氏 名 河 邊 久 美 子 学位(専攻分野の名称) 博 士(環境共生学) 学 位 記 番 号 甲 第 695 号
学 位 授 与 の 日 付 平成 27 年 3 月 20 日
学 位 論 文 題 目 Roles of Eri-culture for Promoting Education for Sustainable Development (ESD) in Kampong Cham Province, Cambodia
論 文 審 査 委 員 主査 教 授・博士(農業経済学) 板 垣 啓四郎 教 授・博士(生物環境調節学) 濱 野 周 泰 教 授・博 士 (農 学) 三 原 真智人
Doctor of Engineering TABUCANON, T. Mario*
論 文 内 容 の 要 旨 本研究は,持続可能な開発に向けた教育(ESD)に
おけるエリ蚕養蚕の果たす役割・効果について論議を進 めていくことを目的としている。1992 年リオデジャネ イロで開催された United Nations Conference on Envi-ronment and Development(UNCED)以 来,持 続 可 能な開発(SD, Sustainable Development)にあたって は,「環境」,「経済」,「社会」の 3 つの因子に配慮する ことが必要であるとされている。また持続可能な開発 (SD)の実現を目指して現在議論が進んでいる SDGs (Sustainable Development Goals)を到達する上で, 持続可能な開発に向けた教育(ESD)は重要な手段と して位置づけられている。そこで本研究では,上記 3 つ の因子のそれぞれの側面について,カンボジア王国コン ポンチャム州の農村を研究対象地に,エリ蚕養蚕の推進 が持続可能な開発に向けた教育(ESD)に果たす役割 について論議した。 先ず,エリ蚕養蚕農家が養蚕開始の前後で農薬削減に 対する意欲および環境意識の変化について評価を試み た。エリ蚕養蚕の導入から 6 か月後の 2011 年 3 月に実 施した調査の結果,養蚕農家は養蚕開始の前である従来 の農薬使用量と比較して,90% 以上の農薬削減をした いと回答し,削減に対する意欲がみられた。これに対し て,養蚕に関するワークショップに参加しただけの農 家,または一度も参加したことがない農家の農薬削減に 対する意欲は低く,分散分析の結果,95% 以上の有意 差がみられた。よって,養蚕を実際に開始することで農 薬削減に対する意欲が高まることが明らかとなり,一定 の評価を与えられる結果となった。併せて,エリ蚕養蚕 の導入から 1 年後の 2011 年 10 月に調査を実施し,実際 にエリ蚕養蚕農家はどの程度農薬を削減できたのか,に つ い て 定 量 的 な 把 握 を 進 め た。45% の 養 蚕 農 家 は 60∼80% 農薬を削減することに成功しており,分散分 析の結果,養蚕農家とそれ以外の農家では 99% の有意 差が見られた。よって,養蚕農家は農薬削減に対する意 欲が高いだけではなく,実際に削減することに成功して おり,エリ蚕が環境教育に果たす役割として一定の評価 を与えられる結果となった。 また,研究対象地における自然資源の分布について, 参加型農村調査を通して把握するとともに,その地域資 源の一つでエリ蚕養蚕にとって重要となるキャッサバ葉 の最適な剪定量について評価を試みた。エリ蚕養蚕は, 桑畑を必要とする一般の養蚕と大きく異なり,従来の農 業的土地利用を維持しつつ,今まで未利用であったヒマ やキャッサバ等の葉を飼料として養蚕に取り組めるとい う利点がある。つまり農業収入を維持しつつ,エリ蚕養 蚕を通して副収入を得ることが可能となる。キャッサバ は研究対象地であるコンポンチャム州プレイチョール地 区で栽培されている主要作物の一つであるが,収穫物は 芋であり,葉については従来未利用であった。そこで, エリ蚕養蚕を進める上で,適切な時期にどの程度の キャッサバ葉の剪定が可能であるのかに関心が注がれて きた。ただし,前述のようにエリ蚕養蚕を通した現金収 入は副収入であり,主収入である農業生産に影響を与え ないことが重要な条件となる。そこでカンボジア王立農 業大学の試験圃場を活用して,キャッサバの植え付けか ら 4ヵ月後にキャッサバ葉を 0% から 100% まで 20% 間 隔で葉を剪定し,芋の収穫量に影響を与えない最適な剪 定量を実験的に把握した。実験の結果,葉を 100% 剪定 ─ 48 ─ *国連大学 IAS 客員教授/アジア工科大学名誉教授
