生活をデザインする:生活機能構成学のアプローチ:3. 生活機能構成学確立のためのストラテジー -ICF(人が「生きることの全体像」についての「共通言語」)の「生活機能モデル」に準拠して-
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(2) 3. 生活機能構成学確立のためのストラテジー. 健康状態 健康状態. この 3 つの生活機能レベルと 3 つの要因 とが,生活機能モデルの 6 つの「要素」で 心身機能・構造. ある.そしてこれら 6 つの要素が互いに影. 活. 動 動. 参. 加 加. 響を与え合う動的な関係にあるという,「相. 生活機能. 互作用モデル」として『人の「生きる」こ. 環境因子. との「全体像」 』をみることが,生活機能モ. 健康状態:病気,ケガ,妊娠,高齢,ストレス 等 環境因子:建物,福祉用具,介護者,社会制度 等 個人因子:年齢,性,ライフスタイル,価値観 等. デルの大きな特徴である.. ▶「生きることの全体像」 ▶ についての 「共通言語」. 個人因子. 6). 図 -1 生活機能モデル(WHO・ICF ). ICF の特徴を一言でいえば,「“ 生きるこ. 活. 心身機能・構造. 動. との全体像 ” についての “ 共通言語 ”」であ. 行為. る. 「生活機能モデル」に立つことで,人が. 例)手足の動き. 模擬動作(訓練歩行) 精神の働き. “「生きる」ことの「全体像」” を捉えるこ. 視覚・聴覚,等. とができる.. 例)実用歩行. 各種身の回り行為 家事・職業行為 余暇活動動作,等. 生物・生命レベル 個人(生活)レベル. また ” 共通言語 ” とは,さまざまな分野. 加 社会的役割. 例)就労,主婦業. 趣味を楽しむ 地域活動 権利の行使,等. 社会(人生)レベル. 1)~ 3). の専門家の間での,そしてそれら専門家と. 図 -2 「生活機能」の具体的内容(例). 当事者の間での,「共通のものの見方・捉え. 生活機能. 方」である. このような「生きることの全体像」を見. 心身機能(生命). ること, そしてそれに関する「共通言語」が,. 機能障害. 支援機器の開発・研究においても基本的な. 活動(生活). 参加(人生). 活動制限. 参加制約. 重要性を持つ.. ▶▶生活機能モデルと分類項目. 参. 障 害 図 -3 生活機能と障害. 1)~ 3). ICF には, 「生活機能モデル」(図 -1)と いう理論的な側面と「分類項目(分類表) 」という. ▶▶生活機能低下(障害)にも 3 レベル. 実用的な側面との 2 つの面がある.生活機能モデ. 生活機能は中立的な(プラスもマイナスも含む). ルは理論的な認識・思考の枠組みとして,広い応用. 概念であるが,この 3 つのレベルの各々のマイナス. 範囲を持っており,必ずしも分類項目にとらわれず. 面(低下・不自由さ・困難)が「参加制約」 「活動制限」. に活用することができる.. 「機能障害」であり,この 3 者の包括概念が「障害」. 一方,分類項目は,人の「生きること」を,自分. (生活機能低下,disability)である.障害はしばしば. の興味のあることや得意なところ,たとえば支援機. 「機能障害」 だけと考えられやすいが,そうではなく,. 器の開発において狙った効果だけをみるのでなく,. 3 つのレベルから成り立っているという捉え方が重. 「落ち」なく,全体にわたってみるために,いわば. 要である(図 -3).. チェックリスト的に役立つものである.ただしひと. 図 -3 に示すように,生活機能の一部のマイナ. り歩きすべきものではなく,必ず生活機能モデルの. ス面として障害(生活機能低下)を捉えることが,. 枠組みに準拠して活用されるべきものである.. ICF の重要な特徴である. かつて ICF の前身と目され,今は根本的に別なも. 情報処理 Vol.54 No.8 Aug. 2013. 783.
