日本赤 十 字九 州 国際看 護大 学
The Japanese Red Cross Kyushu International
College of Nursing & Graduate School
キ ャンパ ス 通 信 第4号2012年10月
−2013年3月
日本 赤 十 字 社 九 州 八 県 支 部 合 同 災 害 救 護 訓 練
傷 病 者 とそ の 家 族 役 として 参 加 した4年 生
喜多 悦子学 長任期満 了に伴い退任 へ
日本赤十字九州国際看護大学での 最後の卒業式・
学位授与式を終えて
本学 開学以来の12年 間、うち8年 間学長職を務 めてまい りま した私は、この春、本学 を卒 業いた します 。ここ宗像 に大学開設が決 ま
った1990年
代末 、ジュネーブにあるWHO本
部 で紛 争地の仕事 を担当 していた私 は、自分が看護教育 に携わる ことにな るとは想像も
して いませんで した が、紛争地や途上 国の保健医療 が不 備な地域 で、人々の健康 を護 るため に努力 している看護者 に強 い印象を受 けて
い ま した。2000年
初夏、沖縄サ ミ ッ ト前の福岡会議 に参加 した折 、
既 に着任を打診 されていた こともあ り、まだ大 学の姿も なかった
この土 地を、一人訪 ねま した。視界の先 で一羽の シラサ ギが高 く舞 いあが ったのを見 かけたとき、何とな く導かれ ているよ うな気 が し
ま した。
翌年 春、知 人に宛てた挨拶状 には 「
再 び教 職に戻 り、若者 という宝石の原石 を磨 く仕事に就き ます」と記 しま した 。そ して12年 。
私の宝 石磨き術は如何 か内心忸怩 たる想 いですが年々 、本学 は見 事な原石 を得 ています。
Global化 時代の看護学教育 は、
またinnovation=意 識の革新=の 時代 にふさわ しい看護 を目指 して います。複雑化する社 会、国境の
な い世 界で必要 とされているのは、
本 学が目指す近代 的人道的科学 と しての看護学 とその実践です。何 時、何処で、どの よ うな状況で
あれ 、
誰 にでも、そ して誰とでも適切 な看 護を的確 に実 践するための基 礎となるsciencesを 、
皆 さんは本学 で修 得 した はず です。看
護師 である前 に良識 と常識 をも った社会人 と して、常に “HOW TO?”
“WHY?” を考える力の ある大人 と して 、国際的視野 のある人
間 と して今後も育 って下 さるものと確信 しています。
本 学は、新年度 、
新 たな学長を迎え 、新たな発展 に向かいます。
た だひとつ変わ らな いことは、看護 と云 う人道科学 をどのよ うに
担 い日本と世界の不健康 にどう対峙するの か、
今、ここを巣 立たれ
る皆さんの行為の集積が本学の歴史 になるということです。どうか、
さ らに、さ らに真摯な研鑛を続け、
その成果を大学 にfeedbackし
て下 さることをお願い します。
こ家族の皆様をは じめ、
ご関係の各位に対 しま して は、私 に賜 りま
した こ支援 ご協力を深謝 申 し上 げます ととも に、新学長 と共に新た
な時代を迎える本学への引き続きの ご協力をお願い申 し上げます。
平成25年3月12日
喜多
悦 子
喜多悦子学長 「
男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰」受貰
喜多学長 が 「
平成24年 度男女共同参画社会づ くり功 労者内閣総理大臣表彰」を受賞 しま した 。
この表彰 は、豊 かで活力 ある男女共 同参画 社会の形成 に資する ことを目的に、長年 にわた って男女共同参画社会 に向
けた気運 の醸成等 に功績の あった方 や、各分 野において実践的な活動 を積み重 ね、男女共 同参画の推進に貢献 して きた
方な どが表彰 されるもの で、昨年度受賞 した 「
第10回 福 岡県男女共同参画表彰(女性 の先駆 的活動部門)」に続 いての受
賞 とな りま した。
