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、はしがき||農民経済の史的動向

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(1)

恐 慌 農 村

動 向 展 望

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西

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穴︑結語::::

・ ・ ・ ・

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・ 丸 一

↑ 口

一 口

はしがき||農民経済の史的動向

町農民が土地を所有し℃むる所では到る庭生活の安寧と猫立とがあb

道徳とを同時に確保し℃ゐる︒農民はその子供と共にその僅か攻相績地の上で凡ゆる勢働を管

み︑目上の何人か民小作料を支排ふ乙ともなければ︑又目下の何人かに賃銀を支梯ふ乙ともな

く︑自家の必要に臆じ℃自家の生産を整え︑自作の穀物を食し︑自家醸造の酒を飲み︑自ら作

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恐慌農村の動向展望

L

(2)

入 ︒

った鳳布と目ら仕上げた綿毛とを身に纏び︑而して市場偵格には殆んど全く煩は当れる乙とは

第十四時抗

ない︒蓋し︑彼には物を貰る必要もなければ︑又物を買よ必要も殆んど無いからである︒行く

先ん可の乙とを心配するどころではなく︑未来は彼の期待の中に美装を凝らして待ってゐるーと

一匹ムのは︑彼は暇当へあれば未来のために︑帥ち見孫のために計るのであるが︑そのための枇労

働は︑自然の豊かなる力によって百倍の結果を勝来に鷲らすからである︒彼の小所有地は彼に

とっては異に貯蓄銀行である︒彼はその所有地が彼に鷲らす幸掘を泌々戚ずる︒﹄

乙れはスクィスに生れ︑フランスで名を成した経持皐者シスモンディによっτ︑その著﹃経済

Uの中に描かれたる所謂自由農民の委である︒勿論その表現には幾分の誇張

はあるであらうし︑又かやうな辛緬在農民生活の賊態は元来一般的に存在してゐたのではな

況んや営時に於てゐやで︑被の観察は主としてスクィス及川リ北イタヲーの敷地方に限られ

てゐ売のであるが︑しかし我冷は乙れを通じて島給自足時代の農民生活の肢態を略冷想像する

ことが出来る︒営時の農民生活はそれ乙そ文字通bに大地に立脚し︑その生活の基調は停滞的

ながら安全であb︑安定を特て居った︒彼等にとって最も恐るべ3災難と云へば︑凶作と敵軍

の侵入の外には−なかった︒而も不作の場合にも通例彼等は生活ど維持するだけの貯撒を平素か

ら心懸けて居ったし︑又敵軍の侵入と雄も彼等の生活の根基たる耕地や森林を奪ひ去る乙とは

(3)

b︑やが℃元の生活を回復する之とが出

来た︒卸ち之等の恐るべ3打撃と離も車に一時的の不安を意味するに止まb︑生活の源泉を絶

たれる乙とはなかったのである︒

かくの如き素朴にも安定的なる農民の牧歌的生活は勿紘一削いつまでも績く筈がなかった︒その

崩壊の第一歩を劃したものは一五ふまでもなく農民自給工業の解酷であった︒シスモンディの描い

たやうな自由農民の幸一珊と猫立がその自給自足の生活によっ℃始め℃符られたものなる乙とは

一五ふまでもない︒然るに都市工業の勃興︑商品生産の接遣は次第に農民の自給工業を駆逐して

行ったために︑農民はその必要品の多くを購入しなければならぬ乙とに在った︒而してそのた

めに必要なのは一五ふ迄もなく貨幣である︒かくて農民は貨幣なしにはその農耕を椴模する乙と

も出来−なければ︑又従ってその生活を生3る乙とも出来在い段階に並んで行った︒

それと同時に農民に封する支配階級の徴牧は此時代よb漸ゃく苛酷となっτ

商品生産以前に於ける支配階級の徴牧は︑その必要とするものを直接現物の形で取b立てるに

あったから︑必要以上に無闇に物財を取b立てても結局持℃飴す位がオチであるからその徴牧

には自ら限度があったに反し︑一度ぴ貨幣時代に入るや︑支配階級の欲望の蹟大と黄金の寓能

カとが相伐つτ︑徴牧は多bA

bι r 弊ずる之ととな︑所謂苛飲諒求が文字遁b宜視するに杢つ

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恐慌農村の動向展望

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たのである︒而して農民がその最大の犠牲者となった乙とは云ム迄もない︑かくし℃農民生活

の苦情史の幕は弦に切って落3

かくて農民の貨幣必要は刻冷増大して行った︒と乙ろで農民が貨幣を手に入れ得る唯一の道

はその農産物を商品とし℃市場に責るよh外ない乙とは云よ迄もない︒かくして農民は今や市

場の長畑山如何によって左右遣れるやうになるが︑乙れは農民にとっては全くの曲者で︑まるで

見営︑がつかないのである︒貰際農民にとっては市場の景況と云ふものは天候よb以上に鑓動常

なく︑環想のつき難いものである︒まだしも天候の悪戯に到しては排水や濯概の設備によって

或程度迄乙れに卦抗する乙とも出来るが︑惨慌たる農産物債の下落に卦しては彼には施すべき

術もなかったu乙の聞に慮して農民の無智と鈍調とを好餌とし︑彼等の搾取の上に勢威を振ぴ

出したのは商人であった︒商人は勿論農民よりも遥かによく市場の朕況に通じ︑或る程度迄乙

れを支配し︑それを利用して農民を露骨に搾取した︒かくしで二般農民の生活苦情が増大し︑

その貨幣牧入が貨幣必要を充すに足hない場合を生ずると︑その不足を補填するために農民に

残されたる唯一の方法はその所有地を抵営として借金を才覚するよb外にはない︒技に於て第

三の搾取!

