Author(s)
西, 泉
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(18): 125-135
Issue Date
2016-03-07
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/21349
〈実践報告〉
オムニバス科目「戦後 60 年の世界」の 10 年
西 泉
要 約 「戦後 60 年の世界」と名付けられた講義は,第2次世界大戦が終結した 60 年後の 2005 年に,沖縄大学における共通科目(一般教養科目)の一つとして開講された。 2015 年は,この科目が開講されてから 10 年が経過した年である。この講義の軌跡を 概観し,大学教育におけるこの科目の意義を捉え直す。 キーワード: 世界史,戦後史,共通科目,大学教育 1 はじめに 2005 年に開講された「戦後 60 年の世界」は,2015 年で 10 年が経過したことになる。この 間,講義名を変え,内容も毎年,若干の変更を加えている。しかし,当初よりこの科目の意義 は不変である。すなわち,歴史に対する基本的な知識と感覚を培い,養ってもらうことである。 大学教育において,また特に沖縄という地にある本学において,このことがいかに重要である かという問題意識は貫ぬかれ,共有されている1。このオムニバス科目が開講されてから 10 年目 が経過した現時点において,「戦後 60 年の世界」の足跡をたどり,批判的に見直し,この科目 の意義を捉えなおすことにする。 2「戦後 60 年の世界」が歩んだ道 2.1 2005 年度から 2007 年度 本講義は他の2科目と同時に法経・人文の両学部をまたがる共通科目(一般教養科目)の一 つとして 2005 年に田里の発案により開講された2。この講義の担当者は 1997 年度まで宮城で あった3。講義はそれぞれの回を,別々の担当講師が受け持つ形式であり,いわゆるオムニバス科 目である。担当教員の仕事は,1)それぞれの講義を受け持つ教員を学内から選び,適当な日 に講義をしてもらえるように交渉する4,2)講義ごとのテーマを定め,年間のスケジュールを作 成し,受講生に周知する,3)学期末試験を作り成績をつける,の 3 点が主要なものとなる。よっ 1 同一の問題意識に基づき,同じ年度(2005 年度)から本講義とは別に「戦後 60 年の沖縄」と「戦後 60 年の日本」が「戦後 60 年の世界」と並行して開講されることになる。 2 他の2科目については,注 1 を参照。田里は法経学部所属の田里修氏を指す。 3 宮城は人文学部に所属する宮城公子氏を指す。 4 前期及び後期一講義につき1人まで外部から講師を招聘することが可能である。「外部からの講師」には 本学に勤務する非常勤講師も含まれる。本講義も何度かこの制度を利用し,他大学などから講師を招く ことができた。小出裕章氏を京都大学より招聘したのも,一部この制度を利用した(後述)。て,以後,この役割を考慮し,この科目全体の担当を受け持つ教員をコーディネーターと呼ぶ ことにする。一回一回の講義自体は,コーディネーターが選んだ担当教員がコーディネーター の要望するテーマで講義することになる。この手法は 2005 年度から現在まで変わることはない。 2.1.1 『映像で綴る 20 世紀の世界』 「戦後 60 年の世界」は当初,田里の提案により,武者小路 1991 が監修した『映像で綴る 20 世紀の世界』と並行して講義が進められることになっていた5,6。「並行して」という意味は,一回 の講義一コマ,90 分の中で 40 分あまりの時間を使い,このヴィデオを見せる。そのあとその 日の担当講師がそのヴィデオで扱われたトピックスに関連のある講義をするという形式を考え ていた。しかし,この提案は最初から頓挫することになる。その理由として, 1) 本ヴィデオは一巻の中にいろいろなトピックスがあり,そのうちの一つでも,本学教員 の専門分野と合えばヴィデオを中心にした講義を 30 回組み立てられそうな気がするが,そ のマッチング作業は当初の予測以上に困難であり,コーディネーターの手に余る仕事であっ たこと, 2) 40 分あまりある映像を見せてしまうと,教員が講義する時間が削がれ、深い内容の講 義が期待できない可能性があったこと, 3) この講義に興味を示し,講義することに積極的であった教員の専門に合う内容のトピッ クスがこのヴィデオで扱われていないケースが少なからず存在したこと7, 4) 2005 年当時は,映像を映すプロジェクターやスクリーンなどが各教室に備わっていた わけではなく,毎講義ごとに重量のあるスクリーンとプロジェクターをまえもって教室に設 置しなくてはならず,この労力がばかにならなかった, の4点を挙げることができるであろう。 