Author(s)
宮内, 久光
Citation
沖縄地理(13): 17-34
Issue Date
2013/6/25
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/17806
Ⅰ は じ め に 日本の島嶼研究で対象となる島とは,本土1)と 位置づけられた主要5 島(本州島,北海道島,九 州島,四国島,沖縄島)を除いた全ての有人島で ある.これらの有人島は,一般的に離島2)と呼ば れる.すなわち,日本の島嶼研究とは離島研究と 同義である,ともいえる. 日 本 に は397 の 離 島 が 存 在 し,425,210 世 帯 1,088,449 人(2005 年センサス)の人々が生活を している3).離島に対する地理学者の関心も高く, これまで離島を対象とした人文地理学研究(以下, 断りがない限り地理学研究とする)は盛んに行わ れてきた.日本の地理学者が,研究対象として日 本の離島に魅力を感じるのは,離島は豊かな自然 環境を舞台に,本土とは異なる独特の社会や地域 文化などを形成し,それらが島ごとに多様性に富 み個性的であるため,と思われる. 特に,日本の南西端に位置する沖縄県には45 島 の有人離島が存在し(図1),52,477 世帯 132,572 人が暮らしている4).これらの離島は,面積や地勢, 沖縄本島からの距離,人口規模と人口構成,市町 村役場や高校など公共施設の有無,産業構造など 地理的に多様である.また,九州以北の離島とも 異なった独特の自然,歴史,文化を有しているこ とから,沖縄県の離島(以下,沖縄離島)は多く
沖縄県の離島を対象とした人文地理学研究の動向
宮 内 久 光
(琉球大学法文学部)
A Review of Island Studies within Geographical Research on Okinawa Prefecture
Hisamitsu MIYAUCHI
(Faculty of Law and Letters, University of the Ryukyus)
摘 要 本稿ではこれまで発表された離島を対象とした人文地理学の学術論文625 本の情報をデータベース化し, それを用いて発表年や研究分野などを集計することで,全国の離島研究のなかでの沖縄離島論文の特徴と 位置づけを明らかにした.沖縄離島を対象とした地理学研究は,134 本の論文が発表された.これは全離 島論文の21%を占める.すなわち,沖縄離島の研究は,スタートこそ 1962 年と遅かったが,その後半世 紀を経て日本の離島研究の中で最も蓄積が多い海域となった.また,地理学が研究テーマとして扱い始め た時期が比較的新しい医療,知覚・行動,観光,交通などの研究分野で沖縄離島を対象とした研究が多い. このように系統地理学を基盤とする第2 の型では離島研究全体をリードしているが,島の空間そのものを 対象とする第1 の型の研究の蓄積は弱い.沖縄離島を対象とした 134 論文のうち,沖縄離島全域を対象と して,離島地域の構造や特質の解明を目的とする論文が1 割程度と少なく,多くは個別の島を対象とした 論文が多いこと,4 つに分類した圏域別にみると,北部圏から八重山圏まで万遍なく研究対象地域に選ば れていることが明らかになった.今後,沖縄の離島研究が,世界の島嶼研究の先導になるには,海外の研 究者と連携をとり,国内の「離島研究」からグローバルな視点の「島嶼研究」へと進化させること.その際, 今日的な島の課題と問題解決型の研究を行うこと,が必要になるであろう. キーワード:離島研究,地理学離島論文データベース,離島問題,沖縄県
の研究者により様々な調査・研究が積み重ねられ てきた. そこで本稿では,沖縄離島を対象とした地理学 論文(以下,沖縄離島論文)のこれまでの動向を 考察し,今後どのような視点で研究を行う必要が あるのか,その方向性の一端を提示することを目 的としている.筆者は以前,日本の離島を対象と した地理学論文(以下,全国離島論文)を分野別 にレビューし,その研究動向を検討した(宮内, 2006a,2007,2009).本稿では,特に沖縄離島論 文に焦点を当て,それらが全国離島論文全体の中 でどのように位置づけられるのか,またその研究 成果は,日本の地理学研究にどのように学問的な 貢献をしたのか,を検討する. そのような課題を解明するための方法として, これまで沖縄県を含めた全国離島論文を収集し, それをもとに「地理学離島研究論文データベース」 と名付けたデータベースを表計算ソフト上5)に作 成した.データベースから発表年や研究分野など を集計することで,全国の離島論文のなかでの沖 縄離島論文の特徴と位置づけが明らかにする.次 に沖縄離島論文を研究分野別に整理し,主要論文 の内容を検討することで,近年の研究動向と学問 的貢献を明らかにしていく. Ⅱ 全国離島研究の動向と沖縄 1.「地理学離島研究論文データベース」の作成 本章では,先述した「地理学離島研究論文デー タベース」を作成し,それを集計・分析することで, 日本の地理学における離島研究全体の動向と地域 的な傾向を明らかにする.さらにそれを踏まえて, 沖縄離島論文にはどのような特徴があるのか,全 国離島研究の中でどのように位置づけられるのか を検討する. このデータベースに論文を登録する期間は,京 都帝国大学に地理学講座が設けられ,近代地理学 が制度的に確立した1907 年以降 2012 年までの 106 年間である.このデータベースへの論文の登録は, 次の基準によった. ①日本の離島を対象とした,人文地理学の学術論 図1 沖縄県の有人離島 津堅島 伊平屋島 野甫島 伊是名島 伊江島 水納島 瀬底島 古宇利島 伊計島 宮城島 浜比嘉島 水納島 久高島 粟国島 渡名喜島 座間味島 阿嘉島 慶留間島 渡嘉敷島 前島 久米島 奥武島 オーハ島 北大東島 南大東島 宮古島 池間島 大神島 来間島 伊良部島 下地島 多良間島 与那国島 石垣島 竹富島 西表島 鳩間島 由布島 小浜島 黒島 新城島上地 新城島下地 波照間島 外離島 嘉弥真島
0
50km
文を登録する.そのため,島の概観や地誌的な 論文,報告書やレポート類は登録しない. ②学術論文とは,日本国内の地理学会に所属する 者が執筆して,学術雑誌や学術書に掲載された オリジナル論文,または日本の地理学会が発行 する学会誌に掲載されたオリジナル論文である. 作成したデータベースによると,これまで625 本の離島研究論文を登録することができた.この うち,最も発表年の古い論文は,辻村太郎「伊豆 諸島の集落」,石井逸太郎「季節と共に興廃する能 登沖舳倉島の漁村」で,どちらも『地球』第5 巻 第4 号(1925)に発表されたものである.また, 沖縄離島論文は134 本である.このうち,最も古 い論文は,浮田典良が1962 年に『史林』45 巻 1 号 に発表した「沖縄久高島の土地制度」である.す なわち,日本で近代地理学が成立してから半世紀 以上経過した後に,離島研究が始まってからでも 37 年を経た段階で,ようやく沖縄離島を対象とし た論文が初めて発表されたのである6). 2.離島研究論文数の推移 本節では作成した「地理学離島研究論文データ ベース」を集計することで,全国離島論文数の推 移および沖縄離島論文数の推移を検討する. 図2 は,研究対象期間に発表された全国離島論 文の数を年別にグラフ化したものである.これに よると,全体として離島研究が盛んな期間がこれ まで5 回現われ,そのトレンドの波は時代が新し くなるほど大きくなる傾向が読み取れる. まず,第1 の波は 1925 年からの 10 年間である. 辻村太郎のほか,石田龍次郎,内田寛一など,日 本地理学史に名を残すような研究者たちが,1925 年に設立された日本地理学会の学会誌『地理学評 論』や東京地学協会の『地学雑誌』などに,経済 地理学や集落地理学のアプローチから優れた離島 研究論文を発表した. 第2 の研究の波は,1950 年代前半である.辻村 太郎が代表となり,1950 年 6 月に島嶼社会研究会 が発足した.多くの地理学者がこの会に参加し, 島嶼地理学を確立しようとして,島の定義や概念 0 5 10 15 20 25
