• 検索結果がありません。

― ― 中国巨大資本主義の転換期とその意味するもの

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "― ― 中国巨大資本主義の転換期とその意味するもの"

Copied!
67
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

中国巨大資本主義の転換期と その意味するもの

―リーマン・ショック以後の世界市場配置の変化と 中国の国内市場依存型発展への転換―

五味 久壽

【要旨】

リーマン・ショック以後の世界市場配置の特徴は,欧米日の停滞とアジアの工 業化・都市化の拡張にある.アジアの中心である中国は,労働力の不足とそれに よる賃金上昇を通して,輸出・インフラ投資依存から国内市場・消費依存型の成 長へと転換しつつあり,「新型都市化」を開始している.この都市化問題とその焦 点である農民工問題,そこから派生する問題を考察した.

【キーワード】 世界市場配置の変化,中国経済の転換,国内市場依存型,新型都 市化,農民工問題

1. リーマン・ショック以後の世界市場配置の変化

1‒1. 欧米日資本主義の金融緩和への依存と通貨戦争

(1) 欧米日資本主義の経済的停滞と金融緩和への依存

2008年のリーマン・ショックから5年目を迎えた現在の時点で,世界資本主義 の世界市場編成の変化を確認しよう.現実的具体的に存在するものは,一国系・

閉鎖系としての資本主義ではなく,世界系としての資本主義なのであるから,世

(2)

界資本主義の提起する問題は,まず世界市場配置の変化の問題として捉えること ができる.

振り返って見れば,中国・アジア資本主義の発展は,1990年代のグローバル キャピタリズムの時代以降急速に進んでいた.なぜならグローバルキャピタリズ ムの時代の世界資本主義は,実体過程を担う中国・アジア資本主義と金融市場資 本主義となるしかなかった欧米および日本資本主義との分極化がすでに進んでい たからである.そしてこの1990年代は,世界資本主義の単一の基軸国になった かに見えたアメリカにとって,レーガノミクスとそれに続く父ブッシュ大統領の 時代の湾岸戦争が作り出した財政赤字に対するクリントンの財政改革とそれによ る軍需産業の縮小の時代となった.1

これらを通して,世界資本主義は中国・アジア資本主義が主導する新たな世界 史的局面に入った.したがって,2008年のリーマン・ショック以後の5年間は,

先進国にとっての深刻な景気後退(グレートリセッション)と同時に,中国を産業 的センターとするアジア資本主義の発展の時期となった.

欧米および日本資本主義は,既存の製造業の対外移転による空洞化が起こり経 済的に停滞している.リーマン・ショックが引き起こした先進国の金融機関危機 救済のための公的資金注入は財政赤字の急激な増大となったため,これらの資本 主義はいずれも,それぞれの中央銀行による「非伝統的」ないし「異次元」の極 端な金融緩和に依存してきた.

しかし,こうした金融緩和は競争力を高める産業構造改革の投資を起こさせる

1 アメリカは,1960年代までは第2次大戦の戦時体制の生み出した航空機産業と自動車 産業に代表される戦前との連続性を持つ産業構造・社会構造を持っていた.第2次大 戦後の冷戦時代が作り出した軍産複合体制である.呉天降氏の研究は,この連続性をよ く示す.アメリカ産業は,1970年代以降においてこうした第2次大戦後の旧産業に加 えて,パソコンネットワーク・ディジタル革命に代表される新情報革命の進行を通し て,新産業を台頭させるというダイナミズムを持っていた.これは,それまでの産業シ ステム―昔風に言えば金融資本の成立過程から出てきた金融資本の権力―の解体再 編過程が進行したことである.アメリカの現状は,帝国主義という概念を通して見るの ではなく,1990年代のグローバルキャピタリズムの時代が登場したことの意味,さら にはアメリカ内部の経済過程の実体的な推移を具体的に明らかにするべきであろう.

(3)

ものではない.縮小する日本市場に位置する日本製造業企業の現実を見ても明ら かなように,企業の世界市場における生産拠点・販売拠点の配置を決定するもの は,利潤率ないし生産コストの厳しい支配である.したがって,政府の政策によっ て企業の投資を促進することはできないこともまた明らかになっている.

それだけではない.

こうした先進国間の金融緩和競争は,それによって生み出されたマネーが新興 国に流入することを通して,ブラジルの財務相が非難したように,「通貨戦争」を 引き起こした.

(2) 先進国間の金融緩和競争による「通貨戦争」の開始

ジェームズ・リカーズの『通貨戦争』2 は,「アメリカの比類ない軍事的優位は,

ドルが等しく比類ない支配的役割を果たし続けることによってのみ維持できると いう認識に至っている.ドルが崩壊したら,アメリカの安全保障も崩壊するので ある」という理由によって,米国防総省が2009年に行った金融戦争シミュレー ションに参加した著者の「通貨戦争」に対する見解を述べたものである.

リカーズは,『通貨戦争』の序文をニクソンによるドルと金交換の停止宣言から 始めているが,「今日,われわれは新たな通貨戦争の渦中にあり,ドルに対する信 認の危機が再び訪れようとしている.……(中略)……新しい危機は為替市場で始 まって,またたく間に株式や債券やコモディティ市場に波及するだろう」とし,

「その結果,アメリカ大統領が」,「ドルを全面崩壊から救うための大胆な介入計画 を発表し,法的権限を行使するだろう.この新しい介入計画には,金本位制への 復帰という策まで含まれるかもしれない」とした上でさらに,FRBは,「金融市 場最大のギャンブルを行っている」が,これは「激しい通貨戦争であり,実際は ゲームではなく,世界のあらゆる株式,債券,コモディティの価値に対する攻撃」

であり,「量的緩和策を実施することで,FRBは事実上,世界に対して通貨戦争 を布告している」という.

2 JAMES RICKARDS, “CURRENCY WARS: THE MAKING OF THE NEXT GLOBAL CRISIS”, Portfolio/Penguin, 2011,『通貨戦争』藤井清美訳,朝日新聞出版2012年.

(4)

そして,この「ドル,ユーロ,人民元」を主役とする「第三次通貨戦争は,2007 年の不況の影響で2010年に始まった」3 が,「人民元とドルの争いは,第三次通貨 戦争のもっとも重要な戦線」である.「アメリカと中国は1兆ドルの金融の鎖で つながれているのであり,これは通貨戦争が制御不能になったら,どちらの側か らも爆発させられる爆薬だ」.2004年から2011年にかけての為替レートをめぐ る米中の論争は,米中経済関係の中心を占めた」.「ブレトンウッズ体制が続いて いたら,アメリカの対中貿易赤字や中国によるアメリカ国債の大量保有のような 不均衡は」,「アメリカの金保有量は完全に底をつき,中国は9000トン以上の金 を保有することになっていただろう.……(中略)……金本位制とその制度が強い るリアルタイムの調整がないことで,アメリカ人は自国の財政状態の真の悪化に 気付いていない.」「ブレーキをかける金本位制も他の金融上の制約もないため,

中国とアメリカは未曽有の規模の貿易不均衡を均衡に導くための羅針盤も地図も ないまま第三次通貨戦争に向けて突進した」.