小川里美准教授 「
大山健康財団賞」受賞
ICRCの 緊急 外科チームの一員 として派遣された、スーダ ンのダル フールにて。 トル コ赤新月 社医療 チー ムのメ ンバー ととも に。左 か ら2人 目。(2007年)小 川 里 美准 教 授 が 、 海 外 で の 医 療 協 力 に尽 力 した方 を 表 彰 す る 「
平
成24年
度(第39回)大
山 健 康 財 団 賞 」を受 賞 しま した 。
大 山健 康 財 団 は 、昭 和49年
に実 業 家 で あ った 大 山 梅 雄 氏 の 寄 附 に よ
り設 立 さ れ た 財 団 法 人 で 、
予 防 医学 研 究 、 就 中 感 染 症 研 究 お よ び健 康 増
進 に 関 す る事 業 を 援助 推 進 して 、人 類 の 健 康 と社 会 の 福 祉 に寄 与 す る こ
と を 目的 と して い ま す 。
今 回の 受 賞 は 、 小 川 准 教 授 が 京 都 第 二 赤 十 字 病 院 に看 護 師 と して 勤
めて い た1992年
に、 赤 十 字 国 際 委 員 会(ICRC)の
要 請 を受 け 、 日 本 赤
十 字 社 の 国 際救 援 開 発 協 力 要 員 と して 派 遣 され た ケ ニ ア の病 院 に お い
て 旧 スー ダ ン の 内戦 に よ る 負 傷 者 の 治 療 に尽 力 し、以 来 南 ス ー ダ ン 北
部 の 病 院 で 外 傷 患 者 の 治 療 、 看 護 教 育 、 衛 生 管 理 指 導 な ど に携 わ って き た ほ か 、1999年
の トル コ 地震 の 際 の 救 援 活 動
及 び そ の 他 の 国 々 へ の 救 援 活 動 を 行 って き た 功 績 が高 く評 価 さ れ た も の で す 。
1年生
基礎 力総合 ゼミナールで文献検 索 ガイダンスを行 いました
11月14日
に 「
基 礎力 総合 ゼ ミナー ル」 の一 環 と して、 文献 検索 ガ イダ
ンス を行 いま した 。 レポー トを書 くため の文 南
犬
検 索の 基本 的 な手 順を 理
解 し、文献 の正 しい引 用の 仕方 を身 につ ける ことを 目的 と してい ます 。
OPAC(蔵
書検 索)や デー タベ ース の演 習を行 い ま したが 、大 半 の学生
が 雑誌 や新 聞 の記 事 を検索 す るデー タベ ース(CiNii、 ヨミダ ス文 書館)
を 使 うの は初 めて で 、興味 深そ うに検索 を行 ってい ま した。
この ガイ ダン スは 、 これか ら学 ぶ4年 間の基 礎 とな るもの で す。 レポー
ト作成 時 には 、 この ガイ ダンス で学 んだ ことを活 か し、 また充 実 した 図
書 館環 境 を積極 的 に利 用 して ほ しい と思 い ます 。
記:准 教授 石 山さゆ り
年生
「
福祉 」と 「医療 」をテーマに した実習で確実 に成 長 しています
1月 半 ば か ら約1ヵ 月 間、「
福 祉」と 「
医療 」を テーマ に した実 習 に取 り組 み
ま した 。「
福 祉」の実 習 は、
病 院 な どの医 療施 設以 外 で看護 の役 割 が必 要 と
な る保 育 園や福 祉 施設 、
老人 保健 施設 な どの 現場 に入 り、
様 々な 職 種の 方
と関わ りな が ら、看護 が果 た す役割 を考 え るも ので す 。「
医療」の 実習 は 、
医 療施 設 にお いて2週 間、1人 の患 者さ ん を受 け持 ちな が ら看護 を実 践
す る もので す 。前 期 に初め て実 習を 経験 した 頃 か ら比 べ る と、患 者 さん
と積極 的 に コミ ュニケ ー シ ョンを と って 援助 に必 要 な情報 に触れ よ う と
す る姿 もみ られ、 確実 に成 長 してい る よ うす が うか がえ ま した 。3年 次
か らは、 よ り専 門 性の 高 い知識 と技 術 を蓄え て 、一層 レベ ル ア ップ した
