1. はじめに
(1)研究の背景と目的
1970 年代末,中国政府は観光業を強力に推進 することを決議し,現在までの約 30 年間で中国 の観光業は大きく発展を遂げた.とくに,観光産 業の重要な構成要素である観光地の建設は顕著で あり,自然遺産,文化遺産,ジオパーク,歴史文 化名城 1) ,国家森林公園,国家風景名勝区などの 整備が進められた.
こうしたなか,国内の観光地における開発手法 が主要な関心を寄せ,これまでに様々な観光地 開発モデルが提供されてきた(潘,2007;張,
2012).しかし,これらの研究では観光地形成の メカニズムに関する検討が十分でない.このため,
提示された観光地開発モデルの応用は難しく,観 光地の形成過程に関する研究は不足していると指 摘されている(柴,2012).
ところで,井上・安島は,地域によって,観光 を成立させる資源や,立地条件,歴史も異なるこ とから,観光地化の過程も多様であると指摘して いる.観光地化が進み,外部からの刺激に曝され ることで新たな文化の創出,個性の喪失,産業の
変化など,地域には何らかの変化をもたらされる と述べている(井上・安島,2008).
観光客が観光地に訪れることによって,観光地 の商業が発展し,さらに観光地の経済発展が促進 される.観光客数が増加するとともに,観光関連 産業も増えてくる.一方で,商業活動が観光地に 与えるマイナス面の影響も指摘されている(趙,
2012).
以上のような背景をふまえて,中国国内におけ る観光地の発展が顕著に見られる地域として,本 研究では,厦門市・鼓浪嶼を研究対象とする.本 研究の目的は,商業店舗と業種構成の変化および 宿泊施設の推移と利用変化の分析を通じて,中国 厦門市・鼓浪嶼の観光地化とその特徴を明らかに することである.
(2)研究の方法
上記の研究目的を達成するために,以下のよう な順序と方法で研究を進める.
まず,鼓浪嶼の歴史,地理概況について整理す る.次に,竜頭路 2) の変化について,聞き取り 調査に基づいて分析する.続いて,景観観察にく わえ,観光業への新規参入者に対する聞き取り調
中国・鼓浪嶼の観光地化とその特徴
呉 晨峰
2008 年以前,観光発展により,鼓浪嶼では,観光業を中心とした新たな空間が形成され,
従来の保養地から観光地としての姿に変貌してきた.本研究は,商業店舗と業種構成の変化お よび宿泊施設の推移と利用変化の分析を通じて,中国厦門市・鼓浪嶼の観光地化とその特徴を 明らかにすることである.
2009 年以降,三島政策により,島における歴史的建築物は,多様な観光利用施設に改造さ れた.また,福厦高鐵が開通にともなう観光客の大幅の増加を背景に,島における宿泊施設が 急速に増加し,鼓浪嶼は従来の日帰り観光地から現在の滞在型観光地に変化した.観光地化が 鼓浪嶼に及ぼした影響としては,地域の歴史風貌建築物の新生,内陸の出稼ぎ労働人口の流入,
地元住民の流失にともなう音楽をはじめとする地域文化の衰退,公租房の「住改非」などの問 題が指摘できる.結果として,鼓浪嶼における観光機能は特化され,居住機能をはじめとする 公共機能がさらに衰退する.
キーワード:観光地化,日帰り観光地,滞在型観光地,鼓浪嶼,厦門市 論 文
pp.3-12.
査に基づいて,鼓浪嶼の観光がさらに拡大した 2009 年以降の状況および地域の特徴について論 じる.さらに,観光地形成および観光拡大が鼓浪 嶼に及ぼした影響について検討する.
鼓 浪 嶼 に お け る 現 地 調 査 は,2008 年 8 月,
2009 年 8 月,2011 年 9 月,2013 年 1 月,計 4 回 にわたって実施した.2008 年 8 月および 2009 年 8 月の現地調査では,鼓浪嶼の観光地形成に関わ るプロセスを把握するために,メインストリート である竜頭路の道路沿いの商業店舗について調査 した.観察および地元の高齢者や店舗の関係者(経 営者もしくは従業員)を対象に聞き取り調査を 行った.
2011 年 9 月の現地調査では,竜頭路を再調査し,
2009 年以降の変化を把握した.それと並行して,
鼓浪嶼の宿泊施設についても記録した.2013 年 1 月の現地調査では,竜頭路の商業店舗および宿泊 施設の関係者へのインタビューとともに,行政関 係者などからの聞き取り,資料収集を実施した.
