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明期

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(1)

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明治後期はわが国における産業革命の進展が本格化し︑都市の形成秩序に大きな変革をもたらした時期である︒こ

の趨勢は大正昭和のはじめと激化し︑ほぼその頃までに近代日本の地域構造の基盤を打ちたてることになった︒この

時にあたり︑都市は産業革命の直接の担い手として改装され︑人口集中の絶好の対象として登場するようになる︒近

明治後期の都市形成 世封建体制からの残象的アンシャンレジームに交替して︑都市形成のあらたな秩序がうまれたのであるo

この間の経緯について︑筆者はすでに若干の論述と短報①をもってアプローチしてきた︒これらの論述において示

したごとく︑明治中期までの都市分布ならびに都市構造の性格は︑幕末開固に端を発する横浜や神戸のような近代化

の萌芽的形態の誕生もあったけれども︑大勢において幕藩体制下の残存継承であった︒明治初年の都市分布は城下町

の分布とほぼ一致し︑その都市人口もまたおおむね藩封に比例していた︒こうした事情を裏づける統計的資料はきわ

195 

めて之しいが︑全国的な規模において都市別人口数を知ることのできるほとんど最古の資料は﹁日本帝国統計年鑑﹄

(2)

196  の明治一九年末の数字であろうと思われるcこれは産業革命前の概貌を示すにはまず好適である︑が︑その後の都市人

口統計については︑該年鑑に記載されたものもあるので︑それと比較することによって︑都市発展の推移の概況を知

ることができる︒該年鑑にもみずから譲っているごとく︑数字については疑わしいものもあり︑とくに戸数の解釈に

は疑問が多いが︑人口規模による都市の趨勢を求めるには︑ほとんどさしっかえないように思われる︒

明治後半期の市町村別人口規模の推移をそのまま絶対数の形で示すことは︑資料として十分意義あるものと認めら

れるので︑明治一九︑二二︑三一︑四一年のだいたい一0年間隔をとって整理した︒前記のように︑明治一九年は産

業革命推進前の状態を示すものと考えられ︑二二年は市町村制実施の年で都市秩序の新段階を画した時期にあたり︑

以降の都市発展の出発点をなす点に着目したものである︒コ二︑四一年はこの出発点からほぼ一O年ごとの推移を押

日清・日露の両戦役をそれぞれ挟んで︑富国強兵策の一端がつぶさに都市形成に反映した

点︑地域の経済秩序も︑たとえば養蚕業の新展開や重工業化への萌芽など変革の途次にある点など︑都市分布の特性

が地域変革の直接の因子として働きかけた時代を物語るに恰好の年次である︒このような理由から︑この四回の数字

を一覧にまとめたものが以下の表であるo各年次の対象の範囲が若干ちがうので︑万全を期することはできないが︑

順位の変動に着眼して観察すると︑それぞれの都市の機能や特性に照らして︑興味深い考察が得られるo各年次の都

市分布図を作成して比較対照も試みたが︑図の掲載は省略する

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明治一九年から一O年ほど前の状態は︑明治一四年版の内務省地理局刊行にかかる﹃大日本府県分轄図﹄に示され

(3)

筆者はかつてこれによって明治初年の人口密度図を作成した③O た郡区別人口数で概貌を知ることができる︒本表もしくは現代の単位別人口数と単純に比較するのは困難にしても︑

明治後期の都市形成

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197 

﹂の図が示す全国的規模における人口密度の配分

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は︑都市が農村経済の余剰としであった

前代体制の終震にあたり︑農村経済の拡

内務省地理局『大日本府県分轄図よ(明治14年版)

の人口数による略郡別人口密度図(著者作成)

充(東北・南九州など)と飽和(北陸

西日本など)の時代に入ろうとする頃の

様相を物語るo本表の示す新秩序の形成

過程前に関する一資料として有効であろ

明治四一年の状態から一O年あまり後

の大正九年になると︑第一回の国勢調査

が行われ︑人口統計はしだいに整備され

o大正九年から一O年ごとの都市

人口の推移については︑かつて筆者も考

O年ごとの人口増加指数に

よる都市の類型を求めて︑日本における

都市の地域形成の特質を指摘した

@o

(4)

