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『覚一本平家物語』の語句と物語叙述 : 「いくさ 」「合戦」「戦ひ」

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(1)

『覚一本平家物語』の語句と物語叙述 : 「いくさ

」「合戦」「戦ひ」

著者 城阪,早紀

雑誌名 同志社国文学

号 92

ページ 119‑134

発行年 2020‑03‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/00027188

(2)

﹃ 覚 一 本 平 家 物 語

﹄ の 語 句 と 物 語 叙 述

﹁ ︱

い く さ ﹂

﹁ 合 戦 ﹂

﹁ 戦 ひ ﹂

城 阪 早 紀

はじ めに 一一 八三 年︑ 平家 軍と 義仲 軍は 水嶋

・室 山で 戦い を交 えた

︒﹃ 覚 一本 平家 物語

﹄︵ 以下

﹁覚 一本

﹂︶ の巻 八﹁ 水嶋 合戦

﹂﹁ 室山

﹂に よ れば

︑平 家軍 は︑ 義仲 方の 大将 軍で ある 矢田 判官 代義 清︵ 水嶋

︶と 十郎 蔵人 行家

︵室 山︶ をや ぶっ て大 勝し

︑﹁ 会稽 の恥

﹂を 雪め とい う︒ これ らの 戦い は︑ 次に 引用 する よう に︑

﹁い くさ

﹂﹁ 合戦

﹂﹁ 戦ひ

﹂ のい ずれ とも 称さ れる

︒こ の違 いは

︑何 によ るの だろ うか

︒ 引用 の際 には

︑番 号と とも に︑ 地の 文は

︹地

︺︑ 会話 文は

︹会

︺︑ 文書 は︹ 文︺ の記 号を そえ

︑会 話文 の話 者は

︶内 に記 す︒

︹地

︺平 家は 室山

・水 嶋二 ケ度 のい くさ に勝 てこ そ︑ 弥勢 はつ きに けれ

︵巻 八﹁ 室山 151﹂

頁ઇ 行)

︹会

︺︵ 直実

︶﹁

⁝﹃ 室山

・水 嶋二 ケ度 の合 戦に 高名 した り﹄ と なの る越 中次 郎兵 衛は ない か︑ 上総 五郎 兵衛

︑悪 七兵 衛は ない か︑ 能登 殿は まし まさ ぬか

︒⁝

︵巻 九﹁ 一二 之懸 204﹂

頁઄ 行) અ

︹会

︺︵ 徳子

︶﹁ 我平 相国 のむ すめ とし て天 子の 国母 とな りし か ば︑ 一天 四海 みな たな ごゝ ろの まゝ なり

︒⁝

︵中 略︶

⁝か くて 室 山・ 水嶋

︑と ころ どこ ろの たゝ かひ に勝 しか ば︑ 人々 すこ し色 な をッ て見 えさ ぶら ひし 程に

︑⁝

︵ ﹂ 潅頂 巻﹁ 六道 之沙 汰﹂ 437頁

12行 ) 前稿

では

︑﹁ 木曽 最期

﹂の 末文 にあ たる

﹁粟 津の いく さ﹂ に関 わ って

︑﹁ いく さ﹂ と﹁ 合戦

﹂の 差異 につ いて 述べ たが

︑そ こで 十分 に論 じら れな かっ たと ころ もあ り︑ 本稿 では 改め て覚 一本 の名 詞

﹁い くさ

﹂﹁ 合戦

﹂﹁ 戦ひ

﹂の 意味

・用 法の 差異 を検 討し

︑覚 一本 の 語句 と物 語叙 述の あり よう につ いて 考え たい

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一一 九

(3)