そして,この『通貨戦争』全体は,第11章「終局―紙券か金か,それとも 混沌か」において,アメリカ大統領が「1977年国際緊急事態経済権限法」を発動 でき,「アメリカ国内におかれている外国の公的保有金とほとんどの民間保有金を 接収することで,財務相は世界の公的準備の57パーセントに相当する1万7000 トン強の金を手中にでき」「金の裏付けがあるおかげで,新しい米ドルは世界でた だ一つの望ましい通貨―通貨戦争の最終的な勝者―になる」ことを結論とし ている.

したがって,リカーズは,バーナンキ現FRB議長に対して「未曽有の規模でマ ネーを増刷することで,バーナンキは21世紀のパングロスになっており,最善の 展開を期待して最悪の事態に対する備えは全くしていない」と強く批判している.4

3 20世紀の第一次通貨戦争は1921年のワイマール期ドイツのハイパーインフレから1936 年の英米仏間の三国通過協定による為替の安定までである.第二次通貨戦争は1967年 のポンド切り下げから1987年のルーブル合意によるドルの復活までとされている.

4 DAVID A.STOCKMAN “THE GREAT DEFORMATION The Corruption of Capitalism in America”, PublicAff airs, 2013も,同様の批判を行っている.ストッ クマンは,レーガン政権で行政予算管理局長を務めたが,リーマン・ショック時のAIG

(5)

ここでリカーズに対して指摘しておくとすれば,中国は最大の産金国となって いるだけでなく,民間がインドと並ぶ金の輸入国となっていることによって,潜 在的には人民元の金本位制を採用しうる力を持っているということである.

(3) アメリカの製造業の衰退と失業率の高さ

アメリカにおいては,リーマン・ショック期の20075月から200910

(グレートリセッションの終結が公式に宣言されたのは,2009年6月であった)

までに1200万人の雇用が失われ,失業率は5.7ポイントと戦後最大の上昇となっ た.

IMFWorld outlookによれば,アメリカにおいて2007年の失業率4.62 が2009年には9.28%,2010年9.63%,2011年8.93%,2012年推定値8.08%,

2013年7.74となった.アメリカのGDPは,2009年の第3四半期以降年率 2.6で回復し,米企業の業績も回復し,2010年には設備及びソフトウェアへの 投資も回復した.

だが,アメリカの失業は遅々として回復せず,実質世帯所得中央値は,1990年 代の水準に逆戻りしている.

これに対してMITのスローン・マネジメント・スクール教授であり,ディジタル・

ビジネス・センターのディレクターでもあるディジタル技術の研究者・エリック・ブリ ニョルフソン5は,この失業の主たる原因を通常言われる景気循環もしくはアウトソー シング,オフショアリングさらに税制と規制などの要因にではなくディジタルテクノ ロジーの加速的発展に求めている6.「技術は常に雇用を破壊する」として,急速

などの救済を「クローニーキャピタリズム」と批判している.また,DAVID GRAE- BER “DEBT THE FIRST 5,00YEARS” Melville House Publishing 2011も,いわゆ る債務危機の問題に対して人類学の観点から根底的な問題提起を行っている.

5 Eeik Brynjolfssonn and Andrew McAfee, “Race Against The Machine How the Digital Revolution is Accelerating Innovation Driving Productivity, and Irreversibly Trans- forming Employment and the Economy”, Digital Frontier Press, 『機械との競争』村井 章子訳,日経BP社,2013

6 日経ビジネス2013415pp. 108109(インタヴュー記事)

(6)

なディジタル技術の進化によるイノベーションが雇用を奪うことを論じている.

すなわち,「今日,コンピューターの発展は,ほとんどの働き手に影響を与え る.米国では全労働者の業務のうち約65(コンピューターを使った)情報処 理に関わるものだ」とし,米国で深刻化した失業問題の根本には,急速なディジ タル技術の進歩という深刻な構造的問題=生産性が高まるが雇用は伸びないとい う「大デカップリング」があるとする.その著書『機械との競争』という表題の 示すように,現代のコンピューターによる技術革新・第三の産業革命7は,1810 年代のラダイット運動と比較しうる状況すなわち資本の蓄積の進行が労働者の雇 用を生まない「グレートデカップリング」の時代を生み出していると述べている.

さらに彼は,「製造業における米国の雇用縮小」に対して,「中国では製造業で 働く人が97年に比べ2000万人以上少なくなっている.雇用が米国から中国に 移ったのではない.米国と中国からロボットに雇用が移った8というのが正しい」

という見方を示していることも,興味深い.

このように,ブリニョルフソンは,製造業における米国の雇用縮小をディジタ ル革命に帰している.米製造業の衰退は,1980年代に日本の製造業の競争力に負 けた後,アメリカ国内での州境を超える産業再編に向かったが,アメリカの伝統 である金融的M&Aによる金融的再編であり,1990年代にそれが終わると,世 界市場配置が変化しており外に出ていけるような情勢ではなかったことによると いえよう.

アメリカは,IT産業をなお残している.だが,その製造業は,1980年代に比 べれば大きく地位を下げている.アメリカは,巨大な国内消費市場を持つが,製 造業の生産額では21世紀に入ってほぼ1.5兆ドルの水準を横ばいの形で継続して おり,首位の地位を中国に譲ったのは2008年,輸出額でも首位から中国に抜か れて第2位となったのは2010年であった.

このことは,アメリカと中国との二極体制と言われてきたが,中国が世界市場

7 この問題についてはあらためて考察したい.

8 ファナックの稲葉清右衛門名誉会長は,日本の製造業を守るのは,工場のロボット化に あると主張している.中国は2013年にロボット生産台数で日本と並ぶ見通しである.

(7)

編成の基軸になることが現在の世界の現実的課題になっていることを意味する.

しかもこの中国が,リーマン・ショック以後の時期に資本蓄積構造・産業構造 の転換期に入ったこと自体は,広く認められている.

ジム・オニールは,10年前の21世紀初頭の時点で新興国の台頭に注目し,そ れをBRICsと名付けた諸国によって代表させた.このBRICsはさらに,中国の 1978年の改革開放開始以来の30年間の台頭によって具体的に代表されてきた.

したがって,中国はいわゆる新興国の台頭を代表する存在であるので,こうした 新興国の工業化についてあらためて確認したい.

1‒2. 新興国工業化の世界市場規模での拡大

(1)「貧困からの解放」か

このオニールは,退任にあたってアフリカの国々が経済面で一体となって行動 すれば,2050年までにはBRICA(アフリカ)になるとし,中でも人口がアフ リカの15を占めるナイジェリアに注目して,50年には米国の人口に並ぶ可能 性もあるとする.新興国の世界のGDPに占める割合は,2012年の40から 2030年には60近くに達すると予想している.

