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A.B.ルナチャルスキーに於ける統一学校の理念

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Academic year: 2021

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(1)Title. A.B.ルナチャルスキーに於ける統一学校の理念. Author(s). 門脇, 正俊. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 23(1): 28-38. Issue Date. 1972-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4645. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . VO 1 ,23 No .l. i lof Hokka i do Uni i t i t journa on IC) on (Sec s ver y of Educat. Sept . , 1972. A. B . ル ナチャル スキ ー における統一学 校の理 念. 脇. 門. 正. 俊. 北海道教育大学岩見沢分校教育学教室. MacaTcH KaAOBaKH:. l 臼UK○J A. B. 刀yHa e IHoi 1 t laPcK1藁o EAI. は. じ. ・ め. に. ) 」 という最近の論文の中で, 竹田正直氏は, 駒林邦男氏 「ソ ビエト教育史研究め問題点と課題1 ) 2 義教育の発展 」 を批判 しながら, いくつかの問題点を指摘 してい の論文 「ソ連邦における社会主 るが, その一つに, 駒林氏の 「単一」 概念把握の不十分さを挙げている. つまり, 若きソ ビエト政 ・学 権によ って示された新しい学校 「単一労働学校」 についての駒林氏の理解の仕方は, 「ソ ビエ1 校の基本的性格=原 則の把握における 『単一』 と 『労働』 の分離, つまり両者を同次元における二 者としてとらえており, 『労働』 こそがも っとも根本的原則であり, 『単一』 の原則も教育と労働 ) 」 というので の結合の原則にもと づいて分析すべきであるとの観点が貫かれていない弱さがある3 ‘EAI あ る, さ らに, こ の 指 摘 を 補 足 した 註 の 中 で, 竹 田 氏 は, 「単 一 労 働 学 校」 の ロ シア 語 . I Ha” ‘EA Tpy4oBaR 1nKO刀a“ の ・ - 4Ha”” は 「単 一」 よ り か, む しろ 「統 一」 の 方 が, よ り 適 訳 で は な い. ) だろうか, という問題提起までおこな っている4 . 竹田氏のこれらの指摘に対 しては私も同感であ 5 ) 統一 」 という訳語を使用 してきた, 1 68年 以来, 「 り, 例えば後者に関しても, 9 i 6 l i t sschul e 「統 一 学校」 と い う 用 語 は, も と も と, ドイ ツ の 日inhe , フ ラ ンス の coe un que の. 訳語として, 西欧教育史の研究者によってわが国に紹介され今日に至 っているわけであるが, それ は, 一般には, 教育機会の均等を保障するための, いわゆる単線型学校制度の意味で理解されてい る. すなわち, 「あらゆる有能なるものに, 彼が達しうる最高の陶冶段階にまで上 昇する可能性を ) 」 という定義に代表されるように, 与えてやる如き, 陶冶諸施設の良く秩序 づけられた教育組織6 統一学校は, 労働者・農民等, 民衆の子弟であ っても, 彼が有能でさえあれ ば, 上級学校進学の機 会が保障されるような制度を意味していた。 それ故, それは, 袋小路的な小学校系統からの中学校 系統への接続, つまり民 衆学校から伝統的中等学校への, そしてまた職業系学校から大学への進学 を可能にするた めの制度を意味するにす ぎず, あくまで伝統的学校系統と しての中学校系統を中心 においた一方的発想であった, 極言すれば, 中学校系統そのものは改革の対象にならず, も っぱら 小学校系統の袋小路的性格 がうんぬんされたのである, しか しなが ら, 克服すべき課題は, 後者同様, 前者にも大きく存在していたはずである, 生産労 働に従事する意欲も技術も持たず, もっぱらアタマだけを使 って労働者や農民を支配・搾取する資 本家や地主を養成 してきた中学校系統 (労働蔑視の普通教育系統) は, たとえ袋小路的系統であっ ても, 取得した読み書きや技能を活用 しながら, カラ ダを張 って生産労働に従事する労働者や農民 を育成 してきた小学校 系統 (普通教育軽視の職業教育系統) と比較して, 決 して優れているとはい ー2 8一.

(3) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部C). 昭和47年9月. えず, 厳しい批判の対象でなければならなか った, すなわち, 「そこに学ぶ者が,.社会階層的にい って全く異な っており, したが って歴史的には, それぞれ別個のものとして発達してきた二つの学 校系統, つまり伝統的な複線型の学校体系を, 超階級的な単線型の学校体系に改革すること」 「す ) べての学校教育の間に有機的統一を実現しようとする」 こと (統一学校運動の理念? ) は, 小学校 系統を中学校系統に一方的に統一することでは決してなく, またその逆でもない, 両者の統一, つ まり両者の短所を克服し, 両者の長所を結合した新しい学校の設立を目指すものでなけれ ばな らな かった. すなわち, 人間 (社会) の生存と発達の基礎である生産労働と結合させながら, す べての 青少年のアタマとカラダを統一的・多面的に発達 (全面発達) させる学校, 「すべての児童o生徒 の知育と体育を科学性に貫かれた教育にまで高め, 同時に両者を技術教育を通して労働の中に統一 ) していく学校」 こそ が, あるべき統一学校でなければならないように思われる8 , 教育と生産労働 の結合, 精神労働と肉体労働の分裂の克服を志向しない統一学校論は, 単なる単線型学校制度論に すぎず, それ故にまた, 現実的基盤を欠いた構想にと どまるのである, I I HaH と こ ろ で, ソ ビ エ ト教 育 史 の研 究 者 に お い て は, 多 く の 場 合, 社 会 主 義 学 校 と して の ”EA. Tpy4oBa“ mI くo〃a“ の ”E 即日aH“. が 「単一」 という訳語で紹介され, 逆にその同じ語が, 西欧教 ) 育史の研究者においては 「統一」 という訳語で表現されてきた9 . 資本主義的 「統一学校」 と区別 l tsschul e した 意 味 で の 「単 一 学 校」 と い う 表 現 (前 者) で あ る の か 否 か, そ して ま た Einhei ,きcoe. と同じ意味内容で把握された結果の 「統一学校」 という表現 (後者) であるのか否か, 明 確な説明に接し得ないが (表現の相違には意味がなく, 説明自体, 無意味であると考えられている のかもしれない が) ,私には, 単なる教育機会均等論, 民主々義の形式面の主張にとどまりがちな西. unique. 