめ,読み進んでいただきたい。
この予測を観察者が行う際,どのような方法(思考法)が信憑性を持つかを検討すること が本研究の狙いである。そのために,予測の方法(思考法)をモデル化する。この方法(思 考法)のモデルを,推測方法 (conjecture) と呼ぶ。実は,この推測方法のモデルは,世界 の状態集合の部分集合(一般に,
A⊂Ωと書く)と捉えることができる。読者の理解を助け るために推測方法の例を挙げてみよう。例えば,
A={ω∈Ω | if ωX(
t)= x then ω
Y(
t)= y, ∀
t}という状態集合について考えてみよう。この状態集合が当てはまる状態とは,どの期(時代)
でも,ある
x∈
Xという時代の特性が観察されたとき,その時代では必ず,ある結果
y∈
Yが起こる,というものである。これを支持する考え方,つまり推測方法とは,文章の焼き直 しであるが,「ある
x∈
Xという時代の特性が観察されたとき,その時代では必ず,ある結 果
y∈
Yが起こるだろう」というものである。これは連想ルール (association rule) とも呼ば れる。疫病が流行れば株価は下がる,という予測行為は,この推測方法を用いている例であ る。この推測方法を用いる場合,もし疫病が流行らなければ,あらゆる結果,すなわち株価 が上がる・下がる・変わらない,すべてが予測されうる。これに対し,各期の各特性ごとに,
その期の結果を予測する推測方法は,特性の集合
X上の関数
fを用いて,
A={ω∈Ω | ω
Y(
t)
= f
(ω
X(
t)), ∀
t}と表されるΩの部分集合として表現されることが理解されよう。この推測方 法を関数ルール (functional rule) と呼ぶ。
このようにみてくると,推測方法の集合は,世界の状態集合Ωのすべての部分集合 ₂
Ωと しても良い。しかし我々は,ある有限期間の歴史を観測したうえで,どの推測方法が信憑性 を持つかに関心がある。さらに推測方法の信憑性を考察するためには,状態の集合である推 測方法が可測であれば十分である。したがって推測方法の集合を
{﹇
ht﹈
}ht∈Ht, t≥₀なる事象たち によって生成されるσ集合体
Aと定義すれば,我々の分析上,十分に有用な推測方法の集 合となる。つまり推測方法の集合とは,
A=σ( {﹇
ht﹈}
ht∈ Ht, t≥₀)⊂₂
Ωと表現されるものである。
2.3 経験による反証
信憑性の高い推測方法が経験によって生き残ってくる様子を考察したい。今,
t期におい
て歴史
htを経験したとしよう。その際,ある推測方法
A∈
Aが,
A∩﹇
ht﹈
=∅となったとして
みよう。この推測方法
Aは歴史
htを経験した際に,その歴史
htを経験する可能性が全く無い。
よって,この推測方法は,信憑性を無くす。これを,歴史
htによって推測方法
Aが反証さ れるという。
次に
htという経験にもとづいて,ある部分集合
Y′ ⊂
Yを
t期の結果として予測するとい う行為を考えてみよう。歴史
htを経験した段階で,予測という行為は,少なくとも
htによ って反証されない推測方法によって行わなければならない。このような推測方法
Aの集合は,
各
htと各
Y′⊂
Yの組 (
ht, Y′) に対して,
{A∈
A|∅≠
A∩﹇
ht﹈⊂﹇
ht, Y′﹈
}なる予測方法の集合 として定義される。これを歴史
htと結果集合
Y′に対して整合的な推測方法 (conjectures compatible with
htand
Y′ ) と呼び,
A(
ht, Y′ ) と表記する。
2.4 信憑性関数(credence function)
先の推測方法に関する説明において,その信憑性を測る関数 (credence function) につい て言及した。ここでその定義を明確にしておこう。
まず信憑性関数は,様々な推測方法の蓋然性を測るためのものであることに注意する。す ると,その定義域は,すべての推測方法を根元事象として含み,それらの可算個の和集合や 補集合という集合演算で得られる集合族も定義域に含めたい点は,可測性の観点から明らか であろう