実 習 に臨 む ことが 期待 され ます 。
記:助 手 苑田裕樹
年生
「
看護 医療の最前線 」で赤 十字病 院長 ・看護部 長 に講義 いただきました
1月15日 か ら2月1日 にかけ て、3年生 を 対象 と した授 業 「
看 護 医療 の最
前 線」 に おい て、福 岡 、嘉 麻 、唐 津 、長 崎原 爆 、熊本 、大 分 の各 赤十 字
病 院の 病院 長 、看護 部 長を 講師 に迎 え 、赤十 字病 院 の役 割や 特徴 あ る医
療 サー ビスの現 状 、最 新の 医療 等 につ いて講 義 を してい ただ き ま した。
学 生 にと って 、地 域密 着型 医療 や救 急 医療 、災害 医療 等 の実 際 を講義 し
て いた だ く ことは 、個 を対 象 と した 臨床 実習 とは異 な った視 点 で病 院の
役 割 や機能 に つい て理 解を 深め 、将 来 どの よ うな分野 で働 き た いの か、
何 を した いの か等 、キ ャリアデ ザイ ン を具体 的 に考 える 機会 と な ったよ
うで した 。
記:助 教 伊藤 て る子
年生
日本赤十字社九州八県支部合同災害救護訓練に参加 しました
12月2日 、寒 風 吹 き す さ ぶ 中 、本 学 を会 場 と して行 わ れ た 「日本 赤十 字 社 九 州 ブ ロ ック八 県 支 部 合 同災 害 救 護 訓 練 」に4年 生 が 参 加 しま した 。訓 練 は 、宗 像 市 で M7.3の 地 震 が 発 生 した との 想 定 で 進 め ら れ 、参加 した学 生 た ち は 、模 擬 患 者 や そ の 家 族 、患 者 搬 送 者 な ど赤 十 字 救 護 班 に協 力 す る学 生 ボ ランティア と して 参 加 しま した 。役 に徹 しな が らも 、「骨 折 な の に赤 トリア ー ジ はオ ーバ ー トリア ー ジだ(※)」等 、「災 害 と 看 護」 学 習 の 成 果 を 見 せ 、 赤 十 字 救 護 班 と して 参 加 した 各 県 赤 十 字 病 院の 先 輩看 護 師 た ち の 姿 に 自分 の 将 来 像 を 重 ね て い ま した 。 記:准 教 授 上 村 朋 子 ※トリアージとは、限られた人的 ・物的資源の状況下で、最大多数の傷病者に最善の医療を施すため 傷病者の緊急度と重症度により治療優先度を決めること。2
キ ャ ン パ ス 日 記 か ら ホームペ ージの 「キ ャ ンパ ス 日記 」か ら、あ る 日の で き ご と を少 し
11月25日
ア グ リス クー ル JAむ な か た農 業 ま つ り
本 学 と福 岡教 育 大 学 、JAむ な か た 、JA中 央 会 が 連 携 して 取 り組 ん で い る 「大 学 生 ア グ リス ク ー ル 」の 一 環 と して 、JAむ な か た 農 業 まつ りで ジ ャ ガ イ モ 販 売 を 行 い ま した 。 掘 りた て の た くさ ん の ジ ャガ イ モ の 土 を洗 い流 し、 ジ ャ ガ イ モ 料 理 の レシ ピを つ け て 一 袋100円 で 販 売 した と こ ろ 、 わ ず か30 分 で完 売 しま した 。 そ の 売 り上 げ5,900円 は 東 日本 大 震 災 の 復 興 支 援 の た め に寄 付 しま した 。 今 年 度 の ア グ リス ク ー ル は 天 候 に 恵 ま れ ず 農 業 体 験 が ほ とん どで き ませ ん で した が 、 農 業 は 自然 に合 わ せ て行 わ な け れ ば な らな い か ら こそ 、 農 家 の 方 々 は 自然 や農 作物 へ の 感 謝 の 気 持 ち が 強 く、食 べ 物 を 無 駄 に しな い料 理を 作 る 技 術 を生 み出 した の だ とい う こと に気 づか さ れま した。記:3年 生
山崎衣織
12月14日
大学院
研究計画相談会
