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ロ ー マ 共 和 政 期 に お け る 頭 格 消 滅 に つ い て

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(1)8嘗募密臼ぎ暮5ヨ賃ぎ曽に関わる問題について. 貢. ヒヒ. i呂仁器卑お急象導霞臼&oと市民権喪失1. ローマ共和政期における頭格消滅について. はじめに. 目次. 第一章 まとめにかえて. 第二章8覧身留ヨぎ&O琶&貯と2ロ器9蒔巳ωぎ8&§5. はじめに. 丸. 光. 男. 胃ーマ法のテクストによれば︑ω富ε巴ま9富ユω︵自由の地位︶︑¢富εω9≦富鼠︵市民権の地位︶︑ω富葺ω融ヨま器. 一〇九. ︵1︶ ︵家族の地位︶という呼称は︑8讐勢留ヨぎ葺5︵頭格消滅︶の三つの種類に由来するものと説明されている︒実 ︵2︶ 際︑古典期の法学者は︑︒碧鼠の留ヨぎ9εについて︑鉱≦畠の︵市民権︶と一一ぴo誹器︵自由︶を同時に喪失する場合 ︵3︶ ︒覧冴留ヨぎ暮ごヨ貴ぎ帥︵頭格最大消滅︶︑9≦貫のを喪失しても一一びφ旨窃を保持する場合に生ずる に生ずる︒︒ ︵4︶ ︒巷三ω留含薮ぎヨ&ご︵巨づ2︶︵頭格中あるいは小消滅︶︑および︒三冨ω﹂浮震冨ωは保持するが身分の変動を. ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(2) 早稲田法学会誌第三十九巻︵︸九八九︶. ︵5︶. 一一〇. 受ける場合の8風蔚留日ぼ葺ご巳巳ヨ帥︵頭格最小消滅︶の三つに区別している︒ここにおいて︑古典期︵および ︵6︶ それ以降︶の法学者は︑9≦欝のと亨①濤器の概念的な峻別をしていることは明らかである︒ ︵7︶. ところで︑8覧募留目ぎ暮ざについては︑その起源およびその内容ーとりわけ8豆蓼留目ぎ三ご琶ぎぎ餌!. をめぐって学説の対立が存する︒本稿ではそれを主たる対象とするのが課題ではないから︑直接には取り扱わないけ. ︵8︶. れども︑8慧勢留営ぎ暮ご目舞ぎ鋤および目&ごについての論点︑すなわち︑8覧募留ヨぎ葺ごが︑かつては三. 種類ではなく二種類だけであったlS覧蔚留窮ぎ葺すヨ爵ぎ帥とヨ&ごはかつて一つであったーとの主張に. 関心をもつ︒なぜなら︑この点は︑本稿の主たる対象である9≦富乙︒と一籏R冨ωの関連性fま薫−ω議議は︑. ︒巷置の留Bぎ葺δについてのこうした理解を一つの論拠として︑︒一くぎ︒aと一一びR富ωの不可分離性を官ーマ社会 ︵9︶. ︵惇ーマ法︶における基本的特徴とみなすーをめぐる問題の重要な論点だからである︒. ︵1 0︶. ︵11︶. この9≦一霧と一一ぴo旨霧の不可分離性の主張は︑守鼠︸U窃器旨8霞︸まをーω旨年<o一$⇒mなどによってなさ. れている︒とりわけ︑<o冨糞帥は︑︒オぎのと一一ぴ①旨器は古典期を通じてその不可分の結合を示したとして︑時代 ︵12︶. 的・地域的妥当性を主張した︒. これに対して︑いΦξは批判を展開している︒彼は︑〇三け霧の喪失が一坤ぴo旨器の喪失に帰結することはないとし. て︑・ーマ︵法︶においては︑一一ぴ震欝のは蝕くぎωに由来するものではないこと︑つまり︑一まo旨器を害することな. くo貯ぎのを喪失したと主張する︒. こうした学説の状況を要約的に示せば︑﹁奴隷がpーマ市民たりえないことは︑当然として︑然らば反対に︑︑9≦富吃︑. のない︑︑一ぎ①旨霧︑︑はありえないのか︒或いは︑冒ーマ的観念では何れかの都市の市民9≦ωでないものはすべて奴 ︵13︶. 隷と考えられたのか︑という問題﹂として把握されるし︑そこまでの射程を有する問題なのである︒.

(3) 本稿は︑こうした学説の状況をふまえつつ︑共和政期ーとくにΩ︒段oの時代までーにおける︒三一器とヂ ︵14︶. ぴ︒旨器の不可分離性の存否について︑︒巷試ω号導ぎ暮ごヨ舞ぎ餌とヨ亀貧の検討を通じてアプ偉ーチすることを課題. とする︒具体的には︑ピ︒藁が市民権喪失は自由を害する必要はなかったとの主張を支える論拠の検討︑および︒巷一蓼. 留筥ぎ暮ごヨ輿ぎ獅と目巴すが共和政期においては現象としても効果としてもひとつのものであったということの 論証を課題とする︒. ︵1︶鼠●区霧霞●男αヨざ魯①の℃識ぐ象器o窪︒這刈Sの匙︒ピお!国信嘗①一ー≦警αq震︒男o響一ω魯霧男oo窪●ω窒唐一零ooゆ︒︒認φ. ︵2︶の鉱¢の●H霧謡εぎ器巴﹂㎝9国誇窪ε旨8旨ぼ号菖妻ぎ實一〇旨8℃哉のb醇旨暮鋒o①38鼠げま旨o臼の餌8強営き導㊤暮目畏言②. 法で生じる︒頭格最大消滅︑または小消滅−中消滅とも言われるー︑または最小消滅がそれである︒﹂. ︒露8且鼠留昆ロ三す讐叶菖昌寂ρ奉糞ρ9鼠ヨ目亀壁目き8導・鼻︒9目注馨勲﹁頭格消滅は︑従来の︒碧暮頭格の変更であり︑三つの方. 窪剛oペヨ勢8霧奉属奉鼠8ご﹃貰ひ2&一臣箕⁝⁝賃一①鴨⁝⁝ρ98旨猛雷旨一罐o導ぎ弩げ①カo旨帥山o導幽9一ご導訂霊o凱糞︸津o甘. ︵3︶O無同し①9竃貴ぎ聾①ω侍8旨一ω傷︒三ロ暮一P2唐毘2一ωω富三9︒三岳器ヨ︒二一げ︒旨象︒唐卑鼠葺ごρ轟︒勢8一島二⇒8誘一辞2一. ︷①ヨ﹃器2器貫ωo尽寓の8匿三8Ω壁舞きoき色一器︷ご馨8疑ヨ畠o邑8崔Pρ鼠どのぼ≦冴98壼9富旨一ぴ拐巳岳一〇琶一唇の霊誉器村く討. より売却を命ぜられた者に生じる︒この法⁝⁝法律により⁝との法律に反して胃ーマ市に住居を持った場合に生ずる︒また︑女子が他人の奴隷. 8旨言88ユ暮︒﹁頭格最大消滅は︑ある者が市民権と自由を同時に喪失する場合に生ずる︒これは︑ケーンススを忌避し︑ケーンススの規定に. る︒﹂関連して︑目ε昂図図く目粟8603¢互§一レど一ご蜜舞ぎ餌︒呂三の留旨ぼ9ご霧けb段ρ尽菖99ξ鼠ω①二旨霞件器薗三ま言ぴ. とその主人の意思に反して︑かつ主人の戒告にもかかわらず同棲し︑クラウディウス元老院議決によりその主人の女奴隷とされる場合にも生ず. く①一&8導ぽ︒gの霧巴一ρ募く︒菖①葺もgき&g2&巴一窪08箋oω︒冒夏︒昏留づき鼠g︒匹o旨ロρ①一島き︒一一一卑貯g帥ぴ①簿粟. ωoまε80霧巳8Ωき象磐9﹁頭格最大消滅は︑それにより︑市民権も自由も失われる場合である︒たとえば︑ある者がケーソススを忌避し売. などがそれにあたる︒﹂. 一二. られる場合︑あるいは女子が他人の奴隷と︑その主人が戒告したにもかかわらず同棲し︑クラウディウス元老院議決によって女奴隷とされた場合. ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(4) 一二. 罵ぎ寓一く①簿亀貯婁8冨一ω餌Φ昆壼叶一p2竃︒三奮麺且葺ξぴ浮窪器這ぎ簿畦.登&89旨①凶︒92惹︒一. 早稲田法学会誌第三十九巻︵叫九八九︶. ︵4︶Om一﹂﹂爲. ピ巴貯8嘗置伽①邑壼け一〇象︒葺・穫需村ρ暴βωo㌶︒三韓o螢昆鴇9︒﹂ぎ︒旨霧お二づo酔畦甲2&. 一αq旨一旨震象o窪筥︷5葺・﹁頭格小消滅または中消滅は︑市民権が失われ︑自由は保持される場合である︒これは︑水火の禁を受けた者に生ずる︒﹂ ↓一葺︸ご︿﹀︻<日震Oo壱○お¢一黛壁一﹂ど憲. 者に生ずる︒﹂. ︷津ぎ80三8岳①酔黄三一旨震象99H・﹁それにより市民権だけが失われ自由は保持されるのが頭格中消滅である︒これは︑水火の禁を受ける. ︵5﹀の錫い屋聾ζぎ一含餌霧一〇碧三ω号影ぎ暮す窪ヨ魯9≦鐙ω9一串霞一器お一ぎo窪びω&ω鼠εのぎ導ぎ冨8づ讐鼠εき﹁頭格最小消滅. O巷一件訂留鼠津島8δ貸壁αQ窪①嵩霊旨・竃貰M跨角旨①魁貯誉ぽ一旨費窪一薗o急菖霊暮聾器. は︑市民権も自由も保持されるが︑人の身分が変更される場合である︒﹂. 訂げo旨審しま①答讐①営9︿響讐o含貯誉農鶴目●博韓霊目窪置o筥鉱餌プ器o蝉旨一島旨量︸ゲoo8一謡げ霞鼠鼠旨g9く即讐oβ卑貯B一一置匿り彰環一置伽ヨ. ︵6︶前註︵2︶〜︵5︶の法文︒ご黄窃婁歯貸障. 講げ震9ω99誌3の器一一器言5貯旨一澄酔弩εヨ旨偉鼠εぴ目一艮旨拶目霧器S営蕾似o旨冒5δ霧営8霧鼠. ﹁頭格消滅には三種類あるo最大︑. 888風叶誌留鼠昌5一〇器暮 窪韓く角o鋤昆鼠彰¢の島ξ鼠欝芦眠冨嘗簿①ew器菖壼筥毒鴇営&賦筥窃︒︒①8営冴伽o筥ぎ彗一〇蓉営 窪匿魯. 合︑すなわち︑自由︑市民権︑家族を失う場合が頭格最大消減である︒これに対して︑われわれが市民権を失うが自由を保持する場合が頭格中消. 中︑最小である︒なぜなら︑われわれが有する頭格には自由︑市民権︑家族の三つがあるからである︒それゆえ︑われわれがこのすべてを失う場. は︑両概念の区別の最も重要な結果として︑市民権が失われ. 悟﹁ガイウス法学提要における自由身分の論理﹂﹃社会科学研究﹄二. 達﹁・ーマ市民権と自由﹂谷和雄編﹃西洋都市の発達﹄一九六七年所収︑一七頁︒吉野氏は﹁共和政半ぽからの法学は︑. 減である︒自由と市民権が保持され︑家族だけが変更される場合が頭格最小消滅である︒﹂. この点につき︑弓削. 国零を●臣ぼ旨器§傷9≦欝幹ωN養︒這Oド9一総. 自由と市民権を﹃二つの独立の制度﹄として認識していた﹂とする︒吉野. 六−三・四︑二八○頁︒. る場合でも自由は依然として存続しうることを挙げている・. ︵7︶竃輿国器霞矯N貰O霧象ざ窪o処興倉8憲の留鼠髭島oVご琵もo︺鉾蕊霊吉野﹁古代目ーマにおける家族態容の変化の一過程について﹄. 該oを﹁メンバーの減少﹂とみるか︑8忌器鼠旨欝嵩oに起源をみるかについての対立についてのみ記す︒閤錺醇は︑o碧三の留ヨぎ葺ごの起源. ﹃勝本還暦記念論集﹄昭和三四年所収︑七二九頁註五五︑ωoプ三評Ω窃巴o巴閃o旨馨い餌≦る無・峯窃−溶彦ド①一あ・鳶・︾惨審歴β讐静山①塁汐穿. を共和政期にみているoそして︑9駄募号韓ぎ葺ごの統一的起源を08識︒︒島導ぎ旨ご旨ぼぼ帥あるいは家族身分の喪失にもとめることにつ. いてはこれを否定する︒さらに︑自由と市民権の喪失の事例は後になってつけ加えられて︑身分変動としてカテゴリー化されたとの見解︵たとえ.

