研究ノート
アッサム州における 近年の農業変容と
地域社会
―在来ヒンドゥー教徒村落の耕地利用変化に着目して―
浅田晴久
1 はじめに
本稿ではインド・アッサム州において近年みられる農業の変容を村落 レベルで把握し、その経済的および地域社会的な背景を明らかにする。
現在、日本を含むアジア諸国では農村部から都市部への人口移動が加速 化し、農業・農村の維持が大きな問題となっている[飯國ほか 2018]。東 南アジア・南アジア諸国では、1960年代末に始まった「緑の革命」以降、
食糧増産という当初の目標は達成されたが、その後は農業部門から工業 部門・都市問題へと政策がシフトしており[岡本2017 : 121
!
125]、今後は 農村の持続性や農地の維持という課題が顕在化すると思われる。インドでは、農業部門は GDP の約15%(2016年度)を占め、農村人 口の過半数が農業活動に従事するなど、いまだに経済活動の中心であり 続けている。しかしインドでも、資源の減少や人口増加・経済発展など の諸要因により、近年は農業が変容しつつある[Sharma et al. 2018 : 1]。 農業の変容に関しては、既に1990年代までに耕地の外延的拡大の終息、
執筆者紹介
あさだ はるひさ ●奈良女子大学研究院人文科学系 専攻分野:地理学、南アジア地域研究
代表的著作:
・浅田晴久、2011、「タイ系民族アホムの稲作体系 インド、アッサム州の村落におけ る事例研究」、『人文地理』63!1、42!59頁。
・Asada, H., 2012,Climate and Rice Cropping Systems in the Brahmaputra Basin : An Approach to Area Studies on Bangladesh and Assam , Rubi Enterprise, Dhaka.
キーワード:アッサム州、稲作、土地利用、ヒンドゥー教徒、ムスリム
休閑地と農地植林の拡大が生じており、その背後に農村の労働力不足が あると指摘されていた[柳澤 2002 : 69
!
73]。同傾向はその後も続き、「食 糧問題」の時代が終焉した現在、インド農業は規模を縮小させつつも、穀物から野菜、果物、畜産、漁業といった高付加価値部門への多様化が 加速している[藤田 2014b : 416]。農業の多様化は、水平方向と垂直方向 の双方で進んでいるとされ[Sharma et al. 2018 : 2]1、村落内の耕地利用や 景観の変化として現れることが予想される。
近年のインドにおける農業変容の特徴として、その程度や内実には地 域差がみられ、特に州間格差が大きいことが挙げられる。柳澤・水島
[2014]では、インド国内でも農業部門が発展している地域としてパン ジャーブ州とタミル・ナードゥ州、農業部門が停滞している地域として ビハール州を取り上げて、農業や農村社会の変化の方向が、カースト構 造や土地改革政策など、州に固有の歴史的・社会的・地理的要因によっ て大きく異なっていることが示されている。同書で柳澤は、農業生産に とって経営主体の社会経済的な性格や、地域社会の社会的な構造が重要 な意義をもつと述べている[柳澤・水島 2014 : xviii]。
本稿で対象とするアッサム州はインド北東地方に位置している。州内 純生産(Net State Domestic Product : NSDP)の19%を農業部門が占め
(2016年度)[Government of Assam 2017]、州人口3100万人(2011年)の 約75%が直接・間接的に農業に携わっている。同地方はインド本土とは 地域の特徴や社会構造を異にするため2、同州における近年の農業変容 の状況もまた、他州とは異なる様相を呈している可能性がある。インド 北東地方の特異な社会構造は、南アジアと東南アジアの中間に位置する 地理的な要因、そして、希薄な人口密度のため域外からの移民を誘発し てきた歴史的な要因によって生み出されたと考えられている[Dikshit and Dikshit 2014 : 10
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12]。特にアッサム州は、植民地期以降、茶園の労働 需要、平野部への入植など様々な形でインド内外からの移民の流入がみ られた地域である[佐藤 2020 : 71]。独立以降は、隣接する東パキスタン、後のバングラデシュからの絶え間ない移民の流入を経験し、彼らはアッ サム州の人口構成を大きく変化させ、安全保障環境を悪化させる存在と みなされた[佐藤 2020 : 46]。
アッサム州の農業や農村社会をミクロレベルで明らかにする際は、特 定の村落の中で詳細な調査を行うだけでなく、上述したような地域社会
の文脈に則って理解する視点が不可欠である。アッサム州の近年の農業 変容に関する研究の一端をあげると、たとえば土地利用の変化に着目し た研究では、都市の成長にともない、農村における耕地の一部が工場用 地に売却される事例が報告されている[Barua 2006 : 279]。また、栽培作 物に着目した研究では、1991年の経済自由化以後、穀物栽培から野菜や 果樹へ作付体系が移行する兆候がみられることが明らかになっている
[Deka et al 2013 : 7]。インドの他州と同様に、アッサム州でも着実に農業 の変化が進んでいるが、地域の社会的関係、たとえば村落内部のカース ト構造や村外の他集団との関係から、農業の変容を論じたものは少ない。
かつて著者は、アッサム州内におけるムスリム移民の生業について調 査したが、その農業や耕地利用の特徴は必ずしも州内で多数派の在来ヒ ンドゥー教徒3の活動と競合するものではなく、むしろ補完関係にある ことを指摘した[浅田 2017]。これは、従来語られてきたアッサム州の ムスリム移民像を覆すもので、農業という経済活動を通して、ヒン ドゥーとムスリムの社会関係に再考を迫るものである。人口で過半数を 占める在来ヒンドゥー教徒の農業についても同様に、地域社会における ムスリム移民や他の集団との関係から分析することが可能であると考え る。そこで本稿では、在来ヒンドゥー教徒の村落で進行しつつある近年 の農業の変容、とりわけ稲作を中心とする土地利用型農業の変化を、地 域社会との関係から明らかにすることを目的とする。
本稿の構成は次のとおりである。第2章では、アッサム州の農業を取 り巻く諸要素を説明した後、調査村の概要、調査手法について述べる。
第3章では、調査村でみられたカースト構成と各カーストの耕地所有状 況について述べる。第4章では、耕地利用の転換の実態と、それが成立 する諸条件について述べる。第5章では、農業の変容からみたアッサム 州の地域特性についての知見をまとめている。
2 地域の概要と調査手法
アッサム州は、山岳地帯が占めるインド北東地方の他の州とは異なり、
州域の過半がブラマプトラ川、ボラ川によって形成された沖積低地から 構成される(図1)。また、州の年間降水量は 2,296 mm、うち雨季の降 水量は 1,523 mm とインド国内では多雨地域に相当し[Government of As- sam 2016]、その自然条件は農業生産に適していると言える。
