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〔研究ノート〕北欧諸都市における SPM(浮遊粒子状物質)の現状

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1.はじめに

清浄で安全な大気は我々の快適な居住環境を形作るため に不可欠である。しかしながら,その必要性については, 北京オリンピック(2008 年 8 月)以降注目を集めた PM2.5 のような五感に訴えるレベルにならない限り,他の汚染物 質と比べると切迫感に欠けることは否めないため,住民の 関心も薄く行政の対応も後手に回りがちである。それに対 してたとえば酸性雨の問題に関しては,地域ごとにネット ワークが構築され広域汚染状況や長距離移動を測定する体 制になっている(日本の場合は東アジア酸性雨モニタリングネ ットワーク EANET に属している[1])。 本研究室では,主にアジアの主要都市において都市環境 の評価を試みている(図 1)。その評価軸として SPM (Sus-pended Particulate Matter 浮遊粒子状物質)を取り上げ,そ の汚染地図を作ることにより濃度分布を可視化してき た[2]。アジアの各都市では大気汚染対策が後手に回るこ とが多く公的なデータも十分に公開されていないことが多 い。そこで本研究室は大気汚染状況の可視化を試みてきた。 一方,公的なデータの公開が進んでいない地域の一つに北 欧がある。本報告では,2016 年と 2018 年の夏に行った北 欧諸都市(図 2)での SPM 測定データをもとに,アジア 諸都市と比較してその現状や公的データの公開などについ て考察する。 学苑・環境デザイン学科紀要 No. 945 65〜70(2019・7)

〔研究ノート〕

北欧諸都市における

SPM(浮遊粒子状物質)の現状

中山 榮子

Problems Due to Suspended Particulate Matter (SPM) in Nordic Cities

Eiko NAKAYAMA

A clean, safe living environment is necessary for people to be happy. However, owing to lack of awareness of the eff ects of pollution, the fact is not intuitively understood. Environmental studies have been conducted in several major Asian cities by my lab to evaluate pollution levels, and the results have been made public. This paper reports the results of suspended particulate matter (SPM) measurements carried out in the Nordic cities of Copenhagen, Oslo, Stockholm, Helsinki and Rovaniemi so they could be compared with values obtained in Asian cities.

Key words: SPM(suspended particulate matter)(浮遊粒子状物質), Nordic cities(北欧諸都市), Asian cities

(アジア諸都市)

Vladivostok Vladivostok Beijing Beijing SeoulSeoul

Shanghai Shanghai Taipei Taipei Kaohsiung Kaohsiung Manila Manila Hong Kong Hong Kong Hanoi Hanoi HCMC HCMC Chiang Mai Chiang Mai Bangkok Bangkok Kuala Lumpur Kuala Lumpur Singapore Singapore Jakarta Jakarta Pune Pune Delhi Delhi Tokyo Tokyo 図 1 研究室で調査に訪れたアジア諸都市 Norway Oslo Sweden Stockholm Denmark Copenhagen Helsinki Finland Rovaniem 図 2 本報告で調査に訪れた北欧諸都市

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月から 5 月にかけて,フィンランド気象研究所(FMI)の ご好意で,北欧の気象系の研究所で主に用いられている PM 測 定 装 置 Grimm aerosol spectrometer 1.108 と,日 本から持参した本学所蔵の柴田科学(株)デジタル粉塵計 LD-3B との平行稼働実験を行った。場所はヘルシンキ大 学構内にある FMI の測定小屋である。

3.結果および考察

大気中に浮遊する固体の大気汚染物質(PM)のうち, 直径が 10 nm 以下のものを浮遊粒子状物質(SPM)と呼ぶ。 日本の大気環境測定のうち PM に関しては SPM をターゲ ットとして行われてきた。その環境基準は「1 時間値の 1 日平均値が 0.10 mg/m3以下であり,かつ,1 時間値が 0.20 mg/m3以下であること。(48. 5.8 告示)」である[4]

2.方  法

SPM の調査場所として,コペンハーゲン,オスロ,ス トックホルム,ヘルシンキ,ロバニエミの北欧 5 都市を選 んだ。ロバニエミ以外の都市では面測定を行い,測定はそ れぞれ 28 箇所,18 箇所,15 箇所,35 箇所で行った(図 3)。 調査は 2016 年 7 月に実施した。一方 2018 年 9 月に訪れた ロバニエミでは天候の関係もあり面測定ができなかったの で,ロギング測定のみを行った。 SPM の測定には,柴田科学(株)のデジタル粉塵計 LD-3B を用いた。同時に測定場所の風向・風速・気温・ 湿度を測定した。本研究室における SPM の具体的な測定 方法は既報の通りである[3]。 ヘルシンキでは 2016 年 7 月の面測定に先立ち 2016 年 4 図 3 北欧諸都市での SPM 測定場所  (a)コペンハーゲン  (c)ストックホルム  (b)オスロ  (d)ヘルシンキ