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他府県離島 沖縄県離島 図1 地理学島嶼論文の年別発表本数(1925-2012年) (本) 図2 地理学島嶼論文の年別発表本数(1925-2012 年)などを盛んに論じ,島の地理学研究に一時代を築 いた.この研究会が理論的支柱となって,日本の 離島振興法が制定されるなど,現実社会にも地理 学者が貢献した. 第3 の研究の波は,1960 年代後半から 1970 年代 にかけてである.高度経済成長期を迎えた日本の 離島は,農村や山村と同様に過疎化が進行し,島 社会が大きく変化する.また,この時代に離島ブー ムが起こり,観光化が進んだ島が現われた.変貌 する島を対象として,地理学者も様々なテーマで 研究を行った.この波は1970 年代半ばにピークを 迎える.特に京都大学地理学教室関係者が日本海・ 奥尻島で共同調査を行った1975 年は,単年度で最 多の発表論文数23 本を記録した. 1980 年代半ばに第 4 の研究の波が現われる.こ の時期は,平岡昭利,堂前亮平,中俣 均といっ た現在でも離島研究の中心的な研究者が精力的に 研究を始めた時期と重なる. さらに,1990 年代後半から 2000 年代前半にか けて第5 の研究の波が現れる.第 5 の波は沖縄ブー ム,移住ブームと呼ばれる社会現象に対応してお り,後述するように沖縄離島を中心に研究が重ね られた. 次に,625 論文の研究対象地域を,全国スケール を対象とした研究の他,図3 に示した 6 つの海域(日 本海,太平洋,瀬戸内海,九州,薩南,沖縄)ご とに発表年代や研究分野を集計した.その結果を 示した表1 によると,これまで最も研究がなされ た海域は沖縄の島々で,134 本の論文が発表された. これは全論文数の21%である.すなわち,沖縄離 島の研究は,スタートこそ1962 年と遅かったが, その後半世紀を経て日本の離島研究の中で最も蓄 積が多い海域となった. 表1 から発表年代別に研究論文が最も多い海域 をみると,第2 次世界大戦以前の 1920 年代,1930 年代,1940 年代は日本海が最多である.それが 1950 年代になると瀬戸内海,1960 年代は九州, 1970 年代と 1980 年代は薩南,そして 1990 年代以 降は沖縄となっている.すなわち,大きく捉えると, 日本の地理学者の関心は,60 年間をかけて北の島 から少しずつ南の島へ,本土から近い海域からよ り遠い海域の島へと変化してきているといえよう. このことは,第2 次世界大戦後の歴史や社会情 勢と関係がある.すなわち,1945 年に日本の敗戦 後,北緯30 度以南の島々は米軍統治下に置かれ, 日本人研究者が容易に訪れることが出来なくなる. しかし,1953 年に薩南の奄美群島が,1972 年に は沖縄が順に日本に返還され,現地調査も段階的 に可能になった.このような歴史的な要因に加え て,船舶や航空機など交通アクセスの改善,観光 業界やマスコミによるイメージ戦略などにより, 一般国民の関心も本土からより南の,より遠くの 島々に対して段階的に高まっていった.それに対 応するように各離島では観光地化や特産品開発な ど様々な人文現象の変化がみられるようになった. このような現象を研究者が着目して,薩南さらに は沖縄のような遠隔な島での研究論文も多くなっ たと考えられる. また,1990 年代後半からは,社会的に沖縄ブー ムが起こり,沖縄の島々が経済的・社会的に活気 づくとともに,そこを対象とする地理学研究も増 加していく.特に2000 年代には,124 本発表され た論文のうち,沖縄離島論文は51 本を数え,全体 の41%を占めるまでになった. 3.沖縄離島論文数の推移 先述した通り1962 年に浮田論文が発表されて以 0 500km 図2 日本の海域 図3 日本の海域
降,50 年後の 2012 年までに沖縄離島論文は 134 本 の論文が発表された.あらためて図2 と表 1 から 沖縄離島論文数の推移をみてみる.図2 によると, 沖縄離島を対象とする研究が盛んな期間はこれま で3 回現われ,そのトレンドの波は日本の離島研 究同様,時代が新しくなるほど大きくなる傾向が 読み取れる. 第1 の波は 1970 年代である.これは 1972 年の 沖縄の日本復帰により,日本本土の研究者が沖縄 離島で調査をすることが容易になったことと関連 している.例えば,浮田典良や千葉徳爾といった 著名な地理学者が日本復帰直後の沖縄の離島で調 査を行い,その成果を地理学評論や人文地理に発 表した.一方,沖縄に在住する中山 満や宮城眞 宏も離島研究を開始し,琉球大学紀要を中心に論 文を発表している.1977 年は全国離島論文が 4 本 発表されたが,そのうち沖縄離島論文が3 本を占 めた. 第2 の 波 は 1980 年 代 か ら 1990 年 代 で あ り, 1990 年代前半がピークである.1980 年代後半から いわゆるバブル経済期となり,沖縄離島の人文現 象も大きく変貌した.また,航空ネットワークが 那覇空港を結節点として,本土路線,県内離島路 線ともに拡充したこと,沖縄島や石垣島からの離 島航路も高速艇の導入などにより,それ以前より も容易に沖縄離島まで行けるようになったことも 太字は発表年代および研究分野のうちで最も論文数が多い海域を示す . ( ) 内は各発表年代および各研究分野の合計論文に占める沖縄離島論文の比率。単位は% . 表1 年代別・研究分野別・海域別にみた地理学島嶼論文の発表本数 単位:本 全 国 日本海 太平洋 瀬戸内海 九 州 薩 南 合 計 発表年代 % 1920 年 代 0 4 1 0 0 0 0 (0) 5 1930 年 代 1 4 2 3 3 0 0 (0) 13 1940 年 代 0 2 1 1 0 0 0 (0) 4 1950 年 代 1 13 12 21 12 7 0 (0) 66 1960 年 代 4 4 8 16 27 3 3 (4) 65 1970 年 代 7 14 17 13 6 21 13 (14) 91 1980 年 代 1 6 13 25 14 29 20 (18) 108 1990 年 代 4 13 3 27 9 19 35 (31) 110 2000 年 代 6 8 4 18 15 22 51 (41) 124 2010 年 代 2 0 2 7 8 8 12 (30) 39 研究分野 島 の 理 論 12 1 3 5 3 0 3 (11) 27 離 島 振 興 5 1 0 3 1 3 2 (13) 15 人 口 0 8 6 16 8 26 15 (18) 79 集 落 1 6 9 18 19 17 23 (24) 93 経 済 1 8 8 8 20 4 8 (14) 57 農 業 2 16 14 26 6 32 33 (26) 129 漁 業 1 15 6 20 23 0 6 (8) 71 文 化 1 4 7 9 7 15 8 (16) 51 観 光 0 3 5 3 0 7 10 (35) 28 交 通 1 3 2 15 2 0 12 (34) 35 政 治 2 0 2 1 1 1 2 (22) 9 知 覚 ・ 行 動 0 2 0 1 3 1 5 (41) 12 医 療 0 0 0 1 0 1 4 (67) 6 水 利 用 0 1 1 5 1 2 3 (23) 13 総 計 26 68 63 131 94 109 134 (21) 625 沖 縄
要因と考えられる. 第3 の波は 2000 年代以降である.1990 年代後 半からいわゆる沖縄ブーム,離島ブームが起こり, 沖縄離島のさまざまな人文現象が全国的に注目を 集めた.これに対応して,研究者たちも続々と沖 縄離島に来て調査研究を行ったといえよう. このように沖縄離島論文数の推移を概観したが, これを前節で明らかにした全国離島論文の発表数 の推移と比較してみる.沖縄離島論文の第1 の波 は離島研究全体の第3 の波に対応している.ただ し,論文数のピークは離島研究全体では1970 年代 前半であるが,沖縄離島は1970 年代後半になるな ど,少しずれている.次に,沖縄離島の第2 の波 は離島研究全体の第4 の波と一部重なるが,論文 数のピークである1990 年代前半は,離島研究全体 の第4 の波と第 5 の波の狭間に位置している.沖 縄離島の第3 の波は,離島研究全体の第 5 の波と 期間およびピークがほぼ一致している.すなわち, 1960 年代以降,沖縄離島と全国離島研究全体の論 文数の推移の波は,その波形が類似しているが,沖 縄離島の第1 と第 2 の波のピークは,全国離島研 究全体のそれとは少しずれていた.しかし,最後の 第3 の波の期間とピークは全国離島研究全体の第 5 の波のそれとほぼ一致していたので,2000 年代以 降,沖縄離島研究が日本の離島研究全体の推移を 規定し,リードするようになったといえよう. 