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凡ゆる搾取の中最悪なる搾恥

1

1たる高利貸の搾取が始まった︒かくして一旦抵

営負債に陥った農民の運命は概ね悲惨である︒蓋し︑それよh脆脚することは農民経済にとっ

(5)

ては凡そ木には祢つ℃魚を求むるにも等しい難事であるからである︒かくτ絶望的借金の落ち着

く先はその所有地の牧奪以外にはあb

かくしてその昔は不作も銃叙も彼の生活の本擦を覆す乙とが出来・なかったのに︑今や貨幣経

持の一候迫が︑徐々にしかしながら確貨に︑苦もなく土地を紋の手から剥奪し︑彼を化しτ

一 一 個

の無産者たらしめ梓るのである︒

Lる全過程は就に中世に於て始まったのであるけれども︑これを更に一般化したものは印

ち資本主義であった︒資本主義は封建的束縛の打破︑商品生産の自由解放によって農業の楼達

にも新たなる刺戟を輿へたけれども︑その下に於ける農民の鹿市民は畢一党一個の苦悩史︑受難史

に外ならなかったuよくこの新情勢に迎臆し得たる一部富山民階級を除3

一般農民階級はその

下敷となb窮之と浸落の一途を辿った︒成程農業は進歩した︑だが彼等の一生は重荷を負ふ

て遠主放をするが如き有様であった︒彼等は激しく勢働し︑惨自にその生活を切bつめ℃も向

旦ともすれば借金の増える乙とをどうする乙とも出来−なくなった︒之の形勢は資本の調占組織

の進行につれて益々荏しくなb︑資本の立場からしても最早農村問題は乙れを忽諸に附する能

はざる情勢に立ち至った︒かの自由農民の幸一施主安定とは事の如︿消え果℃︑︑今や彼等の生

活の基調は不安と絶望に代った︒その彼等の息の根に最後の止めを刺当んとするかの如くに現

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1)  Karl k1tsky,Die Agrarfrage, S.  7 ff. 

(6)

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はれたのが数年来の世界的農業恐慌である︒今夏各園政府︑が異常在る努力の下に乙れが解決に

腐心しても殆んど何等Hぼしき仙波果を奏する乙となくして今日に至ってゐることは決しτ

そ乙で問題は今後の展望にある︒これから先き農村と農民とはどうなって行くのであらう

か︒窮すれば遁ずると一五ム︒窮し℃通ずるの道は果し℃何慮にあるのであらうか︒嘗℃一農業

理論家は十九世紀末農業恐慌に闘聯し℃次の如く遮ベた︒﹁没業恐慌は︑他の総τの恐慌と同様

に︑農民の大衆を破産せしめ︑現在の所有関係の大規模攻破壊を溺らし︑諾所方冷に技術的退

歩を麗らし︑中世的諸闘係と経替の中世的形態とを復活せしめる︒ザんがみ一障とし℃は︑農業恐

慌は枇脅的進化を促進し︑家長制的停滞をその最後の隠れ家から迫以出し︑農業の一一清の専門

化!i資本主義枇曾に於ける農業進歩の根本的要因の一つ

1

1と︑機械の一層の臆用とを飴儀

Lに述べられたる農業恐慌の退歩的作用なるものは要するに恐慌による小経

替茂一裕の形態と方向とを指摘したものに外ならない︒だが金躍としては農業恐慌は枇合的進化

を促進すると云よのは︑農業に於ける資本主義的経展を促進すると云ム意味に於℃ピあh

t︑に農業恐慌の主要意義を認めたるものと解樫出来ゃう︒過去の農業恐慌がかLる雨方面の作

用を遁じ℃結局農業の脊一本主義的準化を侃唯一したる之とは疑ひなく︑又現時の農業恐慌に於

l!'t:!I'・武夫誇『農業と資本主義』 81頁

町 ︑︸ 〆

04 

(7)