2.2 2007 年度から 2008 年度 2.2.1 2007 年度からの新たな試み 2007 年度から本講義のコーディネーターを私が担当することになって始めたことは,つぎの 4点である。 1) 本講義は 2 部/夜間の科目であったので、上記 2.1.1 で述べた映像を 90 分の講義内に組み 入れることをせずに,1 部と 2 部の間にある 40 分間の時間帯に図書館の付属施設であるミ ニシアターで上映することにした。上映は講義が火曜日の 6 校時だったので,その曜日の 17 時 50 分から講義が開始される 18 時 30 分の 5 分前,すなわち 17 時 25 分までとした。 コーディネーターは,学生と一緒にすべての巻を見ることにした。戦後史であるから,第 5 田里が「戦後の世界」や「戦後の沖縄」,「戦後の日本」という戦後史シリーズ 3 本立ての共通科目を提 案した背景には,このような優れた映像データの発売があった。これは彼との個人的な会話で得た情報 である。 6 全 34 巻の内容については次のサイトが詳しい: http://www.mmjp.or.jp/cerebro/worksv1.html 2016 年 1 月 2 日参照。現在は DVD 化されている。 7 たとえば私が担当した回では,「心の発見——認知科学の誕生」という題で 1950 年代にアメリカ合衆国東 海岸で始まり,世界に広がった認知科学 cognitive science の話をした。このトピックの年代に対応する ヴィデオは第 18 巻「深まる東西分裂 (1954-56)」であろうが,ブダペスト大虐殺やグレース ケリーの結 婚などのトピックスは扱っているが,1956 年 9 月 11 日マサチューセッツ工科大学(MIT)で開かれた, 認知科学の誕生を世界に告げることになるシンポジウムのことは触れられていない(Miller 1976)。この 「誕生」に関しては,ガードナー 1988: 26-29 (Gardner 1986) に詳しい。
一回目の上映は「第 11 巻 第2次世界大戦勃発(1938~1939年)」からとして8,30 回ある講義が受け持つそれぞれの年代にある程度対応する時代のヴィデオを上映していっ た。受講生にとって,この映像を観る時間は,一コマ分には含まれていない。よって,こ れを観るか観ぬかは,任意の選択となる。 2) 30 回すべての講義にコーディネーターが出席し、聴講した。それは,i) どのような講義内 容になるのか個人的にも興味が尽きなかったことと,さらにその内容にもコーディネーター は一定程度の責任があること。ii) 30 回の講義を聞き,それぞれから2〜4問の問題をコー ディネーターが作成し,それを学期末試験に出題しようと考えたこと(後述)。 iii) 他者の 講義を他の講師が自由に聴ける環境を作る第一歩とすれば,FD(Faculty Development) に 貢献できる,と考えたこと。但し,コーディネーター自身が講義をするときに,この科目 に関与する講師全員に聴講を呼びかけたが誰も参加しなかった。この試みは,一方通行の ままであった。 3) 受講生に,30 回の講義をしっかりと聞き,また積極的に講義に参加してもらうために,問 題を講義ごとにコーディネーターが作成し,それを期末試験の問題群とした。すなわち, 各講義あたり,2 〜4問を作成し,その中から受講生は1問を選び前期及び後期それぞれ計 14 問に答えてもらう形式を編み出した。問題はすべて記述式であり,穴埋め問題や多肢選 択法の問題は無い。各講師が配った資料やハンドアウトの試験会場への持ち込みは不可と したが,講義のメモを取ることを推奨しその結果であるノートブックの持ち込みは認めた。 このことにより講義内容をまとめる訓練になるのではないかと考えたのである。問題点と しては,数行で記述するとしても 1 時間半の試験時間で 14 問に取り組むのは少なからぬ受 講生にとって困難をきわめる仕事量であったことである。多くの受講生は時間を延長して 試験に取り組んでいた。[補遺 2]に 2007 年度後期学期末試験の全問題群を参考資料とし て載せてある。 4) コーディネーターが工夫し,また苦慮したことは,歴史学を含む社会科学系の講義のみでは なく,人文科学,さらに自然科学の歴史的進展を把握できるよう,コンピュータ科学や生 物学を専門とする講師も招き,30 回分の講義を構成したことである。