1)。そこで,推測方法を根元事象とする集合族から生成されるσ-集合体 ε
₀≡σ(
{{A}A∈A}) を,信憑性関数の定義域に含める。
さらに,各期の歴史
htの下,反証されずに生き残りつつ,何かしらの結果を推測するこ とができる推測方法の集合の蓋然性も測ることができると都合が良いであろう。先の推測方 法の説明箇所で述べたように,各期の結果の起こりやすさも,この信憑性関数を用いて予測 するのであるから,尚更である。そこで,歴史
htと結果集合
Y′に対して整合的な推測方法
A(
ht, Y′) を根元事象とし,それらの集合族から生成されるσ-集合体 ε
₁≡σ(
{A(
ht, Y′ )
t≥₀,ht∈Ht,Y′⊂Y}) も推測方法の定義域に含める。
本研究の設定では,経験にもとづく様々な推測方法を表現することができるが,特にベイ ズ・ルールという推測方法に注目する。ベイズ・ルールは,ゲーム理論,経済理論に限らず,
様々な科学分野で,標準的な予測方法として用いられているからである。そのベイズ・ルー ル推測方法は,まず可測空間 (Ω,
A) 上に事前分布
pを置く。そこから,歴史 ( 経験 ) で反 証されない事象の蓋然性を
pのベイズ・ルールによるアップ・デート (update) で求めていく。
このアップ・デートの目標は,世界の ₁ つの真実ωを突き止めることにある。したがって,
ベイズ・ルール推測方法 ( 考え方 ) の集合は,状態の単体事象
{ω
}の集合族である。そこで これらから生成されるσ-集合体 ε
₂≡σ({{{ω} |ω∈
A}A∈A}) も信憑性関数の定義域に入れてお1) 可測性に関しての詳細は,
Bilingsley(1995) など測度論の文献を参照されたい。
くと都合がよい。ここでω∈
Aという条件がある。歴史から作られる他の推測方法とベイズ・
ルール推測方法の信憑性を比較することが目的なので,歴史から作られる推測方法として構 成できないωは,分析の対象から外しておくという意味である。信憑性関数は,以上 ₃ つの σ集合体の和集合を定義域に含むが,さらにその和集合から生成されるσ集合体まで定義域 を広げておくと好都合であろう。よって,信憑性関数の定義域は ε ≡σ( ε
₀∪ ε
₁∪ ε
₂)とする。
先の推測方法の説明において言及したが,信憑性関数
φhtは,ある二項関係
≿ht⊂₂
Y×₂
Yを表現する。この二項関係
≿ht が,(i) 弱順序,(ii) 単調性 (A⊂
Bならば
B ≿ht A),(iii) 非 自明性 (
Y ≻ht∅) を満たすとき,質的容量 (qualitative capacity) と呼ばれる。また,二項関 係
≿htが,各
S⊂
T⊂
Yと
R∩
T=∅なる各
R⊂
Yに対して,
S∪
R ≻ht Sならば
T∪
R ≻ht Tで あるとき,
p-単調的 (p-monotone, persistently monotone) と呼ばれる。今後,二項関係
≿htは,質的容量かつ
p-単調的であるとする。
信憑性関数
φhtとは,
Y′
≿ht Y′ ′ ⇔
φht(
A(
ht, Y′ ))≧
φht(
A(
ht, Y′ ′ )) を満たすσ集合体 ε ⊂₂
A上の有限値,非ゼロσ-加法的測度と定義する。二項関係をこのように質的容量かつ
p-単調 的とすることにより,任意の
D⊂
Aについて,φ
ht(
D)
=φht
(
{A}),という性質を持つ信憑 性関数
φhtが存在することが
GSS(2013) によって示されている2)。これは信憑性関数にまつわ る定量的な計算を行う際に有益であり,本論文でもこの性質を度々用いている。
₃ 外生的動学過程(exogenous process)
3.1 個別思考過程の信憑性関数
前節で説明した毎期の歴史経路
htに依存する信憑性関数 (credence function) φ
htを構成す るのは煩雑であろう。さらに,歴史
htと結果集合
Y′もしくは
Y′ ′ に対して整合的な推測方法