本 日、大 学院1年 生7人 による研 究計画相 談を行 いま した。それぞ れが緊張 した中で の発 表とな りま した が、先生方 のこ配慮 によ り和 やかな雰 囲気 で、領 域を超 えた様々 な視 点か らの こ意見 をた くさん いただ くことができ ま した。10月 に仮テーマ を提出 してか ら、今 回初 めて研究 テーマ と リサーチクエスチ ョンを中心 に研究計画 書の発表 を行 いま した 。これまで研 究テーマ や研究方法 論、研究対 象者の選 出 につ いての妥 当性 を検討 していたつ も りで した が、先生方 か らこ質 問や ご助言 をいた だいた り、他 の大 学院生の 発表を聞 いた りす ることで 、研究 テーマの絞 り込み とそ のテーマ に添 った 研究方法 について 、も う一度考 えて いく必要が あると感 じま した 。今回の相 談会 を通 して、研究 テーマや研 究方法の検 討 に加 えて、先生 方の ご経験 による 幅広い視点 か らのア ドバ イス等 を具 体的 にいただけた ことで 、自身 の リサー チクエ スチ ョン に再 度 向き合 うことができ 、研究計画書 の作成 を進めて いくにあた っての大 きな ヒン トを 得 ることがで きま した 。今後 は、先生 方か らいただいた貴 重な ご意 見を検 討 し、更 に 文献 検討を進 めていき 、よ り良 い研 究計画書 の作成 を目指すべ く、 日々 取 り組ん でい きた いと思 います。 記:大 学 院1年 生 ヘル スプ ロモーシ ョン領域 大 塚亜沙子12月18日
・19日
福 岡県 日赤紺綬会第53回 総会 、日本赤十字社近衛社 長
視察訪 問
「
福岡県 日赤紺綬会 第53回 総会」
がアクロス福岡で開催され、
本学学生が、
ボランテ ィア・
スタ ッフと して参加 しま した。
日赤紺綬会(有 功会)は 、赤十字社の社業 振興 に寄与す ることを目的 に設置された団体で、毎年 この時期 に行われる総会 にお いて、赤
十字事業に多大な貢献 をされた方々に対 して、紺綬会会長 、日本赤十字社社長、 日本赤十字社福岡県支部支部長 から感謝の意 が表され
ます。数名の学生は、赤十字救護看護師の公式ユニフォームである 「
黒衣」を着用 し、大きな舞台で表彰状やメダル を受章 される方々
の ご案内役を務めま した。この 日、特別に着用できる黒衣 に、身 も引き締 まる思いで臨んだ学生たちは、舞台上 で、頼 も しくも優雅 に
立ち振る舞い、ボランティアなが ら重要な役 目を務め上 げま した。
紺綬会総会の翌 日には、国際赤十字 ・赤新月社連盟会長でもある近衛忠煇 日本赤十字社社長が、来校され、昨年度 、救急看護認定看護
師教育課程 に新設 したシミュレー ションルームなどを視察されま した。また 、学生の講義を視察された際に、最近読 んだ本のひとつと
して阿川佐和子氏の新書 「
聞く力」を紹介され、 「
看護師にとって 『
聞く力』 は重要。患者の声によ く耳を傾け、相手 の気持 ちを理解
できる看護師に育 ってほ しい。
」 と学生たちを激励されま した。 記:総 務課
3
だ け ご紹 介 し ます 。
12月20日
救急看護認定看護師教育課程 修了式
救 急 看 護 認 定 看 護 師 教 育 課 程 は、今 年度 は 、7ヵ月 間 の 教 育 課 程 にな り、学 部 や 大 学 院 と は 別 に単 独 で 修 了 式 を行 い ま した 。余 韻 に浸 る 間 も な く、数 日後 の ク リス マ ス に は、30名 の 三 期 生 が現 場 復 帰 しま す 。 と は い え 、救 急 は 冬 が 本 番 で す 。7ヵ月 間 で整 理 した こ れ ま で の 知識 や 、新 た な考 え 方 を 、 臨 床 の 第 一 線 で 十 分 に発 揮 して くだ さる こ と と思 い ます 。 長 期 に わ た り研 修 生 を 送 り出 して くだ さ った 施 設 の 皆 様 、ご家 族 の 皆 様 、 そ して 、講 義 ・演 習 ・実 習 で ご指 導 くだ さ い ま した 、学 内外 の 多 くの 皆 様 方 に 深 く感 謝 申 し上 げ ま す 。 来 年度 お 迎 え す る 四 期 生 の 合 格 発 表 も 終 わ り 、6月 か ら講 義 が 始 ま りま す 。 私 た ち も 気 持 ち を 切 り替 え 、準 備 万 端 整 え 、新 た に 出 発 しま す 。記 :
