奈良教育大学学術リポジトリNEAR
教育工学的手法による小学低学年児童の文字学習過 程分析の試み
著者 宮崎 彰夫, 藤村 亮一郎
雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告
巻 5
ページ 27‑33
発行年 1982‑03‑10
その他のタイトル A Preliminary Report on Analysis of
Learning‑Letter Process of Primary School Pupils by An Educational‑Technological Method URL http://hdl.handle.net/10105/4637
文字学習過程分析の試み
宮 崎 彰 夫(書道教室) ・藤 村 亮 一 郎(物理教室)
A Preliminary Report on Analysis of Learning‑Letter Process of Primary School Pupils by An Educational‑Technological Method
Akio Miyazaki {Department of Calligraphy) and Ryoitiro Huzimura {Department of Physics)
Abstract
The time intervals during hand‑writing and between successive hand‑writings of elements of Japanese letters by pupils of primary school ages have been measured by recording the electric signals produced on writing on conductive papers. It is suggested that pencil‑writing speeds and the time interval patterns can be used to analyse the process of learning letters in schools with the aid of the educational technology.
Key words:
Learning letters Time interval patterns
l 研究目的
小学校低学年児童ないし幼児の文字学習過程には三つの側面が考えられる。すなわち、字形 認識の発達、字音の記憶、字意または文字としての用法の把握であって、個別の文字ごとにこ の三側面の一体化されたものが児童の中に育成され、言語要素として機能するに至るのであろ う。一方、文字の発達の歴史に実用的性格と芸術的性格の二面があり、このことがわが国の文 字教育の歴史に独特の経緯を織りなしてきたことはよく知られている。表意文字としての漢字 と表音文字としての平がな片かな2種類の文字の混用が問題をより複雑化しているが、端的に は、わが国の文字教育は主に書写として書道との強い関わりの中で発達してきたといえよう。
戦後、国語審議会は「当用漢字字体表一使用上の注意事項(昭和24年4月)」の中の但し書で、
「この表の字体は、これを筆写の標準とする際には、点画の長短・方向・曲直・つけるかはな すか・とめるかはなすか等について、必ずしも拘束しない」とした。その後、昭和46年度新学 習指導要領以降、小学校各学年の配当学習内容の中では字形指導について、第一学年から第四 学年まで毎学年、点画の交わり方、方向に注意することが求められている。これに対して国語 教育の場での「一点一画の細かすぎる書き方」には批判もある。しかし点画の長短等を無視す れば邦字の字体が崩壊することも明らかである。我々が現在の多くの字体を実用的にも美意識 的にも受け容れていることの背景には、漢字の起原、国字としての変形の長い歴史が秘められ
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宮崎彰夫・藤村亮一郎
ていて、字形について抽象された一つの意識のようなもの−数学でいうtopologicalなもの に近いもの−が存在すると思われる。これが現代国語の中で、文字の形状、読音、使用法等 に一定の法則性を与える基礎となっているのではないだろうか。
日本語の漢字に正書法が成立するかどうかには疑問があるにせよ、例えば「明ら加デアる」