また,モルガン・スタンレーの投資担当者であるルチル・シャルマは,新興国の 今後に対して,ロシアとブラジルは資源頼みで落ちこぼれる可能性が高いとした上 で,BRICsの時代は終わり,新興国を1人当たり所得帯別に区分した中では,チェ コや韓国,トルコといった新・新興国がそれぞれ壁を突破して台頭すると見ている.

20世紀とりわけその前半を大きく支配していた社会主義は,ヨーロッパ資本主 義システムの歴史的産物であり,国家システムという制度(ヨーロッパの場合は 議会であるが)の支配9を利用した貧困からの解放の実現を,現実的具体的には意

9 第二次大戦後の後進国の一部が社会主義という看板を掲げたのも,この理由からであっ た.こうした状況の下で,ヴェトナム(中国南部の社会の地理的延長という一面を有す る)も,ヴェトナム戦争時代のコミュニティぐるみの抵抗闘争時代のことは忘れ,生活 向上のためには社会関係を作るために必要なお金を第一義的に必要とすると考える拝金 主義の社会になった.すると社会主義という看板は邪魔ないし不要になり,国家名称か ら社会主義を外そうということになる.

(8)

味していた.だが,かつてはヨーロッパの植民地支配の歴史的影響により工業化 の展望がないと見られていたアフリカまでも,オニールらが言うように,すべて の国がそうなりうるというわけではないであろうが,古典的意味での貧困から解 放される可能性が出てきたということである.

貧困からの解放を消費財の消費が可能となることと見れば,それは家電製品な どをコモディティ化したディジタル技術の登場とともに,いまや世界的規模で拡 大している.時間軸で考えれば日本経済の高度成長期においても,当時の労働者 は現在の日本の貧困層の消費水準と比較してみても貧しかった.またそのことな しには,戦後の焼け跡闇市資本主義時代とは異なる1960年代から1970年代にか けての日本における社会運動の拡大はありえなかったと言えよう.

格差および相対的貧困という問題は,現代の世界においても遍在している.現 代資本主義の分極化―1990年代のグローバルキャピタリズムの時期になると顕 著になった金融市場を担う部分と実体的産業過程を担う部分との世界市場的な分 極化―は,1920年代をもって始まると見ることもできる.そのアメリカにおい て人口の過半が都市人口となったのは1920年であり,またイギリスでは1851年 であった.この格差および相対的貧困という問題が,原題における新興国の工業 化および都市化とどのように関係しており,そこからさらに何が提起されるのか である.この問題については,後に中国をみる際に具体的に検討したい.

(2) 中国企業の対外進出は新植民地主義か

新興国の工業化と中国巨大資本主義との連関を評価する上で,中国企業の対外 進出をどう評価するかという問題がある.

習近平新総書記は,2013年3月末の最初の外遊で,ロシア訪問後アフリカを資 源確保のため歴訪し,今後3年間で200億ドルの借款実施を表明した.これは対 テロ関連支出を膨らませてきたアメリカに次ぐ規模となる.これまでの中国の対 アフリカ400億ドル規模とされる投資と融資を梃子に中国の対アフリカ貿易は過 去10年に約20倍に拡大した.

中国の工事請負業者(中鉄集団など)は,世界の建設業者の上位5社のうち4社

4位にフランスのVinciという会社が入っている他は)を占めている.これは10

(9)

年前の上位5社がフランス2社,瑞典,ドイツ,日本の鹿島であったのと様変わ りとなった.これらの中国の工事請負業者は,主にアフリカの資源地帯とリビア・

マリ・アフガニスタンなどの紛争地帯での工事を請負い,中国政府のひも付き借 款と引き換えに,代金として原油などを受け取っている.現地では中国企業が中 国人労働者を連れてくることなどに対する批判はある.また中国商務省は,対外 契約に対して,環境基準と汚職防止の強化を通達したという事実がある.

一般的にこれは「ベクテル」や「現代エンジニアリング」に追いついてきた中国 の工事請負業者の技術水準の向上によるものと見られている.アジア開発銀行な ども,中国の建設業者の対外進出については,世界のインフラ建設に対する30 40年前の英仏企業,その後の日本と韓国の建設業の役割を引き継いだものと肯定 的に見ている.10

なお,先進国市場特にアメリカに対する中国製造業の進出は,今後進むに違い ないがまだそれほど進んでいない.製造業では建設業のように労働者を連れて行 くわけにはいかないからであろう.中国の国有企業集団は,必ず対外投資をも行 う投資会社を持っているが,その内容や採算は開示されていない.

(3) 農業社会 ‒ 工業社会の関連

われわれは,これまで中国経済がアメリカ経済を抜いて,世界経済の基軸とな るであろうことを考察してきたが,こうした変化は,現実の世界の中での農業社 会・農村社会と工業社会・都市社会との関係としても,考察し直してみることが 必要となっている.

これについては,工業社会におけるコミュニティ―最近社会学が活発に研究 している11―の実体,さらには中国経済の転形期―産業構造の変化だけでな く,困難ではあるが社会保障・福祉システムの建設ができるかという問題を含む

10 フィナンシャルタイムズ2013411

11 本来は前近代の地域共同体を意味するが,日本では,新しい形で形成されることが期待 される,あるべき地域社会のあり方を指し,1970年代以降,自治体の行政用語として も用いられるようになった.

(10)

―の研究を必要とする.抽象的に言えば,経済が社会を包摂しているわけでは なく社会が経済を包摂しているからである.

岩田弘は,晩年,この問題について,それまで主張していた商品経済の廃絶論 を見なおし,社会つまりコミュニティの側が健全であれば,商品経済を恐れるこ とはないと語っていた12.中国の地域コミュニティは強く,この地域コミュニティ のネットワークが相互に張り合い,水田農民が周辺を見回しながら農作業を進め るように,相互に真似しあうことが中国経済の成長エネルギーとなっているとい う認識であった.地理的に広くて動乱によって捏ね回されてきた社会である中国 においては,宗族や同期13さらには親族の人的繋がりのコミュニティが強いとい うことである.

中国の農民は,商業的農民であるだけでなく,日本よりも移動性がはるかに高 い.中国国家は,農産物自給を目指しているため,農地を休閑させておくと罰金 の対象となるが,実際にはよそから来た農民に耕作させておけば済むことである.

中国は,請負制の普及しやすい国である.土地所有に対する感覚も,日本のよう にご先祖様から受け継いだ土地という感覚とは違う.農民が土地を保有している のは,老後の社会保障のためであろう.

中国では,農民も皆と一緒に損も得もすると言った生き方よりは,役人とか企 業家という他の階層に転身を図ってしまう(大学進学率の上昇は,それが展望の ないコミュニティから脱出する有効な方法であることを示す).だから,農業高校 はほとんどない.農業大学はあるが,総合大学化しており,農業とか農業土木と か作物学をやろうと思って進学している学生が多いわけではない.