しかし実際の農業生産性は、自然の潜在力からはまったくかけ離れた 様相を呈している。アッサム州において耕地面積の93%を占める稲を例 にとると[Dikshit and Dikshit 2014]、2016年度時点で、アッサム州の稲 の単収は 2.1 t/ha であり、主要17州の中で上から14番目である[Govern- ment of India 2017]。最上位のパンジャーブ州の 4.0 t/ha の半分強しかな く、ビハール州やオディシャ州と並んで、国内最低レベルに甘んじてい る4。単収の低さは、高収量品種の普及度に関係している。全稲作に占 める高収量品種の比率は、作付面積ベースでは2014年度時点で71%であ り、1年のうち主要とされる雨季のハリ稲作5においては66%と低い水 準にとどまっている[Government of Assam 2016]。一方で乾季のボロ稲 作では高収量品種の比率は95%に達するが、そもそもアッサム州では耕 地の灌漑率は1割にも満たないため、ボロ稲の作付面積も全耕地の約 14%に限られている。パンジャーブ州などとは大きく状況が異なり、
アッサム州では高収量品種や灌漑、化学肥料などの外部技術の普及、市 場の整備がじゅうぶんでなく、それゆえに国内でも農業生産性が低位に とどまっている[Gogoi and Kakaty 2013]。
アッサム州の農業、なかでもその中心をなす稲作は、上で述べた在来 技術に依存する農業生産性の低迷以外にも、諸々の経済的な問題を抱え
図1 対象地域と調査村の位置
ている。
稲作では、移植作業をはじめ諸作業に自家以外の労働力が必要となる が、アッサム州では過去10年間で労働者の1日当たりの名目賃金が約4 倍に上昇しており6、労働者に必要な賃金を支払うと、耕地を所有する 農業自営者の手元にはほとんど利益が残らない。全労働者のうち、農業 自営者が占める比率は1991年に51%であったが、2011年には36%にまで 減少している[Government of Assam 2017]。一方、同じ期間で、農業労 働者の比率は12%から10%へと微減はしているものの変化幅は小さい。
これは、自家で農業を経営するより、賃金労働をするほうが現金収入の 実入りが良いという実態を反映しているものと思われる。農業に従事す る者の比率が減少傾向にあるのに対して、同統計では、「その他」労働 者の比率が36%から51%へと増加している。
稲作にかかる費用が増大する中で、収穫物の買い取り量は伸び悩んで いる。2010年に米余剰州となったアッサム州では、他州と同様にインド 食糧公社(Food Corporation of India : FCI)による余剰米の買い取り 政策がとられているが、実質的にこの制度が機能していないという問題 がある。2016年度に FCI によって買い上げられた米の量は372,443トン で、総生産量5,127,000トンの約7%に す ぎ な い[Government of Assam 2017]7。そもそも FCI の倉庫が州内に18箇所しかなく、生産現場からの 輸送コストが高くつくため、農家が余剰に米を生産しても容易に売却で きないという状況がみられる8。買い取り量を強化するために、アッサ ム 州 農 業 市 場 局(Assam State Agricultural Marketing Board : ASAMB)が2012年以降に独自に買い取り制度を始めたが、2016年度の 米の買い上げ量は159,646トン(総生産量の約3%)にとどまっている。
さらに米農家の意欲を喪失させるのが、公的分配システム(Public Distribution System : PDS)の存在である。PDS は、①低所得層に対す る食料安全保障の供給、②緩衝在庫による価格の安定化、③買い上げ価 格の保証を通じた生産インセンティブの供給、という三つの目的のもと、
連邦政府の食料・公的分配省が実施している食料の配給制度である[首 藤 2006 : 78、櫻井・高橋 2007 : 56
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59]。連邦政府が米余剰州から米を調 達・保管・輸送し、各州政府が全国57万箇所の公正価格店(Fair price shop)に配分している。貧困線以下(Below Poverty Line : BPL)の世 帯には 1 kg あたり7ルピーで9、2001年に開始された、より貧しいアントダヤ食料計画対象世帯(Antyodaya Anna Yojona : AAY)には 1 kg あたり3ルピーで米が配給される10。アッサム州の村落では、農外収入 源をもたない世帯は大抵、いずれかのカテゴリーに該当するため、多く の世帯が日常的に食べる米をタダ同然の価格で入手することができる11。 たとえ自らの耕地で米を生産しなくとも、農家は食料の心配をする必要 がない12。生産物の販売インセンティブが機能しない中で、生産コスト が増大する農業をこれ以上続ける余裕がなくなってきている。
農家の意欲を低下させるその他の要因としては、不安定な天候も指摘 される。先にアッサム州は多雨地域で農業生産に適していると述べたが、
モンスーンの降雨は年々変動が大きく、年によっては雨季の降水量が平 年値を大きく下回ることがある。たとえば、2000年以降では、2004年、
2005年がそれぞれ年降水量 2,710 mm、2,262 mm という多雨年であった のに対し、2009年、2011年はそれぞれ1,700 mm、1,567 mm という少雨 年であり、変動係数は0.13になる[Government of Assam 2016]。特に雨 季前半の6〜7月の降水量が少ないと、灌漑が施されていない多くの耕 地では適期に移植作業を行うことができず、稲の収量にも大きな影響が 及ぶことになる[浅田 2014b]。モンスーンの降雨は年々変動だけでなく、
長期的にも変動を示しており、インド北東地方では2000年頃を境に降水 量が顕著に減少していることが知られている[ Jhajharia et al. 2012、
Fukushima et al. 2019]13。2000年以降はアッサム州各地で降水量が平年値 を下回る年がみられ、旱魃の頻度が有意に増加している[浅田 2014b]。
稲作農業を取り巻く状況が厳しさを増すとともに、農家の意欲は徐々 に低下しており、食料生産機能の低下、水田生態系の変化、村内景観の 変化など、さまざまな形で影響が現れ始めている。以上のような州全体 の状況を踏まえたうえで、次章以降では、アッサム州内の調査村におい て、特に景観に表れる耕地利用の変化に着目して、農業変容の実態とそ の背景を明らかにする14。
現地調査を行ったのは、州西部のカムループ(ルーラル)県にあるム クタプル村である15。本村はブラマプトラ川を挟んで、州の最大都市グ ワハティから北に約 30 km の場所にあり、車では約1.5時間の所要距離 である。生態環境としてはブラマプトラ川の氾濫原地帯に位置し、天水 稲作が可能な地域である。村からブラマプトラ川本流までは距離があり、
付近に大きな河川もないため、洪水のリスクは小さい。本村の住民のほ
とんどは、現地語(アッサム語、以下同じ)でオホミヤと呼ばれる、非 トライブの在来ヒンドゥー教徒である16。オホミヤは州内では主要な集 団であり、本村はアッサム州でみられる典型的な稲作を主体とした農村 であると言える。村は11の小集落(スバ)から成り立ち、それぞれ居住 しているカースト(ジャーティ)の構成が異なる。各集落は異なる場所 から現在の土地に移住してきた集団によって設立され、その年代には幅 があるが、古い集落で約250年前、新しい集落で約150年前に設立された と推定されている[Bhagabati and Deka 2016 : 26!33]。