てもアメヲカ其他の新開闘に於℃は︑一方に於て農民的小経替の大衆的設落を惹起しつ﹂︑他

方に於τ農業の資本主義的義展を念速度に促進せしめっ︑あることは明かに見られるところで

ある︒だが一九三0年代の今日向依然として宇封建的在る土地所有及び零細経替を支配的特徴

とする我図の農業に於ても果して同様なる過程︑が見られるであらうか︒

我が恐慌農村の運命は果して如何︒只管に浸落の一路を念じ外ないのであらうか︐それとも

何等か更生の新要素をその中にはぐくみつ︑あるのであらうか︒乙の小丈は︑か︑る基本的な

見地から特に恐慌後に於ける農村経済生活の襲化の諸相の中その主要なるものに就て︑その意

義︑一方向に闘し℃極めて概念的なる考察を加えんとするものである︒

先づ農業の生産経替に就て見るに此方面に於τ恐慌後特に見られる新傾向の主なるものは就

中自給主義と多角的経替であらう︒邸ち肥料︑飼料等の農業生産上に必要なる物資並に自家生

活資料として必要なる物資は努めて自給する方針をとってゐる乙と︑及び養護或は米作等特殊

なる生産物に主力主注ぐ単純経替を矯正して極力多角形経替に轄換せんとしっ︑ある乙と︑却

ちこれである︒現貨には此の雨者は相聯闘し︑例へば豚︑鶏等家畜の飼養頭教を増加し︑或は

恐慌農村の動向展望

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新たに乙れを経替組織に取b入れて自給肥料の増成を計書一すると共に経替の多角化をはかb

又は桑園を水田に改め︑或は部分的に桑樹を抜いて食料飼料作物の栽培に営てる乙と等が相営

に行はれ来ったゃうである︒

そ乙でか﹂る生産手段並に生活資料の自給化及刊日経管の多角形化の傾向は果して推歩的意義

を有するものであるか︑それとも退歩的なものに過ぎないのか︑乙れが弦では研究を要する問

題である︒蓋し︑若しか︑る傾向︑か準歩的意義を有し︑従って未来の殺展性を有するものなら

ば︑その限bに於℃農業経済及川ω農民生活の将来に一道の光明を投ずる所以であるが︑反封に

若し単に消極的︑退歩的の意義をしか有たないものならば︑その将来に蝿望を寄せる乙とは阜

に無謀の所業に過ぎない乙とになるからである︒

先づ原則的な考察から始めやう︒元来枇曾の準化は矛盾の稜展であb︑針立物の闘争過程の

理一行である︒人類生活の原始形態たる自給経済の卦立物として商品経持が出現し来ったもので

ある乙とは今夏云ふまでもない︒市して商品経済の接展は枇曾的分業を盆冷撰大し生産の専門

化を愈

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準行せしめた︒一泡世枇曾に於ける技術的進歩︑生産力の殺展は主として乙れに某づく︒

我闘の農業に於℃も︑商品生産の進展と共に︑生産の専門化︑経替の草純化は可なh顕著に現

はれ来った︒印ち萎類及び食用農作物︑工塞農作物等の栽培が漸減し︑米作︑養護︑議菜及び

(9)

花井類の栽培に夫ムザ集中し来ったことは明かな事責であった︒か﹂る生産の専門化︑車純化は︑

商品生産の殺展に件って生ずる必然的現象であって︑貨に資本主義一枇舎に於ける農業の一接展

法則に属するのである︒而し℃か\る殺展傾向が極度に匙む時には常然それに卦立する傾向を

生むに至るべきは枇命日準化の法則上必然で在ければならね︒従って極度の専門化の後に再び何

等かの形態に於ける綜合化の到来すベ3乙とは強想造れると乙ずのである︒かく℃形式的には歴

史は繰b返すと云へる︒けれども極めて高度なる生産力の接展段階に於ける綜合化が原始的な

る生産力の礎展段階に於けるそれとは賀質的には令然別ものである乙左は云よまでもなく︑そ

乙には歴史の接展があるのである︒それは奮への復蹄ではなく︑ヨヲ新たなるものへの躍進を

意味するものである︒だが現買の人間の努力は常に必らずしも歴史的準化の線に沿よて行はれ

るものとは限らない︒意識的に或は無意識的に歴史の車を逆に悶そうとする努力も現買にはあ

る︒従ってその努力が果して匙歩的であるか︑それとも反動的であるかは︑立︵時冷に︑必然的

殺展法則の鏡に照し℃︑具時的に剣断詰れ攻ければならないのである︒

そ乙で我々も我農業に於ける上速の新現象の性質の具躍的判断に立ち蹄らなければならね︒

ω生活資料の自給主義には何等遊歩性がなく︑車純なる逆轄に過ぎない乙とは改めτ喋冷するまでもなく︑事責恐慌による牧入滅に飴儀なくせられた消極的封策であb

恐慌農村の動向展望

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. 主主

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への退却に外ならない乙とは徐bにも明白である︒その結果は常然生産力の減退であb︑生活