岩田は,中国新資本主義の生産力の持つ分散ネットワーク性を重要視しており,

企業活動の発展は,それに対応する信用システム・決済システムの発展を作り出 すという見方であった.中国資本主義に対しても戦後日本を見てきた経験を重ね

12 毛沢東の根拠地闘争のことを考えていた時に思い付いた節がある.

13 科挙以来の伝統であり,中国で社会人大学院がなぜはやるかと言えば,転職や昇格の際 資格が重視されるためという一面を持つが,人間関係を広げて機会を得るために行くと いう要素が強い.

(11)

合わせて理解し,アメリカ資本主義はイギリス資本主義と異なる信用システム―

田舎システムと世界システム14との二重体制,商業銀行の相対的弱体さ,大恐慌 以後アメリカの金融システムが産業システムの拡張を媒介する力を失ったこと―

を作り出したのと同じく,中国資本主義における産業編成及び企業活動はそれに 対応する新しい信用システム15を作り出すという見方であった.

以上,次の基軸国となる中国は,古代以来の大国であり,すでに新興国とは言 えない巨大な存在となっていることについて見てきた.次に,もう一つの大国で あるアメリカについて,あらためて見ておきたい.なぜなら,アメリカは,第2 次大戦の戦後体制の主要な担い手(というのは,旧ソ連もその東欧支配をアメリ カのNATO体制にもたれかかっていたサブシステムにすぎなかったのであるか ら)であるためである.言いかえれば,これは,ソ連瓦解による冷戦体制の最終 的崩壊後の世界体制の推移をどのように見るかという問題に関わっている.

1‒3. アメリカ帝国主義という発想は今でも意味があるか

(1) エマニュエル・トッドの『帝国以後』の認識

ソ連・東欧社会主義体制の崩壊以後,アメリカ一極の超大国体制・グローバル キャピタリズムとなったと言われていた2002年に書かれた,エマニュエル・トッ ドの『帝国以後』16 は,その2003年初頭に書かれた「日本語版への序文」で,「イ ラク攻撃が開始される以前から,アメリカの戦略システムは解体を始めていた」

と述べている.

「アメリカは世界なしではやっていけなくなっている.その貿易収支の赤字は,

本書の刊行以来さらに増大した.外国から流入する資金フローへの依存もさらに

14 アメリカ人がシステムという場合には,FRBのことをまず考えるし,それに対する拒 否感を持っていると岩田は言っていた.だからアメリカではFRB廃止論や金本位制へ の復帰論もタブー視されずに出てくるのであろう.

15 信用システムは,古代世界商業の時代からあるものであり,資本の生産過程を説く前に も説けるという考え方であった.

16 Emmanuel TODD “APRES L’EMPIRE: ESSAI SUR LA DECOMPOSITION DU SYSTEM AMERICAN”, GALLIMARD, 2002石崎春己訳,藤原書店2003

(12)

深刻化している.その貿易収支の赤字は,本書の刊行以来さらに増大した.外国 から流入する資金フローへの依存もさらに深刻化している.アメリカがじたばた と足掻き,ユーラシアの真ん中で象徴的戦争活動を演出しているのは,世界の資 金の流れの中心としての地位を維持するためなのである.そうやって己の工業生 産の弱体ぶり,あくなき資金への欲求,略奪者的性格をわれわれに忘れさせよう としているのである.しかし戦争への歩みは,アメリカのリーダーシップを強化 するどころか逆に,ワシントン政府のあらゆる期待に反して,アメリカ合衆国の 国際的地位の急激な低落を生み出した」,また「真の国力とは経済的なものであ る」と述べている.

また日本に対しては,「日本はドイツに次いで,第二次大戦後に生れたアメリカ システムの第二の戦略的支柱である.……(中略)……(ドイツとは異なり)日本 の方は,北朝鮮問題と,アメリカ合衆国に代わる地域的同盟者がいないことを考 慮しなくてはならない.……(中略)……ロシア,日本,ドイツが,そしてイギリ スが外交的自由を取り戻した時に初めて,第二次世界大戦から生まれた冷戦の世 界は決定的に終わりを告げることになるだろう.イデオロギーと帝国の時代は終 焉を迎えるだろう.複数の大国―ヨーロッパ,アメリカ合衆国,ロシア,日本,

中国―の間の均衡がシステムの規則となるだろう.」17

トッドは,ここでアメリカのイラク攻撃に反対したヨーロッパの立場に立って 述べているが,当時まだヨーロッパがアメリカに対して発言力を持っていたこと,

複数の大国―ヨーロッパ,アメリカ合衆国,ロシア,日本,中国―の間の均 衡が想定される時代であったことが示されている.したがって,「アメリカの戦略 システムは解体を始めていた」ことも,未だに不明確であり,アメリカの中国と の関係=米中体制が世界関係の中軸として登場してはいなかったことが示されて いる.

(2) チャルマーズ・ジョンソンの認識

日本政治の研究者チャルマーズ・ジョンソンは,2010年に出版されたその遺著

17 2003326日付の「日本の読者へ」pp. 110

(13)

『帝国解体』 の序章「自滅への選択肢」18で,クリントン政権以後のアメリカの対 外政治・軍事戦略について次のように総括している.

「ソ連が崩壊して消滅した結果,アメリカが全世界に君臨することになり,アメ リカ政府の高官たちがあきれるほど自己満足に陥っていた.彼らは明らかに冷戦 後の勝者の栄光に浸っていた」.「クリントン政権の冒険主義と傲慢さは,アメリ カという国家のあり方に関わる危機の前兆だったかもしれない.しかし当時の私 には,どうもそのことが把握できていなかった」と「当時のアメリカの自信過剰 ムード」が支配的情況であったという事実を指摘した.

次いでブッシュは「まさに未熟で無知の愚か者」であり,「911の攻撃の後 で,アルカイダをそのものずばり,犯罪組織として扱うのが賢明だったろう.と ころが彼はイラクとアフガニスタンに侵略戦争を仕掛けたのだ.全く何もしない でいたら,両国の政治情勢はそれぞれの土地の各勢力関係にしたがって,時間が 経過するうちにわれわれにとっても同盟諸国にとっても受け入れられるような解 決方向に向って行ったことだろう.……(中略)……軍部の指導層は,第二次大戦 中の地上戦に固執しながら夢のようなハイテクのネット中心幻想を抱えている.

