一資料 ‑ 高 岡 短 期 大 学 紀 要 第7巻 平 成8 年3 月 Bull.Taka oka Natio nal College, V ol.7, M a r ch 1 9 9 6
やすり
手打ち錨の製法と背景 に つ い て の調 査
中 村 滝 雄
( 平 成7 年1 0月31 日受理)
要 旨
金 属工 芸において は当 然な が ら,
一 般 的な金 属 加工において鍵は 必要不 可欠である。 高 岡 短 期 大 学
に納 品さ れて い る手 打 ち 鏡は,
一 般に販売さ れて い る 工業 的に量産 さ れ た鍍に比べ て切 削 能 力が著し く 優れて いた。 製 作 者である岡 崎 鍍 製 作 所の岡 崎 喜 久 治氏に聞 くと. . 現 在こ のような手 打ち鋸は金 属 工 芸家や 金属 造形家, ま た特 殊な金 属 加工を 行 う企業か らの需 要がある という。 現 在 機 械 化に よ る量 産, 低 価 格, 製 作 者の高 齢 化, 後 継 者な どの問題で途 絶えつ つ ある 剛 を氏の優れ た手 打 ち 鍍の 製 作 過 程と, 製 作に使わ れ る 工夫さ れ た技 術 ・ 道 具を調 査し, 資 料と して報 告 する。
キ ー ワ ー ド
手 打 ち 鍍, 脱 炭 部の除 去, 目切 り, 焼 き入 れ, 工夫, 道 具, 伝 承
1 緒 言
道 具の使い手が心地良 く 作 業ができること によ っ て能 率 も上 がり, 製 作 内 容 も 充 実 する という 背 景には作 業 環 境や優れ た道 具の影 響 が大 き く, そ れに支 えら れて いる事 実がある。
これ は, 誰でもが その道 具 を 手にし た ときに 感じ ることである。 本 来 道 具は, 目的 を 達 成 する過 程の 中で補 助 的 な ものと して存 在 する が, 実は非 常に重 要 な 役 割 を 果た して いるの ではないだろうか。
人間は, 環 境や条 件の中で道 具を使い試し な が ら 工夫と改 良 を 加 えて, 優れ たものを創 造して いく 能 力 を 持 ち 合わ せて い る。 そ して
失 敗と工夫を繰 り返 し, モ ノを見る眼によ っ
て新しい発 見 も 加 え 合わ せ た技 術の展 開があ り, 新た な創 造 ‑ と結 晶さ せてきた。 岡 崎 氏
の鋸 製 作に対 する姿 勢は, ある レベ ル に甘ん じ ることな く, より 高い切 削 能 力を追 求し,
使い手の注 文によ る多様な条 件を ク リ ヤ ー し なが ら優れ た鏡 を 完 成さ せてきた。 その こと が鍵の機 能 を 極め, 多くの アイ ディ アと工夫 は製 作 する た めの道 具にまで及ん で いる。
効 率だけ を 追 求 する経 済 的 思 考が優 先 する 中で, 鍵 本 来の姿 を 求めてきた岡 崎 氏の優れ た鍍 も 氏が金 鎚 を 休め れ ば, 途 絶 える運 命を た ど るであろうこと は間 違いない。 本 稿では,
岡 崎 氏の製 作し た鏡 を工学 的に考察 する前に,
優れ た鐘が製 作さ れる過 程には どのような技 術 ・ 道 具の工夫があるか調 査を し た。
2 高 岡の鋸の 歴史
せ ^.
