日米 に お け る被 爆 情 報 戦 略
一 原 爆 開発 段 階 か ら投 下 直 後 を 中心 と して一
竹本 恵美
TheInformationStrategiesoftheU.S.andJapan:
FromAmericanNuclearWeaponsDevelopmentInitiatives toTheirBombingtoJapan
TAKEMOTOEmi
は じめ に
ア イ ンシ ュタ イ ンが米 大 統 領 に 原 子 力 研 究 と ウ ラ ン爆 弾 を提 案 して か ら,
70年 が 過 ぎ た。 人 類 は原 子 力 を利 用 し,核 兵 器 と原 子 力 発 電 と を 開 発 して き
た。 前 者 は軍 事 目的,後 者 は平 和 目的 の 利 用 と区 別 して語 られ る が,そ の両
者 に は 経 済 的利 益 と い う共 通 の 目的 が 含 ま れ て い る。 原 子 力 開 発 の 過 程 は,
常 に 重 大 な人 権 侵 害 と健 康 被 害 に 苦 しむ ヒバ ク シ ャた ち を 伴 っ て い る。 軍 事,
民 事 に関 わ らず 原 子 力 開 発 に お い て は,原 材 料 を 輸 出 す る国,研 究 や 開 発 を
行 う国,兵 器 を 使 用 さ れ た 国,開 発 過 程 で 出 た ゴ ミを処 理 す る 国,い ず れ に
お い て も ヒバ ク シ ャが生 まれ る。 広 島 ・長 崎 以 外 に も,核 開 発 施 設 や 原 子 力
発 電 所 の あ る地 域,核 開 発 国 が核 実験 を 行 った地 域,米 軍 が 劣 化 ウ ラ ン弾 を
戦 争 で 使 用 した 地 域,そ して こ れ らの 地 域 で 汚 染 され た空 気 や 食 品 な ど を受
け入 れ た 地 域 に お い て,多 種 多 様 な 形 で ヒバ ク した信 じが た い ほ ど多 くの ヒ
バ ク シ ャが 存 在 す る。 と りわ け こ こ数 年,乳 が ん を始 め とす る が ん 患 者 の増
加 が 著 しい。 ヒバ ク シ ャた ち の病 は,ヒ バ ク後 か ら今 日に 至 る ま で 次 々 と変
移 し,今 な お そ の メ カ ニ ズ ム は完 全 に は解 明 され ず,決 定 的 な治 療 法 は確 立
さ れ て い な い。 ヒバ ク シ ャた ち は 病 に加 え,今 後 ど の よ うな 症 状 が 現 れ る か
わ か ら な い不 安,死 へ の 恐 怖,子 孫 へ の 遺 伝 の 憂 慮 を抱 え て い る。
被 爆 か ら64年 が 経 過 した 今 日に 至 って も被 爆 者 が 苦 しん で い る の は,な ぜ か。 被 爆 者 を 苦 しま な け れ ば な らな い 状 況 に 追 い 込 ん で い る もの は,何 か 。 被 爆 者 が 原 爆 被 爆 に よ って,こ れ ほ ど苦 しん で い る に もか か わ らず,な ぜ 世 界 で 新 た な ヒバ ク シ ャを 作 らな い 仕 組 み が構 築 され ず,ヒ バ ク シ ャが 増 え 続 け て い るの か 。 「同 じ苦 し み を 味 わ う者 を増 や した くな い 」 とい う被 爆 者 の 声 は,な ぜ 世 界 に届 か な いの で あ ろ うか 。 そ の 答 え は,原 子 力 開 発 の 利 害 関 係 に あ る者 た ち が 創 り出 す 情 報 戦 略 と深 い 関係 に あ る。 情 報 戦 略 に よ って, 被 爆 被 害 と被 爆 者 の 存 在 を 隠 す 仕 組 み が 作 られ て い る か らで あ る。
原 子 力 開 発 の 利 害 関係 に あ る者 た ち は,原 子 力 開 発 の過 程 で 人 体 実 験 や 人 権 侵 害 を犯 して ヒバ ク シ ャ ・デ ー タ を 徹 底 的 に収 集 し,情 報 を 国 家 機 密 と し て 囲 い 込 み,不 都 合 な情 報 を 徹 底 して 排 除 し,メ デ ィア に よ る報 道 を 規 制 し て,人 々 に ヒバ クの 危 険 性 や 被 害 情 報 を 隠 し,コ ス ト ・ベ ネ フ ィ ッ トの 論 理 で正 当 に見 え る論 理 を創 り 出 し,そ れ を 影 響 力 の あ る 人物 に語 らせ,繰 り返 し刷 り込 み を行 い,都 合 の 良 い世 論 を 創 り出 す こ と に よ って,人 々 に ヒバ ク に よ る危 険 や健 康 被 害 を 受 忍 させ,原 子 力 開発 に よ る経 済 的 利 益 を 享 受 して き た 。 米 国 政 府 は収 集 した ヒバ ク シ ャ ・デ ー タを 不 適 切 な 方 法 で分 析 し,低
コス トで 原 子 力 開 発 を行 え る 防護 基 準 を 創 り上 げ,権 力 と財 力 に よ って 国 際 放 射 線 防 護 委 員 会 や 国連 に公 式 基 準 と して採 用 させ,国 際 的 に認 め られ た確 実 な 安 全 基 準 と して 原 子 力 開 発 の現 場 で 使 用 して き た。 情 報 と社 会 的 な 権 力 を握 る者 た ち は,放 射 線 が 人 体 に 及 ぼ す 影 響 を 都 合 良 く評 価 し,そ れ を科 学
と して き た。
米 国 政 府 と利 益 を共 有 す る 日本 政 府 は大 規 模 な 原 爆 被 害 調 査 を行 い,情 報 を 米 国 に提 供 して き た。 米 国 が策 定 した 被 曝 防 護 基 準 を 公 式 に採 用 し,原 爆 症 認 定 制 度 に組 み 入 れ た 。 加 害 者 が 作 っ た非 科 学 的 な基 準 を も って 厚 生 労 働 省 が 被 爆 者 の 苦 しみ を計 る時,そ の 苦 しみ が 原 爆 に起 因 す る もの で あ る と認 定 され る の は,被 爆 者 全 体 の1%に も満 た な い。 そ の た め,こ こ何 年 も原 爆 認 定 訴 訟 が 起 こ され,被 爆 が 原 因 で 苦 しむ被 爆者 た ち は救 済 さ れ ず に い る。
原 爆 投 下 は過 去 に例 を 見 な い大 量 破 壊,大 量 殺 鐵,不 治 の 病 を もた ら し,
人 類 史 上 に お け る重 大 な 問 題 と して 世 界 規 模 で 注 目さ れ 扱 わ れ る べ き問 題 で
あ った 。 しか しな が ら 日本 政 府 は,原 爆 被 害 や 被 爆 者 被 害 を軽 く小 さ く見 せ よ う と,原 爆 被 害 を 隠 す 方 針 を取 り,放 射 線 障 害 は な い と して き た 。 ほ と ん どの 被 爆 者 た ち が そ の死 や 障 害 を,放 射 線 の せ い で は な い と さ れ て きた 。 が ん やPTSDな どの 後 障 害 へ の評 価 もゆ が め られ て き た 。 日本 軍 に よ る 原 爆 被 害 調 査 で は,放 射 線 被 曝 の 危 険 性 が現 実 よ り も低 く評 価 され た。 原 爆 被 害 の 隠蔽 や 過 小 評 価 に,日 本 の 代 表 的 な 研 究 者 は 同 意 を与 え て き た。 研 究 者 た ち は戦 時 中 の科 学 動 員 体 制 を 支 え た 人 々で あ り,原 爆 開 発 に 従 事 した り,戦 後 の原 子 力 産 業 に 関 係 した り して い た た め で あ る。 日本 政 府 の 方 針 は 米 国 に利 用 され,米 国 政 府 やGHQは 原 爆 症 や 苦 しむ 被 爆 者 の 存 在 を 否 定 し た。 日本 政 府 はGHQに よ る 占領 終 了 後 も,被 爆 者 切 り捨 て の無 為 無 策 の 政 治 を続 け, 被 爆 者 の 身 体 的,精 神 的 苦 しみ や生 活 苦 を増 長 し,多 くの 被 爆 者 を 死 に追 い や った 。1955年 に は,原 子 兵 器 使 用 規 制 の 問 題 に関 し,原 爆 投 下 は 国 際 法 違 反 の 問題 に な らな い と主 張 した 。 こ う して,ヒ ロ シマ,ナ ガ サ キ,ヒ バ ク シ ャ は,日 本 の 限定 され た地 域 の 問題 と して 駿 小 化 され て しま っ た。
本 論 文 に お い て は,米 国 の 原 子 力 情 報 戦 略 の 基 本 パ タ ー ン を 明 らか にす る と と も に,日 本 政 府 が被 爆 情 報 を 利 用 し,米 国 の 戦 略 に協 力 して ゆ く過 程 を 追 って み た い。 そ れ が現 在 の ヒバ クの 被 害 と加 害 を め ぐ る数 々 の 問 題 を考 察 す る上 で の 出発 点 に な る と考 え る か らで あ る。 紙 幅 の都 合 に よ り,米 国 の原 爆 開 発 段 階 か ら 日本 の被 爆 直 後 の 時 期 に焦 点 を 当 て る。 な お,原 爆 の 炸 裂 に よ る直 接 的 な被 害 や 被 害 者 を 指 す 際 に は 「被 爆 」・「 被 爆 者 」,放 射 線 に よ る 被 害 や 被 害 者 を 指 す 際 に は 「被 曝 」・「 被 曝 者 」,両 者 を 指 す 場 合 に は 「ヒバ ク」・「ヒバ ク シ ャ」 の用 語 を 用 い る。
