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多面的アイデンティティの調整とフェイス(面子)

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19

多面的アイデンティティの調整とフェイス(面子)

―― 立教大学卒業後の足跡 ――

Face and the Negotiation of Multiple Identities:

My Academic Paths after Graduating from Rikkyo University

末田清子

Kiyoko SUEDA

はじめに

ただいまご紹介にあずかりました末田と申します。どうぞよろしくお願いいたします。立教・

異文化コミュニケーション学会第

10

回大会のご盛会おめでとうございます。

私は立教大学社会学部社会学科の卒業生の一人です。年代的にはオウム真理教の一連の事件の 被害者である坂本都子さんと同級生でした。今日この場に立たせていただいていることをたいへ ん感慨深く思っております。

本日の流れですが、まず、私がこれまでどのような研究をしてきたかということをふまえた自 己紹介をさせていただき、そして「研究の視点」、「先行研究」、「社会的カテゴリーとしての帰国 子女」、「研究方法論・研究手法」と進め、それから調査の「結果」をふまえて「結論」に至りた いと思います。

1.

研究の軌跡と自己紹介

この方のお名前はもうどなたもご存じないかもしれませんが、私は理論社会学でたいへん有名 な故・下田直春先生1に師事いたしました。そのあとで、下田先生に引き止められたのも聞かず、

「親不孝」をしてロータリーの奨学生としてカンザス大学(

University of Kansas, Lawrence

)に 参りました。このときのテーマは「日系アメリカ人の社会的・文化的適応の過程」で、思えば今 と重なるテーマに興味があったのだと振り返っています。その後、たまたま家の近所にあったと いうことで、カリフォルニア州立大学フラトン校(

California State University, Fullerton

)に 入りました。夏休みにサマースクールに行き、そこでお知り合いになった先生から、ワイズマン

先生(

Dr. Richard Wiseman

)をご紹介いただきました。ワイズマン先生も残念ながらもうお

亡くなりになってしまわれたのですが、量的調査をなさる異文化コミュニケーションの学者と してたいへん有名な方です。私はワイズマン先生、ティン・トューミー先生(

Dr. Stella Ting-

Toomey

)、グディカンスト先生(

Dr. W. B. Gudykunst

)という異文化コミュニケーションでは

(2)

20

大家でいらっしゃる三人の先生方にご指導を受けました。このころの私の修論のテーマは、「バ ツの悪い状況にどのように対処するか:コミュニケーション・ストラテジーの日米比較」という もので、日本人とアメリカ人、とくに企業人に焦点を当てた比較研究でした。

1980

年代後半から

1990

年の前半ごろの研究というのは

Eastern

(東洋)対

Western

(西洋)

を比較するというものでした。インターカルチュラル(

intercultural

)というのは、文化的背景 の違う人たちのインタラクション(

interaction

)が前提になっておりますが、そのころの調査 の形式としては、「日本のスタイルはこうである、アメリカのスタイルはこうである、そしてそ れを比較研究する」というのがたいへん多かったように思います。私もその例にもれず、先ほど のテーマで量的研究を行っていました。その後日本に帰国して、私は大学の非常勤講師として留 学生にコミュニケーションを教えるという使命を与えられました。そのときに、日本人と中国人、

それから韓国人のコミュニケーション・スタイルの違いをまざまざと見せつけられ、東洋対西洋 という大きな括りというのは一体何だろうと疑問をもつようになりました。そしてしばらくして いた研究が、私のメインのテーマでもある「面子の意識」あるいは「面子をめぐる経験」に関す るものです。面子の意識は日本人、中国人、韓国人、タイ人でどのように違うのだろうかと、ア ジアのなかでの多様性に惹かれるようになり、十年ほど各国の研究者の方々と比較共同研究を行 っておりました。

その後、青山学院大学から在外研究の機会をいただき、私はイギリスのランカスター大学

University of Lancaster

)の応用社会学科(

Dept. of Applied Social Science

)でお世話にな ることになりました。僭越な言い方ですが、イギリスに行ったのは、すでにアメリカで二度も

MA

を取らせて頂いたので、少し違う経験をしてみたかったからです。ランカスター大学には 各方面で著名な先生方がいらっしゃいます。言説心理学を研究されている方は、もしかしたら アンタッキー先生(

Dr. Charles Antaki

2のお名前をご存じかもしれませんが、この先生は私 の博士論文の外部審査委員をしてくださいました。レヴィーン先生(

Dr. Mark Levine

3は社会 的アイデンティティ理論を樹立したといわれるタジフェル先生(

Dr. Henry Tajfel

)の孫弟子と いうことで、この方にもご指導を受けました。

Wise

先生(

Dr. Sue Wise

)はフェミニズム方法 論の専門家で、方法論に関して手ほどきしていただきました。そして、指導教員の

Smith

先生

Professor Emeritus David Smith

)は犯罪社会学が専門でありますが、私のテーマの根幹であ る「シェイム」ということに深く関わっていらっしゃる方でした。

この先生方にご指導を受けたときに、私はつぎの疑問に直面しました。皆様は、イーミッ ク(

emic

)、エティック(

etic

)ということばをご存じでしょうか。簡単に説明させていただ きますと、イーミックというのは文化固有の事象を文化固有の枠組みで分析していくアプロ ーチです。ですからたとえば「甘え」という概念を、日本の文化という枠組みのなかで分析 するということです。それに対してエティックというのは、日本の「甘え」という概念を英語

interdependence

” という概念に匹敵するとみなして、ある程度「普遍的」なものさしで比 較研究していくということです。ですからアプローチが全然違うわけです。この時点まで私は、

「文化固有性」ということをある意味では継続的に追究してきたわけですが、

2001

年に博士論文 をまとめた際に、文化固有性を探求するその先には何があるのだろうと、疑問を抱くようになり ました。そのときに、フェイ(

Fay, 1996

)という方の著書を読みましてその答えを得たような 気がしました。それを日本語にしてみますと、「普遍性は個々の固有性のなかに、そして固有性 をとおしてのみ存在し、固有性は単に固有性を主張するためにあるのではない」ということにな ります。これは、非常に示唆に富んだことばだと思います。たとえば象は大きな動物ですから、