(5) ば︑い①姦●9①8邑零ぎ溶8一邑鋒駄①o︒︒根拠となるのはΩ︒R9δ且畠ρ賠であり︑冒話−函毒竃一﹄.記は史料における最初の8且勢. 本稿は︑起源に関しては︑凶器Rの所説を念頭において論をすすめる︒それは︑古典期の史料にみてとれる8宮蓼号糞ぎ9ご巨餌風旨讐目甲. 号ヨぎ5ご目凶昆目餌の記述とみなす︶をしりぞけている︵鉾9ヌ︶︒. 島帥の事例のなかで︑共和政期にたどりうるものを検討し︑そこから古典期と共和政期の異同を明らかにしたいという理由からである︒. 理論﹂M・τラィンレイ編﹃西洋古代の奴隷制﹄︵第二版︶二二六頁︒. ︵8︶Uo霧段8窪訴国葺留ωの畦㌶♂﹃誉&窪まω峠95奉号﹃畠宮苗号旨一旨9一Pドお8︸寒●呂ドま乏ーω讐置﹁ローマ奴隷制の社会学的. てその妥当性を主張しているように思われる︒. ︵9︶まく胃ω霊年前掲書およびO垢5斥ω寓oげ序ヨ8象け賊駐き9窪象oぽ8旨p︒5一〇認●9串は︑とくにキケロー以前の共和政期におい. 因①づ鎌8旨一︾08自●2欝一〇き一〇伍o一=づ8一. ︒ 轟ε臥〇三象象三ぎ3ヨ弩oHレ誰Sき︷︷●く〇一醇葬鎧蝉壼巨の巴o器 ︵10︶閃①艮やOo誘oユニの銘ε詠〇三象象葺88旨昏o一●おNo︒︒o︒㊤︷︷●一︒. o叶o馨a営き墨ぎの言象O●φ℃き一一●一雷9①8︷︷●ω三一︶.ぎ8霧畠.冒鎌嘗88旨聾oぎ. ω鐸oo・<卑津・這宅・800宍U窃器旨①き〆一曾誓ω窪乞については前註︵8×9︶を参照のこと・以上の学説については︑弓削前掲論文七i九. 頁およびピo爵ζ訂旨器ロ&9≦鼠の.ωNω﹂合−一忘を参照︒. ︵11︶<o一帥R建は︑人は︑法的に組織された政治的共同体において︑その階層がいかなるものであれ︑それにかかわりなく一定の法的身分という. 自由人は︑ローマの領域内では︑共同体は・ーマにより承認されるか︑あるいは法律によってそのような成員と同列に置かれる者と︵たとえばユ. 意味での︑法により定義された︑.︒・鼠ε︒ ︒o一<一3膏..を有すれば︑常に自由なものとして︑権利の担い手として取り扱われたと主張する︒ここでは. この<o一け震舞の主張の内容は︑吉野﹁ガイウス法学提要における自由身分の論理﹂三〇八頁における視点と結論i市民団体内部の論理とし. ニア法上のラテン人なども含まれると考えられる︶理解される︒. て︑身分団体への所属が人の自由を媒介する︑そして︑外部の論理においても︑外人のそれぞれの地方団体への所属が︑それぞれの外人の自由段. 階を位置づけるーによって捕強されると思われるし︑自由の問題を考えるうえで大きな示竣を与えてくれるように思われる︒ る︵次章以下︶Q. ﹇薯鴫ωN刈oo︐の︑届Nσ. 二三. ︵12︶Uo姦ωNお●置㌣嵩ドいoξの所説については︑弓削前掲論文に詳しいが︑本稿では︑とりわけ︑共和政期の問題について批判的に検討す. ︵翅︶. ︵13︶弓削前掲七頁︒また︑﹃地中海世界と・ーマ帝国﹄一九七七年︑一六九−一八五頁参照︒. ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(6) 8豆蓼号旨壼江oヨ霞一β餌に関わる問題について. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九入九︶. 第一章. 二四. 一 冒︒還は︑論文..ぽぽ暮器巷餌Ω︿ぎ吃︑で︑市民権と自由の一体性を否定するいくつかの論点を提示してい ︵1︶. ︵2︶. ︵3︶. ︵4︶. る︒これらの論点のうちわれわれが対象とする共和政期について整理すれば︑次の八つにまとめられる︒すなわち︑. ①市民権概念について︑②奴隷解放について︑③戸ーマの対外関係について︑④カプアの措置について︑⑤水火の禁 く5︶ ︵6︶ ︵7︶ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. について︑⑥家き︒ぎ岳の事例について︑⑦Ω︒Ro嘆oO器9醤について︑⑧ぎ83霧について︑である︒. 以上の問題についての検討から︑ピo毒は︑自由は市民権の前提であり︑市民権は自由のひとつの保証であること︑. そして︑市民権の喪失は︵共和政初期において︶市民がかつて有していた自由を害する必要はいささかもなかったと 結論づけ︑市民権と自由との不可分性を共和政期においても否定する︒. 本稿は︑8豆牙留巨壼江oの事例を直接検討の対象とするが故に︑ここでは︑⑤︑⑥︑⑧を検討する︵ただし︑ ︵8︶ ⑤については次章において扱う︶ことになるが︑他の論点については註において最底限触れることにする︒. 二 げ薯鴇は︑ぎ8霧蕾について︑崔≦岳の..o窪釜窟竃099ρ琴菖B餌葺寅く霞象ヨo葺ざ讐の留ぎoo霧房鼠寅① ︵9︶ 窪導≦蓉三〇三導巨巳ωヨ〇三超慧︑︑﹁ケーンスス忌避者に関する法を提案し︑逮捕︑死刑の威嚇でケーンススを促し. 終了すると﹂との記事を手がかりとして︑古い法原則においては︑事情によっては死刑をまぬがれなかったが︑当初. より︑かならずしも死刑執行を意味したわけではなかったと考える︒さらに︑ぎ︒窪諾については外国への売却が一 ︵10︶. 般的であったとの見解に疑間を呈し︑奴隷化されない状態で自由人として生活する者の数は決して少なくなかったと 主張する︒. ところで︑O巴募は︑o巷置の留唐ぎ葺す旨ゆ臨糞帥についての箇所でぎ8霧岳はケーンスス規定により売却を命.