欧の 学 校 論 と 比 較 して, む しろ, こ の ムE即Haa TpyAOBa” 皿KO刀a” こ そ, 「単 一」 で な く 「統 一」. という表現を用いることが, よりふさわしいような気が してならない. 教育と生産労働の結合を基 礎に, 精神労働と肉体労働への分裂の克服, 人格の全面的開花をめざすはずの社会主 義学校こそ, 「結果」 に力点がおかれ, ときには 「画一」 「狭さ」 という貧弱なイメ ー ジを伴いがちな 「単一」 という表現より, 「過程」 に力点がおかれ, ときには 「未来への豊かな可能性」 を感じさせる 「統 )を使用 したいように思われる し 実際に使用 してきたのである. o 一」 という表現l 統一学校ならびに社会主義学校についての以上のような把握と表 現が, 果して正しいのか否かの 結論を引き出すことにはならないまでも, 私の今回の考察においては, 世界で最初の社会主義革命 を実現したソ ビエト政権のもとで, 初代の教育人民委員 (文部大臣にあたる) に任ぜられ, 12年間 も そ の要 職 に あ っ た. 1 )の 分 析 を 中 心 に して, 彼 の 志 向 A, B, ル ナ チ ャ ル ス キ ー の 国 民 教 育 論 集1. した社会主義的学校制度の理念を考えてみたい。 1, 徹底した教育機会均等の宣言 ソ ビエ ト政権下の新 しい学校 ”EAI IHa” Tpy40BaR mKom ” の ”EA I I Ha”“ の 説 明 と し て, 一 般 に. ) 2 」 と略称) とともに公布されたルナチャルスキ 18年, 「統一労働学校令」 (以下 「学校令. 9 は1 ,1 i 下 「布告」 と略称) における次の指摘が引用されて ーの起草文書 「統一労働学校の基本原則」 ( い る,. .. 「学校が統一的 ( eA 1 t Hb爺) でなくてはならないということは, 何を意味するであろうか。 それは OA を I H ) 学校, 1つの連続した階段を 正規の学校の全体 系が, 幼稚園から大学に至るまで, 1つの ( なしている, ということを意味する, それは, すべての子どもが, 1つの学校, 同じ型の学校に入 学して同じように 自分の教育を始めねばならないということ, すべての子どもが, その階段を, そ の最高の段階に まで進む権利をも っているということを意味している1の」 一 29 一.

(4) . vo l .23 No ,I. i lofr Iokka id。 Uni ーo i i t t rna L t ver s t on (Sec on IC) y of Bduca. sept,1972. 「布 告」に お け る こ の 指 摘 が 示 す よ う に, ル ナ チ ャ ル ス キ ー に お い て,新 しい 学 校 に お け る EA} i HaH. は, 何よりもまず学校段階の袋小路的性格を否定 した, いわゆる単線型学校制 度の主張を意味して いたことは明らかであろう. 彼, ルナチャ ルスキーは, この 「布告」 と 「学校令」 の草案を発表し た第1回全ロ シア教育大会 (1 9 18年) での最初の演説の中で, 「私が国民教育人民委員に任命され たとき, 人民が私に負わせた巨大な責任を私は感じないわけにはいかなか った. 問題は, も っとも 速い, も っ とも広い形式で, 人民への知識への伝達を遂行し, 社 会の小さな部分だけに与えられて 4 ) いる知識への特権を破壊することにあ った1 」 と語 っているが, 「社会の小さな部分だけに与えら れている知識への特権」 を拒否するものとして提出された新しい学校制度の原 則 が こ の. EA} IHag. 皿KO遁a であ ったのである, すなわち, 「ブル ジョア独裁の諸国家において国民教育が どのよ う に. 構成されているかをよく調べてみると, まず第 “こ, 学校がいくつかの段階に原則的に区分され, 低い段階から高い段階 へと通じることができるであろうような階段が, あらゆるところで, 多かれ 少なかれ, 完全に断たれてきたことに, われわれは気づくのである, それは反社会主義的であるだ 5 )」 と 指 摘 す る ル ナ チ ャ ル ス キ ー に あ っ て は け で なく, 反 民 主 々 義 的 で も あ る1 , 「わ が 国 に は, 小. 学校または国民学校 〔の系統〕 と, 中学校 〔の系統〕 とがあってはならない. どのような家庭で生 まれたものにせよ, すべての少年少女が, 第1科の統一労働学校の同一の第1学年に入学するので ある, 彼らのなかの各人が, 全く同じように, 第1料の4年間 を終ったら, 第2料に移る同一の権 6 )」 と い う EAを 利 を も っ て い る1 IHaR mK Oれ a ,「同じ程度の才能 をもつ子 どもたちが教育のすべての 段階に対 して平等な権利を享受する E即Ha ” mKO遁a , という基準は, われわれの建設の強固な基準 )」 こ と が 強 調 さ れ る の で あ っ た 7 で な く て は な らな い1 , しか しな が ら, 新 しい 学 校 に お け る EAI IHan を, 上述のように単なる単線型学校制度の主張とい う意味においてだけ理解してしまえば, それは, 西欧の統一学校運動の中でも展開されてきた統一 学校論と同じ線上での教育機会均等論にとどまるものであり, その限りでは, 私の主張してきたよ. うな意味での 「統一学校」 と必ずしも同 じではない. 「す べての子どもが」 「その最高の段階にま で進む」 「権利をも っている」 という表現に しても, 機会均等保障の程度の相 違として, つまり西 欧的統一学校論と同じ線上での発展と して, 一応は理解できるわけである. しかし一方でまた, 「布告」 における, このような機会均等宣言は, その表現における徹底性と いう意味において著しい特徴をもつものであり, その点の意義を強調すれば, それは単なる民主々 義的主張であることを越えて, むしろ, そのさ らに高い段階としての社会主義的主張ということに なるかも しれない. このような徹底 した機会均等宣言としての 「統一学校」 の意義について, ルナ チ ャ ル ス キ ー は, 別 の 論 文 の 中 で, 次 の よ う に 指 摘 して い る.. 「統一学校という原理の宣言は, 実現されつつある社会主義の自然な原理であるだけでなく, それはまた民主々義的改革の完成でもある, 統一学校, 教育に対する平 等な権利というものは, その本質において, ブル ジョア革命の最後の環でもあり, 同時に社会主義革命の最初の環でもあ ) 8 る1 」. すなわち, 「ブルジョア革命が, 架空な政治的平 等と現実の経済的不平等との間の……完全な矛 ) 9 盾のために, 絶えず損傷を受けている1 」 のに対 して, 社会主義は, その矛盾の克服を通して社会 0 ) 2 的平等の完全な実現を目指す ものであり, 教育的平等 を徹底して宣言 しうるだけの社会改革的努 力を伴 っていた. それ故, 機会均等についての徹底的主張 それ自体, 現実的には, 社会主義的主張 であり, その意味では, ルナチ ャルスキーの統一学校構想も, 伝統的統一学校論とは何らかの区 別をされるべきものであり, 「機会均等保障の程度の相違」 と して簡単に同類化できない側面をも っ て い る と い う こ と に な る か も しれ な い. ル ナ チ ャ ル ス キ ー は, 「布 告」 の 中 で さ らに, 「新 しい 一3 0-.

