日本におけるマザーグース研究概観 : 英語学・英語教育を中心に
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(2) 120. 学校教育学研究, 2003,第15巻. 1.はじめに 筆者は昨年,谷(2002a,b)においてマザーグースの 古語法・方言形などを英語史の視点から論じた。その際 に先行研究調査が十分でなかったため,平野(1988a,b) を見過ごし,その研究と重複する部分があった。この事. にそれぞれの分野を下位分類して先行研究を概観する。 ただし,紙幅の関係で,主な研究についてしか言及でき なかった。また,現在までのところ,書誌に収録した文 献全てが入手できた訳ではなく,特に授業実践である安 蘇(1995, 1998)が未見であるのは残念である。. 実に鑑み,本論は,英語学と英語教育分野の,日本に於 けるマザーグース研究に関する書誌を提供し,これらの. 2.英語学. 研究を概観する。これを通して,将来の研究で何ができ. 英語学であれ英語教育であれ,マザーグースの英語の. るのか,また,何がなされるべきかを考察する。これに. 理解においても最も重要で,必ず参照されるべき研究と. より,将来のマザーグース研究において,先行研究との. して平野(1988a,b)がある。それにも関わらず,この. 重複が避けられ,先行研究を十分活用することが望める. 2つの研究は,今回収集した論文中の一編を除いて,全. であろう。. く参照されておらず,あまり知られていないようである。. 日本のマザーグース(-ナースリー・ライム)研究に. また,平野(1972)の主張を誤解している研究も見られ. 特化した書誌として,筆者の知るところでは,大道・平. るので,この2つの研究については少し詳細に見てゆく。. 野(1979a,b)と鷲津(2001)と中村(2001)がある。 比較的早い時期に編纂された大道・平野(1979a,b). この2つの研究で最も重要な主張点は次の指摘である: 英語の伝承童謡,いわゆるマザー・グースの唄. は,英語の書籍類への参照もなされており,当時までに. (略してたんにマザー・ダースと言う)は,本来は. 出版された雑誌の記事・論文にも目配りがされており,. 幼児を相手とするものだから,その英語は大人の. すばらしい書誌である。また,マザーグースの日本での. 英言吾よりよほど易しいはず,と考える向きが一部. 受容と研究についての労作である鷲津(2001)は,その. にあるようだが,これはマザ-・グースをめぐる. 一章をあてて,日本でのマザーグース研究を烏轍してい. 最大の誤解の一つかもしれない。マザー・グース. る。さらに, 「付表2第2次マザーグース・ブーム以. こそ英語入門期の教材にふさわしいという見解. 降の主なマザーグース関連出版物等一覧」により, 1970. (私はこの見解に一面賛成,一面反対である) ‥.. 年以降の主なマザーグース関係の出版物を網羅的に収録 している。 「終章にかえて日本に於けるマザーグース. (平野(1988a):p.139) (下線筆者) この指摘を行った上で,平野氏は,マザーグースの難し. 研究概観」という控えめなタイトルにも関わらず,この. さを次の3点から説明している: 1)ライムの要請, 2). 書籍では,日本でのマザ-グ-ス研究の「概観」以上の. 古さ, 3)地域性。つまり,マザ-ダースが詩であるた. ものが提供されている。さらに,中村(2001)はインター. め,脚韻のために古語・方言語嚢が使われたり,また,. ネット上に置かれ,一般に供されており,さらに電子版. マザーグースが古くから由来するものであるために,古. であるため,その利用価値は計り知れない。. 語法や方言形が紛れていることを指摘している。そして,. しかしながら,大道・平野(1979a,b)は20年以上前. 「マザーグースの語柔の検討にはOEDよりむしろEDD. のものである。また,鷲津(2001)は既に述べたように. のほうが役に立ち,照明を与えてくれる場合が多い」. 非常に優れた研究であるが,主に書籍として出版された. (1988a:p.145)と, EDD (-English Dialect Dictionary). 研究を扱っている。さらに,中村(2001)が資料とした. の有用性を述べて,方言語嚢に語注を与えている。. 安藤(1977a,b, 1987, 1991, 1994, 1996)には,収録さ れていないマザーグース関係の論文もある。従って,本. 2. 1音韻・韻律. 研究で,雑誌・紀要類の研究論文についての概観を行い,. 音変化を扱った研究として坂本(1998)が,韻律を扱っ た研究として志鷹(1989)と山田(1998)がある。. 書誌を提供することには意義があろう。 今回扱うのは,先に述べた通り,日本に於けるマザー グース研究でも,特に英語学と英語教育の分野に関連す るものに限定する。また,英語学の中には日本語への翻 訳の問題も含めるべきであるが,マザーグ-スの日本へ の受容の研究と分かちがたく,研究によっては分類が難 しい場合もあるので,翻訳の研究については,別の機会 に扱うこととする。同様に,引喰(allusion)について も触れる必要があろうが,紙幅を考えると不可能である ので,これについても,別の機会に譲る。 以下では,便宜上,英語学と英語教育に分けて,さら. 山田(1998:pp.56-60)は, 「押韻が命名の要件と言っ ても過言ではあるまい」と述べ,マザーグ-スに現れる 人物名が韻と密接に絡んでいることを指摘し,その分類 を試みている。この指摘は他ではされておらずマザーグー スを考える上で興味深い。 なお,書籍として出版された鷲津(1997)は,この分 野と英語教育にまたがる先駆的な日本で唯一の研究書で ある。.