と書くことは許されない。文字として、目と耳は明確に識別されねばならない。我々は、文字 教育の目的は、前述した三側面の一体化した言語要素として、文字の持つ書法の中での法則性 を児童に悟らせることであろうと考える。従って文字学習過程の分析の目的としては、個々の 児童あるいは個々の教室の児童達がこの目的に到達する過程での障害を発見し、教師がその対 策を立てるのに役立っものであることをまず目指したい。
従来国語教育での学習過程分析に関して、診断的、形成的、総合的評価の三つの立場が主張 されている1)。そこでの診断的評価は、学習前の予診を指している。形成的評価とは、学習過程 の中に細分した到達目標を設定し、授業後に、その授業内での目標到達度を個人又は集団につ いて分析するものである。我々がこゝで検討しようとする分析法はいわば、in situ の方法で ある。それは、児童の文字学習過程自身を直接物理的に計測し、教育工学的手法で解析できな いかという着想に基ずいている。この報告では、簡単な文字の書写過程を電気信号に変えて記 録する技術的方法とその問題点を述べる。次に、数人の児童による計測例を示し、筆画ごとの 運筆速度、筆画問の間合(時間間隔)が筆写の操返しによって筆画の種類ごとにどのように変
化するか、この変化の解析が文字学習過程の分析に有効か等を検討した結果を報告する。
2 書写過程の計測方法
この研究では分析の指標として、児童が実際に用紙上に文字を書いて学習する過程での運筆 速度と筆画問の間合をとりあげる。以下第n画の運筆速度をVn、第n画を終り第n十1画を書き 始めるまでの間合の時間間隔をtnn十1と表す。これらの量を物理的に計測するために図1に 示した方法を用いた。児童のペンが各字画を書いている時間中ペンが紙にタッチしていること を電気信号に表わすために、用紙(図1C)は電導性を有する必要があるので、国際チャート KK製TYPE 3045−12 導電性記録紙を用いた。
児童に持たせるペン(P)は低学年に適したものとして 2B鉛筆とし、上端に両極を固定して軟いビニール被覆導 線に接いだ。この組合せによって鉛筆接紙時のABからみ た全抵抗は1β以下であり、押圧にほとんど影響されない。
固定抵抗r2(100n)の電端に約0.1Vの電圧信号を作るた めに、図の回路において1.5V乾電池(E)に1Knの固定 抵抗(rl)を接いで約1mAの電流が流れるようにした。
電圧信号は高速記録計(理化電機工業KK3ペンレコーダ、
ペンスピード1m/S)に入力してある。学習指導要領(昭 26)では小学1年の能力として1.5cm角ぐらいの文字が書け
罰l m
檻
ることを求めているので、用紙にはフェルトペンで2cm角 図1書写過程の電気的記録のた の枠線を引き(桝目内寸法約19mm)、1文字について3又は めの回路。P:鉛筆、
4文字を書かせた。児童が機械音等に気を散らすのを避け C:電導性用紙、R:記録計。
るため、記録計は隣室におき、教授者Mが児童に書写を指導しHがMの合図によって記録計を 操作した。記録計はその最大紙送り速度60cm/min)で走らせて用い、記録紙上で0.1秒の精度
で計時した。実験は小学1、2年男子各1名(それぞれBl、B2と略記)、小3男子2名(B および小4女子1名(G4)を被験者として本年7月と9月に実施した。
3 結果と考察
字形上基本的な文字10種を選び、児童を指導して書かせた字跡の例を図2に示す(所要時間 約40分)。図3は前節の方法による運筆一問合の記録例である。短形波信号は鉛筆が接紙中であ
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l 図2 電導性用紙に書かれた文字跡。上一小
1男子、下一小2男子。
29
A 11− 10 98 765
十
十
fB∴「∴圭 176 543 ̄ ̄2 ̄1r
−1−−−−1 こ司Is 一一一一
[
F_C__二二_二_∴___3
図3 記録された書写信号の例。A二G4の書 いた「停」の記録。1は第1画、2は第 2画の書かれていることを示すパルスで あり、ノ1ルス巾は運筆時間、パルス問は 間合の時間である。B:G3の書いた「バ ス停」の記録。6、7番ノヾルスがイ偏 に、8番はつく り〕のゝにあたる。
C:Blの書いた「三」の記録、t12、
t23は図4の記号と同じ意味である。
宮崎彰夫・藤村亮一郎
ることを示し、その時間島と対応する各線画の長さから運筆速度Vnが求められる。