1軍 事 ・経 済 利 益 優 先 の 被 曝 防 護 基 準
1895年 に レ ン トゲ ン(WilhelmConradRontgen)がX線 を 発 見 して 以
降,放 射 線 作 業 従 事 者 の 間 で,が ん,無 精 子 症,胎 児 の 出 生 異 常 な どの 放 射
線 障 害 や 死 亡 が 増 加 し,1922年 ま で に世 界 で100名 の 放 射 線 科 医 師 が 放 射 線
の 過 剰 被 曝 の た め死 亡 した と推 定 さ れ て い る%第 一 次 大 戦 中 のX線 や ラ ジ
ウ ム の 利 用 増 加 に伴 い,被 曝 者 の 間 で 火 傷 や が ん な どの 放 射 線 障害 や 死 亡 が
驚 異 的 に増 加 した 。 米 国 にお い て も被 曝 問題 は 深 刻 で あ った 。 夜 光 塗 料 を文 字 盤 に塗 った 時 計 が,第 一 次 大 戦 を戦 っ た兵 士 た ち の 間 で 広 く普 及 した 。24 年 頃 か ら塗 料 を 塗 っ た女 性 労 働 者 の 間 で 再 生 不 良 性 貧 血,白 血 病,骨 肉腫 な どで 命 を失 う者 が 相 次 ぎ,夜 光 塗 料 に含 ま れ る ラ ジ ウ ム と メ ソ ト リウ ムが 原 因 で あ る と判 明 して訴 訟 が 起 こ り,大 き な社 会 問題 と な っ た。22年 に米 国 エ ッ ク ス 線 学 会 が 防 護 勧 告 を 発 表 し,28年 に 「ア メ リカX線 お よ び ラ ジ ウ ム防 護 諮 問 委 員 会 」 が 設 立 され た2)。同 委 員 会 は35年,正 常 な健 康 状 態 に あ る人 が 耐 え う る被 曝 線 量 と して,1日 あ た りo.iレ ン トゲ ン(年 に25レ ン トゲ ン) の 耐 容 線 量 値 を 放 射 線 被 曝 の 防護 基 準 と して 策 定 した。 そ の 後,遺 伝 学 者 が 放 射 線 被 曝 に よ り遺 伝 的 影 響 が発 生 す る こ と,そ の発 生 率 は被 曝線 量 に比 例 す る こ と な どを 理 由 に委 員 会 の基 準 を 強 く批 判 した こ とに よ り,40年 に委 員 会 は 防 護 基 準 を10分 の1に 引 き下 げ る決 定 を 行 っ た。
1930年 代,原 子 物 理 学 の 急 速 な 発 展 に伴 い,放 射 線 利 用 は学 術 的 研 究 か ら 医 学 的 分 野 へ 急 速 に広 が り,放 射 線 を 利 用 した 新 しい産 業 が 続 々 と誕 生 した。
そ れ に 目 を つ け た ロ ッ ク フ ェ ラ ー 財 団 や デ ュポ ン な どの 科 学 財 団 は,米 バ ー ク レー 放 射 線 研 究 所 の大 型 サ イ ク ロ トロ ンの 建 設 に資 金提 供 す る な ど,巨 大 な 資 本 を必 要 とす る放 射 線 分 野 に進 出 し始 め た。38年 の ウ ラ ン核 分 裂 の 発 見 を機 に,カ ー ネ ギ ー ・メ ロ ンや モ ル ガ ン財 閥 も原 子 力 分 野 に手 を伸 ば し始 め, そ れ ら金 融 独 占体 の 下 に あ るユ ニ オ ン カ ーバ イ ド&カ ー ボ ン,モ ンサ ン トな
どの 科 学 独 占体,GE,ウ ェ ス テ ィ ン グハ ウ ス な どの 電 機 独 占体 も,新 た に 原 子 力 産 業 分 野 へ と乗 り出 した3)0
放 射 線 利 用 産 業 や 原 子 力 産 業 の 利 益 が 重 視 され,ま た戦 時 体 制 へ と移 行 し て い た41年,委 員 会 の被 曝 線 量 引 き 下 げ は撤 回 され 旧来 の 高 い基 準 に 押 し戻 さ れ た ㌔ マ ンハ ッタ ン計 画 下 に お い て も旧 基 準 が 適 用 され,こ の 基 準 の 安 全 性 は 確 保 され て い る と言 わ れ続 け た 。 しか しな が ら,多 くの作 業 員 が 放 射 線 被 曝 に よ り命 を 失 った 。
原 爆 投 下 後,米 国 政 府 は 日本 の 被 爆 者 の 医 学 情 報 を徹 底 して 収 集 し,放 射
線 被 害 につ い て 熟 知 しな が ら,戦 後 に原 爆 増 産,水 爆 開 発,中 性 子 爆 弾 開 発,
原 子 力 発 電 所 建 設 な ど原 子 力 開発 を 急 速 に推 進 した。 そ れ と と もに 被 曝 防 護
基 準 の策 定 過 程 に リス ク受 忍論,リ ス ク ーベ ネ フ ィ ッ ト論,コ ス トーベ ネ フ ィ ッ
ト論 な ど を持 ち 込 み,被 曝 量 の制 限 を 緩 め て い っ た。
2軍 事 目 的 の 被 曝 デ ー タ 収 集
1931年,米 国 で 初 の放 射 線 被 曝 の 人 体 実 験 が 行 われ た。31〜33年 に イ リノ イ州 エ ル ジ ン病 院 で 精 神 障 害 者 に 対 しラ ジウ ム が 注 射 され,そ の 後 も実 験 は ア ル ゴ ンヌ 国立 研 究 所 に 引 き継 が れ た 。41年,米 軍 は来 る開 戦 に備 え,放 射 線 の 許 容 線 量 に 関 す る デ ー タ を必 要 と して い た。 冶 金 学 研 究 所 の保 険 部 門 は
「 正 常 な血 液 を もつ 個 人 にX線 の 全 身 照 射 を 行 い,そ の 効 果 を 見 る実 験 が 不 可 欠 」 と して,42年 よ り人 体 実 験 を 開 始 した。 実 験 で は20〜75歳 ま で の 計45 人 が 実 験 台 と な っ た5)。マ ンハ ッタ ン計 画 下 に お い て も,放 射 線 被 曝 の 人 体 実 験 や 放 射 能 兵 器 の 研 究 が 行 わ れ た。 計 画 下 の 医 学 部 門 お よ び生 物 学 部 門 の 重 要 な 任 務 は,労 働 者 の 被 曝 例 と動 物 実 験 を通 して放 射 線 急 性 障害 の 初 期 症 状 を 決 定 し,そ の 検 出法 と治 療 法 を 追 求 す る こ と に あ った 。 そ れ は ま た原 爆 の 実 戦 へ の 使 用 に備 え る た め の もの で あ った6)。44年,原 爆 投 下 を前 にそ の 放 射 能 の 影 響 度 を 調 査 す る 目 的 で 人 体 実 験 が 計 画 され た。 ロ ス ア ラモ ス国 立 研 究 所 で45年2月 に作 業 員 の 排 泄 物 を 測 定 した と こ ろ,高 濃 度 の プ ル トニ ウ ム が 検 出 され た 。 現 場 で は 多 くの作 業 員 が,が ん で 死 亡 して い った%45年
4月 に実 験 が 開 始 し,4歳 か ら50歳 台 ま で の老 若 男 女18人 が 実 験 台 と して プ ル トニ ウ ム溶 液 を 注 射 され た 。 被 験 者 に 目的 や 詳 細 は伝 え られ ず,7人 が 注 射 を 受 け た そ の 年 に,3人 が1〜3年 以 内 に,全 員 が現 時 点 で 死 亡 して い る。
実 験 は米 国 政 府 の 超 極 秘 計 画 と して47年 ま で 国 内 の4病 院 で 続 け られ た8)。
95年8月 に米 エ ネ ル ギ ー 省 は,30〜70年 代 の40年 間 以 上 に わ た って 米 国 政 府 関係 研 究 機 関 が 行 って き た人 体 実 験 数 は計435件,対 象 者 約1万6,000人 と の 報 告 書 を発 表 した9)0米 エ ネ ル ギ ー省(旧 原 子 力 委 員 会)は ヒバ ク シ ャか ら 収 集 した 臓 器 な どの 遺 品 の 保 存 を ワ シ ン トン州 立 大 学 に委 託 して お り,そ の 数 は2万 人 分 に 上 る。 そ れ らの臓 器 は 遺 族 の 了 解 な く摘 出 され た場 合 が 大 半 で あ り,遺 族 が 賠 償 訴 訟 を 起 こす 度 に 臓 器 が 処 分 され 証 拠 が 隠 滅 さ れ て き た10)0
オ ッ ペ ン ハ イ マ ー(J.RobertOppenheimer)と フ ェ ル ミ(Enrico
