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トルコにおけるクルドの春 (トレンド・リポート)

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Academic year: 2021

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トルコにおけるクルドの春 (トレンド・リポート)

著者

間 寧

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

215

ページ

41-43

発行年

2013-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003656

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  ク ル ド 独 立 派 組 織 で あ る ク ル ディスタン労働党(PKK)とト ルコ政府との間で過去三〇年間続 き、四万人の命を奪った紛争に終 焉がみえてきた。PKKはトルコ 政府との交渉の末、今年五月にす べての兵力(約五〇〇〇人)の北 イラクへの撤収を開始した。本レ ポートでは、PKK紛争終結の背 景と今後を、トルコの内政と周辺 諸 国 と の 関 係 の 観 点 か ら 分 析 す る。

●PKK武装闘争の経緯

  PKKはクルド民族の独立を目 指 し て 一 九 七 八 年 に ア ブ ド ゥ ッ ラー・オジャランによりトルコで 結党された。その後、トルコ政府 の弾圧から逃れてシリアに基地を 構えてトルコ領内に侵入、一九八 四年にトルコの南東部を中心に武 装闘争を開始した。PKKとトル コ国軍の間の紛争は一九九〇年代 に激化したが図1、PKKをかく まうシリアに対してトルコが一九 九八年一〇月に最後通牒を突きつ けると、シリアはPKKの基地を 閉鎖し、オジャランを国外追放し た。   オジャランは逃亡後、一九九九 年二月にケニアのギリシャ大使館 で拘束されトルコへ引き渡される と、裁判で死刑判決を受けた(そ の後の刑法改正で終身刑に減刑) 。 拘束されたオジャランが停戦を呼 びかけ、北イラクのカンディルに 逃避したPKKの指導部もこれに 応じて二〇〇〇年から四年間はP KK紛争は下火になった。   しかし民主化後のイラクでPK Kがクルディスタン地方政府の庇 護を享受するようになると二〇〇 四 年 に P K K 指 導 部 強 硬 派 が オ ジ ャ ラ ン の 弟 を 含 む 穏 健 派 を 追 放・粛正し、再び武力闘争に転じ た。後述のようにトルコ国内での 被害が増大すると、二〇〇七年一 二月、二〇〇八年二月、二〇一一 年八月にはトルコ軍が北イラクの PKKに対する越境攻撃を行うま でになり、トルコ政府とイラク政 府およびクルディスタン地方政府 との関係が悪化した。   このようにPKK紛争が続く一 方 で、 獄 中 の オ ジ ャ ラ ン や カ ン ディルのPKK指導部は二〇〇四 年以降も毎年のように停戦を宣言 し、数カ月後にそれを破棄すると いうことを繰り返してきた。その 表層的原因は、PKK指導部で新 たに生じた穏健派と強硬派の対立 や、分派した過激派による単独行 動などに求めることができる。ま た停戦がPKK兵力建て直しのた めに利用されているに過ぎないと の指摘もあった。しかしこの矛盾 する行動の真の原因は、 ト ル コ 政 府 が オ ジ ャ ラ ン お よ び 他 の P K K 指 導 者 と 和 平 の た め の 秘 密 交 渉 を 行っていたことにある。 P KK側は、 和平への姿勢を 示す方で、 交渉上の立場を で き る だ け 有 利 に す る た め に 武 力 闘 争 を 用 い て い たのである。

●政府とPKKの秘密

交渉

  二 〇 〇 二 年 総 選 挙 で 公 正発展党 (AKP) 政権を 樹立したレジェップ・タイップエ ル ド ア ン( 二 〇 〇 三 年 よ り 首 相 ) は、PKKを含めたクルド問題の 解決を長期的に模索していた。P KKとの戦いはトルコの人的・経 済的資源の大きな損失をもたらし ていた。それに加え、AKPはク ルド人からの支持がクルド政党で ある平和民主党(BDP)に次い で強いため、クルド問題の解決は AKPのクルド地域での支持基盤 確立に繋がるという背景がそもそ もあった。クルド地域では宗教性 が強いうえに、AKPもクルド人 をトルコ人と同じムスリム同胞と して接してきた。   政府はクルド語放送拡充やクル ド語教育機関設立などをEU加盟 Uppsala Tezcur 12 10 08 06 04 02 2000 98 96 94 92 90 88 86 1984 4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 図1 PKK紛争での犠牲者数:1984〜2012年