横画のみの文字、三と縦画のみの文字、川についてBlとB3のVnの測定値を表1に示した。
た。表1から次の事がうかゞえる。小1児童にとっては最初横書きの第1画が書き難い。書写 繰返しによりVlは6−7mm/Sとなって第3画の速さV3に近ずく。縦書き第1画は書き易くス ピードがあるが、第3画は最初慎重である。小3児童では、このような簡単な形の文字に対す る書写繰返しの効果は少ない。三と川の各第3、4回のVn を比較すると縦画のVは桟画のV より3割前後速いことがわかる。この結果は、書写教育において筆勢について経験的に知られ ていた事実を計量的に示しているといえるであろう。
斜画の例として「本」の第3、4画の速さ(V3、V4)を同様に解析して次の結果を見出し た。BlのV3は、第4回書写においても11.8m/Sを示し速すぎたが、B3のV3は4回の繰返 しにより7.7mm/Sであったものが5.5mm/Sとなってはゞ横画の速さ(表1)に近ずいて落ちつ
表1 筆速Vnの書写繰返し(第K[司)による変化(単位:mm/S)。
文 字 筆 速 蒜 音 \ 竪 1 2 3 4 ㌫ 音 \ 竪 1 2 3 4
V l B l 3 .7 2 .6 6 .3 7 .1 B 3 5 .0 6 .9 5 .5 4 .4
川
V 2 5 .3 7 .8 5 .6 7 .7 5 .8 5 .7 4 .3 4 ,3
V 3 1 0 .0 8 .3 7 .4 8 .2 5 .6 7 .1 5 .7 5 .4
Ⅴ ユ 6 .3 8 .7 5 .0 8 .1 4 .8 6 .2 6 .1 6 .7
V 2 4 .0 4 .3 3 .2 5 .0 5 .9 8 .5 7 .3 6 .7
V 3 3 .1 6 .1 6 .7 5 .0 4 .7 9 .4 7 .6 6 .5
境
野 1
ウ 一 3
郎 ﹇ 頻 凶 相
tl 蝮
」」 」 」 」」__」__」
12 3 4 12 3 4 K→
鋸□柚¶㍊
○
︵ S
︶ 一 l l の
○↓ 順筆 1
B l ロ ロ ロ
Ll」し 」
12 3 4 K→
鋸 口 頭 召 腔 ㍊
鋸 ロ ロ ロ 競
図4 小1、小2、小3児童の「三」の運筆 図5 「川」のTI P。
間合ノヾターン(TI P)。Kは第K回目に 書かれた文字に対応することを指す示数。
例:Blの●印から始まる点線は第3回 目に書かれた「三」の記録であって、太 点部は運筆時間、細点部は間合時間の経 過を示す。
○
︵ S
︶ 一 1 m
いた。左下方へ引く字画は低学年児童はど運筆制御に困難があって筆が走ると考えられる。第 4画はBlにとって別の意味で書き進め難い筆画であると思われる。「本」はBlにとって第 21番目の書写であったが(第2図)、「本」の第1回書写ではV4=2.6mm/Sと極めて遅く、第
4回でも4.4mm/Sにとゞまった。左下方と右下方への運筆速度の差は高学年はど小さくなって いる。その速さは練習によって5〜6mm/S に落ちっき、桟画の速さと縦画の速さのほゞ中間 である。
第4、5図に、「三」と「川」についてBl、B2、B3の運筆時間の間合の書写繰返しによる変化
(Time 工nterval Pattern、TIPと略す)を箱グラフ的に示した。tはその字について筆を 下した瞬間からの時間経過である。図の書写回数のどれか1っの縦軸にそって下がるとき、各 箱内の時間は左側に示した各字画の運筆経過時間であり、縦軸に沿っての各箱問間隔はtnn+1 である。各箱ブロックの上面のレベルから最下段箱下端までの良さがその文字の完成に費やさ れたその回の総時間を表している。
「三」(図4)のBlのt12とt23の変化には、書写繰返しの効果が顕著にみられる。すなわち、
t12、t23共書写回数とともに大きさが第1回のときの約ガに縮んで行き、t12=t23となり かつそれらの位置が上方へ移動している。このような傾向は「川」(図5)のBzのt23、BZのt12に っいてもみられるが他の場所でははっきりしない。B3の「三」ではt12、t23其第4回でかえ
って大きくなっているのは、児童が落ち着いて書くようになったためとも考えられる。
㍉ l 一
・ 一
盾児
割 1 2 3 4
翫 函
♂
」 ▼」__」 」_.⊥」__」
1 2 3 1 2 3 4
K−→
図6 小3男子と小4女子の「共」のTIP。
︑
﹁
′
′
一
一
1 5 6 7 8 9 1 0 1 1
∴二二⁚
Ll l 1
1 2 3 4 K−う.
+
∵
.
