• 検索結果がありません。

冷戦期東 アジアにおける米 国の文化戦 略

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "冷戦期東 アジアにおける米 国の文化戦 略"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

共 同研究

冷戦期東 アジアにおける米 国の文化戦 略

泉 水 英 計

冷戦体制が固まる東 アジアにおいて米国の人文社会科学は どのよ うな役割 を 果た したのであろ うか。 この共同研究において掲 げ られ た第一の問いである。

この問いをめ ぐる作業 を以下の二つの局面にわけることができよ う

まず、特定の政治的な状況下において学術組織 とその活動 が被 らざるを得 な い影響 を、可能な限 り具体的に明 らかにす るとい う作業である。冷戦初期の高 等研 究機 関の活動、 とくに政府 あるいは軍 と関連す る活動 につ いては回顧の公 表が跨跨 され ることが多い。非米活動調査委員会や 、いわゆるマ ッカーシー旋 風 による 「共産主義者告発 に過剰 に反応 して しまった とい う悔恨があるため であろ う。 この時代 の出来事 を再構成す るには、一次資料 を丁寧 に発掘 し、証 拠 をあ らためるとい う作業が特 に必要 とされ るのは このためである。

ただ し、学問的中立を装 う研究機 関や研究者 の過去 を暴 くのが ここでの 目的 ではない。その よ うな視角 は、学究活動 は政治的状況か ら本来 は独立 した もの であるとい う前提 に立っている。 しか し、学問の 自由を理想 とす るあま り、学 問の時代拘束性 を見失 ってはな らない。後者 はむ しろ学究活動 の常態であ り、

冷戦期 の反共宣伝 とい うのは、 この拘束性 をいわば拡大鏡 でみせ て くれ る状況 ととらえるべきではないだろ うか。地理的にも年代的 にも限定 された事例研究 が個別的な文脈 を超 えた意義 をもつ所以である。 したがって、資料探索にあたっ ては‑ 将来的な見通 しを付 ける とい う程度 に とどま る として も、一方 で第二吹 大戦か ら

1 93 0

年代‑ とた どり、他方で逆 に、冷戦後 の状況‑の接続 を考慮 した い。

この研究 における今ひ とつの局面は、東 アジアを専門 とす る米国人学者 が置

177

(2)

国際経営フォーラムNo.21

かれた環境 を異文化接触 として、 さらに彼 らの活動 と業績 をそ こか ら導かれ る 異文化 コミュニケーシ ョンとして描 き直す とい う作業である。米国の伝統的な 外交政策 は1

9

世紀 ヨー ロッパの帝国主義的膨張政策 とは一線 を画 していた。隠 蔽 された植 民地主義 に過 ぎない とい う批判が可能だ として も、一般の米兵が大 量に国外 に赴 くとい うことは第一次大戦までは無かった。そ して、戦場や駐留 地で、文化的価値観や社会組織が極端 に異 なる人々 と彼 らが出会 うのは太平洋 戦線以後 のことであるといってよいだろ う。換言す る と、第二次大戦 において 米 国は、 「国内 の先住民制圧 とも、 ヨー ロッパ援助 とも違 った大規模 な異文 化接触 に入 り込んだのである。冷戦期 の東アジアはこの異文化接触領域 の延長 であった。

その露払いを務 めた軍学連携組織では、防疫 を中心 とした医学や生物学、戦 術的な気象学や地質学が大きな比重 を占めたが、異文化接触 とい う観点か ら特 に重要なのは、 占領地 ・駐留地住民についての情報 をもた らす人文社会学の役 割だった。潤沢な予算 によって様 々な調査がお こなわれ、戦後 も米国民間財団 の援助 によって活発 な調査活動が継続 している。米国学術界に流通す る東アジ ア情報は この時期 に飛躍的に増加 した。

しか し、 ここで注意 したいのは、知識 の量的な拡大が必ず しも 「質的な 向 上 を意味 しない点である 情報が よ り詳細 になったのは事実であるが、東アジ アの住民 とその文化の特徴 として焦点が向け られ るのは、た とえば、 「家族主 義 あるいは 「集 団主義」や、 「面子」‑の こだわ りとい う類 のものであ り、

米国の社会 と文化の対照が描かれていることは明 らかである。東アジア研究に おいて暗示的に描 かれたのは米国の 自画像であった。 オ リエ ンタ リズム批判 に そったこのよ うな関心か らは、東アジアに関す る一定のステ レオタイプに加 え、

文化戦略の失敗 あるいは挫折 に繋が るよ うな、社会制度 についての無理解や、

説明不可能な行動の叙述 な どが注 目され る。そのよ うな 「誤解

や 「不可解 さ

は、 「理解」の前提 とされてい る米国社会 の先入観 を逆照射す る光漁 となるか

らである。

冷戦期の東アジアにおける米国の人文社会学の活動 を追 う本研究は、関連す る一次資料の発掘 を進 めつつ、他方で これ を異文化 コ ミュニケーシ ョンの問題 として提示す る。 これまで、資料収集 のために赴いたのは、沖縄 県公文書館 、

178

(3)

共同研 究 冷戦期東アジアにおける米 国の文化戦略

琉球大学付属図書館、沖縄県立図書館 、台北市

2 2 8

平和紀念館 、スタンフォー ド大学フーバー研究所である。持 ち帰った資料の整理 を逐次進 め、分析がま と まった部分か ら口頭発表1お よび雑誌論文2として発表 している。 ただ し、整理 が進むほどに、重要な関連 を持つ末収集資料が明 らかになることが多 く、上記 の所蔵機 関のいずれ も補充調査のため再訪す る必要 を感 じている。 この よ うな 作業に完全は期せないことを承知の上で最善を尽 くし、来年度 に刊行予定の報 告書につなげたい。

1第56回 日本科学史学会 (2009年5月)、SocietyfわrEastAsianAnthropology (20097月)、

早稲 田大学台湾 ・琉球沖縄研 究所合 同 ワー クシ ョップ (20103月)、第12回 日本台湾学会 研 究大会 (20105月)。

2 昭和史のなかの人類学者」 (共著)『科学史研 究』 48巻冬号 、 「極東 の フ ロンテ ィア『歴 史 と民俗』26号、以上2009年。"FrontierintheFarEast,"suomenADtrOPOlogJ'38(2)、 「 縄 占領 と地誌研究」坂野 ・慎 (宿)『帝国の視角/死角』青 弓社 、以上2010年。

179

参照

関連したドキュメント

諸君には,国家の一員として,地球市民として,そして企

  「教育とは,発達しつつある個人のなかに  主観的な文化を展開させようとする文化活動

政治エリートの戦略的判断とそれを促す女性票の 存在,国際圧力,政治文化・規範との親和性がほ ぼ通説となっている (Krook

一方,個人の内部に公共道徳の源泉を見出そ これらの挑戦は,それまで前提とされてきた

果を惹起した者に直接蹄せられる︒しかし︑かようなものとしての起因力が︑ここに正犯なる観念を決定するとすれぼ︑正犯は

ている。本論文では、彼らの実践内容と方法を検討することで、これまでの生活指導を重視し

研究上の視点を提供する。またビジネス・コミュニケーション研究イコール英

うれしかった、そのひとこと 高橋 うらら/文 深蔵/絵 講談社 (分類 369).