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せられるようになってきた。各国の PM の環境基準を表 1 にまとめた。PM2.5は北京オリンピック時の大気汚染で世 に知られるようになった。粒子径が小さいほど健康影響が 大きいであろうことは想像に難くないが,測定は難しくな る。今後は PM1.0だけでなく,PM0.1など超微小粒子 (ul-trafine particulate)にも研究が進められていくであろう。

FMI で Grimm aerosol spectrometer 1.108 と,デジタル 粉塵計 LD-3B との平行稼働実験を行った。前者は PM10, PM2.5, PM1.0を 同 時 測 定 で き る 装 置 で あ り,LD-3B は SPM 専用測定機である。測定結果を図 4 に示した。なお この図の横軸は,東ヨーロッパ夏時間(EEST, UTC+3)で ある。また,両者とも 5 分おきの 1 分値を求め,比較した ところ,表 2 に示すように SPM は特に PM10と高い相関 (R2=0.91)を示した。この結果により,FMI の研究者た ちに SPM は概ね PM10と同様に振舞っていることを示す ことができた。 北欧 4 都市での 2016 年 7 月の測定結果を表 3 に示す(測 定場所は図 3)。どの都市も SPM 値は低く,測定時間や場 しかしながら,SPM を大気汚染物質としている国は日本 だけ(少なくとも主要国では日本だけ)であり,国際学会な どで SPM と言ってもほとんどの研究者は知らないのが現 状である。そこで,SPM と PM10, PM2.5との対応を示す ことが必要となってくる。なお,PM10とは浮遊粒子状物 質のうち,捕集効率が 50%となる空気動力学的粒子径が 10 nm となる粒子のことであり,PM2.5も同様に定義され ている[5]。そこで SPM を同様に定義すると,PM7.0くら いに相当するといわれている[6]。環境基準が制定され始 めたころは,黒煙や総浮遊粒子物質量(TSP)に関心が集 まっていたが,1987 年に PM10に関する環境基準がアメリ カで制定されたころから,より小さい浮遊粒子に関心が寄 表 1 各国の PM10, PM2.5の環境基準[参考文献[4], [7]などから筆者作成] (ng/m3 PM10 PM2.5 設定年 年平均 24 時間平均 年平均 24 時間平均 中国(主要 76 都市,一級) 40 50 15 35 2016 日本 100(SPM) 15 35 1972, 2009 WHO 20 50 10 25 2005 アメリカ 150 15 35 1997, 2013 EU 45 50 25 2008 図 4 LD-3B と Grimm を用いた平行稼働実験結果(2016 年 4, 5 月ヘルシンキ) SPM PM10 PM2.5 PM1 SPM 1.000000 PM10 0.908778 1.000000 PM2.5 0.891292 0.970817 1.000000 PM1 0.860721 0.937450 0.992482 1 表 2 SPM (LD-3B), PM10, PM2.5, PM1 (Grimm)データ間の相関

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本研究室で調査に訪れた多くのアジアの都市では, SPM(PM2.5, PM10)濃度の低減を目指してたとえば以下の ように原因とその対策を考えている。 1)排気ガスや大気汚染に関する新しい政策の導入 2)交通規制 3) 排気ガスの改善のため日本車の中古車の導入(ウラ ジオストック,ジャカルタなど) 4)幹線道路の舗装(プノンペンなど) 5)燃料の改善(北京など) 6)天候の影響 FMI の研究者らによると,フィンランドではヘルシン キ郊外で週末に高い PM10の値を示し,この原因が伝統的 なサウナで用いられる薪と考えられており,ノルウェーで は冬季にスパイクタイヤ由来の PM が問題視されている。 また,フィンランド,スウェーデン,ノルウェーでは南風 (南西風)が強いときに PM が越境してくると考えられて いる(日本に黄砂が飛んで来たり,シベリアの山火事で北海道の SPM 値が跳ね上がったりする[9]のと同様の現象であろう)。た だし,これらのイベントが発生していない時は PM 値が ごく小さいため,都市住民の関心も集めていない。現地の 研究者からは〈問題がないとされているのになぜ測定する のか〉と尋ねられた。公的データは蓄積されているが,そ の公開は需要がないのか進んでいない[10]。 所によるばらつきも小さかったため,コンターマップを作 成するに至らなかった。表 3 には比較のため,同年 2 月に 行った北京での定点測定値(北京駅前)を加えた。SPM の 平均値も最大値も比較の対象にならないことが明らかであ る。さらに比較のため図 5 に 2009 年ハノイでの調査結果 を示した[8]。この時は経時測定も行えたので,日変化な ども測定できている。また,図 6 に面測定結果からコンタ ーマップを起こしており,市場など繁華街で SPM 濃度が 上がっている様子がうかがえる[8]。 表 3 北欧 4 都市 SPM 測定結果(2016 年 7 月)