程度の一層の悪化であって︑要するに此途は農民の浸落過程以外の何ものでもあb得ないので

ある︒農民がか﹂る窮境に迫以込まれたる惨肢は異に同情に値するけれども此逢は決して翼賛

ヨるべき性質のものではあb

衣に所謂多角的経替の唱道は恐慌以後特に盛んであb︑叉相営庚汎に貴行に移ヨれ来ったゃ

うであるが︑之の経替方針は果して略家を有する進歩的のものであらうか︒先づ事賓に就て見

ゃう︒恐慌後此方面に境はれた最も頴著な現象は就中繭債惨落のために生活を脅やかヨれたる

養議事業農家が桑園の一部を水田又は普通畑に接克して米︑妻︑議菜及伏其他食用農産物の栽

培に充てる傾向であるが︑乙れは結局前述の自給主義への復蹄であb︑商品生産農業としては

一歩退却に外ならず︑従って偲bに景気の好韓︑繭債同復の持績性の見込まれる事態に立ち至

れば︑恐らくは又大躍に於てもとの朕態に立ち踊るべき性質のものに過ぎないであらう︒尤も

か︑る事態の好轄は事責上大躍に於℃期待出来ない以上か︑る経替の獲換は漸衣根を張る乙と

になるであらうが︑それは要するに商品生産の減縮︑自給主義への逆轄であって結局退却︑萎

縮傾向以外の何ものでもなく︑従って農家経替の前途に光明を鷲らす所以ではないであらう︒

だが︑か﹂る消極的︑退嬰的な動因によるのではなく︑主として勢力配分のA

調

(11)

極的見地から行はれる経替の多角化に至っては︑乙れを別に観察する必要があるかも知れね︒

?と云ふのは徐剰勢力の利用と云ム限bに於てはそれは疑もなく合理的な庭置であるからであ

る︒だがその結果は果して如何︒多角的経替による商品生産の多種牝︑小規模化は︑標準化︑

規格化︑大量生産を特徴とする現代商品生音の大道に逆行するものであって︑決してそれに趨

A口する所以ではないから︑無数の小農民が種b雑多の商品生産に努力しても︑結局は所謂﹁骨

b損のくたびれ儲け﹂と一広ムやラな乙とにならゴるを得ないであらう︒尤も夫冷相常の規模

A

A口形態の下に所謂多角的経替を符み得るならば恐らく相営の技果を皐げ得

るであらう︒だがそれには比較的多額の資金主必要とするから︑我・が大多数の農民経消にとっ

ては勿論不可能である︒かくして多角的経替によっ℃多少とも窮朕打開︑牧益増加の目的を達

し得るものがあちとすればそれは一部の宗農階級に限られ︑

には自給主義への退歩たる意義以上に多く問づることはあb

得−ないであらう︒要するに現時我

農業に於ける経替の多角化主義は大韓民於て単純経告に劃する草なる反動に過ぎないこと︑が知

られる︒却ち草純経告は不利となったから︑多角的経替で禰縫せんとする壮質のものであっ

て︑乙れに多くの期待を寄せる乙とは出来ないのである︒

生産経替の方面に於ける以上の動きは要するに誠一歩的乃至繭縫的性質のものに過ぎなかっ

恐慌農村の動向展望

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た︒果して然らば此方面に於ては積極的︑脱税展的の動主は全然存在しないのであらうか︒前に

引用したところの﹃全躍としては農業恐慌は枇命日的準化を促注し︑::::::農業の一層の専門

化と機械の一層の鷹用とを餓憶なくせしめる﹄と云ふ傾向は今日の我農業に於τぱ見られない

のであらうか︒前にも述べたる如く特にアメリカ其他の新開園農業に於ては農業恐慌の襲来以

後盆ムザ盛ん在る新機械の採用︑普及によって生産能率の増大と生産費の低減とを宜現し︑その

資本主義的接遣を八他人ザ促準しつ\あるのを見るのであるが︑我闘に於τは果し℃如何︒我闘農

業の資本主義的脅遣の問題に就ては別の機曾に詳論しなければならないが︑元来我闘に於ては

宇封建的なる過小農制及川い地代の支配的存粧のために農業経替の資本主義的接患が甚しく阻害

時︑ロれ来ったことは顕著なる事安である︒恐慌の並行は恐らくは一方に於℃は土地所有集中の勢

を甚しく促進すると共に︑他方に於ては比較的多数の農業勢働者を作b出すことによって確か

に此方向への一歩促詐一作用はするであらう︒だがそれも前述の半封建的生産関係の支配的存在

のために甚しく限定志れまるを科ないであらう︒結局乙の宇封建的生産関係が我岡山一伝来に於け

る一切の進歩費還の桂拾となって横はってゐるのであるから︑乙の問題の解決が今後如何に展

開呂れてゆくかが結局我閣の農業の将来の運命に卦して根本的︑原則的意義を有する問題とな

るのであるが︑これは別の項目に於て考察しなければならね︒尚農業に於ける共同経替の問題

(13)

