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経済学と物神性

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経済学と物神性

著者 平林 千牧

出版者 法政大学経済学部学会

雑誌名 経済志林

巻 58

号 1・2

ページ 71‑99

発行年 1990‑10‑20

URL http://doi.org/10.15002/00008514

(2)

A・スミスが『諸国民の富』において、農業労働でもなく、工業労働、商業労働でもない、つまり特定の労働ではなく、かつそれらすべてに通ずる労働一般を抽象し、彼の価値論の基礎に据えたことはよく知られていることである。また、その労働がスミスにあっては分業における労働として把握されていることもそうである。さらに、この労働一般の把握における学説史上の意義が、直接的には、W・ペティに承られる富の実体把握、つまり「労働が富の父」であり「土地がその母」であるということ、および、F・ケネーでの「純生産物」Ⅱ「自然の贈り物」ということに対するものとして与えられていることも明らかである。経済学の原理的体系やまたそれを一定のコンテ

四三二

おわりに マルクスの労働過程論lその抽象性の限界l スミス価値論の特質lそのイデオロギー的側面l はじめに

経済学と物神性

はじめに

平林千牧

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だがそうであるにしても、経済学自体における理論的に巨大な進歩を認めるということと、経済学が「社会」を

対象にし、その「社会」の性格を明らかにするというところにまで視点を広げるということとは、いささか相違が

あるのであって、この後者の点について考慮することになると、スミスとスミスの先行者たちの間に、そうした価

値論やあるいは労働把握ということとは別の理解も浮上しうるであろう。すなわち、例えば、スミスの分業に基づく労働把握つまり分業としての労働一般は、よく指摘されるようにすぐれて彼の「生産力論」的視点から成立して

いるものだ、と言いうるであろう。そして、その視点はまた資本主義「社会」における際立った特質を明示しうることになっているという点で重要な意義を担いうるものと考えられよう。だが、そうした生産力論的視点を経済学と「社会」との関係で考えるならば、別の面ではその「社会」に含まれているはずの人間と自然との関係に対し或る種の問題を提起する。それはスミスの「商業社会」(8日目円・旨]の。日の目)に由来するものと一一一一口いうるが、この社会では、人びとはいわゆる四・日・-両8口・目2mとして登場し、そのかぎりで彼らの必要とする自然的対象と相

対する。しかも、その際、とうの自然的対象そのものですら、この経済人の目からすれば、単なる「自然」とは現われて来ない。すなわち、彼らに対する取引の相手として眼前してくるのである。スミスの労働把握が、同時に労働Ⅱ本源的購買貨幣(・回、旨四]宮H・宮の①1日・ロの】)として定置されるのは、この点を示している。いわれるところの生産過程の交換過程化による把握ということである。こうした把握は、のちの経済学のタームで承れば、資源の希少性だとか、あるいはメカニズムとしては資源の最適配分だとかに通ずることにもなろう。つまり、スミスに クストのもとにおける論理の水準それ自身を問題にすると、スミスのこのような労働把握は、確かに画期的であったし、したがって、スミスにおける経済学史上の位置も、その立場がどうであれ、経済学の成立の明白な根拠と認めうるものとなっている。

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このような事柄は特に目新しいことではないし、また直ちにそこから特別な視点が成立しうるものではない。しかし、人間と自然との関係が社会としては同質化されながら、しかも、対立する利害関係に立つという理解はさらに考慮されてもよい内容を含むと思われる。この点は、もちろん、スミスの経済学の成立者としての位置にかかわるものであるが、彼の先行者たちと対比するならば、やはり対照的な理解が示されることからも明らかなのである。

例えば、W・ペティは先述のごとぎ富の二元論を与えた。これを前述のようなスミスから得られる考えと対比する

ならば、ある種の相違が浮上する。すなわち、。ヘティは、おそらくスミス以上に数量的対象観察にすぐれた能力を所持していたと言えるであろう、つまりよく指摘されるようにベイコン的な「実験的帰納的方法」を身につけていたであろう。だがそれにしても、彼にはなにか人間の側が、あるいは「社会」の側が自然に対して一歩譲る視点が介在していると思われる。彼の二元論からすれば、人間の側がある積極性を持つにしても、あるいは「富」そのものは人間の側の観念であり、したがって人間が積極的な契機を形成するのは当然であるにしても、自然は母体とし

て別の力を有しているということである。両者は必ずしも同質的な関係にはないし、しかも人間の側の「富」の観

念に対して厳しい存在ではない。ポテンシャルとしてはむしろ協力的であり、その意味で規制的であるにすぎないであろう。もちしん、ペティとスミスとの比較において、こうした相違はたかだか商品経済の発展の程度の差の問題にすぎないと見ることは容易に可能であるし、さらに彼の方法が必ずしも時代を越えて対象を規定しうるものと とって交換Ⅱ取引は当然ながら駆引きなのであって、労働が交換を求める相手たる自然もその埒外ではない。換言すれば、この自然は相当吝なゆえに、人間は分業に基づく労働という「社会」Ⅱ商業社会Ⅱ文明社会を形成し、相対するのである。したがって、個交人としての労働は、相手の厳しい取引条件に対応して8』]目」(H・弓]のとし対するのである。した》(1) て行なわざるを膳えない。

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して十分であったかどうかも問題であろう。だがそうであるとしても、経済学に対する可能性という点から承れば、両者の相違には、ある示唆が含まれていると言いうるであろう。

重農主義者つまりF・ケネーが農業の承を生産的と承なし、したがって農業者の糸を生産階級だとしたのは、もしかするとその経済学的過渡性にもかかわらず、つまりスミスヘの前史的役割にもかかわらず、やはりのちの経済学に対してある種の独自性を主張したのかもしれない。もちろん現代での国民経済における「農」の位置づけというようなことを直接念頭に置いているわけではない。彼が、ある農業的経営の条件のもとではじめて「自然の贈り物」たる「純生産物」を実現しうると考えたことは、すでにその「条件」において人間の側の問題を予知させていたし、またそれは人間の経済行動としてはいわば経済的厚生を最大化するということの先駆的なかたちをなしているともしうるであろう。しかも、そうしたことは彼にとっては、周知のごとく数量的システムの問題であったし、

そのシステムが自然を内在化させうるものであった。「能動的富」たる貨幣と物(純生産物)との関係はひとえに(2) 「機構」の問題であったとい』えよう。したがって、ここでは、自然は人間にシステムを強要するのであって、人間

「社会」は極端化すれば、ひたすらそうしたシステム作りを目指すものとされる。このように承ると、ケネーはス

ミスよりモダーンであるかのようである。しかし、そこには底流としてなにか一方では自然征服という伝統的観念と、他方では存在としての自然がいわば人間次第というように、中立的に想定されているように思われる。