(3)

21 鼻の側から見たら鼻の側がわかりますが、尻尾のほうはわかりません。一方、尻尾の側から見れ ば尻尾側はよくわかりますが、他の部分はあまりよくわからないということです。また、側面か ら見れば身体全体がわかるということになるのだと思います。つまり「どれも象の一面であって、

それぞれの面を積極的に取り入れていくことによって象の全体像が浮かび上がるのかもしれな い」、と考えるようになりました。ですので、中国人の研究者や、日本人の研究者や、タイの研 究者の面子(フェイス)に関する考察というものを積極的に生かしていくなかで、ユニヴァーサ ルに存在するであろうフェイスという概念の理解を得られるのではないかと思うに至りました。

2001

年に博士論文を書き上げてから、私はその後長いあいだ本(末田,

2012

)を出版し ませんでした。それにはいくつか理由がありますが、一番大きな理由は「転用可能性」(抱井,

2011

)を確かめたかったのです。転用可能性は、質的調査の質を保証する基準の一つです。あ る文脈で成り立ったものが、別の文脈、あるいは別の対象者で成り立つということを転用可能性 といいます。ですから、私がこの調査結果で見出したことが、他の人たちにも実際成り立つかど うかということを確かめるということで、それには時間が必要でした。そのためにまず、フォロ ーアップ調査をしました。第

1

期の調査は、おもに大学生の帰国子女を取り扱っています。で すがその人たちが社会に出て行ってどうなるかということを確認したかったのです。ですから、

10

年後にまた同じ人たちに調査を行いました。二つ目は犯罪者の社会更生について考察を深め ました。犯罪者に関しては、「犯罪者」というアイデンティティがピックアップされることがほ とんどですが、それ以外のアイデンティティももっているわけです。そのなかで「犯罪者」とい う人たちが社会更生をどのようにしていくかというのは、究極のアイデンティティ調整なのかと 考えるに至りました。そして、ドメスティックバイオレンスのサバイバー支援者支援についても 学びました。これはあとでお話しますが、シェイムをどのように迂回するのかという、たいへん よい例になると思います。こういった「帰国子女」と呼ばれる人たち以外の人たちに対して、私 の考察が成り立つものなのか、それを確認するのに時間を費やしたということになります。

2.

研究の視点

このような足跡から、私は一つの視点に辿り着きました。それは「人は複数のアイデンティテ ィのなかから、どのように特定のアイデンティティに思い入れをもつのか?」ということです。

簡単に言ってしまいますと、アイデンティティというのは学派によっていろいろな捉え方があり まして、心理学ではおもにその人の連続性や斉一性に重きが置かれ、単数で捉えるアイデンテ

ィティ(

identity

)が中心になっています。一方、社会心理学、なかでも社会的アイデンティテ

ィ理論(

Social Identity Theory

以降

SIT

と表現)、自己カテゴリー化理論(

Self-Categorization

Theory

以降

SCT

と表現)を信奉する学者たちのあいだでは、複数のアイデンティティ、つま

り人間はその所属する集団によって、それぞれの集団に所属意識をもつと考えられています。で すからある個人しかもっていないユニークな部分である個人的アイデンティティ、社会的メンバ ーシップに基づく社会的アイデンティティ、そしてまた社会的なメンバーシップを超えた部分で の超越的なアイデンティティを瞬時に場面によって、いろいろな要因で調整しているのだという いう考え方です。私はこれからこの考え方に基づいて論を展開させていただきたいと思います。

このことを探求するために、私は「帰国子女」と呼ばれる人たちを選びました。たいへん申し 訳ない言い方をすると、誰でもよかったのです。しかし、「帰国子女」と呼ばれる人たちを選ん だのはおもに三つの理由があります。まず、私にとっては接触の機会が非常に多かったのが「帰

(4)

22

国子女」と呼ばれる人たちでした。今でもそうですけれども、

1

年間に約

50

名くらいの帰国子 女というカテゴリーに当てはまる学生さんに出会います。

2

番目に、帰国子女は滞在先にかかわ らず、また現地校であったか、日本人学校であったかといった教育機関の種類にかかわらず、社 会一般では「帰国子女は英語ができる」という画一的なイメージがもたれています。そしてそれ が再生産されているのです。この再生産には、国際語としての英語の立場(本名,

2003

)とい うものが非常に深く関わっていると思いますが、そういった意味でイメージがかなり長いあいだ 醸成されたユニークなカテゴリーであると考え、この帰国子女という人たちを選びました。そし

3

番目に、小学生、中学生、高校生を焦点に当てた研究はされているのですが、大学生とな った帰国子女、そして社会人となった元帰国子女に焦点を合わせている研究はあまり見られない ように思いました。とくに帰国子女研究に貢献しようという無謀な考えを抱いたわけではありま せんでしたが、私の研究対象として彼らは非常に合っていると思われました。しかも、何よりも これは私が調査で大事にしていることですが、調査倫理として、私が接してきた「帰国子女」と 呼ばれる人たちは、自分自身について深く知りたがっていました。アプローチについては手法の ところで詳しく述べたいと思います。

理論的枠組み、概論的枠組みというのがいくつかあるのですけれども、フェイスというのは 中国に起源をもつことばで、それを中国に滞在していたイギリス人が「社会的評判」という 意味で、英語のフェイス(

face

)にしたといわれていますが(竹林,

2002

)、のちにゴフマン

Goffman, 1959, 1967

)などのシンボリック相互作用論者たちによって体系化されました。そ の後ブラウン&レヴィンソン(

Brown & Levinson, 1978

)のポライトネス研究に援用され、ど ちらかというとフェイスはやり取り、ルール性といったものを軸に研究されていたと思います。

ところが、このフェイスの背後にあるシェイム(

shame

)とプライド(

pride

)という考え方が、

じつはコミュニケーションをとる際の非常に大きな鍵になっていると考えて、シェイムとプライ ドを取り上げることにしました。

3.