City measurement period measurement points SPM average(ng/m3 (ng/mSPM max3 (ng/mSPM min3) standard deviation

Copenhagen 2016/07/01-04 28 14.7 024.7 08.0  5.1

Oslo 2016/07/04-06 18 17.6 041.0 05.0  8.7

Stockholm 2016/07/06-08 15 11.8 024.0 06.0  4.7

Helsinki 2016/07/13-14 35 15.0 027.0 07.5  5.1

Beijing 2016/02/06-07 Fixed point measurement 90.4 287.0 10.5 106.6

図 5 2009 年 9 月ハノイ(ベトナム)での SPM 測定結果と視程距離の関係[8]

図 6  2009 年 9 月ハノイ(ベトナム)SPM 測定結果のコンター マップ[8]

(5)

世界保健機関(WHO)や世界銀行などでは,環境関連 のデータの蓄積や公開を行っている。大気汚染の国別比較 のため都市部の PM2.5年間平均濃度の上位および下位の 国々と関係各国を抜粋して表 4 にまとめた[11]。都市部の PM2.5年間平均濃度の高い国から並べたので,今回調査の 対象とした北欧の国々は 189 箇国中,スウェーデン 187 位 (濃度の低いほうから 4 位),フィンランド 186 位(同様に 5 位), ノルウェー 180 位(同様に 11 位),デンマーク 174 位(同様 に 17 位)と大変低い値であった。このデータは本研究にお ける測定結果と矛盾しない。北欧の研究者や都市住民たち が,PM 値が小さく問題がないため関心をほとんど寄せて いない状況も理解できる。 2018 年 9 月にはフィンランドの北極圏への入り口にあ たるラップランドの中心首都ロバニエミを訪れ SPM の測 定を行った。雨天のため面測定は行えず,宿泊先にて経時 測定を行った。その結果を図 7a に示す。このグラフも横 軸は EEST である。 2018 年 9 月 14 日の未明 ホテル周辺にて花火(爆竹の 類)で大騒ぎをしている数名の若者のグループがいた。朝 になってデータを回収すると,装置が壊れたかと思うほど の大きな値,約 600 ng/m3が記録されていた(この SPM 計の最大測定値が 760 ng/m3程度である)。そこで,縦軸のフ ルスケールを 100 ng/m3に変えて作図したのが図 7b であ る。ハノイでの日変化のような規則性は見当たらず,一時 的に 40 ng/m3程度の値を示した時間帯があるものの,そ れ以外の時間帯は概ね 10 ng/m3程度であった。 北極圏に存在するブラックカーボンは地上付近ではロシ アから,上空ではアジアから来るものが多い[12]という報 告がある。また,大気汚染に関してはアジアの国々が上位 に並ぶが,地球は球体であるので実はフィンランドはロシ アとアジアに近い国である(一般的に用いられているメルカ トル図法の世界地図は距離を正確に表していない)。そのためロ バニエミを調査先に選んだ。ロバニエミは,サンタクロー スの村へ向かうため世界中から一定数の観光客が通年訪れ る町であり,第二次大戦後アルヴァ・アアルトが主導して 街づくりが行われたことでも有名である。今回の調査の時 点では,SPM 濃度は低い値を保っており,ロシアやアジ アの影響を受けている様子は見られなかった。