4.研究分野の特徴 大村(1958)が整理しているように,地理学に おける離島研究は大きく2 つの型に分けられる. 第1 の型は,島に特有な現象(島嶼性)や離島空 間の解明を目的に,それらを理論的,実証的に研 究する型である.また,そのような島嶼性を踏ま えて,離島振興や離島政策という応用面の研究も この型には含まれる.一方,第2 の型は,例えば 農業地理学や集落地理学など「系統地理学的立場 から,その研究対象として島を取り上げた」(平岡, 1977)ものである. 第1 の型は離島空間そのものに関心があり,「島 の理論」を追求するのに対し,第2 の型は離島空 間よりも,農業や観光など研究テーマの方に関心 があるといえよう.もちろん,第2 の型といえど も,研究結果を島嶼性との関連で論ずるものもあ り,両者の研究内容はかなり多くの部分が重なっ ている. 日本の離島研究では,島のさまざまな人文現象 に焦点を当てて研究が行われてきた.そのため, 研究分野は多岐にのぼるが,本稿では,島の理論, 離島政策,人口,集落,経済,農業,漁業,文化, 観光,交通,政治,知覚・行動,医療,水利用の 14 分野に分類する.最初の 2 分野が第 1 の型,残 り12 分野が第 2 の型の研究である. 表1 によると,全国で最も研究がされた分野は 農業で,129 本の論文が発表されている.以下,集 落(93 本),人口(79 本),漁業(71 本),経済(57 本),文化(51 本),交通(35 本),観光(28 本), 島の理論(27 本),離島政策(15 本),水利用(13 本), 知覚・行動(12 本),政治(9 本),医療地理(6 本) の順である.第1 の型である島の理論と離島政策 に関する論文は42 本に過ぎず,これは全論文数の 7%に過ぎない.このことから,日本の地理学によ る離島研究は,島嶼性や離島空間を明らかにする よりも,系統地理学のアプローチにより,対象と する事象そのものや,事象を通してみた島の地域 性の解明に比重が置かれているといえる. 研究分野別に論文が多い海域を見てみる.第1 の型である島の理論や離島政策に関する論文は全 国を対象とした研究が多い.人口は薩南(26 本) が最も多い7).このほか、薩南には伝統文化が強 く残っているため、文化でも論文数(15 本)が最 も多い.集落研究は沖縄(23 本)が最も多く、九 州、瀬戸内海と続く.経済は九州が多く,20 本で ある.これは炭鉱の島の動向に関する論文が多い ためである.農業および観光は沖縄が最多で,薩 南がそれに続く.漁業はそれらが盛んな九州,瀬 戸内海,日本海が多い.交通が多いのは瀬戸内海 と沖縄である.両海域の島々は架橋が盛んであり, 架橋による交通条件の変化が島嶼地域に及ぼす影 響に関する研究が多いことによる.水利用も瀬戸 内海が最も多く,沖縄がそれに次ぐ.知覚・行動, 医療は研究論文数が少ないが,沖縄が最多となっ ている. 以上のように,沖縄が海域別論文数で最多を占 めるのは,集落,農業,観光,政治,知覚・行動,
医療の6 分野である.また,論文数が第 2 位であ るのが経済,文化,交通,水利用の4 分野である. 研究分野ごとに,全国離島論文の中で沖縄離島 論文が占める比率をみてみる.最も占有率が高い のは,医療の66%であり,知覚・行動(41%),観 光(35%),交通(34%)と続く.これら沖縄離 島論文の占有率が高い4 分野は,いずれも地理学 の研究テーマとして比較的新しい研究分野である. 特に,医療は全5 本の論文のうち,マラリアに関 するものが3 本を占める.沖縄離島は古くからマ ラリアに苦しめられてきた.特に宮古圏,八重山 圏の離島の被害は甚大だった.そのため,沖縄離 島を対象にマラリアに関する論文が多く発表され たと考えられる. 逆に,沖縄離島を対象とした漁業研究は,この 分野の8%しか論文数がなく,研究の蓄積が弱いと いえる.これは沖縄離島が九州や瀬戸内海,日本 海の離島と比較して,相対的に漁業活動が不活発 であることが最大の理由と考えられる.このほか, 島の理論(11%)と離島振興(13%)といった第 1 の型も論文比率が低いことが読み取れる. すなわち,沖縄離島を対象とした地理学研究は, 研究論文数そのものが多いこと,全離島論文の中 でも占有率が高い研究分野が多いことに特徴がみ られる.また,系統地理学を基盤とする第2 の型, それも比較的新しい研究分野で占有率が高く,離 島研究全体をリードしている.しかし,島の空間 そのものを対象とする第1 の型の研究の蓄積は弱 いことが明らかになった. Ⅲ 沖縄県内の圏域別に見た離島研究の動向 本章では 「 地理学離島研究論文データベース」 の中から,沖縄離島論文(134 論文)の情報を抽出し, さらに沖縄海域を北部圏(7 島),中南部圏(18 島), 宮古圏(8 島),八重山圏(13 島)の 4 圏域8)に再 分類をして「地理学沖縄離島研究論文データベー ス」を作成した.この新たに作成したデータベー スを県内圏域別に論文発表年代別と研究分野別に 論文数を集計した.集計結果を示した表2 をもと に,これまで発表された沖縄離島を対象とした地 理学研究の動向を考察してみる. 1.研究対象地域を圏域別にみた発表論文数 沖縄離島を対象とした134 論文のうち,研究対 象地域を沖縄離島全域に設定した論文は,これま で16 論文が発表されている.これは全論文の 12% である.すなわち,全国離島研究の傾向と同様に, 沖縄離島全域の人文現象を捉える研究よりも,個 別の島や圏域を取り上げる傾向が強いといえよう. 圏域以下の空間スケールを対象とする残り118 論文をみてみる.最も多くの研究蓄積がある圏域 は八重山圏で,これまで38 本の論文が発表された. 八重山圏は沖縄離島のみならず,日本全体の中で も国土の南西端に位置しており,本土4 島から遠 隔であることが,全国の地理学者の興味・関心を 引きつけていると推察される.八重山圏は石垣市, 竹富町,与那国町の1 市 2 町で構成される.石垣 市と与那国町はそれぞれ石垣島,与那国島の1 島 のみで形成されるが,竹富町は11 の有人島で構成 される離島自治体である.人口約45,000 人の石垣 島から人口10 人以下の新城島や嘉弥真島まで多様 な島々が存在することが,論文数が多い理由と考 えられる.1 島あたりの論文数 2.9 本は宮古圏と並 び,全圏域のなかでも最多である. 八重山圏の中では石垣島を対象とした論文が18 本と最も多く,西表島(4 本),与那国島,波照間 島(各3 本),竹富島,小浜島(各 2 本)鳩間島(1 本)と続く.石垣島の論文数は八重山圏のみならず, 沖縄離島の中でも最多である.石垣島が最も論文 数が多い地理的要因として,島内に都市的地域と 農村的地域が含まれていること,八重山諸島の政 治的,交通的な結節点に位置することが考えられ る.また,社会的な要因として日本復帰後に観光 化が進展したこと,1990 年代後半からはいわゆる 「石垣移住」ブームが起こり,島社会が大きく変化 したこと,などが挙げられる.すなわち,石垣島 は都市地理学,農村地理学,交通地理学,観光地 理学,人口地理学など,さまざまな研究分野から の調査が可能であることが,研究対象地域として の魅力と考えられる.2 番目に論文数が多い西表島 は沖縄離島の中で最大の面積を持つ竹富町の島で ある.豊かな自然と伝統文化が残り,エコツーリ ズムが盛んな島でもある.そのため,観光地理学 や文化地理学からの研究が行いやすい島といえよ