先行研究

先行研究だけでもたくさんありますので、簡単にマッピングをさせていただきました(図

1

)。

まず、シンボリック相互作用論とフェイスというのが重なっている部分、重なっていない部分が あるという状態です。一方、

SIT

SCT

といった理論があります。そしてシンボリック相互作用 論も、役割という観点から複数のアイデンティティを提唱しています。

SIT

SCT

はもちろん複 数のアイデンティティという考え方を提唱しています。ところが、あるときには私は日本人であ り、あるときには教員であり、あるときには主婦であるという調整を、一体どのようにして行っ ているのかということについては、まだ解明されていないように思えました。そしてフェイスの 情動的な側面からの研究が必要であると考えました。

ここで、簡単にフェイスという概念について説明したいと思います。「フェイスとは、他者に 見せようとする社会的に価値のある自己の姿であり、ある程度普遍的に存在するものである」と いうことです。フェイスのことばの起源は、ジアー(

Jia, 2001

)という研究者が書いています ので、興味のある方はお読みいただけると宜しいと思います。簡単に申しますと、道徳的なス タンダードを示す「顔」(

lian

)、社会的な評判を表す「面」(

mian

)、この二つが歴史的に融合し て「面子」(

mianzi

)となったという説です。また中国社会における面子の重要性は、人間関係 の構築が地縁、血縁によるものであるということと結びついています。たとえば、社会的、経済

(5)

23 的な資源というのがフォーマルなルートで分配されるのかというと必ずしもそうではなく、むし

ろこういった関係性によって分配されます。ですから、顔が広い人は、社会的資源、経済的資源 を得るのにより有利になるということになります。過去の私の研究に基づきますと、日本の面子 は、どちらかといえばコミュニケーターの社会的立場を尊重したかしないかに深く関わっていま す。出発点は同じですが、社会のなかでの面子の発達の仕方というのが少し違ってきているので はないかということも一言申し添えさせていただきたいと思います。

それでは、コミュニケーション学におけるフェイス研究のなかに、どのようなものが挙げられ るでしょうか。おもに三つに分けてお伝えしたいと思います。まず、私の先生の一人であるティ ン・トューミー先生の研究です(スライド)。カルチャー・パターンとここに書いたのは、文化 の違いありき、つまり文化本質的な考え方です。ハイコンテクスト、ローコンテクスト、個人主 義、集団主義、こういったものに照らし合わせてフェイスというものが、あるいはフェイスの表 出の仕方がこういうものの影響でどう違っているのかということを分析するような研究です。こ こにいらっしゃる多くの皆様が北山&マークス(

Kitayama & Markus, 1995

)の文化的自己観に 関する研究をご存じかと思います。それぞれが皆つながっているという、非常にインターディペ ンデントな自己観をもっている社会と、それぞれが独立していると考える自己観をもっている社 会とでは、フェイスの表出の仕方が違うということです。ですので、この文化パターンと、フェ イスの表出の仕方がどう関わるかというような研究が、ティン・トューミー先生のおもな研究で す。

2

番目はフェイスの種類に関わる研究です。ゴフマンのフェイスという考え方を踏襲いたしま して、ブラウン&レヴィンソンがポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイスの二側面に分け たのですが、ポジティブ、ネガティブというネーミングのせいで、非常に誤解を生んでいるので はないかと思います。ポジティブ・フェイスというのは、社会的に望ましい自分の姿のことで、

ネガティブ・フェイスというのは、自分の権利、自分のテリトリーを守る欲求、そして誰にも邪 魔されたくないという欲求に関わっています。フェイスを見ると人間的だと思うのですけれども、

人間というのは、誰とでも仲良くする「いい人」でありたいと思うと同時に、放っておかれたい、

一人でいたいという相矛盾した面があるのではないかと思います。それがポジティブ・フェイス、

ネガティブ・フェイスということです。つまり、ポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイス を他人とつながる(

associate

)か、他人と離れる(

dissociate

)かのどちらかというふうに考え ると宜しいかと思います。私が今日ここでご紹介したいのは、ブラウン&レヴィンソンからもう 一歩進展したリム&バワーズ(

Lim & Bowers, 1991

)の分類で、この分類ではポジティブ・フ ェイスは親和フェイス(

Fellowship face

)と能力フェイス(

Competence face

5の二つに分か

シンボ リック 相互 作用論

SITSCT フェイス

複数のアイデンティティ調整 のメカニズム解明の必要

情動的側面からの探究 の必要

1 フェイス研究のマッピング

(6)

24

れます。これは能力があると思われたいし、仲間にふさわしいと思われたいということです。一 方、リム&バワーズはネガティブ・フェイスを自律フェイス(

Autonomy face

)と表しています。

自律フェイスとは、邪魔されたくない、独立独歩でいたいという欲求で、今後の論はこれを基盤 に展開したいと思います。そしてクーパック&今堀(

Cupach & Imahori, 1992

)は、フェイス・

ニーズがコミュニケーションのなかでどのように拮抗するかに着目して研究しました。クーパッ ク&今堀は、ご自分たちの研究をアイデンティティ・マネジメント理論と名づけています。つま り、フェイス=アイデンティティと捉えているようで、この点に私は大きな疑問を抱き研究課題 の一つに挙げました。

