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ち」は誰が決めるのか』 生命倫理をめぐる対話

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ち」は誰が決めるのか』 生命倫理をめぐる対話

著者 鵜澤 和彦

出版者 法政哲学会

雑誌名 法政哲学

号 8

ページ 65‑68

発行年 2012‑06

URL http://doi.org/10.15002/00008222

(2)

い のち

は 誰 が決 め る のか

著 者 の 小林 氏 が 本書 を 通じ て読 者に 投げ かけ てい る問 いで ある

︒興 味深 いの は︑ いの ちと いう 言葉 が括 弧付 きで 表記 され てい る点 であ る︒ 我々 は︑ 体内 の複 雑な 生化 学的 現象 によ って 生命 を維 持し てい るが

︑同 時に 家族

・職 場・ コミ ュニ ティ ーな どで 役割 や生 きが いを 持っ て生 活し てい る︒ そこ で問 題と され るの は︑ 自然 科学 的・ 価値 中立 的な 生命 現象 では なく

︑あ る特 定の 社会 的文 脈の 中で 喜怒 哀楽 を交 えて 物語 られ る生

︑他 者と 共に 生き られ る

い のち

で ある

︒こ の視 点か ら考 え る と︑ 人間 の生 死を めぐ る考 察は

︑ラ イフ サイ エン スと は 異 なっ た社 会的

・倫 理的 な意 味合 いを 帯び るこ とに なろ う︒ 本書 が問 題と する

いの ち

は︑ こう した 文脈 で語 られ る 生 命の こと であ る︒

さて

︑医 師が 治療 方法 につ いて 我々 に適 切な 情報 を提 供 し

︑我 々が それ につ いて 自分 で決 定で きる ので あれ ば︑ 倫 理 的な 問題 は生 じな いで あろ う︒ なぜ なら

︑医 師に よる 医 療 上の 過誤 がな けれ ば︑ 決定 を下 した 患者 自身 がそ の結 果 に つい て責 任を 持つ こと にな るか らで ある

︒し かし

︑こ の 自 己決 定が 何ら かの 理由 で妨 げら れた り︑ 困難 であ った り す る 場 合︑

誰 が 決 める の か

とい う 問 いが 医 療 の現 場 で 問わ れる こと にな る︒ した がっ て︑ 意思 決定 の主 体に 関す る問 いは

︑自 律尊 重の 原則 が通 用し ない 場合

︑あ るい は︑ それ が制 限さ れる 時に 提起 され ると 述べ てよ いだ ろう

︒そ の具 体的 な事 例が 第一 章か ら第 七章 で論 じら れる 個々 のケ ー スで ある

︒ 第 一章 では

︑終 末期 を迎 えた 患者 が死 の迎 え方 を選 択す

鵜 澤 和 彦

生 命 倫 理 を め ぐ る 対 話

書 評

︼ 小 林 亜 津 子 は じ め て 学 ぶ 生 命 倫 理「 い の ち」 は 誰 が 決 め る の か ち く ま プ リ マ ー 新 書 二

〇 一 一 年

(3)

る 問題 が取 り上 げら れる

︒こ こで は自 己決 定が まだ 可能 で は ある が︑ その 選択 が医 師の 倫理 的義 務と 衝突 する 場合 が 考 えら れる

︒こ のた め︑ 終末 期の 患者 が自 分で 死の 迎え 方 を 選択 して も︑ それ が認 めら れな いケ ース があ る︒ 現行 法 を 度外 視す れば

︑こ の選 択に つい ては 四つ の選 択肢 が考 え ら れる

︒す なわ ち︑

①激 痛は なく なる が︑ 意識 を失 うこ と に なる

緩 和鎮 静

」(

セデ ーシ ョン

︑精 神的 な安 楽死

)

()

② 延 命治 療を 控え る自 然死

(

ナ チュ ラル コー スに よる 死︑ 尊 厳 死

)

③薬 物投 与に よる 安楽 死

(

積極 的安 楽死

)

④延 命 治 療の 継続 であ る︒ ここ で問 題と なる のは

︑あ らゆ る生 命 に 付 与 され る

生 命の 神 聖 さ

」(

S O L

)

と患 者 の 痛み を 軽 減 す る

生 命 の 質

」(

Q O L

)

で あ る

︒ SO L は医 師 が 従 うべ き倫 理的 義 務

(

ヒポ ク ラテ スの 誓い

)