(3)研究調査地鼓浪嶼の概要
中国においては,1978 年から改革開放政策が 実施され,南東部に位置している港湾都市厦門市 は 1980 年,経済特区に指定され , 経済発展を遂 げた.厦門市は,厦門本島や鼓浪嶼を含む.その 都市人口は 168 万人,総面積は 1,569㎢ である.
厦門市は中国において,有名な観光都市である.
多くの観光客は,厦門を経由して,2 つ世界遺産
(武夷山と土楼)を訪れる.また,台湾観光の際 にも厦門市を経由することが少なくない.すなわ ち,厦門市は中国大陸側の南東部における重要な 交通拠点の 1 つである.
かつての共同租界地である鼓浪嶼は厦門の南西 部に位置している.面積は約 1.78㎢,人口は 1.6 万人の島嶼であり,厦門本島とは幅約 600m の鷺 江によって隔たれている(図 1).
鼓浪嶼は 1902 年に共同租界地となり,英国を 始めとする列強 13 ヶ国は,島に領事を駐在させ,
それぞれ国の様式の建築物を建設した.さらに,
1930 年代には,華僑によって,1,000 件以上の多 様なスタイルの別荘が建てられた.このように,
現在の鼓浪嶼の原型が形作られ,これらは,現在 では鼓浪嶼の重要な観光資源となっている.島内 には,華僑文化,西洋文化,南洋文化,閩南 3) 文化,
宗教文化など多様な文化が融合しながら併存して いる.及び鼓浪嶼原住民のライフスタイル(伝統 的な閩台居民の生活方式,家庭音楽会など)は多 くの観光者を引き寄せている.
(4)鼓浪嶼における観光推進の経緯
1956 年,厦門市における都市建設計画が立て られる際,鼓浪嶼は療養区に定められた.1959 年には,「鼓浪嶼の観光と無関係の企業の転入を 禁止する.」という規定が明示された.
1982 年の『厦門都市総体計画』では,鼓浪嶼 は観光区域に定められ,島内の常住人口は 2 万人 に制限された.また,観光と無関係な企業の立地 が禁止され,既存の工場は鼓浪嶼から相次いで転 出した.1988 年,国務院により,鼓浪嶼が国家
図 1 鼓浪嶼の位置(Google map により筆者作成)
写真 1 厦鼓両岸の景観
手前側が鼓浪嶼,対岸側が厦門本島である.
(鼓浪嶼・日光岩,2009 年 8 月 筆者撮影)
レベル重点風景名勝区として公表され,1991 年 以降は,鼓浪嶼区委員会によって, 「観光業を主軸,
工業と商業を両翼」とする経済発展戦略が打ち出 された. 2003 年,鼓浪嶼区は厦門本島の思明区 と合併し,従来の行政管理機能が思明区政府(鼓 浪嶼街道弁)に移行した.同年,鼓浪嶼管理委員 会が成立,2009 年,鼓浪嶼は世界文化遺産に申 請された.
2. 鼓浪嶼・竜頭路の観光化とその変化
(1) 観光のメインストリート・竜頭路の観光化
島の観光地化をみるために,主要な調査地域と して,竜頭路を選択した.この理由は次の 2 点で ある.1 点目は,竜頭路が従来から港と主要観光 スポットとの結節点として機能してきたことであ り,2 点目は,島内でも有数の繁華な商業地区と なっていることである.現地調査では,とくに,
竜頭路の中心部である旧竜頭路の商業店舗の業種 変化により,以下のことがわかった.
1)建国初期 (1950 年代)
1950 年,旧竜頭路沿いの施設は 41 件で,この うち売店が 13 件,飲食店が 1 件,住宅が 15 件,
公共施設が 6 件,工場が 2 件,土産品店が 4 件で あった(図 3 − a).商業施設では,地元住民向 けの織物や靴などの小売店と日用品店が 7 割で あった.
2)改革開放後(1978 年− 2009 年)
1978 年の改革開放後,文化大革命を機に閉店 した店舗が相次いで新しく開店した.かつての住 宅は改築され,一階部分は店舗として利用された.