したがって、こうした先行者たちの視点と比べると、スミスは「社会」を名実共に人間と自然との一体的合成と

して確定したと言いうるのであって、そうであったからこそ、労働一般の抽象も可能であったとすることができる。こうしたコンテクストによっても、確かにマルクスが指摘した「交換価値の領域に追い込まれ」たスミスの位置や、またそのために商品の「使用価値的制約」を見落す結果となったスミスの難点を理解することは可能である

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う。だが、ここで扱うことは、必ずしもそうした問題ではない。むしろ、スミスが「追い込まれ」ることにならざるをえなかった「経済学」と社会との関係に含まれる重要性なのである。すでに別の小稿においても扱ったが、他のかたちで言えば、スミスにおいてあたかも「商品生産」を「労働」を介しつつ「社会」と認定するかのどとき「商品」形態にふさわしいマルクスの言うところの「物神性」がどのように成立しているか、ということであり、(3) そしてさらにそのような主観的したがってイデオロギー的行為基準がなぜ必然化しているかということである。あるいは、いま風に言うなら、イデオロギー(物神崇拝)はある記号表現のうちにある社会コードつまり個人の社会意識を可能としているとすれば、経済学に登場するそうした意識(物神崇拝)なるものも、すでに経済学が示す独(4) 自な「社今云」規定との関係で考慮しないわけにはいかないのではないかということである。

しかも、スミスにしるあるいは物神性を主張したマルクスにしろ、直接にはそれによって「社会」の階級関係とかいう人間の対立関係を問題にしているわけではない。むしろそれは、近代社会における「個」人の態様なのであ

り、結局個人であるということから必然化されなければならない事柄として扱われている。そうだとすれば、スミスまたは他の経済学者たちが、ある種の理論をもって経済学を理論化した折に、その経済学は多かれ少なかれ、あ

る種の物神化にかかわる問題を提起していたかもしれないという側面は無視しえないと言えるであろう。

周知のように、A・スミスは『諸国民の富』第一篇第六章以降において、直接的生産者たる労働者(一号・日①H) ニスミス価値論の特質

lそのイデオロギー的側面I

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と並ぶストックの所有者(資本家)と土地の所有者(地主)とを、労働生産物を「分け合う」階級として登場させている。そしてまた、この登場のさせ方が単に「初期未開の社会状態」なる移行過程によって処理されたため、その含意を廻り多々論義されることになったことも明らかである。いまここで改ためてその点にかかわる問題、とり

わけスミス価値論の一貫性あるいはその「矛盾」に関わる事柄を直接扱うわけではない。だが、この問題には、ス

ミスの価値論あるいは自然価格論それ自体とともに、他方で彼が経済学のうちに取り込んだ個人の自然‐社会にかかわるイデオロギー(物神性)のコンテクストを考慮すべきゆえんがあるように思われるのである。というのは、そのようなスミスのコンテクストは、一面で果たして経済学において特種な意識形態を排除しうるような或る種の自然‐人間の概念の可能性がありうるのか、他面で商品経済的規定を越える経済的抽象の可能性がどうありうるの

かということに対し、間接的にしる示唆を与えうるはずだからである。

スミスは、マルクスの言う「剰余価値」について、きわめて明白な言及を与えた。つまり第六章における彼のいわゆる囚且三・日」昌目三]がそれである。ところが、同時に彼は奇妙なことだが剰余価値論なるものはほとんど与えてはいない。経済学史上、彼の重要な先行者たち、例えば先述のW・・ヘティ、F・ケネーたちは、むしろ逆に「剰余」lその形態はどうであれ’を中心的な経済学的規定として理論を構成しているにもかかわらず、彼にはそうした積極的観点は存在しなかったかのどとくである。もちろん、それは、いうところの近代社会Ⅱ資本家

的商品経済の成熟の程度の相違が関係し、商品経済が旧社会との関連でまずはあたかも剰余を商品経済的富として把握させるかたちを与えたという事情が介在している。この点は確かに無視しえないとしても、彼らが社会における人間と自然という関係に対し、自然の側に一種独自な「実体」を与えていることは、とりわけスミスを考える場合に重要ではないかと思われる。スミスは剰余価値論を展開しなかった、という意味でふれば、彼らの経済学は逆

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経済学と物神性

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にまさにそうした「実体」を根拠にする剰余価値論として経済学を成立させているある独自性をみなければならない。これは一般的には、おそらく「富」の「実体」というように表わされる抽象と無関係ではないであろうし、スミスと対比するならば、価値を特殊な概念とするための抽象の程度Iつまりは商品経済の成熟の程度の差lということでもある。しかしそれは反面からすれば、その未成熟の過渡性ゆえに理論に不可欠な抽象規定の深化とともに、消去されるようなある種の考慮されるべきレベルを現出させているとも考えられる性格のものである。したがって、そうしたレベルということでは、スミスに直接先行した「最後の重商主義者」たるJ・ステュァートも当然彼の理解にそれを含ませていた。

彼は、『原理』の第一篇において、人間の経済生活をいわば農業を土台にするというかたちで取り上げ、これをいわゆる人間と自然との物質代謝過程の一般的原則であるかのように把え、「自然的諸原因」(日日目]。:、①の)とした。これは、周知のごとく他方における「社会的諸原因」(己・]三目]8口、①の)に対して己。(の貝旨一な基礎として、したがって農業を一産業部面としてではなく、人間対自然を代表するものとして、考察している傾向を示しているものである。だから社会の人間の側の在り方は、ひとまず「社会的諸原因」として独自に考えられている。もちろん、彼は「自然的諸原因」を重農主義のごとく自然それ自体の能因として取り上げようとしたわけではない。後者にとっては、農業は特殊な産業部門として明白に実体化されているのであり、ステュアートはむしろ人間の生産活動の抽象的要因を、ある具体像によって与えているということである。それゆえ彼の「自然的諸原因」は、ことば通りに「社会」における人間の側もひとまず一般的存在として「自然」と等置されているものだといえよう。

したがって、他方の「社会的諸原因」が、彼の重商主義的視角からする曰・ロ①国昌あるいは月旦の的要因によっ

てHの言のされ、社会の側の抽象化作用が進むということになれば、その抽象化に組糸込まれうることになる。この

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点は、彼が第二篇において人間の経済的産出活動を冒呂の芹ごとして一般化しようとしたことでも明らかである。もちろん、ステュァートのこうした理解は、彼があたかも自然的Ⅱ実体的「社会」という水準を垣間見たかのような事柄を含んでいるために、近代的「剰余」の把握ということになると、一種必然的なものとして二分されてこざるをえないのである。つまり、彼の宮・津呂・ロロ]】の日蝕・ロとご・の葺くの胃・津》日自己:日吋のH㎡官・津とかの表現が生ずるのである。それにしても、利己心(の①]【’百斤①H①の庁)によって活動する近代的個人Ⅱ冒目の冨昌の担い手を中心に、彼が設定した過渡的レベルともいうべき「自然」を旨昌、〔ごと宮・津とにおいて社会の関係に内面化しえたことは、その「近代」にかかわるイデオロギーについて一つの示唆を与えていると考えられよう。実際、彼の場合、「社会」はそうした個人の相互的欲望(Hの&官・目]急目(の》円の2宮・目」』の目自らあるいは総じて需給の両面的競争(」・自画の8日ロ①三】・ロ)に充ちており、そうしたいわば人間の相互的・主体的かかわりのうち(5) に成立する抽象において「実体」の「社会」化を与堕えているのである。もちろん、この場合「抽象」とは、彼が実体Ⅱ「自然的諸原因」に対する「社会」のそれを、例えば具体的には封建的(【の巨呂]・目]】国]])とすることに対