現地調査では、村内の全戸を対象にアンケート調査を実施した17。悉 皆調査を行った2017年時点で、世帯数は491戸、総人口は2,068人であっ た18。アンケート調査の結果を補足するために、2017年から2019年にか けて聞き取り調査も実施した19。
3 カーストと耕地所有
オホミヤの村落では通常、複数のカーストが居住している[Sen 2009 : 50]。調査村には6つのカーストが存在する。上位カーストのバラモン
(Brahman)、ガナック(Ganak)、コリタ(Kalita)、その他後進諸階級 の ク マ ー ル(Kumar)、ケ オ ッ ト(Keot)、指 定 カ ー ス ト の コ ー チ
(Koch)である20。伝統的に従事していた職業は、バラモンが僧侶、ガ ナックが占星術師、コリタが農業、クマールが壺作り、ケオットが漁業、
コーチが農業であるが、現在は必ずしも伝統的職業に従事しているとは 限らない。世帯主の職業をカースト毎に集計してみると、バラモンが就 いている職業は僧侶(同カースト内で42%、以下同じ)・公務員(13%)
が多く、ガナックも僧侶(28%)・公務員(20%)と上位カーストは共 通の傾向がみられる。コリタは農業(40%)・ビジネス関係21(20%)、
クマールは農業(36%)・公務員(14%)、ケオットが農業(52%)・ビジ ネス 関 係(12%)、コ ー チ が 農 業(37%)・ビ ジ ネ ス 関 係(26%)と、
カーストの序列が下になるにつれ、農業に従事している世帯の比率が高 くなる22。オホミヤの村落ではインドの他州の村落と同じく(たとえば
[柳澤 2014 : 213!220])、カーストの序列と農業従事者の比率に関連がある ことから、農業の問題を扱うにはカースト間の関係性の視点が不可欠で ある。
次に調査村全体で、成人男性の職業について調べたところ、最も多い
のはビジネス関係(32%)、次いで農業(21%)、賃金労働者(13%)と なっていた。2007年に同様の調査を行われた際は、最も多かったのはビ ジネス関係(31%)で比率もほとんど同じであったが、農業(24%)は 現在よりもやや割合が多く、賃金労働者(12%)はやや割合が少なかっ た。これは政府のセンサスから得られる情報と同じ傾向を示しており、
調査村でも農業を主な収入源とする農家世帯の割合が減少傾向にあるこ とが分かる。しかし、これは耕地を売却して完全に農業から撤退する世 帯が増えていることを示すわけではない。ほとんどの世帯は耕地を維持 しつつ、別に農外収入を確保している。
世帯あたりの耕地所有面積をみると、全世帯の平均は 0.43 ha で、最 大で 4.2 ha であった。耕地をまったく所有していない世帯は56世帯で、
全世帯の11%になる。カーストの序列は、耕地所有にも顕著に現れてい る(表1)。カースト毎に耕地所有面積を平均すると、バラモンが 0.63 ha と最大で、ケオットの 0.27 ha が最小となる。基本的には上位カース トで所有する耕地面積が大きく、カーストが下位になるにつれて耕地面 積が小さくなるという関係がみられるが、上位のカーストが村内の耕地 を独占しているということはなく、カースト間格差は必ずしも大きくな い。アッサム州の在来ヒンドゥー教徒は、インド本土と比べて、カース ト間の分業体制が明確ではなく[Sen 2009 : 51]、カースト間格差が小さ いことが従来の研究でも指摘されており[Cantlie 1984 : 7!8、Das 1984 : 155]23、調査村の耕地所有でも同様の傾向がうかがえる。
表1 調査村落のカースト別耕地所有状況
カースト
集団 カテゴリー 世帯数
耕地所有の規模別世帯数
平均 耕地所有 0 (ha)
0.01!
0.24 ha
0.25!
0.49 ha
0.50!
0.99 ha
1.00!
1.99 ha
2.00 ha!
Brahman General 47 9 6 9 13 8 2 0.63
Ganak General 48 2 12 19 10 4 1 0.47
Kalita General 265 25 87 62 61 29 1 0.43
Kumar OBC 25 2 4 11 6 1 1 0.52
Keot OBC 68 5 29 27 5 2 0 0.27
Koch SC 32 11 7 4 9 1 0 0.31
Muslim ― 6 2 0 1 2 0 1 0.56
合計 491 56 145 133 106 45 6 0.43
耕地を所有している世帯が、自世帯のみで農業経営を行うとは限らな い。調査地では耕地の一部ないしは全部を他の世帯に貸し出し、借り入 れするケースが多数みられる。アッサム州にみられる耕地の貸し出し/
借り入れの形態としては、耕地の所有者が耕作者に土地を貸して面積に 応じた一定の賃料や収穫物を受け取るスクティ、所有者が耕作者に経営 権を譲る代わりにまとまった金を借り入れるボンドキ、所有者が耕作者 に経営を任せる代わりに収穫物の半分を受け取る刈り分け小作のアディ の3つがある。
調査村では、210世帯(全世帯の43%)が他世帯との間で耕地の貸借 契約を結んでおり、スクティ、ボンドキ、アディのいずれの形態もみら れる(表2)。このうち最も広く利用されているものはアディで、この 形態では複数年にわたって地主から借り入れた耕地を小作が経営するこ とが一般的である。一方、スクティ、ボンドキの形態は比較的少なく、
結婚式や病気など一時的に現金の必要が生じた場合に、耕地を貸借する ケースがみられる。カースト毎に貸し出し/借り入れ世帯数の合計をと ると、バラモン、ガナックの上位カーストは貸し出し超過であるのに対 して、それより下位の4カーストは借り入れ超過の状態にある。上位 カーストは宗教上の教義で禁じられているため自分で耕作しない者が多 く、また僧侶として祈祷料などで収入が得られることから、自ら耕地を 経営するケースは少ない。耕地はより下位のカーストである、コリタ、
ケオット、コーチに貸し出される。一方、下位のカーストは、元々の所 表2 耕地の貸借状況
カースト
集団 カテゴリー 世帯数
耕地を貸出した世帯数 耕地を借入した世帯数 合計
スク ティ
ボンド
キ アディ スク
ティ ボンド
キ アディ 貸出計 借入計
Brahman General 47 4(9) 3(6) 15(32) 0(0) 0(0) 3(6) 22(47) 3(6)
Ganak General 48 5(10) 6(13) 11(23) 0(0) 4(8) 7(15) 22(46) 11(23)
Kalita General 265 18(7) 13(5) 35(13) 9(3) 15(6) 48(18) 66(25) 72(27)
Kumar OBC 25 1(4) 0(0) 2(8) 1(4) 1(4) 6(24) 3(12) 8(32)
Keot OBC 68 1(2) 3(4) 2(3) 1(2) 4(6) 13(19) 6(9) 18(27)
Koch SC 32 0(0) 1(3) 2(6) 0(0) 1(3) 7(22) 3(9) 8(25)
Muslim ― 6 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 1(17) 0(0) 1(17)
合計 491 29(6) 26(5) 67(14) 11(2) 25(5) 85(17) 122(25) 121(25)
注)括弧内は同一カースト内の世帯数に占める割合(%)を示す。