A(h
t, Y′)
, A(h
t, Y′ ′ ) が与えられたとき,信憑性関数自体が
htに依存しないようにできれば,
どの
htでも共通の信憑性関数を結果の予測に用いることができる。GSS(2013) は,そのよ うな歴史に依存しない信憑性関数の存在を示している。
命題 1.(GSS, 2013)
{φht}t≥₀, ht∈Ht
を (
A,ε ) 上の有限加法測度の族とする
.各
htと,あらゆる
Y′
, Y′ ′ ⊂
Yに対して,
φ(A
(h
t, Y′ ))≥
φ(A(h
t, Y′ ′ )) ⇔ φ
ht(
A(h
t, Y′))≥
φht(
A(h
t, Y′ ′ ))
となる測度
φが存在する。
2) この信憑性関数の存在と性質の証明は,本研究分野において,極めて基礎的かつ重要な知見であ ることは自明である。ただし,本論文の目的は,信憑性関数のこのような性質を用いて,各種の推 測方法の信憑性を説明していくことにある。したがって,信憑性関数の存在および性質自体の証明 は,
GSS(2013)の付録を参照されたい。
A∈D⊂
Σ
Aこの命題の意味をより平易に述べると,次となる。有限の値の信憑性を用いて,意思決定 者はいかなる予測方法も比較することができるとしよう。今,意思決定者は各期
tの各歴史
htに対して,ある
htを観測したときに,歴史依存の信用関数の下で
Y′
がY′ ′よりも起こり やすいと予測したとする。この時,この関係を保つ(逆もまた真) 歴史
htに依存しない信用 関数
φが存在するのである。
これまで説明した記号法と,この命題の意味を確認するため,例を作ってみよう。
例 ₁ .簡単化のために,有限期( ₂ 期間),特性の集合
X={₀},結果の集合Y={₀, ₁} とする。下図を参照していただきたい。 ₀ 期の歴史は定義より, ₀ 期の特性を表すので
h₀=(₀)。 ₁ 期の歴史は定義より, ₀ 期の特性と結果,および ₁ 期の特性をベクトルにしたものであるか ら,(₀
,₀
,₀) と (₀
,₁
,₀) であり,それぞれ
h11, h21と書く。今,₁ 期の歴史
h11=(₀
,₀
,₀) に対して,
第 ₁ 項は ₁ 期の特性を表し,第 ₂ 項は ₁ 期の結果を表し,第 ₃ 項は ₂ 期の特性を表す。
h21=(₀,
₁
,₀) も同様である。ここで, ₀ 期のすべての歴史の集合は
H₀={(₀)}であり, ₁ 期のすべて の歴史の集合は
H₁={(₀, ₀, ₀),(₀, ₁, ₀)} である。次に,歴史と整合的で結果を予測する推測方法の集合を定義に倣い構成してみよう。歴史
h₀ と整合的で結果 ₀ を予測する推測方法の集合は,定義より{{ω₁},{ω₂},{ω₁, ω₂}} であり,A
(
h₀,{₀
}) と書く。以下同様にして,
A(
h₀,{₁
})={{ω
₃},{ω
4},{ω
₃,ω
4}}, A(
h₀,{₀
,₁
})={{ω
₁},{ω
₂},{ω
₃}, {ω4},{ω₁, ω₂},{ω₁, ω₃},{ω₁, ω4},{ω₂, ω₃},{ω₂, ω4},{ω₃, ω4},{ω₁, ω₂, ω₃},{ω₁, ω₂, ω4},{ω₂, ω₃,ω
4},{ω
₁,ω
₂,ω
₃,ω
4}}となる。次に,歴史
h11と整合的で結果
{₀
}を予測する推測方法の集合 は
{{ω₁}} であり,A(
h₀,{₀}) と書く。同様にして, A(
h11,{₀})={{ω₁}},A(
h11,{₁})={{ω₂}}, A(
h11,{₀,₁
})
={{ω₁},{ω
₂},{ω
₁,ω
₂}}, A(
h21 ,{₀
})={{ω
₃}}, A(
h21,{₁
})={{ω
4}}, A(
h21,{₀
,₁
})={{ω
₃},{ω
4},{ω
₃,ω
4}}と なる。
ここで,意思決定者が各期で結果の部分集合
{₀
},{₁
},{₀
,₁
}に対して次の考え方,信憑性を 持つとする
. φh₀(
A(
h₀,{₀}))=φh₀({{ω
₁},{ω₂},{ω₁, ω₂}})= ₀.4, φh₀(