して、近代の人間Ⅱ個人がいわば意識の中に生糸出すということであり、それゆえ具体的に彼の経済学的な規定つまり価格とか真実価値とかを直接対象として成り立たせているわけではない。あえて言えば、そうした諸規定はそうした意識のいうところの差異化として成立させられるということである。

マルクスは、スミスやリカードが「歴史的に生成した個人としてではなく、自然によって定立された個人」を扱うという「錯覚」をもったのに対し、「多くの点で一八世紀に対立し、また貴族としてより大きく歴史的地盤の上(6) に立っていたステュァートは、このような無邪気さを免れていた」と指摘したことがあった。確かにステュァートにはそうした経緯が介在していたであろう。だが、そうであったとしても、一方の「無邪気さ」と他方の熟慮との

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られることになる。それゆえ、『諸南 (7) 距離はそれほど大きなjものではないし、むしろ両者はかなり至近距離にいたとJも一一一口いうる。両者の相違は、ただ近代的「個人」の導出方法、あるいはそれへの接近方法にあるだけであって、その点について強いて言えば、より歴史的、より傾向的なJものか、より哲学的、より抽象的な屯のかの相違にすぎないと承ることが可能かJもしれない。とはいえ、両者は距離において至近であっても、やはり溝は深かったであろう。ステュァートでは、「実体」のレベルは、人間が個々人として分解され、「社会的諸原因」の一要因として現われると、彼らの意識をして貨幣、資本のうちに「社会」的にさせられるとしても、それが直ちにその自然的「実体」を個として担い完成しうるものではない。いわば貨幣・資本という自然実体に対する「外部」による限界を伴なわざるをえないことになる。

他方、スミスは必ずしJも「自然によって定立された個人」を扱ったとは言いえないにしろ、個人の外部にある「実体」的Ⅱ自然的レベルの要因を定置しようとしなかったかぎりで、人間に必然的であるような「自然的」個人の定立を果たそうとしたと言えるであろう。いうまでJもなく、それは、彼が『道徳感情論』において、自愛心(の①一【‐]・ぐの)、自己偏愛的(宮三四])という個人の性質を問題にしながらjも、同時に公平な観察者(旨宮三四]名①○国芹・円)、傍観者(耳の白己①H)としての個人の位置を見出し、これがあたか』も人間の宮三四]と矛盾しない関係で個人に(8) 内在(ロ】目三岳】ロ)しうると考えたことによって示されうる。さらにまた、それは『グラスゴウ講義ノート』で説くことになった彼の文明社会と分業との理解からjも明らかである。「治政」(己・言①)は、一般民衆において「他(9) のいかなる場合よりJも良い賃銀をえ、その結果一般的に誠実な態度が国全体に行きわたる」ことに主眼が置かれ、その具体像が自然から自立する人間の富裕の程度つまり野蛮(の囚ぐ四mの)と文明(◎宣旨の」)との区分として与え

(、)『諸国民の富』に先ぎ立って、スミスは自愛心Ⅱ自己偏愛的個人の主観を近代的個人の本質として扱

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いながら、その主観そのもののいわば安定化すなわち「社会」化を当初から労働の分割とそれに対応する富裕つま

り生活の便宜品(8曰くの日の目。①の)の豊さと等置していたのである。だから、彼にとっては、すでに彼の先行者の

ごとくポテンシャルとしてそのための実体あるいは外部的対象を想定するようなことにはなっていないpこのような彼の理論的コンテクストをあえて特長づけるならば、なにはともあれ主観のイデオロギー化つまり主観の物質化

なのであり、そこに彼の経済学の独自な成りたちがあると承られるのである。

したがって、スミスが『諸国民の富』の冒頭で、年々の労働を「元本」(帛巨目』)と規定したのは、改ためて驚異的と言わざるをえないほどその主観の物質化を果たし、かつそこから見事なコンシステンシイをあるいはそうした主観の系統的分化を推し進めえることになっていると考えられる。スミスにおいて経済学の根本が決められたという見地に立てば、こうした彼の理解は、彼の先行者に対し、人間は個人としてはじめて自然‐実体を定立するのだということを明確にし、そこで近代の意識Ⅱイデオロギーは真の「社会」を成立させうるのだということになろう。

だからこれは、マルクスに倣って言うなら、「自然の定立した個人」というより、「個人の定立する自然」をその本

質となしているとさえみうるであろう。こうしたスミスの理解は、例えば周知のある物を他の物と「取引(甘口鼻)

し、交易(宮目①H)し、交換(の浜C宮口、の)する人間の一定の性向(官・己①ロの】ご)」であるとか、またこの「性向」

が「人間の本性」におけるそれ以上説明不可能な「本源的な諸原理の一己、あるいはこちらの方が説明可能かもしれない「理性や言語という諸能力の必然的な帰結」でありうるとする見地によって確かめることも可能である。さらにこの「人間の性向」のうちに「理性(Hの口の。p)や言語(の己の①g)」と「交換性向」とを一体化させるということを、意識の物質化として、換言すれば人間的自然性の実体化としてふるなら、彼においてまさにいわれるところの「精神と物体」との統一が果たされているとしうるであろう。これを仮りに「物神性」であるとか「物象化」

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という表現に当てはめようとするならば、おそらくそれほど問題はないであろう。

スミスが労働価値論を説いている場合も、右のような事柄は明確に依持されえていると言ってよい。彼のいわゆ る一一面的価値規定は、彼の人間にかかわる先ぎのような言説がきわめて巧妙に具体化されている。彼が明白に支配 労働価値論といわれる関係から価値論を与えたことはごく当然のことであるし、それは人間が相互に彼らの理性、

言説をテストする最初の部面であって、「分業が徹底して行なわれる」文明「社会」の諸個人の相互意識の確定部面として必然的なことなのである。したがって人間はこうした関係で成立させている意識の公平性つまりは労働の等置によってはじめて自己のうちに自然的対象を確保しうるということでもある。それゆえ、彼の労働価値論は、彼の言説という側面からすれば、個人意識の公平性・客観性と等義なのであり、そういうものとしてイデオロギー

の物質化を意味するとも言いえよう.さらに、彼の他方の投下労働価値論とされるものも、その独得の’とはいえ当時としては当然なことであったl表現にもかかわらず、きわめてコンシステンシ鍬をもって成立したものとみなしえよう。「社会」において定立されたイデオロギーはすでに人間自身のものであり、彼のいうところの人間

