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ミシェル・ルグランの映画音楽における作家性

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Academic year: 2021

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全文

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ミシェル・ルグランの映画音楽における作家性

著者

倉田 麻里絵

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- 1 -

論 文 内 容 の 要 旨

 ミシェル・ルグラン(Michel Legrand, 1932-2019)は、映画音楽の作曲家としてよく知られている。しか し彼は、たんなる挿入歌の作曲家としてだけ映画に関わったわけではない。彼の映画音楽は、むしろ映像と 音響とが一体化した独自の作品世界の形成を目指すものであった。本論文は、このルグランが監督ないしは 音楽監督を務めた映画作品に注目して、そこに立ち現れる、ルグランという作家が持つ、他には見られない 個性とその芸術的意味を解明しようとする試みである。  ルグランは、フランスやハリウッドで制作された約260の映画作品に音楽を提供しただけではなく、監督 兼音楽監督として1本の長編映画『6月の5日間(Cinq jours en juin)』(1989年)と、2本のテレビ用の映 像作品『ミシェルの鳥(Michel's Mixed-up Musical Bird)』(1978年)、『月の仮面(Masques de lune)』(1992年) を制作した。しかし、彼が監督したこれらの作品に関する映像学の分野からの先行研究は、極めて少ない。  作曲家が監督と音楽監督を兼ねることになれば、映像作品において、音楽を主体とした演出の実践が可能 になる。しかし、これまでの一般的な映画研究では、音楽は専ら映像に付随するものとみなされることが 多かった。したがって、映像のほうが音楽に付随するという極めて特異な性質を持つルグランの監督作品が、 従来の映画研究の枠内では充分に研究されてこなかったことは、いわば当然の結果であるともいえよう。本 論文の目的は、このような研究上の制約を念頭に置いたうえで、ルグランの監督作品および彼が映像編集に 関わった作品から、映画音楽における彼の作家性を考察することにある。論文全体の構成は、以下の通りで ある。  ルグランに関する先行研究の状況を概観し、映画音楽研究における音楽監督の作家性という概念を定義す る序論に続いて、第1章では、本論文で扱う作品を含むルグランの幅広い音楽活動を通史的にたどることで、 彼が監督業に進出することになった背景に迫る。続く第2章では、彼が映像編集に関与したノーマン・ジュ イソン(Norman Jewison, 1926- )監督の『華麗なる賭け(The Thomas Crown Affair)』(1968年)における音 楽演出の構造が分析される。その結果として明らかになったように、映像編集に彼が主体的に関わることの できたこの作品からは、ルグランが映画監督という領域へ踏み出していく今後の展開への兆しを見ることが できる。そして第3章では、『ミシェルの鳥』と『6月の5日間』が検討の対象となる。ここでは、彼が音 楽家として、自身の音楽的創造性を映画という枠組みのなかで表現しようとしていたことが明らかにされる。  以上の考察から結論として導き出されるルグランの映画音楽における作家性は、視覚情報と音楽や音の重 氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員 (主査) (副査)

倉 田 麻里絵

ミシェル・ルグランの映画音楽における作家性

博 士(芸術学)

甲文第192号(文部科学省への報告番号甲第705号)

学位規則第4条第1項該当

2020年2月28日

加 藤 哲 弘

小 石 かつら

豊 原 正 智

(大阪芸術大学名誉教授) 教 授 准教授

桑 原 圭 裕

教 授

(3)

- 2 - なり合いから新たな意味を作り出そうとする手法のなかに見出される。そこには、作曲家としての自身を映 画内でほのめかす自己表象への欲求も認められる。彼にとっての映画制作とは、自身の幅広い音楽活動の一 環でありながらも、音楽を視覚的にも扱うことへの挑戦であり、また彼の創作活動の根源に迫るものであっ た。しかしながら、彼が映画制作という選択へ向かった背景として、映画音楽の作曲家として活躍しはじめ た時期にフランス映画界にデビューしたヌーヴェル・ヴァーグの監督たちによる、自身の作家性を打ち出そ うとする映画作りに関与した経験も見逃せない。彼は、映画制作において軽視される傾向にあった音楽監督 の作曲的意図をむしろ顕在化させることを目的として監督を務めていた。そうすることで、自身の音楽性を 映像においても演出したのである。本論文は、以上のような指摘を通して、断片的な彼の評価に新たな観点 を加えると同時に、映画音楽研究における音楽監督の作家性を追究する研究への新たな視座を提供している。