……(中略)……と同時に,ブッシュ政権は国内及び国際的な破産を避けながら も,経済と財政を壊滅的な崩壊へと向かうような体制を作り上げた.……(中略)

……未来に刊行される歴史の本は,ブッシュは軍国主義に傾倒し,軍産複合に依 存する流れを加速化しただけに過ぎないと指摘するだろう.」

オバマについては,「政治の仕組みは自分たちに不利に作られているという不信 感を体験的に持っていた人々の間で,長い間眠っていた理想主義が再燃した.……

(中略)……アメリカ人はやっと帝国主義に対する心酔を放棄するつもりだと,世 界中の多くの人々は考えた.……(中略)……現状維持に膨大な既得権益を持つ勢 力が,この大統領を最初からがんじがらめにしており,同様に重要なことには,

アメリカの安全保障と世界におけるアメリカの帝国主義的なあり方の問題になる

18 Chalmers Johnson “DISMANTLING THE EMPIRE America’s Last Best Hope”

Metropolitan Books, 2010, 『帝国解体 アメリカ最後の選択』雨宮和子訳,岩波書店 2012pp. 120

(14)

と,彼はその勢力に黙従した.……(中略)……アメリカは基地帝国を解体し始め ることができたはずだ.その一例を挙げれば,2009年に生まれた新しい日本政府 に嫌がられた普天間という沖縄の巨大海兵隊基地は,ただ閉鎖すればよかった.

……(中略)……連邦政府の赤字は2008年の大不況の前からすでに,手に負えな い状況になっていた.それ以来,政府は危機に陥った大金融機関と住宅産業の崩 壊を防ぐために,より深い負債を負った.……(中略)……年間1兆ドルと見積 もられている軍事組織への出費のおかげで,アメリカが帝国主義の終焉をもたら す過剰な拡大とそれによる破産を避けることは出来そうもないことは確実だ.」

チャルマーズ・ジョンソンは,「どれもが不可避だったのではない.もっとも,

われわれの国家指導層の思い上がりと傲慢さを考えれば,避けられることではな かったのかもしれないが」と結んでいる.

以上に見たように,チャルマーズ・ジョンソンは,1990年代のグローバルキャ ピタリズムの時代に,なお「冷戦後の勝者の栄光」という冷戦時代以来のイデオ ロギーの影響が残っていたことを示し,アメリカ一極体制は長く続かないという 見方を早くからとっていたことにおいて,その見識を示している.

だが,チャルマーズ・ジョンソンは「ブッシュは軍国主義に傾倒し,軍産複合 に依存する流れを加速化しただけに過ぎない」と見ているように,政治体制につ いての「軍国主義」ないし「アメリカの安全保障と世界におけるアメリカの帝国 主義的なあり方」という伝統的な見方を,経済体制における「軍産複合」という 同じく伝統的な見方と結びつけて理解しているに過ぎない.

本論文の最初にも触れたように,アメリカは,1960年代までは第2次大戦の戦 時体制の生み出した航空機産業と自動車産業に代表される戦前との連続性を持つ 産業構造・社会構造―第2次大戦後の冷戦時代が作り出した軍産複合体制―

を持っていた.だが,1970年代以降アメリカの産業構造が大きく変化したこと,

1990年代のクリントン財政改革で軍需産業の縮小合理化が進むとともに軍需産業 の実態も明らかにされたこと,軍事技術と軍事技術者の民間への転用も進んだこ となどが,ジョンソンの認識には反映されていないということである.

さらに言えば,アメリカは「帝国」と呼べるほど安定した世界支配体制を持っ ていたわけではないので,それを『帝国』と称すること自体が過大評価であると

(15)

いうことであろう.19

(3) 金の無い国アメリカの内向き化,米軍の大規模撤退論

そこで,アメリカの対外政策の現状を確認しておきたい.欧米間の関係すなわ ちアメリカがヨーロッパに対するヘゲモニーを持つことは,戦後のアメリカの対 外関係の基本にあった.

だが,オバマは,対アジア関係重視の姿勢を打ち出そうとした.このアジアへ の「リバランシング」外交は,中国の地域的な強硬策によって呼びこまれた格好 であるが,オバマは現実にはそこに力を入れている余裕がないのではないか20

まず確認できることは,次に見るように,アメリカがもはやヨーロッパに対し て介入したり援助したりする力も動機も持っていないことである.ソ連が瓦解し て以来,NATOの意味がなくなったからである.なによりも先に,アメリカが金 の無い国とすでになっていることが明白になったため,緊縮財政を余儀なくされ 国防費を削減21しなければならないことがある.

オバマ大統領は,二期目においてもアメリカの国内対立と,中東の後始末に忙 殺されている.オバマは,対話が上手くないことも手伝って国内における対立関 係の処理に追われ,対外政策を展開している余裕がないと見られる.IT革命およ び新産業革命を通してアメリカ社会の実体における二極分解が進んでいる.その 上に,共和党がアッパーミドルの価値観を持っているロウワーミドル層の党になっ てその穏健派を失なったが,その支持層が現実を受け入れていないことから生じ たイデオロギー上のねじれを解消できていない.

「フォーリン・アフェアーズ・レポート」22 20132月号は〈論争 米軍は日本

19 こうした問題点には本稿ではこれ以上立ち入らない.

20 たとえば,JEFFREY A. BADER “OBAMA AND CHINA’S RISE AN INSIDER’S ACCOUNT OF AMERIKA’S ASIA STRATEGY”, BROOKINGS INSTITUTION PRESS, 2012

21 GDP4.6%,約7200億ドルであり,2位の中国の7倍弱,3位のロシアの約10倍 である.

22 フォーリン・アフェアーズ・ジャパン社,月刊誌

(16)

とヨーロッパから撤退すべきか〉という特集を組んでいるが,そこではMITの政 治学者バリー・R・ポーゼンが,「米軍の大規模な撤退を―控えめな大戦略への 転換を図れ」という主張を,次の論拠によって展開していることに注目したい.

「米財政の健全さを取り戻すために,社会保障支出の大幅な削減を検討せざるを 得ない状況にあるというのに,ワシントンは依然としてドイツや日本の安全保障 に事実上の補助金を出している.……(中略)……状況を正し,現実的な安全保障 戦略へと立ち返るには,現在の大戦略をより抑制的な戦略へと見直し,アメリカ は前方展開基地から部隊の多くを撤退させ,同盟国が自国の安全保障にもっと責 任を持つようにする必要がある.」「中国はアメリカのライバルになれるポテンシャ ルを持っている.」「IMFは,中国は2017年には,購買力平価GDPでアメリカ と同じレヴェルに達すると予測している.」「いずれ中国がユーラシアの覇権を確 立しようと試みる可能性はあるが,……(中略)……それが差し迫っているわけで もない.……(中略)……過度に刺激すれば,ワシントンが抑止したいと考えてい る中国の野心を強めるだけでなく,同盟国によるフリーライドやアジア諸国によ る無謀な対中行動を助長する恐れがある.」「米軍をNATOの指揮統制構造から 外して……(中略)……その後,EUの監督下で軍事的指揮統制を維持するか,そ れともNATOを解体するかは,ヨーロッパが決めることだ.」「日本との安全保 障条約は,……(中略)……日本が自国の防衛に派生する責務のほとんどを担い,

ワシントンはこれをバックアップするという構図に置き換えるのだ.」23

(4) 新産業を持たないヨーロッパのローカル化は明確になった

リーマン・ショックは,さらにユーロ危機による欧州統合の危機を引き起こし た.ユーロとは,ドイツが東西ドイツ統一のためにマルクを捨てて承知の上で受 け入れた財政同盟なしの通貨同盟のことであったが,それゆえに生じた危機であ る.24 欧州統合の求心力―繁栄と社会保障に対する期待であったのか,それと

23 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」20132月号,pp. 1830

24 マーチン・ウォルフは,変動幅を大きくしたERMを続けていれば,ヨーロッパは現 在よりもましな状況であったとする.