そして

3

番目は、先ほど挙げたフェイスの情動的な側面です。とくにシェイムとプライドと いう概念が重要に思われます。このシェイムということばは、日本語に訳すときにとても難し いのです。「恥」というふうに訳すと、それは誤訳になってしまいます。もちろん恥という意味 もありますが、それよりももう少し広い意味をもつことばです。トーマス・シェフ(

Thomas

Scheff

)というアメリカの社会学者は、シェイムを「人間の支配的な感情」6だとしています。自

分が拒否されたり否定されたりしたときに伴う感情です。この感情は、人と人、人と社会の絆を 脅かすものということです。この意識が強すぎると関係は破たんし、両者は関係性から疎外され ます。たとえば二者がいて、お互いに拒絶されていると思った場合には、この関係は破たんしま す。ところがこの意識が弱すぎると関係性に飲みこまれてしまう。これは先ほど挙げましたドメ スティックバイオレンスのサバイバーの人たちに見られる傾向です。一般的に調べてみて、別れ る、戻る、別れる、戻るというのを何回も繰り返すそうです。なぜ何回も繰り返すのかというこ とを考えると、シェイムには

engulfment

(呑みこまれ)というものが大きく関係していること がわかります。つまり、ある人との関係性をあまりにも大事にしたいと思うばかりに、殴られた り蹴られたりなどの理不尽なことをされても、拒絶されたという感覚が麻痺してしまうというこ とです。それが

engulfment

という現象だということです。それに対してプライドは何かという ことですけれども、これもやはり横柄さとか虚栄とか自惚れというふうに解釈すると誤訳にな ってしまうのですが、シェイムと対極にあるもので、自尊心です。自分のことを心地良く受け入 れられる、自分の環境を心地良く受け入れる状態を自尊心(プライド)をもっている状態と呼べ ると思います。このプライドは、人と人、人と社会をつなぐものというふうに考えられています。

じつは通常は図

2

にありますように、シェイムとプライドはバランスを取っている状態なので 普段はあまり気づきません。ところがどちらかの錘が強くなります。残念なことがあったときに はシェイムの錘が重くなります。非常に褒められてプライドが高揚するとプライドの錘が重くな るということです。シェイムというのは、存在自体が日常生活のなかで認識されにくいものです。

shame pride

2 シェイムとプライドのバランス

(7)

25 ですから自分も他人もあまり気づかないことが多いということです。ところが、これに気づいた

ときに二通りの対処の仕方がありまして、正面から認めるのを

acknowledge

、迂回させて気づ かせないあるいは気づかないようにするのを

bypass

といいます。たとえば身近な例で、私にも たくさんのコンプレックスがありますが、開け放しで言ってしまうコンプレックスがほとんどで、

他人に言えるということは自分のコンプレックスを正面から受け止めて何らかの処理をしたとい うことです。ところが他人に言えないということは、そこでシェイムを隠していることになりま す。シェイムがあっても「大丈夫だ」と自分をごまかす、そういうことによってシェイムがどん どん蓄積されます。そしてあるとき爆発するようなことになるということです。たとえば対人間、

夫婦間でも「まだ大丈夫」と思っている内にシェイムが蓄積されてある日に爆発するということ も考えられます。また国家間でもたとえば領土をめぐっての戦いというのは、よくよく見てみる と領土そのものは大義名分であって、じつはどこかの国がこちらの国を攻撃したという悔しさが 蓄積されてその「仕返し」という意味合いが強いということです。シェイムが徐々に蓄積されて 悪循環となっていくことが多いとシェフは分析しています。

シェイムという考え方は、犯罪社会学でも援用されています。オーストラリアのブレースウェ

イト(

Braithwaite

)という方がこう言っています。「シェイムに対する意識が強く、罪を犯した

者の心に悔恨を促すような行為(シェイミング)を行い、罪を犯した者を自分のシェイムに正面 から向き合わせたあとで、社会が罪を犯した者を社会復帰させることに積極的な社会ほど犯罪率 は低い」7ということです。具体的には、先進国のなかではイギリスと日本の犯罪率は低いとい うことです。シェイムの意識というのは両国では非常に高く、シェイミング(

shaming

)の行為 も非常に強いのです。ところが、自分の罪に正面から向き合った者を社会更生させる率もたいへ ん高く、そういう社会では犯罪率が低いということになります。ここで私はインスピレーション を得ました。「二者間のなかで、あるいは自分自身との対話、自分のアイデンティティそのもの に対して残念な経験があったとき、そしてそれが自分の存在価値を脅かすことがあったとき、そ の残念な経験に真っ向から向き合って、それを処理することができれば、そのアイデンティティ をより強めることができるのではないか」と。「ところが残念なことがあったときに、自分自身 に嘘をついたり、そのシェイムを迂回させるのではきっと何の助けにもならず、シェイムをいつ までも払拭することができないし、アイデンティティを強固にすることもできないのではない か」ということです。そこで、(

1

)「多面的なアイデンティティの調整にフェイス、そしてシェ イムとプライド(自尊心)はどのような役割を果たしているのだろうか?」、(

2

)「フェイスと アイデンティティはどのような関係にあるのだろうか?」という研究設問を立てました。

4.