(7) ︵n︶. ︵12︶. じられた︑と記している︒また︑d一℃貯霊ωもケーンススを忌避して売られる場合︑と伝えている︒988は︑ヶ ︵13︶. ーンスス忌避者を売る場合︑奴隷であった者がケーンスス登録によって解放されるが故に︑自由である者がケーソス ︵14︶. スを欲しない場合︑彼は自ら自由を放棄したと判決する︑と述べている︒また︑988は︑売却された者は帰国権. ︒象葺昌言ヨ︶をもたない︑ということが伝統であったことを伝えている︒このような史料を根拠として︑民霧震 ︵言︒ ︵15︶. ︵17︶. は︑︒・創ヨ輿ぎ餌の事例は古い法に属するとして︑それは︑市民の国内での奴隷化は許されず︑外国への売却のみ Q象旨三qヨのない奴隷化と解するのである︒ が許されたとする︒また︑竃oヨ目︒︒窪は︑℃o︒. ︵質︶ 三 ケーンスス制度は︑いわゆるセルウィウス・トゥリウスの改革にさかのぽる︒頃・9曾は︑﹁各市民は各自の. 富に応じて諸クラシスの一つに所属させられた︒そして︑彼らのクラシスが決まると︑今度は︑そのクラシス成員を. グループ分けしているケントゥリアに登録されたから︑市民たちは︑財産の価値が評定されるまでは彼らの所属ケン. トゥリアに割りふられることがなかった︒そして︑それを行なうのが⁝⁝ケーンススという仕事であった︒﹂﹁ケーソ ︵18︶ ススは事実上クラシスおよびケソトゥリアの論理的前提条件であった︒﹂と述べている︒この理解からすれば︑名前 ︵19︶ を登録された人々が市民であり︑それ以外はだれもローマ市民ではなかったという推定は充分根拠のあるものであ. る︒事実︑ぽ≦霧の︑﹁なぜならば︑もし︹ケンソルが︺トリブスから動かすことがでぎるなら︑それは正にトリプ ︵20︶. スを変えるように命ずることであり︑それゆえ三五の全トリブスから動かせること︑すなわち市民権と自由とを剥奪. しうることである﹂との記事からもケーンススの意義がうかがい知れるのである︒とするならば︑ぎ8霧蕊は︑当 ︵21︶ 然のことながら︑市民権と自由の喪失に結びつくことになる︒. それでは︑いの毒が︑外国への売却が唯一の方法ではなかったことの根拠としてもちだす臣泣岳一●倉二の記事. 一一五. をどのように理解するかが間題となる︒この点は︑βーマ人にとって︑ぎ8霧参による外国への売却に象徴される ロ︸マ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(8) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 二六. 措置がどのように理解されていたかという間題にかかわる︒ ︵%︶ 訳器9は︑︒●鮮目貰巨帥の例として︑冒8霧臣の他︑いくつかの事例を挙げる︒とりわけ十二表法第三表. 四. 五の規定は重要である︒. ○亀言ω鴇N9ご&〜囑 国篤什窪8筥ごωぎ8鰹8窓o一︒︒o窪象堕g三ω一冨o江協○お鼻導訂げoぴきε目汐く冒〇三房. 象oωωo臣αq言寅●圏簿R①oω象oω霞一三ωロ仁づ象巳ωoo巨ぎ乱ω&賓88おヨぎooヨ識仁ヨ賓&¢8ぴ9Dp三びρき簿2 D・. 2ま需︒き一器幽&一︒&︒のωΦ言箕器島8訂葺艮↓①註一臣葺§づ毒α巨ω8冨Φ℃o窪器匿げきける暮qきω目ぴ醇ぎ. ば︑六〇目間鎖につながれる︒この期間中︑三目続く開市日に民会において法務官の面前に引き出された︒そこで判. 鷺おαq容奉妻ヨ一訂鼻﹁しかしながら︑ご£導醇S冨9零窪象というものがあった︒そしてもし妥協がないなら. ︵23︶. 決によって︵定められた︶請戻金の金額が公表されたのである︒さらにまた︑第三の開市目に頭格刑を受けるか︑あ るいはティベル河を越えて外国に売却されたのである︒﹂. この規定は︑市民共同体から排除された者は死刑に処せられた者と同列に扱われたであろうことを示唆する︒実. 際︑ここでは︑8宮8宕︒冨39簿として述べている︒内霧Rは︑これを根拠として︑外国へ売られたものは市. ︵25︶. ︵24︶ 民ではなく︑あたかも死亡した者としてとり扱われたと考える︒. Ω83は︑国家の安全のために・ーマ市民が敵に引き渡された場合には︑引き渡された者が敵によって受け入れ. から︶ことから︑奴隷化を示唆している︒また︑彼は兵役忌避者についてもケーソスス忌避者の. たならば彼は敵のものとなる︵受け入れられないならば完全な身分と市民権を保持するとの見解ーこれ自体の検討 については後述. ︵26︶. 場合と同様に︑売却と理解している︒ただ︑Ω88の見解をめぐっては︑引渡しそれ自体︑兵役忌避それ自体が市. 民権︵および自由︶の剥奪に結びつくか否かについての論点があるが︑ここでは問題としては取り扱わない︒兵役忌.

(9) ︵27︶. 避者については︑に忌まの記事にみることができる︒この事例においては︑政務官の8霞︒三〇の行使が語られて. いる︒ここでは刑罰権の行使H死刑が推定されるのみであって︑外国への売却については語られてはいない︒. 戦争捕虜については︑︒・α・ヨ貰首餌に含めるか否か︒O巴島は︑いまOでは︒・阜ヨ霞ぎ螢に戦争捕虜を含めて ︵28︶ はいない︒閃︒のεのおよび仁くごのはこれに戦争捕虜を含めている︒勺oヨ唇巳房は︑戦争中の捕虜の帰国権℃oの象・ ︵29︶. 導ぎビ唐に言及している︒これは︑捕虜が帰国した場合︑それまで停止していた市民権と自由が回復し︑﹁決して失. ︵30︶. これまで列挙してきた史料状況から︑︒︒ユ・ヨ舞ぎ餌ー市民権の喪失と自由の喪失が同時に生じるーに共通. ったことがないと見なされる﹂のである︒. 五. の要素は何かということが間題となる︒Ω︒Roの冥oO器9まの論理展開から共通の要素を引き出せば︑すべてこ. こで挙げられた事例そのものからは市民権と自由の喪失は帰結しないということになる︒つまり︑犯罪者の場合︑自. 発的に刑罰をさけるために出国するのであり︑もし刑罰を受けるつもりなら市民団の中にとどまることができるとい. うことになる︒さらにΩ︒Roが﹁もし彼らが市民団の中に居て︑法の暴力に屈することを欲するなら︑生命より先. に市民権を失うことはない︒かれらが法の暴力に屈することを欲しない場合においては︑かれらから市民権が剥奪さ. れるのではなく︑市民権はかれらによって置き忘れられるのであり放棄されるのである︒というのは︑われらの法に ︵31︶. よって︑なにびとも二つの国家の市民でありえないから︑逃げた者が出国者として受けいれられ︑すなわち他の市民. 権を与えられた時に初めて︑ローマ市民権は失われるのである︒﹂と論じる個所によっても︑︒●鮮目四筏謹帥の内容は ︵32︶ 整合的に理解できるように見える︒それが歴史的実態をどこまで反映したものなのかについては疑問である︒ ︵33︶. まず︑Ω88の頁OO器9塁での論理で9磨琶露ぼ¢を理解しようとすると︑Ω88の留自暮9での︑. 一一七. 売却された者は帰国権をもたないとの指摘と矛盾することにならざるをえない︒そして次に︑︒①霧諾制度そのもの ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(10) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 二八. が市民権と自由を左右するものである以上︑ぎ8霧霧においては︑それ自体に市民権と自由の喪失が結びついてい. ると考えることの方が合理的であろう︒たとえ︑外国への売却が早い時期に行なわれなくなり︑また︑いのこが述べ. るように売却が唯一の道ではなく︑ケーンスス忌避者が自発的に亡命した場合でも︑汐8霧房の段階で市民権と自. 由が失われたのであって︑それは共同体からの排除を意味したと考えられるのである︒したがって︑Ω︒興oの冥o. ︵34︶ 閤窃段は︑外国で奴隷とされた者は︑pーマ市民団にとっては死亡した者であると見なされると述べる︒その根. O器9暴の論理で9ユ.ヨ舞ぎ︒を整合的に理解することは無理があるといわざるをえない︒. 拠は︑十二表法第三表五の規定であった︒この主張からすれば︑戦争捕虜の事例は︑8宮募留ヨぎβ江oヨ貰ぎ帥に ︵35︶ は含まれないということになる︒この点について異論はない︒しかし︑死亡した者と同一視する例はU︒の器洋9舞. によれば︑古典期以後において見い出されるとされている︒また︑O鋤ごωにおける︒・血●筥震ぎ曽は奴隷化という. メルクマールでカテゴリー化されていることは明らかである︒したがって︑閤諾貸の理解を肯定しつつも︑無条件で 受け入れるわけにはいかないと思われる︒. ともあれ︑以上の検討から︑法的には︑汐8霧岳は︑自由の喪失にも帰結し︑また︑亡命という事態が想定され. るとして︑もし他の共同体に受け入れられなければ︑それは必然的に胃ーマの共同体の排除を意味し︑ローマ人にと. っては自由を喪失した存在を意味したと理解される︒それゆえ︑い①昌が推測するように︑﹁自由﹂の状態で生活し. たものが事実上は多くあったとしても︑それは︑・ーマ市民権によるのではなく︑他の共同体への帰属から導き出さ れたにすぎないのである︒. ︵1︶φ﹃毒ωN蕊ちし瞳は︑市民権概念が一義的内容であったかのように考えてはならないと主張する︒身分闘争の時代には市民権概念が全.

