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博士論文審査報告書

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Academic year: 2022

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早稲田大学大学院理工学研究科

博士論文審査報告書

論  文  題  目

クロマイトスピネル系における 磁気幾何学的弱フラストレーション

Magnetic Geometrical Weak Frustration in Chromite Spinel Systems

申 請 者

富安 啓輔

Keisuke Tomiyasu

物理学及応用物理学専攻  中性子線物性研究

2005年  3月  

 

(2)

申請者の研究は、最近の磁性研究のトピックスの一つである3次元の幾何 学的スピンフラストレーションに関するものである。スピネル構造のB-サイト のみに磁性イオンが配置し、B-サイトの最近接スピン間に反強磁性的結合を仮 定すると、B-サイトの特殊な空間配置から最低エネルギーのスピン配列が一義 的に決まらない。  そのためにスピン間の強い相互作用にもかかわらず磁気長 距離秩序が低温まで出現しない。このような系を幾何学的スピンフラストレー ション系と呼び、磁性研究者の間で多くの興味を呼んでいる。ZnFe2O4,ZnCr2O4, CdFe2O4等は典型的な例で、10K近くの低温まで磁気長距離秩序が観測されな い。  このスピネル構造でA-サイトにも磁性イオンが配置するとA-B間の相互作 用のためフラストレーションは阻止され、磁気長距離秩序が出現すると考えら れてきた。  事実、多くのスピネル型遷移金属酸化物は、比較的高い磁気転移 温度をもつ磁性体である。  したがって、これまでA,Bの両サイトに磁性イオン が配置するスピネル構造の磁性をフラストレーションという立場から研究する ことはなかった。 

申請者は、たとえA-サイトに磁性イオンが配置しても、B-サイト間の反強 磁性相互作用がA-B間の相互作用に比べて十分強ければフラストレーションが 何らかの形で残ると考えた。そのような系の候補としてCoCr2O4およびMnCr2O4に 注目して中性子散乱実験と磁化測定をおこなった。これらの系ではCo2+および Mn2+がA-サイト、Cr3+がB-サイトに配置する。過去の研究では最低温度の磁気 構造はフェリ磁性成分とそれに直交するスクリュー成分とで成り立つ長距離秩 序と考えられており、スクリュー成分が凍結する温度はフェリ磁性成分が凍結 するキュリー温度に比べてはるかに低いことが知られていた。申請者はこれら の単結晶試料を用い、中性子散乱実験でスクリュー成分を示す磁気衛星反射が 最低温でも長距離秩序にならずに短距離秩序に止まっていることを発見した。 

他方、過去の実験で決定されていた最低温での磁気構造は、理論的には不安定 なものであることが知られていた(LKDM理論)。この理論によるとA-B,B-B 最 近 接 イ オ ン 間 相 互 作 用 だ け を 考 え て 決 め る u パ ラ メ ー タ

(u =4JBBSBSB 3JABSASB)の値が 1.298 より小さければ磁気長距離秩序の解が 存在するが、大きければスピンの微少変化に対して解は不安定になる。申請者 はこの不安定性の原因がB-サイトのスピン間の強い相互作用に基づく幾何学的 フラストレーションに起因するとし、その結果、長距離秩序が阻止され、短距 離秩序が形成されると考えた。この考え方をとるとuパラメータはフラストレー ションの“強さ”を測る半定量的なパラメータとして用いることが出来る。こ れまでのB-サイトのみに磁気モーメントが存在するZnFe2O4,やCdFe2O4等のフラ ストレーション系の場合はu=∞になり、CoCr2O4およびMnCr2O4の場合のようにu パラメータの値の小さな系を“弱フラストレーション”系と名づけた。 

(3)

本論文の構成を次に示す。第1章では幾何学的スピンフラストレーション とは何かを過去の実験データを交えて説明し、また、本論文の理論的な背景と なるLKDM理論を解説している。また、CoCr2O4およびMnCr2O4を弱フラストレ ーションの可能性のある系として選んだ理由としてこれらの系がJahn-Teller イオンを含まないためにフラストレーションを阻止する格子歪が起こらないこ とを挙げている。第2章では試料作成、中性子散乱、および帯磁率測定の具体 的な実験手段について述べている。第3章以後が申請者の得た結果である。先 ず、CoCr2O4およびMnCr2O4の粉末試料による過去の中性子散乱のデータとその解 釈について説明した後、単結晶による詳細な実験データを示し、両者の相違点 を明らかにしている。特に単結晶試料を用いたことにより散乱強度と分解能が 格段によくなり、スクリュー成分を示す磁気衛星反射が、線幅と形状からブラ ッグ反射ではなく、散漫散乱であることを結論した。  また、統計のいいデー タを用いてスクリュー成分の大きさからuパラメータを決め直した。さらに、散 乱強度と半値幅の温度変化の測定から、スクリュー成分が凍結する過程を決定 した。こうして磁気衛星反射強度の空間分布から、過去の粉末試料で決められ た も の よ り 高 い 精 度 で 最 低 温 度 で の 磁 気 構 造 を 決 定 す る こ と が で き た 。  CoCr2O4とMnCr2O4の磁気構造では、スクリュー成分の短距離秩序の相関長が異な るという定量的な差はあっても、定性的には殆ど同じ結果が得られている。相 関長の違いはuパラメータの値と密接に関係しており、フラストレーションの