(出所)Uppsala Conflict Data Program(2013)およびTezcur(2013)より筆 者作成。

(注)Uppsala Conflict Data Program(2013)はPKKと軍人を合わせた1984〜 2011年の犠牲者数の下限推計値。Tezcur(2013)はPKK、軍人、民間人を合 わせた2002〜2012年の犠牲者数。

 

 

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の条件として実現したが、それと は別に、エルドアンはトルコの従 来の国民国家認識、すなわちトル コ人はすべてトルコ民族であると の 認 識 を も 変 革 し よ う と 試 み た。 エルドアンは二〇〇五年八月、ト ル コ は 民 族 モ ザ イ ク 国 家 な の で、 ト ル コ 人 と は 上 位 ア イ デ ン テ ィ テ ィ で あ り、 下 位 ア イ デ ン テ ィ ティとしてはトルコ民族、クルド 民族など、多様なものがあると世 論に訴えた( Milliyet 2013 )。た だしこの主張はトルコ民族主義派 からはもちろん、宗教保守派や世 俗主義派からも、トルコを分裂さ せるとの厳しい批判に合い、世論 の認識を変えることはできなかっ た。   ところでエルドアンが世論変革 を試みたこの時期は、PKKとの 和平模索開始時期に一致する。政 府は二〇〇五年以降、イムラル島 刑務所に服役中のオジャランPK K 党 首 と 秘 密 裏 に 断 続 的 に 交 渉 し、PKK武装闘争終結の可能性 を探った。二〇〇九年夏には政府 が ク ル ド 自 由 化 策 を 打 ち 出 し た が、その裏ではオスロでの秘密交 渉 (オスロ過程) が進展していた。 オスロ過程での合意により、同年 一〇月にはPKK戦闘員と協力者 三四名がイラク国境から帰還する までに至った。   しかし帰還者が群衆の前で勝利 を宣言すると、これに政府が反発 し、帰還者を投獄した。その後も オ ス ロ 過 程 は 秘 密 裏 に 続 い た が、 二 〇 一 一 年 七 月 に 突 如 中 断 さ れ た。その背景には同月のPKKに よ る「 偶 発 的 」 国 軍 攻 撃 事 件 や、 同年六月総選挙戦でエルドアン首 相 が ト ル コ 民 族 主 義 に 訴 え て オ ジャランを糾弾したことなどによ る政権とPKKの間の相互不信の 高 ま り が あ っ た と さ れ る( Inter -n at io n al C ris is G ro u p 2 0 1 3 )。 オスロ過程は、政権およびPKK が裏で取引をしながらも表の政治 で両者が機会主義に流れたことで 頓挫したといえる。