有耕地が小さいことから、積極的に耕地を借り入れる世帯が多く、貸し 手/借り手の関係が長期間固定されているケースも多い。耕地の借り入 れ元は、上位カーストのバラモン、ガナックである。上位カーストが農 業経営を小作に依存せざるを得ない理由としては、大規模に耕地を所有 している世帯でも、調査村では耕地が複数の箇所に細分化されて村の内 外に分散している場合が多いせいである[Deka et al. 2011]。屋敷から遠 く離れた場所に立地する耕地は、所有者自らが経営することが困難とな り、その経営権が貸し出される。
調査村は都市に比較的近いこともあり、耕地の経営を他世帯に任せて 農外の仕事に従事する世帯も村に居住し続ける場合が一般的であるが、
耕地の所有者が村外に移住しているケースも51件あった。カースト別に みると、バラモン9世帯(同一カースト内で19%、以下同じ)、ガナッ ク14世 帯(29%)、コ リ タ18世 帯(7%)、ケ オ ッ ト9世 帯(13%)、ク マール1世帯(4%)と、上位のカーストほど村外移住の比率が高く なっている。耕地を相続したものの農業経営は行わず、グワハティをは じめ州内の都市に移り住み、そこで公務員や教員などの定職に就いてい る男性が多い。デリー、ハリヤーナー州に移住したというケースも各1 世帯ずついたが、アッサム州外に移住する世帯は基本的に少ない24。所 有している耕地は、村に居住する兄弟や親戚に貸し出して経営される ケースが36件を占め、自ら村に通って耕作を続けているケースも4件 あった。よその世帯に耕地を貸し出しているケースは11件と相対的に少 なく、つまり、カースト間の関係性にほとんど変化が生じていないこと が示唆される。なお、所有者不在のために放棄されたままの耕地は存在 しなかった。
4 耕地利用の転換
本章では、第2章で述べた複数の理由により、調査村で近年進行して いる耕地利用の転換のうち、林地への転換、養魚池への転換の2つを取 り上げて、その特徴を詳述する。なお、調査村ではこの2つ以外の耕地 利用変化として、雨季が到来しても稲の作付けが行われない休閑地の増 加もみられる。休閑地へ転用した理由としては、降雨が少なく水が利用 できなかったため、労働力が不足していたため、屋敷地の造成のために 耕地の表土をとったためなど、いずれも一時的なものが多く、必ずしも
恒久的な耕地利用の変化とは言えないため、本稿では考察の対象外とす る25。
4-1 林地への転換
調査村では、耕地の一部に樹木が植えられている箇所が散見される。
アンケート調査の結果、調査村の全491世帯のうち、63世帯(13%)で 耕地の一部が林地へ転換されていることが分かった。林地に転換された 耕地の面積は、1世帯あたり平均 0.04 ha で、これは各世帯の所有耕地 面積の約11%に相当する。面積的には必ずしも大きくないものの、稲が 植わっている耕地の一角に、背の高い樹木が植えられている景観は目立 つものであり、農業の変容を視覚的に象徴している(写真1)。
写真1 耕地に植えられた樹木
調査村で、耕地を林地に転換する世帯が出現したのは1995年のことで ある。それまでも屋敷地の内部に有用樹を植えることはあったが、作物 を栽培する耕地に樹木を植えることは行われていなかった。それ以降現 在まで、耕地の一部に植林を行う世帯が、毎年1〜6世帯ずつ出現して いる。
耕地への植林は無条件に行われるわけではなく、植林される耕地には 一定の特徴がみられる。1つ目の特徴は、比較的高位に位置している耕 地が選ばれるということである。調査村は、自然堤防と後背湿地が多数
形成される、ブラマプトラ川氾濫原の中央部に位置し、村内の地形は比 高数メートル程度の起伏がみられる。天水農業では、高位と低位の田で 雨季の湛水深も変わってくる[浅田 2014b]。高位田は、苗代や雨季初期 に栽培されるアフ稲の水田として利用されることが多いが[Deka et al.
2011]、もともと水がたまりにくい地形・土壌の要因があり、稲作に とっては生産性が低い土地である。たとえ稲を栽培しても収量が上がら ないため、高位の耕地から稲作を放棄して、樹木を植える傾向がみられ る。2つ目の特徴は、屋敷から離れた場所に立地する耕地が選ばれると いうことである。先に述べたように、村人が所有している耕地は村内外 に分散している場合が多く、屋敷から数キロメートルも離れている耕地 は、自家で経営する場合は、日々の作業のためにそこまで通うのが大変 になる。また、他の世帯に小作に出している場合は、耕地所有者の監視 の目が行き届かなくなり、小作者が実際の収量よりも少なく申告するこ とで所有者に支払う小作料をごまかすこともある。いずれの場合も、耕 地所有者にとって、稲作を継続する経済的利益が低減することで、耕地 の転換が起こりやすくなる。
耕地に樹木を植えると、成長した後に木材として売却することが可能 となる。調査村で植林される樹種は、ゴマリ(学名
Gmelina arborea、
和名キダチキバナヨウラク)、セグン(学名
Techtona grandis、和名
チーク)の2種類が多く、それぞれ63世帯中45世帯、43世帯が耕地に植 えている。以下、ジョリ(学名 Ficus hispida、和名ガジュマル)の25 世帯、コドム(学名 Anthocephalus cadamba、和名カランパヤン)の21 世帯と続く。主に薪として利用されるジョリ以外は、いずれも木材とし ての価値が高い樹木である。ゴマリ、セグンは高級材として知られ、1 本あたり約2万ルピーで売却できるが、じゅうぶんな大きさに成長する までに約25年かかるという。耕地所有者は、近隣の市場から木の苗を購 入してきて、苗の移植当初は水をやったり牛糞を施肥したりする必要が あるが、その後は雨水だけで生育するため労力をかけずに済むという利 点がある。しかし現金化できるまでに相当の年数を要する上、期待通り の収入が得られるかどうか不明なことも多い。木材の販売益がじゅうぶんに得られない可能性があるにもかかわらず、
耕地に植林するのはなぜか。それは、何も栽培せずに耕地をただ遊ばせ ておくわけにはいかない、という村人の社会通念があるからである。特
段の理由がないにもかかわらず耕地を不作付の状態にしておくと、他の 世帯から非難されると村人は言う。また、何も作付けせずに耕地を放置 しておくと、所有者の知らないうちに他人に占拠されるおそれがあると いう話もよく聞かれる26。特に耕地が屋敷から離れた場所に立地してい る場合は、樹木を植えて所有を主張しておかないと、勝手に作物を植え られてしまうこともあるという。樹木を植えておくと他人が耕地内に侵 入することが物理的に不可能になり、後述する魚養殖の場合と違って、
窃盗の被害に遭うことも少ないので安心できるという意識が村人にある。
耕地を林地へ転換する世帯をカースト毎に調べてみると、コリタカー ストが52世帯(同一カースト内で20%)と突出していたのに対して、他 のカーストでは顕著に少なかった(表3)。コリタの世帯は平均すると、
より下位のカーストよりは所有耕地面積が大きいが、より上位のバラモ ン、ガナックほどは世帯収入が多くないという特徴を持つ。コリタの中 でも、所有耕地面積が大きい世帯ほど林地への転換が多くなる傾向があ る。従来は稲作農業で家族が食べていくことができたが、近年は農業収 入が伸びない中で、現金収入の確保にも努めねばならず、所有耕地の中 でも生産性の低い土地、より労力のかかる土地を林地に転換して、経営 の効率化を進めようという意識が働いているものと思われる。
表3 社会経済階層別にみた林地への転換状況
カースト
集団 カテゴリー 世帯数
転換世帯数(所有耕地規模別)
0 合計 0.01!