198 

人口順位の変動について考察される若干の例を挙げて︑地域の新秩序形成との関係を示す︒

六大都市の順位の交代は︑横浜・神戸のような都市と京都・名古屋のような都市との機能的な相違にもとづき

行われているo名古屋の伸張は本表以後の時期であり︑中京工業地帯形成の若さを暗に示している︒

横浜・神戸のような新興の港湾都市と︑金沢・広島・和歌山・徳島・松江などのような大城下町との地位の交

代が︑この頃から顕著になりはじめ︑臨海地帯の形成がようやく体をなしてきた︒産業革命推進の先端地が港湾

にあったことの反映として︑長崎・門司・下関・若松(福岡県)・小樽などの急調の人口増加がめだっ︒

明治四一年には︑近代的工鉱業の新展開をみせた八幡・大牟田・室蘭・足尾などは︑前年リストの下位かリス

ト外であったにもかかわらず︑飛躍的な発展を示した︒北海道炭鉱地帯の開発は︑小樽の進展によってある程度

捉えられるが︑全般的にこれ以後の時期であったことが窺われる︒

明治後期の繊維工業を主力とする軽工業勃興の端的なあらわれとして︑製糸業都市の急激な人口増加が指摘さ

れる︒足利・桐生など︑とりわけ明治新興の養蚕地帯において豊橋・浜松の顕著な躍進がみられる︒豊橋はまた

軍都としての機能も与っている︒

とくに日露の戦勝によって︑軍港地のめざましい飛躍は比類がない︒呉・佐世保・横須賀の得意なる形成期を

みることができるo舞鶴もやや時期をおくらせて︑これらに追随することが推定される︒

北海道三大都市︑函館・小樽・札幌の交代には︑北海道の開発にともなう新天地の地域秩序の成りたちが推察

(5)

される︒この時期は前代の函館の盛時に代わって︑石炭積出港小樽の伸張期であり︑札幌の撞頭はすでにその緒

についていたにしても︑他に抜んでるにはなお後一O年以上を必要とする︒現代小樽の衰微を考えれば︑地域の

秩序形成における都市の役割を評価するよき資料であろう︒

ニシン漁業の北漸がこの時期において福山(現在の松前町)‑江差の衰徴を招いたが︑岩内付近ではその漁場

を確保していた︒大正になると余市まで北上し︑以降の増毛・留萌・利礼へとひきつづく︒この表はこうしたニ

シン北漸史の一時期を捉えている︒

大都市周辺の都市の発達には︑まだ地域的な差があったようで︑大都市地域形成の端緒があらわれはじめたと

はいえ︑大都市ならびに四大工業地域形成の地域的指向は︑大正から昭和のはじめにかけて顕著となったもので︑

明治後期にはさほど目だった存在ではなかった︒このことは次の時代の人口増加率@によって‑証明されるo

し︑南千住・品川・千駄谷・神奈川・難波・天王寺・熱田など大都市に併せられたり︑単独にあったり︑まだ歩

調は揃わないにしても︑それぞれの膨脹はやはり大きい︒それらが大都市域に接近しすぎているためであろう︒

明治後期の都市形成

つまり︑これらは大都市そのものであったcしたがって︑衛星都市の概念はまだ明確に表中にあらわれない︒

要するに︑明治四一年の資料は産業革命進展の初期の胎動を示しており︑次代における産業革命の盛期を通じて︑

都市を中心とした地域秩序はおおいに変貌した︒この意味で︑明治後期はなお近代化の揺藍期である︒これを端緒と

199 

して産業革命の高潮期を迎える大正昭和初頭にいたって︑都市は都市なるがための膨脹を経験し︑都市地域秩序の骨

(6)

200  格を形成した︒そして昭和一O年前後の一0

年聞は︑こうした都市なるがための成長をとどめ︑都市の人口増加は選

いわば今日の太平洋ベルト地択的︑適従的に働くことになった︒大観的にいえば︑大都市圏と四大工業地域の形成︑

域の核をすでに指向し︑これと表裏をなす地方や内陸都市の澗落がめだってくる︒こうして地域格差は拡大し︑日本

の中軸地帯の規定が明確となった︒

明治後期の歴史地理の考察にあたり︑上記のような背景のもとに成立する市町村︑都市人口の一資料として︑以下

の表を呈示したい︒

( )