(5) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部C). 昭和47年9月. 学校はすべての段階において無償であるだけでなくて, 誰もが入れるもの, そ してそれがしっかり 1 ) 定着したものになるためには, できるだけすみやかに義務的なものにならなくてはな らない2 」こ とを指摘 しているが, この指摘もまた, 機会均等を実質的に保障していく上において重要な指摘 で あるといえよう, 「布告」 とともに採択され制定された 「学校令」 の中でも, 「第3条, 第1料学校および第2科学校における教育は無償である. ) 2 第4条, 第1科学枝および第2科学校への就学は学令期の全児童にと って義務である2 」 という表現のもとに, 大学に直結する完全な中等教育の無償制と義務制が明確に規定されている の で あ る, も ち ろ ん, こ こ で の 就 学 義 務 は, 「布 告」 に お け る 「す べ て の 子 ども が・ ・…・権 利 を も っ て い る」. ことを前提とした指摘, つまり現代の生産様式が不可避的に要求する知識や技能 (それなく して現 代社会の主人公たりえない知識や技能) を, すべての子どもに例外なく保障するための就学保障義 務と解す べきものであろう, このソ ビエト的義務概念については, すでに笹島勇治郎氏も, ソ ビエ )の中で, 「この就学義務は, ある意味では子ども 3 トにおける 「義務」 学校の歴史を考察した論文2 たちが教育を自発的に受ける条件を, あらゆる面から, できる限りの手段によ って, 保障する義務 を国家が負うという意味に理解されるものである」 と指摘している. 加うるに, ソ ビエト的教育無 4 )が指摘するように, 「授業料 ・や教材の費用や全在学期 償の主張は, レーニ ンやルナチャ ルスキー2 間を通じての生徒の扶養費を支払う金をもたない人間, そういう人間には, あ っさり中等教育を受 けさせない」 ブルジョア的階級学校と訣別する上で大きな意義を有するものであ った, 従 って, ソ ビエト学校における統 一学校の理念は, 「徹底した教育機会均等の宣言」 としての意 義を有するものであり, その限りでは, 従来からの 「単一」 という訳語も, 「不完全」 な機会均等 論としての (それ故に 「不完全」 な統一学校論としての) 西欧的統一学校論と区別する意味におい て, つまり 「完全な平等」 「完全な統÷」 の実現という意味において, それなりの妥当性を有して い ると い う こ と に な る か も しれ な い.. ところで, このようなソ ビエト的教育機会均等論は, なによりも, 労働者・農民の教育機会を奪 っていた古い制度に対する批判として主張されているものであり, その結果, 「労農優先」 という 立場にも立っていた。 すなわち, 「布告」 では, すでに紹介した 「単一」 概念規定に続く文章の中 で, 次 のよ う に述 べ て い る,. 「おそらく国家が, ロシアのすべての子どもに近い将来の大学入学をいますぐ保証するという 課題を解くことは, 全く物質的にできないことであろう だが, すべての場合に, 学校の1段階 から他の段階に移ることは, まず第1に, も っとも才能のあるものに保障されねばならないが, 5 )」 そ の 際, プ ロ レタ リ ア ー トや 貧 農 の 子 ども た ち に は 優 先 権 が 与 え られ る2. このような プロレタリアート・貧農への教育機会優先の立場は, 「才能のよりすぐれたものとい えば, よりよき準備を受けているものとか, 農民や プロレタリアートに比較して家の事情がよくて 6 )」 と い う 不 自分の認識をよりすみやかに広 げることのできたものであることが, しも しば で あ る2 平等な現状の認識に立脚するものであるが, その根底には, 竹田氏も指摘しているように, 「教育. 機会はそれを得る者の自由時間の保障においても, 教育機会の物質的条件の保障においても, まさ にそれは労農大衆の労働の成果にほかならないとの, 教育機会をめぐるも っとも本源的, も っとも 7 ) 」 も包含されていたといえるであろう. 従って, このような労農大衆の労働を根底 科学的な認識2 」 であり, それ故にまた機 においた教育機会均等論の展開は, 教育機会均等理念の 「深化」 「発展- 会均等が保障される べき教育の質を問うていくことになるのである。 しかしその際, ルナチャ ルス キーは, 労農優先が プロ レタリア階級性の一面的強調 (教育独占) として, 行き過ぎて把握される 一 31 -.