Fermi)は 計 画 開 始 時 よ り,放 射 線 に よ る 内 部 被 曝 を 避 け る た め 原 爆 製 造 現 場 で の 作 業 後 に 必 ず キ レ ー シ ョ ン と い う 体 内 の 重 金 属 を 排 出 さ せ る 点 滴 を 受 け て い た")。 グ ロ ー ブ ズ(LeslieRichardGroves)は43年5月,放 射 性 物 質 の 毒 と し て の 軍 事 利 用 の 可 能 性 と,敵 が そ れ を 利 用 し た 時 に 実 施 す る 防 護 策 に つ い て 検 討 す る た め,放 射 能 毒 性 小 委 員 会 の 発 足 を 要 請 し た 。 委 員 会 は
コ ナ ン ト(JamesBryantConant)と コ ン プ ト ン(ArthurHolly Compton)を メ ン バ ー と し て 発 足 し,43年6月 に 報 告 書 を 作 成 し,ご く少 量 の 放 射 性 物 質 が 人 体 に 深 刻 な 影 響 を 及 ぼ す こ と を 報 告 し た 。 さ ら に 同 委 員 会 は 放 射 能 兵 器 の 特 性 と し て,「 簡 単 に は 検 出 さ れ ず,ゆ っ く り と 効 果 を 現 す 」,「 き わ め て 分 解 さ れ に く く,何 ヵ 月 も地 域 を 汚 染 し う る 」,「汚 染 除 去 は 人 々 の 犠 牲 に よ っ て の み 行 わ れ る 」 こ と を 指 摘 し て い る12〕 。 そ の 後,人 体 実 験 に よ っ て 得 た 具 体 的 な デ ー タ に よ り,44年5月 頃 に は 放 射 線 被 曝 に よ る 後 障 害 が 確 認 さ れ た13)。
オ ッペ ン ハ イ マ ー,フ ェ ル ミ,グ ロ ー ブ ズ,コ ナ ン ト,コ ン プ ト ン の 全 員 が マ ン ハ ッ タ ン 計 画 の 政 策 決 定 に 関 与 す る 指 導 者 で あ る と と も に,人 体 実 験 に 関 与 し放 射 線 被 害 を 熟 知 し て い た 。 ウ ラ ン を 採 掘 し た 鉱 山 労 働 者,原 爆 を 製 造 し た 労 働 者,原 爆 投 下 や 被 爆 地 調 査 を 行 っ た 軍 人 た ち,人 体 実 験 の 被 験 者 た ち は,放 射 線 被 曝 の 危 険 性 を 知 ら さ れ な か っ た 。 指 導 者 た ち が そ の 危 険 性 を 知 ら な い 弱 者 の 生 命 を 利 用 し,原 爆 開 発 と 被 曝 デ ー タ の 収 集 を 行 っ た 。 米 国 政 府 は 放 射 線 被 曝 に よ る 障 害 を 認 識 しつ つ も,軍 事 目 的 の た め に 自 国 民 の 人 権 と 命 を 犯 し,徹 底 し て 被 曝 デ ー タ を 収 集 して き た 。 収 集 デ ー タ を 新 兵 器 開 発 に 利 用 し,重 要 国 家 機 密 と し て い る 。
3米 国の原爆 公式発表
44年9月,マ ンハ ッタ ン計 画 内部 で は戦 後 にお け る原 子 力 の管 理 と民 間 利
用 へ の 推 進 体 制 や,原 爆 に 関 す る発 表 の準 備 な どが 検 討 され て い た14)。原 爆
開 発 は 膨 大 な 資 金 と人 員 を 投 入 した 史 上 最 大 の プ ロ ジ ェ ク トで あ り,国 家 最
高 機 密 と して進 め られ て きた た め,原 爆 投 下 後 に米 国議 会 や 国 民 に 説 明 す る
必 要 が あ った。 当 初 米 国 が 原 爆 開 発 に乗 り出 す 動 機 とな った ドイ ツ の 脅 威 は
ドイ ツ の 敗 戦 と ドイ ツ 原 爆 の 未 完 成 が 明 ら か に な る に つ れ て 消 失 し,原 爆 開 発 の 継 続 と 使 用 の 大 義 は 失 わ れ つ つ あ っ た 。 しか し な が ら マ ンハ ッ タ ン計 画 の 予 算 は,主 に モ ル ガ ン,ロ ッ ク フ ェ ラ ー,メ ロ ン財 閥 に よ る 出 資 で ま か な わ れ,マ ンハ ッ タ ン計 画 で 利 益 を 得 て 戦 後 も 放 射 線 や 原 子 力 の 商 業 利 用 を 続 け た い 財 閥 や 多 国 籍 企 業 か ら の 圧 力 が あ っ た1S)。原 爆 を 完 成 さ せ て 使 用 す る
こ と 自 体 が 目 的 化 し,ま た 原 爆 を 完 成 し て 華 々 し い 成 果 を 飾 り原 爆 を 自 国 民 に 受 け 入 れ て も ら う 必 要 が あ り,原 爆 を 使 用 せ ず に 開 発 を 中 止 す る こ と は で き な い 状 況 で あ っ た 。
45年5月,戦 時 ・戦 後 に お け る 原 子 力 の 管 理,規 制,法 制,お よ び 原 爆 使 用 後 に 発 表 す る 声 明 に つ い て 検 討 し勧 告 す る た め の 暫 定 委 員 会 が 設 置 さ れ た16)0暫 定 委 員 会 は 原 爆 投 下 が 成 功 し た 場 合 に,大 統 領 が ホ ワ イ トハ ウ ス か ら声 明 を 出 し,1時 間 後 に 陸 軍 長 官 が よ り包 括 的 な 声 明 を 出 し,そ の 後 た だ ち に チ ャ ー チ ル(SirWinstonLeonardSpencer‑Churchill)英 首 相 が ロ ン ド ン で,カ ナ ダ のC・D・ ハ ウ 軍 需 ・補 給 大 臣 が オ タ ワ で 声 明 を 出 し,48 時 間 後 に 科 学 的 解 説 文 書 を 発 表 す る こ と を 計 画 し た 。 加 え て,声 明 発 表 後 た だ ち に 米 国 内 で 計 画 に 関 係 した 個 人,研 究 施 設,企 業 に 連 絡 を 取 り,技 術 上 ・ 科 学 上 の す べ て の 事 実 を 機 密 保 護 と す る こ と を 予 定 した'了)。米 国 政 府 は 原 爆 の 発 表 に つ い て 綿 密 に 計 画 し,原 爆 情 報 の 機 密 保 持 に 力 を 入 れ た 。
グ ロ ー ブ ズ は,「 ニ ュ ー ヨ ー ク ・タ イ ム ズ 」 紙 の 科 学 担 当 で ピ ュ ー リ ッ ツ ア ー 賞 受 賞 者 の ロ ー レ ン ス(WilliamLeonardLaurence)記 者 に,大 統 領 声 明 の 原 稿 起 草 を 特 別 任 務 と し て 委 託 し た 。W・L・ ロ ー レ ン ス は2ヵ 月 か け て 入 念 に 原 稿 を 書 き 上 げ た 。 そ れ は 広 島 に 原 爆 が 投 下 さ れ た 翌 日,米 ワ シ ン ト ンD.C.の ホ ワ イ トハ ウ ス よ り トル ー マ ン 大 統 領 の 名 で 「原 子 爆 弾 に 関 す る 声 明 」 と し て 発 表 さ れ た 。 声 明 は 最 初 に 英 語 で,次 に 日 本 語 で 約30分 間 に わ た っ て 行 わ れ た'8)0ま ず 原 爆 の 威 力 を 強 調 し,次 に 米 国 が 日 本 へ の 報 復 に 成 功 し ドイ ツ と の 原 爆 開 発 競 争 に 勝 利 し た こ と,開 発 は チ ャ ー チ ル 英 首 相 と の 合 意 の も と に 行 わ れ た こ と,原 爆 は12万5千 人 の 人 員,2年 半 の 歳 月, 20億 ドル の 資 金 を 費 や し,科 学 と 産 業 を 結 集 して 完 成 し た こ と を 発 表 し た 。
日本 が な お 降 伏 を 受 け 入 れ な い な ら ば,そ の 戦 争 遂 行 能 力 を 完 全 に 破 壊 す る
と宣 言 し た 。 さ ら に 米 国 議 会 に 対 し,原 子 力 の 生 産 と使 用 を 管 理 す る 委 員 会
の設 置 を提 案 した 。 声 明 は米 国民 ヘ パ ー ルハ ー バ ーへ の報 復 と勝 利 を 宣 言 し, 日本 へ 二 発 目の 原 爆 で威 嚇 して降 伏 を 促 し,世 界 へ 米 国 の 力 を誇 示 す る もの で あ った 。 続 い て 出 され た 陸 軍 長 官 声 明 は,原 爆 開 発 計 画 につ い て 詳 述 した 上 で,原 爆 保 有 は戦 争 の 早 期 終 結 に 大 い に貢 献 す る で あ ろ う と強 調 した 。
トル ー マ ンは8月8日,「 ポ ツ ダ ム 会 談 に つ い て の 報 告 」 を 放 送 し,原 爆 投 下 につ い て以 下 の よ う に語 っ た。