(11) く後退し︑8蒙び言置や一垢σ8旨讐などが争いの目標を形成したとする︒この限りにおいて異議はない︒匹鉱畠窪︵冒ーマの共和政﹄村上・. なり︑他方︑エトルーリア人の都市カニレのβーマ市民団編入︵o一く博器臨器霊︷塗品δ︶ーに行なわれたと考えられる︒しかし︑これが市民権. 石井訳一四頁ー一六頁︶が述べるように︑ローマ市民権概念の形成は︑前四世紀末ー一方で身分闘争が︒一≦鼠ωという抽象的概念成立の前提と. と自由との関連性を否定する一つの論拠とはなりえないと思われる︒. も市民権は存在しなかったとする︒それは自由と市民権との関連がはるか以前に忘れさられていたことによって説明されるのではなく︑本来存在. 2︶甲日薯ざ舞置早置9ここでは︑い①壱は︑具体的にユニウス法上のラテン人ζ江巳冒三螢乱に言及し︑このラテソ人にとってはどこに. は奴隷であったとみなすことによって︑ユニウス法は︑浮巽蜜のとo一≦壁ω. ・の関連を決して忘れてはいなかったと指摘する︒赤井伸之氏﹁富−. しなかったことにより説明されるべきであるとされる︒これに対して弓削氏︵前掲論文三〇頁︶によればユニウス法上のラテソ人の本質を法的に. について次のように言及される︒すなわち︑﹁奴隷が解放されるに際して︑いわば手続上のミスがあるからということでラテン人と呼ぽれるその. 試巳H琶鼠巳考﹂﹃法と政治﹄二四ー三︑四二九ー四三〇頁は︑ユニウス法上のラテソ人についての詳細な研究において︑市民権と自由の閲題. 理由には︑やはり上述の胃ーマの拡大・発展の歴史過程における︑本来の官ーマ人とラテソ人との関係が深く反映しているように思われる︒すな. わち︑本来の・ーマ人がラテン人をして︑かれらが巨ーマ人ではないゆえに︑・ーマ人よりも権利能力が劣ったものと考えざるを得なかった事実. より︑⁝⁝全く対等な自由人とすることはできなかった︒そこで解放奴隷をいわば半自由人として︑本来の自由人の下位に置いたのである︒かく. マ史上現われたのである︒﹂さらに︑弓削氏の冒①薫説批判にふれ︑﹁自由は市民権を離れては存在しえないと説きながら︑市民権とは無縁のは. して︑・ーマ市民権を享受しないまでも︑又本来の・iマ人が享受するが如き完全な自由を享受しないままでも︑若干の自由を享受する者が・ー. いしては︑自由の段階は︑・ーマ市民権とラテソ権といった外部的に歴史的に形成された共同体・身分団体との関係から導き出される権利︵. 自. ずの奴隷が︑ガイウス等において自由人と説かれていることは︑彼らの論理からすれば何と説明するのであろうか﹂と指摘される︒この指摘にた. 由︶−たとえば8妻げ客旨などーが市民団内部へと擬せられたという視点でアプローチできるのではないかと考えている︒. 3︶いo毒ωNお﹄斧鳶は︑十二表法はすでに自ら敵と規定した非市民が8筥9角oごβにもとづく法的取り引きと訴訟手続に関与することを前. 歪簿﹄六〇ー六一頁によれば︑. 提にしているとして外国人に法的保護を保証する手段が存在していたに違いないとする︒おそらく↑①薫が根拠とする法文は十二表法第三表七. ﹁自己の権利を防禦できる﹃外国人﹄は︑おそらく胃ーマ人とのごω8讐ヨ醇oごヨ取引権が承認された外国人であり﹂とされる︒またン8晋. であろう︒︑.︾血く震男ωぎ斡①導器8琶鎖きoε葺器︹塁8︺︐.これについての解釈は︑佐藤篤士﹃い舞図自↓ぎ三. 一九. という語が元来は外人という意味でも使われたことについては︑Ω8δ審o露︑.笛oω蓼o蔦糞巷&茸a興霧ぎω謹3置象8富窪5ρま旨 ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(12) 早稲田法学会誌第三十九巻︵叫九八九︶. ︸二〇. 暮8℃霞畠臨星ヨ象9目信ω︑.を示すにとどめる︒■ひを由歪匡前揚論文二二四︑なお被護制度についてもピひ毒−ω讐匡を参照のこと︒. 市民ではなかったと結論づける︒弓削前掲二三頁︑ω︒薯広言はカプアの破壊とカンパーニア住民の非常に制限された自由は山巴三〇にともなう. ︵4︶卜o薫鉾に下にOは︑カプアについて︑彼らは自由な人々一一げ震器速誘o屋ではあったが前一二一年から前一八八年の問はどこにおいても. 自動的な結果ではなく︑伍&三〇の行為の後になされた特別な措置であると言う︒つまり︑反乱によっても号象畠oによっても官ーマ市民︵︒ゆぎ① ︒︒. 象ヰ品ご︶であることをやめなかったのであって︑市民権の剥奪はその後の行政措置の結果であったとする︵↓ぎ園o目§O葺器霧岳b㍗ωGoGo︷ この点につき第二章で検討する︒. 関連史料として︑に≦蓋鱒9一90山O⁝N9ωド早5983・8ざ鵯帥磯量ユ帥どお・︶︒ ︵5×6︶. ︵7︶ これに関しては弓削前掲三九ー四七頁参照のこと︒. するのではない︒自由ではあるが︑彼らは生来の市民と完全に肩を並べるのではなくて︑もし彼らの状態を調べるなら︑彼らが市民権を一部認め. ︵8︶前記註︵1︶〜︵4︶︒註︵2︶についてま毒由霊匡の見解を補足的に引用する︵前揚二二七頁︶︒﹁解放奴隷は直ちに完全市民の法的身分を獲得. られている人びとと同じ身分を場合に応じて獲得している事実に驚かざるをえない︒ある者たちはラテン人の身分︵ユニア法上のラテン人︶を得. た︒﹂﹁もし解放にもいくつかの程度があって多かれ少なかれ寛大に承認された市民権に種々の段階があるのと同じなら︑それは自由と市民権との. 間に類似以上のもの︑つまり真の本来的な融合があるということであって︑それゆえ︑自由のあら中る段階は︑秩序に関する言葉と政治的性質の. 9ピ霞Oω8一害ε器ゆき江器Ψ8P蒔. 言葉とで表現されることになるQ解放とは︑ほぼ完全な帰化なのである︒﹂. ︵10︶い①<侵ωN刈oo℃ω●一①ρ区8即餌一の窪餌ひO︷●. ︵9︶¢ぐ●ど瞳レ ● 他 に ︑ 9 0 ξ ︐ 倉 扇 ︵11︶O無ど呂9前章註︵3︶参照︒. ぼ8臣臣&ρ巳の<o艮Φ村F9︒暮置巳一g壼&聾①8ψΦ芝o︒・Φξ更①葺伍窪偉葺一きけ⑦儀o讐ぎp巴島磐o崖餌富o鼠︷ロ①旨舞の①尽言ω8器色8. ︵12︶目邑団図図く目賃8壱o博①9風き一﹂一㍉一︒ 鋸貨言餌8旨すら①琶昌&o婁b興ρ轟B①け9︿一鼠︒二一げ①量の帥巨葺酔壽く①一三一窪B. O一83質oO器o﹃鈴︒ooト8.. 蜀ヨbo℃三話ρ仁信奪o仁目く①昌象儀津ρ乱曇自oω富9島昌o昌窃. 旨o旨鑑一茸詳o一一ぎou3冨菖︑ω&ご象o簿. いは女子が他人の奴隷と︑その主人が戒告したにもかかわらず同棲し︑クラウディウス元老院議決によって女奴隷とされた場合などがそれであ. Ω雲象きo●﹁頭格最大消滅は︑それにより︑市民権も自由も失われる場合である︒たとえば︑ある者がケーンススを忌避し売られる場合︑ある. る︒﹂. ︵13︶.

(13) ぎ旨o器o窪営一箏①旨導ε一舞財ぴ魯ω詳鑑騨Φ饗籔¢ご臼. oξヨρ弩臣卑暮①旨ぎ8誘g導話&貰ぎo一&一〇欝ρ言導躍ρ忌ぎ器賎≦言8. を売る場合︑彼から自由を奪うのではなく︑自ら自由であるために危険に向かうことを欲しなかった者は自由ではないと判決するのである︒ま. 一ま3注o旨旨︒窪豊一まoお昌ε5窪導ρ阜ρ慧言霧霞窃の98霧R一8ぎ①葺﹂b塁含匹ぴ二ま段鼠言茸号ご島8≦器9﹁国民が兵役忌避者. しない場合は︑彼は自ら自由を放棄したと判決するのである︒﹂いわゆる︑︑<睾品巴募?<Rξ吟︑.の理論であるが︑これらについては第二章参. た︑ケーンスス忌避者を売る揚合も︑奴隷であった者がケーンスス登録により自由と︵解放︶されるのであるから自由である者がケーンススを欲. 照︒弓削前掲書︑四八頁︑註︵8︶もあわせて参照のこと︒. 権はなかった︒﹂ここには︑﹁奴隷化﹂が読みとれると考える︒﹁奴隷身分には刑罰以外のもの︑つまり対人法規の実質的な変更を見るべきであっ. ︒一 導︒菖o富の一︒①馨叶寓&一言P馨︒導冨聾ω臣のる暮宮讐一湯く窪象静釜も葺短聾冨ぼ讐島伍巴一︒ ︒の︒計 1︶ 4988山Φo翼●一﹂ρ一〇 ①一自豪琶霧器8経巨ぎ一葺β﹁古来の伝統によれば︑父により︑国民により売られあるいは冨け霞冨砕声εのにより引渡しを受けた者には帰国. ケンスス. て︑その変更は︑いかに強力であっても特定の意志が作り出しうるものではなかったのである︒﹂﹁古代において自由人が自由を失う唯一の方法は. ーマ市民権とを同時に失った︒すなわち外国人になったのである﹂とのピ曾響ω霊乞の指摘もこの問題に重要な視点を提供してくれるように思. 戸口調査の登録簿から自分の名を削ること︒つまリケンスス忌避者︵ぎ8霧島︶になることであった︒しかし正確にはケソスス忌避者は自由とβ. われるのである︒寂をーω葺匡前掲一二八ー一九頁︒ 1︶ 5区器巽一畦餌Go﹄●9・. 革﹂鈴木一州訳﹃西洋古代史論集1﹄所収に依拠した︒. 1︶ 6竃o臼目ω窪幻o旨随のoぽωω鼠象巽o魯叶.ω︸註 ︾︒ド 茸︶さしあたりE・マイヤー﹃ローマ人の国家と国家思想﹄鈴木一州訳三七i四七頁︒また註︵27︶参照Qここでは︑頃︒ピ霧け﹁セルウィウスの改. ︶寓●い霧一二四九頁︒ケーンススの意義について︑長谷川博隆﹁フレゲラエの叛乱︵竃5ヨ写畠亀彗ρ導︶考1﹂﹃史学雑誌﹄七二−一︑二. 18 八ー二九頁︑三五頁を見よ︒. O一〇●冥oO器 o 冒 伽 ω 合 O O ●. ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶. 一二一. Z①2︒①巳B巴艮評導oく①話もo鴇︒ρρ8飢窪巳巨緯亀ρ轟導導偉け貰二q①び①お民窪β箆80置巳ぴ葛ρ鼠β岳g. ︶円■器縛二五二頁︒. ︶=<●参観. 19. ︶. 20 鼠αqぼ鍔鼠言訂eoおお宮ω器一儀銭9ξ霊言菖①二籏①壁け①旨震ぢR9訳は寂く等切ε置二二六頁註︵33︶にょる︒ 21.