固有の宮・ロ①ロ巴旦である。「文明社会」の人間はこれによって自然に相対する。つまりこの「自然」は社会内自然のことであって、人間が人間に向う原理と別の原理を立てるべきものではない。すなわち、諸個人は本源的購買貨幣によって、相互に直接の人間関係にないとしても公平たるべき自己の取引を完成させうる存在である。あえて言えば、彼の自由への確信はこのようなことに基づいているのかもしれない。したがって、重農主義のようにポテ

ンシャルとして与えられている剰余としての自然の発見・文明化としてのレッセ・フェールとは相違すると言えるし、彼の場合はその自由をまったく徹底化したとも言いうるのであろう。

そうであれば、スミスがいわゆる彼の三階級分化の「社会」においてほとんど蠕踏なしにストックの所有者、士

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地所有者を登場させ、そこに価格規定を与えていることも一種当然のことであった。ストック、土地の所有者たちはもちろん直接の生産者ではない。だが、彼らは文明社会にとって当然の構成者であり、その原理の担い手たちで(u) ある。そうした地位にあって彼らが自らを実現しうるのは、公平の物質化たるイデオロギーによってなのであり、その相互関係は価値を基準にするということを変えるものではない。スミスの言説そのものからすれば、直接の働き手の投下労働Ⅱ価値という公平の物質化を根拠にそれぞれが「分け合う」ということになる。そしてこれは予定された「社会」の枠組からすればそうした価値を構成するべく主観化されている人間の本源的行為とぴったり重なっていることなのである。彼が「社会」を構成する三者について、なんらかの概念的言説を与えるさいに、例えば「交換価値」や「収入」などに言及するさいに、結局は本源的(に)(・円】四日]》・昌函目四一]■)、という彼自身の立脚点に関説するのもそのためである。彼が先行者たちを越えたその地点ということになればこれが彼の決定しえたレベルなのであって、そこには最早他の可能性は与えられてはいないのである。

もちろん、このようにふることによって、スミスの経済学における諸経済学概念を、なにか経済学とは異なるまったく別の対象であるとするわけではない。そうではなく少なくとも彼による経済学の成立がこの世界に普遍的な個人の意識をつまりは人間的自然をどのように同伴せしめたかということであり、これによって、労働価値論が唯

一扱うことになっている物神化の一側面の特徴を明らかにするということなのである。したがって、こうした道筋からすれば依然として経済学が愛好する「ロビンソン物語り」は、それほど単純なものではないであろう。またそ

れとともにマルクスが好んだ「物神崇拝」も、それほど十分ではなかったし、そのうえ彼の議論は、一方では彼の労働価値論の論証にふられる抽象方法の欠陥とともに、他方における労働過程論という独得な抽象概念の介在によっていっそう理解に困難を生じさせているのである。

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ことである。

↓のである。 マルクスは、『資本論』の「労働過程」論において、ごく当然のごとく「人間と自然とのあいだの物質代謝の一(皿)般的条件」、「人間生活の、永久的な自然条件」として、「あらゆる社会形態に等しく共通なもの」たる労働過程一般について一定の解説を与えている。これは、資本主義が一(歴史的)社会として成立しうる根拠として説かれていると承なしうるむのである.いまただちに、彼の労働過程論そのものに与えられているいわば経済的諸規定I労働対象、労働手段、生産手段等鐵Iについてたちいった検討を試みようとするのではない.むしろ、こうした展開がマルクスにおいて必然的であったにしろ、その有する意味は必ずしも明確ではないことが問題となりうるのである。この点は、例えば彼が労働過程論に先ぎ立って与えている「貨幣の資本への転化」の第三節「労働力の売買」において言及していることと対比すれば明らかである。彼は労働力商品の価値規定に不可欠な「生活手段の総額」について一一つのことに言及している。すなわちその第一は、「食物や衣服」等々の「自然的な欲望そのものは、一国の気象その他の自然的特色によって違っている」ということ、そして第二は、「いわゆる必要欲望の範囲もその充足の仕方もそれ自身一つの歴史的産物」なのであって、「大体において一国の文化段階によって定まる」ということである。明らかに、これらは彼が「労働過程」において抽象的に考察している視点とはまったく異なっている

右のようなことが問題になるのは、一方では、彼の「貨幣の資本への転化」つまり結局は産業資本の成立を説 三マルクスの労働過程論lその抽象性の限界I

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(84) 507 ところで、マルクス自身についても彼がl労働力商品の価値規定そのものの原理的妥当性は別としてIまったく可能性のない議論を与えているというわけではないと思われる。彼は、「生活手段の総額」に関連して「労働する個人をその正常な生活状態にある労働する個人として維持する」べきものとする見地を呈示する。したがって、 き、あらゆる社会的需要に対応しうる生産機構を編成するその資本の社会的根拠として「労働力」の確保、存在の論理を示し、これとの関係で労働力それ自体にかかわる「労働過程」論が開示されている、という理論構成に対応するものとなっていないということである。他方では、そしてむしろこちらの方が重要と言ってよいのであるが、「自然的な特色」ならびに「文化段階」によって定められる「生活手段」という理解は、「労働は、まず第一に人間と自然との一過程である」という観点に対し、きわめて重要な留保を行なわなければならないことにさせる、あるいは、むしろそうした観点自身の存立そのものを危くさせるものだとさえふなしうる。それは、自然や文化と同時に人間の労働があるとすると、すでに労働過程は人間の「社会」を想定し、自然的対象自体は「社会」に内化されてしまうはずだからである。

すでにみたように、A・スミスは賢明にも、そうした自然や文化を「分業に基づく商業社会」つまりは「文明社会」として理解し、かつ個人意識レベルにおいてもイデオロギーの物化として開示したのであった。もちろん、ス

ミスの場合、マルクスの「労働過程」論に対応するものをその分業に基づく商業社会として考察したのであるから、それは商品経済的絶対視という特殊な意味を帯びているとしうるであろう。しかしながら、そうした絶対視を他の視角、例えば唯物史観なる視角によって相対化したとしても、明らかにいまだ「自然」や「文化」に対するも

のとしてはその視角はかなりの距離にあるのであって、この点は右のごとくマルクス自身に問題を生じさせている

ことからも明らかである。

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問題とされる「自然的な欲望」や「文化段階」は、今やこの「個人」の維持に結びつけられているのであって、なにかある種の特定の制度ということにもならない。もちろん、彼自身このような「個人」とともに、「いわゆる必要欲望の範囲もその充足の仕方もそれ自身一つの歴史的産物」であるとか、労働力の価値規定は「ある歴史的な精神的な要素を含んでいる」とか指示している。しかし、これらの指摘は、直接には「個人」とどのように結びつけ

られるのかはまったく不明である。確かに、彼のいうところの「生活手段の総額」の自然的・文化的個別性、換言すれば、その「手段」の個別的な具体的性格・内容を直接lこの「貨幣の資本への転化」の箇所でl考察することは不可能と一一一一口えるであろう。しかしながら、この産業資本の形態規定を与える箇所で言及されたマルクスの視