わ れ わ れ は,敵 が原 子 爆 弾 を 造 ろ う と して い る こ とを 知 りま した 。 … … も し彼 らの ほ うが そ れ を 先 に手 に 入 れ て い た 場 合,わ が 国 民 に,す べ て の 平 和 愛 好 諸 国 民 に,そ して す べ て の 文 明 に お そ ら く降 りか か る惨 害 を予 知 して い ま した 。 そ の よ うな わ け で,わ れ わ れ は,発 見 と生 産 を め ざ して 長 期 にわ た る,不 確 実 で,費 用 の か さむ 作 業 に着 手 せ ざ る をえ な い と考 え た の で あ りま す 。 … … わ れ わ れ は,予 告 な し にパ ー ル ハ ー バ ー で わ れ わ れ を 攻 撃 した者 た ち に対 し,ま た,米 国 人 捕 虜 を 餓 死 さ せ,殴 打 し,処 刑 した 者 た ちや,戦 争 に 関 す る国 際 法 規 に従 うふ りを す る 態度 す ら もか な ぐ り捨 て た 者 た ち に 対 して原 爆 を 使 用 した の で あ ります 。 わ れ わ れ は,戦 争 の苦 悶 を 早 く終 わ らせ る た め に,何 千 何 万 もの 米 国 青 年 の生 命 を救 うた め に そ れ を 使 用 した の で あ り ます19)0
米 国 の 新 聞 や ラ ジ オ は 原 爆 投 下 の ニ ュ ー ス を 大 き く取 り上 げ,大 統 領 声 明 や 陸 軍 省 の発 表 に基 づ き 原 爆 投 下 を 支 持 す る論 説 を掲 載 した 。 米 国 民 の 多 く は,原 爆 投 下 に よ っ て戦 争 が 早 く終 結 す る と期 待 し,原 爆 投 下 を受 け入 れ た。
トル ー マ ンの 「 何 千 何 万 」 と の推 定 死 傷 者 数 は,後 に 『ハ ーパ ー ズ ・マ ガ ジ ン」 誌1947年2月 号 に 掲 載 さ れ た ス テ ィム ソ ン論 文 に よ って,「 米 軍 の100 万 人 以 上 の 死 傷 者,同 盟 軍 の 大 き な 犠 牲,日 本 側 の 米 軍 を 上 回 る死 傷 者 」2U)
と膨 れ 上 が り,そ の 数 に は正 当 な 根 拠 が な い た め 「 原 爆 神 話 」 と呼 ば れ て い
る21)。原 爆 開 発 は ドイ ツ の脅 威 に よ って 開始 し,原 爆 投 下 は早 期 終 戦 と人 命
救 助 を 目的 と して 行 った と い う見 解 は 「 公 式 の 歴 史 」 とな り,今 日に 至 る ま
で原 爆 投 下 の正 当 化 の論 拠 に さ れ て い る。
4世 論 か らの 原 爆 投 下 批 判
他 方,原 爆 投 下 に 疑 問 を 呈 し,抗 議 の 声 を 発 し た 人 々 も 少 な か ら ず い た 。 い ち 早 く行 動 を 起 こ し た の は 宗 教 界 で あ っ た 。8月7日 付 「ク リ ス チ ャ ン ・ サ イ エ ン ス ・モ ニ タ ー 」 紙 は,原 爆 の 非 人 道 的 特 質 を 指 摘 し た 社 説 と,原 子 力 に よ る 平 和 の 不 確 実 性 を 懸 念 し た 論 説 を 掲 載p?),『 カ ト リ ッ ク ・ ワ ー ル ド」
誌 編 集 長 は,「 米 国 は キ リ ス ト教 文 明 と そ の 道 義 に か つ て な い 打 撃 を 与 え, 原 爆 投 下 は 犯 罪 で あ る 」 と 非 難 し劉,8月29日 付 『ク リ ス チ ャ ン ・セ ン チ ュ
リ ー 」 紙 は 「ア メ リ カ 原 子 力 の 残 虐 性 」 と題 した 社 説 と,読 者 か ら の 原 爆 投 下 非 難 の 投 書3本 を 掲 載 し た24)。9日,全 米 キ リ ス ト協 会 協 議 会 議 長 は トル ー マ ン 大 統 領 に 直 訴 し,原 爆 投 下 の 非 人 道 性 を 批 判 し,爆 撃 作 戦 の 一 時 停 止 を 求 め た 。20日,国 内 の 有 力 な 宗 教 家 や 教 育 者 の34名 が トル ー マ ン大 統 領 に, 原 爆 製 造 の 禁 止 と 戦 争 撲 滅 の 指 令 を 発 す る よ う 要 請 し た 。
同 盟 通 信 ニ ュ ー ス や 日 本 の ラ ジ オ 放 送 に よ っ て,日 本 政 府 が 原 爆 投 下 を 非 難 し て い る こ と や,広 島 の 惨 状 が 米 国 に 伝 わ る に つ れ,米 国 民 の 間 に 原 爆 投 下 を 非 難 す る 声 が 強 ま っ て い っ た 。13日 付 「サ ン フ ラ ン シ ス コ ・ ク ロ ニ ク ル 」 紙 は 「原 子 爆 弾 へ の 抗 議 」 と の 見 出 しで,原 爆 投 下 を 非 難 す る4本 の 投 書 を 掲 載25),17日 付 『USAニ ュ ー ズ 』 誌 は,原 爆 投 下 は 誇 る べ き こ と で は な く恥 ず べ き こ と だ と の 編 集 長 の 論 説 を 掲 載,23日 付 「シ カ ゴ ・ ト リ ビ ュ ー ン』 紙 は 「原 子 力 の 犯 罪 性 」 と 題 し た 社 説 を 掲 載 し た26)0
人 道 的 観 点 に 加 え,軍 事 的 観 点 か ら 原 爆 投 下 は 必 要 な か っ た と の 主 張 も な さ れ た 。 人 道 的 観 点 よ り 疑 問 を 呈 し た の は 宗 教 者,教 育 者,一 般 国 民 で あ り, 原 爆 不 要 論 は 海 空 軍 首 脳 部 か ら 出 さ れ た 。9月22日,第 ニ ー 空 軍 爆 撃 部 隊 司 令 官 のC・E・ ル メ イ 将 軍 が 『ニ ュ ー ヨ ー ク ・ヘ ラ ル ド ・ ト リ ビ ュ ー ン 」 紙 で,「 原 爆 投 下 が な くて も戦 争 は2週 間 で 終 わ っ た だ ろ う」 と語 っ た 。 同 日, 海 軍 の 太 平 洋 艦 隊 司 令 長 官 のC・W・ ニ ミ ッ ツ 提 督 が 記 者 会 見 し,「 日 本 は 原 爆 投 下 の 前 に 敗 れ て い た 」 と 発 言 し た 。 第 三 艦 隊 司 令 官 のW・B・ ハ ズ レ ー 提 督 は,「 原 爆 投 下 は 誤 り で 原 爆 は 不 必 要 だ っ た 」 と 発 言 し た27)。
世 界 で も原 爆 投 下 へ の 非 難 は 広 が っ て い た 。 バ チ カ ン法 皇 庁 は8月7日,
「日本 に お け る 原 子 爆 弾 に 対 し て 遺 憾 の 意 を 禁 じ得 な い 」 と 公 式 表 明 し,バ チ カ ン 市 ニ ュ ー ス 広 報 は,新 兵 器 が 人 類 の 将 来 に 投 げ か け る 暗 欝 な 影 を 指 摘
し た28)0ロ ー マ 法 王 庁 機 関 紙 『オ セ ル ヴ ァ ー レ ・ ロ マ ー ノ 」 紙 は,米 軍 の 新 型 爆 弾 使 用 を 「破 滅 的 手 段 」 と 批 判 した 。 英 上 院 の カ ン タ ベ リ ー 寺 院 フ ィ ッ シ ャ ー 大 僧 正 は16日,「 原 子 爆 弾 で い っ き ょ に 非 常 に 多 数 の 民 衆 が 死 傷 し た と い う 事 実 に よ っ て 人 間 の 良 心 が 烙 印 を つ け ら れ た と考 え な い も の は あ る ま い 。 人 間 の 良 心 が こ の 痛 手 か ら た や す く 回 復 す る と は 思 わ れ な い 」 と 語 っ たss)。 ロ ン ド ン の 聖 ア ル バ ン ス 教 会 の 牧 師 は,原 爆 の 使 用 に 抗 議 し て 同 教 会 の 戦 勝 感 謝 祈 祷 会 を 禁 止 し,19日 に 群 衆 に 原 爆 の 非 人 道 性 を 説 い た 。13日 付 の 中 国 「解 放 日 報 」 紙 は,原 爆 を 世 界 平 和 の 維 持 に 利 用 で き る と す る 立 場 を 批 判 し た3。)。こ れ ら の 批 判 は,広 島 ・長 崎 の 具 体 的 な 惨 状 を 知 っ た 上 で 為 さ れ た も の で は な く,自 ら の 倫 理 観 や 政 治 的 立 場 か ら為 さ れ た も の で あ る 。
連 合 記 者 と し て 初 め て 広 島 を 取 材 し た バ ー チ ェ ッ ト(WilfredBurchett) 記 者 の 記 事 は,9月5日 付 『デ イ リ ー ・エ ク ス プ レ ス 』 紙 一 面 に 掲 載 さ れ, 世 界 を 驚 愕 さ せ た 。 「原 爆 の 疫 病 」 と題 し た 記 事 は,「 最 初 の 原 子 爆 弾 が 街 を 破 壊 し,ま た 世 界 を 震 骸 し て,三 十 日 後 の 広 島 で は,人 が な お も 死 ん で ゆ く」
と 始 め ら れ,「 ノ ー ・ モ ア ・ ヒ ロ シ マ 」 で 締 め く く ら れ たa//Oバ ー チ ェ ッ ト に2時 間 遅 れ で 広 島 入 り し た ロ ー レ ン ス(WilliamH.Laurence)は,「 広 島 は 世 界 で 最 大 の 被 害 を 受 け た 市 で あ る 」,「人 々 は1日 に100人 の 割 合 で 死 ん で い る 」,「我 々 は 見 る に 忍 び な い 」 と の 言 葉 か ら始 ま る レ ポ ー トを 作 成 し, そ れ は5日 付 『ニ ュ ー ヨ ー ク ・タ イ ム ズ 』 紙 に 掲 載 さ れ た 。W・H・ ロ ー レ