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 フランスの作曲家で映画音楽監督としても知られるミシェル・ルグランの音楽活動は実に多彩である。そ の一方で、これまでの研究は彼の映画音楽に特化して積み重ねられてきた。しかし、2019年のルグランの死 去に伴った再評価の流れのなかで、映画音楽以外の彼の活動も徐々に解明されつつある。その一端を担う本 論文は、ルグランが関わった映画作品の中でも、とくに監督を務めた作品や、映像編集に密接に関与した作 品に着目する。そうすることで、ここでは特定の映画音楽の主題解明という次元を超えて、映像制作と音楽 制作を統合する、いわば映画の作家性の視点から彼の創作理念に接近することが試みられている。このよう な、作曲家が制作する映像作品にみられる音楽性を明らかにするという着眼点は、本論文の独自性を保証す るものである。また本論文は、映画音楽に対するこれまでの評価がその作曲者である音楽監督ではなく制作 全体を統括する監督の評価に包摂されてきたために、音楽監督の地位が軽視されてきたことを批判的にとら える。そして監督と音楽監督の立場が逆転した稀有な映画作品を研究対象とすることで、問題解決への新た な糸口を提供した。その点にも充分な学術的意義が認められる。  本論文の執筆者である倉田麻里絵氏によれば、ルグランが映画監督の領域に進出する契機となった作品は、 1968年のノーマン・ジュイソン監督による『華麗なる賭け』である。氏が着目するのは、この作品が、撮影 後のラッシュ映像をもとにルグランが音楽を作曲し、その後に、その楽曲に合わせて映像編集が行われると いう異例の手順で制作されたことである。さらに、その映像編集もルグランが主導していたことは先行研究 で見落とされていた重要な事実である。氏は、的確かつ精緻なその映像分析から、一つの楽曲を主軸にして 楽器の種類や、楽曲の旋律と音域の変化のなかで、物語展開や登場人物の心理的変化に対応した編集がなさ れていることを指摘する。映像と音楽の双方についてここで試みられた詳細な分析は、多くの先行研究では 困難さゆえに表面的にしか論じられてこなかった映像と音楽の融合、換言すれば映画における具象性と抽象 性の連携を実証するにたる充分な説得力を有している。今後の映画研究の手法に大きな一石を投じるもの といえよう。さらに、氏はこの作品に用いられるルグラン自身が吹き込んだスキャットにも、物語展開を補 助する意図が込められていることを明らかにした。それによって氏は、ルグランが自身の署名としての効果、 いわば音楽監督の実在性を保証する機能を映画に付与していると主張する。  ルグランによるこのような音楽を主体とした映像制作への挑戦は、正式に彼が監督を務め自身の実体験を 題材とした『6月の5日間』において、さらなる展開をみせる。倉田氏は、この作品で使われているルグラ ンのオリジナル音楽が極めて少ないことに着目し、その代用として自然音である鳥の鳴き声を強調する演出 がなされていることを指摘する。氏は、この演出こそ、音楽を自然音に変換することで、自伝的な物語性を 顕在化させるとともに、その底に流れるルグランの作曲家としての原点を暗示するものだと結論づける。そ の結果、このたびの倉田氏の研究は、断片的で二次的な評価しか与えられていなかったルグランの音楽性の

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- 3 - 核心に迫る論考として映画音楽研究に新たな視座を提供することに成功している。  なお、審査会ではいくつかの問題点も指摘された。たとえば、本論文では映画音楽学と映画音響学の理論 が時に混同して用いられており、音楽学の専門用語の使用にも慎重さが求められる。また、ヌーヴェル・ヴァー グの時代に定義された「作家主義」と一般的な映画研究における「作家論」を同列に扱うことにも議論の余 地がある。さらには、本研究がルグランの音楽監督としての包括的な作家性の解明を目的とするのであれば、 彼の監督作品に見られる音楽性と、彼が音楽監督を務めた多くの他の作品に見られる音楽性とを同様の手法 で比較分析すべきであろう。ルグランが関与した映画制作に限らず、歌手として、ジャズ・ピアノ奏者とし て、さらにはミュージカル演劇の演出者としての多様な彼の音楽活動を大きく俯瞰する一方で、隣接する芸 術分野の基礎的な研究も疎かにすることはできない。これらはすべて、今後に倉田氏が研究者として取り組 み克服していかねばならない課題であろう。  しかしながら、これらの問題点を勘案しても、本論文は博士論文としての条件を充分に満たしている。審 査委員4名は、論文の審査並びに2020年2月10日に実施した論文発表と審査会での口頭試問の結果により、 倉田麻里絵氏が博士(芸術学)の学位を受けるに値すると判断し、ここに報告する。

参照

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