看護継続教育セ ンター セ ンター長 山勢善 江
救急看護認定看護師教育課程 主任教員 増 山純二
専任教員 白坂 雅子
1月18日
上田奨学会記念 ピアノコンサー ト
昭和32年 、田川 市(1日田川郡川 崎町)の篤志家
上 田米蔵氏 は、いかなる状
況 でも敵 味方区別な く傷ついた人々を手当てする赤十字の看護師 を地元 福
岡で育 てたい、と看護学校の開設資金1.700万 円(現在の25億 円相当)を
日本赤十字社福岡県支部(福岡市南区)に寄付され 、翌年 、16名の新 入生 を
迎え、本学の前身である福岡赤十字高等看護学院(昭和51年 福 岡赤十 字看
護専門学校 に改称、以下 、日赤看護学校)が誕生 しま した。
米蔵氏は、看護学校の開設だ けでな く、看護 学生 の経済的支援を 目的 に、
上田奨学会(現在の理事長 は、米蔵氏 の令孫 の上 田康藏氏)の設置に貢献す
るな ど、物心両面 で地元 の看護 師育成に尽 くされま した。米蔵氏の意志 を
引き継ぎ 、令息
尊之助氏も 、同校開校 に合 わせ、グラン ドピアノを寄贈
され ま した。
ピア ノは、日赤看護学校の入学式や卒業式で使用され、平成14年 の閉校後 、
隣接する福岡赤十字病院 に移設 され ていま したが、昨年 、同
院の増改築 に伴い、本学1階 レス トランに移設されま した。 これ を記念 し、米蔵氏 の令 孫で尊之助氏の令嬢
上 田聖子氏 を奏者に迎え、
聖子 氏の愛弟子である戸村千恵氏の歌、三浦聖斗氏の音響で 、ピア ノと歌 による コンサー トを開催 しま した。長年、看護学生の成長 を日々
見守 ってきたグラン ドピアノは、再 び本 学でた くさんの人々 に見守 られなが らやさ しい調べ を奏 では じめま した。
記 :
広 報委員会
1月23日
英語錬成 コース参加優秀者27名 を表彰
英語 錬成 コース 参加優 秀者27名(の べ30名)が 表 彰さ れ、喜 多悦子 学長 よ り一人 ひ と りに賞状 と副 賞が手 渡さ れま した。大 学名 に 「国際」を冠 す る本学 では 、国際人 と し ての 教養 と学術 的発信 力を 身につ ける こと を目的 に、始業前 、昼休み 、午後 の時 間に、 聴解 、音声 ・朗読 、英 語基 礎、社交 会話 、学術 発信 、看護 ・赤十 字関連 図書読 解 、英語表 現 上達 、Practical Listening & Speakingな ど、学 生の興 味関心 によ り自由 に選 択で きる コース を提供 して お り、複数 のコー ス に参 加 できま す。 表彰式 で は、喜多 学長 が 「本 学の よ うな 英語 コース を設 けて いる大 学は全 国で も本 学だ けで、 私は この ことを大 変誇 りに思 う。世 の中 に看護 師 は約95万 人 といる が、 英語 ができ る看護 師 はそ うそう、いな い。グロー バル社 会 は英語 でコ ミュニ ケー シ ョ ンが できる看 護師 を必 要と してい る。」と、激励 の ことば を述べ られ ま した 。また 、 本 コー ス統括 の因 教授 は、 「継続 して コー スに参加 で きる ことが すで に、表 彰を受 け るみな さん の能力 の証 。語学力 の伸 びは 自分 で は実 感 しがた いが 、前か らコース に参加 してい る人 と新た に参加 して きた人 とを比 べ ると 、その力 の 違い は歴然 と してい る 。」と、継続 する こ との重要 性が指摘 され ま した。 記 :准教授 力武 由 美4
International
Activities