これら店舗は主に地元住民向けで,靴店,醤油店 などの小売店と,理容店などのサービス店が営ま れた.1980 年代の経済特区への指定以降は,鼓 浪嶼への訪問者は増加し,観光客向けの小売店が 増えた.1980 年以降,旧竜頭路沿いの店舗の業 種構成は大きく変化した.とくに 2000 年以降に 新規開店した店舗の多くは土産店である(図 3 − b).2009 年において,旧竜頭路沿いの施設は 53 件があり,このうち観光客向けの土産店は 33 件 を占めていた(62%).それと同時に,観光客を
図 2 鼓浪嶼における竜頭路(Google map より筆者作成)
図 3 竜頭路中心部(旧竜頭路)の変化
(1950・2009・2013 年)
(2008・2009・2013 年の現地調査により筆者作成)
受け入れるため,従来の住宅は,土産店や工芸品 店や飲食店などとして利用されるようになってい る.このことから,竜頭路は従来の生活空間から 現在の商業を中心とする観光空間に変換したこと が言える.
3)観光拡大以降(2009 年以降− 2013 年)
2011 年の統計によれば,鼓浪嶼を訪れる観光 者数は 800 万人を上回り,2012 年には 1,136 万人 を記録した.こうした観光者数の大幅な増加に伴 い,島の核である竜頭路もさらに大きく変わった.
現地調査により,従来竜頭路に集中していた商 業店舗は,2009 年以降,周辺の福州路(竜山洞 方面),泉州路(内䆢澳方面),海壇路,晃岩路(日 光岩方面),福建路(菽荘花園方面),鹿礁路(晧 月園方面)へと放射状に外延化しつつあることが 確認された(図 2).
図 3 − c によれば,2013 年の竜頭路においては,
従来は土産店であった西側の店舗が飲食店に変化 し,また,同様に従来は土産店であった中央部は 若年層の観光客向けの私有売店となっている.
写真 2 の左側の店舗をみると,2008 年には茶 販売店,肉の乾物店,玉細工店が営まれていたが,
2013 年ではすべてが飲食店となっている.また,
写真中央奥の 2 つの建物の利用状況をみると,
2008 年では,右側の黄色い建築物の 1 階でのみ 工芸品店が営業していた.2013 年には,建物の 1 階部分を飲食店が占めており,2 階以上は旅館と して利用されている.
観光化により,旧竜頭路を中心とした島の核で ある竜頭路の空間利用には大きな変化がもたらさ れた.竜頭路は,港と主要観光スポットとの結節 点として機能するのみならず,現在,観光商店街 として観光客を集める役割も果たしている.すな わち,かつては地域住民に向けた生活機能に重点
が置かれた竜頭路は,現在の観光客向けの街路へ と変容した.
(2)観光化による竜頭路における商業の変化 1)経営者の属性
2013 年の調査によると,竜頭路の観光関連施 設の経営者は,他地域の出身者によって多くが占 められ,全体の 70% を超えている.2009 年以降,
若年層の経営者が増えつつある.観光客向けの雑 貨店の経営者は「80 後」 4) である.彼らは,島 に定住するようになった.2009 年以前の鼓浪嶼 においては,若年層を中心とした厦門本島への人 口流出が顕著であったが,現在では,島外へと流 出した若年層が再び島内に回帰する現象が起こっ ている.また,外国人経営者の観光業への参入も 見られ,このほか,対岸側の台湾からの影響を受 けて 「台湾」 をイメージした商業施設も確認できる.
2)経営の方式
かつての竜頭路の商業店舗経営は,個人による 経営が中心であったが,近年の観光の拡大によっ て,家族経営や提携経営方式が主流となっている.
①個人経営から家族経営へ 〜 K 店舗を事例に〜
1991 年,福建省泉州市恵安出身の 40 代の J 氏 夫婦は出稼ぎのため鼓浪嶼に移住した.当初,夫 は島の工事現場で働き,妻は竜頭路にある自由市 場で海産物を売っていた.観光の発展にともない,
J 氏は自分の店舗を構えることに成功し , 従来の 経験を活かしながら観光客向けに海鮮乾物を売る ようになった.20 年ほど経った現在,家族 5 人が,
1 人あたり 5 件の店舗を経営している.これらの 店舗は全て K と名づけられる.現在の鼓浪嶼に おいて,最大規模な家族経営店舗であるといえる.
②個人経営から提携型経営へ
店舗 P,Z,G の 3 人の出資者は,個人による 経営のリスクを抑えるために,共同出資の形式 をとっている.2009 年時点においては,店舗の 90% は個人経営によるものであったが,観光の 拡大にともない,各商店間での競争が激化してお り,複数の出資者が提携関係を結んで店舗を開業 するケースがみられるようになっている.多くの 場合,出身者は直接経営には携わらず,経営専門 の業者に店舗経営を委託しているという.