(3) 特 集. 生活をデザインする:生活機能構成学のアプローチ. のと考えられるようになったものに国際障害分類 2). (ICIDH, WHO, 1980). があるが,これは「マイナ. ス面のみを見る医学モデルである」との批判を浴び. 支援機器を含む環境因子は,上の「健康状態」とも 相互に影響し合う関係にある(ICF 序論に明記)こ とも重要である.. た.その点 ICF は,生活機能のプラス・マイナスの イナスを位置づける」こと,また「プラスとマイナ. ▶▶支援機器が生活機能に与える影響: 直接的影響. スの間に相互作用がある」とする点で,この問題点. 一つひとつの支援機器についてその効果の観点か. を完全に克服した.. ら捉えるには,まず「参加」・「活動」・「心身機能」. 両面を捉え,いわば「大きなプラスの中に小さなマ. のうちのどのレベルを直接のターゲットとしている. ICF を用いた支援機器の影響把握. のか,すなわち目的とする生活機能のレベルを明確 にして,さらにそのレベルでターゲットとする具体. 以上述べたように生活機能モデルは「人」に関す. 的項目は何かを明らかにし,それへの影響をみるこ. るさまざまな問題・課題の認識と解決のための有力. とが必要になる.. な「思考・概念の枠組み」である. 支援機器開発・研究の過程では,この枠組みを用. ▶▶直接的影響以外の影響. いることで,問題・課題そして効果を,各要素間の. しかし同時に,本来ターゲットとしたものへの直. 相互の影響を含めて整理していくことができる.そ. 接的な効果だけでなく,支援機器の利用によって,. して,支援機器利用者の『「人」が生きること』,そ. ほかの項目やほかの生活機能レベルにどのように影. して支援機器の『 「人」が生きることへの影響』を. 響するのかをみていくことが重要である.. 客観的に捉えることができる.さらにこの枠組みは, 「どのような支援機器を開発すべきか」というニー. ▶▶支援機器以外の影響との総和. ズの把握にも,ニーズとシーズのマッチング,そし. 「人」を中心としてみていく場合,その生活機能. て開発途中・使用開始後の評価にも役立つ.. の状態には支援機器だけでなく,ほかのさまざまな. 支援機器が生活機能に与える現実的および予想上 の影響の把握の具体的ポイントを以下に述べる.. 「環境因子」も影響している.それには支援機器の 使用場面をなす物的環境や人的環境因子,また医療・ 介護・リハビリテーションのような専門的技術・サ. ▶「環境因子」としての影響 ▶. ービスが含まれる.これらの環境因子の状態いかん. 支援機器は「環境因子」に含まれるが,生活機能. で支援機器の影響の仕方は変わってくる.また(現. モデル(図 -1)では,この「環境因子」から「心身機. 在検討の対象としている支援機器以外の)ほかの環. 能」・ 「活動」・ 「参加」という生活機能の 3 つのレベ. 境因子が生じる効果との比較も必要となる.. ルに矢印が向かっている.これは支援機器が,これ. さらにいえば,「個人因子」すなわち利用者の生. らのどのレベルにも影響を与えることを示している.. 活歴,ライフスタイル,価値観,好みなどの影響(干. また矢印は逆方向にも向かっているが,これは生. 渉)をも考えなければならないのである.. 活機能の 3 レベルから「環境因子」 (この場合は支 とえば「活動」や「参加」の状況に合わせて支援機. 生活機能向上に向けた支援機器研究 ・ 開発のストラテジー. 器の使用を計画したり,オプションを変えたり,微. ─新たな技術体系 ・ 研究体系の必要性─. 援機器)に向かう影響もあることを示している.た. 調整したりすることもこのような「影響」である. なお,図 -1 では直接の矢印は示されていないが,. 784. 情報処理 Vol.54 No.8 Aug. 2013. 現在筆者は支援機器分野の研究者とともに,生活.
(4) 3. 生活機能構成学確立のためのストラテジー. 機能向上に向けた支援機器開発のあるべき方向. ニーズ. を求めて,ICF の立場からの研究・開発過程や. 将来を含めての生活・ 人生上の「必要」. 評価法についての研究を行っている.その結果 も踏まえ,以下紙幅の制約のためスケッチ的に なるが, 生活機能向上に直結する支援機器研究・. プロブレム. デザイア. 現在の生活上での「問題点」 将来の生活上の「課題」. 開発のストラテジーの確立に向けた課題につい. (本人が感じた「欲求」). て筆者の考え方の概略を述べたい.. 総 合. ▶▶生活機能向上に向けた理念の体系化 「理念」とは,たとえば「ニーズ」,また当事 者の「自己決定権尊重」,「安全性」などをどう. デマンド. (本人の口頭表出した 「要望」). 図 -4 ニーズとは何か,それをどう捉えるか. 2),5). 理解するかについての明確な理論的立場を持つ ことである.この大枠はすでに確立されているが,. が,本当に必要なのは多数例における把握である.. それを支援機器研究・開発の観点から深め体系化す. これは,どのような生活機能の,どのような低下. ることが今後の課題である.. 者がどれだけいるのか,また生活機能の各レベル・ 各項目間がどのように影響し合っているのかなどの. ▶▶ニーズ把握に必要な専門知識・技術. 分析である.これによって正しいニーズが把握さ. 「ニーズ」とはしばしば安易に使われているが,. れ,またシーズ側により適切なニーズの情報が提. 実はこれを正確に捉えることは非常に難しい.ニー. 供される.. ズ把握は直接当事者の意見や要望を聞いたり,専門. 筆者はこれまで ICF に基づいた高齢者の生活機能. 家の意見を聞いたりすればできるというような簡単. 実態調査(約 1.7 万人)や,各種障害者の生活機能. なものではなく,明確な理論的立場に裏づけられた. 調査(約 5 千人)を行った.これらが支援機器に. 専門的な知識や技術を必要とするものである.. おけるニーズ把握に有効なことも少なくないと思わ. 図 -4 に筆者のこれまでの研究に基づく,ニーズ. れる.さらに今後は工学面への応用を意図してデザ. の捉え方についての概念図を示す.詳しくは拙著を. インした,できれば最初から支援機器研究・開発を. 参照いただきたい. 2) ,5) .. 目的とした生活機能実態調査によってニーズを把握 することが必要と考えられる.. ▶▶シーズとニーズのマッチングのシステム ーズとマッチさせるシステムの確立が必要である.. ▶▶支援機器の効果評価の確立: 特に適応と禁忌について. ここで考えなければならないのは,従来一見当事. 支援機器の効果の評価がどうあるべきか,そして. 者のニーズから出発するようでも,実は開発側が持. そのためにはどのような技術・能力が必要かを明確. っている何らかのシーズに対応するようなニーズを. にすることが必要である.特に『「人」が「生きる」. 探しているのではないかと見られがちな傾向があっ. こと』への効果の観点からの体系化が緊急の課題で. たことである.これは我々の調査で,多くの研究者. ある.これは支援機器の研究・開発の過程において. 自身が認めるところであった.. も役立つことが多いと考えられる.. ニーズを全面的かつ正確に把握した上でそれをシ. これまでの検討で得られた結論から述べると,. ▶▶生活機能の実態把握の課題 ニーズの把握はこれまで個別的な場合が多かった. 『「人」が「生きる」こと』への効果とは,生活機能 に対する影響の総和である.その際,意図したプラ. 情報処理 Vol.54 No.8 Aug. 2013. 785.