[補遺 1]を見ると, 前期では戦後史のテーマとして「冷戦時代の特徴」「中国における革命」「公民権運動」「ヴェ トナム戦争」「中国の国連復帰」などのテーマでそれぞれの専門の講師が話しをしている。 後期になると,「イラン・イスラム革命」「南アジアにおける植民地からの解放」などがあ る。その間にコンピュータ科学や認知科学,環境法を含む環境学,会計学,経済学,英語 学などを専門とする講師がそれぞれの分野における「戦後史」を話す講義がはさまれている。 これで,戦後史をその社会的・文化的側面も含め網羅しているとはとうてい言えぬが,そ れぞれのバランスに配慮したシラバスと言えよう。この講義はほぼ毎年「コンピュータの 誕生」を最初の回に配置している。これは,この講義を発案した田里の意向をコーディネー ターが汲んだことによる9 。 2.3 2009 年度 通年科目で 4 単位科目であった「戦後 60 年の世界」が,この年から前期と後期に分かれ,「戦 8 上記,注 6 の URL を参照。 9 田里は戦後史を規定する大きな要因はコンピュータ技術の発展とその普及にあると,個人的な会話の中 で述べていた。
後 60 年の世界 I 」と「戦後 60 年の世界 II」の2つの独立の科目となりそれぞれ 2 単位ずつの 半期科目となった。 その内容は,戦後世界史の前半を「戦後 60 年の世界 I 」で扱いその後半を「戦後 60 年の世 界 II 」で扱うことになったのみであり,2008 年度以前と較べて大きく異なるところは無い。 2.4 2010 年度から 2011 年度 2010 年は戦後 65 年にあたる。いつまでも「戦後 60 年」ではないので,この年から 2.1 で 言及した三科目はそれぞれ「戦後の世界」「戦後の沖縄」「戦後の日本」と講義名が改称された。 2.5 2012 年度 前期科目の名称を「I」, 後期科目を同一名称で「II」とする講義の命名方法を止めよう,との 動きが全学的に起こった。通年 4 単位の科目を「I」「II」と機械的に分け 2 単位の半期科目にす るだけでは,通年科目を 2 つに機械的に分けただけで実質的にセメスター制へ移行したことに はならない,というような議論が存在した。その議論に沿う形で,この科目も前期のみ「戦後 の世界」とし,後期は「現代の世界」と改称された。 2.5.1 東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故 2011 年 3 月 11 日に日本周辺域における観測史上最大の規模,モーメントマグニチュード (Mm)9.0 の地震,いわゆる東日本大震災が起きた。続けて福島第一原子力発電所で,国際原子 力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル 7(深刻な事故)の状況が生まれた。「現代の世界」 という新しい科目が設置されたほぼ 1 年前のことである。当初,この大震災によって惹起され た事態と「戦後の世界」が結びつくことはなく,2011 年度の「戦後の世界 I, II」では「戦後 60 年の世界」及び「戦後の世界」が通年であったころの内容をそのまま踏襲していた。しかし「現 代の世界」という新たな革袋を与えられると,そこにあらたなワインを入れたくなる。 後期開 講科目を「現代の世界」と名付けたとき,その科目名に副題を付けることにした。それが「3.11 後の世界」である。よってこの科目は新しい名称が付けられただけではなく,副題まで得て内 容的にもまったく新しい科目として独立したのである10。 2.5.2 「現代の世界」 2012 年度からこのような名称を得て始まった本講義の概要は,初年度のシラバス,すなわち 各講義のトピックスと担当講師を記したものを[補遺 3]として載せてある。これを見れば了解 できることだが,東日本大震災やそれにともなう津波被害についての講義も存在するが,福島 第一原子力発電所の事故とその戦後史における意味を問うたものの方が多い。この年に記した, 次年度のための,即ち 2013 年度版「講義要項/学生ハンドブック」のシラバスでは11,「現代の 世界」を私は次のように紹介している12。 10 副題は大学が学生に配る「講義要項/学生ハンドブック」やオンラインで閲覧できるシラバスには載せ ていない。最初の講義日に配る紙媒体のシラバス等に記入したのであり,この科目の正式名称に副題は 存在しない。 11 学生に配られるこの冊子は 2008 年度のものまでは「Okinawa University 講義要項」という名称であ り,2009 年度より「学生生活ハンドブック」という名称に変更されている。ここでは統一して「講義要 項/学生ハンドブック」と呼ぶ。 12 これを記したのは,2012 年 11 月か 12 月であろう。
