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近世における播州三木金物の流通:―仲買問屋の活動を中心として―

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Academic year: 2021

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(1)近世における播州三木金物の流通       一仲買間屋の活動を中心として一. 専攻. 教科・領域教育学専攻. コース. 社会系コース. 学籍番号. M09147E. 氏名. 酒井 貴史.  1.研究の目的  刻々と変化する社会の中で生きる庶民の力は.  第一節. 大坂市場への進出. 決して弱小とは言い切れない。例えば政治の中.  第二節. 江戸市場への進出. で起こる戦争は庶民に苦痛を与えるが、それに.  第三節. 販路拡大に伴うリスク. 属するだけでなく、荒廃した地から立ち上がり、.  第四節. 積口銭の要求. 飛躍するという邊しさを持っている。. おわりに.  本論においては、播州三木地方で盛んになっ た三木金物の流通に着目し、庶民の活動を見る。.  3.研究の概要.  三木金物は現在も三木の特産物であり、歴史.  序章においてはまず、三木合戦の概要から秀. も語られるが、史実か否か疑わしい逸話も多い。. 吉の政策について述べた。三木金物勃興の契機. そこで、史料として保存されている「三木市有. の一つとして三木合戦の戦後復興が挙げられ. 宝蔵文書」及び仲買問屋の史料を中心に読み解. る。合戦後、延宝年間や宝永年間における検地. き、三木金物が盛んになったきっかけと、庶民. の際に秀吉の出した制札を用いて地子免許を受. の邊しさといラ2点に絞り考える。. けるための訴えを起こし認められた三木は、以. 後領主が代わる度に地子免許を受け続けてい. 2.論文構成. る。三木金物生産が盛んになるのは三木合戦後. はじめに. ではあるが、荒廃した三木の復興が直接的な原. 序章  三木金物産業の勃興. 因であるとは考えにくい。.   ・三木合戦.  また、三木金物が生産され始めた時期につい.   ・三木金物の勃興. て述べている。三木金物の起源として挙げられ. 第一章 仲買間屋の発生と活動. る古代からの逸話や信仰を挙げ、近世に勃興し.  第一節 仲買間屋の発生. た金物産業との直接的関係性が薄いという結論.  第二節 天明・寛政期大坂市場における. に至っている。また、三木で活動した鍛冶職人.      三木金物の評価. について、現在確認できる最古の記録としてr三.  第三節 寛政末期・享和期における. 木町諸色明細帳」を挙げ、さらにr三木市有宝.      仲買間屋と織方. 蔵文書Jに収録されている「野鍛冶仲間破訴状」. 第二章 販路の拡大. と併せることにより、寛永年間の時点で三木に. 一286一.

(2) 存在していた鍛冶職人の大半が野道具を生産し. べた。すなわち、江戸打物間屋と三木仲買問屋. ていたことを確認し、古来より伝承された金物. のやり取りの申で文政年間において「難破船」. 産業の中し子的な存在であるという見解を疑問. に対する負担問題が発生している。この際、三. 視した。. 木に半額負担を要求する江戸に対し、三木は拒.  第一章では、三木金物が産業として発展する. 否姿勢を示した。三木の強硬姿勢に属すること. 契機を作った仲買問屋に着目し、仲買問屋の発. になった江戸であるが、このまま江戸が負担を. 生と活動について述べた。本論の主な参考史料. 続けたというより、時間を置いて新たな策を講. である間屋史料を所有している「黒田清右衛門. じたのではないかと考える方が自然である。そ. 家」とr井上善七家」の両家の沿革だけでなく、. してその策が、大坂からの要求という立前でr積. 織方とのやり取りを史料から読み解くことで、. 口銭」を徴収することであったのではないかと. 士農工商における工と商の関係性の一例を示し. いう仮説を示した。. た。.  この見解の妥当性が認められるだけの決定的.  また織方と仲買間屋の関係は、経済的に考え. な史料は未だなく断定はできなしソしかしなが. ると仲買間屋が優勢であることから仲買間屋に. ら、江戸と大坂のやり取りを示す史料があれば、. よる織方の支配という構図も考え得るが、製品. 明らかにすることができる可能性があると考え. の値段交渉等の史料から見られるように、織方. る。. の主張を、仲買間屋が受け入れるケースも見ら.  以上のように、合戦の地となった三木から勃. れた。. 興、そして発展した三木金物の流通に着目し、.  第二章では、大坂及び江戸へと販路を拡大し. 大都市の間屋を相手にしながらも強硬姿勢を示. た三木金物の流通について述べた。仲買問屋の. した三木の仲買間屋の邊しさを見ることができ. 活動により遠隔地間の取引を行う申で、海運が. た。しかし、r三木金物間屋史料」から読み取. 関わることによりr難破船」やr濡荷」等の諸. ることができる庶民の達しさは本論にて述べた. 問題が発生する。それらについて間屋同士の交. ものに限らない。また、三木仲買問屋の史料を. 渉が行われたが、その際にも織方と仲買間屋と. 中心としたが、大坂や江戸の間屋の史料があれ. の関係性が見られる。これに関しては、織方と. ば、本論にて述べた内容を裏付けることができ. 三木の仲買問屋の間で交わされた文書が見られ. る可能性があるので、今後史料の探索を続けた. ないことから疑わしい点もあるが、織方の拒否. い。. 姿勢を理由に三木の仲買間屋は強硬姿勢を見せ ている。.  また、大坂から産地に対し要求された「積口. 主任指導員  河村 昭一. 銭」について、要求される経緯ややり取りの史. 指導教員   河村 昭一. 料を挙げた。これまでは大坂が新たな収入を得 るための要求であるという見解が一般的であっ た。しかし、江戸と三木とのやり取りについて、. それ以前のものを取り上げ、新たな可能性を述. 一287一.

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