DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.39.29 194 基礎心理学研究 第39巻 第2号
Peirce, J.・MacAskill, M.著 蘆田 宏・十河宏行監訳/
川島朋也・藏口佳奈・内藤智之・松本絵理子 訳
PsychoPyでつくる心理学実験
朝倉書店,2020年
本書は,心理学実験作成のためのソフトウェアパッ ケージ「PsychoPy」について,開発者のJonathan Peirceら が そ の使 い 方 を 解 説 し た「Building Experiments in PsychoPy」(2018年出版)の日本語訳版である。PsychoPy は,Python言語をベースとした実験作成ツールだが,グ ラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の「Builder」 機能を使うことによって,プログラミングのコードを直 接書かずに,直感的な操作で標準的な心理学実験を作成 することができる。一方,「Coder」機能を使えば,プロ グラミングによって,あらゆる種類の心理学実験を柔軟 に作成することもできる。このように,GUIによって学 部生レベルでも容易に使える点と,実際の研究場面にも 対応できる柔軟性を備えている点,さらにオープンソー ス(無料)という点から,現在ではMatlabのPsychtoolbox と並んで実験心理学者に幅広く使用されるソフトウェア となってきている。実際に学部生の卒論実験などで PsychoPyを使っており,自身の研究でも使用している, もしくは今後使用することを考えているという方も多い のではないだろうか。本書は,PsychoPyを初めて使う 人,プログラミング初心者に PsychoPyを教えようとす る人,普段の研究で PsychoPyを使用している人たち全 員にとって有用な一冊となっている。 本書は,「初心者の方に」,「研究者の方に」,「特定用 途のために」の3部構成であり,それぞれ異なる読者層 のニーズに応えるための内容となっている。「初心者の 方に」は, PsychoPyを初めて使う人,もしくは心理学実 験を初めて作成する学部生などのための章である。この 章の特徴は,ただ PsychoPyの使い方だけを解説してい るのではなく,心理学実験をデザインする際の様々なス キルも解説している点にある。そのため,心理学を学び 始めた学生にとって,心理学実験とはどのように組まれ るのかということを学ぶ良い教材にもなっている。タイ トルの「PsychoPyでつくる心理学実験」の通り,単なる 心理学実験作成のための PsychoPyの解説書ではなく, PsychoPyを使って心理学実験の作り方を解説した本と言 えるかもしれない。次章の「研究者の方に」では,プロ の研究者がリファレンスガイド的に使えるよう,より詳 細な PsychoPyの使い方が解説されている。ここでも, PsychoPyに限らない,実験作成の際の細かい知識(ディ スプレイのタイミング,キャリブレーションなど)につ いて解説されている。この章の内容は,PsychoPyをある 程度使い慣れている研究者にとっても一度目を通してお くべきものとなっている。「特定用途のために」では, fMRI, EEG, アイトラッカーをPsychoPyで使うための方法 が書かれている。 本書は全体を通して,プログラミングの知識がない人 たちでも理解できるよう,簡潔かつ丁寧に書かれてい る。PsychoPy Builderは,心理学を学ぶ学部生(たいて いはプログラミングが好きでない)が使うことを前提に 開発されており,本書でもそのスタイルが貫かれてい る。解説書には珍しく文体は非常に親しみやすく,時に 冗談も散りばめられている。PsychoPyとは関係のない心 理学に関するtips的な話もあり,勉強になると同時に息 抜きにもなる。PsychoPyの画面をスクリーンショットし た画像も多数載っているため,実際の PsychoPyの操作 で迷うことも少ないだろう。 本書では,Builderに焦点が当てられており,CoderにThe Japanese Journal of Psychonomic Science
2021, Vol. 39, No. 2, 194–195