(17)

も戦争の記憶であったのか―は,すでに失われている.ユーロに期待を寄せる のは,いまや東欧の周辺国しかないが,キプロスに見られたように,こうした周 辺国からもユーロの危機は起こりうるのである.

オックスフォード大学のティモシー・ゴートン・アッシュ25は,欧州統合の中 心をなす独仏関係について,次のように評価している.

ドイツ人は,自国の主権の一部とヨーロッパ人になろうといってドイツ人のア イデンティティを譲与し,社会保障も切り詰めたが,フランス人は国民投票でマー ストリヒト条約にはぎりぎり賛成しただけだったし,社会保障も切り詰めたわけ ではないので,両国の歩調は合っていないと見ている.しかも,オランド大統領 の下のフランスは,プジョー・シトロエンなどの不況が深化しているが,財政赤 字の下では,その救済のために投入すべき財政資金を調達できないでいる.

したがってヨーロッパの統合を維持する上で経済的政治的リーダーシップをと りうるのは,現実にはドイツしかない.ドイツの国内対立は,輸出産業・反イン フレ強硬派とメルケルと労働組合・サーヴィス産業・公的部門との間にある.ド イツは,欧州統合の継続のためには特別の貢献をすることを要求されている.

イギリスの地位は,世界規模で金融業などのサーヴィスを提供することになっ ているが,そのサーヴィスの対象の中心は,ヨーロッパから新興国にすでに移っ ている.これはドイツの輸出産業にとっても同様であり,輸出先をヨーロッパか ら新興国に移すことが課題になる.

アッシュは,ヨーロッパを統合に向かわせた要因を,主として戦争の記憶であ り,これに加えて冷戦体制の下でのソヴィエトの脅威であったと見ている.しか し,アメリカは,もはやヨーロッパの支援者ではなく,アメリカが重視している のは,中国が巨大な地位を占めているアジアである.

ユーロが完全に崩壊すれば,ドイツ26を含めてユーロ圏のGDPは10以上縮

25 歴史研究者であると同時にジャーナリストである.「フォーリン・アフェアーズ・アン ソロジー」3820131月)所収,「統合の危機とヨーロッパの衰退」pp. 3249

26 2011年のドイツの貿易黒字2000億ユーロうち40がユーロ圏内での貿易取引による 黒字であり,この黒字額は他のユーロ圏諸国の貿易赤字額とほぼ同額である.マルクが 現在でも維持されていれば,その為替相場はユーロよりも40高いはずといわれる.

(18)

小すると予測されているが,ヨーロッパが統合に向けての求心力を失ったという 現状においては,ヨーロッパがその場しのぎの対応を繰り返し続けることを通し てローカル化していくということになるであろう.

またアッシュは,現在のユーロの危機でも,平和と自由,繁栄と社会保障=ヨー ロッパの福祉国家の恩恵を受け,その存在を当然のことと見る若者たちは,現状 に対する失望感を持ち大衆運動を起こしているが,EUの存在が見えないか,ネ ガティヴに捉えてウォール街占拠運動のヨーロッパ版27に向かっていると見る.し たがってさらに,「もう二度と戦争は嫌だ」と戦争を受け止めて,欧州統合=「多 様性の中の統合」に向かって行った世代との感じ方と,若者の感じ方は全然違う ので,北と南の分断が長期化する中では,より良いヨーロッパを構築する力は生 まれず,EUは条約と制度が集積する場所としては存続しても,「神聖ローマ帝 国」のように,ゆっくりと衰退していくことになるであろうとする.

アッシュが変化を実見しつつまた政策担当の当事者とのインタヴューを踏まえ て提起している問題は,アジアおよび日本と比較して考える上でいずれも興味深 いが,アジアおよび日本の問題の検討に移りたい.

1‒4. 「2013 年の世界 10 大リスク」が示す中国と日本の位置

(1) 中国へのリスク回帰

ユーラシアグループは,毎年度「世界10大リスク」を発表しているが,2013 年の世界10大リスク」(2013年1月11日)は,2013年が2008年に始まった世 界金融危機が過去のものとなる初年度となるとし,そこでは政治リスクが先進国 から途上国に回帰するとする.

すなわち,「世界のリーダーが存在しないGゼロの世界」において,2008年か らの「過去5年間で新興市場は世界の経済成長の約3分の2をもたらしたが,そ こからの転換が始まる」ということである.その理由は,途上国で成長の減速と

27 アッシュによれば,現在のヨーロッパの社会運動としては,若者の多くがオンラインの 自由に対する脅威と見なす「偽造品取引の防止に関する協定」反対運動が最大であると いう.

(19)

中間層の拡大が起こっていることに求められている.

ユーラシアグループは,①リスクの第一位は新興市場であるとする.新興市場 の豊穣時代の終焉という問題が真っ先に来ているが,東アジアで先進国化の途上 にあると分類されるのは,韓国・マレーシア・フィリピンにすぎず,中国は,新 興のままで問題を包含する諸国という第2のグループに,インドとともに分類さ れている.

②第2位は中国対情報という問題である.中国では,各種情報を国家がコント ロールする許容範囲を越えつつある.汚職スキャンダル,政府高官の違法行為な どが政府の政策に影響を及ぼし始めている.2013年には社会的に変革の動きが勢 いを増し,もともと設定している政府の優先事項の阻害要因となり,さらには中 国市場の安定性の面で投資家の信頼を損ねる可能性もあるとする.

因みに「フォーリン・アフェアーズ」アンソロジー38号28は,これと軌を一に して,「欧米の停滞と中国の不安定化でさらに流動化する世界―現代的に欧米の 復興と中国の解体のどちらが先に来るか?―」という表題をつけており,これ も,欧米側にある同様な問題意識を反映している.

MITのロバート・マッドセンは「衰退する日米欧経済」と題して,1990年代 末までに日本脅威論は姿を消し,……(中略)……日本政府に様々な注文を付けて きた欧米諸国が,いまや,日本経済の後追いをしてしまっている.……(中略)

……うまく行けば傍観者として,最悪の場合にはその犠牲者として,日本は東ア ジアの台頭を見つめることになろう」とする.29

これと対比して直ちに想起されるのは,ユーラシアグループ社長である政治学 者イアン・ブレマーの『Gゼロ後の世界―主導国なき時代の勝者はだれか』30 で

28 前出

29 P. 17

30 Ian Bremmer, “EVERY NATION FOR ITSELF Winners and Losers in a G-Zero World”, Portfolio 2012,北沢格訳「Gゼロ」後の世界,日本経済新聞出版社2012年 訳書の帯では,「協調と対立のシナリオを探る.アメリカ主導の体制が終わったいま,

次に訪れるのは米中のG2体制か,第二の冷戦の勃発か.そのとき日本は―.」とす るが,日本の願望を述べているものにすぎない.