(14) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. ついて言及している︒ O①●. コ三. 羽︶因器段ご雷Goち・臼・たとえば敵への投降︵守9穿・額a幕田o﹄・R︶︑徴兵拒否︵99質oO器9冨・oo倉OO︶など︒ Ω88は売却に. ︶︵2. 234︶凶器R︒H自曽Go曽︒陰. ﹀99鷲oO器9鋸ωト8● 25 ︶■①還・ωNお・頴一山器・Pお﹂9㎝﹂・︵ζo号豊妻ω︶は︑引渡しをされたが受け取りを拒否された者について︑その胃ーマ市民権の存否 26 について共和政期の法学者︵ゆ馨葺ωとωo器6鼠︶の見解が岐れていたことを伝える︒例として挙げられるのは︑ コーンスルρ顕3巳βの. 霞巷o冒毒の場合︵前二二七年︶である︒ヌマンティアとの戦いに敗れ︑講和をむすんだζきo営霧に対して︑元老院はこの講和を批准せず. 敵への引ぎ渡しについて︑ω霊け琶は引渡しが成立していなかったことを理由として市民権喪失を否定した︵Ω88︸胃oO器Poo野鵠で9・. 冒きo冒霧を敵に引き渡した︒それに対してヌマンティア人は竃きoぎ拐の受けとりを拒否した︵O・8・S届︶. 88は同旨のことを述べている︒すなわち︑.︑¢け冨一貫δま9設$の8一奉露ぴ9≦ω即oヨき諾留象言ぴρ島ρ餌ロヨΦ馨鋤889ωい①斡8旨目. 市民が引ぎ渡されることがあるが︑この者が受け容れられる場合には彼は敵のものとなる︒ヌマンティア人がマンキーヌスを受けとらなかったよ. Ω鉱び岳o馨留鎌9碧巴ロ9帥o島讐§ 旨冒き蝕髪臣2信竃勉導巨器けぽ9営瞥品旨旨8垢器ヨ9冒ω9ξ聾富..﹁国家の安全のために旨ーマ. これに対してω80くo一螢は︑引渡しの決議が国民になされた瞬間に市民権は失われるという見解である︒び①ξは︑これを市民権は失うが︑自. うに敵が受け取らなかった場合には︑完全な身分と市民権を保持する︒﹂︶. 由を喪失するに至らない例として扱っている︒これについては︑弓削前掲一三ー二三頁に詳しい・. ︒︒医器ωo事件について保証人設定により釈放された彼がエトルーリアに亡命したことを伝える︒ ︶=≦畠ooヤ雛︸嵩Io. 27. 一9. 勺8岳旨ぎ一二島8醤冨馨餌暮ぎげ亀o窒二β蜜8●ぎび亀ρ貧葺拭りρ鉱ぎ鐸のぎω8の︒︒§♪. 2﹀ 8閃①ω9の︵℃き一98︒︶δ Uo導一妻葺のo碧津o碧需一寅ε博:⁝ρ鉱ぎゲoの鉱ロ旨bo叶Φω$8旨く①菖歴H巴店●一9一9総 O碧暮島o巷三≦窃 象9葺吋ρ轟の一8筥富餌①且昌旨霧ぎαq︒凄一聾冒二〇擁9轟号ΦoΦ蓉a三琶留9帥く獣の冨馨一の︒巷陣富象旨匿葺の山8牌弩●い幽く﹄鱒⑦ρ. ︶O﹂P嶺︸9胃ム●︵客3零呂審︶. ﹁戦時においても平和時においても帰国権は認められている︒戦時. 29 &馨o旨o図8ω艮の8題吋β纂①二馨寅實器巴象餌の猛冨鼠泰霞琶けいき菖巴o&oヨぴΦ一一〇一ω器くRω毒律o誌計8の二言冒ご葺冨びo計一庫①曾. において︑われわれの敵である者がわが軍のだれかを捕え彼らの陣営に連行した場合︑つまり︑もし同戦争中に彼が帰還するなら彼が帰国権を有. 冨昌&①o鋸三箇器ω簿壼旨aaご冨 8玖8讐塁魯ぎ毘び臣8昌①圏①.

(15) 勺80器o.ωρ ㊤ o o I ω 合 O O ︒. 二五頁︒. する︒すなわち︑彼のすべての権利は︑あたかも彼が敵により捕虜とならなかったかのごとく彼に回復されることになる︒﹂■Φ毒−ゆ旨箪前掲二. ︵30︶. ︵1 3 ︶ギoO器9Go合一〇〇髄の巳繊一昌o一く㍑象o一〇σq一の≦筥︒ 陰号冒Φ<①=〇三.旨o⇒資ごω9ξ鼠8目ρ鋸導ぐ一$唐鎚β鋒巽o講一ρ三㊤8ξ旨・づ睾. Dけぎo義ごβぎ︒①呂言呂即葺9≦鎚審芦 螢昆一昏霧冨︒︒︒三$ωα①三βρρ琵旨一ωρ急質o︷轟即冨oo℃葺ωゆ︒. 餌島且一弩房︒三奮も&昏一一ω肘①一ぎρ鉱葺村﹄β藷α88ぎ5ソ﹁螢gρ蒙臼︒図ぎ弩oごお象Ω︒讐含︒一<一欝εeき誉o︒匂︒の①唱8簿︾言旨. ︵32︶ピ⑦毒ωN蕊し紹山総は︑まず信頼性に疑問を提示する︵弁護人としての立場が顕著であり︑事実の証明よりも与える印象が重視される︑. る見解について︑沈黙すると指摘する︒︵註︵%︶参照︶. と︶︒さらに︑キケローは︑彼が追放された者は他の共同体に収容された後にはじめてローマ市民権を失ったと主張する時︑法律家たちの対立す. ︵33︶註︵14︶参照︒. H笹呈①ω帥︒鉱ヨ三8ユ︒戸≦男o醤き器鷲器αq塁臨摺きg一碧一ぎ8昆893注Φ葺堕8呈①韓o号. まず︑8鳳蔚留筥ぎ葺δ旨aごは︑O螢ごのにおいてどのように構成されているか︒ その箇所を示す︒. 第二章9風蔚号ヨぎ旨ご旨a壁と2鋸︒︒二αQ邑三算⑦a算ざ. ︵35︶U8の98貰図bo︒8ω隼. ︵34︶区器醇冒罫ω﹄・爲・鎚量一ご関係は失われる︒財産は国庫に没収され相続されない︒公示された財産は競売される等々︒. 一 の帥ごω國●8. 需冨αQNぎqB賃9塁8一・﹁それゆえ︑妊娠中の・ーマ市民. ℃03αQHぎ四︷㊤o苗ε琴℃⇔は讐︶oo旨巨糞g鎌のけぎαqqq艮簿℃暮p︒艮鴇ω一αq包留ヨ興ご︒︒缶のロq糞厨oo蓉o℃霞ぎo一くoヨ 菊o導9 ︒量S賃9 き ω 皇 匹 く 震 o 温 飼 0 8 琴 9 0 二. コ三. たる女子に対して水火の禁が課され︑その結果外人とされ︑その後に分娩した場合には︑多くの人々は︑ばあいを ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(16) 早嬰田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 一. 二四. 分け︑その女子が適法な婚姻によって懐胎したときは︑ 彼女からはβーマ市民が生まれるが︑ 反対にもし私通によ って懐胎したときは外人が生まれると考える︒﹂. 9ごωH.旨o︒ 9筥睾酔窪坤の︒艮oぴ隻皇&ヨ四一魯9仁ヨ霞一︒σq︒Oo誓︒一貯3ま︒江αq診=艮段島鼻負︒三−. 賠8臼園oeき塑目oヨ一け寅舘ωoρ鼠葺ひ暮ρ呂8ヨoαoo図昌q導巽oo一くぎヨ国o旨き〇三Bε浸εご質oぎα08. 目o詠qo8留巴塁導旨げo㎏陣ぎbgoω鑓富のご︒︒o器o 蓉oの巳ヨ円9一〇冨江εび暮℃oおαq同ぎ器8ロ象o一〇旨ωゲoヨo. ︒貯①旨国o§壼臼ぎ℃oけ婁器訂ぴ8掌℃四ユ周呂oまg︒・一臥呈二け℃o誘聾①冨冨呂ω・ωの︒乙忌き︒2窪&o. bo昌唱帥瓢葺ぴ暮℃段お吋ぎ器8昌蝕90巳︒︒ゲo導oぎ℃9窃富冨巴汁9<房勾o導蝉艮b貰¢艮駐.﹁また︑ある者がなん. らかの不法行為の故にコルネリウス法により水火の禁を課され︑ローマ市民権を失うとぎは︑これによってこの者. は・ーマ市民の数から除かれるので︑あたかも死亡したのと同様に︑その子は彼の権力の下にあることをやめる結. 果となる︒なぜなら︑外人の身分をもつ者が・ーマ市民をその権力の下にもつことを条理は許さないからである︒. また同じ理由により︑尊属の権力の下にある者が水火の禁を課された場合︑その老は尊属の権力の下にあることを. やめる︒なぜなら︑外人の身分をもつ者が・ーマ市民である尊属の権力の下にあることを︑同様に条理は許さない からである︒﹂. O臥霧●同●お一二≦ぎg巴<o旨&㌶oωけ8風島ω山Φヨ一ロ暮一92菖鼠<一寅︒︒9 ︒営律幽ごぴ営冨昌帥ω目9ぼの2H●ρ償o自 g︒. 8崖酔鉱︒包8暴簿蒔b二葺霞鎌︒葺ヨ3︒ユ¢﹁頭格小消滅または中消滅は︑市民権が失われ自由は保持される 場合である︒これは︑水火の禁を受けた者に生ずる︒﹂.