点をひとまず受容し、一定の考慮を加えうると思えるのである。

マルクスは、「労働過程」が「人間生活のあらゆる社会形態に共通なもの」であることから、「われわれは労働者

を他の労働者との関係のなかで示す必要はなかった」としている。この見地は、「労働」を「人間と自然とのあいだの一過程」とし、それをこの全過程の産物の側から、つまり「この全過程をその結果である生産物」というところから見れば、一つには「生産手段」がもう一つには「生産的労働」が現われるとし、そのうえで、この生産手段と生産的労働との再生産の内容を、つまり生産的消費と個人的消費とを規定したあとに示されたものである。おそらく、彼の見地あるいはその理論的な筋道からすれば「生産手段」すなわち「労働手段と労働対象」と並ぶ「生産

的労働」はそれ自体として「使用価値を作るための合目的的活動であり、人間の欲望を満足させるための自然的なものの取得」として行なわれるものとされているのであろう。そしてこの筋道は一見したところきわめて明瞭のようである。したがって、彼のいわゆる「歴史的な精神的な要素」ははっきりと剥ぎ取られている。だが、「生産手段」と「生産的労働」とが並んで「社会」の存続を可能にし、その限りで明瞭に「物」と「生産過程」との対応を

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示しうるとしても、その社会的「生産的労働」による「物」の個人的消費つまり「個人の働きつつある労働力の生

活手段」の消費は、反面の「使用価値をつくるための合目的活動」と不可分であり、その目的という「意識」は、単に「人間の欲望」を充足させるための「自然的なものの取得」としてずますわけにはいかないはずである。

使用価値にはすでになんらかのかたちで「文化」が刻印されていて、「合目的的」とされることは、その限りのことにすぎない、とするわけではない。問題となるのは、例えばスミスがそうした「活動」の側にあるいは「社会」の側に近代的「個人」としての「意識」を発見したことが一つの抽象でありうるとすると、しかもそれがスミスにおける「労働過程」の重要な経済学的発見であるとすると、マルクスの抽象は依然としてきわめて外面的なそれに

とどまったものと見られるのである。彼は同じ明瞭さで労働過程について.方の側にある人間とその労働、他方の側にある自然とその素材、それだけで十分だった」と断定している。経済学は、むしろそれだけでは不十分だったがために、独自の抽象を試ゑてきたのであった。この場合、彼のこうした抽象が彼の労働価値論の論証方法に存

在する欠陥に対応しているということも可能である。要するに、その論証方法と同様にかなり機械的抽象に陥った

傾向にある。すでに明らかなように、彼は「転化」における産業資本の成立を、労働力商品の価値規定とともに与(皿)しえ、そこに「自然的な特色」や「文化段階」という特殊な言説を用いながら、他方でその産業資本の運動体としての「生産」に対する抽象能力をもってつまり、あらゆる社会的需要に対応しうるという力能によって「労働過程」と

いう抽象規定を与えうるものとしたのであった。もちろん、彼はこの後者については十分な考察を与えていない。むしろ、前者の独自性に重きを置きすぎていて、そのためにかえって齪酪が生じていると言いうるし、結果として機械的抽象となったと考えられる。しかしながら、あえてこの点にかかわる原理的検討を別にし、彼にとってはなお別の問題が残こされていたと考えうるのである。

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マルクスは、「労働過程」において、いわれるところのただ直接的な労働過程だけを考察しているわけではない。彼は、実質的にはいわゆる「生産過程」をも考察の対象とし、したがって「生産手段」や「生産的労働」について規定しうることになっているのである。ところが、彼の場合、生産物の側から可能となるその両規定は、つまり「生産物の立場から」見た労働過程すなわち生産過程は実質的に「労働過程と価値形成過程との統一」たる「価値増殖過程」として与えられることになっている。これはあたかもスミスが「分業に基づく商業社会」で価値論を説

き、ストックの所有者(および土地所有者)の登場とともに「追加労働」(剰余労働)に言及したかのような割り振りである。しかし、スミスの場合、すでに言及したように、明確にその「商業社会」を担う個人は「剰余」を可能にする個人であった。いわばそういう個人として「自然」を人間の側につまり「社会」の側に内化していた。マ

ルクスにあっても、「転化」論における「労働力の売買」の意味は剰余価値を生ふうる労働の設定だったのであるから、当初から剰余を形成しうるものとして労働者を登場させている.おそらく、彼もスミスと同様にIもちろん論理としては異なるがl、剰余は資本の登場とともに、つまり経済的な運動とともに規定しうるとしたのであり、その意味ではまったく正当なことであった。しかし、両者は「個人」として主観Ⅱイデオロギーの物質化を与

えたものと、資本・賃労働の階級関係に力点を置いたものとの相違を示す結果となっている。

ところで、マルクスは「ある歴史的な精神的な要素」を指摘した際に、彼がすでに商品論で明らかにしている「商品の物神崇拝的性格」についてどのようにか考えていた形跡はまったくない。したがって、そうした「要素」

については、強いて言うならおそらく資本主義化されるある国それぞれの特定の事情に関連するの承だということになるのであろう。だがそう推定したとしても、それ自身は必ずしも納得的ではないであろう。というのは、貨幣の資本への「転化」自体、彼の指摘からも明らかなように、いわば「社会」の外部から、つまり「世界市場」とい

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(88) 503

う世界性をもって形成されるはずである。これは、例えばJ・スー}ユァートをして世界市民(○三Nのロ・帛夢のョo1eを念頭に置かしめたものであるし、またスミスをして「あらゆる国民の年々の労働」という表象を可能にさせたものでもある。それゆえ、この商品経済の有する世界性は、それ自身の性格において人間を表現するとすれば、まさにマルクスによれば「抽象的人間に対する礼拝」を可能にするのであり、彼の経済学あるいは「批判」体系のコンテキストからすれば「物神崇拝」としての意識・精神を現出させうるものである。もちろん、明らかなように、他面ではそれは具体的過程として「歴史的な精神的な要素」を単純に消却するものではない。彼がその点について描いた具体像で言えば、いわゆる「資本の本源的蓄積過程」であろうし、きわめて典型的なその過程の期間を対象にしても、それは「世界貿易と世界市場とは、一六世紀に資本の近代的生活史を開(ぎと、結局一九世紀に資本家社会を確立するという長きにわたったものである。また、この過程は、今更いうまでもなく、戦争、革命、反乱、暴力を伴い、商品経済の抽象性、その意味での「個人」性と、伝統、慣習その意味での「共同」性とのあらゆる側面での衝突を示したのであった。したがって、人間に必然的ないわゆる通時的(&:冑・己C)性格とある時代に特有な共時相(の]ロ。言・ロ・口の)との衝突というようなかたちを現わしたと一一一一口いうるのかもしれない。