(20)

あろう.これも,原題は「それぞれの国が自分自身のために,―Gゼロ世界に おける勝者と敗者」であるから,主題と副題が入れ替えられているが,邦訳の題 名よりも原題の方が実態を表現するものとして適切であろう.

(2) 構造的な負け組,日本・イスラエル,英国

③第5位に,構造的な負け組として,日本・イスラエル,英国31が挙げられて いる.その理由が,これらの3国は,米国との特別な関係が以前のような重要性 を持たなくなったことによって,課題に対処することが特に難しくなって地政学 的な動きに建設的な役割を果たすことができないし,国内的な制約があると評価 されている.つまり,日本の「アジアにおけるイスラエル化」もまた危惧されて いるということであろう.

このことの世界市場配置上の背景は,「今日,世界の潮流は,中国の台頭,中東 の爆発(トルコ・オマーン・アラブ首長国連邦が第1分類,エジプト・イラクが 第2分類),危機を乗り越えようともがく欧州の3つ」とされている.

まず,イスラエルに対してであるが,中東に関して,イスラエルとアラブの双 方が妥協に達することがあるとすれば,1967年の第3次中東戦争後の状態を基準 とする以外にないであろう.だが,オバマは,1967年に占領した地域への入植を 進めているイスラエルに対して何も言うことができないので,この妥協は成立し ない.

次に英国についてであるが,サッチャリズムとレーガノミクスの時代からブレ アまで引き継がれたものが,リーマン・ショックにより終わりを告げたことが大 きいであろう.2013年のサッチャーの死は,冷戦時代末期に行われた彼女の政策 に対してイギリス国内の評価が二分していることを示すものとなった.

ドイツなどを研究している経済史家のハロルド・ジェームズ(英国生まれ,プ リンストン大学教授)は,サッチャーが英国よりも,米国さらに中欧諸国で経済 と政治の自由を求めた闘士・英雄として評価されているとする.その理由は,「彼

31 マーチン・ウォルフも「アイアンレディー」は,経済に対してよいことは国家の役割を 切り詰めることから出てくるという19世紀の観点を持っていたという.

(21)

女の理念が英国民に正しく理解され受け入れられることはなかった」が,「社会主 義と英国の既得権益層との二つの戦いを」行い,「英国の産業の自由化を図り成功 させたことは,90年代初めに共産党による中央計画経済が残した弊害とまだ格闘 していた中欧諸国にとって1つのモデルとなった」からであるとし,ミッテラン 時代のドロールプランもそのまねであり,これを機にフランスとドイツが関係修 復をしたと評価している.

したがって,サッチャリズムも,冷戦時代の最後の時期において,当時のポー ランドの「連帯」の運動を引き合いに出しながら,ソ連社会主義を克服しなけれ ばならない悪役と描き出すことを通して,労働党に対しても歯切れよく攻撃でき たことが大きいと見てよいであろう.

だが,アメリカのアンヌマリー・スローター(サッチャー政権時代にオックス フォードに留学していた国際法・国際関係研究者)は,現在の時点から見れば

「サッチャー伝説は,イギリスのそれほど素晴らしくない孤立のこと」であると し,彼女のヨーロッパに対する態度は,21世紀においてはイギリスをグローバル パワーサークルの完全な外側に置くことになるであろうとする.(フィナンシャル タイムズ2013年6月13–14日号)

日本について,「日本経済新聞」の「大機小機」32 は,おそらく同じ趣旨で,「米 国側の事情で,米軍の日本撤退は思ったより早いのではないか.沖縄の普天間飛 行場で事故が起きないか心配だ」という「ある外交官の発言」を引いている.

因みに民間の「福島原発事故独立調査委員会」の立ち上げに携わり,『カウント ダウン・メルトダウン』の著者である船橋洋一は,福島第一原発危機が「日米同 盟の潜在的危機を覗かせることになった」と断言する.その証明として,「ホワイ トハウス高官が後に『もしあのとき在日米軍が日本から撤退したら,日米同盟は 終わっていただろう』と語った」ことを挙げている.(同書下P. 154また,「同 時に日米同盟の潜在的危機を誰よりも痛感させられたのも自衛隊だっただろう(同 書下P. 155とする.

アベノミクスというが,それは新しいものではなく,日本を欧米が後追いし,

32 201349

(22)

その欧米を日本があらためて追いかけているものにすぎない.国債の大量買い入 れにより綱渡りを余儀なくされているその政策の成否は,ソロスの言う制御が効 かなくなる恐れがある円安誘導政策を前提にしている.それは最悪に備えるシナ リオを作っていないことでは原発事故と同じであろう.

(3) ルチール・シャルマ『ブレイクアウトネーションズ』の中国への見方 モルガン・スタンレー・インヴェストメント・マネジメントのルチール・シャ ルマ33は,その『(めったに出現することのない)ブレイクアウトネーションズ―

大停滞を打ち破る新興諸国(次なる経済的奇跡を求めて)―』34 において,BRICs に代表される新興国ブームは終わりつつあり,1987年以後の新興市場台頭とは実 際には中国一国の台頭に示されるものであると主張している.ただし,中国は人 口が高齢化し始めている以上急成長を維持できるはずがなく,成長率が34に 低下すると見ている.35

また,彼は,中国の権威主義的な国家資本主義モデルの優位という考えも廃れ ていくと見ている.また,これまでの10年は,成長の奥行きとペースという面で グローバル経済にとって例外的な時期(実質的には中国経済の成長が牽引車であっ た)とし,今後新たな新興国のスター集団が登場するとすれば,インドネシア,ナ イジェリア,フィリピン,スリランカ,東アフリカの国になると予測している.

さて,以上のように,リーマン・ショック以降の世界市場編成の変化の問題点 について,多面的に検討してきた.そこで,次に転換期を迎えている中国巨大資 本主義を,内容的に検討しよう.

33 シャルマは,韓国が日本よりもはるかに魅力的なアジアモデルとして浮上していると見 ている.成長の可能性がある国としては,所得層別にチェコ,トルコ,タイに注目して いる.

34 Ruchir Sharma “Breakout Nations In Pursuit of the Next Economic Miracles” W. W.

Norton & CO, 2012

35 マーチン・ウォルフは,中国が世界経済よりはるかに高い成長をし,2020年代初頭に は世界最大の経済国家になっているであろうと見ている.また,インドに対しては中国 経済に比べて1520年は遅れているという見方をしている.