●秘密交渉から公開交渉へ

  オスロ過程の中断はその後、決 定的になった。政府がオジャラン と直接交渉していることが総選挙 後にメディアに漏洩され、しかも オジャランと交渉していた国家諜 報局(MIT)局長らに二〇一二 年二月、逮捕状が出されたのであ る。しかしこのような(司法府を 握る、エルドアンと袂を分かった イスラム勢力による)和平への抵 抗は、かえって和平交渉を加速さ せた。交渉決裂は、政府が和平反 対勢力に屈したことを意味するか らである。政府は同月、MIT局 員などの逮捕に首相の許可を義務 づける立法により逮捕請求を取消 させた。   他方、シリアの内戦で二〇一一 年八月以降、トルコが反体制派支 持を明確にして以降、PKKのト ル コ に お け る テ ロ 活 動 が 頻 発 し た。特に二〇一二年七月から八月 にかけてイラク国境付近のシェム ディンリでPKK自爆テロが頻発 すると、 国軍が掃討作戦を行った。 同八月には南東アナトリアでBD P国会議員がPKKと抱擁する映 像がインターネットに流出、一一 月にはオジャランPKK党首の獄 中待遇改善を要求して国内各地の 受刑者がハンストを行うなど、政 府とPKKの関係は悪化した。   しかしハンストがオジャランの 呼びかけで開始から六八日目に終 了すると、PKKの交渉相手とし てのオジャランの影響力を政府は 再 認 識 し た。 年 齢( 現 在 六 五 歳 ) を気にするようになったオジャラ ンにとっても身柄の自由を獲得す るには和平が必要だった。この機 に政府はPKKと交渉しているこ とを公に認め二〇一三年一月、M IT長官が政府特使としてオジャ ランと交渉開始した。同月パリで PKK幹部三名暗殺されたが、和 平 交 渉 の 妨 げ と は な ら な か っ た。 ま た 同 月、 ( ク ル ド 語 を 含 む ) 母 語での口頭弁論を認める刑事訴訟 法が成立し、PKKの従来の要求 のひとつが実現した。   二月にはBDP議員が獄中のオ ジャランと面会して和平に向けた 彼の提案を聞き取り、北イラクの PKK指導部に伝達した。そして 三月のクルドの新年にオジャラン が和平を呼びかけ、北イラクのP KK指導部も停戦を宣言した。こ の 間、 政 府 は 武 装 解 除 と 撤 退 を、 PKKとBDPはPKK戦闘員の 身の安全を保障するための法改正 ないし国会決議を、それぞれ要求 するものの、 合意に至らなかった。 しかしPKKは自らが宣言した五 月八日までに北イラクへの撤退を 開始した。急進展する和平交渉に ついて、国内では当初懐疑的な見 方もあった。政府は四月、六三名 の知識人、経済人、芸能人からな る賢人会議を召集して全国(七地 域別)に派遣し、PKKとの和平 についての世論を把握すると同時 にその理解を得ようと試みた。ト ルコで信頼をおかれる世論調査会 社のKONDAが五月後半に行っ た全国調査で和平への支持率は八 割に達した。