ン ス の 記 事 は,米 国 内 で 原 爆 投 下 を 非 難 す る 世 論 を 喚 起 し,米 国 政 府 に 大 き な 衝 撃 を 与 え た 。11日 付 の 『朝 日新 聞 』 に 掲 載 さ れ た 記 事 に お い て 米 兵 は,
こ うこ う
「原 子 爆 弾 は 米 本 国 で も麗 鴛 た る 非 難 の 声 だ 。 ま だ 残 っ て ゐ た ら み な 太 平 洋 の 真 ん 中 へ 捨 て て こ い と い っ て ゐ る。 発 明 者 の 罪 は 死 に 値 す る と 思 ふ 」 と語 っ て い る 。
ピ ュ ー リ ッ ツ ァ ー 賞 を 受 賞 し 戦 争 特 派 員 で も あ っ た ハ ー シ ー(John
Hersey)は,46年4月3週 間 に わ た っ て 広 島 ・長 崎 を 取 材 し,そ の ル ポ ル
タ ー ジ ュ は 「Hiroshima」 と の 題 で 「ニ ュ ー ヨ ー カ ー 」 誌 に68ペ ー ジ に わ た
る 特 集 と し て 掲 載 さ れ た3?)。本 誌 は す ぐ に 売 り 切 れ て 増 刷 さ れ,ABC放 送 は
3日 間 に わ た って これ を朗 読 し,ル ポ は単 行 本as)として 出版 さ れベ ス トセ ラ ー とな った 。
ハ ー シ ー の 『Hiroshima』 や 軍 首 脳 部 の 発 言 な ど の影 響 を 受 け,ジ ャー ナ リス ト,宗 教 者,知 識 層 に よ る米 国 政 府 批 判 が 浸 透 しつ つ あ った。 当 時 の米 国 に は 断 片 的 に で は あ るが 原 爆 が与 え た 傷 害 が 伝 え られ,原 爆 の非 人 道 性 や 犯 罪 性 を訴 え る米 国 民 が 多 くい た。 特 に有 識 者 の 被 爆 被 害 へ の 関心 は 高 か っ た。 しか しな が ら批 判 的 な 意 見 は,米 国 政 府 の 情 報 戦 略 に よ り排 除 され て い
く。
5米 国 に よ る 被 爆 被 害 の 否 定 と報 道 規 制
米 国 政 府 に と って,原 爆 を 国 際 外 交 の 手 段 と して利 用 す る上 で,原 爆 の物
理 的 威 力 を大 い に宣 伝 す る必 要 が あ った が,原 爆 の残 虐 性 は報 道 され て は な
らな い こ と で あ った 。5日 の ロ ー レ ン ス の新 聞 記 事 を 目に した米 国 政 府 はす
ぐ に,訪 日中 の フ ァー レル(ThomasFarre11)准 将 らに 対 し,原 爆 被 害 を
否 定 す る記 者 会 見 の 開催 を 命 じた。 フ ァー レル は マ ンハ ッタ ン計 画 の 副 責 任
者 と して 原 爆 の 効 果 と残 留 放 射 能 の 有 無 を確 認 す る た め,調 査 団30人 を 率 い
て 来 日 して い た 。7日,フ ァー レル ら は東 京 の 帝 国 ホ テ ル で 記 者 会 見 を開 き,
集 ま っ た 連 合 国 の 海 外 特 派 員 た ち に 向 か って,「 原 爆 放 射 能 の 後 障 害 は あ り
え な い 。 広 島,長 崎 で は,死 ぬべ き もの は死 ん で い ま い,9月 上 旬 現 在 に お
い て,原 爆 放 射 能 の た め に苦 しん で い る もの は 皆 無 」 との 公 式 声 明 を 発 表 し
だ%記 者 会 見 に は バ ー チ ェ ッ トも参 加 して お り声 明 に抗 議 し た が,フ ァー
レル は 「 貴 方 が 見 た の は 爆 発 に よ る傷 害 で死 亡 した人 で,日 本 の 医 者 が 適 切
な 治 療 法 を 知 らな い か らだ」 と の説 明 を 繰 り返 し,「 日本 側 の 宣 伝 に 乗 せ ら
れ て い る の は な い か 」 と言 って 会 見 を 打 ち切 っ た35)。こ の 時,広 島 と長 崎 で
は 毎 日100人 を 超 す 被 爆 者 が 苦 しみ 悶 え な が ら死 ん で い き,数 万 の 被 爆 者 が
救 護 所 で 原 爆 症 に苦 しん で い た。 フ ァー レル は 原 爆 投 下 前 よ り放 射 線 障 害 に
つ い て 認 知 し,広 島 で の 被 爆 の惨 状 を 撮 影 した 写 真 や救 援 要 請 も受 け取 り,
原 爆 が 人 々 に与 え た 傷 害 を 認 識 して い た 。 知 って い る が ゆ え の政 治 的 な 判 断
に よ る被 害 否 定 で あ った。 フ ァー レル声 明 は後 の プ レス ・コー ドの基 礎 とな っ
た。 原 爆 に 関 す る情 報 規 制 の方 針 は,GHQで は な く米 本 国 か らの 指 示 で 定 め られ た 。 フ ァー レル ら は9日,広 島 入 り し惨 状 を直 接 確 か め 医療 救 援 を約 束 した3ti)Oしか し実 行 さ れ る こ と は な か った。 救 援 を 必 要 とす る被 爆 者 の 存 在 が,社 会 的 に 明 らか に な る の を 避 けた か らで あ る と考 え られ る。 先 に行 っ た 「苦 しん で い る もの は 皆 無 」 とい う声 明 を 訂 正 す る こ と も な か った 。
GHQは9日,広 島 と長 崎 を 立 ち入 り禁 止 区 域 に指 定 し,外 国 人 記 者 に よ る取 材 を禁 止 し,被 爆 の 実 情 が海 外 に報 道 さ れ る の を避 けた 。 バ ー チ ェ ッ ト は 日本 か ら追 放 され た。 報 道 関係 者 は 日本 の報 道 機 関 が渡 す 翻 訳 に 基 づ い て 報 道 しな け れ ば な らな くな り,海 外 向 け の ニ ュー ス は 占領 軍 に よ って 管 理 さ れ た 上 で,日 本 の 同 盟 通 信 社 が 発 信 した3i)。被 爆 者 の 存 在 は 隠 され,被 爆 者 に 国 際 的 救 援 の 道 は 閉 ざ され た 。 さ ら にGHQは19日 に プ レ ス ・コ ー ドを 発 令,CCDは21日 に 日本 出版 法 を,22日 に 日本 放 送 法 を 発 令 した 。 被 爆 者 援 護 や研 究 に も規 制 が か け られ た。 赤 十 字 国際 委 員 会 に対 し支 援 を要 請 した ジ ュ ノ ー(MarcelJunod)博 士 の 電 報 は,GHQに 打 電 を 阻 止 さ れ た 。 海 外 通 信 は 特 に厳 重 に 検 閲 され,外 国 か らの 被 爆 者 救 援 活 動 は 阻 止 さ れ た 。
占領 軍 に よ る原 爆 症 救 護 病 院 と国 立 広 島病 院 の 引 き渡 し要 求 に よ って 病 院 は 閉 鎖 され,過 去 の 調 査 結 果,研 究 資 料,剖 検 資 料 が没 収 され た。 そ れ らの 資 料 は米 国 へ 運 ば れ,被 爆 者 医 療 に 役 立 て られ る こ とな く,「Secret」 の 印 が 押 さ れAFIP(米 陸 軍 病 理 学 研 究 所)で 保 管 さ れ た 。 臨 床 例 の 報 告 の 蓄 積 は,効 果 的 な治 療 方 法 を 解 明 す る上 で 不 可 欠 で あ った。 こ う して原 爆 症 の 究 明 と治 療 は後 れ た 。 そ の 治 療 方 法 は,現 在 に お い て も確 立 して い な い 。
米 国 で も原 爆 被 害 報 道 の 封 じ込 め 措 置 が 取 られ た 。 「ニ ュ ー ヨー ク ・タ イ ム ズ 」 は報 道 方 針 を転 換 し,公 式 筋 を 代 弁 す る記 事 しか掲 載 しな くな っ た。
9日 付 のW・H・ ロ ー レ ン ス の記 事 は 「 生 存 者 に影 響 は な い 」 と の 見 出 しで,
先 の5日 付 の 自身 の 記 事 を 否 定 した。12日 付 の 同 紙 に は グ ロ ー ブ ズ の 談 話 が
掲 載 さ れ た 。 「 死 ん だ 人 も多 い が,多 くの命 が 救 わ れ た。 特 に 原 爆 で戦 争 が
早 く終 わ った」,「 日本 人 の 現 在 の言 動 を 仔 細 にみ る と,彼 ら は我 々 が 不 正 な
や り方 で 戦 争 に 勝 っ た か の よ う な 印 象 を 作 り出 す こ とを狙 っ た宣 伝 を 続 け,
同情 を 引 き優 し い言 葉 を 得 よ う と して い る」 な ど の 内容 で あ っ た。21日 付 で
ワ シ ン トンか ら マ ッ カー サ ー 宛 に 出 され た公 文 書 は,5日 付 のW・H・ ロ ー