う.3 番目に多い与那国島は日本最西端,波照間島 は最南端9)に位置する島として有名である.それ ぞれ,漁業と農業が盛んであり,その分野からの 研究が行われている. ところで,八重山圏を対象とする論文には,研 究対象地域を個別の島ではなく,八重山圏全体で 設定する論文が9 本と多い.そのため,論文タイ トルが「八重山諸島における」で始まる論文が目 につく.他圏では,宮古圏全体を扱った2 論文が あるだけで,これが八重山圏の論文の特徴といえ る.この理由として,北部圏,中部圏,南部圏の 離島は,交通面,経済面,日常生活面で沖縄島と 1対1で強く結びついており,圏域内の離島だけ の関連性や一体性が弱いことが挙げられる.これ に対して,八重山圏は石垣島を主島とする「群島 型離島」のタイプにあたり,八重山を一つの実質 的な地域単位として捉えることが容易である. 八重山圏に次いで論文数が多い圏域は中南部圏 (34 本)である.この圏域は沖縄島に近く,沖縄 島の自治体に含まれる久高島(南城市),津堅島, 浜比嘉島,平安座島,宮城島,伊計島(うるま市) の6 島と,島尻郡の 7 つの離島自治体に所属して いる11 島で成り立っている.中でも,大東島10) を 対象とした論文が14 本と多い.大東島は 1900 年 に玉置半右衛門が開拓を開始して以来,有人島に なった隔絶離島である.戦前は製糖会社によりプ ランテーション型農業が行われた特異な歴史を有 する.そのため,研究者の関心も高く,これまで 集落地理学,農業地理学,経済地理学の各分野か らの研究が多く行われた.このほか,中南部圏で は1980 年代後半からダイビング観光地として発展 した座間味島を対象とした論文が6 本,地割制と 表2 年代別・研究分野別・圏域別にみた沖縄離島を対象とした地理学島嶼論文の発表本数 ( ) 内数字は沖縄地理学会会員の発表論文数 . 単位:本 発表年代 1960 年 代 0 (0) 0 (0) 2 (0) 0 (0) 1 (0) 0 (0) 3 (1) 1970 年 代 2 (2) 2 (2) 3 (1) 3 (0) 3 (1) 0 (0) 13 (6) 1980 年 代 2 (1) 3 (2) 6 (3) 5 (1) 3 (1) 1 (1) 20 (9) 1990 年 代 4 (3) 1 (0) 16 (8) 7 (2) 7 (0) 0 (0) 35 (13) 2000 年 代 7 (5) 7 (1) 6 (1) 6 (3) 22 (9) 3 (2) 51 (22) 2010 年 代 1 (1) 5 (1) 1 (0) 2 (1) 2 (0) 1 (1) 12 (4) 研究分野 島 の 理 論 1 (0) 0 (0) 2 (1) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 3 (1) 離 島 振 興 2 (2) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 2 (2) 人 口 2 (2) 0 (0) 6 (6) 3 (2) 4 (0) 0 (0) 15 (10) 集 落 0 (0) 3 (1) 5 (1) 7 (3) 8 (3) 0 (0) 23 (8) 経 済 3 (3) 0 (0) 3 (0) 1 (0) 0 (0) 1 (1) 8 (4) 農 業 2 (0) 4 (0) 7 (2) 6 (0) 12 (3) 2 (1) 33 (6) 漁 業 0 (0) 4 (1) 0 (0) 1 (0) 1 (0) 0 (0) 6 (1) 文 化 0 (0) 0 (0) 3 (1) 1 (0) 4 (0) 0 (0) 8 (1) 観 光 2 (2) 1 (1) 3 (2) 1 (0) 2 (1) 1 (1) 10 (7) 交 通 3 (3) 5 (3) 2 (1) 0 (0) 1 (1) 1 (1) 12 (9) 政 治 0 (0) 0 (0) 2 (1) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 2 (1) 知 覚 ・ 行 動 0 (0) 1 (0) 0 (0) 1 (1) 3 (2) 0 (0) 5 (3) 医 療 地 理 1 (0) 0 (0) 0 (0) 1 (1) 2 (1) 0 (0) 4 (2) 水 文 0 (0) 0 (0) 1 (0) 1 (0) 1 (0) 0 (0) 3 (0) 総 計 16 (12) 18 (6) 34 (15) 23 (7) 38 (11) 5 (4) 134 (55) 有人島数 1島あたり論文数 - 45 - 2.6 2.0 2.9 2.9 - 3.0 - 7 17 8 13 複 合 総 計 全 域 北部圏 中南部圏 宮古圏 八重山圏
いう土地制度や,イザイホーなど独特な伝統文化 が残る久高島が5 本,1 島 1 村 1 集落である渡名喜 島が4 本,中南部圏で最も人口規模が大きい久米 島,1997 年に架橋された浜比嘉島を対象とした論 文がそれぞれ3 本発表されている.圏域別論文数 では第2 位であるが,1 島当たりの論文数は 2.0 本 と最も少ない. 3 番目に論文数が多い圏域は宮古圏の 23 本であ る.宮古圏は主島の宮古島を対象とした論文が13 本を占める.このほか,多良間島が5 本,伊良部 島が3 本,大神島が 2 本である.八重山圏と同様 に宮古圏も「群島型離島」であり,宮古を地域単 位として捉えることが出来るが,宮古圏全域を対 象とした論文は2 本にすぎない.1 島当たりの論文 数は2.9 本であり,八重山圏と並んで全圏域の中で 最多である. 北部圏を対象とする論文は18 本である.このう ち,農業が盛んな伊江島が7 本,ウニ漁が盛んで 2005 年に架橋された古宇利島が 5 本,モズク養殖 業が盛んな伊平屋島が5 本,その伊平屋島と架橋 されている野甫島が2 本である.1 島当たりの論文 数は2.6 本で,中南部圏より多い. 圏域をまたがる範囲を研究対象とする複合は5 本の論文がある.そのうち,圏域の異なる2 島を 農業,観光業,架橋に対する住民意識など,あるテー マに基づき比較する研究が4 本を占める. このように,沖縄離島を対象とした134 本のう ち,沖縄離島全域を対象として,離島地域の構造 や特質の解明を目的とする論文が1 割程度と少な く,多くは個別の島を対象とした論文が多いこと, 4 つに分類した圏域別にみると,発表論文数は 18 本から39 本まで差が認められたが,1 島あたりの 論文数は2.0 本から 2.9 本までの間に含まれた.す なわち,北部圏から八重山圏まで万遍なく研究対 象地域に選ばれていることが明らかになった. 2.発表年代と研究分野からみた各圏域の特徴 本節では沖縄離島論文の発表年代と研究分野か ら各圏域の特徴をみてみる. まず,表2 をもとに発表年代別に総数をみると, 1960 年代に 3 本だった論文数が,70 年代に 13 本, 80 年代に 20 本,90 年代に 35 本,00 年代に 51 年 と増加している.10 年代も 3 年間でこれまで 12 本 の論文が発表されており,研究数は堅調に蓄積さ れている. 発表年代ごとに論文が最も多く書かれた圏域を みてみる.1960 年代から 1990 年代は中南部圏であ る11) .特に,1990 年代は沖縄離島を対象とした全 34 論文のうち,約半分の 16 論文が中南部圏の離島 を対象としていた.特に,この10 年間で大東島を 対象とした論文が6 名から計 9 本発表されたこと が,中南部圏の論文数を押し上げた要因となって いる.それが2000 年代になると八重山圏が 22 本 の論文発表数で最多圏域となった. 2000 年代に入ると石垣移住ブームやエコツーリ ズムなど新しい観光形態が盛んになるなど,八重 山圏の離島も社会的に大きく変化した.しかし, そのような新しい社会現象に直接着目した論文は 少ない.むしろ論文の多くは,農業分野(9 本)や 集落分野(4 本)に関するものであり,この年代の タイムリーな社会現象とはあまり関連はないよう に思われる.同様に,2010 年代はこれまでのとこ ろ北部圏が最も論文数が多いが,これも古宇利大 橋の架橋に関連する2 論文を除けば,現在の社会 現象との関連性は弱いと思われる. このようにみると,沖縄離島に対する地理学者 の関心はこの半世紀で増加していった.しかし, 圏域別に詳細にみると,特にタイムリーな社会的, 地域的な状況をテーマに研究しているわけではな く,各自の問題意識に基づいてそれを解明するた めに最適な研究対象地を選んだ結果,たまたま 2000 年代は八重山圏が,2010 年代はこれまでのと ころ北部圏が最も論文数が多くなったものと考え られる. 研究分野ごとに論文が多く書かれた圏域をみて みる.第1 の型である離島振興の分野は 2 本とも 全域を対象としている.島の理論でも1 本が全域 を対象としている.これは第1 の型のような研究 は離島の一般性を求める傾向が強いため,個別の 島のことよりも,離島地域全体を取り上げて論ず る研究アプローチが取られやすいのであろう.第 2 の型である残り 12 分野のうち,人口,経済,観 光,政治の4 分野で中南部圏を対象とした論文が 最も多い.集落,農業,文化,知覚・行動,医療