(17) さらに︑他の法文史料においては︑8風蔚留旨置像o菖︒鎌餌にいつて︑遠島刑に処せられた者︵ρ三ぎぎ︒︒三鋤ヨ. ︵3︶. ︵−︶ ︵2︶ 飢8寂冨窪︒︒のε︑敵への投降者︑元老院または法により敵として宣言を受けた者も市民権を失うことが伝えられてい. ︵4︶. る︒また︑遺言作成能力の否定︑財産没収などを伝える法文史料もある︒ ︵5︶. これらの古典期およびそれ以後の史料をみる限り︑水火の禁は刑罰として理解されていることがわかる︵たとえ. ば︑コルネリウス法による水火の禁の記述や遠島刑と同列に記されていること︶︒そして︑水火の禁を課された者は︑ ︵6︶. 外人となり︑それは市民の死亡と同じものとして考えられているようである︒さらに︑その外人身分となった者は︑ 奴隷とは考えられていないことも︑明らかのようである︒. 二■︒遷は︑u●㎝︒●s一︒︒︑︑ρ忌︒ 9 2馨器馨一℃︒2一岳ごωω諒g留塾震︒三$け︒︒図2ζωω①︿雛g霞りのぽ暮. 盆︒震3窪き8審9お冨二糞震臼︒震9.︑﹁それ故に︑国民がいったん命じた者が敵に引き渡されることは︑あたかも. 水火の禁を課したさいに国民が解したであろうごとく共同体から追放したこととみなされた︒﹂を根拠として︑追放 ︵7︶. された者は︑外人共同体で市民になったかもしれないし︑ならなかったかもしれないとして︑それについて法律家は. 自由を保護するために市民にならざるを得なかったことを否定する必要はなかったと論じる︒ピ㊦藁は︑水火の禁を ︵8︶. 追放であったことを明確にしている︒さらに︑水火の禁が本源的に︑①図ω09毘o︵呪い︶と結びついており︑当該者. を平和喪失としたという推測は証明されないとして︑また︑流刑が通常︑居住地の強制割当てを当然含んでいるとい. うO碧箆ω9の指摘を根拠として︑また追放された者が外国で市民権を取得した事例が何ひとつ伝わっていないと ︵9︶. 一二五. 思われるとして︑・ーマ市民権の喪失は他の市民権の取得とは無関係に生じたものであり︑それは共和政および古典 期には決して奴隷化には結果しなかったと結論づける︒ ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(18) 一二六. の見解から共和政期にかかわるかぎりで論点を整理すれば︑まず第一に︑水火の禁は本. 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 以上の史料およびピo昌. 来︑刑罰であったのかどうか︒第二に︑水火の禁は追放であったのか︑第三に︑水火の禁は市民権の喪失だけを生ぜ. まず︑水火の禁の歴史的性格を確認するうえで前提となると思われる窪崇ρヨについて検討する︒. しめたのか︑ということになろう︒この三点を検討することによって︑いo藁の見解の妥当性を吟味することにす る︒. 三. ︵10︶ ①図崇縄βおよびbo毘ぎぎξ旨は︑冒ω9≦霊蔚目葺き留oと密接な関連がある︒このことは︑ω●ミ露8によれ ︵n︶ ば︑随意に自分の居住地を変えることを許容する初期の段階の社会構造を反映するものと考えられる︒したがって︑ ︵12︶ o蝕一ご導の起源は初期にさかのぼることは疑いないであろう︒ ︒凶一ごヨに関わる史料を示す︒. ピぞご¢●N●N︒一〇−一ピ︑︑⁝江導窪ω8霧三琴℃9ωけヨo傷¢導℃二く㊤δ訟獣①&①菖三餌象ヨげo昌〇三営帥匿一器一〇づo. &臼富ρ蓉餌一ごぎ呂℃R一αQぎ巨艮㊤9︒8凶留冨導︶鋤び往8<津ωの8霧三鋤蜜器び壼ρき︒︒三ωo菖艮び霧い碧ぎごヨ. oωω︒葺︑.﹁コーンスルは私人にもどったとき︑この同じ事態が財産没収や︑さらにほかの不名誉をもわが身にせま. 賃薗霧一呂の︒三聾︒8器一一・牢葺霧︒図器霊葺ω8霧go&℃︒冨ξ目琶詫鐸oヨ蓉ω凝お三巳器αQ︒算一ω︒差巳︒ω. ラ. るのではないかと恐れ︑自らコーンスル職を辞し︑財産すべてをラーウィーニウムに移し︑キーウィタースから退. 去した︒ブルートゥスは元老院議決により国民にタルクィニウス氏族のすべては追放者なりと提案した︒﹂. にくご90︒る O る ︑ ︑ < o 一 ω o 一 蕊 鼠 霞 猛 葺 ︒ ︒訂塁くごヨぎ露旨仁目ぎ葺●.︑﹁ウォルスキウスは有罪を宣言され︑.

(19) ;ヌウィウムヘ亡命︵出国︶した︒﹂. ︵13︶ 他に︑唱oぞ窪霧は︑ Om旨崔蕊の︾&$への露藻q導を伝えている︒. 仁≦蕊の記事の中では︑①圏一ξ旨は︑自発的出国︵H亡命︶と追放の意味が使いわけられていることは注意を要 ︵14︶ する︒︒箪ご菖の場所として︑↓誹貫鴇津器奮馨9い磐ぎξ夢︾&$などが言及されており︑これらのラテン諸都 ︵蛎︶ 市はローマと同盟条約があり︑賃⁝q目は・ーマとそれら諸都市との間で相互性のあるものであったと考えられる︒. ヨ↓貰ρ仁ぎごの効ぴ認. 昆ユご馨q菖①首一ご8霧器ω9︿津巳oびの.矯﹁グナエウス・フル. さらに︑前三世紀には︑非ラテソ都市へのごω貨ま陣を拡大する特別立法を示唆する記事がある ︵犀く●まる︒嶺 ︑軌︵O昌霧偏ω︶男包くξωo図ω巳舞. ウィウスはタルクィニーに亡命した︒平民たちは彼の亡命は正当であると決議した︒﹂︶さらに︑Zぎ巽ぎ園黛窪ま ︵16︶ などが伝えられている︒同盟市戦争後︑すべてのイタリア諸都市がローマ市民権を与えられた後では︑ガリア・ギリ ︵17︶ シア・アシアなどが①臨一ごBの地としてもとめられたらしい︒ ︵18︶. ︵19︶. 以上の史料より判断しうることは︑Φ益ξヨは自発的行為であり︑国家からの政治的犯罪者の居住地の移動と関連. があるということである︒︒並ぼヨは︑また︑言毘冒獣q筥と一体のものと観念されたが故に︑それ自体に市民権. 喪失の意味は︑Ω88の時代まではなかったと考えられる︒Ω8εは︑..①蕊ヨ宕毘ぎぎご暮富ω一︒三糞房ゆ①ユ. 日葺卑o..﹁℃o亀巨ぎごヨによっても市民権の変更はなされうる︒﹂ .︑&言薯冨旨﹃言目o緯蓉誌男魯ぽごωユ ︵20︶. 3導5簿冨お鉱霧99ぎ餌oカoヨ9︒3諾象器9幕目ぎ霧鉱く罐霧ω9.︑﹁プーブリキゥスが彼の故郷にもどりローマ. に帰ってくるならば︑彼はあいかわらずローマ市民であるとの提案が国民になされた︒﹂と伝える︒これは︑︒並賞目. 一二七. によって出国︵亡命︶した頃呂浮霧がローマにもどるならば︑ローマ市民であることが国民に提案されたことを伝え ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(20) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶. 一二八. ︵21︶ ている︒この点からも︒ゑξヨ自体に市民権喪失の意味はなかったとの指摘が裏づけられると考えられるのである︒ ︵22︶. ところで︑︒益ご目は︑裁判による有罪判決を自発的なローマからの出国によって免れたということもいくつかの ︵23︶. ︵24︶. 事例からわかる︒また︑旭oζ瓢霧の時代には︑刑罰の執行を免れるために︒益ごヨが使われたことも指摘されてい. る︒これは︑Ω88が①益ξヨ自体は刑罰ではなく刑罰からの逃げ場であり︑避難港であるとの指摘をしている. ことからも理解でぎるのである︒それゆえ︑o益ξヨがその当事者にとっては亡命であり︑・ーマ市民団の側からす. れば事実上の追放ー帰国の道を断つために3ま︒9蒔巨ψぎ$a一&oが宣告されたことについては後述ーという. 観念があったことは確かであろう︒そして︑このことは︑いわゆる亡命地が・ーマと何らかの条約関係を持つ共同体 ︵25︶ あるいは支配に服する都市にもとめられたという事実によっても裏づけられるであろう︒ ︵26︶ 四 水火の禁は︑く震3によれぽ︑生活に不可欠なものを奪うものと説明される︒. まず︑前節で検討した震一ξきと8器9戯三三艮R島9一〇との関連について見てみよう ピ才ごωは︑. ︑.勺oωε昆慧の<&一ぼω留蓼g昌&栖葺●⇒ま巨一覧魯窪ε碧く段§な一①ぴ①の2︒ぎ豊蒼も一罫男霧ε邑2の ︵27︶. き盆訂一ζ蝕㊤ω昌05質o島のの簿⁝⁝︺<箆R一2旨ぎo箆ロo窃のoぴo箒貞3①ごω︿窪凶お首︒︒ゆβ髭〇一一σq巳覧騨・. 8おぎε&凱..﹁勺oの爵ぎ霧は保証人をひぎうけたが現われなかった︒護民官は平民たちに間うた︒そして平民. たちは次のように命じた︒すなわち︑もし竃貧o霧勺o斡ヨぎ霧が五月一日以前に現われなければ⁝⁝︑彼は亡命 したと理解され︑そして財産は没収され彼自身水火の禁を受けたものと決議せよ︑と︒﹂. の記事を伝える︒この事例は︑有罪宣言を回避する為に亡命した頃oω葺ヨぎ霧に対して平民会決議により財産の没.