2011 年 3 月 11 日,巨大な地震が起き,東北地方を津波が襲った。さらに福島第一原子力 発電所は機能不全に陥り,現在でも放射能汚染をはじめ,問題は何も解決していない。今回は 「3.11 後の世界」という副題を付け,[2011 年]3 月 11 日後の世界とはいったいどのような世 界なのか,その意味を問う。(「講義要項/学生生活ハンドブック」2013 年度版 398) 「 戦後 60 年の世界 」 及びその後継の「戦後の世界」から一貫していることは,歴史学のみで はなく,自然科学や人文科学,及び社会科学の領域から広くテーマを得ていることである。ま ず第2講と第3講では,震災後の東北を知ってもらうため,災害復興の専門家と,沖縄大学の 学生を連れて岩手県大槌町でヴォランティア活動をした福祉文化学科の教員を,講師として招 いた。さらに,第8講では,宮川が東京での被災状況を自らの体験として語った13。2011 年 3 月 11 日の金曜日に公共交通が止まる中で小学生であった息子とはぐれ数時間後に再会できた話や, その後福島第一原子力発電所からの放射能汚染を避けるため沖縄島北部への移住を決意した話 などに,受講生の関心が一挙に高まった。沖縄出身の学生が大半を占めるこの講義で,受講生 は東日本という沖縄から遠く離れた地域での災害や事故を初めて自らのものと感じることがで きたのではないかと推測する。この効果がこの講義全体にあたえた肯定的な影響を考慮して, 翌年度以降,すなわち 2013 年度より,彼女には 15 回のうちの前半部分に来てもらい,講義を してもらうことになった14。 第 12 講を担当した深澤はたまたま韓国でフィールドワークをしていた最中に 2011 年 3 月 11 日 を体験した15。歴史研究者の立場から「変わらぬもの=韓国における儒教の教育施設」と 「刻々と変わっていくもの= 3.11 後の状況」を対比させ,歴史における時間というものを考え させる講義を展開した。 その他にも,行政学の立場から,このような大災害時には通常の行政システムでは対応でき なくなることを精緻に説いたのは第 9 講であり,福島第一原子力発電所の事故が与える被曝被 害の影響を,過去の被曝研究を踏まえて科学的に説明したのが第5講である。さらに「アウシュ ヴィッツの後で詩を書くことは野蛮である」とのアドルノの言葉を引きつつ,3.11 後の文学は それ以前の文学と「同じ」であり得ないことを,韻文や散文の例で示したのは第 10 講である。 この他の講義も,ここに詳しく述べることはできぬが,凡て知的好奇心を刺激するものであった。 なお,第4講の小出は16,コーディネーターが2つの YouTube を編集しながら提示することで 一回分の講義とした17。 2.6 2013 年度から 2014 年度 2012 年度の「現代の世界」講義予定表を発表したところ,複数の講師から小出が実際に来て 講義をするのか,との質問を受けた。この問いかけをきっかけにして,2014 年度に開講される 「戦後の世界」または「現代の世界」に彼を招聘することになり,コーディネーターが小出とそ の交渉に当たった。それが実現することになったのが 2014 年 6 月 18 日のことである。 13 宮川めぐみ氏は,名桜大学総合研究所の共同研究員(社会政策部門)であった。 14 2013 年度は,第4講 10 月 22 日にお願いした。 15 法経学部に所属する,深澤秋人氏である。 16 京都大学原子炉実験所に所属する小出裕章氏である。 17 1) http://www.youtube.com/watch?v=4gFxKiOGSDk 2) https://www.youtube.com/ watch?v=EIOHCJd7ur4