(3) 日本におけるマザーグース研究概観. 2.2語嚢. 121. 3. 1教材分析. 比較し,物語の語嚢と一番親近性があることなどを発見. 教材分析というタイトルは問題かも知れないが,ここ に楠本(2000)を含めたい。この研究は,前半で1) どのマザーグースの唄が英国で最も知られているのか, 2)さらに英国の母親がマザーグースをどうとらえてい るのかを,現地でアンケート調査している。後半では,. している。ただ,マザーグースのtype/token ratioと いうのは,通常の散文一作品とは違うので意義があるの. 英国での国語教育におけるマザーグースの扱いを詳細に 記述しており,非常に示唆的である。この研究により,. かは不明である。. 我々はマザーグースを教授する際,どの唄を選択すれば 良いのかという目安が得られる。. マザーグースの語嚢についての,ユニークで優れた研 究として,椎名他(1987)があるOこの研究は,コンピュー タを用いて計量的に,マザーグースの語嚢を, 1)物語, 2)セサミストリート, 3)中学校英語教科書の語嚢と. なお,平野(1998a,b)は先に述べたように,マザー グ-スに生起する古風・方言的な語を解説するOまた, マザーグースの擬声語を扱った藤野(1991)は簡潔では. 3. 2教科書分析. あるが,的確にその特徴を指摘する。はかに言吾桑研究と. 日本の英語教科書をマザーグースの観点から分析して いるものに,谷林(1984)と烏山(1996)がある。 谷林(1984)は,マザーグースのリズム,および英語. して,坂本(1997),中樺(1993)がある。 2. 3語法・文法 Watanabe (1977)はマザーグースの英語についての, 英語学関連の最も初期の研究である。これは,二三の 古語法と引喰(allusion)について述べている。 古語法・方言とのかかわりを論じる平野(1988a, b) は,さまざまな版から多くの例を論じており,必見であ る。同様の谷(2002a,b)は市河(1937)を参照してい るが,そこから17世紀英語とマザーグースの英語の類似 が看取できる。その他,中津(1994, 1998)もある。 2. 4意味など 言葉遊び・メタファー・ナンセンスについて論じた研 究がこの範噂に入る。この分野は文学とも分かちがたく, 書誌にもう少し研究を含めるべきであったかもしれない。 言葉遊びを扱った研究として木原(1999)と平賀 (1979, 1980)と原(1973)が,メタファーを扱ったも. のリズムの先行研究(そこで言及されている書籍も参照 に値する)を踏まえた上で,英米の4シリーズの国語教 科書を調査し,マザーグースがどのように重要視されて いるかを確認している。一方, 1984年当時,日本の高校 の英語教科書101冊中, 「ナースリーライムズ...に一 課をさいている教科書は調査対象の一割にも満たず,ま してナースリーライムズの由来や歴史的背景にまで触れ ているものはわずか一冊であった」 (p.128)とマザーグー スがほとんど扱われていないことを指摘して,日本人が マザーグースに親しむ必要性を説いている。 鳥山(1996)は中学校英語教科書7社3学年計21冊と 高校英語Iの全48冊を調査し,どの教科書でどのマザー グースの詩が採用されているのかをリスト化した労作で ある。これと谷林(1984)との比較により, 12年間にマ ザーグースが英語教科書で一般化していく様子が窺える。 この種の資料・研究は今後も有益と考えられる。. のとして三国(1994)がある。また,高橋(1994)は, 直喰(simile)のマザーグ-スの口承性への貢献を論じ. 3. 3音韻・発音指導. ている。. 英語教育分野の研究の中で, Allen (1998)は,英語 を学んでいる5才から11才の日本人89人を被験者とした 実証的研究である。頭韻及び,読みの発達と深く関わっ. 原(1973)は英語学分野の研究では最も初期のもので, 多くの用例を挙げ,詳細にマザーグースのナンセンスと 言葉遊びを論じている。 2. 5その他 今井(1990)はHawaiian Pidginとその言語でのマ ザーグースの紹介である。. 3.英語教育 昨今,早期英語教育への関心がますます高まる中,莱 語教育の分野でもマザーグースを教材として積極的に利 用しようとする試みが多くなされている。そのような試 みとして,飯塚(1980) (筆者未見),石田(1994),木 田(1990),平野(1986, 1987a),吉田(1999)がある。. ていると言われる脚韻(rhyme)を被験者が感知する能 力を実験したもので,全ての被験者が脚韻より頭韻の方 を容易に感知すること,また,頭韻と脚韻を感知する能 力を発達させるという点で,マザーグースが効果的であ るとは言えないことを論じている。なお,マザーグース を用いての発音指導と実践を論じている研究に, KuboHolland (1993, 1994)がある。 3. 4壬受業実践 授業実践報告としては,安藤(1995, 1998),大津 (1985),大道(1979),田中(1996),堀内(1988),吉 沢(1998)がある。安藤(1995, 1998),大津(1985).