鍵は, 古 来より 鍵'1 と ともに金 属の切 削 加 工におい て利 用 さ れてい ること が, 昔の金 属
産業工 芸学 科
13 4 中 村 滝 雄
工芸 品 を 見ても 伺 える。 現 在におい ても 金 属
の切 削 作 業には必 要かつ重 要 な 道 具であ り,
また将 来にお いて も微 妙で複 雑 な 仕上げ など には鍍が使わ れて いくと考 えら れ る。 し か し,
必要と さ れて い るにもか か わ らず 社 会 的 事 情 に よ っ て優れ た手 打 ち 鋸が姿を 消して いく 現 実は寂しい限 りである。
銅 器の町高 岡に お いて, 鐘 製 作に関 する資 料や歴 史は文 献では見 当た らない。 岡 崎 氏の 話によ る と, 昭 和になる頃 までは金 属 加工者 自 信が, 切 削しにく くな っ た鍵 を 修理 しなが ら使 用して い た という。
"
トントン 目" と言
わ れ, その修理方 法は, 切 削しにく くな っ た 鐘目'2を 完 全に取 り 去らず, 残っ た鍵目の上 に新た な 日切 り*3をして使用 して い た と いう が, 切 削 能 力は有 効 な もの ではないと想 像で きる。
以後, 名 古 屋か ら "稲 垣久四郎" が鍍 製 作
の専 門 家と して高 岡に来てその技 術 を 伝 え,
現 在 もその方 法 を 基 本に行わ れて いる。 また 昭和16 年 頃, 関 東 方 面か らも 鏡 製 作 職 人が高 岡に移 住し, 稲垣氏と は異な っ た 目切 り 方 法
で製 作してい た。 その方 法は, 稲垣氏の窒や 鏡 を 左 右に移 動さ せ な が ら 日切 り を する " 横
切 り 法 ( 西 洋 切 り) " に対して , 前 後に移 動
さ せて目切 りを して行 く " 縦 切 り 法 " であっ
た。 し か しなが ら縦 切 り 法は, 体の前 方 遠 く
で重い金 鎚 を 振 り 下ろすた め疲 労 度が高 く,
能 率 も 悪いの で高 岡には定 着しなか っ た。 反 面, 作 業 効 率の良い稲 垣 氏の製 作 する鏡は,
切 削 能 力に優れ需 要が高か っ た と いう。 数 年 後には 6 ‑ 7 人の職人を 抱 えるまで にな り,
岡 崎 氏の父親 もその 一 人と して稲垣氏に従 事 し, 技 術 を 修 得 する ように なっ た。 岡 崎 氏 ( 大正1 4年 生 まれ) は, 18 歳の ときか ら 父親
の元で手 打 ち 鏡の製 作に従 事して厳しい修 行 を 積 んだ。 昭和37年に高 岡 市 金 屋町 か ら現 在
の昭和町に移 り, 目 立てを する職人 と鍵の表 面 を 切 削 する職 人 数 人で営んで いた が, 今で は後 継 者の不 足か ら 一 人ですべ て の工程 をこ な すように なっ た。 そ して手 打 ち 鋸を製 作し 続 けてい る岡 崎 氏は, 父親や同業 者か ら製 作 技 術や道 具 を受け 継 ぐに止 まらず, 多種多様
に工夫さ れ た技 術や道 具で, 使い手の要 求 を 満たすよう なより 優れ た銀 製 作を行っ て いる。
3 技 術と道 具
岡 崎 鍍 製 作 所は, 間口 2 間 ・ 奥 行 き7 間 あ
(1) 日切 りス ペ ー ス (2)切 削ス ペ ー ス (3)熱 処理ス ペ ー ス (4) El切 り 用 横 械
a . 材 料棚 b . 切 削 作 業 台 c . 排 気フア ン d . グ ラ インダ ー e . 焼鈍徐 冷炉 f ・ 焼鈍加 熱 炉
g . 鍛 造炉 h . 金 床 i . 焼 き 入れ用 水 槽 j ・ 木 台 k ・ 焼 き 入れ 別口熱 炉 1 ・ 日切り 用機 械 図 1 岡 崎 鍍 製 作 所の作 業 配 置
手打 ち 鍵の製 法と背 景につ いての調 査
り, 奥の方の3 間 あ ま りは1 間 程 幅 広 く なっ
て いる。 こ のス ペ ー ス 内の作 業 配 置は, 図1 のようになっ て い る。 こ の ス ペ ー スは, 手 打 ち 鍍 製 作の重 要 なポ イ ン トである脱 炭 部= の 除 去 ・ 日切 り ・ 焼 き入 れ暮5 の3 工程に重 ね 合 わ せ ること ができ, 配 置は大 き く 次の 4 つ の