A(
h₀,{₁}))= ₀.35, φh₀(
A(
h₀,{₀,₁
}))
=₁
, φh11(
A(
h11 ,{₀
}))= ₀
,₁
, φh11(
A(
h11 ,{₁
}))= ₀
.₂
, φh11(
A(
h11 ,{₀
,₁
}))= ₀
.4
, φh12(
A(
h21,{₀
}))= ₀
.15
, φh12(
A(
h21 ,{₁}))= ₀.15, φh12(
A(
h21 ,{₀, ₁}))= ₀.35。つまり,各期,各歴史での予測は次となる.₀ 期,
歴史
h₀の下での予測は
φh₀(
A(
h₀,{₀
,₁
}))≥
φh₀(
A(
h₀,{₀
}))≥
φh₀(
A(
h₀,{₁
}))
,以下同様にして,
φh11(
A(
h11 ,{₀, ₁}))≥ φh11(
A(
h11 ,{₁}))≥φh11(
A(
h11,{₀})), φh12(
A(
h21,{₀, ₁}))≥ φh12(
A(
h21,{₁}))≥ φh12(
A(
h21,{₀})) となる。意思決定者は,ある
t期とその期に観測する歴史
htに対して,前述の信憑性関数
φht図
定 量 的 な 計 算 を 行 う 際 に 有 益 で あ り ,本 論 文 で も こ の 性 質 を 度 々 用 い て い る 。
3
外生的動学過程(
exogenous process)
3.1個別思考過程の信憑性関数
前 節 で 説 明 し た 毎 期 の 歴 史 経 路htに 依 存 す る 信 憑 性 関 数(credence function)φhtを 構 成 す る の は 煩 雑 で あ ろ う 。さ ら に ,歴 史htと 結 果 集 合Y′も し く はY′′に 対 し て 整 合 的 な 推 測 方 法 A(ht, Y′),A(ht, Y′′)が 与 え ら れ た と き ,信 憑 性 関 数 自 体 がhtに 依 存 し な い よ う に で き れ ば ,ど のhtで も 共 通 の 信 憑 性 関 数 を 用 い て 結 果 の 予 測 に 用 い る こ と が で き る 。GSS (2013)は ,そ の よ う な 歴 史 に 依 存 し な い 信 憑 性 関 数 の 存 在 を 示 し て い る 。
命 題1.(GSS,2013)
{φht}t≥0, ht∈Htを(A,E)上 の 有 限 加 法 測 度 の 族 と す る.各ht,あ ら ゆ るY′, Y′′⊂Y に 対 し て, φ(
A(ht, Y′))
≥φ( A(ht, Y′′))
⇐⇒φht
(A(ht, Y′))
≥φht
(A(ht, Y′′))
と な る 測 度φが 存 在 す る.
こ の 命 題 を よ り 正 確 に 述 べ る と,次 と な る 。有 限 の 値 の 信 憑 性 を 用 い て ,意 思 決 定 者 は い か な る 予 測 方 法 も 比 較 す る こ と が で き る と し よ う 。意 思 決 定 者 は 各 期tの 各 歴 史htに 対 し て 、 あ るhtを 観 測 し た 時 に 、歴 史 依 存 の 信 用 関 数 の 下 でY′がY′′よ り も 起 こ り や す い と 予 測 し た と す る 。こ の 関 係 を 保 つ(逆 も ま た 真)歴 史htに 依 存 し な い 信 用 関 数φが 存 在 す る の で あ る 。
こ れ ま で 説 明 し た 記 号 法 と ,こ の 命 題 の 意 味 を 確 認 す る た め ,例 を 作 っ て み よ う 。
図1