を意 味す るが

︑ Q OL は痛 みか ら解 放さ れた いと いう 患者 の願 いを 代弁 す る もの であ る︒ 著者 は︑ シド ニィ

・シ ェル ダン の小 説 女 医 に 登場 する 研修 医ペ イジ

・タ イラ ーと 末期 の心 臓し ゅ よ うの 患者 ジョ ン・ クロ ニン との 対話

︑ま た︑ 手塚 治虫 作 B LA CK

J AC K の主 人公 ブラ ック

・ジ ャッ クと 安 楽 死を 肯定 する 医師 キリ コと の対 話を 通じ て︑ SO Lと Q O L の 対 立を 見 事 に描 き 出 して い る

治る 見 込 みの な い 患 者の 延命 が︑ ほん とう に患 者の 幸福 にな るの か

とい う 問 いが 投げ かけ られ てい る︒

第二 章は

︑判 断能 力の ない 子供 の代 わり に︑ 誰が 医療 行 為 を決 定す るか を問 題に して いる

︒著 者は

︑イ ギリ スで 実 際 に起 きた 事件

︑拒 食症 を病 んだ 十六 歳の 成人 女性 と宗 教 的 な理 由か ら輸 血を 拒否 した 白血 病の 少年 を例 に挙 げる

︒ 子 供の 命が 危う くな った 時︑ 親権 を持 つ両 親が その 治療 の 決 定を 下す のは 当然 のこ とで はあ る︒ だが

︑そ の子 供が 治 療 の拒 否権

(

自 己決 定権

)

を 持つ 成人 とな った 場合 には

︑ 対 応が 難し くな る︒ 拒食 症の 女性 のケ ース は︑ 両親 が娘 を 相 手取 り裁 判を 起こ した こと で娘 のい のち を救 うこ とが で き た︒ しか し︑ 宗教 的な 理由 で輸 血を 拒否 した 少年 の場 合 は

︑裁 判所 が成 人の 自己 決定 権を 理由 に︑ これ まで 行っ て き た強 制的 な医 療行 為を 中断 した ため

︑彼 はい のち を落 と す こと にな った

︒と くに 後者 のケ ース は︑ 成人 の自 己決 定 権 を制 限す るこ との 難し さを 物語 って いる

︒ 第三 章で は︑ 大人 であ って も判 断能 力が 失わ れる ケー ス が 扱わ れる

︒軽 度の 認知 症︑ 昏睡 状態

︑植 物状 態︑ 重度 の ア ルツ ハイ マー 病︑ 知的 障害

︑精 神疾 患な どが それ に該 当 す る︒ この 場合 は︑ 家族 が当 人に 代わ って 医療 行為 を決 定 す る

(

代理 同意

)

する こと に なる が︑ 家 族が いな い場 合 は︑ どこ まで を家 族と 認め るか が議 論と なる

︒ま た︑ 当事 者が どこ まで 判断 能力 と意 思表 示能 力

(

コ ンピ テン ス

)

を持 っ て いる かを 識別 する こと も問 題に なる

︒著 者は

︑バ ーナ ー

(4)

・ロ ウに よる コン ピテ ンス の五 つの 構成 要素

(

臨床 基準

)

を 紹介 して いる

︒す なわ ち︑

①選 択す る能 力と それ を相 手 に 伝え る能 力が ある こと

︑② 医学 情報 を理 解で き︑ それ を 自 分自 身の 問題 とし て把 握す る能 力が ある こと

︑③ 患者 の 意 思決 定の 内容 が︑ 本人 の価 値観 や治 療目 標に 一致 して い る こと

︑④ 決定 内容 が妄 想や 幻想 の影 響を 受け てい ない こ と

︑⑤ 合理 的な 選択 であ るこ とで ある

︒た だし

︑こ れら の 基 準は ただ 機械 的に 適用 され るの では なく

︑こ れを 用い る 医 療関 係者 や患 者の 状態 に応 じて

︑そ の適 用に 幅が 認め ら れ ると され てい る︒ さら に︑ 著者 は︑ 誰が 尊厳 を備 えた 人 格 で︑ 誰が そう でな いか を

決め る

のは 一体 だれ かと 問 う こと で︑ コン ピテ ンス 評価 にま つわ る倫 理的 問題 を指 摘 し てい る︒ 第 四章 は

︑ 誕 生す る 前 の

︑ こ れ から 生 ま れて く る

の 生 命を 取 り 上げ て い る︒ 著 者 は

︑ 米国 に 存 在し た 精子 バン クを 引き 合い に出 しな がら

︑親 が子 供の

いの ち の 質

を決 める こと に疑 問を 呈す る︒ 人工 授精 で生 まれ て く る子 ども たち は︑ ドナ ーと なる 父親 の情 報に アク セス で き ない が︑ 著者 は

子供 たち にと って

︑ド ナー を知 らな い で いる こと がよ いこ とな のか どう かを

︑こ れま で誰 も考 え て こな かっ た

と述 べ︑ 生殖 医療 では 子ど もた ちの 視点 が 欠 けて いる こと を指 摘し てい る︒

第五 章は

︑英 国の マン チェ スタ ー市 で起 こっ た︑ 結合 双 生 児の 分離 手術 をめ ぐる 問題 を扱 って いる

︒分 離手 術を 行 う こと は︑ 健康 なジ ョデ ィを 助け るた めに

︑障 害を 持っ た メ アリ を殺 すこ とを 意味 して いた

︒二 人は この 状態 では 余 命 いく ばく もな いと され てい た︒ SO Lの 観点 から は両 者 の いの ちに 差は ない が︑ QO Lに つい ては 二人 の間 に明 ら か な相 違が あっ た︒ 両親 はこ の過 酷な 選択 を行 うこ とが で き なか った ため