① 

川拙稿形成次第による日本の都市の分類都市問題四コ一l一昭和二七年凶拙稿日本都市の人口推移都市問題四四l一二昭和二八年同地稿揺箆期の近代都市(短報)地理調査所時報一八昭和三O

凶拙稿前近代社会における日本の人口配分ーその資料人口密度│(短報)地理調査所時報一九昭和三Oその一部︑明治一九年(ニ二年の状態も付加)と四一年の都市分布図を︑明治中期(産業革命前)と明治末(産業革命初期)の対照として︑前掲①の問中に紹介してある︒前掲①の凶この人口密度図は①川閣の短報中に発表のほか︑地理調査所八O万分一国土実態図﹃日本

①  ② 

人口密度図﹄中に

i① ④  

(7)

明 治 後 期 の 市 町 村 人 口 順 位 概 表 ( 人 口1万以上) 各年12月31日現在。

明治19年は第7日本帝国統計年鑑(明治21年版)による。市街地だけを載せている。

明治22年は第10日本帝国統計年鍛(明治24年版)による。市街地だけを。放せている。

「木表市街戸数人員前年ニ対シ多クノ増減アルハ市町村需JI施行ノ際区域ヲ変更セシニ由ル」

明治31年は第20日本帝国統計年鑑〈明治34年版)による。第四年鑑もまた同年次のものを収載している。

人口I万以上の市町村をi依せている。

「北海道及沖縄県ハ市町村制ヲ施行セズト難モ,一区域内ニ一万以tの現住人アルモノハ之ヲ掲グ。本表ハ元来人姻閥密ノ

部会ヲ表章スルノ意ナレドモ,表中核スル所ノ町村ハ行政区ニ拠ノレモノナルガ故,町ト称シテ其実過半村落ノ体ヲ為スモノ アリ,村ト称シテ其一部市街ノ体ヲ為スモノアリ,又純然タル村落アリ,且ツ前年トノ比較ニ於テ往々増減甚シク戸数減ジ

人口増シ,人口減ジ戸数増ス等,疑フベキモノアリト雌モ,姑ク先例ニ依リ之ヲ掲グJ

号令は前年1万人未満で明治311万人以上に上った町村を示す。

前年1万人以上で31年に1万人未満に下った町村は,根室(北海道),江差(北海道),古河町(茨城),淵村(長崎),臼杵町

(大分),福山(北海道),三条町(新潟)である。

明治41年は第33日本帝国統計年鑑(大正3年版)による。人口1万以上の市町村を殺せている。

空欄はl万未満のもの,不詳のもの,他都市に含まれたため該当しないものである。

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明治19 (1886)

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303, 193]  1, 389, 684]]  96919]  476271]1  63, 3961  279, 792  27209]  121, 985  46, 0491  162, 767  1356391  55063  88820  94257 

292, 2101  1, 121, 883  89, 434]  361, 694  65, 0591  245, 675  24, 8321  89, 545  37383]  131492  25, 285]  80, 446  7, 0031  38229  222921  81914  290411  97653  明治22 (1889)

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42617  54868  13251  15041  57456  45097  40778  44384  44015  30825  53556  36838  45477  14093 

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48333  12629  52909  53014  56713  24366  16876  61, 107  57465  46353  52833  48, 165 

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明治4昨 ( I 蜘 ) 明治31年 ( 酬

│戸数 i人口 │戸数│人

57a784t242090 

2186079  I

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068  442462  353. 139 

136  39748P, 303  76519434p3 762  4438  378.231  566801  244145  2963P. 532  378197 

22516889,, , O32 

215, 780 

816  14762,, 480  559  107422 

Fli  4O8952  142. 763  811  122306  28.613  110994  507  83662  T 21676  100679 It

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I 11987  58025 

12394  93051  5388  37485  15O,, 860  9871,, 281  7, 723  56961  20.463  875  17896  78040  l6lP 356  872, 106  9L 9748  66369 3190 

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