一︑

﹁い くさ

﹂﹁ 合戦

﹂﹁ 戦ひ

﹁合 戦﹂ の語 につ いて は︑ 山本 秀人 氏

に詳 しい

︒﹁ 合戦

﹂は

︑漢 書・ 史記

・荀 子な どに みえ る漢 語で あり

︑日 本に おい て訓 読さ れる とき には

︑﹁ アヒ タタ カフ

﹂と 和訓 読み する 例︵ 興聖 寺蔵 大唐 西域 記巻 十二 平安 中期 点︶ と︑

﹁カ フセ ンス

﹂と 字音 読み する 例︵ 上杉 本史 記室 町点

︶と の両 方が ある こと を示 した

︒そ して

︑承 徳三

︵一

〇九 九︶ 年書 写加 点の 真福 寺本 将門 記を 取り 上げ て︑ 字音 読み

﹁合 戦ス

﹂の 場合 は抽 象的

・総 括的 だが

︑和 訓読 み﹁ 合戦 フ﹂ の場 合は より 具体 的・ 個別 的で ある とす る︒ 覚一 本に

﹁あ ひた たか ふ﹂ の語 がな いた め両 語を 対照 する こと は でき ない が︑

﹁合 戦す

﹂が 抽象 的・ 総括 的で ある とい う指 摘は

︑覚 一本 にも 通じ るも のと 思わ れる

︒ なお

﹁合 戦﹂ は︑ 漢籍 で﹁ 九月 壬戌

︑与

晋 恵公 夷吾

︑ 合-

戦 於 韓地

︵史 記巻 五秦 本紀

︶の よう に軍 兵ど うし が戦 いを 交え るこ と をい い︑ 日本 でも

﹁各 ノ軍 ヲ儲 テ可

合 戦

義ニ 成ヌ

﹂︵ 今昔 物語 集 巻二 五・ 五︶ のよ うに

︑軍

︑つ まり 軍兵 どう しが 戦い あう こと を 意味 する

︒ 一方 の﹁ いく さ﹂ は︑ 多義 語で ある

︒既 に辞 典類 で指 摘の ある こ とだ が︑

①﹁ 習射 所﹂

︵射 を習 ふ所

︶︵ 日本 書紀 北野 本訓 巻三

〇︶

のよ うに

︑弓 を射 るこ とを 意味 する 例と

︑②

﹁御 軍士

﹂︵ 皇子 は軍 兵を 引き つれ なさ って

︶︵ 万葉 集巻 二・ 一九 九︶ の よう に武 人・ 軍勢 を意 味す る例

︑や や遅 れて

③﹁ もろ こし のみ かど のい くさ にま けた まひ ぬべ かり ける 時﹂

︵前 田家 本宇 津保 物語

﹁内 侍の かみ

﹂︶ のよ うに 軍勢 どう しの 戦い を意 味す る例 がみ える

︒ これ につ いて

﹃古 語大 辞典

﹄の 語誌 は﹁

①︵ 弓を 射る こと

︒弓 を 射る 術︶ が原 義で

︑こ れが 転じ て弓 射る 人︑ 武人

︑軍 勢の 意味 にな り︑ さら に転 じて 合戦 の意 とな った

﹂と 説明 する

︒ま た︑

﹃日 本国 語大 辞典

﹄や

﹃古 語大 鑑﹄

︑﹃ 時代 別国 語大 辞典

︵室 町時 代編

︶﹄ も︑

﹁い くさ

﹂の 語釈

︵③ に相 当︶ とし て﹁ 合戦

﹂を 併記 する

︒こ うし たこ とか ら︑ 上代 では

﹁射 術﹂ やそ れを 行う

﹁兵 士﹂ を意 味し てい た﹁ いく さ﹂ が︑ しだ いに

﹁合 戦﹂ の意 味す ると ころ へ接 近し てい った と︑ ひと まず 理解 でき よう

︒ さて

︑動 詞﹁ 戦ふ

﹂が 名詞 化し た﹁ 戦ひ

﹂も 多義 語で ある

︒①

﹁此 等賽 論ヲ シケ ル間 ニ︑ 遂ニ 戦ニ 成ケ リ﹂

︵今 昔物 語巻 二六

・二 三︶ のよ うに

︑個 人間 の暴 力を 伴っ た諍 いを いう 例と

︑②

﹁ 戦

而無

︑良 将

﹂︵ 日本 書紀 北野 本訓 巻三

︶の よう に︑ 軍勢 どう しの 衝突 を指 す例 とが ある

︒﹃ 日本 国語 大辞 典﹄ は︑

②に 相当 する 語釈 に﹁ 戦争 をす るこ と︒ いく さ︒ 合戦

﹂と 記し

﹁い くさ

﹂や

﹁合 戦﹂ との 意味 の近 似を 認め る︒ また

︑③

﹁猶 漢の

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二

(4)