本 学 で は 、 年 間5回 程 度 お 昼 の 時 間 に 「ランチ ョン ・ミー ティン グ」を 開 催 し て い ま す 。
2012年
度 の 実 施 状 況 は 、 下 表 の とお りで す 。
月 日 テ ー マ講
師
第1回 5/24日赤の教育施設で唯一被災 した看護 学校 の学生による
救護活動を記録 したDVD鑑 賞
国際人 道委 員会
第2回 6/20スー ダ ン ・
南 スーダ ン紛争犠 牲者 救援 事業 における看 護
准教授 小 川里美
第3回 11/8スー ダ ンの母 と子 の命 を守る
NP0 ロ シ ナ ン テ ス Salwa氏 、Amira氏(ス ー ダ ン 女 医) 第4回 11/15イ ン ドネ シア5大 学看護学 部における国際活動
ハサ ヌデ ィン 大 学 、北 ス マ トラ 大 学 、 イ ン ドネ シア 大 学 、パ ジ ャ ジ ャ ラン 大 学 、 アイル ラ ンガ 大 学 の 教 員5名 第5回 11/20世界初の公衆衛生大学 院と連携 する看護 学部
ジ ョンズ ・ホプ キンス 大 学 公 衆 衛 生 大 学 院 Ricky Fine氏 第6回 1/16国 際保健 ・
看護Ⅱ 海外 研 修報告 − 幸せを求 めるブータン王国 、
タイ王国を訪 ねて得た私 たちの学 び−
学部3年 生 6名
第7回 2/22ケニアの国 および保健 医療 の概 況
ケ ニア公 衆 衛 生 省 地 域 保 健 看 護 師 Hussein Bashir Hassan氏【第4回 】 11月15日 、JICAイ ン ドネ シア継続教育 システム(キ ャリア開発ラ ダー)実 践 コース受 講のため 、イン ドネ シア共和 国か ら来 日 してい る5名 の方 々 を迎え、4回 目の ランチ ョンミーテ ィングを開催 しま した 。講演者 は、首都 ジャカル タにあるイ ン ドネシア大 学、そ して西 ジャワ州のパ ジ ャジャラン 大 学、東 ジ ャワ州の アイルラ ンガ大学、 スラウ ェシ島 のハサ ヌデ ィン大 学、北 スマ トラ大 学の看護学 部の教員 で、それぞ れの大学 が実施 している 国 際活動 ・留 学生受 け入れ ・交換 プログラム など、国際 活動の経験 について語 って ください ま した。そ れぞれの大 学は、世界 各地の大 学や教育 機関 と、 共 同研究 、ベンチマ ーキン グ、教 員の相互交 換を積極 的 に行 ってい ます。日本 では九州大 学、北里大 学と共 同研 究を実施 し、タイ王 国やオ ース トラ リ アの大学 との教員交換 も実施 している との ことです 。パジ ャジャラ ン大 学は京都 産業大学 との協定 による留学生 交換を行 ってい ます。ア イルラ ンガ 大 学で は4か 月 間の英語 による看護学生 向け留学生 プ ログラムが実施 されて お り、オラ ンダやオース トラ リアか らの 学生が このプロ グラム に参 加 し、 病 棟や手術 室での実 習、英語 による講義 やゼミを受講 して います。加 えて、健康 推 進活動 、地域の スポーツイベ ン ト、文化祭 な どにも留学生 が参加 しています 。 また、イ ン ドネ シアの学生が 、海外の大学 で修士号 を取得す るための大 学によ る サポー トもある との ことです 。イン ドネ シアは 日本 では発展途 上国だ と考え られ ています が、今 回の ランチ ョンミーテ ィングで示さ れたよ うに、イ ン ドネシア の 大 学 における国際活 動、留学生 プログラ ムのあ り方 、留学生 交換につ いての情報 は国際的 であ り、今 回のラ ンチ ョンミー ティン グはそれ らを知 る ことができた よ い機会で あ りま した。 記:国 際 人道委員会 【第6回 】 1月16日 、本年度の 国際保健 ・看護Ⅱの研 修で 私 たちが ブータ ンに行 って実 際に見た ことや体験 した ことを多 くの人 に知 っても らいたいと思 い、 「国際保 健 ・看護Ⅱ 海外研修報告− 幸せ を求 めるブー タン王 国、タイ王 国を訪ね て得た私 たちの学 び」 とい うテーマで本 学3年 の学生6名 はランチ ョン ミー テ ィングを開催 しま した。