3)経営の内容
まず,前述した K 店舗は厦門近郊の海滄区に 海鮮乾物加工場を所有している.従来から海鮮乾
写真 2 竜頭路中心部(2013 年)(鼓浪嶼・竜頭路,2013 年 1 月 筆者撮影)
物を中心に取り扱っているが,近年では観光客向 けに手作り小物の販売も重視するようになった.
土産店の他,宿泊施設や飲食店も経営しており,
経営内容は多様化している.
また,従来の竜頭路は,工芸品や土産店を代表 する老舗によって多くを占めたが,現在雑貨店を はじめとする創意店舗や,観光客向けのカフェ,
バー,喫茶店や海鮮レストランなどの飲食店が増 加した.現在竜頭路の店舗のなか,新たな業態を 代表する新型店舗は 65% を占めている.観光の 拡大により,老舗と新型店舗の競争は激しくなり つつあり,店舗の賃貸料は大幅に増加している.
新型店舗の場合,利益率が高いことから,支店を 開店する度に,竜頭路の一等地を広く占有した.
そのため,竜頭路全体の家賃も上昇する傾向があ るという.現在の鼓浪嶼では,利益率の低い老舗 が賃貸料の急上昇の影響により相次いで閉店して いく一方で , 「新型店」の進出が増加する傾向に ある.言い換えれば,家賃の上昇は,竜頭路をは じめとする島内の業種構成に大きな変化をもたら していると言える.
4)経営時間
このなか,夜間営業も盛んに行われている.
2009 年以前の鼓浪嶼では,すべての店舗が午後 9 時には閉店し,夜間の人影は少なかった.しかし 2009 年以降,宿泊施設の増加や観光客の増加,
渡船の無休運転により,24 時間営業の店舗や屋 台が現れた.
3. 鼓浪嶼㳇㲦㲭㳧宿泊業㳊展開㳄㲹㳊変化
(1) 鼓浪嶼における宿泊業の展開 1)日帰り観光地(2008 年以前)
改革開放以前では,出張や親族訪問を理由に厦 門を訪問する際の兼観光として鼓浪嶼を訪れる観 光形態が一般的であった.当時の鼓浪嶼観光は,
日光岩や菽荘花園,海水浴場への訪問に限られ,
2 〜 3 時間ほどの「半日遊」とも言われた.
1980 年代の初めは,鼓浪嶼の宿泊施設は市政 府の接待専用の招待所 1 件のみであった.1986 年以降,個人経営の竜頭旅社が営業し始めた.そ の後,いくつかの国有宿泊施設が相次いで建設さ れ,島の宿泊業の中心を担うようになった.図 3 をみると,2008 年以前に開業した宿泊施設はわ ずか 18 件で,総部屋数は約 600 室である.この うちの 8 件は,竜頭路に集中しており,観光客を
対象とした小規模(平均 10 室)な個人経営が行 われていた.一方,残りの 10 件の多くは島の周 縁部に分布しており,比較的大規模である.これ らは政府や国有企業,軍隊が所有し経営され,政 府関係の要人や軍の高官に向けた療養施設として 利用されている.
また,1994 年に厦門市政府が公布した『厦門 経済特区企業登録管理条例』では,住宅は経営と して改造することが禁止されていた.さらに,鼓 浪嶼の建設計画によって,個人や企業による島内 での建築物の建設と改造が禁止されていた.これ らの制約のなか,2008 年までの間,宿泊業の発 展が制限されていたと考えられる.このように,
2008 年以前の鼓浪嶼の宿泊産業は,国有宿泊施 設を中心に,少数の個人経営旅館がそれを補う,
という構造を成していた.
一方で,厦門の宿泊施設はほぼ厦門本島に集中 している.とくに,その多くが鼓浪嶼の対岸に位 置する思明区に立地していることからも,厦門本 島との近接性に恵まれた鼓浪嶼は,日帰り観光地 としての利便性を有していたと考えられる.
2)滞在型観光地 (2009 年以降)
近年,鼓浪嶼を訪れる観光客の増加にともない,
宿泊機能を充実させる必要性が高まり,宿泊施設 は急速に増加している.
