■論文
ド イ ツ ー T 企 業 と 地 域 戦 略
SAP日本法人の事例研究
山 田 徹 雄
はじめに
情報関連企業は︑アメリカの独壇場という印象を人々に
与えている︒しかしながら本稿でとりあげるSAPグルー
プは︑総合業務アプリケーション・ソフトウェアの専業メ
ーカーとして︑五〇ヶ国以上に子会社︑関連会社を有し︑
またその主力商品ビジネス・アプリケーションソフトR/
ユ 3は世界市場において一万社以上に採用されている︒以
下︑本稿においては同社の戦略のなかで︑日本法人がいか
なる位置を占めているかを検討する︒その際︑アメリカ法
人との比較を念頭に分析をすすめる︒ ドイツにおける先端技術産業の立地
一九八〇年代の西ドイツにおける南北間の経済格差をめ
ぐる議論の根拠となったのは︑失業率の地域格差である︒︹第1表︺の示す様に︑一〇%を越える失業率は︑北部に
集中し︑対照的にバーデン・ヴュルテムベルク︑バイエル
ン︑ラインラント︑プファルツ︑ヘッセンでは低失業率を
享受している︒とりわけ︑石炭鉄鋼︑工作機械︑造船等
﹁旧産業﹂の集積するライン・ヴェストファーレンは︑七
〇年代以降長期に亘る不況に見舞われる一方︑新たな工業
の集積がバイエルン︑バーデン・ヴュルテムベルクにみら(2)︒こういった動向を説明する因子としてジーメンスのれた
本社機能がミュンヘンに移転したこと︑また同社の南ドイ
ツ市場へのマーケティング︑サービス機能のアクセスがミ
ユンヘンを中心としてなされたことが指摘されてい蕊)・電
子工業︑.自動車産業等﹁新産業﹂の集積が八〇年代以降バイエルン︑バーデン・ヴュルテムベルクにみられるにせ
よ︑九〇年代後半以降注目されているのが︑﹁ドイツのシ
リコンバレー﹂ヘッセン州およびその周辺地域であ魏︒当
該地域を行政単位のヘッセンで括るよりも︑ライン河中上
流域と捉える方が適切であるかもしれない︒
ここで採り上げるSAP(︒︒図ω8日ρ﹀昌≦Φ昌9口σq①昌⊆巳中&鼻85α臼U98昌く①円震び①幽9口αqデータ処理のシステム・アプリケーション・製品社)は︑IBMマンハイムの
SE︑ディートマ・ホップ(一)幽Φ巨碧閏o唱℃)を中心とす
るメンバーによって設立された︒IBM当時︑ホップは
﹁対話プログラミングのスーパーマン﹂の異名をとってい
た︒SAPの前身︑システム分析・プログラム開発社
(ω透①日碧身・・①巨亀・︒σ・・斜B墓昌護匿琶゜・)は︑一九七二年
にマンハイム郊外のヴァインハイムにおいて︑IBMをス
ピンアウトした五人のSEによって設立され︑一九七六年
には﹁SAP有限会社﹂へと改組され︑翌七七年より本社
をヴァールドルフに置いている︒マンハイム︑ヴァインハ
イム︑ヴァールドルフは何れもヘッセン州と踵を接するバ
ーデン・ヴュルテムベルク州に位置している︒ホップは
=o鹸昌①巨巨零9言げαq9ロの小さなゲマインデの出身であるが︑自身で次の様に語っている︒ ﹁バーデン人は一般に安定志向と思われている︒だから
技術に対する敵意が残っている︒この格言に従えば︑僕は
典型的なバーデン人ではない︒僕はいつでも冒険に飛
び込む覚悟ができてい叡面)﹂確かに︑後の同社の経営を見
ると︑﹁バーデン人気質﹂よりもIBMの遺伝子が受け継
がれているように感じられる︒とはいえ︑﹁ドイツのシリ
コンバレー﹂の周辺に同社が置かれていることにも注目し
たい︒
第1表 旧西 独 にお ける州 別 失 業 率(1988年4月) 10.5 11.5 11.2 13.1 10.5 7.4 7.3 5.6 6.6 9.9 10.9 シ ュ レ ス ヴ ィ ヒ ・ホ ル シ ュ タ イ ン
ハ ン ブ ル ク ニ ー ダ ー ザ ク セ ン ブ レ ー メ ン
ノ ル ドラ イ ン ・ヴ ェ ス トフ ァ ー レ ン ヘ ッ セ ン
ラ イ ン ラ ン ト ・プ フ ァ ル ツ バ ー デ ン ・ヴ ュ ル テ ム ベ ル ク バ イ エ ル ン
ザ ー ル ラ ン ト 西 ベ ル リ ン
(典 拠)wirtschaftu.statistik,1990Jan.,s.20
]
SAPグループの経営
SAPグループ全体の売り上げは︑[第2表]に見られ
る様に︑製品の売り上げが︑六〇%を越えているが︑コン
サルティッグ収入︑教育収入を合わせると三六%に達して
いる事が分かる︒これを地域別に見
たのが[第3表]である︒アメリカ
合衆国の売り上げが全体の三六%を
占め︑ドイツ地域がそれに次いでい
る︒しかしながら︑ヨーロッパ全体(ドイツを含めたEMEA地域)で