(6) . vo l .23 NO .・. l。f H0kka i do Uni i i i Journa t ty of Bduca t ver s on (Sec on I C). Sept . ,1972. こ と の な い よ う, 一 方 で ま た 注 意 を 喚 起 す る の で あ っ た. す な わ ち, 「も っ ぱ ら プ ロ レタ リ ア ー ト. のための学校に ついて配慮しなければならないという思想, そ して指導者であり独裁者でもある階 級の手で教育を独占するという着想は・ ・…・疑う余地なき異端として, 教育の課題の正 しい設定から 8 ) の 偏 向 と して, そ も そ も の 初 め か ら, は っ きり と 非 難 しな け れ ば な らな い2 」 「プ ロ レタ リ ア ー ト. と他の大衆とを分離すること, 彼らを他の住民と分離すること, たとえその組織性の故にであれ, 他のすべてのものよりもはるかに先進的な自分たちの目的の提起の仕方の明瞭さの故にであれ, プ p レタリアートを人間の特別な陣営に変えてしまうこと,. このような分離は, 破滅的な政策であろ. )」 と 9 う2 . こ の よ う に ル ナ チ ャ ル ス キ ー に あ っ て は, 労 農 優 先 の 思 想 も, プ ロ レタ リ ア ー トの エ ゴイ ズ ム と. してではなく, 国民諸階層に対する深い配慮も伴いなが ら, 民主々義の 「深化」 「発展」 として, 慎 重 に 展 開 さ れ て い る の で あ る. しか しそ の こ と は, ソ ビ エ ト 国 家 に お け る プ ロ レタ リ ア ー ト の 指. 導性を決 して弱めるものではなく, 「諸階級の完全な廃絶をもた らすところの, また搾取者たちと 反 動 家 た ち と は 別 と して す べ て の 人 々 に と っ て 善 な る も の で あ る と こ ろ の, プ ロ レタ リ ア ・ イ デ オ ロ ギ ー の 精 神を も っ て, プ ロ レタ リ ア ー トに よ っ て 指 導 さ れ る 国 家 の た め の 最 良 の 学 校 と い う 問 題. 0 ) として, 正しく表現3 」 することの重要性が確認されるのである. すなわち, 徹底した教育機会均 等宣言としての統一学校の理念は, 当時の歴史的諸条件のもとで, 一定の枠内での労農優先の導入 に よ っ て, そ の 「徹 底 さ」 に ふ さ わ しく 補 完 さ れ, さ らに「プ ロ レタ リ ア ・ イ デ オ ロ ギ ー の 精 神」で. も って肉づけされることによ って, 教育機会均等理念の内実をも問うていくことになるのである. 口, 下級学校 (職業 系学校) と中学校 (普通学校) を統一した新しい学校の提唱 新 しいソ ビエト学校の建設は, それ故, 教育機会の保障だけを問題にしているのでは決してなか った. すなわち, 「問題は, 現在のままの学校を, すべての人が入学できるようにす るということ だけにあるのではない. 何故なら学校は, 以前の制度がそうならせていたような性質のものであっ ては, 労働大衆には役立たないであろうからである, 問題は, 学校を, その精神において真に人民 ) 1 的なものに, 根本的に改造することである3 」 という 「布告」 の指摘から明らかなように, 就学の 機会が保障されるべき学校の質が, 同時に問われていたのである. さて, 「学校令」 の第1条 (およびその注) が規定しているよう に, 「統一労働学校」 は, 「学 校を, 小学校, 高等 ・学校, 古典中学校, 実科学校, 技能学校, 技術学校, 商業学校その他あ らゆ ) 2 」 して登場することになっている. つまり, 以 る種類の下級学校と中等学校に 分けることを廃止3 前の「労働大衆には役立たない」様々な学校, 大きく分けて農民・労働者層の子弟を対象にした 「下 級学校」 (系統) と地主・資本家層の子弟を対象にした 「中等学校」 (系統) に分類される様々な 学校を, 「真に人民的なものに根本的に改造」 したものが 「統一労働学校」 であるはずであ った. それでは, 「統一労働学校」 の前身であるはずの 「下級学校」 と 「中等学校」 は, それぞれ, どの ような理由で 「改造」 の対象にな らねばならなか ったのであろうか, まず, 中等学校に対するルナチャ ルスキーの批判をみてみよう, 彼は, 以前の中等学校が労働か ら遊離してきたことを批判しなが ら, 労働を教えることの重要性を次のように強調 している, 「諸君は, 中等学校の卒業者でありなが ら, ごく単純な生産過程の意 味さえ説明できないよう 3 )」 な 人 に, い く らで も 出 会 う こ と で あ ろ う3 「私 た ち は, 以 前 の 中 等 学 校 が つ く り だ して い た よ う な 風 に, 文 学 のイ ンテ リ ゲ ンチ ャ ァ を つ. くりだすことはできない. つまり, 私たちは, 学習対象が労働を通して知覚されるように配慮せ ねばならないと同時に, 子どもたちに労働そのものを教えることもしなくてはならな い の で あ. - 32 -.

(7) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部C). 昭和47年9月. 4 ) る3 」. ルナチャ ルスキーにおけるこのような労働の強調は, 社会主義革命それ自体がどのような革命を 意味していたかを想い起こすとき, 容易にうな づけるものである. 続けての引用であるが, 彼の次 の指摘は, 我々に, その辺の事情を端的に説明してくれる. 「我々は, 労働の旗をかかげて, 我々の革命を実現した…… 我々の理念は, 労働しないということにあるのでなくて, 労働が正 しく配分されるようにとい う こと に あ る の で あ る… …. 人間は, 誰でも, 労働の人間でなけれ ばならない. 科学はその労働の人間にとっての支柱に他 ならず, 知識は労働のための予備的準備と して, その人間に奉仕するものである, 科学や知識は 労働を合目的的なものたらしめ, 労働を人間の理想によ って規定される路線を進むものた らしめ 5 )」 ん が た め で あ る3. しかしゞ 新 しい学校におけるこのような労働の強調は, 低次の, 袋小路的職業教育のそれでは決 してなかった, 「労働学校の目的は, あれこれの手工業の教えこみでは決してなく, 労働のも っと も重要なす べての形態のものの方法を, 一部は, 学校作業場や学校農園において, 一部は, 製造所 」 であ ったのである, しかもそ 工場などにおいて, 子 どもたちに実際的に知らせる総合技術教育%) の総合技術教育は工業的なそれで あり, 「最近の技術の科学にす っかり浸透されたこの工業労働を 7 ) 」 のでなければな ら 通して, 子どもが宇宙世界と社会世界とを自分で習得するように行なわれる3 なか った. 