に就℃は便宜上衣碩に於℃嫡れる乙とにする︒

一 一 一 ︑

流通部面に於て恐慌後特に注目さるべき現象は云ム迄もなく産業組令特にその購買及び版寅

乙れは昭和八年以来の﹁産業組合横充五ヶ年計主﹄に基づいτ︑杢農家獲

得の目棋の下に︑政府の補助を受けつ\︑強力に押し進められ来ったものである︒

詳細在る産業組合論は別の機合に譲らなければならないが︑産業組合による販貰及川ω購買事

業の稜展が︑長産物及び決村需要品の配給の合担化︑組織化であb︑それによる中間商人の排

除の進むに従って︑それだけ組合員に有利なる結果を鷲らすべきは明かである︒﹃いたが︑かやヲ

な﹁中間商人﹂の排除によって︑産組加入農家は一躍どれ耗安く品物を買ぴ︑またどれほど高

く農産物を賀る乙とが出来たか︒乙の方面の﹁利盆﹂なるものは︑恐らく︑大多数人が驚くで

あらうほどわづかなものである︒昭和八年にみ官同の敷百の単位組合につい℃な詰れた調査の報

告によると︑大豆油粕一個一関八十八鏡︑燐酸過十貫目一岡三十九銭︑硫安十貫目三間七十八

銭といふ商人値段に比較しτ︑産組の値段は五銭か六銭づ\しか安く在かった︒掛責の場A

口 で

も︑六︑七銭から十四銭程度の連以でしかなかった︒郎ちせいん

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恐慌農村の動向展望

(14)

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第十四時抗

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一俵八回八十六銭といふ掛責相

場︑及び八回七十二銭といふ現金相場に針し︑産組に責る値段は平均して八固九十五銭邸ち乙

れも九銭から二十三銭程度の開きであって︑三分とは高く貰ってゐなかった︒しかも︑この産

組値段はむしろ﹁好成績﹂の部にF

τ

に鈍重でそして凄い競争者を持つことの多い産組は︑しば/\損をする︒この﹁損失﹂は購買

の方から生ずる﹁利益﹂をもっτ極めねば在らねので︑共同購買品の供給値段を安くする乙と

そラすると産業組合の殺展によっτ最も多く利する者は何者であらうか︒決村内に於ては

地主︑富農階級であb︑農村外に於℃は外ならぬ濁占資本である︒

﹃前に見たゃう君︑商人値段と組合値段︑との僅かな開きでも︑購買数量や販寅数量が大きく

なるにつれて利金の総額はしば/\経替に決定的な影響を興へ得るやうな大きさのものとな

る︒事賃に於て︑富裕な農家は貧しい農家の何倍も多く産業組合を利用しつ\ある︒産組中央

舎は︑昭和八年に会同各地のニ百三十八組合について調査し℃ゐるが︑乙れによると︑購只高

にるい℃は小作農家一戸営bの金額に比しτ︑地主は約二倍︑自作農家は約了七倍︑販頁高に

るい℃は︑地主は七倍卒︑自作農家は二・二倍︑共同利用料の納入にるい℃は地主は約二倍︑白

猪俣津南雄著『日本に於ける農業恐慌と産業組合IJ270‑3

3) 

(15)

作は約一倍宇にのぼっτι

一克来産業組合は資本の麿迫の下に沈論し行く中︑小階級者

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農村にあ

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は主とし℃自作

農階級ーーの維持︑強化を目的とするものなるにも拘らず︑現在の機構に於ては︑かくの如き

一部の組合主義者の卸想とする協同的経済組蟻への平和的推移の代b結果に終るのであっτ

に︑却つ℃組合内の資本主義的要素を強化し︑かくし℃階級的懸一隔を却つ℃深化する作用を行

ふのである︒かくして今日我図の産業組合が地主︑富農の支配下広ある乙と︵組合役員の大部

分は彼等の占むるところとなってゐる︒﹀且っその企図的指導中極︑が官僚によっ℃占接当れてゐ

る事費にょっτ

のみならず販責組合及び購買組令による流通過程の組織化は︑流通費用の節約︑中間利潤の

排除によっτ︑それだけ濁占資本の利益に奉仕することになる︒乙の意味から云へば産業組合

は︑費本主義に封抗するものであるよbは寧ろ猫占資本の支配ををれだけ蹟大せしむるものな

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︑ 易 ︑ .

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いづれにし℃も︑農民経持の組織化と云ム乙とは︑その限bに於℃は︑進歩的意義を

有する乙とは疑びない︒蓋し︑市孤立と分散は過去の遺物であb︑そこに停滞する限b

必然の迩命でなければならない︒孤立分散乞止揚し℃︑組織化を︑進める外に︑時代の誕揺に順

恐慌農村の動向展望

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猪俣氏前掲書、 278 9頁。

4) 

(16)