は四五%となっており︑商品︑サー
ヴィスのマーケットがアメリカとヨ
ーロッパを基盤としている事が分か
る︒この二地域と比較すると︑アジ
ア・太平洋地域の比重は著しく低
い︒なお︑一九九七年と比較してア
ジア・太平洋地域のみが一九九入年
に売り上げを減少させているのは︑
日本市場の不振とアジア通貨の変動 ヱによる為替差損による︒次に︑SA
Pグループ社員の地域別の構成を [第4表]に依拠し検討する︒なんといっても︑ドイツ国
内の従業員数が四〇%を占め圧倒的に多い︒また︑アメリ
カ合衆国が二三%でこれに継ぐ︒売り上げの少ないアジ
ア・太平洋地域においても一二%を占めいることも分か
る︒以上のことから︑労働市場においてはドイツとアメリ
カに仰いでいるとが明白であろう︒次にSAPの資本関係
千 マ ル ク)
1997年 4,097,117 1,251,128 579,928 89,293
第2表
SAPグ ル ー プ 売 り上 げの 内 訳(単 位
1998年 5,256,941 2,193,276 893,360 121,717
製 品
コ ンサ ル テ ィ ン グ
教 育
そ の他
6,017,466 合 計8,465,294
(典 拠)SAPAnnualReport,1998,p.79
第3表
SAPグ ル ー プ売 り上 げの地域別 内訳(単 位 千 マル ク) 1998年1997年
ドイ ツ1,5651,149 EMEA地 域2,2341,488 (ド イ ッ を除 く) 小 計3,7992,637
USA3,0682,106
そ の他 ア メ リカ大 陸858489 小 計3,9262,595
ア ジ ア ・太平 洋740785 合 計8,4656,017 (典 拠)ibd.P.29
人)(%) 40 17 第4表
SAPグ ル ー プ社 員 の地 域 別 内 訳(単 位 7,679 3,281
り0062
4,463 1,521
12 2,364
ドイ ツ
ヨ ー ロ ッパ 、 中 東 、 ア フ リ カ (ド イ ッ を 除 く)
USA
ア メ リ カ 大 陸 (USAを 除 く) ア ジ ァ ・太 平 洋
19,308
合 計
(典 拠)ibd.p.47
を検討する︒一
九九八年末にS
AP株の時価総
額は七八七億マ
ルクとなり︑ド
イツ市場ではダ
イムラー・クラ
イスラー︑アリ
アンツについで
第三位となった︒
この結果︑DA
X組み入れ比率
が六・二四%(年初は五・八
六%)に上昇し
た︒仮に八八年
末にSAP普通株に一万マルク投資していたら︑一〇年です 五二倍に含みが拡大したことになる︒SAP株はベルリ
ン︑ブレーメン︑デユッセルドルフ︑フランクフルト︑ハ
ンブルク︑ハノーファー︑ミユンヘン︑シユトユットユガ
ルトの各市場に上場されていたが︑九八年八月三日︑ニュ
ーヨーク証券取引所に同社優先株が取引されることになっ
た︒一優先株の一二分の一に相当するSAP米国預託証券 (ADR)がアメリカでも︑売買されることになったので
ある︒
ニューヨーク市場への上場にあわせて︑同社は経営組織
の改変を行っている︒詳しくは︑[第5表]を参照された
い︒この組織替えのポイントは
(1)同社創立メンバーであったディートマ・ホップとク
ラウス・チッラ(固9口ω目ω6匡螽)がエグゼクチヴボードか ヨら退き︑監査役になったこと︒(2)ハッソ・プラトナー(団器ωoコ9§臼)がアメリカ地
区担当のCEOに︑またヘニング・カーゲルマン(=Φ目貯αq爵αq①§9暮)がヨーロッパ担当のCEOにな
り︑アメリカとヨーロッパが同格におかれたこと︒(3)拡大経営会議(Φ×8口血巴ヨき譴①日①巨σ09a)にアメ
リカ人ケヴィン・マッケイが登用されたことである︒
また︑ベーター・ツェンケがアジア・太平洋地域担当に任
命されていることも︑付け加えておきたい︒
SAPジャパン
ヴァールドルフのSAP本社の開発センターにおいて︑
R/3システムの日本語ヴァージョンのための研究開発
が︑二〇名の日本人技術者を含むプロジェクトにより二年
間にわたり進められた後︑一九九二年一〇月にω﹀℃諺O
第5表
SAPの エ グ ゼ ク テ ィ ヴ ボ ー ド
担 当