レ ンス に よ る 広 島 レ ポ ー トは 「 不 正 確 な 論 調 」,日 本 側 の 原 爆 被 害 報 道 は
「 逆 宣 伝 」 で あ る と し,そ れ ら と対 抗 す る こ とを 指 示 した38)。 米 国政 府 はW・
H・ ロ ー レ ン ス の広 島 レ ポ ー トを 徹 底 して 排 除 しよ う と した。
6日,『 シ カ ゴ ・デ イ リー ・ニ ュ ー ズ 』 紙 の ウ ェラ ー(GeorgeWeller) 記 者 は,占 領 軍 の 目 を か い く ぐ って 長 崎 入 り し,3日 間 の 取 材 を行 い,2万
5千 字 に わ た る ル ポ ル タ ー ジ ュ を書 き上 げ た 。 ウ ェ ラ ー はGHQの プ レ ス本 社 に 原 稿 を送 った が,検 閲 に よ り記 事 は そ の ま ま戻 らず,公 表 さ れ る こ と は な か っ た39)。14日,ト ル ー マ ン大 統 領 は 米 報 道 関 係 者 に 対 し,「 最 高 度 の 国 家安 全 保 障 上 の 利 益 に お いて,編 集者 や 放 送 者 は 陸 軍 省 に 最 初 に相 談 す る こ とな しに,情 報 の 発 表 を 保 留 す る よ う要 請 さ れ る」 と,原 爆 報 道 の 自制 を促 した4%
米 国 政 府 は原 爆 障 害 を 徹 底 的 に 否 定 し,原 爆 被 害 報 道 を 禁 じ,フ ァ ー レル 声 明 と グ ロ ー ブ ズ発 言 を 徹 底 して 繰 り返 し宣 伝 した。 そ の 結 果,米 国 内で 原 爆 投 下 を非 難 す る声 は次 第 に減 り,現 在 に お い て は,原 爆 投 下 を 「 早 期 終 戦 ・ 人 命 救 済 」 を もた ら した と して肯 定 し,核 兵 器 の 保 有 も肯 定 す る考 え 方 が 主 流 とな って い る。94年,米 国 立 ス ミソニ ア ン博 物 館 は 終戦50周 年 記 念 と して, 原 爆 投 下 を歴 史 的 に再 考 す る展 示 を 企 画 した が,原 爆 神 話 に疑 問 を 投 げか け る視 点 や 被 爆 資 料 が 含 ま れ て い た た め,米 国 各 界 か ら非 難 の 集 中砲 火 を浴 び, 最 終 的 に企 画 は 中止 とな り館 長 は 解 任 さ れ た。 こ の こ とは 米 国 政 府 の 情 報 戦 略 が 思 い通 りの 結 果 を生 み,今 な お 続 け られ て い る こ とを 示 して い る。
6日 本政府 の被爆情報 政策
8月6日,広 島 が 原 爆 攻 撃 を受 け た 直 後 か ら,日 本 軍 は 現 地 で の 被 害 調 査 と救 護 活 動 を 開 始 した。 大 本 営 は7日 朝 に原 子 爆 弾 対 策 委 員 会 を 開 催 し,緊 急 に 調 査 団 を 発 足 し現 地 調 査 を行 う こ と を決 定 した。 ま た 情 報 局 部 長 会 議 を 開 き,以 下 の報 道 方 針 を 定 め,被 爆 を 利 用 した 宣 伝 作 戦 を 開 始 す る こ と を決 定 した 。
一 .対 外 的 に は,か か る非 人 道 的 武 器 の 使 用 につ い て 徹 底 的宣 伝 を開 始
し,世 界 の 輿 論 に訴 え る。
二.対 内 的 に は,原 子 爆 弾 な る こ と を 発 表 して,戦 争 遂 行 に 関 し,国 民 に 新 た な る 覚 悟 を 要 請 す る4'〕 。
大 本 営 は 同 日15時30分,以 下 の プ レ ス ・ リ リー ス 出 し た 。
昨 八 月 六 日広 島 市 は敵B29少 数 機 の 攻 撃 に よ り相 当 の被 害 を 生 じた り
二.敵 は右 攻 撃 に新 型 爆 弾 を 使 用 せ る もの の 如 き も,詳 細 目下 調 査 中 な り42)
大 本 営 は 国 内 的 に は原 爆 被 害 を 隠 す 方 針 を 決 定 し,国 民 に対 して 過 少 な報 道 しか 行 わ な か った 。 国 民 の 士 気 に 影 響 す る こ と を懸 念 し,被 害 に 関 す る詳 細 発 表 を控 え,原 子 爆 弾 と い う言 葉 の 代 わ り に新 型 爆 弾 と い う表 現 を 用 い た。
さ ら に大 本 営 は 「 心 得 」 を 発 表 し,原 爆 は これ まで の 防空 対 策 の 充 実 で 防 御 可 能 で あ る と した。7日 付 「 朝 日新 聞 』 は 「 六 日七 時五 十 分 頃B29二 機 は広 島市 に侵 入 … … 若 干 の損 害 を 蒙 った 模 様 で あ る」 と,大 阪 発 の ニ ュー ス と し て小 さ く掲 載 しだ ㌔ 国 民 の 認 識 は,軍 艦 を 沈 め る こ とが で き る爆 弾 と い う 程 度 で あ った。 陸 軍 は天 皇 の 裁 断 が 下 る ま で は戦 争 終 結 へ の 指 向 を 排 除 し一 億 玉 砕 精 神 を貫 くた め,原 爆 投 下 の 事 実 も隠 し続 け た。 長 崎 に原 爆 が 投 下 さ れ た 際 も同 様 に,プ レ ス ・ リ リー ス で は 「 被 害 は比 較 的 僅 少 な る見 込 」佃 と 発 表 され た。10日 付 『 長 崎 新 聞』 は 発 表 を伝 え る の み で,被 害 の惨 状 を掲 載
しな か った4㌔9月3日 付 の 日本 政 府 に よ る 「原 爆 被 害 報 告 書 」 は,放 射 能 の影 響 に関 し,4人 の 陸 軍 医 グ ル ー プ に よ る報 告 「 広 島 大 惨 状 の報 告(放 射 能 に 関 して)」 を採 用 し,「 爆 発 直 後 人 体 に危 害 を 引 き起 こす ほ ど の 放 射 線 量 は 測 定 で き な か った 」 と報 告 して い るd6)。 戦 争 を 続 け る た め の 情 報 統 制 が 行 わ れ,被 害 や被 爆 者 の存 在 が 否 定 され た 。 そ の 一 方 で,被 爆 者 調 査 は 熱 心 に 行 わ れ た 。
8月7日,大 本 営 は広 島 調 査 班 を 編 成 し,大 本 営 調 査 団31名 が広 島 に派 遣
さ れ 調 査 を 開始 した 。 調 査 団 は原 爆 開 発 の二 号 作 戦 に従 事 して い た 者 よ り構
成 され た 。 理 化 学 研 究 所 主 任 の仁 科 芳 雄 博 士 は43年 に ウ ラ ン原 爆 が 作 れ る可
能 性 を 軍 に提 示 し,陸 軍 か らの委 託 で 研 究 室 を 挙 げ て原 爆 開 発 を行 って い た。
原 爆 が 完 成 す れ ば 戦 地 で 使 用 す る 予 定 で あ った が,結 局 は 研 究 の域 を 出ず 製 造 に 至 らな か った 。 この 調 査 の 目的 は,新 兵 器 の 効 果 と被 害 の実 情 把 握,新 兵 器 に対 す る防 御,そ の 後 の 作 戦 の 樹 立 な どで あ った。 人 的 物 的被 害 を救 援 す るた め で は な く,戦 争 を 継 続 す るた め の調 査 で あ った。 陸 軍 の要 請 に よ る 京 都 帝 国 大 学,陸 軍 省 広 島 災 害 調 査 班,放 射 線 調 査 班,お よ び海 軍 の 要 請 に よ る大 阪 帝 国大 学 や 海 軍 広 島 調 査 団 が 広 島 で 調 査 を行 った 。 調 査 団 の 目的 は 戦 時 調 査 や 兵 器 効 果 調 査 な ど の軍 事 的 な もの で あ った。 日本 政 府 も技 術 院 調 査 団 を 派 遣 し調 査 を行 った 。 長 崎 に は,長 崎 地 区 憲 兵 隊,九 州 帝 国 大 学,呉 鎮 守 府 調 査 団 が 調 査 に入 った 。 中央 や 各 地 か ら派 遣 さ れ た 陸 海 軍,政 府,大 学 の 調 査 団 は,東 京 大 空 襲 な ど の戦 災 で は 見 られ な い ほ ど多 数 に上 り,被 爆 に 関 す る詳 細 情 報 が 政 府 に集 積 さ れ て い った。
大 本 営 調 査 団 は10日,陸 海 軍 合 同 会 議 に て正 式 に 「 原 子 爆 弾 ナ リ ト認 ム」
との 判 定 を 下 し,日 本 政 府 に報 告 した4η 。 調 査 団 は原 爆 の放 射 線 被 害 の 特 徴 を 的 確 に認 識 して い た。 陸 海 軍 と 日本 政 府 は 原 爆 報 告 を受 け た そ の 日の う ち に,原 爆 被 害 調 査 を続 行 す る こ とを 決 定 した。 調 査 団 は13日 ま で放 射 線 障 害 の調 査 を続 行 した 。 調 査 団 か らの報 告 に よ って 集 ま った情 報 を元 に,日 本 政 府 は 原 爆 情 報 戦 を 開 始 した 。8月10日,日 本 政 府 は ス イ ス 政 府 を通 じて 米 国 政 府 に対 し,原 爆 使 用 は,不 必 要 な 苦 痛 を与 え る兵 器,投 射 物 そ の 他 の 物 質 を使 用 す る こ とを 禁 じた 「 ハ ー グ 会 議 の 陸 戦 の 法 規 慣 例 」 に関 す る第22条 お よ び 第23条 に違 反 して い る と して,以 下 の よ う に抗 議 した 。