4.おわりに

本報告の一つの大きな成果は,FMI 所有の Grimm と 本学の LD-3B の平行稼働実験ができたことである。実際 に FMI で使われている装置 Grimm から得られたデータ の中で特に PM10と SPM 値との高い相関を示した。 今回面測定した北欧 4 都市は,2007 年きれいな都市に 順位 国 名 都市部の PM2.5年間 平均濃度(ng/m3 1 ネパール 99.5 2 カタール 91.7 3 サウジアラビア 86.7 4 エジプト 79.6 5 ニジェール 73.0 7 インド 68.0 15 中国 51.0 57 ベトナム 30.1 65 タイ 26.6 72 カンボジア 24.9 73 韓国 24.7 97 メキシコ 20.9 159 日本 11.8 174 デンマーク 10.3 180 ノルウェー 07.8 183 オーストラリア 07.3 186 フィンランド 06.5 187 スウェーデン 06.1 188 アイスランド 05.9 189 ブルネイ 05.8 189 ニュージーランド 05.8 世界平均 39.6 表 4  世界の大気汚染・PM2.5濃度ランキング,国 別順位〔WHO 2018 年版[11]より筆者抜粋〕 図 7a  2018 年 9 月 ロバニエミ(フィンランド)の SPM 測定 結果 0 100 200 300 400 500 600 700 SP M co nc . (μ g/ m ^3 ) EEST 図 7b  2018 年 9 月 ロバニエミ(フィンランド)の SPM 測定 結果 その 2 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 SP M co nc . (μ g/ m ^3 ) EEST

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[10] たとえば,Air Quality in Europe サイト内の Comparing Cities の Current situation にはオスロとストックホルムの

データは示されていない。:   http://airqualitynow.eu/comparing_home.php [11] 世 界 の 大 気 汚 染・PM2.5 濃 度 ラ ン キ ン グ,国 別 順 位, WHO 2018 年版:   https://memorva.jp/ranking/unfpa/who_whs_pm2.5_ urban.php [12] 国立環境研究所,北極に運ばれるブラックカーボンはどこ からくる?:   https://www.nies.go.jp/whatsnew/20170925/20170925 .html [13] Gigazine,世界の最もきれいな都市トップ 25:   https://gigazine.net/news/20070518_world_cleanest_and_ dirtiest_cities/ Website の最終アクセスはすべて 2019 年 5 月 22 日である。 (なかやま えいこ  環境デザイン学科) もランクインする都市である[13]。インタビューを行った 住民は口をそろえて自分の町の環境が良いことを話してく れた。一方,現在の PM や大気汚染指数(AQI)のような 値には関心をあまり示さなかった。実際に調査した結果か らも “きれいな大気” であることが確認された。FMI の研 究者たちは,たとえば中国から日本への大気汚染物質を含 む空気の長距離移動には大変高い関心を示してくれた。こ れは過去に西欧〜中欧あたりから北欧へ PM や SOx が流 入した被害の経験があるからであろう。 PM の問題は地域の問題であると同時に地球規模で考え なければならない問題でもある。今後も PM を中心とし た大気環境に関心を持ち続け,生活者の視点から環境問題 の解析や国際比較を行っていく。 謝  辞 この研究の一部は,昭和女子大学研究助成金の援助を得て行っ た。また,この研究の一部は 19th Biennial International Con-gress ARAHE および日本環境学会第 44 回研究発表会において 発表した。

SPM と PM の相関を求める際にお世話になったフィンランド 気象研究所(FMI)の Hilkka Timonen 先生,Minna Aurela 博 士に御礼申し上げる。 【参考文献】 [ 1 ] EANET: https://www.eanet.asia/jpn/ [ 2 ] 中山榮子,メルボルン(オーストラリア)における浮遊粒 子状物質(SPM)の現状,昭和女子大学紀要「学苑」,885, 2-9(2014) [ 3 ] 中山榮子,アジア各都市における SPM 簡易測定法の開発, 昭和女子大学大学院生活機構研究科紀要,18,1-9(2009) [ 4 ] 環境省,大気汚染に係る環境基準:   https://www.env.go.jp/kijun/taiki.html [ 5 ] 国立環境研究所,SPM, PM2.5, PM10, …,さまざまな粒 子状物質:   http://www.nies.go.jp/kanko/news/20/20 -5/20 -5 -05.html [ 6 ] 環境省,微小粒子状物質の粒径について:   https://www.env.go.jp/council/former2013/07air/y078 -02/mat03.pdf [ 7 ] 国際環境経済研究所(IEEI),ゼロからわかる PM2.5 のは なし: http://ieei.or.jp/2013/08/special201307002/ [ 8 ] 中山榮子,いくつかのアジアの都市における浮遊粒子状物 質(SPM)の現状―ジャカルタとハノイ―,昭和女子大学紀 要「学苑」,849,50-60(2011) [ 9 ] た と え ば,産 経 ニ ュ ー ス 2018 年 4 月 27 日,北 海 道 で PM2.5 濃度上昇 ロシア極東の森林火災影響か:   https://www.sankei.com/life/news/180427/lif1804270035 -n1.html

図 5 2009 年 9 月ハノイ(ベトナム)での SPM 測定結果と視程距離の関係 [8]

参照

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