したキャッサバの収穫量は著しく減少したものの,0% ∼80% の剪定量ではキャッサバ芋の収穫量に有意差は みられなかった。本研究の結果より,キャッサバの植付 けから 4 か月後に葉の剪定を行う場合は,80% まで剪 定可能であることが示唆された。この結果を受け,現地 農家に依頼をして実際の畑地においてキャッサバを生育 する実証実験を実施し,2013 年 7 月に収穫を行い,実 験圃場での研究成果を裏付ける結果を得た。これらの研 究成果は,エリ蚕養蚕の推進に向けた重要な自然資源の 管理指標として位置づけられ,経済的にも主収入である 農業生産に影響を与えることなく,エリ蚕によって副収 入を得られることが示された。 カンボジアは 1975 年から 1979 年までポルポト政権の 下にあった。ポルポト政権の政策は,農業主体の共同社 会を構築するとともに,通貨や学校教育を廃止するなど の極端な原始共産制の実現を強行し,前政権のロンノル 政権やシハヌーク派の官僚,学校教員やマスコミ関係者 などの知識人等を虐殺したことで有名である。しかし実 際はこれらの知識層に留まらず,都市から強制移民した 住民や現地農家も理由の有無にかかわらず,強制収容所 に送られ拷問の末に殺害され,その犠牲者数はポルポト 政権下の 3 年 9 か月の間に 170 万人とも 200 万人ともい われている。現在でも農村の中に,このポルポト政権に 加担した住民と家族を殺害された住民が共存しつつ,農 村コミュニティを形成している。そのため,様々な国際 協力プロジェクトにおいて農家グループが形成される が,実際に機能するグループ化は困難であることがいわ れている。またカンボジア社会では,女性の地位は男性 よりも低く置かれ,常に慎ましくあるように教育を受け てきている。ポルポト政権後の急速な経済活動の中で, 女性の社会進出は目立ってきているものの,未だに女性 を低く捉える傾向は,都市部よりも農村部において根強 く残っている。そのような背景の中で,エリ蚕養蚕がど のように農村コミュニティの活性化に寄与したのかにつ いてアンケート調査と聞き取り調査を行った。アンケー ト調査の結果から,エリ蚕の導入によって農村コミュニ ティにおいてコミュニケーションが明確に促進されてい るとともに,聞き取り調査の結果からエリ蚕養蚕に取り 組むことによって,女性の地位が家族の中で向上してい ると評価できる結果となり,エリ蚕養蚕が農村コミュニ ティにおいても一定の役割を果たしていると評価できる 結果となった。 これらカンボジア・コンポンチャム州の農村を研究対 象に実施した一連の研究結果より,エリ蚕養蚕の推進 は,持続可能な開発に向けた教育 ESD の推進におい て,重要な手段として位置づけられるという評価を与え られる結果となった。 審 査 報 告 概 要 本研究は,カンボジア王国コンポンチャム州を研究対 象地として,持続可能な開発に向けた教育(ESD)に おいてエリ蚕養蚕がどのように展開していったのかにつ いて,その果たす役割・効果を論じたものである。最初 に,エリ蚕養蚕を通して現地農家は,環境意識とりわけ 農薬削減に向けた意識を向上させるとともに,実際に農 薬使用量を削減することに成功し,エリ蚕養蚕が現地農 家の環境意識の向上に果たした役割を報告した。併せ て,参加型農村調査を通して自然資源の分布を把握する とともに,その地域資源の一つであるエリ蚕養蚕にとっ て重要なキャッサバ枝葉の最適な剪定量について評価を 試み,実験の結果から 80% まで剪定可能であることを 明らかにした。この成果はエリ蚕養蚕の推進に向けた重 要な自然資源の管理指標を与えるものとして評価でき, 経済的にも主収入である農業生産に影響を与えることな く,エリ蚕によって副収入が得られることを示した。ま た,エリ蚕養蚕が農村コミュニティの活性化および女性 の地位向上においても,一定の役割を果たしているとア ンケート調査およびインタビュー調査の結果に基づいて 評価した。これらの一連の研究成果は,エリ蚕養蚕の展 開が持続可能な開発に向けた教育(ESD)の推進に重 要な手段となることを明らかにしたもので,持続可能な 開発に向けた教育(ESD)の普及に寄与する研究成果 であると評価した。 よって,審査員一同は博士(環境共生学)の学位を授 与する価値があると判断した。 ─ 49 ─