しかし、いずれにしろ、マルクスについてふれば、物神性、世界性、歴史・文化の三様の事柄について、経済学の(u) うちに整合的な解決を与婆えているようには思われない。おそらく、明確なことは、彼にとってそれらが結局資本主義の歴史社会として特有な階級関係Iしかも彼の視点からするときわめて敵対的な階級関係Iに帰着するということであった。したがって、ポジティブにふれば、それらは資本主義に特有な意識に対する階級関係の問題に帰(咀)着するのであって、その点に関する別の考察を必要とするということになり』えよう。確かに、そのような側面がありうるとしても、すでに明らかなように、経済学の成立過程からすれば、またマルクスのいわゆる「批判体系」と

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しても依然として経済学自体から提起されたことは、経済学自身にその解決を求めなければならないだろう。そして、おそらく、経済学の理論の歴史のうちにマルクスの提起を承るならば、少なくとも物神性と世界性とについて彼のうちに一定のコンテクストをつくりだすことは不可能ではないであろう。

A・スミスは、自然を「社会」内化し、マルクスの労働生産過程に相当する場面を「分業に基づく商業社会」として説いたが、それは同時に、論理的には歴史分類の基準ともされ、すでに見たごとく「分業」の程度は野蛮か文明かの区分であり、あるいは「未開」状態か文明状態かの区分であった。しかも、その「商業社会」の「徹底」は、周知のごとくある特定の国の問題とされたわけではなく、彼の労働Ⅱ本源的購買貨幣の理解で与えられているように「世界のいっさいの富が本源的に購買された」という考えと結びついていたし、また「貨幣がすべての文明国民(唖)の商業の並曰遍的用具」という記述からも伺い知ることができるように、まったく「世界」を共存させている事柄であった。それゆえ、彼の「個人」は、ごく当然ながら「いっさいの物」「いっさいの富」に相対する「あらゆる人」として、つまりはそのような世界性で個人の意識の物化、イデオロギー化を果たしている。自然を「社会」内化す

ることは、その意味で「世界」と「社会」を等置するということでもあろう。

他方、マルクスは商品の物神性(あるいは貨幣の物神性)と、資本がその世界性によっての永「合理的な」「絶対的な致富衝動」を実現し「熱情的な価値追求」を果たすということとの関連についてとくに意味的な観点を示し

てはいない。そうとはいえ、彼の「転化」論それ自体にかかわる難点は別にしても、両者についてすでに一定の脈

絡を考えるのにそれほどの困難はないであろう。資本はほかならぬその「情熱的な価値追求」によって、自己を存続せしめるだけではない。資本はその性格自体で世界性なのであるが、まさにそのことによって、「個人」を可能にし、必然化する。マルクスの価値増殖の運動体は、現実的には市場を定置し、価値を必然化する。つまり、彼のい

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(9の

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「労働過程は、使用価値を作るための合目的的活動であり、人間の欲望を満足させるための自然的なものの取得」であり、「人間生活の永久的自然条件」「あらゆる社会形態に等し」いとするマルクスの見地は、彼が資本形態を明

らかに(しようと)したあとに説かれるべきものとして必ずしも納得的になっていない。しかも、この見地が、「それだからわれわれは〔ここでは〕労働者を他の労働者との関係のなかで示す必要はなかった」という考えと結びつけられていることは、いっそう理解を困難にする。彼自身、人間の労働が「蜘蛛」や「蜜蜂」の作業と異なる点を うところの「価値通りの交換」は資本のこの世界性とともに、したがって価値増殖運動とともに与えられうる。だから、「社会」を定立するものとして、資本は「個人」の人間的な欲求をこの形式に基づいて充足させうるのであって、スミス的な個人への言説もそれほど大きな相違にあるわけではないであろう。スミス的なイデオロギーの物化は、この場合、資本の運動に内在し、はるかに安定化しえていよう。それは、同時に貨幣による「富」の産出機構として、そこに存在する「個人」の欲求の直接的な現実的な産出基体となっており、まさに、マルクスのいうところの「人と人との関係が物と物との関係」として、近代的「個人」のイデオロギーを、したがって意識の物質化を必然化する。さらに、資本はその当初からコスモポリタンであるように、もし個人の欲求がある伝統に即するならば、それに対応しうるし、他の世界を欲求するならば、それに応ずる。したがって、これは反面では、「ある歴史的な精神的な要素」を抽象化しうるということであって、物神崇拝という「抽象的人間に対する礼拝」は、価値増殖と価値基準とによる個人的欲求の無限の解放のうえに現われる。

四おわりに

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指摘し、その「合目的的活動」の独自性、つまり「労働過程の終わりには、その始めにすでに労働者の心像のなかに存在していた、つまり観念的にはすでに存在していた結果が出てくる」という独自性を強調している。いま、こうした見地にかかわる問題、すなわちその「心像」がすでに労働という「物」を作る行為そのものもその物の意識を可能とする人間の関係性のなかに、あるいは現代的に言ってその「物」自身、人間に意味関係を可能にするある言語的表現のうちに構造化されていて、「合目的」労働活動もそのなかにあることだというような問題を特に取り上げようとするわけではない。だが、経済学の範囲内においても、他との関係を排除して規定しうるような「合目

的的活動」なることは考えうるはずはない。

マルクスは、右のようなことを叙述するまえに、社会の物質代謝を可能とする「物」Ⅱ社会的生産物の側から「生産手段」と「生産的労働」とについて言及し、労働過程のいわば反面としての生産過程に対する理解を示している。したがって、彼は必ずしも、孤立的な人間と自然との関係を労働過程としてだけ一面化しているわけではなかろう。しかしながら、結果的にはその「生産的労働」に対しても十分な考慮が払われなかったことに対応して先

きのごとぎ難点も生じているのである。実際のところ、彼の「生産的労働」に対する観点は、ただ単に労働を働きの「過程」として把握するか、その過程の結果たる生産物の側つまり労働の「静止した性質」、「存在の形態」から

把握するかの相違でしかない。前者が労働過程の労働、後者が「生産的労働」とされているだけなのである。労働

過程が人間の欲望の充足としての一過程あるいは「物質代謝の一般的条件」をなすものだとすると、明らかに、 「生産物の立場」つまり生産物から見た「社会」ではその社会を形成する人間と労働過程を維持する人間とは最早

等義ではないし、したがってそのずれがあってこそ「生産手段」との関係としてその維持する人間を「生産的労働」(Ⅳ) としうるはずである。彼の一一一戸及する蜜蜂は「その蝋房の構造によって多くの人間の建築師を赤面させる」であろう

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499

が、同時にそうした「蝋房」のなかに女王蜂とともに多くの「蜂の子」が養なわれていることも教えるであろう。

「転化」論において論じられたことは、その論証方法の不備はともかくとして、資本が「社会」を確保しうるその独自な方法である。またそれは独自であるとともに、経済学による社会の解明を可能にするという基本的理解を伴なっているものでもある。産業資本によって商品経済の社会的確立が果たされるという際に、仮りに「労働過程」を論じたマルクスの視角が可能であるとすれば、その独自な方法、あるいは経済学を可能にする方法を無視す