の5 分野は八重山圏,漁業,交通の 2 分野は北部 圏を対象とする論文が最も多かった. 中南部圏には,近代期に多くの海外移民が送り 出された島や,観光化が進展して県外からの転入 者が多い島が存在し,それが人口や観光分野の論 文が多い理由と考えられる.また,大東島の領土 問題や開拓期の土地所有問題などに関連して,政 治や経済分野の論文も多く発表された.八重山圏 は先述した通り,石垣島に都市的地域を含むため に,伝統的な村落研究のほかに都市研究の蓄積が あり,それが集落研究の多さにつながっている. このほか,サトウキビのほか,葉たばこやパイナッ プルなど産地も多様で,多くの農業研究も行われ てきた.さらに,八重山圏はマラリアが猖獗して いた地域でもあり,医療地理分野の研究も蓄積さ れている.北部圏はウニ漁や養殖モズク漁業が盛 んな島の漁業研究,野甫大橋や古宇利大橋の架橋 に関する交通分野の研究が多く見られる. Ⅳ 沖縄離島論文の執筆者と掲載雑誌の特徴 「地理学沖縄離島研究論文データベース」から論 文執筆者を集計すると,沖縄離島論文を発表した 執筆者12)はこれまで68 人であり,65 の学術雑誌・ 学術書(以下,学術誌)に論文が掲載されていた. 沖縄離島論文の執筆者は,沖縄県に居住するあるい はかつて居住していた地理学者と,沖縄県に居住 したことのない地理学者とに大別される.前者の ほとんどは,沖縄地理学会に所属している.そして, 彼らの沖縄離島研究とは,郷土研究あるいは「内 側から見た離島研究」といった側面がある.逆に 沖縄県での生活経験の無い後者は「外側から見た 離島研究」と位置づけられる.そこで,本節では 執筆者を沖縄地理学会の会員・非会員に分類13)し て特徴を考察してみる. 沖縄離島論文執筆者68 名のうち,沖縄地理学会 会員は16 名,非会員は 52 名である.また,会員 が発表した論文は55 本,非会員のそれは 79 本で あった.すなわち,沖縄離島論文は,多くの「日 本本土の研究者」によって発表された「外側から 見た離島研究」が中心を占める.一方,執筆者一 人当たりの論文数は,会員が3.4 本,非会員は 1.5 本であった.会員では宮内久光の12 本をはじめ, 中山 満(8 本),堂前亮平(7 本),宮城眞宏(5 本) の4 人が 5 本以上,6 人が 2 本以上の論文を発表し, 1 本のみは 6 名と少ない.これに対して,非会員で は5 本以上の論文執筆者は平岡昭利(6 本)がた だ一人で,2 本以上発表者が 12 人,残り 39 人が 1 本のみ沖縄離島論文を発表している.一人当たり の沖縄離島論文数で会員が多いのは,ほとんどの 会員は研究当時に沖縄に居住しており,沖縄離島 へのアクセスが容易であること,地の利を活かし て沖縄離島そのものをテーマとして研究を続けて いる者が多いことが挙げられる.それに対して,「日 本本土」に居住する非会員は,各自の系統地理学 の対象として沖縄離島がふさわしい場合に研究対 象地として選ぶ傾向が強いこと,沖縄離島までの 移動時間と移動コストに制約を受けること,など が考えられる. 表2 によると,134 本の沖縄離島論文のうち,会 員が発表した論文比率は41%である.研究対象圏 域別にみると,全域を対象とした16 論文中会員が 発表した論文は12 本で,75%に達している.また, 中南部圏を対象とした34 論文中 15 本が会員によ るもので,全体の44%である.一方,北部圏では 33%,宮古圏では 30%,八重山圏では 29%が会員 の論文比率である.すなわち,会員は沖縄離島全体 の特徴を解明する研究を志向する傾向が相対的に 強いこと,会員の居住地から近い中南部圏の離島を 対象とする論文が多いが,北部,宮古,八重山と 距離が遠くなるに従って会員の論文比率は低下し, 非会員の比率が上昇していく傾向が認められた. 研究分野別にみると,会員の論文比率が相対的 に高い研究分野は,離島振興(2 本中 2 本,100%) をはじめ,交通(75%),観光(70%),人口(67%), 知覚・行動(60%),経済(50%),政治(50%), 医療(50%)である.逆に水文(0%),文化(12%), 漁業(17%),農業(18%)の 4 分野で会員論文率 が20%を切っている.会員の論文比率が高い研究 分野は,全体の論文本数自体が少ないうえに,そ のテーマに関心を持つ会員がいる場合に比率が高 まる傾向にあるといえよう. 沖縄離島論文が掲載されている65 誌の学術誌 は,ナショナルレベルの学術雑誌(以下,全国誌) 8 誌とローカルレベルの学術雑誌(以下,地方誌)
に区分される14).全国誌は,全国に会員を有する 地理学会が発行している学術誌で,厳しい査読制 をとり,掲載にはオリジナリティが重視され,論 文の完成度の高さが要求される.一方,地方誌は 大学の研究紀要や地方地理学会が発行する学術雑 誌である.一般的に厳しい査読制は取っていない 傾向がみられる.なお,本稿では学術書も地方誌 に含めた.表3 によると,134 本の沖縄離島論文 は35 本が全国誌,99 本が地方誌に掲載されている. 全国誌掲載率は26%である. 沖縄離島論文が2 本以上掲載されている学術誌 (20 誌)を表 3 にまとめた.このうち,最も多く の沖縄離島論文が掲載されている学術誌は,沖縄 地理および琉球大学法文学部紀要の11 本である. 第3 位は地理学評論と人文地理の 10 本である.さ らに,地域研究シリーズ(沖縄国際大学)が8 本, 島嶼研究が6 本,『離島研究』シリーズおよび琉球 大学教育学部紀要が4 本,経済地理学年報が 3 本 と続く.このほか,2 本掲載されたのが 11 誌,1 本のみ掲載されているのは45 誌である.1 本のみ 掲載されている雑誌率は69%である. このうち,沖縄地理,琉球大学法文学部紀要, 地域研究シリーズ,琉球大学教育学部紀要は,沖 縄地理学会会誌および沖縄県内の大学が発行する 研究紀要である.いずれも会員のみ論文が掲載で きる地方誌である.これに対して,非会員は地理 学評論,人文地理,経済地理学年報,歴史地理学, 新地理といった全国誌に多く論文が掲載されてい る.もちろん,非会員の論文が全て全国誌に掲載 されているわけではなく,会員と同様に,各自が 所属する大学の研究紀要や地方地理学会の学会誌 に掲載されている論文数のほうが多い. これまでのことをまとめると,沖縄離島を対象 とする研究は,その研究成果の多くが大学研究紀 要や地方地理学会学会誌など地方誌に掲載されて いる.また,沖縄県内に住む沖縄地理学会会員は, 沖縄地理および琉球大学や沖縄国際大学の紀要に 論文を発表する傾向が強く,これらの学術誌には 沖縄離島論文が多く掲載されている.一方,非会 員の中には,地理学評論や人文地理を始めとする 厳しい査読制を取る全国誌に掲載する者もみられ る.全国誌に掲載された論文は,日本の離島研究 だけではなく,地理学会にとっても沖縄離島を舞 台として先端レベルで新たな知を展開している重 要な研究とも見なせる. Ⅴ 研究分野別にみた沖縄離島研究の動向 本章では,これまで発表された沖縄離島論文を, 分野別に整理し,研究動向を考察する.なお,全 論文を紹介することはできないので,各分野で主 要な論文のみ扱うこととする. 1.第 1 の型に関する沖縄離島研究 第1 の型に関する沖縄離島研究は論文数が少な いことは前述のとおりである.このうち,島の定 義や概念については,1950 年代から山階(1952) をはじめ,大村(1959),小野(1961)など多くの 研究者が論じてきた.中山(1974)はこれらの論 単位:本 順位 学術雑誌・学術書名 合 計 会 員 非会員 1 沖縄地理 11 11 0 1 琉球大学法文学部紀要 11 11 0 3 地理学評論※ 10 1 9 3 人文地理※ 10 0 10 5 地域研究シリーズ 8 8 0 6 島嶼研究※ 6 4 2 7 『離島研究』 4 0 4 7 琉球大学教育学部紀要 4 4 0 9 経済地理学年報※ 3 0 3 10 『離島に吹くあたらしい風』 2 1 1 10 『神・村・人-琉球弧論叢』 2 2 0 10 歴史地理学※ 2 0 2 10 法政地理 2 1 1 10 南島文化 2 2 0 10 南九州地域科学研究所報 2 0 2 10 東京大学教養学部紀要 2 0 2 10 地域漁業研究 2 0 2 10 早稲田大学大学院教育学研究科紀要 2 0 2 10 新地理※ 2 0 2 10 関西大学東西学術研究所紀要 2 0 2 21~651本のみ掲載雑誌合計 45 10 35 全国誌合計 35 6 29 地方誌合計 99 49 50 合 計 134 55 79 表3 学術雑誌・学術書別にみた沖縄離島論文掲載数 ※は全国誌を表す .