社会的カテゴリーとしての帰国子女

ここで私が対象とした帰国子女と呼ばれる人たちについて少しだけ見ていきたいと思います。

まず定義は、グッドマン(

Goodman

)という方のもので、「二十歳以下の日本人で、片親や両 親の仕事の都合でそれまでの人生で少なくとも

3

ヶ月以上海外で過ごし、日本の主流の教育制 度のなかで勉学を続ける青少年」(

1992

p. 5

)とされています。

3

カ月というところに少し驚 きましたが、実際に私の調査参加者のなかで

3

カ月という人は皆無で、平均的には彼らの海外 滞在経験は

6

年くらいでした。それでは帰国子女研究を概観したいのですが、それには佐藤先 生のご本(佐藤,

1997

)を読むのが宜しいと思います。第一期「模索期」は、

1970

年から

84

年です。

70

年代から帰国子女の数が増加して、日本の教育制度の不備と、日本と海外の教育シ

(8)

26

ステムのはざまで苦労する犠牲者というようなかたちでみられました。ですから当然、教育問題、

いじめというようなことが研究のトピックとして挙がっています。

2

番目の「拡充・発展期」は、

1985

年から

89

年です。このころは日本の教育のサポートも充実しました。ですから、心理的 適応、心理的逆適応、そして日本語英語能力の保持、そういったことに研究が向けられました。

3

番目として「変容・統合期」で、これは

1990

年以降です。ここで、今までの「かわいそうな 人たち」からグッドマンが全然違うことを言いだします。「親がもつ社会的な特権的立場を再生 産する存在」というふうに位置づけました。このことには、本名先生のおっしゃる国際語として の英語の立場というものが映し出されているのではないかと思います。現在も数としては減少し ましたが、帰国子女は国際化、グローバル化のシンボルとみなされ、特権階級というような位置 づけがなされていると思います。彼らに社会が抱くイメージですが、まず外国語能力の高さ、そ して言語コミュニケーション・非言語コミュニケーション・スタイルの特徴を挙げています。た とえば日本語ですと子音(とくにサ行)の発音が少しおかしいという指摘です。そして非言語コ ミュニケーションですと、たとえば独特のジェスチャーをする、服装がどうだというようなこと が、週刊誌に書かれていたということです。もちろん、その内容の真偽はわかりません。そして テレビタレントやアナウンサーなど、若者の憧れるような職業に就いている人が元帰国子女であ るという報道がなされると、マスコミの影響もあってこのようなイメージが非常に強く醸成され ているように感じます。そして最後のポイントですが、日本の社会に馴染む帰国子女とはどうい う人たちだろうかというと、それは日本人としても受け入れやすい人であるということです。こ れは文化的ナショナリズム8との関連から見ても面白いのではないかと思います。

5.

研究方法論・研究手法

それでは研究方法論、研究手法について少し説明させていただきます。今回私は、解釈主義 的アプローチ(末田・抱井・田崎・猿橋,

2011

)をとりました。この解釈主義的アプローチの 特徴を

2

3

点だけピックアップしてお話しますと、まずデータ収集と解釈が同時に進行すると いうことです。それは、いわゆる量的調査とは少し異なります。そして、調査者と調査参加者 の関係性を積極的にデータの解釈に組み込んでいくという考え方です。

2

番目はトライアンギュ レーションです。トライアングルということばでお察しのとおり、三つの方法、あるいはそれ 以上の方法を同じ参加者に実施します。データには当然補完するところ、矛盾するところが出 てきますが、それを総合的に解釈するということです。今回は時間の関係から、どちらかとい うと補完するデータを選んできました。

3

番目は、帰国子女は帰国子女というカテゴリーに思 い入れをもっているという前提の棄却です。人は多面的にアイデンティティをもっているわけ で、ある人の特定のアイデンティティをわざわざ聞き出すというのはいかがなものかと考えまし た。ですから、この人たちにアプローチするときも、私は帰国子女研究をしているということ は言いませんでした。とくに第

1

期の調査では、海外経験がある人というフレーズで調査を呼 びかけたということです。三つの研究手法は何かというと、まず

The

Who am I?

test

Kuhn

& McPartland, 1967

)という手法が挙げられます。日本語では「

20

答法」(星野,

1986

)と いわれています。特徴的にはシンボリック相互作用論を理論的背景にもつ手法で、「私は誰だろ う」という問いを繰り返します。そしてこれは私のオリジナリティなのですが、「面子」という ことばと最も結びつく記述を選んでもらいました。このようなかたちです(図

3

)。「『私は誰だ ろう?』と自分に問いかけて、空欄を埋めてください」ということです。これが通常だと

20

(9)

27 いてあるのですが、

20

も書かれると参加者の人たちにプレッシャーを与えてしまうので、五つ くらいにしておいて、これ以上あればもっとお書きくださいというふうにしました。つぎに使っ たのが

PAC

分析(内藤,

2002

)です。これはかなり知名度が増してきたかと思います。私がこ の創始者の内藤先生9に弟子入りするかのように

1993

年に信州大学を訪ねたころはまだ誰も使 っている人がいなかったのですけれど、今はいろいろな研究会があるので詳しく説明する必要は ないかと思います。大雑把な特徴だけ申し上げますと、この手法は社会的アイデンティティ理 論、自己カテゴリー化理論というものを理論的背景にもっている手法です。そして

PAC

分析の

2

番目の特徴はそれが量的研究と質的研究のハイブリットであるということです。デンドログラ ム(樹状図)というものをあとで摘出するのですが、そういうクラスター分析をするという意味 では量的研究です。しかし、そのデンドログラムを基に深層面接をしていくという意味では質的 研究です。そしてこれが一番の大きな特徴だと思うのですが、参加者の枠組みで解釈し、調査者 が自分の解釈を押しつけないということです。その再現性の高さということが挙げられています。

研究手法の

3

番目として私が使ったのは参与観察です。そこには非構造化されたインタビュ ーも含まれています。どのようなことを見るかといいますと、この人たちの学内外、クラス内外、

フォーマルな場面やインフォーマルな場面の言動を見ていきます。そしてインタラクションの相 手がどう違うか、

1

1

1

対大勢、参加者同士、そして末田と参加者のインタラクション、こ ういったものも綿密に記録していきます。この三つの手法により、調査参加者のデータを総合的 に解釈するということです。かなり時間のかかる作業だと思います。ただ、やはり誰と話してい るのか、あとはどういう設定で調査するのかというのはその答えにも影響してきますので、三つ の手法を用いる意義があるのではないかと思います。