ることはできないであろう。端的に言えば、資本の価値増殖運動と価値基準の形成とは、「人間生活のあらゆる社

会形態に等し」いとして与えられる労働‐生産過程の抽象的規定に対して無関係ではありえないだろう。したがって、商品経済的価値基準という側面に対して抽象的に与えられる労働過程の労働はただ単にマルクスの「生産的労働」に帰着するだけではない。それは形態はどうであれポテンシャルとして剰余を創出うるものとして「生産的」であらねばならないであろうし、さらに「文化段階」あるいは「歴史的な精神的な要素」としてそれぞれ結実してきた人間と歴史的な「物」の関係の根源としても、歴史をある発展として考えるならばlそして経済学は特にそ

れを愛好するはずであるがlその点を無視することはできないと考えられる.経済学が愛好する「わがロピンソ

ン」は、「いろいろな生産物の一定量が彼に平均的に費やさせる労働時間の一覧表」を作成すると同時に、「りっぱなイギリス人として」彼に可能的に与えられるもう一つの別の時間について思案し、そのうえで彼と「彼の自製の富」をなしている諸物との関係について考えであろう。そしてこれは、「生産的労働」たる労働者の「合目的的活動」についても、当然のことながら「過程の結果たる生産物」を背後に想定しつつ行なわれ、一方の有用物への労働と他方の諸生産物に対する自己の関係として意識化されているであろう。

周知のように、A・スミスは個々人的(旨』三』目])な「年々の労働」に対して、右のようないわば「社会」の

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経済学と物神性 (93)

維持・発展を担う労働を「生産的労働」として説いている。いまここで、彼のいわゆる蓄積論での「生産的・不生(旧)産的労働」にかかわる固有の問題の議論を行なうものではないが、そこで一示された彼の視点の二面性すなわち「物」

に対象化されるか否かと、「価値」を生むか否かとの二面性はきわめて示唆的なものと考えられる。「自然」を社会内化し、「個人」の価値形成的行動つまり意識の「物質」化Ⅱイデオロギー化として、個Ⅱ社会を明らかにしたスミスにとっても、依然としてその「社会」内に実現されている「物」と人間との関係の処理は残こさざるをえないことになる。いわば個人が押し広げた社会を、社会として自己確証する仕方に対する理解を問われるということで

あり、これは当然彼の視点からすれば、その両面からの解決とならざるをえない。つまり個人としての社会形成能力の側面とストックⅡ「物」を通ずる社会の維持、発展の側面とである。マルクスは、結果的には、右のようなスミスの二面性を一種の混乱として批判した。それは、彼の視点があくまでも資本形態論からのものであったという

事情にもよるであろうが、その資本形態論自体に関しても生じうる問題との関連で、やはり彼のこのスミスに対する見地は不十分であったと考えざるをえない。

社会の物質代謝過程というマルクスの経済学における重要な考え方は、周知のように彼の経済学への一定の貢献にもかかわらず、資本主義が「社会」をなすことに対して、彼の思想的立場のlあるいは彼の実践的な立場のI

ある強さによって結果的には困難を生糸出した。それは端的には資本主義の階級性の強調とそれを根拠づける経済学的対象把握としての資本主義の経済的メカニズムの敵対的性格の強調であった。もちろん、資本主義社会が独自な階級性を内包している点を解明することは経済学自身にとって必然的である。しかし、明らかなことは、その解明が経済学によって基本的に果たされるとしても、直接的には階級関係とは現われない対象について、しかも仮り

にマルクスのいわゆる「最後の階級社会」という見地に立つならば、階級関係の非直接性と「最後」たることの特

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殊性との意味からして、きわめて重層的な対象把握を必要とするということである。それは、マルクスにとっては「物神性」論という見地と資本・賃労働関係論として試承られたことにもなるが、彼はその試承に十分成功することはできなかったと言わざるをえないであろう。結果的には、彼は前者に対していわば「社会」の単なる「外皮」あるいは「転倒性」としての地位を与えたにすぎず、したがって経済学にとって必然的な「個」の位相を明確にすることができなかった。おそらく、彼は彼の先行者たちの啓蒙思想的側面について、その限界を鋭く感知していた(四)だろう。そのため、そこに含まれる近代的「個人」への逆の意味での感受性を見過ごす結果となったのではないか

と思われる。つまり、その把握の仕方はともかくとして、彼らは事実上近代が提起した個人について、そこに人類史の新たな飛躍を見出したに相違なく、しかもそれがすぐれて経済的活動として遂行された点に十分気づいたので

マルクスを考える場合、確かに初期の研究においては、いわゆる「疎外」というアイデアによって人間‐労働‐

物の関係に焦点を当てた考察が行なわれていたように見られる。しかし、その際でも、人間について「共同本質」というきわめて抽象的理解を与えるに留まっており、人間における「個」の必然性については、必ずしもポジティブとはならなかった。そうした点は、むしろ私有と競争という視点へと移されていった。おそらく、この視点はマ

ルクス自身にある役割を果しえたであろうが、つまり経済学への視点の移行になりえたであろうが、例えば、スミ

スを十分見極めるためには疎外要因になったかもしれない。いずれにしろ、これまで幾多の議論が行なわれてきたスミスーマルクス、リヵードーマルクスというような一種対照的な学説の継承、発展に対する理解は、依然として十分な解決を得てはいないように思われる。マルクスの資本・賃労働関係の解明については、後者はかなり積極的な役割を果たしうるものであったといえようが、おそらくそのことが反面では、スミスの経済学への貢献の重要な部 あった。

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分がマルクスにおいて見落される結果となったように思われるのである。