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号 晶画問

臆し得る注はあb特ない︒と乙ろで此組織化は生産過程をも把握する乙とによって始めて杢

く︑生産過程の組織化にし℃成らば︑流通過程の組織化は常然それに附随すべき筈である︒そ

乙で問題となるのは生産組合であb︑乙れ之そ︑原政的に云へば︑最も開想的なる農業経替形

態であb得るであらう︒と云ムのは︑小農終特乃至零細農経替は銃に今日に於℃は遅れたる経

替形態であって︑現代的の科串及び技術の臨服用による合理的耕作は殆んど全く不可能である︒

準歩的農業は大農式経替による外ないであらう︒とこλで現在の制度の下に於ける大法経替は

賃銀勢働者の勢働に依待せぎるを得ないのであるが︑元来賃銀勢働なるものは宜質上一つの強

制勢働であっτ︑その能率の低い乙とをその根本的傾向とするものである︒尤も工業にあって

は相営の程度にまでこの傾向を阻止し得る諦保件が具はつ℃ゐるに反し︑農業にあっては︑一雇

服する農業勢働者の能率は一般に甚だ低からぎるを得ないのであって︑これが現代に於ける大

農経替の弱貼と肴倣芯れる︒そこで論理的に考察すれば︑要するに以上雨者の快結はこれを免

かれ︑長所はこれを具有する形態乙そ最も理想的なる農業経管形態となる諜であb︑之れを具

瞳的に一広へば︑自殺的に熱心に注意深く働らく能率の高い州労働者と︑現代の科皐及技術を充分

に利用し得る可能性とを併せ有する粍昔︑卸ち自作農民の如き熱心にし℃注意周到なる勢働者

(17)

によって行はる︑大農式経替がとれに常る詳である︒乙の要求は大躍に於℃動勢農民の生産組

合によって寅現3れ得るであらう︒か︑る組合生産は最早小農経替ではなく︑共同耕作を替U

大農式経替であb︑加ふるにその組合員は最早単純なる賃銀努働者ではなく︑共同経持者の一

人であAY︑その捗働の成果は結局彼等自身の生活を豊富にする乙とになるから自ら彼等の熱心

と注意とは高まb︑その勢働能率は今日の賃銀峨労働者の比では在いであらヲ︒かくし℃今日行

はる︑小農経替の長所と大農経管の優越賭とを兼備する農業生産者の生産組合は現在の凡ゆる

農業経替形態よbも一段高度なる生産方法と云はれ得るであらう︒

然らばかくも合理的なる生産組A円が何故今日の農村氏諜展しないのであるか︒蓋し︑要する

kる生産組合出現の経消的並に枇曾的傑件が今日の制度の下に於ては一一般に存在し攻い

からである︒そ乙で産業組合の活動も此方面に於℃は精々利用組合の範園に限定遣れ℃ゐる誇

であ夕︑共同耕作組合の如きも小作料の確保を第一使命としてゐるが如3性質のものたらぎる

を得ない始末攻のである︒

かくして結局一定の歴史的焼件の下に於℃のみ協同組合形態は異の意味に於ける農村振興の

様粁たるべき役割を演ずる乙とになるのではあるまいか︒

恐慌農村の動向展望

(18)

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恐慌以来頓に旺んに唱道され本ゆった所謂農村の工業化運動なるものは兎に角注目に値する︒

と云ム意味はその直接の現宜的殻果に於τbは寧ろその丈化史的意義に就℃むある︒周知の

如く乙の運動には二つの方面がある︒一は農村自身の手にょっ℃行はれる工業化であb

都市工場の農村分散運動である︒前者は﹁農村の経持組織に最も迎合する農村工業の普及徹底

を困る﹄趣旨の下に︑一︑農産物の加工生産︑一一︑農産物以外の物を原料とする雑品の製作︑

一ニ︑器具桜械等の簡易なる部分品の製作︑を範閏とする農村工業の奨聞であって︑その費質に於

て従来の農村副業の再組織に外なら尚ものであb︑従って直接

b得るで

あらラかは︑従来の農村副業の成績から見て大障に想察せられるととろである︒反之︑後者は

従来都市にあった資本家経営の工場主農村に分散せしめλとするものであっτ︑その提唱者の

趣旨は要するに﹃卓越せる日本人の頭脳及び技術に基づ︿精密機械工業への礎展は︑従来の熟

続工にのみ待つ寓能工作機械の大工場組織の時代から︑熟練工に頼らぎる早一工作機棋の採用

へ︑従って集積的大工場組織よb部分品製造の分散的工場組織へと昂揚する︒此生産段階の推

症は都市野働者に比し℃優秀︑旦つ半年を失業肢態に置︿農村過剰勢力の存在によっτ︑始め

(19)

て可能なるべし﹄と一五ょにあるのであるが︑その本旨が農村の低賃銀材労働利用によるコスト引

下げの純資本主義的目的を追求するにある乙とは明かなるのみならず︑その貫施もそれ程急激

いづれにし℃も農村の工業化に去し営b

な期待をかける乙とは出来ないが︑しかし乙の逼動の展開と農村に及ぼすその影響如何は過少

に評債詰れてはならないであらう︒と一五ふのは︑之の運動の結果たる農工業の結合過程そのも

のは歴史的に進歩的意義を有するものと考へられるからである︒

今人類の集園生活形式の歴出品的接展過程を大観するに︑先づ原始的な経済生活にあbては良

業が経消上決定的且つ指導的地位を占め︑粗野なる工業的作業は乙れを自己の内部に包括し︑

本業の徐暇に︑自己の生産したる原料を用

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︑自己の必要を充すために︑乙れを行ったので

ある︒乙れが農業と工業との融合過程の第一段階であb︑との段階に於ける人類の集園生活形

式は部落乃至村落であった︒共に乙の過程の否定過程とし℃現はれたのが即ち手工業の介雑濁

立であb︑その経替者たる手工業者を中心とし℃弦に始めて経消的な都市の誕生を見るに至つ

た︒だが乙の営時の生産方法は︑従つ℃又取引範国も︑極めて小規模であったがために︑都合口

の設定も甚しく限定せられ︑都合日と農村との封立関係は未だ甚しからず︑人ムザは原則とし℃所

謂欲望充足主義に支配されて居った︒更に症λで資本主義的大工業時代に至ると共に農業左工

三へ

恐慌農村の動向展望

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(20)