「なぜなら, これらの世界のすべての糸が, 製造所のうえで, または工場のうえで交錯 7 ) しているからである3 」, それ故, 総合技術教育とい っても, 「主眼点は, あれこれの技術的専門 の習得におかれるのではなくて, それ自体としての工業を, 現代の人間の生産によ って規定される 」 のであり,「技術はそれ自体としてだけではなくて, 自 あらゆる科学を知ることに置かれている卯) 3 ) 」 然科学的ならびに社会科学的意味においての広範な普通教育の支柱としてとりあげられるもの7 でなければならなか った, さ らにまた, 新しい学校に取り入れられる労働それ自体も, 教育的意義 をもつ一定の労働に限られること, つまり 「1時間の労働であっても, それをしたため, 子どもが 前よりもかしこくなり, たくみになるというようでない とすれば, それは学校に存在する権利をも 」 ことが強調されているが, そのためにも, 労働を教育的, 科学的に意義づけ高めて っていない%) いく土台としての普通教育, 総合技術教育の重視が主張されるのである, ルナチャルスキーの以上の指摘か らも明らかなように彼の労働教育の主張は普通教育, 総合技術 ●も, 教育の原理としての労働を規定した12条に続 教育の重視を中心とするものであり, 「学校令」 く13条 に おい て, 次 の よ う に 規 定 して い る,. 「第1 3条, 労働学校における教授は, 両段階とも, 普通教育的, 総合技術的性格をもち, その 9 ) 」 他に体育と美育に重要な地位が与え られる3 ところで, 労働学校におけるこのような普通教育, 総合技術教育の強調は, 革命前のもう1つの 学校, つまり 「下級学校」 (系統) に対する批判と改造を意味していたことになる, すなわち,「以 前の学校では, それの下層のものは, 極端に放置しておかれたり, 場合によ っては, 故意に与え ら 立たされていたりした, それは 庶民 の た め の 学 校 で あ る こ と に よ る も の で れた有害な特徴で目. 0 ) あ った4 」 と指摘されるように, 自然や社会についての科学的認識は与え られず, 社会の主人公と してではなく, 受動的に生きる べく教育されていたのに対し, ルナチャルス キーの労働学校におい ては, 低次の労働に埋没する人間ではなく, 「その時代の完全な知識を身につけ, 十分に教授され ) 1 」 が 育成されね た労働者であると同時に, 実生活の主人公であることを自分の中に統一した人間4 ばな らないと強 調されているのである, 統一労働学校の建設は, それ故, 地主・資本家層の中学校. - 33 -.

(8) . Vo l ,23 No .I. lof Hokka ido Uni Journa i ty of Educat i i ver s on (Sect on I C). Sept . ,1972. (系統) に対する批判と改造 を意味するだけでなく, 農民・労働者層 の下級学校 (小学校系統) に 対する批判と改造をも意味していたのである. 換言すれば, 統一労働学校は 「労働から遊離した , 普通教育 偏重」 と 「労働に埋没 した普通教育軽視」 を総合技術教育を中心に して統一 した 「統一・ ) 2 普通教育・労働・総合技術学校4 」 と表現されるべき内容をも っており, それ故にまた, 新 しい学 校における EAr IHa” は TpyAOB a” と 結 合 して, 二 つ の 学 校 系 統 の 「統 一」 と い う 意 味 を そ の 根 底 に も っ て い る と考 え られ る の で あ る. 従 っ て, EAHHa” に 対 す る 「単 一」 と い う 表 現 は こ の よ う に ,. 密着 した意味内 容をも っているはずのE即日 a H と Tpy4oBaa と い う 二 つ の 原 則 を 切 り 離 して 把 握 す る危険性を伴うものであり, 「統一」 という表現の方が, 学校制度の二つの原則の有機的把 握とい う意味において, より適当な表現であるようにも思われてくる. 「完全な平等」 「完全な ・統一」 と しての単一も, 労働の原則と並 列的に把握されては, 現実的基盤を失うことになるかもしれない . も ち ろ ん, EAL IHa” と T ag をそれぞれ 「制度」 と 「内容」 に対応 した原則として, 切り離し pyAOB. て把握す ることもできるわけであるが, ブルジ ョア民主々義における 「形式と実質」 との 「制度 , と内容」 との矛盾の克 服を目指すはずの社会主義下の学校制度においては, 二つの原則の一体的把 握が重要であ るといえるであろう. m, 労働を基礎にした専門と一般との, 個と全体との調和的統一 と こ ろ で, ル ナ チ ャ ル ス キ ー の 統 一 学 校 論 の 中 で, 、 「多 様 化」 の 問 題 は どの よ う に 考え られ て い. たのであろうか, 「布告」 の中では, 「統一学校という概念は, 学校が同一型のものであるべ きこ と を, 必 ず しも 前 提 と して い る も の で は な い」 「一 定 の 年 令 つ ま り14才 か ら 若 干 の コ ー ス 別 や , ,. 3 ) 部門別の分化が 学校に許される4 」 という表現をとり, その理由を次のように述べてい る. 「国家には専門家たちが必要である, 青少年たちは明らかに種々の傾向と才能をも っている , 教育学そ のものは, 知識の範囲を順次にせばめていくこと, 特別に選択した教科に注意を集中す ることに賛成して いる. なぜなら, 自分の専門以外の どのような人間的なことにも無関心な専門 家や, なんでも少し知っているが, 何一つ徹底的には知っていないよう な皮相家は, ともに, 教 養ある人間という理想か らはほ ど遠いもの であるか らである」 と, そして同時に, その分化は , 「どのような場合にも, 閉鎖的な性格を帯びるものであ ってはならない」 ことが強調され, 分化 した後も, 「多くの基礎的な教科がすべての生徒を統一させるものとして残る」 とされている4 ) 3 , しか し, 「布告」 におけるこのような表現は, 一般に指摘されているように4 4 ) , 「学校令」 の作 成・成立過程における分化 をめぐる賛否両論の妥協的表現であり, 「布告」 の起草者ルナチャルス キー自身は, どち らかといえば否定 的であったと考え られる, 192 0年代初頭の総合技術かそれとも 単科技術かの論 争の時期にも単科技術を主張する多くの意見の中で 「一定の職業を速成的に教え , 込むよりも, 総合技術的に, つまり真に科学的な人間を養成す ること」 の重要性を強調し 職業教 , 育開始年令を1 4才に引き下げることには, レーニ ン同様, あくまでも一時的措置として考えていた 5 ) も ち ろ ん ル ナ チ ャ ル ス キ ー に お い て は 「何 人 も 職 業 教 育 を 身 に つ け て い な い で 普 の で あ る4 . , , ,. 通教育を身につけているということはできない. 各人が自分の専門をも っていなくてはならない, 6 ) 各人が何かしらの達人でなくてはならない4 」 と指摘されるように, 職業教育それ自体の意義は強 調されているのであるが, 同時にまた 「1 6才になるまでは, 社会主義的な労働教育としての普通教 育を子どもたちに身に つけさせることに しよう, 1 6才にな った後に, 彼は自分で職業を選択する, 6 ) そしてその後は, むろん職業教育を受けるのである4 」 ことが強調され,概して,統一労働学校 (8 7 ) 6才) における職業的分化には, 1 ~1 919年の党綱領同様4 , 否定的であったといえよう. しかL, いずれに しても, ルナチ ャルスキーにおいて, 統一学校という概念が多様化それ 自体と. 一 34 -.

