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95 学生時代と図書館

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Academic year: 2021

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 東京の大学院に進学し、就職先も関東だった 関係で、なかなか京都外大まで足を運ぶ機会が なかったのだが、昨年4月から、母校の教壇に立 つ幸運に恵まれた。就任してすぐに約20年ぶり に図書館を訪ねてみると、雰囲気が昔と変わっ ておらずとても懐かしかった。

 中国語学科の学生が世話になるのはなんと 言ってもアジア関係図書館である。他学科の学 生にはピンとこないかもしれないが、ほどよい 広さが心地よくて、よく利用させてもらった。

 そのアジア関係図書館が学生でいっぱいに なったという話を紹介しようと思う。

 学部の二年生の時に「中国語学概論」という 授業を受けた。その年授業を担当されていたの は、S先生という非常勤の先生で、指導が厳しい ともっぱらの評判であった。事前に辞書を引く のをさぼったり、文の構造を無視してなんとな くわかったような意訳をしたりすると、容赦な く怒られた。

 経緯はよく覚えていないのだが、ある日、先 生は輪読していた文法書に挙げられている例文 の出典を調べる、という宿題を出された。その 本の例文は、

「○○○○○○,○○○○○○○。(魯迅)」

というように、作者の名前を示すだけでどの作 品から引いた例文なのかが書かれていなかった。

学部の二年生に出すには、なんとも無茶な宿題 に思えたが、「まぁ、全部のページをめくれば出 てくるやろ。」と言って先生はニコッと笑った。

 その日の昼休み、僕たちはアジア関係図書館 に向かった。なにせ100名近くの学生が履修する 授業の宿題である。全員集合ではないにせよ、

かなりの人数が集まった。あれだけの学生がア ジア関係図書館にいるところを、僕は後にも先 にも見たことがない。

 それから数日、僕たちはブツブツ文句を言い ながらも空き時間を見つけてはアジア関係図書

館に入り浸ってページをめくり続けた。意味な どわからなくてもいいのだ。例文と同じ文をひ たすら探し続けた。なかなか出典が見つからな い例文に関しては、学科の先生に尋ねたりして、

解決の糸口をさぐった。担当者は非常勤の先生 なので翌週まで会えないのである。もちろん電 子メールなどない時代の話だ。人名や地名が入っ ている例文は作品の特定がたやすいのだが、そ んな手がかりもなく、老舎のように膨大な著作 を残している作家の例文が担当になっている人 は大変だった。ただ、ページをめくるうちに、

中国文学の知識ゼロの僕たちでも曹禺なら『雷 雨』、趙樹理なら『小二黒結婚』からの引用であ る可能性が高いぞとか、この小説には出てこな い気がするといったちょっとした勘が働くよう になってきた。出典を見つける度に、みんなで 大喜びした。

 翌週、見つけ出した出典を先生に報告すると、

「君ら、よく調べたなぁ」と褒めてくれた。その 時の達成感が今でも忘れられない。

 その話には、後日談がある。僕が進学した大 学院にS先生が集中講義でいらしたのである。授 業の合間に、その宿題について話すと、先生は「そ んな無茶な宿題を出すはずない」と笑顔で否定 されたのである。橋本治に『上司は思いつきで ものを言う』という本があるが、「教師は思いつ きで宿題を出す」ということらしい。

 さて、今の学生に同じ宿題を出したらどうな るだろう。Google検索でたちどころに出典を 特定してしまうはずだ。僕も学生ならそうする。

ただそこには「老舎っていうのはこんなにたく さんの作品を書いているんだなぁ」という実感 を伴った感動はない。便利だけれども、可哀想 な時代である。

うえや たかし (講師 中国語学)

学生時代と図書館 95

「S先生の宿題」

植屋高史

4

研究者と図書館

参照

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