業との分離は殆んど極結に悲した︒都合は大規模なる生産及川い流通の中極として︑無限なる管

利活動の銘鋸煉としτ︑勝しき﹄人と物とを集積し︑その支配の手を農村の上にも及ぼし︑凡ゆ

る搾取網を遁じ℃乙れを疲弊に導くと共民自己を止まると乙ろなく横大し来つ売却咋である︒け

れども物窮まれば又必然にそれに野立する新傾向を生まずんば止まない︒然らば衣に来るべき

否定の否定過程郎ち雨者の綜合過程が農工業関係の︑従つ℃又都曾卦農村蹴係の如何在忍形態

となって将来するであらうかは大凡乙れを珠想するに必らずしも困難ではない︒それは印ち新

たなる基礎の上に立つ農工業の︑従つ℃又都合と農村との︑再結合過程でなければなら窓い筈で

ある︒と乙ろで乙れは草なる論間的の推論たるに止まらず︑賞践的にもかく推論すベ3根擦が

あると云へるのであるe

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は今日肢にか︑る新過濯の璃芽を部分的に目撃し得る

からである︒此意味に於℃所謂農村の工業化は必らずしも目新らしい現象ではないのである︒従

来とても肢は一方に於ては工業の田悶分散の傾向︑他方に於℃は農業の工業化の傾向︑が見られ

来った︒郎ち生産技術の進歩︑交通機関の接遣に件よ℃都市工業がその原料又は動力又は低廉

なる勢働力を得るに便宜なる田舎地方に漸次に分放せんとする傾向が印ち前者である︑が︑之れ

は必然に貧農の賃銀勢働者化を促がし且っその組織の物質的基礎を提供するものであb

一方農業者の工業的副業却ち主とし℃その農産物を原料とする加工業を農業者が協同経替し而

(21)

してそれに件よ農業の工業化の進展と共に︑農工業の再結合過程が次第に進展しτ行︿のであ

る︒而して容易に想到せられるであらうが如︿︑之の新たる結合過程に於℃は︑原始的段階に

於けるとは反到に︑進歩的なる科皐と工業とが支配的︑指翠的役割を演じ︑農業は︑その影響

の下氏新たなる提歩礎展の過程に上る乙とになるであらう︒勿論か︑る過程の大規模且つ本格

一定の政治的︑経静的保件を前提とするものであるが︑兎に角その賞現が今日

の人類の集圏的生活形式の上に至大の影響を及ぽし︑今日の都曾と農村井﹂の卦立関係を根本的

に一援するに至るであらう乙とは蓋し必然でなければなる・まい︒乙れに就ては左に一二の著者

の見解を引用し℃参考に資する乙とにしゃう︒

﹃工業と農業との趨首なる結合形怒を怒験忙よって凌昆ずることが新制度の任務となるであらうoこの結合形態の下に於

てい︑工業ほ農村に移植せられ︑農業経替は工業肘労働者に食料及び原料を供給することになるのみならず︑工業努働者は

農業の繁忙期殊に牧穫期等には有数にこれに共働するととが出来︑又農業努働者は農閑鶏殊に冬期には工業に於て甲斐々

今しく働ら︿と主が出来るやうに総ての柑労働者が教育せられ︑組織せられるであらう︒更により高度なる農工業︒結合形

惑の下に於ては︑各努働者は毎回数時間は農場に於て︑数時間は工場に於て倒らさ︑か︿して精神主肉般とをさいなむ一

方的労働の軍調を止揚し得︑努働者の健朕と努働の喜悦主は確かに驚くべ︿靖大するに至るであらう︒::・−

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於て都合間制度は全然無︿なりはしないであちうo都府首は関家行政機繍及び高級品凱育の申心地止して存校を績けるであら oけれども岡家官僚組織の減縮と地方自治の伸援に伴うで巾心都市に於ける官吏の数が減少する主共に︑工業の分散が

44宜的に組織せられ︑旦つ盆キ市場の景況より問問立し︑−加ふるに悶同闘に於ける交通機関の往々髭惑すると共に︑愈荷

恐慌農村の動向展望

(22)