●和平の効果と今後

  南東アナトリアでは現在平穏な 状態が続き、戦闘が最も激しかっ

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たハッカリ県のユクセコヴァ郡に も ピ ク ニ ッ ク 客 が 訪 れ る よ う に なった。PKK紛争に終焉の見込 み が 立 っ た こ と の 効 果 は 大 き く いって三つある。第一に、エルド アンに対するクルド人の支持を高 める。二〇一四年に(トルコ初の 直接選挙による)大統領選挙への 出馬が見込まれているエルドアン は、大統領選挙での(上位二候補 による)決選投票回避を狙ってい る。そのためには約五割を超える 支持率を必要とするが、クルド人 の支持は、五月末以降のイスタン ブルを中心とする国内抗議行動へ の弾圧で批判にさらされているエ ルドアンに利するであろう。第二 に、より長期的には、南東アナト リ ア で 住 民 流 出 が 緩 和 す る 一 方、 農産加工業を中心に資本や労働の 流入が期待できる。チグリス河流 域にあるバトマン県の工業団地に はすでに一二五企業が入居申請し ている( Hürriyet 2013 )。   第三に、隣国のイラクとシリア においてそれぞれの中央政府から 独立傾向を強めるクルド勢力とト ルコの関係構築を促進する。イラ クではマリキ首相が独裁的政治手 法に傾くなかで、クルディスタン 地方政府がトルコとの経済関係を 深化させてきた。トルコの対イラ ク輸出の八割がクルディスタン向 け で あ る( Masraff 2013 )。 ま たクルディスタン地方政府は、イ ラク全体の石油収入のうち同政府 の受け取り分を中央政府が未払い であることを理由に、クルディス タン域内産出の原油と天然ガスを トルコに輸出することでトルコと 合 意 し た と さ れ る( Financial Times 2013 )。 内 陸 の ク ル デ ィ スタン地方政府にとって、対外貿 易の窓としてのトルコの役割は両 者の関係改善によりさらに大きく なろう。   シリアではPKKの姉妹組織で ある民主統一党(PYD)をはじ めとするクルド勢力がアサド政権 との直接対決を避けつつ自治を開 始している。トルコ政府はシリア でのPYDの台頭がトルコのクル ド民族主義を鼓舞する可能性に神 経をとがらせてきたが、PKKと の和平によりその不安を軽減した といえる。   ただし、今後のロードマップは オ ジ ャ ラ ン も 政 府 も 示 し て い な い。政府はPKKの武装解除と国 外退去を求めたが、PKKが亡命 状態の永続化を受け入れるとは考 えにくい。PKKは和平の代償と して将来的にはトルコ帰還と政治 参加を視野に入れているからであ る( T ezcür 2013 )。 現 在 の 和 平 状態を恒久化するためにはさらな る交渉が必要である。 ( は ざ ま   や す し / ア ジ ア 経 済 研 究 所   中東研究グループ) 《参考文献》 ① F in an cial T im es 2 0 1 3 . “T u r-ke y: m o re o il an d g as d ea ls w ith Ir aq i K u rd is tan ,” h ttp :// b lo g s .f t. c o m /b e y o n d -br ic s/2 01 3 /0 5 /2 2/ tu rk ey -m or e-o il-an d -g as-d ea ls -w ith -ir aq i-ku rd is ta n /? # ax zz 2 W Q pd U ie Y (A cc es se d M ay 2 4, 20 13 ). ② F in a n c ia l T im e s 2 0 1 3 b . h ttp :// b lo gs .ft .c o m /b ey o n d -b ri c s/ 2 0 1 3 /0 3 /2 9 /g u e st -p o s t-tu r k e y s -p e a c e -dividend/#axzz2WQpdUieY ③ H ü rr iy e t 2 0 1 3 . “D o ğ u 'y a gö ç b aş lıy o r, h tt p :/ /w w w . h u rr iy e t. c o m .t r/ e k o n o -mi/23053746.asp (Accessed June 17, 2013). ④ In te rn a tio n a l C ris is G ro u p 2 0 1 3 . T u rk e y : “T h e P K K an d A K u rd is h S et tle m en t,” Europe Report N ° 219 - 11 S e p te m b e r 2 0 1 2 . h tt p :/ / w w w .c ris is g ro u p .o rg /~ /m e-d ia /F ile s/ eu ro p e/ tu rk ey -c y-p ru s/ tu rk ey /2 1 9 -tu rk ey -th e-p k k -a n d -a -k u rd is h -s e tt le -ment.pdf (Accessed May 20, 2013). ⑤ M as ra ff, N az 2 0 1 3 . “G u es t P o st : T u rk ey 's P ea ce D iv i-d e n d ,” F in a n c ia l T im e s, h ttp :// b lo gs .ft .c o m /b ey o n d -b ri c s/ 2 0 1 3 /0 3 /2 9 /g u e st -p o s t-tu r k e y s -p e a c e -d iv id en d /# a xz z2 W Q p d U ie Y (Accessed April 10, 2013). ⑥ M il li y e t 2 0 1 3 . K im li k d eğ işi m i!, h ttp :// w w w .m ill i-ye t.c o m .tr /2 0 0 5 /1 2 /1 3 /s iy a-se t/ a xs iy 0 2 .h tm l(A cc es se d June 6, 2013) ⑦ T ez cü r, G ü n eş M u ra t 2 0 1 3 . “Prospects for Resolution of the K urdish Question: A Re -a lis t P e rs p e ct iv e ,” In si g h t T urkey V ol.15 No.2, pp.69-84. ⑧ U p p sa la C o n fli ct D a ta P ro -gr am 2 01 3. h ttp :// w w w .u cd p. u u. se /g pd at ab as e/ gp co u n tr y. ph p? id =1 58 & re gio nS ele ct= 10 -M id dle _E as t# (Ac ce ss ed M ay 21 , 2 01 3 ). トルコにおけるクルドの春

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1 Library, Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (3-2-2 Wakaba Mihama-ku Chiba-shi, Chiba 261-8545). 情報管理 56(1), 043-048,

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