(23)

2. 中国巨大資本主義の国内市場依存への転換とその課題

2‒1. 中国巨大資本主義の転換期の諸相

(1) 中国の工業生産の鈍化

中国経済にとって2012年は,景気減速の局面であった.このため,中国政府 は,景気テコ入れのため2012年後半からインフラ投資の認可を速め,農村の「都 市化」を進めるという地方の都市開発とインフラ投資が突出して進んできた.こ の結果として,2013年13月の都市部の固定資産投資は前年比20.9増,住宅 販売額は同69.0増となった.リーマン・ショック後以来の金融緩和は継続され ており,2013年3月末の通貨供給量は,初めて100兆元(約1600兆円)の大台 を突破した.この資金は,不動産市場に向かい住宅価格の高騰36が続いている.

中国政府は,不動産市況の過熱を抑えるために住宅購入制限を相次いで強化し てきたが,その反面で不動産開発は規制が緩い商業用不動産に向かい,この分野 がバブル化して空室が目立つ37過剰供給の状況となっている.

2013年3月末の外貨準備高は過去最高の3兆4400億ドル(約340兆円)と,

2012年末に比べ約1300億ドル増え,13月で2012年年間の増大に匹敵する増 加額となった.日米欧の金融緩和によるホットマネーの流入を示す.これは不動 産市場の過熱だけでなく,人民元相場の上昇圧力ともなってきた.

36 朝日新聞2013416日は,北京市中心部から北へ約17キロ,地下鉄で約1時間の 距離にある新築マンションの値段が2012年秋のほぼ2倍,5年前なら都心の最高物件 が買えた価格だが「列をなしてお客は来る」という例を挙げている.

37 日本経済新聞2013416日は,河南省書記を務めた李克強首相が手掛けた鄭州市 の農村地帯の都市化について,地上60階の高層オフィスビルの価格が1平方メートル 当たり58千元2年前は23万元)と北京中心部並みの高値で完売したこと,鄭州 市全体で400m2とほぼ45年の需要に相当するオフィスの過剰供給が見込まれる こと,鄭東新区に過去約10年で1600億元が投資され,同新区のマンション価格は1 平方メートル当たり1.52万元と旧市街の約2倍の水準であるが投資目的で実際には 住んでいない人も多いことを挙げている.

(24)

2013年13月期のGDPは,前年同期に比べて実質7.7増えたと発表され たが,20121012月期の7.9から減速し,工業生産も9.5(軽工業8.7 増,重工業9.8増,2012年通年で10.0増であった.)と,景気低迷ないし足 踏み状態と評価された38.中国の不動産市場で不動産を購入できるのは投資目的 で購入する富裕層だけであるといえよう.企業が過剰設備を抱えているために給 与引き上げの余裕がなくなり,都市部の一人当たり可処分所得の伸びは縮んでお り,消費者の購買意欲は低下しているという.39

(2) 輸出はすでに補助エンジン化

中国経済成長率が低迷と評価される理由は,輸出増201313月で前年同 期比18.440増)の見通しが暗いだけでなく,国内消費の不振2013年13月 の小売売上高12.4増と2012年の通年水準14.3増に及ばなかった)を背景と している.2011年の中国の貿易は,輸出1兆8984億ドル(世界シェアでは米国 の12.3に次ぐ第2位の9.5%),輸入17435億ドル(世界シェアでは米国の 8.1を上回り第1位の10.4%),貿易黒字は1549億ドルとなり,GDPの2.13 まで下がった2012年は3216億ドルの黒字,3.91%).

中国の輸出は,2011年には前年比2割増であったが,2012年には7.9増に とどまった.リーマン・ショック後において欧米への輸出が停滞したのに加えて,

衣料産業のような人件費比率の高い労働集約型産業にあっては東南アジアなどの メーカーが育った結果,価格競争が激化し,東南アジアやアフリカのような新興 国への輸出の伸びが鈍化41した結果である.中国の企業にとって人件費が2008年

38 日経産業新聞2013416

39 日本経済新聞2013416

この記事では,20133月,中国22都市での冷延鋼板など主要5品目の在庫が過去 最高となったこと,2月に比べて2割以上増えたことを挙げている.

40 後で検討するが,中国に対するホットマネーの流入の手段としての輸出額の過大申告の 役割が大きい.

41 たとえば,13月期では人口12億人の巨大市場であるインドに対しても中国の輸出は 前年度期比でマイナスとなった.

(25)

以後において10以上の伸びを示していることの影響は大きい.「日経産業新聞」

は,中山大学の林江教授の中国産業が「人件費の安い国と競争して高い伸び率を 保つのは不可能だ」とする発言を引用している.42

2013年春の広州交易会は,輸出契約額が2012年秋の前回に比べて8.8増に とどまり,その中でも東南アジア向けが12年秋比1.5増,12年春比6.5の 減少となった.東南アジア企業との競争が拡大しているのは,家具や衣料,靴な どの労働集約型生産の製造業である.高級雑貨と言える家電産業でも東南アジア 市場に主要家電メーカーはすでに進出しており,東南アジア企業との競争での優 位は少なくなっているという.43

したがって,輸出は中国の経済成長の主要エンジンとはすでに言えなくなり,

補助エンジンないしバッファー的な存在へと変化しているということである.ま た,このことは,中国がアメリカと同じく巨大な国内市場を持つ内陸国家である 以上,またその自動車社会化が内に向かっての経済発展を進めるものとなる以上,

当然のことであると見なければならない.

(3) 中国製造業の過剰設備の顕在化

李克強新首相が経済の実体の動向を示すものとして重視していると言った発電 量は,2012年通年の消費量が5.5増であったのに対して,201313月期で 4.3増,3月に限れば2.0と振るわなかった.原油加工量,エチレンの生産の 伸びも34台に止まった.

このことは,企業間の取引価格の低迷が示すように,過剰在庫が深刻化してい るだけでなく,中国企業の生産活動の停滞・工場稼働率の全般的低下を示すもの である.中国の電力消費量は,2000年の13562億kWhから2012年には約2兆 kWhへと年率約2000万kWhの割合で増大し,世界最大となっている.

因みに,中国の工場の稼働率は,「フィナンシャルタイムズ」2013年4月16日 に載った中国社会科学院のXu Qiyuanの「中国の景気後退は,サーヴィス産業 自由化の必要性を示すサイン」と題する記事によれば,2008年以前は約80

42 日経産業新聞2013416

43 日経産業新聞201358

参照

関連したドキュメント

2001年度 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度

2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019

平成 28(2016)年 5 ⽉には「地球温暖化対策計画」が閣議決定され、中期⽬標として「2030 年度に おいて、2013

「PTA聖書を学ぶ会」の通常例会の出席者数の平均は 2011 年度は 43 名、2012 年度は 61 名、そして 2013 年度は 79

★ IMOによるスタディ 7 の結果、2050 年時点の荷動量は中位に見積もって 2007 年比約3倍となり、何ら対策を講じなかった場合には、2007 年の CO2 排出量 8.4

◆欧州の全エンジン・メーカーの 2008 年、 2009 年の新規受注は激減した。一方、 2010 年の 受注は好転しており、前年と比べ収入も大きく改善している。例えば、 MAN の

2013

IPCC シナリオ A1B における 2030 年の海上貨物量を推計し、 2005 年以前の実績値 と 2030