0.24 ha
0.25!
0.49 ha
0.50!
0.99 ha
1.00!
1.99 ha
2.00 ha!
Brahman General 47 1(13) 1(50) 2(4)
Ganak General 48 4(21) 4(8)
Kalita General 265 2(8) 5(6) 12(19) 18(30) 15(52) 52(20)
Kumar OBC 25 2(18) 2(8)
Keot OBC 68 0(0)
Koch SC 32 1(14) 2(22) 3(9)
Muslim ― 6 0(0)
合計 491 2(4) 6(4) 18(14) 20(19) 16(36) 1(17) 63(13)
注 1)括弧内は当該のカースト・耕地所有規模の世帯数(表1参照)に占める割合(%)を示す。
注 2)調査時点での所有耕地面積が0でも過去に耕地を林地に転換した世帯を含む。
4-2 養魚池への転換
調査村では、耕地を現金収入用の養魚池へ転換するケースもみられる。
アンケート調査では、全491世帯の約33%に相当する、161世帯で耕地の 一部が現金収入用の養魚池へ転換されており、林地への転換よりもさか んに行われていることが分かった。161世帯の養魚池の面積は平均する と 0.08 ha で、各世帯の所有耕地面積の約20%に相当する。背の高い樹 木が植えられている林地と比べて、養魚池は耕地の中にあると目立たず、
景観の変化としては分かりづらいが(写真2)、耕地の一定面積が養魚 池へ不可逆的に転換されている事実は
写真2 耕地に造られた養魚池(プクリ)
27、農業に対する村人の意識が着 実に変わってきていることを示唆している。
養魚池が耕地内に造成され始めた年代は決して新しいものではない。
明確な時期は不明であるが、調査村では1990年代以前にも耕地に養魚池 が造成されていた。しかし、従来耕地内に掘られた池と現在その数が増 えている養魚池では、その性質はまったく異なっている。従来、調査村 では、親から独立した子の世帯が新たに屋敷地を造成する際、土をとる ために耕地の一部を掘る慣習があり、その跡を池として利用することが 一般的であった[Deka and Bhagabati 2015]。この池はカールと呼ばれ、
池の周りに堤を設けることはせず、雨季に湛水すると周囲の耕地から天 然の魚が自由に入り込めるようになっている。カールで捕れる魚の種類
は、プティ(学名
Puntius chola、野生の小魚の総称でもある)、ゴロイ
(学名
Channa punctatus、和名ライギョ)、マグル(学名 Clarias magur、
和名ヒレナマズ)、シンギー(学名
heteropneustes fossilis、和名レッド
キャット)などが上位である28。これらの魚はもっぱら自家消費のため に利用され、よそで販売して現金収入を得られることはなかった。2000年代以降になると、従来とは異なる目的で耕地に池が掘られるよ うになる29。つまり、最初から現金収入を主たる目的として、それまで 作物が植えられていた耕地を養魚池に転換する世帯が出現し始めたので ある。この場合に造成される池はプクリと呼ばれ、池の四方に高さ 0.5
〜1 m の堤が設けられ、周囲の水田生態環境からは切り離されることに なる[Deka and Bhagabati 2015]。天然の魚が入ってこられない代わりに、
プクリでは稚魚を投入して養殖が行われる。養殖される魚の上位は、ロ ウ(学名
Labeo rohita、コイ科の魚)、ミリカ(学名 Cirrhinus mrigala、
コイ科の魚)、バクワ(学名
Gibelion catla、和名カトラ)、シルバー
カープ(学名Hypophthalmichthys molitrix、和名ハクレン)である。
給餌は毎日行う必要があり、飼料は近隣の市場や商店で購入されること もあるが、籾殻を与える場合は、自家で収穫した際の余剰物が利用でき るので費用がかからない。池の水質を改善するために、石灰が散布され ることもある。捕獲された魚は市場で高い値がつき、1 kg あたり500ル ピー以上の売値がつくものもある。
養魚池に転換される耕地にもいくつかの特徴がみられる。まず村内で 比較的に低位にある耕地が選ばれる傾向がある。植林されやすい耕地は 高位にあり水がたまりにくいという特徴があったが、反対に低位の耕地 の中には、雨季の湛水が深くなり雨季後もなかなか排水されないという 場所がある。そのような耕地は稲作に向かないので、養魚池に転換され やすい。また、養魚池を造る際は、ある程度の大きさがある耕地が選ば れやすい傾向にある。しかし耕地の全面を養魚池に転換するケースはな く、一部は稲作付地として残される。村内に複数の耕地を所有している 世帯の場合は、屋敷に近い耕地が選ばれる傾向がある。これは池の中で 飼育中の魚が夜間に窃盗されるおそれがあり、屋敷から遠い耕地は窃盗 を監視することができないが、屋敷の近くにある耕地では窃盗のおそれ が少ないためである。
農家世帯が耕地を養魚池に転換する理由として、稲作よりも魚の養殖
のほうが、必要な労力が少なく、一方で収益が大きいという経済的な要 因が大きい。特に、夫が亡くなるなどして世帯内の労働力が減少して、
自家で経営を続けていけない世帯は、稲作の継続をあきらめて、耕地を 養魚池に転用することがある。また、農家にとって米と魚はいずれも、