米 国 が 今 回 使 用 した る本 件 爆 弾 は,そ の 性 能 の無 差 別 性 か つ残 虐 性 に お
い て,従 来 か か る性 能 を 有 す る が 故 に使 用 を 禁 止 せ られ を る毒 ガ ス そ の他
の 兵 器 を遥 か に凌 駕 しを れ り。 … … 今 や新 奇 に して,か つ 従 来 の い か な る
兵 器,投 射 物 に も比 し得 ざ る無 差 別 性 残 虐 性 を 有 す る本 件 爆 弾 を 使 用 せ る
は 人 類 文 化 に た いす る新 た な る 罪 悪 な り。 帝 国 政 府 は こ こ に 自 らの 名 に お
い て,且 つ叉 全 人 類 及 び文 明 の 名 にお い て 米 国 政 府 を糾 弾 す る と共 に即 時
か か る非 人道 的 兵 器 の 使 用 を放 棄 す べ き こ とを 厳 重 に 要 求 す48)。
日本 政 府 が 米 国 に よ る原 爆 投 下 に 抗 議 した の は,後 に も先 に も この1回 の み で あ る。55年 に は見 解 を 一 変 し,原 爆 投 下 は 国 際 法 違 反 の 問 題 に な らな い と主 張 した。45年 に語 った 倫 理 を 自身 の 足 で 踏 み に じ る行 為 で あ った 。 日本 政 府 は95年 に行 わ れ た核 兵 器 を裁 く国 際 法 廷 にお い て も,核 兵 器 を 持 た な い 国 々が 核 兵 器 の 違 法 性 を 主 張 す る 中,国 際 法 違 反 の立 場 に は立 た ず 曖 昧 な態 度 を 取 っ た。 そ の 後 も,日 本 政 府 は 核 抑 止 力 を 認 め核 兵 器 の 存 在 を 追 認 し, 核 問 題 につ い て 毅 然 と した 態 度 を 取 って い な い。
7日 本 政 府 に よ る被 爆 情 報 の政 治 利 用
8月18日,天 皇 は 陸軍 に復 員 命 令 を 出 し,兵 士 は軍 隊 の 活 動 を す べ て 終 え る こ と に な った 。 本 来 で あ れ ば,陸 軍 の 原 爆 被 害 調 査 も中 止 さ れ た は ず で あ る が,陸 軍 が12日 に派 遣 した 陸 軍 省 広 島 災 害 調 査 班 は18日 まで 広 島 で 調 査 を 続 け た 。 そ して 急 性 原 爆 症 の 第2期 に入 り被 爆者 の病 状 が 変 化 した こ と に伴 い,陸 軍 は調 査 団 を再 編 し原 爆 調 査 体 制 を さ ら に強 化 した 。 日本 は ポ ツ ダ ム 宣 言 を 受 け入 れ た た め,米 国 の 占 領 軍 が 日本 に進 駐 す る こ と は わ か って い た。
通 常,敗 戦 国 が 戦 勝 国 の 占領 下 に お い て,戦 勝 国 が 使 用 した新 兵 器 に つ い て 調 査 す る と い う軍 事 行 動 を 継 続 す る こ と は で きな い。 ま して や 米 国 政 府 は綿 密 な 情 報 戦 略 を 立 て,原 爆 の 被 害 報 道 を 徹 底 して 排 除 して い た。 日本 軍 が 原 爆 被 害 調 査 を行 お う とす れ ば,米 占 領 軍 が 阻止 す る は ず で あ る。 しか しな ぜ 陸軍 省 は原 爆 被 害 調 査 を 続 け た の か。 日本 政 府 は 問題 視 し なか った の か 。 そ こに は,原 爆 被 害 情 報 を 政 治 利 用 し,占 領 軍 と協 力 して調 査 を続 け る意 図 が あ った と考 え られ る49)。 バ ー チ ェ ッ トの 広 島 取 材 を準 備 した 同 盟 通 信 社 は, 46年 に連 合 通 信 社 と 日本 電 報 通 信 社 通 信 部 門 が 合 併 して設 立 した 国 策 通 信 社 で あ った が,戦 時 中 も ロ ッ ク フ ェラ ー や モ ル ガ ン財 閥 と通 じて い た 。 被 害 調 査 体 制 は,陸 軍 軍 医 学 校 が 都 築 政 男JU)の東 京 帝 国 大 学 と仁 科 の 理 化 研 究 所 に 調 査 を 委 嘱 した 形 で 組 ま れ た 。25日,東 京 帝 国 大 学 医 学 部 は教 授 会 を 開 き, 次 の よ う な報 告 が 為 され た 。
報 告 一,広 島 及 び長 崎 に於 け る原 子 爆 弾 被 害 につ き 各 方 面 よ り調 査 研 究
を 行 う こ とを 亀 山厚 生 次 官 よ り依 頼 し来 る。 委 員 会 を至 急 作 る べ き こ と。
費 用 は防 空 委 託 研 究 費(厚 生 省)よ り支 弁 の 予 定 。 調 査 す べ き 問 題 並 に研 究 調 査 に就 て は部 長 よ り厚 生 当 局 に紹 介 す べ き に付 き 申 出 られ た こ と。 一, 戦 時 中 に行 は れ た る研 究 は徒 らに 隠 匿 す る こ と な く連 合 軍 側 に示 す こ と と
して は如 何 との 意 見 総 長 よ り申 出 あ りた る 旨報 告5')。
被 害 調 査 費 用 を 戦 時 中 の 防 空 委 託 研 究 費 か ら支 出す る と い う こ とは,戦 時 中 の 研 究 を 引 き 継 ぐ こ とを 意 味 す る。 陸 軍 の 永井 と海 軍 の 都 築 との 話 し合 い を経 て,厚 生 省 か ら東 京 帝 国 大 学 へ 原 爆 被 害 調 査 が 依 頼 され た こ と,東 京 帝 国大 学 総 長 が戦 時 中 の調 査 結 果 を 連 合 国 に提 示 す る こ とを 提 案 して い る こ と は,日 本 軍 の 中 枢 と連 合 軍 が 密 接 な 関 係 に あ った こ とを 示 して い る と言 え る。
米 占領 軍 の本 土 進 駐 を待 って,日 本 側 の 被 害 調 査 が 開始 され た。 陸 軍 省 広 島 災 害 調 査 班 が 行 っ た調 査 は,「 陸 軍 省 広 島 災 害 調 査 班 報 告 」 と して 陸軍 省 医 務 局 に提 出 され て い た が,9月1日 か らは 「陸 軍 省 広 島 災 害 再 調 査 班 報 告 」 と して 提 出 さ れ た 。 米 占領 軍 の 原 爆 の効 果 の 調 査 に,「 再 調 査 」 と位 置 づ け て全 面 的 に協 力 す る こ と に よ り,日 本 政 府 は敵 軍 の残 虐 行 為 を徹 底 的 に調 べ る とい う軍 事 行 動 を継 続 す る と と も に,原 爆 被 害 情 報 を利 用 す る とい う政 策 を遂 行 した。
大 日本 帝 国 の 降 伏 文 書 調 印式 が 行 わ れ た2日 の 夕 方,鈴 木 公 使 はGHQの マ ー シ ャル 副 参 謀 長 か ら呼 び 出 さ れ,翌 三 日 に告 示 す る予 定 と の 「三 布 告 」 を提 示 され た。 布 告 第 一 号 は 「 行 政,司 法 及 立 法 の三 権 を 含 む 日本 帝 国 政 府 の一 切 の 権 能 は 爾 今 本 官 の 権 限下 に 行 使 せ ら る る もの とす 」 と宣 言 し,第 二 号 は,SCAP命 令 へ の 違 反 者 を 占領 軍 裁 判 所 死 刑 以 下 の 刑 に処 す る こ とを, 第三 号 は,占 領 軍 の 発 行 す るB軍 票 を 「日本 銀 行 ノ発 行 ス ル 法 定 通 貨 」 と 同 等 の 「日本 法 貨 」 とす る こ と を命 じた 。 軍 票(軍 用 手 票)と は擬 似 紙 幣 で あ
り,そ の 国 の 貨 幣 を通 用 させ な くす る手 段 で あ る。
2日 夜,重 光 葵 外 務 大 臣 が マ ッカ ー サ ー 司令 部 に赴 き,翌 日,日 本 政 府 の
代 表 者 が 司令 部 に,8月13日 付 と15日 付 の原 爆 被 害 調 査 報 告 書2本 を 提 出 し
たS?)。被 害 国 が 加 害 国 に被 爆 情 報 を与 え る意 味 は何 か 。 被 爆 者 情 報 は,米 国
に と って 史 上 最 大 の 人 体 実 験 結 果 で あ り,以 後 の 原 子 力 開 発 に生 か す べ き重
要 デ ー タで あ った 。 米 国 は原 爆 投 下 直 後 の調 査 を 行 う こ とが で き な か っ た。