発表 は、ブータ ン王国の 概要、私 たちが実 際に見て感 じたブー タンの特徴 、保健活 動 ・文化 交流、海 外研修 を通 し ての学 びを中心 に行 いま した 。ブー タンでは 、物 質的な豊 かさだ けではな く、地域 とのつな がりが深 いことや友達 ・家族 と過こす 時間を とて も大切 に し、その 時間を幸福 だ と感 じる精神的な豊 かさを追求 して お り、その ことが 「幸せの 国」 と言わ れる根拠 とな って いるので はない かと考え ま した。 また、 ブータ ンの民 間ク リニ ックでは、 「患者を 自分 の家族 と思 って接 する ことが大切で あ り、患者 を第一 に考 え られ ないよ うな人は 医療 や看護分 野 の職業 を選択す るべきでな い」と考 え られて お り、医療 や看護の面 でも精神 的 な豊かさ が追求さ れていま した。ほ しいものを手 に入れる とい った物 質的な豊 か さによ って幸福 を感 じる価値観 を持 った私たち にと って 、そ れよ りも精神 的な豊 かさを大切 に し、 自ら幸福 を追 求 して い くブー タンの人々 の暮 ら しや考え方 はと ても刺激 的で した 。物質的 に豊 かにな ってきたの と同時 に地 域のつ なが りが薄 く なって いる日本の社 会の中で 、少 しで もブータ ンの人々の よ うに身 近にあ る幸福 を感 じられるよ うに、“精 神 的な豊 かさ”の感性 を磨いて いきた いと思い ます。 記:3年 生 谷 さお り、吉田史佳 5
みんなの広場
素 敵 なキャンパスライフを送 っている在学 生 に、本 学 の魅 力 、看 護 の魅 力 を尋 ね ました。
勝 山 智 美 さん 2012年 入学 福岡県 ・
戸 畑高校 出身
私 は 、将 来 、専 門 家 と しての キ ャ リア ア ップ を 目指 して看 護 師 に な ろ うと 決 意 しま した 。
そ の き っか け とな った の が 、テ レビ で見 た 東 日本 大 震 災 の 被 災 地 で の 看 護 師 の 姿 で す。赤
十 字 の 赤 い 救 護 服 で 被 災 者 を 手 当 て する 看 護 師 た ち は 、とて も 頼 も しく見 え 、困 難 な 状 況
にお いて も 人々 に勇 気 を 与 えて い る よ うに 感 じま した 。これ を機 に 日本 赤 十 字 社 に も 興 味
を 持 つ よ うに な り、本 学 へ の 進 学 を 決 め ま した 。
将 来 は 、平 常 時 で も 緊 急 時 で も 、周 囲 の人 に 気 遣 い な が らき ちん と周 りを 見 て 自分 か ら行
動 が 出 来 る 看 護 師 にな りた いで す。
坂 本 莉 穂 さん 2011年 入学 大 分県 ・
大分豊 府高校 出身
4月 か らは3年 生 。毎 日充 実 した 大 学 生 活 を 友 達 と 楽 しみ な が ら、時 に は励 ま しい 合 い
な が ら、精 一 杯 勉 強 して き た この2年 間 。2月 の 初 め に は 医 療 施 設 で の 実 習 が あ り、自分
の 目標 に向け、受 け持 ち の 患 者 さん に よ りよ い 援 助 を 行 うた め に学 習 に 取 り組 み ま した 。
悩 ん だ ことも あ りま した が 、先 生 や 看 護 師 、友 達 や 家 族 に 支 え られ 無 事 に実 習 を終 える こ
と が で き ま した 。さ らに 、新 た に 自 分 の 理 想 と して い る 看 護 師 へ の 夢 を ふ く らま せる こと
が で き ま した 。折 り返 し地 点 で も あ る 今 を 、新 た な ス ター トラ イ ンと して 、残 りの2年 間 が
今 よ り充 実 した も の にな る よ う、悔 い の な い 大 学 生 活 を 送 りた い と思 い ます!