ここで

PAC

分析について少しだけ説明させていただきたいと思います。内藤(

2002

)を参照 して、

PAC

分析の調査者と調査参加者の同意後のプロセスを図

4

に示してみました。

まず、刺激語を与えます。調査参加者が一番ピンとくることばや表現を刺激語にしていきます。

たとえば帰国子女ということばが一番しっくりくるとその人が考えたら、「これまでにあなたが

(帰国子女)として、自分の面子の意識を非常に強く感じた場面を思い浮かべてください。その 場面について、その場の気持ちやその場でとったお互いの行動を含めて、意味あるものや重要な ものとして、どのようなことばやイメージが浮かんでくるでしょうか。思いついた順に、順位の 番号をつけてカードに記入してください」と言います。そしてたとえば調査参加者がその場面を 思い出して、非常に怒った状態を想起しましたら「赤」とか、「火」とか、「相手の怒った顔」な どがカードには出てきます。今度はそのカード同士が意味的にどれくらい近いかを判定しても

・「私はだれだろう?」と自分に問いかけて、空欄を埋めてください。

・私は( )である。

・私は( )である。

・私は( )である。

・私は( )である。

・私は( )である。

・….

3The Who am I ? test10

(10)

28

らいます。意味的に近いかというのは、辞書的意味ではありません。「怒った顔」と「赤」では、

辞書的には全然違うカテゴリーで出てきますが、イメージのなかではどのくらい近いのかという のをレイティング(距離行列)してもらいます。そしてその距離行列を基にデンドログラム(樹 状図)を析出します。たとえばこれから調査結果のところでご紹介する

B

さんのデンドログラ ム(図

5

)を見ていただきますと、意味が近いものが統合されてくるというのがおわかりいただ けると思います。デンドログラムで「認識」とありますが、この「認識」ということばと一番近 いのが「意識」ですね。一番イメージ的に遠いのが「知識」というふうになっています。近いも のから結合されていくというふうになっています。

6.

調査結果

さて、これから調査結果として本日は

3

名の方だけのデータを取り挙げようと思います。個々 のデータを見る前に、アイデンティティがどのように多面的なのかを少しお見せしたいと思い ます。まず、これは第

1

期の調査の一部なのですけれど、

22

名の調査参加者の挙げたカテゴリ ーを表

1

に示しました。たとえば

1

番の人は姓名をまず書きました。「末田清子」というような フルネームです。そして「○○の学生」ということ。そして「父と母の子」「末っ子」「心配性」。

この人には「帰国子女」というアイデンティティはありません。

2

番目の人は同じように「姓 名」、「女性」「日本人」「明るい人」「積極的な人」というカテゴリーが出てきます。

5

番目の人 は「帰国子女」、「姓名」、「○○クラブの部員」ということを挙げています。もう少し進むと、抽 象的なものも出てきます。

10

番目の人は、「人類」「女」「水」「岩」「電球」。この人たちに「あ なたは帰国子女としてどうですか?」ということを尋ねていたら、おそらく何も出てこないわけ です。ですから、なぜ「電球」というのか、なぜ「岩」というのかといったことを探っていくと いうことが大事だと思います。一応、ここで

PI

(パーソナルアイデンティティ)、

SI

(ソーシャ ルアイデンティティ)、個人の特性(ディスポジション)として

D

と書きました。このように調

1

刺激語が与えられる。

2

連想語をひとつずつカードに書く。

3

重要度順にカードを並べる。

4

それぞれのカードの組み合わせの距離行列を出す。

5

デンドログラム(樹状図)を析出する。

6

調査参加者がデンドログラムを解釈する。

a.

各クラスターの意味

b.

クラスター間の関係

c.

デンドログラムの構造

d.

補足質問

e.

各項目のイメージ(+)(−)

0

7

調査者が総合的に解釈する。

4PAC分析の手順

(11)

29 1 調査参加者が挙げたアイデンティティ(末田,2012p. 60

No 1 2 3 4 5

1 ○○××(姓名)PI

〜〜の学生 SI

父と母の子 PI

末っ子 SI

心配性 D 2 ○○××(姓名)PI

女性 SI

日本人 SI

明るい人 D

積極的な人 D

3 帰国子女SI

〜〜大学の学生

SI XX高校の卒業生

SI ZZZ(クラブの名)のメンバー

SI NA

4 就職活動中の学生SI

大人 SI

帰国子女 SI

母の子 PI

人類 SPI

5 帰国子女SI

○○××(姓名)

PI

○○部(クラブ)の部員

SI NA NA

6 ○○家(姓)の息子PI

帰国子女 SI

○○(高等学校)の卒業生

SI NA NA

7 ○○××(姓名)PI

学生 SI

長女

SI NA NA

8 日本人SI

優等生 D

学生 SI

SI

能力のある人 D 9 ○○××(姓名)PI

日本人 SI

学生 SI

楽天的

D NA

10 人類SPI

SI

D

D

電球 D

11 D

自分自身 PI

子ども SI

スポーツマン D

D

12 日本人SI

○○××(姓名)

PI

SI

○○(クラブ活動)部の代表 PI+SI

学生 SI

13 学生SI

○○××(姓名)