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195 中島: 書評/ PsychoPyでつくる心理学実験 ついての解説はほとんどない。しかし,BuilderのGUI で実装できない機能については,Codeコンポーネント (Builder上でcodeを追加できる機能)でどのようなcode を追加すればよいかが解説されている。Builderで挿入 すると便利なコード集も記載されており,これらは主に Coderで実験を作成する人にとっても参考になる。ただ し,基本的なプログラミングや Pythonのコードの書き 方についての体系的な解説はないので,プログラミング 未経験者でCoderも使っていこうとする人は,本書とは 別のところで初歩的なプログラミングの知識を学ぶ必要 があるかもしれない。 各章の内容をもう少し具体的に見ていこう。「初心者 の方に」は,さらに8つの章に分かれており,それぞれ 心理学でよく用いられる実験課題(ストループ課題,顔 の倒立効果,ポズナーの手がかり課題,視覚探索課題な ど)を実際に作ってみるという形式で進む。最初はシン プルな実験からスタートし,徐々に各実験に必要な機能 を追加していくという流れで進むため,PsychoPyを初め て使用する人でも,PsychoPyを実際に操作しながら本章 を順番に読み進めていけば,一通り必要な知識を得られ るようになっている。例えば,「刺激の配置」,「試行の 繰り返し」などから始まり,「条件の設定」,「繰り返し 毎にランダム化」,「キーボードの反応取得」,「教示の表 示」,「画像ファイルの読み込み」,「短時間提示の方法」 「ブロック化」など,実験において必要な機能が順々に 解説されていく。これらの機能がなぜ必要なのかという ことが丁寧に解説されているため,前述の通り,この章 を読むことによって,心理学実験の構造や,実験をデザ インして実装する際のスキル,というより一般的な知識 を習得することができるだろう。Builderを使うことに よって,これらの知識をまずGUIで概念的に学ぶことに なるわけだが,これは最初からコードを書きながら学ぶ より効率的かもしれない。 「研究者の方に」では,主に研究者向けに,様々な実 験作成のスキルと PsychoPyによるそれらの実装方法が 解説されている。これらは初心者も知っておくべきこと が多く含まれているが,ある程度熟練した研究者であっ ても知らないことが含まれている可能性が高いので,一 度は読んでおいた方が良い内容である。具体的には,モ ニターの座標系(pix, cm, 視角など)や色空間の設定方 法について,モニターのタイミングの問題(垂直同期や フレーム落ち)や刺激タイミングのテスト方法,ディス プレイの種類(CRT, LCD, DLPプロジェクタ)による特 性,ガンマ補正や色のキャリブレーションの方法などに ついて,その原理も含めてわかりやすく解説されてい る。さらに,心理物理学でよく使われる刺激や測定法に ついて,例えば,ガボール刺激,マスクの種類(ガウシ アンとレイズドコサイン),ランダムドットキネマトグ ラム(ノイズの種類とそれらの特性),階段法とQUET 法など,心理物理学の教科書的な内容まで解説されてい る。これらのモニターや心理物理刺激などに関する機能 は,すべてBuilder上で実装可能である。「特定用途のた めに」では,fMRI, EEG, 視線計測の実験に関して,各機 器を PsychoPyと接続する方法や,トリガの同期方法な どについて具体的なやり方が解説されており,これらの 機器を使用する人にとっては非常に有用な情報だろう。 注意点としては,原著は PsychoPyのバージョン1.85 および1.90を基に執筆されているが,最新バージョンで はインターフェースなどいくつか異なる点がある。しか し,日本語版の本書では,訳注において翻訳時点の最新 版(2020.1.3)との違いが解説されている。また,多少 の違いはあっても基本的な使い方に大きな変更はないの で,最新版の PsychoPyを使用している場合であっても 問題はないと思われる。 以上のように本書は,PsychoPyを初めて使用する人か ら,すでに研究に活用している人まで幅広い層の方々に 役立つものと思われる。特に,PsychoPyに限らず一般的 な心理学実験作成のための知識も効率よく学べるという 点から,学生に PsychoPyを教える機会のある方は,本 書を教科書として使用するのも良い方法ではないかと思 われる。 (中央大学 中島悠介)