研究室訪問
楽 しい授 業 を展 開 してくださる先 生 方。先 生 方の 素顔 をご紹 介 します。
看護継続 教育 センター
センター長 ・
教授 山勢 善江
救急 看護 、クリティカルケア(急性期)看護 が専 門。 プ ライベ ー トで は、4児 の母 親でも ある。 Q:先 生 は 普 段 ど の よ う な 研 究 を さ れ て い る の で す か? A:救 急 患者の家族 への看護 が主な研 究テーマ です。急 に起 こ った事故 や病気で 、 自分の 愛する人 が 入 院する というでき ごとは、家 族に動揺 を与え ます。患者 にとって家族 は、回復 のための 大きな力 になる人た ちですの で、患者 はもちろん のこと家族 をも支 える看護 が必 要なの です。 Q:ど ん な 学 生 時 代 を 過 こ さ れ た の で す か? A:大 学 生活が楽 しくて仕 方がな か ったで す。教室の一 番前の席 で真剣 に講義を 聞いてい ま した。 そ れほど魅力 的な講義 が多か ったんです 。いま考え ると、ち ょっとヒキま すね(笑)。講義が終 わる と友 達と一緒 に 「銀 ぶ ら」して、大学生 活を謳歌 してい ま した。 Q:看 護 師 と して 医 療 施 設 に 勤 め ら れ て い た と き の ご 経 験 を お 聞 か せ く だ さ い 。 A:救 命救 急セ ンター に約10年 勤務 しま した。最 初は、死 の場面 にた くさん立 ち会わな けれ ばな らな い ことに とまどいを覚 えま した 。一方 で、反応 がない患 者さん にケアを続 けてい るうち に、目が開 い た り自発呼 吸が回復 した りす る瞬間 は、言葉 に言 い尽 くせ ない感動 があ りま した。人間の命 の は かなさ とダイナミ ズムを 日々 、肌身で感 じなが ら仕事 にあた って いま した 。命の 瀬戸際 にある 患者 さんやそ のご家族 か ら学ん だことが今 の私の看護 観をつ く って いると思い ます。 Q:在 学 生 や 受 験 生 へ の メ ッセ ー ジ を お 願 い い た しま す 。 A:学 習 を進める うちに、看護の 仕事 に対 して不安 や疑問が沸 き起 こったとき、ぜひ、研究室 を覗いて ください。看護 職者の先 輩と して話 を聞 くこともで きます し、大学生の 子を持 つ母親 と して叱咤 激励 する こともできま す。若い感性 を持 った皆さん か らの刺激 を楽 しみ に して います。6
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新 聞 に掲 載 され た記事 を集 めました。
10月1日 読 売新 聞
朝 刊
「
大 学生 熱い書 評合 戦 ビブリオバ トル九 州大会 」
学部 生5名 出場、うち1名 全 国大会 へ
12月3日 西 日本 新聞
朝刊
「
日赤九州 沖縄 の支 部合 同救護 訓練始 まる」
本学 キ ャンパ スにて日本赤 十字 社九州 八県 支部 が
合 同災害救 護訓練 を実施
12月21日 読 売 新聞
朝刊
「
看護 師らの聖歌
入 院患者癒 やす
福 岡赤十 字病 院」
病 院看護 師 とともに学 生による
ボランティア活動 を実施
11月14日 読 売新 聞 朝刊 「一 歩一歩 前へ Dr.川原 奮闘 記九 州訪 問 進 む 医療 交流 」 NPOロ シナンテス代 表 川原 医師 と スー ダン 女医2名 が本 学 を訪 問12月7日 西 日本 新聞
朝刊
「
日赤九 州国際看 護大 と西 日本新聞 社連携 」
本 学と西 日本 新聞社 が包括 的連携協 定を締結
3月12日 西 日本 新聞
朝刊
福 岡都市 圏東 部4大 学学長 と西 日本新聞 社社長 との座 談会
日本 赤 十 字 九 州 国 際 看 護 大 学
The Japanese Red Cross Kyushu International College of Nursing & Graduate School