PI

旅行好き D

家庭志向 D

友だち志向 D

14 SI

日本人 SI

歌手 SI

末っ子

PI NA

15 ○○××(姓名)PI

ダブル D+SI

SI

大学生 SI

人類 SPI 16 ○○××(姓名)PI

日本人 SI

SI

楽天家

D NA

17 人類SPI

日本人 SI

学生 SI

来春世の中にでる人

PI NA

18 自分自身PI

D

PI

D

D

19 日本人SI

学生N

SI NGOのボランティア

SI NA NA

20 ○○××(姓名)PI

帰国子女 SI

SI 20

SI

日本人 SI

21 ○○××(姓名)PI

日本人 SI

個人

PI NA NA

22 ○○××(姓名)PI

帰国子女 SI

スポーツマン D

プライドをもった人 D

黒子 D 1SI=社会的アイデンティティ、PI=個人的アイデンティティSPI=超越アイデンティティ、D=個人特性 2:左の番号は調査実施日の早い順番である。

3:下線を引いてあるのは「面子」とつよく結びついたアイデンティティ

(12)

30

査参加者の挙げたアイデンティティを書き出してみますと、帰国子女というアイデンティティが

「面子」ということばと一番マッチすると挙げた人が全員でないことはおわかりかと思います。

それでは、

B

さんの例を挙げてみたいと思います。男性。欧州に

11

年間滞在。日本では公立 小学校に通学した経験があります。欧州では、日本人学校に入学して、のちにインターナショナ ルスクールに転校しました。大学には帰国子女入試で入学しています。

The

Who am I?

test

では何を挙げたかということですけれども、まずはお名前、

2

番目に「帰国子女」、

3

番目に「ス ポーツマン」、

4

番目に「プライドをもった人」、

5

番目に「黒子」と挙げました。長いあいだ調 査を実施してきたなかで「黒子」という項目を挙げたのは初めてでしたので、まずは「何か面 白いことを言ってくれるに違いない」と、心が躍りました。そして、

5

項目のなかでフェイスと いう概念、あるいは経験と最も強く結びついている項目は何かと訊くと、「黒子」と答えました。

それはどういうことかということを少し見ていきたいと思います。

B

さんには、「黒子として」

面子が潰れた状況について

PAC

分析を実施しました。図

5

B

さんのデンドログラムです。

B

さんが挙げてくれたのは、面子が高揚された場面についての項目です。

19

項目挙げたうち、

18

項目が(+)11

1

項目が(

0

)です。たまに全部が(+)と挙げる人もいるのですが、そう いうときにすべてが(+)だというのは「ありえない」可能性も高く、それも含めて分析をして いきます。まずはこのデンドログラムは(+)のイメージが非常に強い場面を想起しています。

5

で見てみますと、

19

項目ですがおもに二つのクラスターに分かれています。「認識」「意識」

「本音」「価値観」「見えない」「

GAP

」「融合」「期待」「想い」「場」「未来」「

relax

」。たまに英語 で書いてあるのも特徴的ですけれども、これはそのまま本人が書いたように示してあります。ク ラスター(

CL

1

は「チームにとって大切なもの」と命名され、クラスター

2

は「リーダーに 必要な条件」と命名され、そこには「

initiative

」「有言実行」「団結」「代表」「提供」「組織」「知 識」とあります。

これはどういうことを思い浮かべているかというと、この人がフットサルのチームを組織して いて、それについてどう感じているかということです。この組織されているフットサルの集団が、

5 調査参加者Bのデンドログラム(末田,2012p.66 1X1

6X6 2X2 4)X4 16X16 8X8 17X17 3X3 7X7 9X9 11)X11 15X15 5X5 13X13 10X10 14X14 12X12 18)X18 19X19

CL1=チームにとって大切なもの CL=リーダーに必要な条件

0 7.03

認識(+)

意識(+) CL1

CL2 本音(0

価値観(+)

GAP- 期待(+)

想い(+)

有言実行(+)

代表(+)

提供(+) 組織(+)

知識(+)

融合(+)

場(+)

未来(+)

団結

見えない(+)

initiative(+) relax(+)

(13)

31 どのような人たちの集まりかということを聞いてみますと、じつはヨーロッパにいたときの友達 だったと言っています。「皆に楽しい場所を提供している、そして提供し続けていることを誇り に思っている」と

B

さんは言いました。「自分はとくにグループのリーダーとしての器量がある わけではない。でも誰もしないから自分がリーダーになった。自分がリーダーになって組織する ことになって、皆に楽しい場を提供できた」と言っています。この二つは

B

さんの強い帰属意 識というものを表していることがわかります。そして親和フェイス・ニーズ、つまり一緒になる、

アソシエイトするというニーズを満たすことでチームを率い、ニーズを満たしたあとで能力フェ イスを得て、リーダーになるということです。そういう順にニーズを満たしています。

PAC

析内で綿密にインタビューしていくのですが、このとき「黒子」ということばがとても印象的な ので、なぜそのようなことを言ったのかということを中心に聞いていきました。そこで浮かび上 がってきたのは、精神的に不健康な日本の小学校時代を過ごしてきたということです。誰からも 受け入れられず、「普通ではない」、「どこか変わっている」というふうに思われてしまったとい うことです。そこで目立たない存在になることで居場所を確保するようになったそうです。まさ に黒子ということですね。私自身も、この人が帰国子女入試で入学したにもかかわらず、帰国子 女であるということは知りませんでした。目立たない黒子のような存在になり、自らが友達のた めに場を作ることで自分自身の居場所を確立し、そこで自分らしさ、ユニークさを得たというこ とが言えるかと思います。

つぎに参与観察で私が観察したことです。

1

年生は全員入学時に英語でプレスメントテストで レベル分けするのですが、そのときに自分が配置された英語のクラスはレベルが低すぎるので上 げて欲しいと

B

さんが言ってきたのをはっきりと覚えています。その理由として「プレスメン トテストで失敗してしまった」ということと、「プレスメント試験自体がいかがなものか」、「短 すぎる」ということを言いましたので、彼の言い分を受け止めて一番上のクラスに上げたのを覚 えています。よく考えてみると、彼は