(21) 収と水火の禁が決議されたことを伝える︒. この記事は︑水火の禁の代表的事例と考えられており︑この記事を根拠として︑第一に水火の禁が古い時代には刑. 罰ではなかったこと︒第二に︑・ーマ市民が判決を回避するためにΦ益置導を行使した時に︑水火の禁が決議され︑ ︵28︶ それにより︑帰国の道を塞いだことが︑共和政の早い時期の水火の禁の特徴として主張される︒ただ︑水火の禁が必. 然的に財産没収を伴ったかいなかについては疑問の余地がある︒ともあれ︑以上のように初期における水火の禁を理 解することに異論はあまりないように思われる︒. しかし︑第二章一で示したように︑O鋤ごωその他の法文史料は︑すべて水火の禁を刑罰として理解していること. は明らかである︒それでは︑水火の禁の刑罰としての成立はどの時期にもとめられ︑どのような理由からであったか が問題となる︒ ︵30︶. ︵31︶. ︵32︶. 水火の禁の例は︑先ほどあげたものの他にO●O篤8ぼのによって提案された勺昌躍霧︸昌旨霧に対する水火の ︵29︶. 禁︑留9旨ぎ霧によるρ蜜象亀岳に対する水火の禁︑Ω88に対する水火の禁︑包鐘江諾に対するもの︑な. どが挙げられる︒ρ竃象色墓の事例は︑水火の禁が宣告され︑亡命した︵・ドス島と唱畦鼠琴8は記す︶もので. あるが︑同事に︑頃貫5は︑ζ象毘諾を追放から呼びもどすという動議が提出されたことも伝えている︒これら. の事例は水火の禁を刑罰としては伝えていない︒亡命と追放の観念は︑先のピ三房の記事と同様のものとして立場 によって使いわけられているようである︒. ところで︑而o貯玄岳の時代には︑死刑執行を回避するための出国︒並ご参に対して水火の禁が決議されるよう ︵33︶ になるとの指摘がある︒これは︑o益ごヨの説明からも推測できる︒匹息鼻魯は︑この事態を︑ この時代には︑. 一二九. ℃8ま8且琶置︵頭格刑︶が実際には執行されず︑水火の禁がそれに代って行なわれ︑市民権の喪失に帰せられたと ローマ共和政期 に お け る 頭 格 消 滅 に つ い て ︵ 熊 丸 光 男 ︶.

(22) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶ 4︶ ︵3. 死刑罪. ︵35︶. ニニ○. で告発され︑有罪判決を受けた者は︑亡命したと述べる︒またこの事態はキ. 説明する︒水火の禁が市民権喪失に帰結するか否かについては問題があるにせよ︑この国鑑鼻窪の見解は理解でき ︵36︶. る︒U弩箆ω9は︑例外なく. ケ・1の時代にも一致すると解している︒さらにU薯一留8は︑Φ邑旨ヨの意味の変化に関して竃o彗日るD窪の見. 解をしりぞけ︑Ω88の嘆oO器︒ぎ2留3蓉oに依拠して︑Ω83の見解は℃oぐ獣岳と一致するとみなして. いる︒そして︑Φ益ごヨについてのΩ83の見解はティベリウス帝の統治の時代まであてはまるとみなしている︒. 水火の禁については︑U黛箆8ロは︑..ぎ8蝕畦冴一賃名鑓ΦヨOo屋oぎεき〇二讐二旨o&三廿︒ ︒珠...︑一〇αQ一ω ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. Oo旨&器留獣8岳ω9毒ま浮誌宕Φ欝一霧三器留2昌&oo簿︑.等の史料から︑水火の禁は︑ω三宣の諸法にお. いては死刑としてー物理的に科せられたという結果になるわけではないがーの形式であったとする︒さらに︑水. 火の禁は質8a甘ユo︵追放公告︶と原理的に同じものと理解している︒これらの諸点1Ω83に対する評価は ︵37︶. 別にしてーは里ユ鼻窪と一致している︒また︑竃o旨菖ω窪は︑水火の禁は反逆罪と殺人罪について宣告された. とするが︑U薯置ω9はすべての死刑罪に対して行なわれたと︑適用範囲を広く想定している︒これは︑先の亡命に. ついてのU碧置ω窪の見解から必然的に出てくるものである︒ ︵38︶ 蜜o琶9ω窪は︑水火の禁が・ーマ市民に対する刑罰として成立したのはω色帥の時代であるとする︒そして︑水. 8嘆ごの. 火の禁に・ーマ市民権の剥奪が結びつけられたのは後二三年のティベリウス帝の時代であったとされている︒弓削氏. は︑このζo冒ヨω窪説を根拠として︑またΩ88の︑.ρ90量艮冨議巨8覧邑陣q旨8&oヨ醤箪. ︵39︶. ゲ窪ooぞ津象Φ日帥β響①げ鋤旨一ρまヨo寅旨ぎsヨお08蔚ρ仁o<①二〇⇒αごびoo①馨g暮き島・のo凱oき鶏く窪o遷爵叶・. 髭き一〇ヨ暮①ωω①け貯o言5自qヨ鴇ぎβ9 ︒留ヨ冥一〇まo一く搾&9ω&富9一gε冬og蒔艮の一三霞島ao露貯9①訂簿●... ﹁死刑罪の判決を受けた者は︑かれらが土地を変える︒すなわち︑移住する目的で赴いたその国が彼を受けいれる以.

(23) 前にはローマ市民権を失うことはなかった︒そしてそのことが可能であるように市民権の排除によってではなく屋根. と水と火の禁によって事がはこばれた︒﹂を根拠として︑﹁水火の禁と・ーマ市民権剥奪は︑元来別種の措置であった ︵40︶. のであり︑両者が結びつけられたのは︑水火の禁が正式の刑となってより更に百年︑ティベリゥス帝の時代﹂と理解 ︵41︶. している︒. ・二讐きbは︑水火の禁の刑罪としての導入は︑常設査問所の設置と関係があるとし︑重大な犯罪について査間所 頃嚢. を設置する法律は︑死刑のかわりに水火の禁がおかれたに違いないとしている︒この瞑節簿B撃pの解釈は︑基本的. に匪鉱︒窪と同趣旨のものと理解でぎる︒ただ︑われわれは︑この時期の確定については︑Ω88の︑いわゆる. ティベリゥス帝の時代に刑罰としての制度化を. ︑︑<o亭器一訂学醤二島一︑︑として批判の多い見解がどれほど実態を反映したものなのかについての検討が不可欠である ︵42︶. みることができると思われるし︑市民権剥奪はすでに水火の禁自体にむすびついたとする見解を前提とすれぽ︑もっ. と考える︒したがって︑ここでは︑988の見解を前提とすれば︑. ︵43︶. と早い時期︑つまり常設査問所の設置がその画期となったという見解をとることになろう︒したがって︑ここでは︑ 時期の確定についてはひとまず保留しておく︒. り色節の時代として述べていることからすれば︑身分変 とはいえ︑Ω巴諾は︑﹁コルネリウス法により﹂としてo. 動としてカテゴリー化されたP自ヨ&ごの起源はこの時期であると推定でき︑それ以前には︒﹂導貰言蝉のみが たどりうるという根拠となると思われるが︑次にその問題につき︑民霧巽説を検討する︒. ︵44︶. 五 国霧角は︑ρα臼巴ごの例として︑水火の禁の他︑ 古い時代には反逆罪があてはまると解する︒この場合︑. コ三. その行為自体によって市民権は喪失したとみなされている︒ また︑敵への引渡しぎ鴇o留ユoについては︑U・9. ロ聖マ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(24) 早稲田法学会誌第三十九巻︵一九八九︶ 8一︒ 〇 をあげるにとどめω8①<oごの見解を受け入れているようである︒. 一三二. 閑舘段は︑O鎮H旨o︒から水火の禁は効果の点で死亡と同じものと見なされたとし︑崔〜謡●磨Oの記事から. ρ魯ヨ貰ぎ帥のそれと基本的に一致すると見なす︒水火の禁については︑前二世紀には頭格刑回避のため水火の禁. を先行させ逮捕をのがれさせることが慣行になったとし︑市民権剥奪はすで︑水火の禁自体にむすびついていたとす. る︒したがって︑○蝕霧﹂﹂窯の規定は前二世紀の事態についてあてはまるとする︒前章の︒●俳巨爵ぎg︒との関. 連では︑閤霧段は︒●9は古い時代の頭格刑と関係ある諸事件から生じたものとするのである︒. まず︑囚霧霞が頭格刑としてρ伍ぎΩ・筥琶讐巨&欝を理解することについては基本的に異論はない︒しかし︑ ︵45︶. 国霧霞は︑目舞ぎ麺と謹&㌶の決定的相違︑すなわち自由の喪失については﹂ぐoマ器まωマ<Rご馨..は否定し. ているー言及していないように思われる︒とすれば︑同じく頭格刑に擬せられるにせよ︑︒●餌跨爵ぎ帥における市. 民権の喪失とo●αヨ巴ごにおける市民権喪失と自由の保持との相違を説明したことにはならなくなる︒また︑たと. え市民権喪失が水火の禁自体にむすびついていたとの見解を肯定的に受け入れるにせよ︑それが自由の喪失に帰結し ないことの理由にも当然なりえないと思われる︒. われわれは︑︒●拝ヨ爵ぎ鋤と目&討の効果について︑頭格刑と同一視するという見解に基本的に同意する︒し. かし︑共和政期において︑訳器段によってP傷旨&すとして理解される事例は︑P儀臣舞言mと同じであった︒. つまり共和政期においては︑︒﹂琶貰冒騨と日巴訂は一つのものであったと考えることができると思われる︒その ︵妬︶ 共通項は︑奴隷化にもとめることができる︒水火の禁を受けた者は外人身分となるが自由を奪われるわけではない︑ との見解にはもちろん自由の喪失も奴隷化も否定される︒. では︑どうして水火の禁が奴隷化にむすびつくのか︑それは︑水火の禁に︒図ま日という行為が密接に関連してい.