2.6.1 小出による講義 2014 年度の「戦後の世界」第 10 講は,小出が招聘講師として講義をすることになり,拡大 講義として「原子力と核、戦後世界が戦前に変わる日」というテーマで 6 月 18 日に開かれた18 。拡大版とした理由は,1)13 時から 16 時までという従来の講義の 2 コマ分としたこと,2) 広く一般市民の参加を募り開放講義 open lecture としたこと,の 2 点による。小出は前半で福 島第一原子力発電所で実際に起こったことを解説し,放射能汚染をふくむその危険な状況を説 明した。後半では,沖縄がかかえる問題にも言及して「戦後世界が戦前に」回帰している危機 感を率直に表明した。詳しくは,質疑応答部分も含めこの講義全体が公開されているのでそち らを参照して欲しい19。この講義は一般市民を含めて 231 名の参加者を集め20,会場の同窓会館で は収容できず,多くの正規受講生はミニシアターにて同時中継された映像を観ることになった。 2.7 2015 年度 2015 年度は,招聘講師として沖縄現代史を専門とする新崎を招ぶことになったが21,彼はその 招聘を受ける条件として,この講義の趣旨を再度明確にするようにコーディネーターに要請し た。その要請を受けて書かれたものが[補遺 4]として本稿の末尾に載せてある。記された日 である 2015 年 2 月 1 日は,ジャーナリスト後藤健二氏が「イスラム国」のテロリストに殺害 された翌日である。イラクやシリアの情勢だけではなく,COP20 やギリシャでの総選挙など, 2015 年 1 月 25 日からの一週間で世界ではどれほどの事が起き,世界はどれほど急速に動いて いるのかを示した資料となっている。 3 おわりに 2005 年度に開講され,「戦後の 60 年の世界」という名称で始まったオムニバス科目の歴史と 変遷をコーディネーターの立場でまとめた。本稿において欠落しているのは,この講義を受講 してきた学生たちの視点である。が,今回の限られたページ数では,彼女,彼らの視点やフィー ドバックを記すことができなかった。 本学でも増えつつあるオムニバス科目を運営する上で,本稿がなんらかの助けになればと願う。 参考文献 ガードナー , H 1988『認知革命―知の科学の誕生と展開』佐伯胖・海保博之監訳 東京:産業 図 書 Gardner, Howard 1986 The mind's new science: cognitive revolution in the computer age New York:Basic Books
Miller, G.A. 1979 A very personal history, Talk to Cognitive Science Workshop, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts, 1 June 1979, referred to in ガードナ ー 1988. 武者小路公秀(監修)1991 『映像でつづる20世紀の記録』VHS 版 日本ビクター制作、東京: 18 小出を招聘するために,沖縄大学地域研究所と,「沖縄大学創立 56 周年記念事業」の一環としていただ いた沖縄大学の協力を得た。感謝したい。 19 前半 https://www.youtube.com/watch?v=xPKQXkOGyD8 後半 https://www.youtube.com/watch?v=YrdJoQ3DcqY (どちらも 2016 年 1 月参照) 20 この数字は沖縄大学地域研究所に保存されている資料「沖縄大学創立 56 周年記念事業『原子力と核—— 戦後世界が戦前に変わる日』」による。 21 元沖縄大学長であり現沖縄大学名誉教授の新崎盛暉氏である。
文藝春秋企画 その他: 沖縄大学 『講義要項/学生ハンドブック』2005-2015 [補遺 1] 戦後 60 年の世界――講義予定表 2007 年度 **前期** 火曜日6校時 1 ガイダンス:戦後 60 年 ───────── 西 泉 4 月 10 日 2 コンピュータの登場 ─────────── 小渡悟 4 月 17 日 3 新中国の誕生 ────────────── 王志英 4 月 24 日 4 心の発見・認知科学の誕生 ──────── 西 泉 5 月1日 5 冷戦の時代 ─────────────── 劉 剛 5月8日 (5 月 1 5日は新入生歓迎球技大会 ) 6 農薬からの脱出 ───────────── 中村和雄 5月 22 日 7 沖縄離島の現状からわが国の離島振興策をみる 友利 廣 5月 29 日 8 国際化する世界と環境法 ───────── 朝賀広伸 6月5日 (6月12日は開学記念日) 9 公民権運動 ─────────────── 屋嘉比収 6月 19 日 10 ビートルズとロック ─────────── 田里修 6月 26 日 11 ヴェトナム戦争 ───────────── 