自家で消費される食料であるとともに売却して現金化できる商品でもあ るが、米が収穫期の11〜12月にならないと売却できないのに対して、魚 は稚魚から育ててある程度の大きさにならないと販売できないという制 約はあるものの、池の中で飼育している間は季節を問わず売却できると いう特長がある。この性質の違いは村人にとって大きく、養魚池を所有 している農家は、急な行事で出費が必要になったり生活費が不足したり するなどして、まとまった額の現金が必要になった際に、池の中の魚を 捕獲・換金することで急場をしのぐことができる。また、収量が不安定 な稲と違って、養魚池からは長期にわたって安定して高収入が得られる ことが期待されるため、子供たちが定職に就いていない世帯では、彼ら が独立して耕地を相続した際の収入を確保することを目的に養魚池を造 成するというケースもみられた。
耕地内に養魚池を造成するのは、林地に転換する場合とは異なり、個 人の農家にとっては経済的にも技術的にも容易ではないと思われる。聞 き取り調査によると、耕地所有者はまず、ティケダールと呼ばれる建設 業者に電話で連絡を取る30。調査村内や周辺には多数のティケダールが おり、彼らはトラクターやショベルカーなどの重機を所有している。彼 らは雨季の稲作栽培期間にはトラクターを使って村内の耕地を有料で耕 起して回るが、乾季の間は耕起作業の需要が少なくなるので、道路工事 や屋敷地の造成などの業務に従事している。耕地所有者がティケダール に電話で依頼を伝えると、重機を持ってきて耕地の一部を掘削する。掘 削にかかる費用はまちまちであるが、聞き取りでは 0.08 ha の池を造成 した世帯で6万ルピー、0.25 ha の池を造成した世帯で30万ルピーと決 して安い額ではない。しかし、掘り出した土は近隣の道路建設やよその 屋敷地の造成などの用途で需要があり、業者から第三者へ売却すること が可能である。耕地所有者が掘り出した土を自家で利用する場合は、掘 削にかかる費用を自ら負担する必要があるが、自家で利用しない場合は 業者がその場で買い取ってくれるため、掘削にかかる費用は実質的に無 料となることが多い。よって、世帯の経済状況に左右されず、耕地を掘
削して養魚池に転換することが可能となっている。
耕地所有者にとって養魚池の造成は、金銭面だけでなく労力の面にお いても、林地への転換より有利なものとなっている。池で飼育された魚 を販売して利益を得るためには、魚を捕獲し市場まで運搬する作業が必 要となる。水に浸かって魚を捕獲する作業は稲の収穫作業にもましてき つい労働となる。しかし、実際は耕地所有者自らが魚の捕獲作業を行う ことはない。調査村のヒンドゥー教徒は、指定カーストのコーチも含め て、自家消費用に魚を捕獲することはあっても、市場や路上で販売する ために魚を捕獲することは決してない。それはアッサム州のヒンドゥー 教社会の中で漁撈カーストの地位が低く、もし魚を扱う商売に従事する と、自分たちもそのような低いカーストに属しているとみなされること を懸念するからである31。
そこで、耕地所有者が養魚池の魚を捕獲する際には、周辺の村落に居 住するムスリムの魚捕り商人(マース・ベパリ)が呼ばれることになる。
魚捕り商人は5〜6人ほどのグループで付近を自転車で回っており、耕 地所有者から連絡を受けるとすぐに池に駆けつけてくる。魚の捕獲には 池全体を覆うほどの巨大な網が使用され、捕獲した魚の重量に応じて、
その場で代金が耕地所有者に支払われる32。魚捕り商人によって買い取 られた魚はその後、近隣の市場で販売される。このようにして、耕地所 有者は稲作と比べてはるかに少ない労力で、養魚池から現金収入を得る ことができる。また、ムスリムの商人は魚を捕獲するだけではなく、魚 の卵や飼料を販売するなどして、ヒンドゥー教徒の耕地所有者が耕地で 魚の養殖を始める手助けもしている。耕地の掘削は現在では重機を所有 しているティケダールが担っているが、以前はムスリムの土掘り職人
(マティ・カタ)に依頼して、人力で掘ってもらうことも多かったとい う。このように、耕地所有者は造成費用だけでなく、労力もほとんどか けることなく、耕地を販売用の養魚池に転換することが可能になってい るのである。その背景には近隣の村落に居住するムスリムの存在が大き い。
販売用の養魚池を造成した世帯の数をカースト毎にみると、林地への 転換のケースとは異なり、ほとんどすべてのカーストで、養魚池への転 換が行われていることが分かる(表4)。上位カーストほど養魚池の転 換を行った世帯の比率が高いが、下位カーストでも3割前後の世帯が
行っている。ここから、カーストに関係なく耕地利用の転換の動きが起 こっていることが分かる。しかし第3章で明らかにしたように、上位 カーストと下位カーストでは耕地所有状況が異なっており、耕地利用を 転換する理由も異なる。上位カーストの世帯では耕地を小作に貸し出し ている場合が多かったが、村内では小作の担い手が不足しつつあるため、
耕地を水田として維持することが不可能になりつつある。下位カースト の世帯では農業経営だけでは家計を支えるための十分な収入を得ること ができず、別の現金収入源を常に模索している。稲作に比べて、労力が かからず、運用コストもほとんどかからない養魚池の経営は、上位カー ストと下位カーストのいずれのニーズにも合致した耕地利用と言える。
4-3 農業の変化と地域社会
ヒンドゥー教徒のオホミヤが多数を占める調査村において、耕地利用 の変化は、農家世帯の社会経済状況だけでなく、周辺村落に暮らす他の 集団の社会経済状況とも大いに関係している。アッサム州のブラマプト ラ川氾濫原では、宗教、言語、移住年代などが異なる多数の民族集団が 暮らしており、氾濫原内部の生態環境に応じて棲み分けをしている状況 が確認されている[浅田 2014a]。ブラマプトラ川氾濫原全体では、主要 都市が立地する中間平原にオホミヤが多数居住しており(東部は非トラ 表4 社会経済階層別にみた販売用養魚池への転換状況
カースト
集団 カテゴリー 世帯数
転換世帯数(所有耕地規模別)
0 合計 0.01!
0.24 ha
0.25!
0.49 ha
0.50!
0.99 ha
1.00!
1.99 ha
2.00 ha!