マ ッ カ ー サ ー は,日 本 政 府 が 軍 事 機 密 を 敵 国 に差 し出 す意 味 を理 解 し報 告 書 を受 け取 った。 そ の 後,マ ッカ ー サ ー は 「 要 ス ル ニ 政 府 及 国 民 ノ 出 方 一 ツ ニ テ之 ノ問 題 ハ 如 何 トモ ナ ル 」 と語 り,日 本 側 の 協 力 姿 勢 を 認 め,天 皇 お よ び 日本 政 府 を通 して 統 治 し,軍 票 を 使 用 しな い こ と を容 認 した 。 原 爆 の 効 果 を 知 りた い米 占領 軍 と,政 治 的 取 引 を した い 日本 政 府 の利 害 が 一 致 した が ゆ え で あ った 。 陸軍 省 の 原 爆 被 爆 調 査 報 告 書 は,政 治 的 駆 け 引 き の カ ー ドと して 利 用 され た。 日本 の 軍 と政 府 に よ る被 害 調 査 は,被 災 地 を 救 援 し被 爆 者 を救 済 す るた め で は な く,被 害 情 報 を政 治 的 に利 用 す る こ とが 目的 で あ った と言 え る。13日 に重 光 は ス ウ ェー デ ン,ス イ ス,ポ ル トガ ル の 日本 公 使 館 に対 し,
「 外 相 は,日 本 が 「わ れ わ れ の 宣 伝 の な か で 原 子 爆 弾 問題 を利 用 す る あ らゆ る努 力 をす べ き で あ る」 と考 え て い た 」 との 公 電 を打 って い る。 日本 政 府 は 原 爆 被 害 利 用 と い う政 策 を 立 て て い た 。
そ の 後,日 本 政 府 は原 爆 被 害 調 査 を 一 気 に 拡 大 した。 フ ァ ー レル が 広 島 か ら東 京 に 戻 った14日,文 部 省 の 管 轄 下 に,「 原 子 爆 弾 災 害 調 査 研 究 特 別 委 員 会 」 を 設 置 す る こ と を決 定 した。 調 査 の 中心 は 原 爆 の人 体 へ の 医学 的 効 果 の 調 査 で あ り,被 爆 者 へ の 救 護 や治 療 で は な か った 。 設 立 に は,日 本 陸 海 軍 省, 内 閣 情 報 局,内 務 省,厚 生 省,文 部 省,農 林 省,司 法 省,運 輸 省 な どの 官 庁 が協 力 し,9つ の 分 科 会 か らな る 大 日本 帝 国 の 総 力 を あ げ た国 家 プ ロ ジ ェ ク
トで あ った 。 分 科 会 の 総 予 算 は300万 円 で あ り,科 学 研 究 費 と して 配 分 さ れ た53)。 医 学 科 会 は,大 学 教 員,海 陸 軍 人,厚 生 省 職 員 な どの33名 の委 員,150 名 の 研 究 員,1,500名 の 助 手 か ら成 り5N,こ れ は 当 時 日本 の軍 事 医 学 を 中 核
とす る 医 学 界 の 総 力 で あ っ た と言 え る。GHQは 原 爆 被 害 に 関 す る研 究 を 禁
止 した が,こ の プ ロ ジ ェ ク トを例 外 的 に容 認 した 。 調 査 は45年 の暮 れ まで 熱
心 に行 わ れ,研 究 者 た ち は180本 以 上 の 調 査 報 告 書 を 作 成 した。 報 告 書 の 質
は 極 め て 高 か っ た と言 わ れ るJJ)。GHQか ら,論 文1本 に つ き 英 文1部,和
文5部 を提 出 す る よ う命 じ られ て い た 。 英 文 の 報 告 書 に は,被 爆 者 の 氏 名 を
始 め とす る個 人 情 報 が 隠 され る こ とな く表 記 され た。 提 出 した報 告 書 が 米 国
に利 用 され る こ と は わ か って い た が,全 員 が 忠 実 に こ の ル ー ル を守 り,反 乱
行 為 を 起 こ した 者 は い な か っ た。 吉 田茂 首 相 に被 爆 者 の救 済 を訴 え た 者 もい
な か った 。
原 爆 被 害 調 査 に お い て,日 本 側 は 当 初 よ り米 占領 軍 とス ム ー ズ に 協 調 し, 今 日 に至 って も協 力 して 被 爆 者 調 査 を 続 け,原 子 力 開 発 の 分 野 で情 報 と利 益 を共 有 し合 って い る。 戦 後,戦 争 責 任 を 問 わ れ る立 場 に あ って 原 爆 被 害 調 査 に 関 与 した者 の 多 くは,自 決 や責 任 追 及 を免 れ,行 政,大 学,原 子 力 機 関 な
どの 重 責 に就 き,安 定 した 生 活 を送 る こ とが で き た。
お わ り に
米 国 政 府 の被 爆 情 報 戦 略 は,人 権 を 侵 した情 報 収 集,情 報 の機 密 化,正 当 化 の 公 式 発 表,都 合 の悪 い情 報 の 否 定,報 道 規 制,都 合 の 良 い解 釈 の 創 作, 宣 伝 に よ る刷 り込 み とい うパ タ ー ンを 取 った。 こ のパ タ ー ン は そ の 後 の 原 子 力 情 報 戦 略 に も使 用 され て い る。 日本 政 府 は ス ム ー ズ に米 国 と協 調 し,被 爆 者 情 報 の 収 集 に 協 力 して い っ た。 日本 政 府 の 被 爆 情 報 政 策 は,被 爆 被 害 の 隠 蔽 と利 用 お よ び 対 米 協 力 で あ る。
米 国 政 府 は,被 爆 者 の 存 在 が社 会 的 に 明 らか に な る こ と を恐 れ て い る。 原
爆 投 下23年 後 の1968年 に 米 国 政 府 は 初 め て の 原 爆 白書 を 国 連 に提 出 し,残 留
放 射 線 に よ る被 害 を否 定 し,生 存 被 爆 者 に病 人 は い な い と報 告 した 。 米 国 政
府 が 苦 しむ被 爆 者 の 存 在 を 社 会 か ら抹 消 す る戦 略 を採 り続 けて い るの は,原
爆 の残 虐 性 や 非 人 道 性 を 隠 す た め で あ る と思 わ れ る。 原 爆 が今 もな お生 き残 っ
た被 爆 者 を苦 しめ 殺 し続 けて い る とい う事 実 は,国 際 法 に 違 反 す る兵 器 で あ
る こ と を,端 的 に証 明 す るか らで あ る。 これ ほ ど長 期 的 な 被 害 を与 え,現 在
も解 決 し得 な い 問 題 を残 す 原 爆 や 核 兵 器,そ れ に準 ず る放 射 線 を利 用 した兵
器 は,極 め て残 忍 か つ非 人 道 的 な兵 器 と言 え る。 被 爆 の実 相 が 世 界 に 広 ま れ
ば,米 国 は 国 際 法 で 禁 止 され て い る残 虐 な兵 器 を 使 用 した 罪 や 責 任 を,米 国
内 ま た 国 際 社 会 で 厳 し く問 わ れ る は ず で あ る。 放 射 線 被 害 の 実 態 を 知 りな が
ら,罪 の な い人 々 を ヒバ ク させ,一 生 に わ た る障 害 を 負 わ せ て き た こ と は,
人 類 最 大 の罪 で あ る。 世 論 は そ の よ うな 残 虐 な 兵 器 を米 国 が 保 有 す る こ と を
許 さな い で あ ろ う。 そ うな れ ば,原 子 力 開発 に よ る利 益 も手 放 さ ざ る を得 な
いQ
日本 政 府 は戦 後,一 貫 して 米 国 の戦 略 に協 力 して き た。 残 留 放 射 線 の 影 響 は ほ とん ど な い との 見 解 を 堅 持 し,残 留 放 射 線 に よ る被 害 者 の救 済 を 避 け て き た 。
日米 の 情 報 戦 略 に よ り,被 爆 者 の 苦 しみ の 実 情 は 日本 国 内 に も世 界 に も伝 え られ ず,人 々の ヒバ ク に関 す る正 確 な 理 解 が 妨 げ られ て き た。 そ の 後 の核 開 発 や 原 発 運 転 に お い て も同 様 に,ヒ バ ク シ ャの 存 在 や ヒバ ク の恐 ろ しさ は 隠 され て き た。 結 果 と して,米 国 で は 原 爆 投 下 や 核 兵 器 を 擁 護 す る世 論 が 形 成 され,日 本 で は被 爆 者 を 差 別 した り ヒバ ク に無 関 心 で あ っ た りす る態 度 が 形 成 され,世 界 中 に核 兵 器 と原 発 が 増 え,ヒ バ ク シ ャが増 え 続 け て い る。
米 国 の 被 爆 情 報 戦 略 は,そ の後 の 核 兵 器 軍 拡競 争 を 招 き,被 爆 者 に 対 す る 重 大 な 人 権 侵 害 の み な らず,世 界 に ヒバ ク シ ャを つ く り続 けて い る点 で,人 類 的 犯 罪 と言 え る。 日本 政 府 の被 爆者 行 政 は,真 実 を 国民 か ら隠 し,被 爆 者 の プ ラ イバ シー を 侵 害 して 被 爆 者 情 報 を 米 国 に提 供 し,法 治 国 家 と して 当然 行 うべ き被 爆 者 へ の 補 償 を 行 っ て い な い点 で,自 国 民 へ の 裏 切 りで あ る と言 え る。
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