“強さ”の違いを示している。次に磁化率測定のデータを議論している。  過 去の研究では磁場中冷却のものしか報告されていなかったが、申請者は磁場中 冷却とともに零磁場冷却でも測定している。CoCr2O4、MnCr2O4の両方とも転移温 度以下で磁場中冷却と零磁場冷却とで全く異なった振る舞いを示すことを見出 した。この結果を中性子散乱の結果と照合することにより、これらの系では一 つのフェリ磁性磁区のなかで、スクリュー成分が[110]方向に等価な伝播ベ クトルをもつ、いくつもの短距離秩序のマイクロドメインに分かれていると考 え、温度低下と共にこれらのマイクロドメインが凍結するとして、低温におけ る帯磁率や中性子散乱の異常な温度変化など、すべての磁気的振舞いが矛盾な く説明できることを示した。このようにこの論文は、これまで異なった実験手 段によって矛盾した結果が報告されていたCoCr2O4やMnCr2O4の磁性について、上 のようなドメイン分布と、その凍結過程を考えることで矛盾なく説明できるこ とを示し、長い間放置されていたこれらの系の磁性の問題を解決した。 

第4章ではNiCr2O4の粉末中性子回折データについて議論している。Ni2+イ オンはJahn-Tellerイオンであるため、同じスピネル構造でも格子歪が存在する。

格子歪はB-サイトの幾何学的対称性を破るため、スピンのフラストレーション を阻止するように働く。したがってCoCr2O4やMnCr2O4のような短距離秩序のスク

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リュー成分は存在しないと結論している。しかし、注意深くデータを見ると弱 い磁気散乱が残っているようで、今後、単結晶を使ったより精度の高い実験が 望まれる。 

第 5 章 で は 本 研 究 の ま と め と し て 、 申 請 者 が 中 性 子 散 乱 で 結 論 し た  CoCr2O4やMnCr2O4のスクリュー成分が短距離秩序であることと、過去に提唱され たLKDM理論との関係を議論している。短距離秩序の原因がスピンのフラス トレーションによるものであり、A-Bサイト間の結合力よりもB-サイトのスピン 間の結合力の方が強いことに起因することを結論している。 

以上のように本論文では、これまでスピネル構造のB-サイトのみについて 考えられていた幾何学的スピンフラストレーションという概念を、A,B両サイト に磁性イオンが配置したスピネル構造の物質に拡張し、A-B間の相互作用が存在 してもそれがB-B間相互作用に比べて弱ければ、短距離秩序が出現すること、ま た、交換定数の比で定義されるuパラメータを使って、フラストレーションの“強 さ”を半定量的に評価出来ることを示し、具体的な系、CoCr2O4およびMnCr2O4の 実験データにこれを適用してこれらの系が弱フラストレーション系であること を示した。また、これらの系の帯磁率、磁気共鳴、中性子散乱等のデータに対 してこれまでに提案された矛盾した解釈を、弱フラストレーションの立場から 説明することで、これらの矛盾を解決した。このように申請者の研究は、フラ ストレーションを起こす幾何学的対称性が他の磁性イオンの存在によって破ら れている場合でも、相互作用の強さによってはフラストレーションが部分的に 残り得ることを導き、スピネル構造化合物の磁性の研究に新しい解釈を与える ものである。よって本論文は早稲田大学大学院理工学研究科の博士論文(理学)

として十分価値があるものと判断する。 

       

2005年2月   

審査員(主査)早稲田大学教授       理学博士(大阪大学)    角田頼彦            法政大学(工学部)客員教授  理学博士(東京大学)    白鳥紀一            早稲田大学名誉教授      理学博士(東京大学)    近桂一郎            早稲田大学助教授      博士(理学)(東京大学) 勝藤拓郎 

   

参照

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