Brahman General 47 3(33) 3(33) 5(39) 5(63) 2(100) 18(38)
Ganak General 48 2(17) 8(42) 3(60) 2(50) 18(38)
Kalita General 265 5(20) 19(22) 18(29) 32(53) 21(72) 1(100) 96(36)
Kumar OBC 25 4(36) 1(17) 1(100) 1(100) 7(28)
Keot OBC 68 6(22) 2(40) 1(50) 9(13)
Koch SC 32 2(18) 2(29) 2(50) 5(56) 11(34)
Muslim ― 6 1(50) 1(100) 2(33)
合計 491 10(18) 23(16) 41(31) 52(49) 30(67) 5(83) 161(33)
注 1)括弧内は当該のカースト・耕地所有規模の世帯数(表1参照)に占める割合(%)を示す。
注 2)調査時点での所有耕地面積が0でも過去に耕地を養魚池に転換した世帯を含む。
イブのアホムも多い)、川沿いにはムスリム移民(東部はミシンやカ チャリなどトライブ)33、川から離れた丘陵沿いにはトライブが居住する 傾向が一般にみられる。調査村の周辺では、オホミヤの比率が最も多い ものの、在来ムスリム、ムスリム移民、指定トライブのボドなど複数の 集団が比較的近接した地域に居住している。これらの集団はそれぞれ独 自の慣習を守りつつも、自集団の中で閉じて経済活動をしているわけで はなく、他集団とも一定の関係を保ちつつ生活している34。
アッサム州のブラマプトラ川氾濫原では、各民族集団が置かれている 社会経済状況が大きく異なることも報告されてきた[Das 1995 : 84!86]。 調査村周辺に居住する集団はいずれも、類似の自然環境下で暮らしてお り、農業に従事している世帯も多いが、経済状況は大きく異なっている。
オホミヤが比較的広い耕地を所有し、経済的に恵まれた地位を享受して いる一方で、相対的に新しい時代に調査地周辺に移住してきたムスリム の移民は、その歴史的な背景もあり、限られた面積の耕地しか所有して おらず、他の集団と比較すると経済的に不利な状況に置かれている35。
養殖魚の販売ビジネスに従事しているムスリムは、男兄弟の数が多い ために親から相続した耕地面積が小さく、農業経営だけではとても家族 を養うことができないために、ヒンドゥー教徒の村落を回って魚を捕獲 しているという事情を抱えている。彼らは、以前は耕地内のカールが干 上がる乾季にのみ魚を捕獲しに回ったが、現在は耕地内のプクリの数が 増えていることもあり、1年じゅう網を持って自転車で村から村へ巡回 している。彼らはグループ単位で活動しており、1つのグループは半径 3 km 程度の範囲内にある村落を巡回して、携帯電話で依頼を受けた世 帯に駆け付け魚を捕獲している。販売用の養魚池の数が増える一方で、
養殖魚の販売ビジネスに参入するムスリムの数も増えているため、グ ループ間の競争が激しくなり、1人当たりの取り分が少なくなっている という。
著者は調査村から約 2 km 離れたところにあるムスリム移民主体の村 落でも同時期に調査を行ったが、オホミヤが居住する調査村でみられた ような耕地利用の転換は確認できなかった。ムスリム移民の村落では若 年人口が多く、農業労働力の不足の問題は発生していない。また、オホ ミヤと比べて、高収入が得られる職業に就く者の比率が少なく36、たと え収益は低くても農業を続ける以外の選択肢がないという経済的事情も
ある。オホミヤの村落ではみられない地下水の汲み上げによる灌漑を導 入して、限られた耕地面積の中で1年を通して複数回の稲作や畑作を行 う集約的な農業が営まれている。
アッサム州の近年の農業変容、特に稲作面積を縮小し、耕地の一部を 林地や養魚池に転用する傾向は、すべての村落で一様に進行しているわ けではなく、民族集団間の社会経済状況の差異に応じて、在来ヒン ドゥー教徒村落とその他の民族の村落では異なる様相を呈していると思 われる37。本稿で研究対象としたオホミヤの村落は都市の近郊に立地し ていることもあり、農業労働力の不足が発生すると同時に、耕地所有者 も農外収入源を求めることで、耕地利用の転換が進んでいるが、他の民 族の村落では、農業や土地に対する考え方がまったく異なっており、必 ずしも同様の変化が進行しているとは限らない。
5 おわりに
本稿では、アッサム州の在来ヒンドゥー教徒の村落を対象として、近 年の農業の変容を耕地利用の転換の実態から詳細に報告した。アッサム 州では、州人口の多数を占める在来ヒンドゥー教徒のオホミヤの村落に おいて、不安定で利益の少ない稲作をやめて、より安定した収入源を確 保しようとする動きが出現している。耕地所有者は耕地利用を転換する ことで、収入の増加を図っている。耕地の一部を林地と養魚池のいずれ に転換するかは、面積およびその立地によって決定される。高付加価値 部門への多様化という点においては、インドの他州でみられる農業の変 容と同じ傾向を示しているが、それが村落内のカースト間関係の中で進 行するのではなく、村外のよその集団との関係性の中で起こり、特に養 殖魚という収益性の高い品目が選択される点がアッサム州独自の特徴で ある。
本稿の成果は、アッサム州社会において多数派を占める在来ヒン ドゥー教徒の村落内に、周辺村落に居住するムスリムが恒常的に出入り しており、互いの協力関係によって生業の変容が進行していることを指 摘した点にある。村外のムスリムが労力と技術を提供することで、村内 のヒンドゥー教徒間の関係を変化させることなく、耕地利用の転換が可 能となっている。他民族・異宗教の住民との相互関係によって村落社会 システムが維持されているという本稿の結果が、アッサム州のヒン
ドゥー教徒に固有の特質に起因するものであるのか否か、という点につ いてはさらなる検討を要する。しかし、アッサム州のヒンドゥー教社会 では、カースト間格差が小さいことが従来から指摘されており[Cantlie 1984 : 7!8、Das 1984 : 155]、カースト間の分業構造が他地域に比べて発達 していないとされてきた[Sen 2009 : 51]。それゆえアッサム州では、
カーストを超えた、民族間の分業構造が機能しており、互いの生業構造 の変化に一定の役割を果たしていることも考えられる。
また、1970年代後半以降、アッサム州ではムスリム移民の増加が社会 問題となり、現在も州政治の主要な課題となっているが[Dutta 2012]、 本稿の結果は、日常レベルの実践例を通して、アッサム州社会に広く流 布しているヒンドゥー教徒とムスリムの関係の再考を促すものである。
つまり、ムスリムが自分たちの土地に侵入してきているという在来ヒン ドゥー教徒が主張する言説[たとえば Bhattacharyya 2001]は必ずしも実 態を反映したものではなく、自分たちができない、したくない労働に従 事させるために、ヒンドゥー教徒があえてムスリムを自分たちの領域に 呼び込んでいるという見方も可能であろう。従来の研究では、各民族が 置かれている社会経済的状況が大きく異なるゆえに、ときに武力をとも なう民族間の衝突に発展するという負の側面が強調されてきたが[たと えば Kimura 2013]、本稿で明らかにした在来ヒンドゥー教徒村落で進行 している耕地利用の転換の事例は、民族間の交渉の新たな側面として捉 えることもできよう。