例1.簡 単 化 の た め に ,有 限 期(2期 間 ),特 性 の 集 合X={0},結 果 の 集 合Y={0,1}と す る 。 図 を 参 照 し て い た だ き た い 。0期 の 歴 史 は 定 義 よ り,0期 の 特 性 を 表 す の でh0= (0)。1期 の 歴 史 は 定 義 よ り,0期 の 特 性 と 結 果 ,お よ び1期 の 特 性 を ベ ク ト ル に し た も の で あ る か ら,(0,0,0) と(0,1,0)で あ り,そ れ ぞ れh11, h21と 書 く 。今,1期 の 歴 史h11= (0,0,0)に 対 し て,第1項 は1期 の 特 性 を 表 し,第2項 は1期 の 結 果 を 表 し,第3項 は2期 の 特 性 を 表 す 。h21= (0,1,0)も 同 様 で あ る 。こ こ で,0期 の す べ て の 歴 史 の 集 合 はH0={(0)}で あ り,1期 の す べ て の 歴 史 の 集 合 は H1={(0,0,0),(0,1,0)}で あ る 。
次 に ,歴 史 と 整 合 的 で 結 果 を 予 測 す る 推 測 方 法 の 集 合 を 定 義 に 倣 い 構 成 し て み よ う 。
7
をその都度構築する。分析の煩雑さを防ぐことのできる歴史に依存しない,次に述べるよう な信憑性関数
φを構築できるのである。φ(
A(
h₀,{₀
,₁
}))≥
φ(A(
h₀,{₀
}))≥
φ(A(
h₀,{₁
}))
, φ(A(
h11,{₀
,₁}))≥ φ(
A(
h11,{₁}))≥ φ(A(
h11 ,{₀})), φ(A(
h21 ,{₀, ₁}))≥ φ(A(
h21 ,{₁}))≥ φ(A(
h21,{₀})). 構築方法を例を通して紹介する。全ての歴史
ht,結果
Y′ に対して
φ({﹇
ht, Y′﹈∪﹇
ht﹈
c})
=―――t₃+ ₁₁ φht(
A(
ht, Y′ ))
とし,φ(
D)= ₀ ただし
D は{﹇ht, Y′﹈ ∪﹇
ht﹈
c} でない推測方法の集合とする。{﹇h₀,{₀}﹈∪﹇h₀﹈
c}={
ω
₁,ω
₂}である。φ(
{﹇
h₀,{₀
}﹈∪﹇
h₀﹈
c})
= ―――t₃+ ₁₁ φh₀(
A(
h₀,{₀
}))= ₀
,4 同様にして
φ({﹇
h₀,{₁
}﹈∪﹇
h₀﹈
c})
= ₀, 35,φ({﹇h11 ,{₀}﹈∪﹇h11
﹈
c})= ₀, 05,φ({﹇h11,{₁}﹈∪﹇h11﹈
c})= ₀, ₁,φ({﹇h21 ,{₀}﹈∪﹇h21﹈
c})= ₀, 075,φ({
﹇
h21 ,{₁
}﹈∪﹇
h21﹈
c})= ₀
,075である。歴史
h₀に対して,φ(
A(
h₀,{₀
,₁
}))= φ(
{﹇
h₀,{₀
}﹈∪﹇
h₀﹈
c})
+φ({﹇
h₀,{₁}﹈ ∪﹇h₀﹈
c})+φ({﹇h11,{₀}﹈ ∪﹇h11﹈
c})+φ({﹇h11 ,{₁}﹈ ∪﹇h11﹈
c})+φ({﹇h21,{₀}﹈ ∪﹇h21﹈
c})+φ(
{﹇
h21,{₁
}﹈∪﹇
h21﹈
c})= ₁
,05 である。同様にして,φ(
A(
h₀,{₀
}))= ₀
,4,φ(
A(
h₀,{₁
}))= ₀
,35である。
歴 史
h11 に 対 し て,φ(A(
h11 ,{₀, ₁}))= ₁, 05,φ(A(
h11 ,{₀}))= ₀, 05,φ(A(
h11,{₁}))= ₀, ₁ で あ る。歴史
h21に対して,φ(
A(
h21,{₀
,₁
}))= ₁
,05,φ(
A(
h21 ,{₀
}))= ₀
,075,φ(
A(
h21 ,{₁
}))= ₀
,075である。
よって
φ(A(
h₀,{₀, ₁}))≥ φ(A(
h₀,{₀}))≥ φ(A(
h₀,{₁})), φ(A(
h11,{₀, ₁}))≥ φ(A(
h11,{₁}))≥ φ(A(
h11,{₀})), φ(
A(
h21 ,{₀
,₁
}))≥
φ(A(
h21 ,{₁
}))≥
φ(A(
h21,{₀
})) を示すことができた。
上の例では,信憑性関数が各事象(推測方法の集合 ) に与える実数値は任意であった。こ こで信憑性関数が,正の値を与える事象(推測方法の集合 ) を特定することで,推測手法を 特定することができることに注意したい。ここから信憑性関数の定義域に制限を与えること で,代表的な ₃ つの思考過程 (reasoning) であるベイジアン思考過程 (Bayesian reasoning),