2008 年,厦門市政府は鼓浪嶼を「公園・レク リエ−ション・文化」の島と定め,宿泊施設は
「レクリエ−ションの島」建設活動の中心事業と
輪渡港 三丘田港
内䆢澳港
鷺 江
厦門本島
0
竜頭路 主要範囲 内䆢澳竜頭 100M
2008年以前 2009年以降 開業年次
図 3 鼓浪嶼の宿泊施設の分布及び発展
(2013 年 1 月の現地調査により筆者作成)
された.聞き取り調査によれば,鼓浪嶼では,広 大な敷地を持つ旧別荘が宿泊産業の建設地として もっとも適しているという.2008 年までは,島 内には多数の住宅禁商令 5) の対象物件が存在し,
その多くは活用されていないのが実状で,観光施 設として利用されている歴史建築物 6) は全体の 20% にすぎなかった(呉,2009).
2008 年以降,市政府が『住宅禁商』の規制緩 和を実施し,宿泊産業の発展を支援するように なった.これを契機に,歴史建築物が改築され宿 泊施設として利用される例が継続的に現れ始め た.2008 年 6 月,鼓浪嶼家庭旅館商家協会とい う家庭旅館の商店会が組織され,2009 年から本 格的に発足,各家庭旅館を連携する島内の旅館運 営の共同的なネットワークが作られた.このよう な観光を意識した旅館ネットワークが主体となっ て,宿泊産業の活性化が取り組まれている.島の 宿泊業に大きな役割を果たしている.
図 3 によれば,2009 年に,22 件の宿泊施設が 建設された.なかでも,個人経営の旅館(家庭旅 館という)の増加がもっとも著しい.分布からみ ると,22 件のうち,9 件が竜頭路に位置している.
残りの 13 件は島内に分散し点在している.
2010 年から 2013 年 1 月まで,鼓浪嶼では計 86 件の宿泊施設が新たに建設された.島南部の竜頭 地区に 47 件が建設され,このうちの 19 件が竜頭 路沿線に位置し,竜頭路の宿泊機能はより充実し た.また,新規に開業した宿泊施設は,泉州路と 福州路沿いに集中しており,とくに泉州路は, 「旅 館街」として知られるようになった.こうした宿 泊観光者の需要を満たすための関連産業も発展 し,レストランやランドリーなどの関連施設の増 加も見られる.つまり,竜頭地区の観光機能がさ らに特化されたと言える.
また,島北部の内䆢澳にも,39 件が新しく建 設された.島東端の三丘田港と西端の内䆢澳港は,
内䆢澳路によって結ばれており,宿泊施設や飲食 施設などが沿線で営業している.とくに最近では,
三丘田港の利用は拡大し,内䆢澳港が新規に開港 され,このことも内䆢澳路を軸とした内䆢澳地区 の急速な観光化を促す一因と考えられる.このよ うに,鼓浪嶼における観光発展は,繁華な竜頭地 区から新興の内䆢澳地区へと移行しつつあり,鼓 浪嶼の宿泊客の収容量は,従来の 19 件・600 客 室から現在の 137 件・2,800 客室へと増加,近年 では滞在型観光地のイメージが強くなってきた.
(2)鼓浪嶼における宿泊施設の利用変化 1)宿泊施設の利用者
鼓浪嶼の来訪者については,個人旅行者の利用 が多く,なかでもインターネットから情報を収集 することのできる若年層が中心である.宿泊施設 への宿泊は歴史建築物の見学を兼ねているという.
このなか,団体客は減少する一方で個人客が大 幅に増加している.また,観光者の送り出し先を みると,福建省外の場合,上海・浙江省を中心と する長江デルタと,広州・深圳を中心とする珠江 デルタからの観光者がもっとも多い.
これらの観光者は,福厦高鐵 7) を利用するパ ターンが多い.福建省内の場合,福州(県庁所在地)
や周辺都市の泉州・漳州からの観光客が主要であ る.2012 年には竜厦高鐵 8) も開通し,福建省と 経済活動の活発な他地域とを結びつけている.こ のことは,鼓浪嶼の観光地化,観光の拡大に大き な役割を果たしている.
2)宿泊施設の経営者と従業員
旅館の経営者が地域外出身者であることも 1 つ の特徴である.鼓浪嶼への外部資本参入は著しく,
これらの経営者の多くは島に在住していない.地 元出身の従業員も少なく,漳州・龍海,泉州・安 渓などの近隣の諸都市からの短期の出稼ぎ労働者 が多いため,従業員の入れ替わりも早い.厦門出 身者による経営の場合は,このほかに経営者の家 族や親戚が従事している.