(9) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部C● ). 昭和47年9月. 矛盾するものとして把握されていなか つたことだけは確かであり, その背景には, 次のような分業 観, 教養観が存在していた, すなわち, 「私たちの現代の文化は, ある人々はある任務を, 他の人 々は他の任務を背負うというようにできているのであ って, 同時に立派な医者であり, 画家であり ) 8 音楽家であり, かつ技術家である, ということはできない4 」 , 「私たちの社会の良き市民は, 誰で も自分の専門 をもっていて, そのことで自分の腕をみがき, それを詳細に知り, それに慣れ, また ) 8 それ故に, その分野で立派に仕事をしていく4 」 という考え方のもとに, 「人間の社会は分業に進 8 ) んでいく」 「真に人間的な正 しい社会は分業によ って運営されていく4 」 ことが肯定されるのであ る, しかし同時に, その分業は, 社会を構成するす べての人間が, 財貨にせよ, 認識にせよ, でき る限り大きな共通の資本を獲得し, 幸福にな っていくためのものでなくてはならないことが強調さ れる. すなわち, それぞれの専門分野の仕事が どのようなものであるかについての共通の認識を自 覚していることが重要であり, もし各自が自分の仕事のことだけしか知らないで, 他の人々の仕事 のことを知らないとすれば, 分業の成果は共通の資本にならず, 文化は崩れさ ってしまうことにな る, そ れ では い け な い の で あ っ て, 従 っ て, 教 養 あ る 人 と は, こ う い う こ と の す べ て を 知 っ て い る. が自分の専門をも っている人, つまり 「自分の仕事のことを詳細に知っているし, また他のことに 8 ) 」 でなければなら ついても, 人間の営みはどれ一つ自分に無縁ではないと, 堂々と言明する人間4 ないと主張されるのである. 続けての引用であるが, このような 「教養ある人間」 に ついて, ルナ 9 ) チ ャ ル ス キ ー は, 次 の よ う に 彼 独 特 の 美 しい 表 現 で4 , 明 快 に 説 明 して い る。. 「あらゆることについて上すべりであるべ きではなくて, 彼は自分の専門をも っていなければ ならず, 自分の仕事を知 っていなければならないものであるが, しかし同時に, 認識の他の どの ような領域にも興味を感じることや, そこへ入っていくことができなくてはならないのである, そ うい う 人に は, 自 分 の ま わ り で 演 じ られ て い る す べ て の コ ンサ ー トが 聞 え て く る. 彼 らはす べ て の 音 が 聞 き分 け られ, そ れ らのす べ て の 音 が 合 流 して 一 つ の ハ ー モ ニ ー と な っ て い く, そ れ を. 私たちは文化と呼んでいるのである, そして, 同時に彼は一つのきま った楽器を演奏するのであ るが, 立派な演奏をして共同の富に価値ある貢献をおこなっていく. その共同の富は, す べてが 全体として, 彼の意識の中へ, 彼の心の中へ反映していくのである. 知性的に発達した人間とは ) 8 」 こういうもの, 教養ある人間とはこういうものである4 このように, ルナチャルスキーにおいては, 専門性を基礎に した全体的認識の重要性が指摘され るのであるが’ それは, 「一般教養が人間の専門をだめにして, そのため, も っとも嫌悪す べ き現 象 の 一 つ で あ る デ ィ レ ッ タ ンテ ィ ズ ム を 生 ぜ しめ る よ う に な っ て は な らな い の と 同 様 に, どの よ う. ) 8 」 からである, とくにデ な場合にも専門が人間の一般教養をだめにするようであ ってはならない4 ィ レ ッ タ ンテ ィ ズ ムに 対 す る ル ナ チ ャ ル ス キ ー の 警 戒 心 は 強 く, 「デ ィ レ ッ タ ン ト, つ ま り 花 を 享. 楽し, 花を摘みと って, その精神を奪い去るような人間はいてはならない, どの一分野においても 人間は自分で創造 し, その分野において, 個人の力を創造的に緊張させ, 自分の胸のうちを傾けて 掘りさげた仕事をし, 自分の頭脳をしぼ って人類のための真に重要な成果を創造 していくことがぜ ) 8 」 と強調されるのである, 何如なら, 彼の目指す社会は, 職業 (労働) を通 し ひとも必要である4 て 「全人類がひとりびとりに奉仕しなければならず……つくりだされたす べてのものがひとりびと り の 手 に 入 る も の で な く て は な らな い」 社 会 な の で あ っ て, ブ ル ジ ョ ア 社 会 の ご と き 「. 庶民. と. 呼ばれる大多数のものが労働の重荷を背負し …・ , 専門性がほんとうの人間を片輪者に しているほ どまでに進行し, そして同時に, 沢山の寄食者やのらく ら者がいて, 享楽するだけで何も創造 しな 0 ) い5 」 ような社会を否定していたからである.,このように, 社会主義社会の人間は, 何よりもまず 労働する人間, 労働を通して共同の日的に奉仕する人間でなければならず, そのためには, 各人が - 35 -.