新崎盛暉 7月3日 12 フェミニズム ────────────── 宮城公子 7月 10 日 13 中国の国連への復帰 ─────────── 金城正篤 7月 17 日 14 インターネットの登場 ────────── 八幡幸司 7月 24 日 15 学期末試験 ─────────────── 西 泉 7月 31 日 16 予備日22 8月7日 **後期** 1 森の変化 ──────────────── 盛口 満 10 月2日 2 イラン・イスラム革命の衝撃 ─────── 緒方修 10 月9日 3 オリエンタリズム ──────────── 小野啓子 10 月 16 日 4 植民地からの解放:スリランカ・インド ── D. チャンドララール 10 月 23 日 5 障害者の自立 ────────────── 谷口正厚 10 月 30 日 6 「英語」からみた戦後 60 年 ──────── 伊藤丈志 11 月6日 7 パソコンの登場 ───────────── 金城秀樹 11 月 13 日 8 新しい台湾 ─────────────── 渡邉ゆきこ 11 月 20 日 9 環境問題と会計の新たな課題 ─────── 奥山正剛 11 月 27 日 10 地球環境問題 ────────────── 桜井国俊 12 月 4 日 11 東アジアの中の沖縄 歴史を忘れずに未来を拓く 又吉盛清 12 月 11 日 12 マーケティングの新潮流 ───────── 田村三智子 2008 年 1 月8日 13 国連「2002 年国際エコ・ツーリズム年」 ── 松本晶子 1月 15 日 22 予備日は何らかの理由で休講せざる得なかった講師がその講義をこの日にできるようにするために設定 してある。
14 グローバリゼーションと小さな世界 ──── 崔 珉寧 1月 22 日 15 学年度末試験 ────────────── 西 泉 1 月 29 日 16 予備日 2月5日 [補遺 2] 2007 年度 戦後 60 年の世界 後期 学期末試験 問題: 各講師のテーマ,トピックから問題を複数個作ってある。その中から一つを選び、計 14 問に答えよ。 1 森の変化 ―― 盛口 満 ( 担当講師 ) 1.1 燃料革命(薪や炭からガスへの移行)がクマを有害動物と見なし、その駆除につながっ たと言われる。どうしてそうなったのか詳しく説明せよ。 1.2 明治の開拓期、クマに殺された妊婦の死体を探し出し、葬式をあげたところ、その クマが葬式に来てさらに人を襲った。なぜこうなったのか、クマの性質をてがかりに 説明して欲しい。 2 イラン・イスラム革命の衝撃 ── 緒方 修 ( 担当講師 ) 2.1 アヤトラ・ホメイニを指導者とするイラン・イスラム革命は、「カセット革命」と呼 ばれることがある。どのような理由でこう呼ばれるのか。 2.2 イランの首都、テヘランで1979年から始まった米大使館占拠の事件を、共和党 サイド(レーガン、ブッシュ側)はどのように政治的に利用しようとしたのか述べよ。 3 オリエンタリズム ──── 小野啓子 ( 担当講師 ) 3.1 この講義を受けた学生のコメントに「他者を必要とせずとも自己を照らせるような 時代が来ることを望むばかりです」というものがあった。このコメントは、オリエン タリズムの本質を適切に表現している、と思える。このコメントがオリエンタリズム の本質をどう描き出していると言えるのか、また、なぜこの学生がこのような「願い」 を持ったと思われるか述べよ。 3.2 沖縄に対する(外からの)イメージの変遷を、オリエンタリズムの視点からたどり、 その問題点を指摘せよ。 4 植民地からの解放:スリランカ・インド ——— D. チャンドララール ( 担当講師 ) 4.1 インドではアウトソーシングのアウトソーシング(外部委託された仕事をさらに外 部委託する)が最近盛んになってきている。具体的にどのようなことをするのか。また、 このようなことが行われる背景としてどのようなことが考えられるか。
4.2 「バングラデシュでは将来が浮かんでいる In Bangladesh, a future afloat. The Washington Post, 28 September 2008」と報道された。これはバングラデシュの抱