者の主張を整理した上で,「島という地域概念は, 完全環水性や面積の狭小性など自然的要素を下部 構造とし,歴史的・人文的要素を上部構造として 認識される.しかも,下部構造たる自然的要素は 上部構造の歴史的・人文的要素の条件の変化に伴 い,その意義や価値も変化する.」と定義づけてい る.自然環境の上に人間の活動が成り立っている. そして,自然と人間を総合的に捉えて,それを島 という地域概念に導いている点は,地理学の基本 的な見方といえよう.また,自然環境が人間の活 動に影響を与えるという環境決定論ではなく,人 間側が自然環境に影響を及ぼす点を重視する立場 を取っている.また,島と離島の概念については, 堂前(1997)が「島嶼の概念は自然的な側面が一 義的に打ち出されている.これに対して,離島の 概念は人文的側面を重視したものであり,特に本 土との関係で捉えられてきた」との見解を打ち出 している.これが今日,日本の地理学会における島, 離島概念の基準となっている. 一方,離島振興に関しては,中山(1974)が沖 縄離島の離島振興政策について論じている.これ によると,琉球政府時代の離島振興政策が同情と いう心情的作用にとどまっていたこと,日本復帰 後は沖縄振興開発特別措置法に沖縄島以外が「離 島」と定められたが,その運用に当たっては沖縄 島と何ら区別がなく,本土政府が沖縄を同一の「離 島」と捉えていることに県内離島の住民が困惑し ていることを論じている.このほか,渡久地ほか (1995)では沖縄離島における生活環境施設を概観 した上で,それらの立地を人口規模との関係を考 察した.また,特に小規模離島に焦点をあて,生 活環境基盤の整備と生活機能の多様化について, (1)施設立地における限界性の認識,(2) 離島類型 に属した振興,(3) ネットワークの強化と共同化,(4) 施設の多目的化あるいは複合化,(5) 交流機能の強 化,(6) 島の生態系を守る生活環境施設の設計,(7) 行政的な施策における課題,(8) 伝統的システムの 現代的な展開の8 点を提示している.渡久地らが 示したこの8 点は,いずれも離島振興を考える上 で欠かせない重要な視点であり,地理学から提示 した大きな政策論の一つといえる. このように,島の理論および離島振興に関する 大きな成果が得られたが,論文数が極めて少ない ことも大きな問題点である.島の理論研究は島の 定義や概念を解明するだけではなく,島とはどの ような空間的な特徴を持つのか,島嶼性を解明す ること.本土と島,島と島との相互関係を解明す ること.全国的に特定の基準で島を類型化し,そ れぞれの地理的な位置や特性を解明することなど も挙げられる.さまざまな課題に対して沖縄離 島を事例に理論化が進むことが望まれる.また, 2012 年に従来の沖縄振興開発特別措置法が廃止さ れ,新たに沖縄振興特別措置法が制定された.また, 沖縄振興特別推進交付金(一括交付金)制度が創 設され,自治体が主体的に事業計画を立てられる ようになった.近年,このような新しい離島振興 政策が展開されている状況にあるので,地理学か らも具体的な離島振興に関わる理論的,実証的な 研究が望まれる. 2.第 2 の型に関する沖縄離島研究 人口分野の研究は,統計データを用いて人口推 移や人口構造を分析する研究と,聞き取りや参与 観察などを重視する人口移動研究に大別される. 前者には中山(1976)をはじめ,堂前(1990),矢 野(1994)など研究例は多い.後者の研究は社会 地理学からのアプローチが多い.崎浜(2000)は, 渡名喜島住民の人口移動を,移動者の属性,移動 者のライフサイクルやファミリーサイクルと移動 との関係などの視点から研究を行った.その結果, 渡名喜島出身転出者の移動特性は,進学・就職移 動,子供の生活費・教育費捻出のための出稼ぎ移動, 高齢者の引退や病気療養のための移動などライフ サイクルに対応した移動が浮かび上がった.その 一方,位牌継承のための「家(ヤー)」の相続者と してのU ターン移動といったライフサイクルに限 定されない移動形態もあることを明らかにした. 離島住民のU ターン現象については,宮古島への U ターン移動者の心理的な要因と移動を誘発する 人的ネットワークから説明した下里(2006)の研 究がある.1990 年代以降は大都市の住民が沖縄離 島へ移住する,人口逆流現象がみられるようになっ た.宮内(1998)では沖縄・座間味島に住む移住 者の属性や移動プロセスを,石川(2010)は沖縄・
石垣島に来た中高年の移住者と旧住民との関係を 考察した.このようなU ターン,I ターン現象は 沖縄離島でよく起こっているため,これらの現象 を扱った研究は,日本の人口移動研究の中でも大 きな学問的貢献をしていると考えられる. 集落研究では,沖縄独自の制度や集落構造に着 目をした研究が行われた.浮田(1962)は琉球王 国時代から行われている地割制度が残っている久 高島を取り上げ,土地利用の状況を詳細な現地調 査をもとに実証的に考察している.この研究の成 果はのちに民俗学など他分野にも影響を及ぼした. 沖縄の集落は,御嶽と称される聖なる杜を紐帯と する共同体社会で,風水思想に基づいて,集落形 態が規定されている.そのため,畑(1983)が宮 古島,中俣(1987)が多良間島の集落を対象に, 集落と地形の関係,集落における宗教施設の配置, 集落内の家屋配置など,集落の空間構造を解明し た.これらは日本の集落研究にも一分野として位 置づけられよう.都市を対象とした研究も,集落 研究の一部である.島に所在する島嶼都市の特徴 について,堂前は石垣島の四箇を事例に検討して いる(堂前,1986).島は完結された日常生活圏で もあるので,島の中心都市は,人口規模の割には 多種で多くの事業所が立地していることを明らか にした.このように,本土に所在する一般的な都 市とは異なる性格を有する島嶼都市という新たな 概念を打ち出したことで,都市地理学研究にも大 きな貢献を果たしたと評価される. 経済に関する研究を概観してみる.宮古島の製 糖企業2 社がサトウキビ農家を実質的に経済支配 している現状を明らかにしたうえで,そのような 支配を合理的に行うような製糖工場の空間配置を 説明した山川(1970)は,日本復帰前の貴重な研 究である.沖縄離島の就業構造や経済構造を統計 的に分析した研究として中山(1985)や宮内(2011) がある.離島振興のあり方として内発的発展論が あり,島の資源を活用した特産品開発が盛んに行 われた.しかし,成功した事例は多くない.なぜ, 特産品開発がうまくいかないのかという問題意識 から,宮内(2006b)は沖縄離島の特産品開発の課 題について事業者アンケートを行い,大きく商品開 発の課題と流通の課題の2 点に整理できることを 明らかにした.そのうえで,空間スケールの異な る卸売業者との連携が重要であることを指摘した. 農業に関する研究は,先述した通り1980 年代 以降も33 本の論文が発表され,最も多く研究さ れている分野である.亜熱帯気候のもとで自然環 境が多様性に富んだ沖縄離島では,基幹作物のサ トウキビをはじめ,花卉,野菜,果樹,畜産など 農作物の栽培産地も多様である.この分野の研究 は,大きく2 つに分類される.第 1 は,農業統計 を用いて特徴を捉えた上で,農家の現地調査では 世帯主の属性や経営形態,土地利用などを聞き取 り,それらを整理・分析する記述中心の静態的な 研究である.