したがって、現状のままオホミヤの間で稲作に対する意欲が低下し続 けても、耕作者がいなくなり、各地に耕作放棄地が出現するというよう な状況はアッサム州では生じえないと思われる。地域住民はどこの村落 にどの民族集団が居住していて、どのような生業活動をしているかとい う情報を有しており、もしオホミヤの村落で放棄された耕地が出現すれ ば、その情報はすぐに近隣の集団にも伝わるはずである。耕地を借りて 経営権を得たいという村人は特にムスリム移民の中に多いが、在来ヒン ドゥー教徒の中には異集団に耕地を奪われてしまうのではないかと警戒 する耕地所有者も多い。このような意識は休閑地に木の枝を立てたり、
耕地を必ずしも収益が見込めない林地に転換したりする行為にも表れて いる。このような集団間の駆け引きが、アッサム州の近年の農業の変容 の一因となっていると考えられる。
当初の目的からは逸れるが、アッサム州のミクロな耕地生態環境の変 化の一因が、遠く離れたパンジャーブ州やウッタル・プラデーシュ州か らの配給米の流入にあるという事実も本稿で明らかになったことである。
配給制度によって、どの州で生産された米が、アッサム州内にどの程度 入ってきているのか38、アッサム州の中でも配給米を受け取る世帯の比 率が地域や民族集団によってどの程度異なるのか、といった定量的な分 析についてはさらなる検討を要するが、著者の調査によると配給米が農 家の営農意欲に及ぼす心理的影響は無視できないものがあり、アッサム 州の稲作農業を停滞させている重要な要因となっている。これは、連邦 政府の政策によって、インド全体の農業生産・流通構造が恣意的に操作 されており、マクロの制度の影響が、各州の村落内でミクロな社会・生 態環境の変容として表出していることを意味している。本来、稲作に適 した自然環境にあるアッサム州で稲作が伸び悩む一方で、半乾燥地帯の パンジャーブ州やハリヤーナー州では稲作の規模が拡大し、自然環境に 過度の負荷がかかっている[杉本・宇佐美 2014、Vatta 2016]。個別の州で 進行している農業の変容を分析するだけでは、このような連関構造の全 体像を把握することは不可能であり、他州でも同様の調査を行い、その 結果を有機的に結合することで、現代インドの農業の変容が明らかにな ると思われる。
本稿では、特に在来ヒンドゥー教徒の村落の状況に焦点を当てて近年 の農業変容の一端を明らかにしたが、アッサム州内には他にも社会経済 状況が異なる民族集団が多数暮らしている。他の集団についても農業変 容の実態を調査して個別の事例を積み重ねていくとともに、他州の研究 成果と結合することも今後は必要となるであろう。
付記・本稿は、科学研究費補助金・若手研究(B)「インド・アッサム 州の農業低開発への再評価 「アッサム型」持続的農業の可能性」(研 究代表者:浅田晴久、課題番号15K16582)、基盤研究(A)「アジアの 在地の協働によるグローバル問題群に挑戦する実践型地域研究」(研究 代表者:安藤和雄、課題番号16H02717)の一部を使用した。現地調査 を行うに当たり、ガウハティ大学地理学科の Abani Kumar Bhagabati 教授、Nityananda Deka 助教、ならびに調査村の方々には大変お世話 になった。2名の査読者からは、本稿を改善するうえで有益なコメント
をいただいた。改めて感謝いたします。
註
1 水平方向の多様化とは、単一の穀物が栽培されていた耕地の一部が、野菜栽培、家畜飼育、
漁業など複数の用途に転用されることを指す。垂直方向の多様化とは、一つの耕地におい て背の低い穀物のみならず、標高の異なる複数の有用樹が立体的に配置されることを指す。
2 インド本土とは mainland India の和訳で、北東地方につながる西ベンガル州北部の、い わゆるシリグリ回廊より西側のインドの領域を指す。
3 アッサム州を対象とした英語論文では、Immigrant Muslim(ムスリム移民)と対を成す 存在として、現在のアッサム州にムスリムがやってくる以前から域内に住んでいるヒン ドゥー教徒を指す Indigenous Hindu という用語が頻繁に用いられる。本稿で用いる、在 来ヒンドゥーとはその和訳である。
4 2009年以降はハイブリッド品種が導入されたこともあり、全国平均との単収の差は縮まり つつある。
5 アッサム州には、アフ(3月〜6月)、ハリ(7月〜11月)、ボロ(12月〜5月)という作 付期間が異なる3つの稲が存在する。作付面積比率は、ハリ稲がもっとも多く(2015年度 に188.9万ヘクタール、以下同じ)、ボロ稲(40.5万ヘクタール)、アフ稲(19.1万ヘクター ル)の順である[Government of Assam 2016]。なお、調査村で栽培されるのはハリ稲の みである。
6 たとえば、収穫作業に従事する非熟練労働者の平均日当は、2006年が日額65ルピー、2015 年が日額241ルピーである[Government of Assam 2017]。なお2006年には1ルピー=約 2.5円、2015年には1ルピー=約1.7円であった。
7 インドでは米、コムギについて、近年では生産量に占める政府買付量のシェアが30〜40%
に達し、政府買付の影響が決定的に大きくなっている[藤田 2014b : 396]。アッサム州で は、インド平均の 1/5 ほどしか米が買付されていない。
8 農家からの聞き取りでは、アッサム州の米は他州産の米よりも水分含有量が高いため、最 低支持価格よりも安価で買い叩かれるということであった。2016年時点の最低支持価格は 1,470ルピー/quintal である[Government of Assam 2017]。
9 アッサム州では190.6万世帯(全世帯の約29.8%)が BPL に相当する[Government of As- sam 2016]。
10アッサム州では70.4万世帯(全世帯の約11.0%)が AAY に相当する[Government of As- sam 2016]。
11調査村では407世帯(全世帯の約83%)が配給米を受け取っていた。これは2009年度の全 国標本調査(National Sample Survey)に基づく、アッサム州において PDS へアクセス した家計比率29.8%と比べて、はるかに高い数値である[藤田 2014a : 320]。村人が口にす る配給米は、パンジャーブ州やウッタル・プラデーシュ州などで生産されたものであるが、
食味は決して悪くないという評価であった。
12成人1人が毎月受け取れる配給米は 5 kg までであるため、配給米だけで食いつなぐこと は不可能である。しかし、配給米の支給によって、生産した米のうち自家で消費する量が 大幅に抑えられることもあり、農家の心理に与える影響は小さくない。