えるどのような問題を指摘した報道なのか、述べよ。([以下の]10.1 の問題と関連あり) 5 障害者の自立 ─────────── 谷口正厚 ( 担当講師 ) 5.1 「古い自立概念(古い自立に対する考え方)」から「新しい自立概念(新しい自立に 対する考え方)」に移ることで、「自立」の意味が大きく変わった。新旧の自立概念を それぞれ説明せよ。 5.2 講義で上映されたテレビ番組(録画)において、丸山武さんは「大人として生きたい」 と述べた。彼にとって「大人として生きる」とはどのようなことなのか、説明せよ。 6 「英語」からみた戦後 60 年 ───── 伊藤丈志 ( 担当講師 )
6.1 インドやスリランカ、シンガポールでは、虐げられていた被植民者が、植民者の言 語である英語を共通語としてどうして使い続けたのか。 6.2 誤訳が政治的に利用された、または、誤訳を政治的に利用した例をいくつか挙げて、 どのような意図による政治的利用だったのか述べよ。 6.3 英語帝国主義とはどのようなことか述べよ。またこのような考え方に対するあなた の考えを述べよ。 6.4 不可算名詞である English が複数形 Englishes で使われる世界とは、どのような世 界を想定しているのか。 7 パソコンの登場 ────── 金城秀樹 ( 担当講師 ) 7.1 PC/AT 互換機が、なぜ、どのようにして標準化されたパソコンとなったのか、IBM 社の企業戦略にもふれながら、説明せよ。 7.2 IBM 社はどうしてパーソナルコンピュータの事業から撤退したと考えられるか。 8 新しい台湾 ──────────── 渡邉ゆきこ ( 担当講師 ) 8.1 1947 年に起きた 2.28 事件とはどのような背景を持つ、どんな「事件」なのか、 論ぜよ。 8.2 1996 年、直接選挙で総統に選ばれた李登輝が主張した「新台湾人」とは、どのよ うな背景から生まれてきた言葉なのかも含め、その意味するところを述べよ。 8.3 台湾で最近行われた総選挙で、野党・国民党が勝利をおさめ、与党・民進党が敗北した。 中国本土との関係を中心に、この 2 党の主張の違いを簡単にまとめよ。 9 環境問題と会計の新たな課題 ──── 奥山正剛 ( 担当講師 ) 9.1 環境家計簿とはどのようなものか、説明しなさい。 9.2 なぜ電気の排出係数は地域によって違うのか説明せよ。例えば、関西電力の係数は 0.35 であり、沖縄電力の係数は 0.93 である。 10 地球環境問題 ─────────── 桜井国俊 ( 担当講師 ) 10.1 ローマクラブのレポート「成長の限界」によると21世紀は水が戦争の契機(きっ かけ)になる、と報告されている。具体的な事例を挙げ、「水問題」の深刻さについ て説明せよ。 10.2 「公害」から「環境」への看板替えが1982年頃から始まった。どうしてこのよう な看板替えが始まったのか、「我々が加害者であり被害者である」という言葉を参考に、 論ぜよ。 11 東アジアの中の沖縄——歴史を忘れずに未来を拓く 又吉盛清 ( 担当講師 ) 11.1 日露戦争は、日本の近代戦争の始発点であり、そこから沖縄戦までにつながる日本 の近代戦の原点である、と主張されている。どうして日露戦争にそういう性格がある のか述べよ。 11.2 台湾は野蛮な地であると、ある時期、日本政府が意図的に宣伝したのはなぜか。 12 マーケティングの新潮流 ——————————— 田村三智子 ( 担当講師 ) 12.1 マネジリアル・マーケティングの考え方を活かした例として、ルイ・ヴィトンのマー ケティング戦略について具体的に述べよ。 12.2 連想・想起を確実なものにするときの困難さの例として挙げられたアセロナ・ドリ ンクのアンケート調査について詳しく論ぜよ。
13 国連「2002 年国際エコ・ツーリズム年」── 松本晶子 ( 担当講師 ) 13.1 タンザニア マハレ山塊国立公園は、1985年に日本の努力でチンパンジーの長 期調査が可能に[なり]かつ保護できるように国立公園化した地域である。その成功 した側面とうまくいかなかった側面について述べよ。 13.2 ある学生のコメントに、「人間が絶滅・危機に追いやっている動物が見せ物になって、 観光業が成り立ち、それが絶滅の歯止めになっているのですね。複雑ですね」という のがあった。これはどのようなことか、具体的な例を挙げて説明せよ。 14 グローバリゼーションと小さな世界─── 崔 珉寧 ( 担当講師 ) 14.1 産業革命後生まれた「大量生産と大きな世界」と比較して、なぜ、また、どのよう にして、現代の「グローバリゼーションと小さな世界」が生まれてきたのか、これら の「大きな世界」と「小さな世界」の特徴と差異に言及しながら、論ぜよ。 