(10) . Vo l .23 NQ I. i f Educat i lof Hokka ido Univer i J。uma on IC) t s on (Sect yo. sept . ,1972. 具体的な専門的職業に立脚 しなければな らないのである. 従 って, 「も し専門化が, 社会に おいて ある個人が演じる独自な役割をあらわし, それを促進するものであるならば, それは調和のとれた ) 1 人格という理想と矛盾するものではない5 」 し, 「集団を土台に して人間の特殊性が完全な発展を ) 2 」 と指摘されるのである. みることが, われわれには必要なのである5 以上考察 してきたように, ルナチ ャルスキーにあ っては, 普通教育と総合技 術教育が重視される 一方, 多様性または専門性それ自体が必ず しも否定されているわけでなく, 労働を基礎に した専門 と一般との, 個と全体との調和的統一という意味をも含んでいるという点において, 多様性と必ず しも矛盾 しない統一性という表現の方が画一というイメ ー ジを伴いがちな単一性という表現より, より適当であるようにも思えてくるのである, お. わ. り. に. ・き この小論の意図は, 〔はじめに〕 で述 べたように, 「単一労働学校」 という訳語で紹介され て たソ ビエト政権下の 「単一」 はいかなる理念を有するものであ ったかを, 初代教育人民委員ルナチ ャ ルスキーの著作を中心に分析しなが ら, その訳語の適格性をも含めて検討 し, そのことによ って 彼の志向した社会主義的学校制度の性格を明 らかにすることであった. さて, この小論の中では, ルナチ ャルスキーにおける統 一学校の理念は, 1, 「徹底した教育 機 会均等の宣言」 , 皿. 「労働を基礎に専 , 口, 「職業学校と普通学校を統一 した新しい学校の 提唱」 門と一般との, 個と全体との調和的統一による全面発達 した人間の育 成」 の三つの特徴に整理され て 説 明 さ れ た の で あ る が, ル ナ チ ャ ル ス キ ー に よ る EA - I H湖 に つ い て の 定 義 的 説 明 そ れ 自 体 に お い. ては, すでに紹介したいくつかの引用文からも明らかなように, あくまで1を中心内容とするもの で あ り, 口, 皿 に つ い て は, 直 接 的 に は 全 く と い っ て よ い ほ ど言 及 さ れ て い な い, 従 っ て, 「統 一. 学校の理念」 が1 1, 皿の意味内容をも含んでいるという指摘は, 私見にもとづく広 義の解釈という ことになり, ルナチャ ルスキー自身における統 一学校理念の把握についての説明としては, 不正確 と い う こ と に な る か も しれ な い. l l a” こ の よ う な 食 い 違 い が 生 ま れ て しま っ た の は どう し て で あ ろ う か. ル ナ チ ャ ルス キ ー が, EAq. を区別 しすぎて, つまり 前者を学校制度の外的原 則として, 後者を内的原則として, 並列的に説明しす ぎているためであろうか. あるいはまた, 逆に私が, 両者を結びつけて把握しよ と. TpyAOBaa. うとしたあまり, 「統一学校」 といいながら実は 「統一労働学校」 そのものを総括的に論 じるよう な結果にな ってしま ったためであろうか, 双方に非があるのか, いずれかに非があるのか, 私の判 . 少な 断を越える問題であり, またそのような問題設定自体, 非生産的なのかもしれない. しかし, 」 あるいは 「学校 くとも, 「統一労働学校」 という表現が, 「労働と学校 (教育) の統一 (結合) (教育) の統一原理としての労働」 という意味内容を含んでいることは否定できないように 思われ るのである. そ してまた, 社会主義的学校に ついてのルナチ ャルスキーの数々の指摘が, そのよう な意味内容をも った学校論の展開であったことは, すでに考察してきたことか らも明らかであろう IHan 統一学校の理念と してこの小論の中で指摘 した三つの特徴点は,仮にルナチャ ルスキーの EA- mKona の理念としては正確でなか・ ったとしても. 彼の志向した社会主義的学校制度の特徴点と し. て確認されねばならないように思われる. 0月8日, 広島大学) にて発表したもの草稿を, 一部修正・加 (付記) 本稿は, 教育史学会第1 5回大会 〔1971年1 筆したものである.. 0年, 所収論文. 97 1) 「護座・現代民主々義教育, 第1巻」 青木書店, 1. - 36 一.

(11) . 第 23 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要(第一部C). 昭和47年9月. 59年, 所収論文. 2) 海後勝雄編著 「社会主義教育の思想と現実」 御茶の水書房, 19 8 3) 前掲 「講座・現代民主々義教育, 第1巻」p ,16 . 4) しかし, 竹田氏も, 註におけるこの指摘以外は, 本論においても,さらにまたそれ以前の 著作においても「単 一」 という訳語を使用 しているし, その訳語使用の理由も語っていない. 5 8年1月提出の東京教育大学修士論文 「全面発達と後期中等教育制度--いわゆるフルシチョ フ教育改革 ) 196 の分析を中心に--」 の 「序章, ソ連邦の後期中等教育制 度の系譜」 i l l i t i t i en Au賃.1922. [ em,ZWe nhe sche Sd1u che deut sys 6 ) G. Kerschensteiner , Dase. 長井和雄:統一学校制度の諸問題〔神奈川大学研究報告)より.. 7 ) 志村雄一郎:統一学校運動 (「現代教育事典」明治図書, 1961年) 7年) 椎名方吉:統一学校運動 (「教育社会学辞典」東洋館, 196 8 ) マルクス, エンゲルスの著作の分析を中心にして,マルクス主義的学校制度を構想 した拙稿「統一学校論-- 0巻第1部C, 1 97 0年) の中で, このような私見 全面発達理論からの一試論--」 〔北海道教育大学紀要, 第2 を展開したことがあるので, 参照されたい,. 9 ) 例えば, 前者に関しては, 腕林邦男氏の前掲論文の他, 藤井敏彦氏の 「 単一労働学校 の成立とソビエ ト 96 8年), 学校の創造」 (広島大学教育学部紀要, 1 55年. 後者に関しては, 梅根悟著 「世界教育史」 光女社, 19 刺 71年, においては, 「統一労働学校 川野辺敏氏の, ごく最近の著作 「ソ ビエ ト教育制度概説」 新読書社, 19 という訳語が使用されているが, 「統一」 概念についての説明は見当らない, 1 0 ) 「単一」 「統一」 についての, このような把握は, 科学的裏付けをもちえない, 全くの主観かもしれない, l l IH np i l l ( H) という場合, 両者の長所の結合 aKT しかし, 例えば, 「理論と実鴎の統一」 (EAHHcTBOTeopl による, より深化した可能性への志向を内包しているように思われる. 