The

Who am I?

test

で帰国子女というアイデンティテ ィを挙げています。挙げているので本来なら、帰国子女である彼が一番上の英語のクラスに配置 されなかったのは面子が潰れる出来事なのではないかと思うのですね。それを挙げないこと自体 が、シェイムを迂回していると言えるのではないかと観察しました。

2

年次、

3

年次にも続けて

B

さんは私の授業を取りました。そのときにグループ・プロジェクトには消極的で、リーダーシ ップを取っている様子はあまりなかったという印象があります。その一方でとても礼儀正しいと いう印象があります。何か健康上の理由で帽子を被っていなくてはいけないので、最初の授業で

「帽子を被っていていいですか?」と訊いてきました。最近そういう許可を求める学生さんはあ まりいないので「どうぞどうぞ」と言ったのを覚えています。こういったことを総合的に解釈し ますと、「黒子になる」→「場を作る」→「親和フェイス・ニーズを充足する」→「リーダーに なる」という流れがあることがわかります。つまり親和フェイス・ニーズを満たすことで能力フ ェイス・ニーズを充足させています。日本の小学校で誰からも受け入れられなかった経験は親和 フェイスを当然脅かしたわけですね。この人が小学校で受け入れられなかったのは、もしかした ら本人の性格もあるかもしれないし、いろんなことが関わっていると思うのですが、調査者にと っては、この人がどう思っているのか、この人の社会観、世界観を見るというのが重要になって くると思います。自分と周りの皆が楽しめる場所、欧州で一緒だった皆が楽しめる場所を提供し た「黒子」としてのアイデンティティは能力フェイスへの懇願を表していると思われます。もし 能力が十分で、リーダーシップを発揮していたのであれば、

The

Who am I?

test

でリーダーと いうことばも書いたに違いないと一方では思います。「黒子」になるということは、演じる代わ

(14)

32

りに人が演じるのを助けるということです。それによって場を作って自分の能力を確認するとい うことです。

この人のデータからはもう一つ面白いことがわかると思いました。フェイス・ニーズは先行研 究では弁証法的な拮抗を呈すると言われています。たとえば、明日試験がある、でも飲み会に誘 われたというとき、「明日の試験で能力を発揮しなくてはいけない」という気持ちと、「付き合 いが悪いと思われたくない」という気持ちがあると思います。二つのニーズは拮抗するわけです。

ところが

B

さんが言っているのは、親和フェイスを充足することで、その場に属しリーダー格 になる能力を得るということです。そしてさらには、そのあとなのですが「あまり他人のことは 気にしないので。自分はマイペースですから」とも言っています。これはどういうことかと言い ますと、他者と比較されたくない、つまり自分のテリトリーを守りたくて、「比較してほしくな い」と思っていると考えられます。

2

番目に、非常にアンビバレントな思いを帰国子女というカ テゴリーに感じているということです。

The

Who am I?

test

では帰国子女というアイデンテ ィティを挙げていたものの、

PAC

分析とインフォーマル・インタビューではそのように扱われ たくないというふうに言っていました。そこに彼のシェイムがあるのかなと想像できます。日本 の小学校での経験は性格にもよるかもしれませんが、日本の小学校でのネガティブな経験を帰国 子女であることに起因させているということが大きく浮かび上がってくると思います。また、帰 国子女と呼ばれたくないというもう一つの理由として、「自分はずっと英語圏にいたわけではな いので、英語力はそんなに高くない」という発言も挙げられます。自分自身は英語のクラスが低 すぎて合わないとしながらも、「帰国子女=英語力がある」と判断しないでほしいという複雑な 気持ちも表れているかと思います。

ではつぎに、

D

さんという男性のデータを見てみます。北米に

5

年間半滞在しました。現地 校に通って、帰国半年前から全日制の日本人学校に通いました。帰国後は公立小学校に通い、そ の地域は非常に帰国子女が多い地域だったため、あまり気にしなかったと言っています。この調 査は卒業してから

3

5

カ月経ったときに実施しました。ですから彼は社会人で、製造業に携 わっていましたし、今も同じ仕事をしています。

The

Who am I?

test

では「会社員」「

3

人兄 弟の末っ子」「音楽好き」「帰国子女」、「○○(フルネーム)」を挙げました。このなかで一番面 子と結びついているのは、「帰国子女」ということばでした。

PAC

分析では、面子が潰されて非 常に「頭にきた」場面を想起しています(図

6

)。

6

項目のうち

2

項目が(+)、

1

項目が(

0

)、

3

項目が(−)、全体として(−)のイメージが 非常に強いデータでした。まず、「どういうこと?」と「このままではいけない」がクラスター

1

です。このクラスター

1

は「意図せぬ規約違反」と命名されています。「申し訳ない」「やっぱ りできない」「辞退」のまとまりがクラスター

2

で、これは「スピーチ大会出場再考」と命名さ れます。「ふざけるな」「絶対利用なんてされない」がクラスター

3

で、これは「知ってたんか い?」と命名されています。デンドログラムに表されているのは

10

年以上も前の出来事ですが、

これを想起していること自体彼にとってたいへんインパクトのある出来事だったということが窺 えます。このとき帰国子女として非常に面子が潰されたそうです。彼はスピーチ大会に出なさい といわれて予選に出かけました。自分以外の人はどうも海外経験がないという気がしたので、あ らためて要項を見ると「海外生活経験が

3

カ月未満の人であること」とあったということでした。

これはいけないと思って、夏休みに辞退したいと申し出ました。すると英語担当者が事務局に電 話をして、あたかも学校側には非がなくて、本人がこの規約を見落として出願したと言ってい るのが聞こえたそうです。それで彼は非常に怒り、「ふざけるな」と思ったと言います。これは、

図 3   The  “ Who am I ? ”  test 10

参照

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