14.2 1997年頃に日本はグローバリゼーションから乗り遅れたことを思い出し、なぜ グローバリゼーションの下では、日本的な暗黙知では機能せず、形式知が必要とされ ると思うか、形式知と暗黙知の違いを明らかにしながら、論ぜよ。 [補遺 3] 「現代の世界——3.11 後の世界」講義予定表 (V.2.0) テーマ / トピックス 第1講 10 月 3 日 なぜ、今「3.11 後の世界」なのか 西 泉 第2講 10 月 10 日 震災からの復興とヴォランティ活動 稲垣 暁 第3講 10 月 17 日 学生と被災地を訪れて 山代 寛 第4講 10 月 24 日 原子力発電と放射能汚染 小出裕章 第5講 10 月 31 日 地球温暖化と原子力 桜井国俊 第6講 11 月 7 日 福島、水俣、沖縄 宮城公子 第7講 11 月 14 日 3.11 から問い直す世界史 若林千代 第8講 11 月 21 日 3.11 後: つながりに希望を見出す学び 宮川めぐみ・盛口満 第9講 11 月 28 日 3.11 後の世界:行政法の視点から 朝崎 咿 第10講 12 月 5 日 3.11 の後で文学を書くこと 我部 聖 第11講 12 月 12 日 3.11 後の世界:石牟礼道子の仕事を中心に 下村英視 第12講 12 月 19 日 3 月 11 日を韓国でむかえて 深沢秋人 第13講 1 月 9 日 3.11 後の世界の子どもたち 加藤彰彦 第14講 1 月 16 日 3.11 後の世界:歴史家の視点 田里 修 第15講 1 月 23 日 まとめ(試験) [補遺 4] 2015 年度「戦後の世界」 […]2015 年 1 月の最後の週に世界でどのようなことが起こったのか、英国 BBC のトップ ニューズをいくつかひろってみよう。 1 月 25 日の日曜日にはギリシャで総選挙がおこなわれ、急進左派連合(略称:ΣΥΡΙΖΑ , SYRIZA、「スィリザ」)が勝利を収めている。その週の土曜日、31 日には同じ南ヨーロッパ のスペイン、マドリッドで参加人数が不明なほどの大規模なデモが起きている。このデモを組 織したのは、PODEMOS という呼び名の新しい大衆左派政党である。2 つの組織に共通した主
張の底に流れているはドイツが主導している緊縮財政政策に対する反発である。欧州における これらの新しい動きが、今後どのよう発展するのか、それとも消滅していくのか、現在のとこ ろ誰にもわからない。同じ 31 日には、中東のシリア、「イスラム国」でテロリストの手により 後藤健二さんが殺害された、という情報が世界を駆け巡った*。 足元の沖縄では、昨年の一連の選挙結果に示された民意を無視して、辺野古の新基地建設工 事が強行され、抗議する人々が、警察や海保によって、排除・弾圧されている**。 この同じ週に、世界の半分以上の富が世界人口の1%しか占めぬ富める人々に握られている との統計結果が報道された。この統計自体に疑義をはさむ経済学者は存在するものの、この報 道は、昨年日本でもベストセラーの一冊に名を連ねたピケティの『21 世紀の資本』を想起させる。 すなわち現在の格差社会は、経済成長率 g よりも資本が生み出す利益 r の方が大きいことが一 因であると彼は主張している。r > g という有名な不等式である。本文だけで 600 ページを越す この大著が日本だけで 100 万冊を超えるベストセラーになっている。本学の経済学者に彼の主 張を建設的に批判していただければと希望している。 また今朝の番組(BBC)では、それぞれの国で温度差はあるものの、5 年後までに先進国にお ける貨幣の役割は 1 つの終焉を迎え、買う、売るという行為そのものがすべてオンライン上の マネーでなされるようになるという予測が報道された。昨年、問題となったビット キャッシュ はこの先駆けと考えられるのである。まさに私たちはコンピュータ の時代に生きているのであ る。 昨年 12 月にペルーで開かれた COP20 の会議でリマ宣言が難航の末、発表された。人類が、 私たちの子や孫の世代にこの地球をどのような形で残せるのか、正念場を迎えている。気候変 動の問題と、2011.3.11. 以後、問題点がさらに明らかにされてきた核の問題がリンクしている ことは多くの識者が指摘するとおりである。 世界は混迷の度合いを深めている。戦後 60 年の[年](200[5] 年 ) に始まった本講義が、こ の世界を生き抜く(survive)小さな勇気と知恵を与えてくれることを願う。(2015.2.1. 記) * すべての日付は現地時間による。 ** この一文は 2 月 1 日以降,新崎により追加・挿入されたものである。