1yHaqaPcm焔, O HaPOAHOM 06Pa3oBaHI I L 1 1 1 ) A. B.J , MocKBa ,1958. 0年はこれに収録されている43篇の演説女, 論文のうち, 9篇を翻訳 96 矢川徳光訳 「労働教育論」 明治図書, 1 したものである. 12 ) 例えば, 前掲の駒林邦男氏の論文. 柳久雄著 「生活と労働の教育思想史」 お茶の水書房, 1962 ,p .339 . 1yHaqapcKI 8 3(矢川訳 「労働教育論」 明治図書, a3oBaHml 13) A.B,J 1n o HapoAHOM 06p .52 , cTp ,195 p,37. 14) Tan , 1 Ke ,13) ,32~33(矢 川 訳, p , cTp .) 15) TTah l (e. cTp .395(矢 川 訳, p .177) .H 07(p ー くe ) 1 6 ) TaM.> ・ CTP I .97. ) 17 ) TaM Ke .179 . cTp .397〔矢川訳, p ,) 7 ) 1 8 Ke ) Ta ハ 1 .396(矢川訳, p .17 , cTp .) 19) TaM,〉 Ke . cTp .395(矢 川 訳, p.177). 0 2 ) 論文の中で, ルナチャルス キーは, 社会主義と平等の関係について, 次のように述べている. 「平等は, 共産主義の基本的原理の一つである. ウラジーミル・イ リイ チが与えている社会主義の定義によれ Ke ば, 社会主義とは, 平等のほとんど完全な実現ということである」 〔TaM.〉 .cTp ,396) 3 7 ) 5 矢川訳 2 3( c 21 ) Ta ) 〈 e T 1 p n ・ , . . , . p ′ l IKH 01 l c rop lm neAaror ・ 1 ・ 22 ) XpecTo1aTHH1 ,443. , CTP , MOCKBa ,1957 0巻, 昭和39 1 )(東京教育大学教育学部紀要, 第1 2 3 ) 笹島勇治郎:ソ ビエ トにおける義務教育学校の歴史から( 年3月) 5 ) 2 4 ) レーニン:ナロー ドニキの空想計画の珠玉 (「レーニ ン全集第2巻」大月書店, p ,49 ) ルナチャルスキー:階級的学校について, (矢川訳, p .91 25) A. B,刀yHaqapcKHH O HapOAHOM 06pa30Bamm,cTp ,523(矢 川 訳, p ,37). 08 ) 2 6 ) TaM Ke .98 ,cTp ,1 .〉 , (矢川訳 p 2 7 ) 「講座・現代民主々義教育, 第11巻」 青木書店, p .167 , 3 2 8 ) TaM Ke .cTp ,19 .) . (矢」=訳 p,144~145) 4. (矢川訳, p 46 ) 0) TaM,) 29 )3 1 ( e .1 .19 ,cTp 3 Ke 31 ) TaM .36) ,cTp .52 ,〉 . (矢川訳,p I 1 To qcroPHH 口eAaromK 32 ) xpeCTOMaTH只I .442~443. ,CTP 1yHaqapcK 1 in o HapoAHOM 06pa3oBaHHH 33) A, B.J ,107. (矢 川 訳, p .96) ,CTP i (e 3 4) Tai ,110 ,〉 .cTp , (矢 川 訳, p.102) 35) TaM,〉 (e i . 22~23) .CTP ,39~40. (矢 川 訳, p 36 ) TaM,〉 i くe .40) .525, (矢 川 訳, p .cTp 37) Ta~ 1 Ke .174. (矢 川 訳, p .136~137) ,} .CTP. - 37 -.

(12) . vo l ,23 N0 ,.. ) 38 39 ) 40) 41 ) 42 ). l。f Hokka ido Un iver i f Educa ion (Sect i journa t t s on I C) yo. Septリ ー972. Taル 1 Ke .105) .) . 112 ,cTp , (矢 川 訳, p xpecTOMaT1月1 10l icTopを川 口e亙aro川 船1 .445. ,CTP A. B.J 1yHaqapcKH轟 O HapoAHOM 06pa30細 川IH,cTp .36) ,523. (矢川 訳, p. TaM.) 57 Ke .cTp .1 . (矢」=訳なし) ルナチャルスキー自身の表現によるマルクス主義的学校の定式は, 「統一・労働・総合技術・工業学校」. ・ (EAHHaH Tpy40BaHI I0mTexHL 1 Ke ,cTp qecKaa M HHAycTPHa汲bHa” mKO』a. .TaM.) . 174) で あ り, 普. 通教育という表現は, 定式の中では使用されていない. このことは, 普通教育に対する彼の自覚が必ずしも十 分ではなかっ たのではないかという疑問を若干抱かせるものであるが, しかし, すでに紹介してきた一連の引 用女からも想像できるように, 「総合技術 (的) ・工業 (的) 学校」 という表現の中に, 普通教育の重視が含 まれていたと考えたい. 43) TaM.) Ke .cTp .37~38) ,523~524, (矢 川 訳, p. 例えば, 前掲の駒林論文, 藤井論女. 駒林邦男: 「単一労働学校令」 (19 1 8年) について, (「教育学研究」2 5巻4号, p .47) 参照. TaM.田e 55 33) ,cTp .1 .1 . (矢川訳, p 19 1 8年のソ同盟共産党 (ポ) 綱領の第12章に, 次のように規定されている. 「1 7才までのすべての男女児童に対する無料で義務的な普通教育な らびに総合技術教育 (生産のすべての主 要部門のことを理論と実際とにおいて知らせる教育) を実施させること. ……1 7才以上の人々に対して, 一般 的・総合技術知識との関連のもとにおいての職業教育を広汎に発達させること」 (xpecTOMaTH只 ”0I CT0p朋 neAaror I IKI I I ,CTP.448~449) 48) A. B. 刀yHaqapcKL 1 r l o HapOAOM 06pa3oBa均IH .62~63, (矢 川 訳, p.61~62) ,cTp 49 ) 彼は, 狭義の教育人民委員としてだけでなく, 社会主義文化全般の発展の上でのす ぐれた活動家として知 ら れている. とくに, 芸術史家, 文学史家, 文明批評家, 劇作家などと しても著名であり, す ぐれた著作を残 し 44) 45 ) 46 ) 47). て い る, 50) Tan l) 4) Ke .64(矢川訳, p ,6 ,cTp. 51 ) TaM,〉 Ke .cTp .195) ,444. (矢川訳, p 52) TaM.) Ke .447) .447. (矢 川 訳, p ,cTp. - 38 一.

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参照

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