1 ○︻
図7「停」のT工P。B3 K=4の第11画運 筆時間には破れがみられる。
図6、7はB3とG4にとって未習であった文字「共」と「停」を共同、バス停と板書して示し、
それぞれの単語として繰返し書写させた記録のTIPである。図6は次のことを明示している。
すなわち、B3にとって、共という字は2っのブロック、丑と/、として知覚され、両ブロック間 の間合t45は書写の繰返しによって約2Sから0.6Sに縮まり、他の字画間のtnn+1に近い 値に落ちついてゆく。この字の場合、小4児童についてはこのような傾向は見出されない。よ り複雑に合成されている文字、停の場合(図7)、小3児童(B3)にとってブロックを単位と する初期知覚のあることが一層明瞭に表われている。第1回書写ではイ偏、⊥、口、〔、丁の
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宮崎彰夫・藤村亮一郎
筆記がそれぞれブロック化し、各ブロック間の時間間隔はいずれも約1.5Sである。2〜3回の の書写によって第3画以降のブロック間間隔は急激に縮少し、第4回ではブロック構造は見え なくなってt34〜tlOllは全て0.2〜・0.6Sの問に収まっている。
しかし偏とっくりの間のt23は、初回から第4回までほとんど変化していない。この結果は、
小学3年レベルの児童にとって11画もある文字の習得が数回の筆記練習では困難であることを 示していると解釈できるであろう。図7G4の場合、第1回書写にはB3に似たTIPが表われ ているが、第3、4回でtnn+1の大きさはt23も含めてはゞ均等化している。いゝかえれば、
小学4年程度になれば、偏からつくりへの進行に対する抵抗は、もし学習初期に存在しても数 回の筆記練習によって容易に解消するものと想像される。
以上に示した実験例から、我々は本研究でとりあげた方法、Vnとtnn+1の解析が小学校 低学年児童の文字学習過程分析手段の1っとして効果あるものと考える。特にTIP解析は、
文字学習のin situの姿を図形パターン的に表示するものであって、児童が文字習得のどこに つまずくか、教師はどこを教えなければならないか、文字の難易と児童の個別能力とが繋合し ているか等々について、紙上の筆跡からだけでは検知できない情報を客観的に提示しうるもの と期待される。
しかし、本研究の方法を現実の文字教育あるいは授業分析に応用するには次の2っの課題が ある。1っは、TIPやVnの分析は書かれた文字の形状の当否判定と直接結びっくかどうかは 判らないことである。例えば目と耳のTIPは当然異なりうるが、目を耳と書き誤まる児童が
霊芝富這‡冨書芸票芸雲雷雲豊崇票霊慧監禁豊禁ナればならない0
第2には、TIP等分析を40人程度の児童集団に対してどのように通用できるかという、技 術的な問題がある。「教育工学」の定義に「教育の測定方法の開発、教育行為の結果の解明」
が含まれるとすれば、こゝでとりあげた方法は教育工学的方法といえるであろう。しかし示し た方法はハードウェアに属する部分であって、児童集団に応用するためにはソフトウェアの開 発が必要となる。その手順としてはおよそ次のような方法が考えられる。水晶発振器等による 103%程度のパルス発生器をタイムペースメーカーにする。各児童からの電気信号のON−OFF の各区間の時間の長さをパルスカウンターによってデジタル化し、多重チャンネルノヾルス計数 に用いられているような機構を経て電子計算機に入力し、ディスプレーのプログラムを付ける。
今日の計算機の記憶容量によれば、40人×10字×10字画〜4000程度の数値情報を整理してスト アし、必要に応じて呼出し表示させることは容易であろう。
4 結 語
以上この研究では児童の書写過程を電気的信号として記録解析し、次の事を明らかにした。
このような計測から得られる筆速、運筆時間と間合の時間パターン等は、児童の文字学習過程 に対応する示呈性の指標となりうる。しかし教室の多人数の児童からこのような信号を取りだ し学習評価あるいは授業分析に役立てるためには、教育工学的なデータ採集処理システム作製 が必要である。
謝 辞
実験に協力頂いた児童及びその御父兄に謝意を表する。
文 献
1)田近淘一:教育学講座8 国語教育の理論と構造、金沢栄吉、田近淘一、湊吉正編著(学習研 究社、1979)、第10章第4節。
2)宮崎彰夫:奈良教育大学教育研究所紀要第18号(1982)
3)東洋:日本教育工学雑誌第1巻(1976)1。
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