︑裁 判所 が二 人の 分離 手術 を命 じた が︑ 両 親 はこ の決 定を 不服 とし 一審 と二 審で 争っ た︒ 一審 の判 決 は 分離 手術 をメ アリ の消 極的 安楽 死と 捉え

︑さ らに 二審 は 最 善の 利益

︑も っと も害 の少 ない 選択 肢︑ ある いは

︑ジ ョ デ ィの いの ちを 守る ため の正 当防 衛と して この 手術 を擁 護 し た︒ この ケー スは

︑モ ラル

・ジ レン マの 中で 関係 者に 最 も 厳し い選 択を 迫る もの であ ると 述べ てよ いだ ろう

︒ 第六 章で は︑ 我々 が動 物に 対し てい わば

自 然

に持 っ て いる

種 差別

が 取り 上げ られ る︒ 医薬 品や 化粧 品な ど の 開発 のた めに 行わ れる 動物 実験 は︑ そ のよ い実 例で ある

︒ こ の場 合︑ 我々 は動 物だ から と理 由で

︑実 験動 物の 苦痛 や 苦 しみ に目 をつ ぶる こと にな るが

︑著 者は

い のち の優 先 順 位は 誰が 決め るの か

と問 うこ とで

︑種 差別 の考 え方 に 疑問 を呈 して いる

︒ま た︑ この 種差 別を 批判 する ピー ター

・ シ ンガ ーの 思想 を紹 介し なが ら︑ 彼の 功利 主義 的な 考え 方

(5)

に 立つ と︑ 逆に 人間 のい のち を軽 視す るこ とに なり かね な い とし

︑彼 の思 想に 対す る批 判点 も指 摘し てい る︒ 最終 章の 第七 章は

︑胎 児は 人で はな いの かと いう

︑い わ ゆ る中 絶の 問題 を扱 って いる

︒中 絶に 反対 する プロ

・ラ イ フ の立 場は

︑胎 児に 母親 から 独立 した 潜在 的な 人格

︑未 来 の 人に なる 可能 性を 認め るが

︑こ れに 対し

︑中 絶を 是認 す る プロ

・チ ョイ スは

︑胎 児の いの ちよ り母 親の 選択 を優 先 す べき であ ると する 立場 であ る︒ 著者 は︑ 主人 公ヴ ェラ が 中 絶を ほう 助し た罪 に問 われ る映 画 ヴェ ラ・ ドレ イク や 中絶 に厳 しい アイ ルラ ンド で実 際に 起き た事 件を 丁寧 に 解 説し なが ら︑ 中絶 の問 題点 やそ の女 性の 心理 を巧 みに 描 い てい る︒ 本書 の読 了後 に︑ 生命 倫理 学は どの よう な学 問な のか と 振 り返 って みる と︑ 著者 のメ ッセ ージ は以 下の 二点 にま と め られ るだ ろう

︒す なわ ち︑ 生命 倫理 学は

①い のち を誰 が

・・

・・

・ ど のよ うに して 決め るの かを 議論 する 過程 で形 成さ れ︑

・・

・・

・・

・・

・・

・ 生 死の 問題 に関 する 対話 とし て展 開さ れて きた 学問 だと い

・・ う こと で ある

︒患 者 本人

︑そ の家 族︑ 医 療関 係 者︑ 裁判 所

︑ メ ディ アあ るい は世 論は

︑患 者の 自己 決定 が困 難な 場合 に は

︑他 がそ れを 補完 する よう な関 係を 構築 して いる よう に 見 える

︒一 つの いの ちを めぐ る︑ こう した 補完 構造 は︑ 必 ず しも 患者 本人 が望 むよ うな 決定 につ なが らな いか もし れ

な いし

︑場 合に よっ ては 対立 を激 化さ せる こと にな るか も し れな い︒ しか し︑ それ は何 らか の仕 方で 患者 のS OL と Q OL の間 をと りな し︑ 可能 な限 り納 得の いく 解決 を求 め て いく 土台 をも 形成 して いる と見 なす こと もで きる

︒し た が って

︑生 死を めぐ る問 題の 解決 は︑ 先端 医療 技術 の進 歩 や 社会 の変 化に 応じ てそ の都 度︑ 新た に考 え直 され てい か な くて はな らな いの だろ う︒ その 意味 で︑ 生命 倫理 学は 技 術 の進 歩と 社会 の変 化を 映し 出す 鏡の よう な世 界な のか も し れな い︒ 本書 はそ の世 界へ の鍵 を手 渡し てく れる 入門 書 で ある

︒豊 富 な知 識と 分析 力を 持っ た専 門家 の手 本と して

︑ 広 く読 まれ るこ とを 期待 した い︒ セ

デ ー シ ョ ン に 関 し て は

︑ 小 林 氏 の 以 下 の 論 文 を 参 照 さ れ た い

︒ 小 林 亜 津 子「 緩 和 医 療 の 最 後 の 砦 と し て の 終 末 期 鎮 静」 法 政 哲 学 第 七 号

︑ 二

〇 一 一 年

︑p.1

12.

︽ 注

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