(3)宿泊業への参入〜 表 1 の 4 番を事例に〜
表 1 に示した 4 番は 1900 年の英華中学校の教 員寮だったが,1930 年代に漳州商人が教会から 購入,2007 年まではその後継者と親戚が住んで いた.2007 年には住宅の修復が開始されたが,
歴史建物保護政策によって中止した.2008 年,
地元商人が不動産投資を目的に後継者から 4 番を 購入,一時的に空き家となるも,2009 年に経営 者の N 氏が 4 番を賃貸し宿泊施設へと改造した.
30 代の女性 N 氏は,厦門市郊外の同安区出身 である.N 氏は父(元建設業者)の影響で,1999 年上海同済大学の建築デザイン学部に入学した.
卒業後から 2006 年まで,上海で不動産会社企画 部に勤めていた.2008 年の金融危機による休業 期間に訪れた鼓浪嶼に魅了され,この島に長期滞 在することを決めたという.
2008 年以降,旅館ブームを追い風として,N
氏はビジネスチャンスを手に入れた.4 番を改造
には父も参加し,地元公務員の夫もこれに協力し た.さらに,当時大ヒットした台湾映画『海角 7 号』の広告効果も利用した.自らの専門を活かし,
海,ビーチ,音楽,ロマンチック,空気など鼓浪 嶼の観光要素を宿泊施設の内部デザインに取り入 れた.H 氏の母は地元料理「同安封肉」を提供し た.2009 年開業後,多くの観光客が泊まり,島 の人気旅館となった.さらに,4 番での成功をきっ かけとして,H 氏は 2010 年以降,現在までに,
島内で 5 つの個人旅館を経営している.
4. 鼓浪嶼㳊観光地化㳄㲹㳊特徴
(1)鼓浪嶼の観光地化
鼓浪嶼は従来の保養地から観光地に変容してき た.さらに,2009 年以降,地域の観光がさらに 拡大している.これは,地域における社会,経済,
文化,政治活動といった要素が相互作用した結果 と言えよう.
1)経営者による利益の追求
大量の観光客が来訪にともない,飲食,宿泊な どの巨大な市場の需要がもたらされた.経営者は,
観光客の需要に応え,ビジネスチャンスに乗じて 観光業に積極的に参加した.各経営者は,飲食店 の開業,宿泊施設の経営,家屋の転貸などで利益 を求め,鼓浪嶼の経済活動は活発化している.
2)地元住民(地主)による土地運用
地主は直接的または間接的に観光業に関与して いる.一部の地主は,自らの家屋を飲食店,旅館 に改造して経営しており,自らの家屋を外部の経
営者に売却・貸出し,家賃収入を得ている例もあ る.こうした地主による積極的な土地運用は,観 光業の進展を促している.
現在の鼓浪嶼において,わずか 1.78㎢ の面積 に 3,000 件余りの商業店舗が分布している.これ らは主に,観光客向けの宿泊施設,レストラン,
工芸品店などである.とくに宿泊施設の増加にと もない,宿泊施設や観光客に対し物品やサービス を供給することを目的とした業種,いわゆる観光 関連産業も発展を遂げており.宿泊施設を対象と したものでは,食事材料となる魚介類や野菜果物 の供給業と寝具類のクリーニング業など,新たに 宿泊施設への供給を専業とする業者も現われた.
観光客を対象としたものでは,レストラン,喫茶 店などの飲食業も増加した.鼓浪嶼の宿泊施設(と くに旅館)では食事を準備するところが少ないこ とから,観光客に食事を提供する飲食店等が新た に開業した.これらの経営者をみると,ほとんど は外来者で専業が多い.これらの立地場所は,街 心公園の周辺と宿泊施設の集まっている道沿いに 多い.周辺地域や近隣地域に多くの就業機会を提 供している.また,住宅の増改築を機会に宿泊業 を始める世帯も現われた.以上のように,宿泊施 設の開設は,小売業の中心とする地域の構造を根 底から覆したのではなく,従来からの構造に生じ ていた民間資本および住宅の再利用の「空き」を 埋める作用を果たした.
つまり,鼓浪嶼では,竜頭路の商業を軸に,宿 泊業が発展するとともに,このことが関連産業の 発達をも促している.観光資源,宿泊業,飲食業,
表 1 宿泊施設の展開とその特徴
(2013 年の聞き取り調査より筆者作成)
商店街,自由市場,運送業,港などの各地・各施 設が緊密に連携しながら,観光産業を基幹とする 地域形成が進んでいることを明らかにした(図 5).