エ リアに分 けること ができる。 入り口 か ら入っ た左 側には ( 1 ) 目切 り を するス ペ ー ス , そ の奥に ( 2) 表 面を切 削 するス ペ ー ス ,
一 番
た ん ぞ う しょう ど ん
奥には (3) 鍛 造暮6 ・ 焼 鈍'7 ・ 焼 き入 れなど 熱 処 理 を するス ペ ー ス , そ して右 側には (4)
日切 り用の機 械が設 備さ れて い る。
一 般 的に熱 処 理 作 業を伴 う 金 属 加工の作 業 環 境と して は, 室 内の 明る さ が重 要である。
入 り口近 く ( 1 ) の日切 りをするス ペ ー ス で は, 細かい 日切 り 作 業がス ム ー ズに行 える よ うに, 磨 りガ ラ ス によ る大 きな窓で直 射日光 をさけて い る。 その位 置 も 金 床の近 く まで低 くさ れており, 手元 が明るく 柔ら かな 採 光に なるように配 慮さ れて いる。 し か し, 奥の方 (3 ) の熱 処理を 行 うス ペ ー ス では, 逆に加 熱 温 度を視 覚 的に確 認できる ように暗 くな る 場 所に配置さ れて いる。 切 削のス ペ ー ス ( 2)
は, 粉 塵の配 慮か ら 日切 りス ペ ー ス との間に
境ができる ように, や や奥 まっ た所に排 気 設 備 を 整 えて位 置して いる。
次に手 打 ち 鍍 製 作に使わ れ る道 具 を 過 程と ともに, その 内容 を 記 すことにする。
3 .1 材 料
鋸に使わ れ る材 料は, 表1 に示さ れ る炭 素
工具 鋼 (S K ‑ 2 E ) である。 鋸の地 金は,
炭 素 C 1.10 ‑ 1 .3 0 % シリコ ン S i 0,35 %
マ ン ガン M n 0.50 %
クロ ー ム C r 0 .20 %
表1 炭 素工 具鋼 ( S K ‑ 2 E)
1 35
大 阪や広 島の業 者か ら種々 鐘の形に鍛 造さ れ たものを 購入する。 し た がっ て多くの物は鍛 造しないが, 特 殊 な 形 態や使い手か らの特 注 品は岡 崎 氏が鍛 造 を 行う。
3.2 鍛 造
鐘の鍛 造は, 燕 尾暮8 や コ テ鍍*9 など 一 般に 入手でき ない特 別 な 注 文 を受けたもの , また 切下げ事 10 ・ 暫 などをコ ー クス炉で加 熱し な が ら行 う。
鍛 造 炉は, 図2 の よう な 大 きさ と構 造 をし て い る。 こ の炉は,
一 般の鍛 造 炉と は異 な り
ロ ストル にあた る部 分に穴 を 空 けた鉄 板 ( 厚 さ 9 m m , 穴の径は7 m m) が使わ れて いる。 こ
智
⑤①鉄 板 ②7 m mの穴 ③コ ー クス
④遮 光用鉄 板 ⑤送風 機 国2 鍛造 炉
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の鉄 板によ っ て小さなコ ー クスを 効 率 良 く 使 用 する と ともに, 送 風 機の風が直 接コ ー クス に当た らないように斑な く 全 体に供 給できる よう工夫さ れてい る。 そ してその風は柔ら か
い炎となっ て材 料 を 加 熱し, 表 面だけの加 熱 を 防 止して い る。
鍛 造は, 材 料や使 用目的にあわ せて加 熱 温 度 を 調 節し, 鋼の性質を 十 分に引 き 出 すた め
に行 うが, 必要以 上 に加 熱 をしてしま うと脱 炭さ せて しま う。 その結 果, 鍍目 が欠 けたり す ぐに摩 耗して丸 く なるなど, トラブル の原 因となる。 (S K ‑ 2 E の鍛 造 加 熱 温 度は9 50
‑ 100 0℃)
鍛 造 用の金 床は23 0×2 9 0m mの鏡* 1 1が地 面か
ら20 0m n lで ており, 鏡の左 先に は蒲 鉾 状 (6 0
×30 ×10m m) に鉄が盛 り上げら れて い る ( 図 3 )。 材 料 を 素 延べ♯】2する ときに こ の 上で鍛 造を行 うと, 素 早 くス ム ー ズに延べ ること が
できる。
鍛 造 を 行 うときの金 鎚は, 素 延べ を 行 う 時