(1)『諸国民の富』第一篇第五章におけるスミス労働価値論の性格について、ここではとくに検討を加えようとするものではない。なお、すでに若干の検討を行なったものとして、拙稿「経済学批判体系の一考察口」(『経済志林』第四二巻第一号、一九七四年、所収)を参照されたい。また、三一目」百・号]のという表現それ自身にかかわる価値論上の論点を適切に検討した時永淑「アダム・スミスの労働Ⅱ本源的購買貨幣説に関する一考察」(『経済志林』第三九巻第一・二号合併号、一九七一年、所収)をも参照されたい。(2)ここではケネーの経済学について学説史上の意義をとくに論じようとしているわけではない。ただ念のために次のようなケネーの解説を参照しておきたい。「貨幣が一国内で現実に利益をもたらす能動的富であるのは、それが富を受け取る代りに富を渡す限りにおいてである。というのも、貨幣はそれ自体不姓の富にすぎないからである」、「かくして農業国民の保有貨幣量は、土地の純生産物ないし年収入にほぼ同額でありさえすればよいのだ。なぜなら貨幣は、それらと同額であってさえ、すでに国民の利用にとって十分過ぎるからである。」(F・ケネー「シュリー公の王国経済要諦〔経済表第三版ピ、平田清明・井上泰夫訳『ケネー経済表』、岩波書店、一九九○年)(3)拙稿「マルクスの物神性論」(『経済志林』第五一一一巻第三・四号合併号、一九八六年、所収)を参照されたい。なお、本小稿は内容的にはこの「物神性論」に繋がるものである。(4)念のために付言しておけば、ここでは、例えばマルクスがそう見たり、あるいは時折論じられたりするような「単純商品生産社会」というような観点についてはいっさい考慮していない。とりわけ、スミスについてそうした理解を与えることは、スミスの価値論理解としても不十分な結果を招くにすぎないと考えられる。この点のスミス自身への考察については、拙稿「経済学批判体系の一考察口」『経済志林』第四三巻第四号、一九七五年、所収)を参照されたい。(5)ここでも、とくにステュアートの経済学それ自体について立ち入った考察をしようとしているわけではない。したがって、彼の『経済学原理』について、いちいちその該当箇所の引用ページを示さなかった。なおステュァートの学説史上の位置に関する私見については拙稿「重商主義的社会把握と経済学Iスミスにおける社会の原理としての経済学との対比l」(平林編『経済学説史研究』、時潮社、一九八二年、所収)を参照されたい。

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(、)もちろん、このような考えによって、例えばスミスが次のように言っていることを無視しようとするわけではない。スミスが具体的に非直接生産者に警戒心をもっていたということと、原理的に人間をどう把握していたかということとは、おそらく別の問題だと言いうるであろう。「わが商人たちや製造業の親方たちは、高賃銀は価格を引き上げるという悪効果をもち、またそれによって自分たちの財貨は国内でも海外でも売れゆきが減らされる、と不平をいっている。彼らは高利潤の悪効果については一言もいわない。彼らは、自分たちのもろもろの利得の有害な効果に関しては沈黙を守る。彼らは、他の人々のもろもろの利得についてだけ不平をいうのである。」q諸国民の富』、第一篇第九章。)(、)□:【眉冒]、『資本論』からの引用についてもほとんどの引用が、第三篇第五章第一節「労働過程」、第二篇第四章第三節「労働力の売買」、第一篇第一章第四節「商品の物神崇拝的性格とその秘密」(以上、引用順)からのものであるため、煩玻をさけ引用.ヘージをとくに示さなかった。(皿)「このような言語観〔「ベンチ」という語のさまざまな用法を知ること、即、実際にペンチがどんなものかを知ること、であるとするウィトゲンシュダインの言語観I引用者〕は、アドルノによれば、フェティシズム的であり、単にトーテム的名辞を対象の真理の代用として振りまわしているにすぎない。だがそのようなフェティシズムをはねのけるのは容易なわざではない。というのも、それをはねのける際に私たちが用いる言語も同様に汚染されているからだ。発端にフェティシズムあり。その発端を追い求めることは、つねにフェティシズムへの従属としてとどまりつづける。このフェティシズムは見通すことがむつかしい。むろんそれは、私たちが考えることすべてが、言語の問題だからだ。思慮の足りない (6)oHpp」1mmの」のH【H三斤ユ①H己。]三の&のロ。【○口◎日】①(。【○口○口]】い○ずの二回目口⑪丙己官の】のヨー謡)・言向⑦少・臼三の】〔のシケ〔の]‐一目、》因目旦桿・の田・大月書店版、『資本論草稿集』1、二六ページ。(7)前出拙稿「重商主義的社会把握……」を参照されたい。(8)ここでjも、目与の円げの。q・{三.このの貝冒の貝印について言及している該当箇所はとくに指示しなかった。(9)旧の。目尉の印・ロ]目の胃呂のロ・の》の&〔の」ご閃・伊・言の①丙》□・ロ・宛呂言の一口且勺・○・の亘厚】①『の》己・盆『・高島・水田訳『グラスゴウ大学講義』、日本評論社、一九五八年、一一一一四ページ。(皿)目彦のこの四]号・{三畳○口、.『諸国民の富』からの引用については、以下煩墳をさけ該当の章の承を記し、ページ数を示さなかった。

(28)

ノミナリズムリアリズム唯名論は、特殊な誤りやすい言語だけに啓示的言語の属性を●まとわせようとする実在論同様、誤謬の産物なのだ』」(曰のHg向四m]の8口》シ、口百m斤昏の⑦目且固のの旦叩』①『⑪-どのロ・㈲・己・ロ》巴、の・大橋・鈴木・黒瀬・道家・岩崎訳『批評の政治学』、平凡社、一九八六年、二一○’一一一一ページ)。(Ⅲ)「資本主義がその発生の初期においていわゆる原始的蓄積の過程を経て確保する労働力は、種をなる国において種を異なるのは当然であるが、資本主義の発展と共に、単純な労働力とはいえ、一定の知的水準をもった労働者の労働力を必要とすることになる。普通教育は、中世紀的な職人の訓練と異なって特殊の職業的なしのではないが、しかしこの普通教育自身が資本主義の発展と共に多少とJもその程度を上げることを要求せられる。そしてそれはまたその背後に労働者の生活水準の向上を求めるJものといってよいであろう。」(宇野弘蔵『経済原論』、岩波全書、一九六四年、一一四ページ)。いまここで、宇野氏のこうした考えの重要性、また宇野氏の「知的水準」は同時に「文化水準」を水)含意するという見地の重要性について理論的な検討をとくに加えうるJものではない。また、こうした見地が、宇野氏の原理論・段階論・現状分析を通じてきわめて重要な位置を有するはずのことだという点について、ここではとくに論ずるJものではない。だが、「物神性」とともに単なる階級論を越えて近代「社会」の特質を明らかにしようとするなら、こうした見地が十分考慮されなければならないことは、きわめて明白であろう。(妬)こうした点について、おそらくきわめて真剣な検討を行なったJものは、ルカーチの⑦のm・匡○宮の目」【]閉、のロ国の宮三‐の①旨(『歴史と階級意識』)かJもしれない。しかし、彼においてJも、指摘されているように、ヒューマニズムとしての近代の啓蒙と「物神性」および階級性について十分な考察が果たされえなかった。ここでとくに詳細な検討を行なおうとするものではないが。おそらく、それは啓蒙と「物神性」が提起した近代以降の「個」たる人間について十分見通すことが困難だったからだ、と言いうるであろう。(肥)以上、『諸国民の富』、第一篇第五章および第四章。(Ⅳ)「生産物の立場」という使用価値Ⅱ物の総体は、一方では社会が可動させえた労働の総量の結果であろうし、他方では、その労働の合目的的性格すなわち「生産的労働」の一可除部分を担う労働の質的側面を規定しているある特定の「文化」的、知的「精神的要素」の総体であることも含んでいる。この後者についてある具体性を規定することはここではありえないとしてJも、そうした物に結集する「社会」と労働との関係は、ある「要素」をjもった物を可能にする労働相互の社会

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