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子会き

第十四時酔

OO

工業が地方的に分散されることになるから︑その結果岡家の中心都市は約十蔦の人口を有するを以て足るに至るであら

ぅ︒他方に於て農村は︑工業の悶悶分散によって︑小都合に後達するに至るであらうo

﹃産業の電化︑大畿電所︒建設︑大交遁網の整備は︑都会主農村との闘係を根本的に一一慶するであらうoこれば分散的小

所有者の枇合的拙労働者への特化を促進するのみではな︿︑農業生産の金過程を合理化し︑根本的に崎製形させるであらう︒

原始的な︑殆んど野鼠的な道具は︑最新の技術の成果によって置き代へられ︑而しでかくして資本主義的生産の根本的不

一致たる農工業後遺の不均衡が撤践されるであらう0

4 hに消滅し︑それと同時に︑

特殊なる﹁田舎生活の政昧欣態﹂が消え失せるであらうo人間一枇合の生産カは各キ最も適管なる自然保件い︵原料及び燃料 資源の近寝等︶に従って︑粍ムベ様々な地方に配置されるであらうo﹁工業︒立地﹂の問題は︑阪に資本主義的障m

って束縛せらるLことな︿今や解決せられ︑而して生育カの愛展は瓦人の足並みを以て確貨に立つ務然と前必を椋けるで

勿論乙れは夢のやうな丈明史的展望に過ぎない︒と乙ろで︑現貨は︑乙んな夢物語にでも興

をやる外ない程に︑望少なく且つミゼラプYなのである︒蓋し今日の農村工業化なるものは︑

農村の立場から一京へば︑結局農民大衆をプロVタヲアとしτの若干の稼ぎにあbっかせる程度

のものに過ぎないであらうからである︒だが資本の立場から一五へば︑生産費の低下と︑農村の

﹁救済︶とを一撃に期し得ると乙ろの正に一石二鳥の妙案なのである︒その意味に於τ︑農村

の工業化運動は︑正に時代の寵児たるのみならず︑叉前述の如く︑歴史的準化の軌道にも乗っ

(23)

我岡農村問題の基底に小作問題︑土地問題が特殊の重要牲を持って路居し℃ゐるにも拘ら

ず︑以上は考察したる諸分野に於ける新動向は一括も之れに鰯れ得るものではなく︑寧ろ却つ

てこれを保持︑強化せんとする役割を課せられてゐることは是非もない︒そこで営の小作人白

身の運動が如何在る展開を示し来ったかを一臆観察する必要がある︒

我閣の小作料が半封建的性質のものとして異常に高率なること︑従つ℃従来の小作人の運動

が主としてその減兎要求を中心として展開し来bたる乙とは普く知らる︑と乙ろである︒而し

て乙れに闘する年ι干の争議統計を見るとその大部分は従来は﹁尖協解決﹂と﹁未解決﹂とに終

ってゐる︒その中﹁未解決﹂の割

An

の比較的多いのは争議の比較的多数が年度末近くに殺生

し︑未解決の僅翌年度に持越すものが多いからであるが︑それも結局は大部分実協解決に終る

誇であるから︑結局従来の小作争議の最大部分は妥協解決に粍ったものと見る乙とが出来る︒

Y︺ 乙

λで弦に謁ぶ妥協解決なるものは云ふまでもなく地主側︑が小作人の要求を或る程度まで承

認しかくて雨者間に妥協的に解決した場合のことであらラから1それは小作人側の要求が或る

程度設で貫徹昌れた乙とを意味する黙に於て事宜上小作人側のそれだけの建出乃至勝利を語る

恐慌農村の動向展望

(24)

ものに外ならない︒かく℃従来の小作争議は大韓に於て小作人側に或る程度有利に解決吉れた

ものが最も多いことに在るのであるが︑これは小作争議が始め℃金図的に捲き起った大正十年

Aリ我闘の小作料が小作争議の頻横地方を中心として漸減傾向をとb来った事賓によっても

詮明されてゐる︒と乙ろで何故に従来小作人の運動がかく奏功し来ったかを考ふるに︑その主因

は勿論彼等の組織力にあること勿論であるが︑しかし争議に於け忍彼等の地位を特に有利なら

しむる事情の存在した乙とをも亦看過しては在るまい︒その第一は小作人が生産経替者たる地

位にあるので最も多く頻楼する牧穫後の争議の場合自ら小作料を保留して交渉を在すが故に頗

る持久力を有する乙と︵此措に於て罷業資金を有せぎる場合の都曾勢働者罷業の場合と顕著在

る封照をなす︶であb︒その第二は︑恐慌以前記於ては︑都曾産業の稜展に件以農村には勢働者

挟乏の傾向あb︑従つ℃諜備小作人の存在が比較的稀少なるが故に地主側に於て飽く迄も頑張

まる態度を採

A9難かったとと︿此黙に於℃常に勢働環備軍の豊富なあ都合に於けると頗るその

事情を異にする︶である︒大韓乙れらの事情が従来の小作争議をして上越の程度に小作人側の

有利に解決せしめた所以であったものと考へられるのである︒と乙ろがかくの如き小作人側の

進出は賞然地主側の態度を硬化せしむるに至ったが︑就中これまで高率なる小作料の徴牧によ

って無矯徒食し来った中小地主の生活を直接民脅やかすに至ると共に彼等も訟に最後的決心を

参照

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