(2)観光地化の特徴
鼓浪嶼の観光地の形成にともなって,地域住民 と地域社会にも大きな影響が与えられた.
1)産業構造の変化
1995 年から厦門市政府は,鼓浪嶼内の工場に
「閉,停,併,転」という転出政策を示し,2000 年には,すべての工場が転出した.観光産業によ る鼓浪嶼財政への貢献率は 70% に達し,地元産 業における大黒柱的な存在となった.こうして,
鼓浪嶼の地域産業構造は,かつての街区工場を中 心とした産業構造から,観光産業を核とした第三 次産業中心の構造へと転換することとなった.
2)地域人口の再構成
①新住民の流入
観光化以降,内陸からの出稼ぎ労働者(安徽省 の出身者がもっとも多い)が流入し,外来人口と して鼓浪嶼に根を下ろした.彼らの子女も鼓浪嶼 の小中学校に進学している.2009 年に観光が拡 大して以降,外部(厦門周辺)の観光業従事者も 島内に居住するようになった.とくに,旅館業者 および飲食業者が多くみられる.こうした外来人 口の流入は,近年の中国における「農村城鎮化」 9)
の進展および農村人口が城鎮居民に変化したもの
と言えよう.現在では,農村部からの出稼ぎ労働者 は島内の人口の半分を超えた.島の観光経済状況 や生活条件によって,人口の増加が促されている.
②原住民の流失
その一方,特に若年層を中心とした原住民では,
厦門本島へと移住するケースが多い.このうち,60 歳以上の高齢者の数は 4,000 人以上と推計されてい る.地域住民の流出に従い,かつての住民の生活 と不可分な公共施設が厦門本島に移転している.
若年層は都市の利便性を追求し,公共施設が少な く勤務機会や娯楽施設の少ない島から転出してい る.つまり,鼓浪嶼の人口変化パターンは「人口減 少−公共施設移出−人口再減少」という悪循環を 呈している.こうしたなか,鼓浪嶼における地元住 民の空洞化や人口の高齢化が懸念されている.
3)文化的側面
かつて建てられた多くの住宅は建設年代が古 く,老朽化しつつある.また,所有関係が不明な 場合や複雑な場合が多く,歴史建築物の保護は進 まなかった.2009 年以降の観光の拡大とともな い,鼓浪嶼における宿泊業は盛んになっている.
旅館を建設するため,大量の民間資本が投入され,
希少な地域資源である歴史建物が再利用されるよ うになった.言い換えれば,歴史建物の再生によ り,地域の建築文化は守られるようになっている.
その一方,出稼ぎ労働者の流入と地元原住民の 流出により,ピアノをはじめとする音楽文化が喪 失することも懸念される.
4)住民生活への影響
従来の音楽文化は商売や観光案内などの騒音へ と変化し,地域の物価は高く,住民の生活コスト は上昇している.観光施設が多く増加するととも に,水資源,電力などのエネルギー不足も指摘さ れるようになっており,排水処理などの地域のイ ンフラ整備も観光の発展ペースに呼応していない.
また,一部の宿泊施設は,開業手続きを大幅に 簡略化して開業されており,このために住宅や別荘
(主に歴史風貌建築)が不当に改造されるケースも 少なくなく,地域の景観は大きく変化している.
さらに,近年,公租房 10) も観光産業に参入し つつある.現在の竜頭路の店舗の家賃は,7 万円/
㎡ に達しているが,公租房の場合は,80 円/ ㎡ である.つまり,この間には約 1000 倍の価格差 があるため,鼓浪嶼の「住改非」は基本的に,
100 倍以上の利益を手にすることができる.また,
一部の企業は低家賃で関連部門から公租房を借り
図 5 鼓浪嶼における観光地化のモデル(筆者の聞き取り調査により作成)
て,高家賃で転貸している.原所有者の収益は少 なくなく,結果的に,家賃は高騰を続けている.
以上のように,鼓浪嶼における観光地と居住地の 共存問題には,検討課題が山積している状況にあ ることが指摘できる.
5. おわりに
鼓浪嶼の観光地化とその特徴を明らかになった ことは,以下のようにまとめることができる.