事例ベース思考過程 (case-based-reasoning),理論的思考過程 (theoritical reasoning) を信 憑性関数により表現されることをみていこう。まず,これら ₃ つそれぞれの思考過程の方法,
つまり通常モデルにおける予測の仕方と,それを我々の信憑性関数 (credence function) で 表すための推測方法 (conjecture) を列記しておこう。
ベイジアン思考過程 (Bayesian reasoning) とは次で定義される。
pを (Ω
, A) 上の確率測 度とする。この下で,
p(
{ω | ωY(
t)∈
Y′
}| ﹇
ht﹈ )
= p(﹇h―――――p(﹇ht, Yt﹈) ′﹈)がベイズ・ルールによる
Y′の予測 である。GSS(2013) ではベイジアン推測方法 (
Bayesian conjecture) を
{ω
},すべてのベイジ アン推測方法の集合 (Bayesian conjectures) を
B={{ω}|ω∈Ω
},歴史と整合的なベイジアン推測方法の集合 (set of surviving bayesian conjectures for each history
ht) を
B(
ht)={{ω
}| ω∈﹇
ht﹈} と定義する。
事例ベース思考過程 (case-based reasoning) は次で定義される。まず類似関数 (similarity function) s : X× X → ℝ
+,記憶減退因子 (memory decay factor) β∈﹇₀, ₁﹈ という構成要素 を用意する。類似関数はある特性ともう ₁ つの特性の類似度合いを実数値で測る関数である。
歴史
ht(ω) を観測したとき,事例ベース思考過程が結果
Y′⊊ Y に与える値はΣ
y∈Y′Σ
i=t-1 0 βt-is
(ω
X(
i), ω
X(
t))₁
{ωY(i)= y}で定義され,これを
S(
ht(ω), Y ′ ) と書く。つまり意思決定者は歴史
ht(ω) を観測したとき,今期の特性と過去の特性の類似度合いにβで重みを付けた和で,結 果
Y′の蓋然性を測るという意思決定の手法である。事例ベース思考過程という意思決定の 手法を信憑性 (credence) の値で測るために GSS(2013) は次のように事例ベース推測方法
(case-based conjecture),事例ベース推測方法の集合 (case-based conjectures) を定義する。
すべての
i< t≤
T,すべての特性
x, z∈
Xに対して
,Ai, t, x, z=
{ ω∈Ω | ω ω ( (
XY ii) )
== x, ωω (
Y t) (
X t)
= z,}
を事例ベース推測方法とする。重要なことは意思決定者は今期 (
t期) の歴史
htを観測して
いるので
, i, t期の特性ω
X(
i), ω
X(
t), i 期の結果ω
Y(
i) が定まっていること,また,定義から
t
期の結果ω
Y(
t)
=ω
Y(
i) も定まっていることである。現在と過去の結果が等しいときに,現 在と過去の特性に焦点を当てた推測方法を表している。{A
i,t,x,z | t ≤ T} をすべての事例ベース推測方法の集合とし,これを
CBと書く。すると
CB∩(∪
y∈Y A(
ht,{y})) は,
t期における歴史
htと整合的で何らかの結果
y ∈ Y を予測しうる事例ベース推測方法の集合となる。これをCB
(
ht) と書く。
GG(2014) は,理論 (theory) 的思考過程 ( 予測 )とは,あらゆる歴史
htからその期の結果 を指定する関数を用いるという考え方であるとする。つまり
f :(∪
t≥₀ Ht)→
Yなる関数
fの存 在を想定してそれに従って予測をする。すると,
R⊂
YH(ただし
H=∪t≥₀ Ht) は理論の集合と なる。続けて任意の理論
fを表現するための推測方法を説明する。状態の集合
{ω ∈Ω | ω
Y(
t)
= f