Co‑ChairmannandCEO Basis,TechnologyandIndustry SolutionsDevelopment,Marketing, CorporateCommunications, AmericanRegion Co‑ChairmannandCEO Financial,HumanResoucesand IndustrySolutionsDevelopment, Administration,EuropeRegion Logistics,IndustrySolutions andHumanResoucesDevelopment R/3CorporateServices, ITInfrastructure LogisticsandIndustry SolutionsDevelopment Asia‑Pacific
出 身
ShriesheinyAltenbach
氏 名
HassoPlattner
HenningKagerrnannHockenheim
Walldorf
Wiesloch
Weinheim ClausE.Heinrich
GerhardOswald
PeterZencke
SAPの 拡 大 経 営 会 議
DieterMatheisMuelhausenChiefFinancialOfficer Karl‑HeinzHessStutenseeBasisDevelopment KevinS.McKayDoylestown,PA,USASAPAmerica,Inc.(CEO)
(典 拠)ibd.,p.10‑111998年9月3日 就 任
一〇〇%出資の日本法人SAPジャ
パン株式会社が発足した︒事業内容
はコンピューターソフトの開発・販
売︑教育︑コンサルティングで︑社
員数九八四名(九八年一二月一日現お 在)︑資本金三六億である︒SAPジ
ャパンは︑九三年一〇月にR/3日
本語版をリリースし本格的に活動を
開始した︒同ホームページは﹁SA
Pジャパンには商品が二つあります︒
ひとつは︑もちろん製品そのもので
す︒そして︑もうひとつは︑コンサル
ティングの質の高いサービスです︒⁝
またドイツ︑アメリカに続く第三の
研究開発拠点として﹃テクノロジー お開発センター﹄を備えています︒﹂と
伝えている︒製品の市場として日本
市場があまり大きくない点を考える
と︑とくに開発拠点としての日本法
人の役割を重視している姿勢がみら
れる︒
SAPジャパンのビジネス・パーお トナーは︑以下の様になっている︒
テクノロジー・パートナー七社
プラットフォーム・パートナー九社
コンサルティング・パートナi九二社
計一〇八社
この内︑プラットフォーム・パートナーはコンピユータ
ーのハードウェアをあつかうパートナー会社で︑コンパッ
クコンピユータ︑ジーメンス︑日本IBM︑サンマイク
ロシステムズ︑NEC︑日本ヒューレットパッカード︑日
立製作所︑富士通︑三菱電機などである︒テクノロジi・
パートナーはDBMS及び最新テクノロジーを提供するパ
ートナー会社でEMSジャパン︑インテル︑インフォミッ
クス︑日本オラクル︑日本IBM,日本サンマイクロシス
テムズ︑マイクロソフトがそれにあたる︒コンサルティン
グ・パートナーには︑(1)エンドユーザーに対してビジ
ネスソリューションをコンサルティングする2魯o昌巴Hoαqo寄目巳臼と(2)エンドユーザーのシステム構築に協力す
るH日覧①已①巨註8弓碧臼興があり︑コンサルティング会社︑
情報システム会社︑コンピユータサービス会社が多数含ま
れている︒
代表的な先端技術︑情報にかかわる殆どすべての企業を
パートナーにしていることが分かるであろう︒ところで︑
同社の主力商品である統合業務アプリケーションソフト
R/3のエンドユーザーによる活用は︑どの様なものであ ろうか︒三菱商事でR/3を︑連結会計システムの導入︑
会計基準のグローバル化︑分権経営のもとでのセグメント
別損益の明確化に利用し︑成功をおさめている︒HOYA
では︑連結会計︑国際会計基準への対応︑キャッシュフロ
ー経営の実現に活用し成果をおさめた︒この他にも︑R/
3の会計機能に注目し戦略的に利用している例として︑コ
ナミ︑太洋産業︑パイオニア︑ブリジストン︑参天製薬︑
め 日立製作所があげられる︒
小括
SAPジャパンのSAPグループにおける位置づけは︑
製品の市場としては決して大きとはいえず︑むしろビジネ
スパーナーとの連携および製品の開発拠点として考えられ
るであろう︒それは︑日本企業におけるエンドユーザーの
開拓がまだ十分ではないのと同時に︑我が国の情報関連周
辺技術が高度の発展を遂げているために︑むしろ開発拠点
としての魅力が大きいためでもあろう︒
注(1)ゲ冖6ミ萋ミ蒭℃°8﹂冥︒oヨ℃碧愚巳Φ〆げ§
(2)森川洋﹃ドイツ転機に立つ多極分散型国家﹄大明堂︑
一九九五