アカデメイア
臨床研究について
医学研究科長 田 村 和 夫
医学研究の大きな目的の一つは疾病の原因や病態 を明らかにし、その結果をもとに原因を除去できる ものは除去し、何らかの介入により病態を改善して 症状の改善、治癒を図ることである。
私が専門としているがんを例にとり、抗がん薬の 開発について少し述べてみたい。従来の抗がん薬は、
多数の候補物質から細胞増殖抑制作用のある物質を スクリーニングして抽出し、細胞、動物実験を通し て薬効、毒性を検討した上で、人体(患者)に応用 する。これらの一連の研究の最終段階においては、
これまで標準としてきた治療に対し抵抗・再発した 患者さんを対象として臨床試験が行われる。通常 5000〜1万ぐらいの物質をスクリーニングして一つ が薬剤として上市されると言われるほど、極めて効 率の悪い創薬方法であるが、これらの殺細胞性抗が ん薬(いわゆる抗がん剤)により、白血病などいく つかのがんが、薬剤のみで治るようになった。
がんは複数の遺伝子異常を重ねた結果として発生 する。近年、がん細胞に異常あるいは過剰発現した がん関連遺伝子や蛋白をみつけ、それらを標的とし た薬剤(分子標的薬)の開発が行われている。まず、
分子生物学的手法を応用してがん細胞の異常を分子 レベルで基礎研究する。次に、明らかになったがん 関連遺伝子・蛋白を抑制する物質を開発し、人体に 応用していくための橋渡し研究を行う。最終的には ヒトでの安全性と効果を確認したうえで薬剤として 市場に出る。今後市場に出てくる抗がん薬の7割は、
こういった方法で創薬されたものとなろう。
ヒトを対象とした研究を臨床研究と言うが、まさ に創薬の過程では臨床研究が行われ、企業が実施す る薬剤開発は「治験」と言い、医師の主導で実施す るものを「臨床試験」と言っている。当然、ヒトを 対象とした試験において守らなければならない倫理 規範があって、第二次世界大戦中に行われたドイツ
ヒットラーによる人体実験の教訓から、ヘルシンキ 宣言(1964年)が出され、日本では厚生労働省より ヒトを対象とする研究においては「臨床研究に関す る倫理指針」が公表され、それに準拠して実施する ことを課している。
その基本は「人権」の尊重であり、医療の進歩に 避けては通れないヒトに対する試験は、科学的な裏 付けによる研究であることはもちろん、患者・被験 者の福利の尊重、本人の自発的・自由意思による参 加、インフォームド・コンセントの取得、倫理審査 委員会の設置等が謳われている。
近年問題になっているのは「利益相反」である。
医学研究には多額の研究費が必要である。公的な科 学研究費には限界があり、研究の一部は製薬企業や 医療機器メーカーからの受託研究費や寄付によって 推進されている。すなわち産学官の協力である。一 方で、研究の透明性、正当性は担保されなければな らない。すなわち、支援企業に有利な研究結果を意 図的に出すことは論外であるが、むしろ世間からそ のような疑惑をもたれる研究環境が問題である。そ のため、医学部・病院においては、「利益相反委員 会」を設置し、研究者の利益相反をマネジメントす ることにより、疑惑をもたれない環境の整備をして いる。結果として研究者を他者から守り、自由で闊 達な研究がスムースに実施されることになる。
抗がん薬は通常、単剤で開発されるが、医療の現 場では、他の抗がん薬と併用して使用される。また、
従来から標準として行われる抗がん治療と比較して、
新しい標準的治療となりうるか、多数の患者さんの 協力を得て、信頼のおける大規模な臨床試験が実施 される必要がある。このように、臨床試験は科学性、
倫理性、信頼性が求められるもっとも難しい研究の 一つである。
― 1 ―