(5) 特 集. 生活をデザインする:生活機能構成学のアプローチ. スだけでなく,①メリット,デメリット(プラスと. 工学分野の教育プログラムへの要望. マイナス)と,②短期的・長期的な影響の両面で評 「生活」を支援する工学研究・開発がより効果的・. 価する必要がある. たとえば,長期的デメリットとしては,特に「生 2)~ 5). 活不活発病」. 2)~ 5). と「生活機能低下の悪循環」. 効率的に行われるために,工学分野の教育課程(卒 前・卒後ともに)において,これまで述べた諸点を. を起こす危険性に留意し,それをいかに避けるかを. 中心とした「人の見方」についてのカリキュラムの. 検討する必要がある.. 導入を要望したい.. 以上①②のような総合的な効果の検討に基づいて,. 研究者が開発した技術を,その後に「人」に適用. ③個々の支援機器の「適応」 (その支援機器の利用. するのではなく,研究者自身が人の見方のポイント. が適する生活機能の状況)と「禁忌」 (その支援機. を知り,特に『「人」をみる専門家』との適切な協. 器の利用が禁じられるべき生活機能の状況)を確定. 力の仕方を知り,「おまかせ」でない,真の協力が. し,明示することが必要と考えられる.. できるための基本的な観点を身につけるための教育 が必要と思われる.これは生活機能構成学だけでな. 臨床「現場の人々」の参画について. く,工学一般が一層「人に役立つ」ものとなるため にも重要と考えられる.. 以上のストラテジーをも踏まえ,緊急の課題と将 来に向けての提言を行いたい. 従来はしばしば,工学研究者と医療・福祉・リハ ビリテーション医療などのいわゆる「現場の人」や 当事者とが協力しさえすれば(すなわち「足し算」 で) ,支援機器の効果評価は行えると考えられがち であったように思われる. しかし実は,その実現のためには確固たる理論的 基盤に立ったストラテジーが必要なのであり,この. 参考文献 1) 大川弥生:生活機能とは何か─ ICF:国際生活機能分類の理解 と活用,東京大学出版会(2007). 2) 大川弥生:「よくする介護」を実践するための ICF の理解と活 用─目標指向的介護に立って,中央法規出版(2009). 3) 大川弥生:介護保険サービスとリハビリテーション─ ICF に 立った自立支援の理念と技法,中央法規(2004). 4) 大川弥生:「動かない」と人は病む;生活不活発病とは何か, 講談社現代新書,講談社(2013). 5) 大川弥生:新しいリハビリテーション;人間「復権」への挑戦, 講談社現代新書,講談社(2004). 6) WHO : International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF) (2001),日本語訳:国際生活機能分類,中央 法規(2002).. 点が不十分なために,人の「生活」と「健康」を支. (2013 年 5 月 7 日受付). 援する工学分野の開発・研究に,残念ながら現在非 常に大きなロスが生じているのではないかと危惧 される. この問題の解決は急務であり,関係者全員が協力 してそれにあたる必要がある.今後の大きな課題 は,臨床現場の人々と支援機器研究・開発者との協 力関係を注意深く構築していくことであるが,その 際 ICF に基づく分析とその総合的把握を行えるよう な技術の活用が重要と考えられる.. 786. 情報処理 Vol.54 No.8 Aug. 2013. 大川弥生 ■ [email protected] 久留米大学医学部大学院修了.東京大学助手,帝京大学助教授を 経て,現職.医師・医学博士.現在,厚労省社会保障審議会生活機 能分類専門委員会委員長,厚労省医道審議会委員(理学療法士作業 療法士分科会)等..
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