1)鼓浪嶼における急速な変容は歴史の進展,と くに,1980 年の厦門経済特区の設立と緊密に関 係している.観光地化のため,かつての生活地域 にある工場等のような生産機能を担うものが郊外 へ移転され,住宅が撤去された.従来の土地利用 は大きく変化している.とくに,竜頭地区の変化 がもっとも顕著である.竜頭路は,港と三大主要 観光スポットとの結節点として機能するのみなら ず,現在,観光商店街として観光客を集める役割 も果たしている.すなわち,かつては地域住民に 向けて生活機能に重点が置かれた竜頭路は,観光 客向けの街路へと変容した.
2) 滞在型観光地形成の根本的な条件としては,
宿泊業が入り込む「空き」が地域の構造の中にあ り,「空き」を宿泊業で埋めるのに必要な要素が 存在したことである.2009 年以降,規制緩和や 三島政策により,歴史建築物が多様な宿泊施設に 改造された.また,福厦高鐵が開通にともなう観 光客の増加を背景に,宿泊施設が急速に増加し,
観光関連産業の発達をみるなどのプロセスをへ て,宿泊産業の軸とする構造を生じた.つまり,
鼓浪嶼は従来の日帰り観光地から現在の滞在型観 光地に変化した.
3)観光地の形成さらに観光の拡大が鼓浪嶼に及 ぼした影響としては,地域の歴史風貌建築物の新 生,内陸の出稼ぎ労働人口の流入,地元住民の 流失にともなう音楽をはじめとする地域文化の衰 退,公租房の「住改非」などの問題が指摘できる.
結果として,鼓浪嶼における観光機能は特化され,
居住機能をはじめとする公共機能がさらに衰退す ることが推察される.
さらに,鼓浪嶼以外での地域での事例研究をも 進めることによって,観光地形成の一般性をとら えることが必要である.■
【注】
1)中華人民共和国の文化遺産保護制度の一つ.中華人民 共和国国務院が 1982 年に制定した制度である. 歴史 的価値や記念的価値が高く,現在も継続して使われて いる都市を保護する制度である.
2)1966 年 8 月 3 日に文化大革命のため,竜頭路を含んだ 街路群は「紅星路」へと改名された.1979 年 6 月,文 再び竜頭路に改名された.その他の街路「海後路」,「電 燈巷」,「日興路」,「棟柑巷」,「大埭路」,「彩屏巷」,「痲 雀街」を含めた街路群の総称としても用いられる.
3)主に福建省の南部 3 都市の泉州市,厦門市,漳州市の 範囲を指している.
4)中国では,とくに 1980 年以降に生まれた一人っ子を指 している.
5)2005 年から厦門市政府によって打ち出された.厦門中 心部のオフィスビル建設の促進など,都市建設を合理 的に進めることを目的としている.
6)2000 年 1 月,『厦門市鼓浪嶼歴史建築物保護条例』が 公布され,この条例では,経済特区厦門における歴史 建築物は「1949 年以前に鼓浪嶼で建てられ,歴史意義,
芸術特色や科学研究の価値を持ち,そして独特の形状 や建築材料も規定され,装飾精巧な建物である」と定 義されている.
7)福建省内二番目の高速鉄道,杭福深線路の一部である.
北の福州から,南の厦門まで,全長 273㎞,総投資 2,342 億円,2005 年 9 月に着工し,2010 年 4 月に全通した.
8)竜厦高鐵:福建省西部の竜岩市から南部の厦門市まで,
全長 140km,総投資 1,057 億円,2006 年 12 月に着工し,
2012 年 7 月に全通した.
9)中国政府は「都市化」政策を中国語で「城鎮化」と表 現している.農村からの流出人口を大都市「都市」よ り中小都市や農村地域の中心地区「小城鎮」に吸収さ せることである.
10)1950 年代から,政府は居住問題を解決するため,鼓 浪嶼の居住困難住民に部屋を安い家賃で提供する.契 約更新は 5 年毎である.
【参考文献】
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呉 晨峰(2009):中国・経済特区厦門市における観光の 空間の変容に関する研究−鼓浪嶼を事例として−.立 教大学大学院観光学研究科 2009 年度修士論文,110p.
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井上晶子・安島博幸(2008):川越に見る町並み観光地形 成に伴う観光関連事業の拡大.日本観光研究学会全国 大会学術論文集,309-312.
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潘 順安(2007):中国郷村観光メカニズムと開発モデ ル研究.東北師範大学人文地理 2007 年度博士論文,
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華僑大学建築学院 2012 年度修士論文,143p.