第2 は,特定品目の産地形成がなさ れたメカニズムの解明,制約条件が多い島で農家 が島内の各種資源をどのように取り込んでいくの か,といった経営戦略や,農業技術の獲得など動 態的な研究である.特に,1990 年代以降は,後者 の動態的研究が盛んになる.このような研究例と して,永田(1988)は多良間島を事例に,島のサ トウキビ生産形態,特に収穫期の労働力編成のあ り方に関して明らかにしている.また,マクロな政 治経済システムが変化する中で,農民の生存戦略・ 選択と関連づけながら,多良間島の生態-社会シ ステムの変容について論じた(永田,1992).柴田 (2000)は伊江島を事例に,サトウキビ,葉タバコ, 肉牛に続く,第4 の作目として花卉が加わる過程 を調査した.またこの伊江島の複合経営に関して, 助重(2003)は肉用牛,花卉,葉タバコの生産者間 で土地や堆肥の交換することで,環境保全型の農 業を展開していることを報告した.畜産に関して は,大呂ほか(2005)は,多良間島と石垣島を事例に, 肉用牛繁殖農家が,外部環境変化に適応して飼育 技術を変化させていることを明らかにした. 海に囲まれた沖縄離島の中には,漁業が主要産 業の島もあるが,漁業研究は低調である.研究動 向 と し て,1980 年代以前は山下(1965)や吉木 (1972)に見られるような経済地理学的なアプロー チを取っている.たとえば,吉木は日本本土の巨 大漁業資本が南方カツオ業のために沖縄に進出し, 池間島や伊良部島の零細なカツオ船主を支配しな がら展開している状況を,資本関係や労働力析出 から考察した.これに対して,1980 年代以降の研
究は安陪(1989)による古宇利島のウニ漁と漁村 社会に関する考察や,伊平屋島における養殖モズ ク業を取り上げた森(2003,2004)の研究など, 近海で行われている沿岸漁業に関心の比重が移っ てきている.1980 年代以降の漁業地理学は,文化 地理学的あるいは生態学的な研究が盛んになって きているので,そのような視点からの論文が今後 望まれる. 島の文化に関しては,従来からその独特の祭祀 や儀礼,生活様式などに地理学者の関心は高く, 民俗学や文化人類学との境界的な研究が多かった. 渡久地・高田(1991)は沖縄・久高島の海岸地形 とその地形の民俗名称について考察した.日本の 地理学における文化論的転回(cultural turn)を契機 に,1990 年代になると,「新しい文化地理学」から のアプローチも見られる.例えば,大城(1990)は, Buttimer の生活様式に関する模式を念頭に置きなが ら,その実証的研究の試みとして,沖縄・小浜島の 村内集落における生活様式について考察した.福田 (1996)は,沖縄・竹富島を事例に,島の観光資源 である「赤瓦の町並み」が町並み保存運動の中で, 文化財としてどのように再生されたのかを「伝統 文化の創造」という観点から考察した.この論文は, 日本の新しい文化地理学のほか,観光学,社会学, 人類学など他分野からも注目を集めた. 1987 年に施行されたリゾート法は,島嶼地域の レクレーション・リゾート機能を,より一層強化 させる役割を果たした.その頃から,沖縄の島々 が観光ブームを迎え,この海域の島を事例とする 論文が多くなる.例えば,宮内(1998)はダイビ ング観光が盛んな座間味島に対象に,観光地化の プロセスを明らかにした.1992 年に日本のバブル 経済が崩壊し,全国各地のリゾート計画が頓挫し た頃に,新たな観光形態が出現する.それは,リゾー ト開発にみられるような経済的利益を目的とした ハードツーリズムではなく,地域住民や自然との 調和を考慮したソフトツーリズムである.そのよ うな流れを受けて,溝尾(2004)が沖縄・座間味 島を事例に,エコツーリズムによる観光地の形成, 観光客の特性,エコツーリズムが島の自然環境や 地域社会へ与えた影響,エコツーリズムに対する 住民評価などを考察した.日本では離島地域がエ コツーリズムの先進地である場合が多く,沖縄離 島研究が日本のエコツーリズム研究を先導してい る面もあるといってよいだろう. 離島問題のほとんどが,交通条件などアクセシ ビリティの問題と関連するので,交通分野の研究 は大変重要である.この分野の研究は,交通ネッ トワークの研究と,交通インパクトの研究に大別 できる.交通ネットワークの研究として,航空ネッ トワークから沖縄の島々の結節構造を明らかにし たmiyagi(1988) がある.ネットワークの近接性に ついては,離島から中心都市への近接性を「期待 所要時間」および「滞在可能時間」という指標を 設定し,沖縄離島31 島で計測した宮内(2001)の 研究がある.交通インパクトに関しては,架橋に よる本土との接続による架橋インパクト研究が盛 んである.日本復帰後,離島振興政策の一環とし て沖縄離島では13 本の架橋建設が行われた.地理 学でも架橋による島の変容を,交通体系,人口, 経済・産業,社会など様々な観点について,統計 分析や聞き取りなどの手法を用いて考察する研究 が蓄積された.野甫大橋が野甫島の集落にどのよ うな影響を与えたのか宮城(1979)をはじめ,宮内・ 下里(2003),前畑(2005,2011)など 7 本の論文 が発表されており,沖縄離島研究の一大テーマと なっている.そこでは,架橋による交通アクセス の向上などプラス面が認められる反面,特に共同 体社会に様々なマイナス面が現れていることを指 摘する傾向が強い. 政治分野に関しては,近代日本がどのようなプ ロセスを経て島々を日本領に編入し,領土を確定 していったのか,というのが重要なテーマとなっ ている.平岡(1992)では,沖大東島が海軍の探 検ののちに1900(明治 33)年に日本領になったこ とを,歴史資料を用いて説明している. 知覚・行動は2000 年代以降発表された新しい分 野である.一柳(2002)は日本最西端の与那国島 を事例に,住民の島外行動について考察した.そ の結果,受療・高校進学など本人が直接その場に いなければ不可能な場合や,買い回り品の購入, 島内にないサービスを利用する際に直接の島外行 動を取ること.ただし,島の外に出られる機会は 限られため,島外行動は出来るだけ多くの用事を
こなす複合的行動を取ることなど,離島住民の行 動を明らかにした.同様に山本(2006)は伊江島 における消費者行動を調査し,伊江島は名護市の 通勤・通学圏外であるが,日帰り商圏の縁辺部で あると位置づけた.両論文とも通信販売による購 入が盛んであることは離島の消費者行動の特徴で あることも指摘している.小規模離島では小中学 校の存在,すなわち教員の存在が人口構成上も, 行事の担い手としても島社会には重要である.堀 本(2009,2010)では鳩間島や大神島を事例に, 学校に対する住民意識を全数調査から明らかにし ている. 医療分野は先述のようにマラリア研究が中心で ある.千葉(1972)では,八重山諸島におけるマ ラリアによる人口減少の地域的作用連関モデルを 提示した上で,さまざまな資料から過去の津波や 開墾による森林植生の破壊という生態的要因に よってマラリアの媒介伝播の力が強められたと推 論した.また,人頭税や戦争中の軍による疎開命令, 戦後の八重山移民促進という社会的要因がパンデ ミックを招いたと論じた.そして,マラリア原虫 駆除はされたが,将来何らかの原因でパンデミッ クが再現される可能性を指摘した.幸い,その後 八重山諸島でマラリアは現在のところ発生はして いないが,地球温暖化やグローバルな人の動きな ど,今後も千葉の警告は常に意識していなければ ならない.