(4) 122. 学校教育学研究, 2003,第15巻. は未見である。 その中でユニークな試みは田中(1996)である。これ は,短大のワークショップと呼ばれる授業でマザーグー スを教授した試みである。マザーグースをテープで聞き, 読み唱い唱える。また,ビデオを見る。さらに最終的に, 学生にマザーグースのパロディを作らせるというもので ある。これにより,学生は受動的にマザーグースを読ん だり聞いたりするのではなく,能動的にマザーグース, あるいは英語の詩法に向き合わざるおえなくなる。英語 学習と言うよりは,英詩を理解させるためのものである が,マザーグース自体の理解に有効である事は,論をま たない。 吉沢(1998)は中学校2年生に英語の強弱リズムを教 えるためにマザーグースをどのように授業に導入したか の実践報告である。. 4.これからの研究の可能性 4. 1英語学 まず,既に指摘されている研究の可能性をまとめる: (1) 「英語音韻史の観点から,ある唄の古い押韻形式を 発見して,その唄の古さを」考察する。 (渡辺(1986) :p.197) (2) 「英語史的な見地から,ある唄の中に古い語法を兄 いだして,その唄の古さを」考察する。 (渡辺(1986):p.197) (3) 「異版や別形を広範に収録したマザー・グースのヴァ リオーラム版」の作成o (平野(1988b):pp.303-4) (4) 「用語の多様性と多層性に細かく目配りしたマザー・ グース・グロッサリー」の作成。 (平野(1988b) :p.304) ここに挙げられた可能性は,全て文献学的な作業である。 この中で実行可能なのは, (4)のグロッサリーの作成で あろう。すでに日本では画期的なMiyakawa&Toyama Eds. (1985)の第2巻においてConcordanceが出版さ れているが,これを利用しながらEDDにより作成して いけば可能であろう。また, (3)のバリオーラム版 (variorum edition)の作成は,時代・地域的広がりの ため, Eg際的な協力を通してのみ,実行可能であろう。 これら以外に考えられる可能性としては, 1)マザーグースの韻律や,話し言葉のリズムとの関係 についての研究, 2)メタファーや言葉遊びについての語用論的或いは認 知言語学的な観点からの研究, 3) onomasticsの観点からのマザーグースの登場人物 名の分析(cf.山田(1998)), 4)今井(1990)のように, World Englishesにおけ るマザ-グースのバリエーション研究, などが考えられる。. 4. 2英語教育 マザーグースを教材として用いる際には,先にセクショ ン3で引用した平野(1988a,b)の重要な指摘に注意を 喚起する必要があろう。ネイティブスピーカーの幼児の 場合には英語の意味が不明であっても問題がなかろうが, 日本人学習者,特に中学生以上の言語に意味を取ろうと する生徒たちの場合,問題が少なくないと言えよう。 研究として必要・可能なものとして, 1)中学校・高等学校の教科書分析, 2 )早期英語教育への導入方法と実践報告, 3)英語教授にマザーグースを用いる音韻上の利点の研 究(cf.Allen(1996)),などが考えられる。 その他,応用言語学的観点から,マザーグースを教材研 究することも意義があると考えられる。特に, 2)の早 期英語教育での導入の一手段としてマザーグ-スの利用 は益々研究される必要があろう。この際,特に遊び唄な ど身体活動を含む詩を用いる可能性を考察すべきであろ う。. なお,英語教育との関連で注目すべき発見を鷲津 (2001: pp.195-7)がしている: 1)早くも昭和5年12 月には英語のマザーグースのレコードが発売されており, マザーグース35曲が収録されていた, 2)昭和5年9月 の英語唱歌の新譜レコードの紹介ペ-ジには, 「現今英 語は中等校女学校へ入学してから初めて急激に教-られ ますが,もし小学校の時代に英語のやさしい歌を一つで も二つでも覚えておいたならばどんなに幸福でせうか。」 とあったという。. 5.おわリに 本稿では,英語学・英語教育分野における,雑誌・紀 要類に現れたマザーグース研究を扱った。これらの分野 のマザーグース研究で注目すべき事実は,雑誌・紀要論 文は多いが,研究書として出版されているものは,鷲津 (1997)が唯一であることである。より一層の研究が期 待されると言えよう。その意味で,以下の書誌が利用さ れる事を期待したい。 書誌は電子化されると,利用価値が一層高まる。書籍 版では,分類の中でしか検索ができない。電子化されれ ば,書籍版では不可能な柔軟な検索も可能になる。以下 の書誌も何らかの形で電子版を提供したい。また,英語 学・英語教育以外のマザ-グースの紀要・雑誌類に現れ た研究の書誌を著者は編纂中で,今回の書誌の47件を含 めて現在までのところ416件を含んでいる。これについ ても,近いうちに公にしたい。.
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