に使用すること が多く, 叩い た面の仕上 がり などを 考えて, 普 通より もや や重 く 鏡 ( 打 つ 面) がほ ぼ平ら なものを 使 用して い る。
図3 鍛 造 用 金 床
3 .3 焼 鈍
鍛 造 作 業で火 道 り* 13さ れ た材 料は, 空 気 中
に放 置しておい て次々 と数 をこなして行 く。
材 料は空 気 中に放 置さ れ た状 態でも 急 冷さ れ ることにな り, 簡 単 な 焼 き 入れ状 態にな っ て
硬 化 する。 これ らの材 料や打 ち 直し ( 修理)
の鐘, また購入 して いる材 料 も 型 鍛 造 … さ れ たま ま なの で, 軟 化さ せ る た めに焼 鈍 を 行う。 焼 鈍 加 熱 炉は, 図4 の よう な 大 きさ と構 造 をしてい る。 焼 鈍 加 熱 炉の大 きさ は, 焼 鈍 を 行 う 数 量や岡 崎 氏が 一 人で行 えるス ピ ー ド,
そ して作 業 能 率や熱 効 率な ど が考 慮さ れて決 定さ れて いる。 こ の炉に煙 突が設け ら れて い
ないのは, 必要以 上 にコ ー クス の燃 焼を避け,
燃 焼によっ て得た熱 を 効 率 良 く 逃が さ ない よ うにする た めである。 また, 手 前 を 鉄 板で覆っ
て いるのも 熱を逃が さない ようにする と とも
に, 鎮を出し 入 れする ときに手や顔 をコ ー ク ス の熱か ら守る た めである。 ( 図5)
炉の右 側 面には送 風 機で風を送る開口部が ある。 コ ー クス の焚 き 付 けのときには送 風 機 を 設 置し, 火が起 きてしま えば送 風 横を外し て炉 内の温 度 を 一 定に保 持 する ように, 極 微 料の風 を 調 節して送 風口をほ と ん ど閉じてし ま う。 コ ー クス の温 度 管 理は注 意が 必要であ り, 場 所によ る温 度の斑 が加 熱斑 となるの で,
詰 まっ て いる灰な ど をロ ス トル の下に落と し て温 度 を 均 一 に調 整 する。 また,
一 回 分 (50
∵6 0本) の焼 鈍が終わ るまで は, 炉 内の熱 管 理上 一 定の温 度 を 保 持 する た めに コ ー クス を 足 し たり未 処理の鐘 を 次々 と足し たりは しない。
炉 内の上部にある鉄 棒の上に 5 0 ‑ 60本の鐘 を乗せて薄 赤 く なるまで余 熱 をかける。 そ し て コ ー クス の上 に入 れ替 え なが ら5 本 位の鍍 を 置い て 7 50 ‑ 78 0 ℃になるまで加 熱 をし, 順 次 徐 冷 炉の中に入 れて徐 冷を行 う。 こ のよう
に余 熱を かけ徐々 に加 熱 を 行わない と表 面と 中 心 部に温 度 差が 生 じて, 焼 き 入れの ときの 収 縮の差が割れ を 生 じ さ せ たり 歪 ませてしま
手 打 ち 鐘の製 法と背 景につ いての調 査
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(丑16 m 鉄棒 (むロス トル (25m m≠) (彰送風口 図4 焼鈍加 熱炉
図 5 焼鈍加 熱 炉 前の鉄 板
う。
焼 鈍 徐 冷 炉は, 図6 のような大 きさ と構 造 を して いて, 炉の中には藁を燃や し た灰が 入 っ
て いる。 加 熱さ れ た鋸を 下 か ら直 前に入 れ た
1 37
鏡 を 押し 上げる ように積み 上げて入 れて いき, 一 昼夜 放 置 する。
1 3 8 中 村 滝 雄
ト ± 喜o.oo = ±」
①藁灰
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図6 焼鈍徐 冷炉
3 .4 切 削
切 削 は, 鍛 造や焼 鈍に よ っ て で きた酸 化
膜* 1 5の除 去と ともに, 脱 炭 部の除 去を行 う。
≡;: 二 二 = ] 」
脱 炭 部は グ ラ イ ン ダ ー との摩 擦 熱で黒い 軌 卓 となっ て視 覚 的に現れ るの で , そ れ が なくな るまで切 削を行 う。 また, 種々 の鏡の形 態を 整 える た めにも 大 切 な 過 程である。
図7 グラインダ ー