崎浜(2003,2007)は宮古島や石垣島 を事例に,マラリア有病地がどのような地理的環 境であるのかを表層地質や水文環境などから考察 している.医療分野の研究は日本の地理学でも論 文数は少なく,沖縄離島研究がこの分野に大きく 貢献をしている. 最後に水文分野に関する研究を紹介する.この 分野は自然地理学と人文地理学の両方からのアプ ローチが必要である.長沼(1995)は八重山圏の 島々の水環境について概観した上で,生活用水お よび農業用水の供給がどのようになっているのか を島ごとに紹介し,離島における水循環システム のあり方を十分認識し,土地・水文環境さらには 自然環境全般にまで視野を広げ,安全で最適な水 利用体系を確立していくことを提案している.新 見(2004)では宮古島における地下水資源の利用 と保全のための管理制度の展開について紹介をし ている. 以上のように,沖縄離島論文を研究分野別に簡 単に紹介したが,いずれの論文も統計分析,資料 収集,アンケート調査,聴き取り調査など現地調 査を丹念に行ったうえで,実証的なアプローチか ら研究を進めていることが共通する.また,論文 は各研究分野の研究動向の影響を受けながら,さ らに離島の地域性を加味した研究のスタンスが認 められる. Ⅵ おわりに― 今後の展望 ― 本稿では,離島を対象とした学術論文をデータ ベース化し,それを用いて発表年や研究分野など を集計することで,全国離島論文のなかでの沖縄 離島論文の特徴と位置づけを明らかにした.また, 沖縄離島論文を整理し,圏域別の特徴あるいは筆 者の特徴を考察した上で,研究分野別に主要論文 の内容を検討することで,沖縄離島論文の研究動 向と学問的貢献を明らかにした. 沖縄離島研究は系統地理学に立脚する第2 の型 の研究が大いに進展した.そこでは,従来から盛 んな農業や集落などの研究に加えて,1980 年代以 降の島の観光化や本土との架橋,I ターンといった, 島を取り巻く社会状況の変化に対応して,観光や 交通,人口などの分野で新しい現象に対する研究 が増加した.また,研究のアプローチも,集計デー タの統計分析による地域性の記述を中心とした静 態的な研究から,聴き取りなど非集計データを重 視し,主体の行為などに着目した動態的な研究へ と移ってきている.これは日本の地理学全般の近 年の傾向と同一である.すなわち,第2 の型の研 究は,研究分野が多様化し,研究水準も深化して いるといえよう. それに対して,島の理論や離島振興に関する第1 の型の研究は低迷している.全国的な離島研究に おいても,この方面の研究は1980 年代以降進展し ていない.それは,1950 年代にかけて標榜された 島嶼地理学が,島の定義・概念や学問的位置づけ の曖昧さ,解明すべき島嶼性そのものが確固とし て存在していないことに研究者が気づいたためと 思われる(宮内,2006).1960 年代以降は,地理学
者の関心は過疎・過密問題,都市や山村へと移る. そのため,同じ周辺地域を扱う山村研究と比較し て,離島研究の立ち遅れが否めない.山村研究では, すでに土地利用や生態系の問題,少子高齢化の問 題,山村振興や都市地域との交流など,山村地域 が抱える諸問題や諸現象に対して,理論面,実践 面ともに多くの研究が積み重ねられてきている. 幸い,1990 年代以降,離島に関心を持つ地理学 内外の研究者が増え,その研究ネットワークも充 実してきている.1994 年には沖縄県で第 1 回国際 島嶼学会が開催された.1998 年には日本島嶼学会 が設立され,多くの地理学者も参加している.そ こでは,学際的な島嶼研究である島嶼学の確立が 目指され,地理学者が他の学問領域の研究者と接 する機会が密になり,他分野から刺激を受けてき ている.沖縄でも特別研究大会や年次大会がこれ まで4 回開催され,様々な離島で研究発表のほか, 住民との交流をもった15) .また,2004 年には日本 地理学会に離島研究グループが発足した.年2 回 のミーティングでは,若手を中心とした斬新な発 表と活発な討論が毎回繰り広げられている.この グループの活動により,島を地理学の対象として とらえ直し,独自の研究分野として位置づける潮 流が形成されつつある.メンバーの中には沖縄地 理学会の会員も多数含まれている.このように, 島を研究する研究者が組織化され,研究交流が盛 んになり,島嶼研究が活性化するに伴い,今後は 第1 の型である島の理論や離島振興に関する研究 も,再生・深化していくものと期待される.そして, いずれの学会もグループも沖縄離島と関わりをも ち,沖縄が離島研究のメッカになっているともい えよう. 最後に,日本の離島研究と,欧米の島嶼研究の 違いについて言及する.本稿で紹介したように, 日本の地理学者が扱う島とは,国内の5 つの「本土」 に対比される「離島」である.そして,「離島」は 日本国内の部分地域である.これに対して,欧米 系地理学者が扱う島嶼とは,大陸以外の陸地であ り,特に大洋に散在するマーシャル諸島やツバル な どSIDS(Small Island Developing States)と称さ れる国や地域である.そこでは,気候温暖化に伴 う海水面上昇の問題や,経済的あるいは環境的な 脆弱性の問題,持続可能な開発の問題,軍事基地 化となどグローバルな課題について議論がなされ ている. これまで,日本の地理学者が1950 年代には「島 嶼性」の追求をしながら,果たせなかったのは, 国内の部分地域である「離島」を対象としてきた ためと考えられる.すなわち,離島は本土との対 比する概念である以上,本土との関係の中での理 論や国内の部分地域としての理論は構築できても, 島そのものの理論は構築できにくいと思われる. そのため,沖縄の離島研究が,世界の島嶼研究の 先導になるには,今後は海外の研究者とも連携を とり,国内の「離島研究」からグローバルな視点 の「島嶼研究」へと進化させること.その際,今 日的な島の課題と問題解決型の研究を行うこと, が必要になるであろう. 本稿は,2012 年 12 月 8 日に沖縄国際大学で開催さ れた沖縄地理学会創立30 周年記念公開シンポジウム 「沖縄における地理学の成果と課題」で報告した内容を 加筆修正したものである. ( 受付 2013 年 4 月 30 日 ) ( 受理 2013 年 6 月 19 日 ) 注 1)本稿における本土と離島の概念は、河地(1968)に基 づいている.すなわち,「離島とは本土との相対的概念 であって,本土と対比してより後進的,孤立的であると いう前提に立っている人文地理的概念」(44 頁)という 捉え方である.そして,「国家権力や近代資本の集積し た地域を同一の陸地内にもつものが本土」(河地,1965) としているので、本稿では主要5 島を本土と位置づけた. ただし,「日本本土」という用語を用いた場合は,沖縄 県以外の46 都道府県全体を指す. 2)本稿では本土以外の全有人島を離島とした.なお,架橋 により本土と一体化された島は宮内(2006a)では架橋 島と分類したが,本稿では離島に含めた. 3)離島の数および世帯数,人口は日本離島センター(2012) をもとに算出した.なお,397 島のうち,離島振興法指 定離島は262 島,小笠原振興開発特別措置法指定離島は 4 島,奄美群島振興開発特別措置法指定離島は 8 島,沖 縄振興特別措置法指定離島は40 島,上記 4 法の指定が 解除された55 島,その他有人島 28 島である.