(25) たことから明らかになると思われる︒露出冒は共和政期においては亡命を意味した︒φ益ご導の場所は︑すでに述. べたごとくローマと同盟条約をむすぶか︑支配下にある諸都市が選ばれた︒それは官ーマも承認した相互性のあるも. のであった︒ローマとの法的関係が前提とされていたのである︒そこでは︑亡命した場合︑その都市の成員権を獲得. したことによって︑あるいは保護されることによって自由が法的に保障されたという論理で理解される︒もし︑水火. ︵48︶. の禁が宣言されればもo毘ぎぎご旨が消滅した︒また︑前二世紀において︑有罪判決を受けた者が︑亡命地で相手 ︵好︶ にされずイタリアから退去せざるをえない場合もあったのであろう︒ぎ℃段ご日を有する・ーマの官職者によって各. 行政区︵自治都市・属州︶からも追放されたかもしれない︒その場合︑彼は明らかにどの都市の法の保護も期待でき なかったのであり︑潜在的には奴隷であったのである︒. 以上の検討からい①をが主張する市民権が喪失したにもかかわらず自由であったという見解は少なくともキケロ. 自①. ω一〇餌同一一ωω. ①け. <①旨①︷一〇一一の︒. 一三三. ーの時代までは︑8営蔚留目ぎ&oの検討ーとりわけ水火の禁ーからは導ぎ出せないと考える︒. ︵2︶U●合99鷲−一︒. ︵1︶ぎの島9銘80の冒露ぎ一き一押一ρド∪●似G︒℃旨︸ρ質●. ︵3︶O﹂o︒﹂︸o︒︸震6︒ ︵4︶その他︑↓一言属図図く目H與Oo∈o器dぎ壁巳㌧一ρoo甲=︸冨・. OO殴50一一薗. ︵5︶前八二年のい蓉一霧Oo旨①目壽ω三訂による常設査問所設置のための一連の立法︒ 一〇図. 一①NO●目鉱①¢鼠の .. 一〇図O●盆ω一帥目Opδ餌誌帥p喜β︼B簿ユ即.. 一〇図ρ器bo9ロ飢借置目・. ローマ共和政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

(26) 早稲田法学会 誌 第 三 十 九 巻 ︵ 一 九 入 九 ︶. 一霞Ω傷o需2一 象 F. 一①図O●伍o餌旨ぼけF. 一〇図O●伍o冨象9貸昼●. 悟前掲書九二頁︑富購ωNお℃隙Oなどを関連して参照︒. 柴田光蔵﹃βーマ裁判制度史研究﹄昭和四九年︑一九頁︒P国99鼻■品霧讐瓢一8Φb8岳8琶壁どω鰹● 6︶吉野. なかっただろうととの9毒の見解については︑弓削氏の批判を参照︒弓削前掲論文一九頁︒. コニ四. 7︶■①をωNお噂に宇嶺999竃植旨い㎝を根拠として︑水火の禁によって官ーマ市民権を奪われた者は他のいかなる都市の市民権も獲得でき. 8︶ピ①乏ωN蕊・頴Oこれに対して︑水火の禁が本源的にはo釜9β江oと結びついていたとの見解は︑函器段・U錺国o導一ωoぽ零オ馨段9窪・. o︒. 一.吉野﹁古代目ーマにおける家族態容の変化の一過程について﹂六二四頁註︵35︶では︑水火の禁による市民権喪失は同時に︑閏ユ①亀8蒔ぎ律を. ど︵一〇脇︶ooρZ︒曽 蜜oヨヨの窪園o旨一ω昏oのω$象胃o︒窪﹂Hど鵠℃戸ρω霞8ぽ㌣U帥く箆の8ギoげ一〇菖のo︷国o筥弩Oユ臣ぎ巴ピ騨毛戸b●. ピ①毒ωN刈ooも︒観O・. 意味しているとされる︒ 9︶. 10 ︶ω︒名霞け9↓ぴ①国o導聾Ω爵①霧ゲぎ﹄︒︒.a●一〇蚕po︒ド 11 ︶ωp≦露けρ︾鍵●. ℃oζびご︒︒鷺9一廃co●=くごω︸9お噂?刈︒. 12 ︶ω5薯露什pマ逡︒区一①ぎ8一一〇び界国●..賃出ごヨ..一①oooo︐ 13 ︶. o●Ω8吋p冥oω巴ダN下8. ω●譲圧仲ρp鍵・区一①ぎ8一一〇5因●国●一①o ooo ︐98Hp飢oo寅計だ一ミ●. 10ζダ9一声Go︒. oo Gヲ史料としては︑■ぞ●bo︸㌣曾遷甲仰お︒ 14 ︶ω・ミ岳措︸層oo9国︸①言欲=㊦ン押φSo 妬︶. oG 16 ︶ ωり≦岳一ρb・一鵠●国一Φぎ︷①一一①び界国.一①o. 17 ︶O一88賢oζ賃ooO● ω#8ぼ斤U專箆8旨戸も●漣●因器段冒βω℃ω知Oは︑単なる居住地変更は︑9qを生ぜしめなかったとする︒例えば︑ ラテン植民市へ 18 ︶ ℃8島一菖p冒筥については︑前章参照︒. の植民︒ O一8δ質oO器ρωoo︸Oo o合 oI GOO︒. 19 ︶.

(27) ︵20︶. Qー鱒O O一〇〇吋09℃HOω聾一び轡NO. ︵ 2 ︶漂≦毒9ぷレ㌣昌のO餌営崖畠の帰国は︑おそらくその慣行であろうと︑薯臣貫帰ぽ菊oヨきΩ謡器箒﹃ぎも︒践は解している︒男①の9即 1. たとえば︑=〜oo. お︸㎝にみえる民器8の例︒. ω・︿.︸3ま旨﹃ご筥は︑市民権の変更は帰国権によっても生じると伝える︒. 〇一9℃畦oO蝉①9ω倉一〇ρ. 国図﹃雌ゆ岱β①. によれぽ︑ティベリウス帝により︑︾薯穿窃窪の廃止とともに︵ωま戸艮Foo刈︶①置一ご目は一つの刑. 一旨⇒O昌oog℃b口9ロ目①2の①伽もΦ諏犀磯一g営bo旨oのρgoo償唱b属o寓・. ︵23︶匹o一畠㊦bd樽箕g崔σq信β傷ω&窪言旨σq山段勺円Oく8讐ε♂ωN刈9の.ω爲●ω霞8訂等U俘く箆ぎづ一超︾逡ーなど︒. ︵22︶. ︵盟︶. ︵25︶国一〇ぎ8一一震㌘国.霞岳仁置︑一〇〇〇. oo︸一〇︸. 蒔よりO一83の追放について︑市民を国民の有罪宣告なしに死刑にした者に追放刑を課したこと︑そして︑刑罰としての賃甲. 罰を意味したとし︑その起源は988の時代にさかのぼるとする︒この点は本稿の対象ではないが興味ある指摘である︒訳一①ぎ︷&段は︑99 ︑ 置一 oo oo. 〇一︒. 水火の禁の宣告の場合は強制的に開始され︑その他の場合には亡命地におもむくことを本人にまかせたとする︒. く曽目吋O鳩餌O ピ●ピ︐く︸. 一宕目 の執行は︑. ︵27︶. ︵26︶. 一両聾吋叶白帥昌冨︸ 菊・閏.へ髄ρ¢卑O①け一㊤q⇒凶の一瓢什①残匙一〇一一〇博ω.ωOGQ. ご< 謡℃ 食O・. ︵認︶ O一〇①吋O︸ 血O. 区拶の①吐︸Hq吋帥G Q︑の︒①O●. o顕ρマooOは︑覧o募により水火の禁が提案され承認されたであろ 男o讐き℃o一蕎8き伍↓ぽ9一目ぎ巴Oo貰黄一おもo. GQい︒頃仁冒餌目Oげ︒らζ 円一¢ω噂鱒O●︾℃℃一鎖口︸げ・O鴇H︸ω一︒. O一〇①同Oサ像①αO目O︸ω一鳩. 伽O巨O︾ω一やoQ鱒.. ︵30︶. ︵29︶. 頃偉ぽ雲o村Oげ︶ ︑O一〇①増O.ω鱒︒O一〇〇属O︸山①αO跨OヤHQQ︸直刈●. 国 ω.ON信Φ旨ヤ. ︵訂︶ ︵錫︶. ゆ一〇博O犀O⇒︺ωNく①悔の●ωO刈●. うとみなす︒. ︵頷︶. ︵詔︶. <o旨①づ傷ど. ゲooΦの一. ヨ¢け費一伽ど. oゆ5の餌<①5①﹃ゆ⇒﹃. コニ五. 囲島. および質oO器oぎ帥ω倉80. のo即. ︵35︶国器oさぎβωも︒8﹂認①一鼻窪も同趣旨だと思われる︒この問題は︑988噂号号目Pooρ鵠DOgo弓伽馨お霊旨o巷冨一ξ言8&? ρ二9謹①財勉5鯨一旨O勢導弓Φ︹①づ二︸ρ仁o. 餌旨①ヨ暮o器9貯o言昌餌自鵠︸ロo昌餌号旨宮ご鐸09≦鼠一賞器α89一9餌ρ二器9ゆαQづ〆ぎ5往ぎロo昌Φ霊90び聾. 冒β簿鼠鳩旨o昌bユ仁ω﹃笛β09<一酔餌けoき簿導一ヰ①ぴ鋤β. ロ書マ共湘政期における頭格消滅について︵熊丸光男︶.

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