いく さよ はく

︑え びす のた ゝか ひこ はく して

︑官 軍皆 亡に けり

︵覚 一本 平家 物語 巻二

﹁蘇 武﹂

︶の よう に軍 兵を 意味 する 例も あり

︑ こち らは 平家 物語 の例 が早 いと され る︒ 以上 確認 した よう に︑

﹁い くさ

﹂﹁ 合戦

﹂﹁ 戦ひ

﹂は

︑い ずれ も

“武 力を 伴う 争い

”の 意味 を持 つ語 とい える

︒こ れら は覚 一本 にお いて

︑ど のよ うな 違い があ るの だろ うか

︑具 体的 に検 討し たい

︒ 二︑ 調査 対象 本稿 が対 象と する のは

︑覚 一本 の本 文中 の名 詞﹁ いく さ﹂

﹁合 戦﹂

﹁戦 ひ﹂ の三 語で ある

︒章 段名 の例

や︑ サ変 動詞

﹁い くさ す﹂

﹁合 戦 す﹂

︑お よび 複合 語は 除く こと とす る︒ 右の 条件 によ ると

︑﹁ いく さ﹂ 106は

例︑

﹁合 戦﹂ は27 例︑

﹁戦 ひ﹂ は14 例が 認め られ る︒ 意味 ごと の用 例数 は︑ 次の 通り であ る︒

﹁い くさ

106例

︵ઃ

︶軍 兵

20例

︵઄

︶武 力を 伴う 争い

86例

﹁合 戦﹂

27例

︵઄

︶武 力を 伴う 争い

27例

﹁戦 ひ﹂

14例

︵ઃ

︶軍 兵

ઇ例

︵઄

︶武 力を 伴う 争い

ઋ例 意味 ごと に︑ 文の 種類 の用 例数 をま とめ ると 次の よう であ る︒

︵ઃ

︶軍 兵 地の 文

会話 文

文 書 計 いく さ 16

20 戦 ひ ઇ

ઇ 軍兵 を意 味す る例 につ いて

︑﹁ いく さ﹂ は︑ 地の 文が 16例 で︑ 会 話文 がઆ 例で ある

︒会 話文 中の

﹁い くさ

﹂આ 例は

︑全 て慣 用句

﹁い くさ の陣

﹂で ある

︒ま た﹁ 戦ひ

﹂は

︑ઇ 例全 てが 地の 文で ある

︵઄

︶武 力を 伴う 争い 地の 文

会話 文

文 書 計 いく さ 31

55

86 合 戦 12

11

27 戦 ひ ઈ

ઋ 武力 を伴 う争 いを 意味 する 例に つい て︑

﹁合 戦﹂ は文 書中 での 使 用が આ例 みえ る︒

﹁い くさ

﹂に は︑ 文書 中の 例は なく

︑会 話文 の用 例が

︑86 例中 55例

︵64

%︶ と︑

﹁戦 ひ﹂

︵33

%︶ や合 戦︵ 41%

︶よ り も︑ 割合 とし て多 いこ とが 注目 され る︒

﹁戦 ひ﹂ も文 書で の例 はな い︒

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 一

(5)

会話 文の 話者 の性 別に つい て︑

﹁合 戦﹂ は11 例全 てが 男性 であ る︒

﹁い くさ

﹂は 49例 が男 性で ઈ例 は女 性︑

﹁戦 ひ﹂ は઄ 例が 男性 でઃ 例 は女 性で ある

︒和 語で ある

﹁い くさ

﹂と

﹁戦 ひ﹂ は女 性の 話し 言葉 とし て使 用さ れる

︒ 三︑ 軍兵 を意 味す る﹁ いく さ﹂ と﹁ 戦ひ

﹂ まず は︑ 軍兵 を意 味す る例 から 検討 する

︒﹁ いく さ﹂ は20 例あ り︑ この うち

︑આ ઈの よう に中 国故 事で અ例

︑ઇ のよ うに 神功 皇后 の新 羅攻 めで અ例

︑貞 任・ 宗任 討伐 で઄ 例み える

︒ また

﹁戦 ひ﹂ はઇ 例あ り︑ 全て が﹁ いく さ﹂ と対 で軍 兵の 強さ を いう 例で ある

︒中 国故 事で અ例

︵આ ઈの 二重 傍線

︶︑ 神功 皇后 の新 羅攻 めで

ઃ例

︵ઇ の二 重傍 線︶

︑貞 任・ 宗任 討伐 でઃ 例み える

︒ 軍兵 を意 味す る﹁ いく さ﹂ や﹁ 戦ひ

﹂は

︑物 語時 間か ら隔 たっ た︑ 異国 での 戦い を描 く場 面で

︑使 われ る傾 向が ある

﹁い くさ

﹂20 例と

﹁戦 ひ﹂ ઇ例 は︑ 全て 次の 慣用 的な 言回 しの 中 でみ える

① いく さ︵ が︶ 強

い/ 弱い

︵軍 兵の 強さ をい う︶ આ例 આ

︹地

︺い にし へ漢 王胡 国を 攻ら れけ るに

︑⁝ 漢王 のい くさ よは く︑ 胡国 のた ゝか ひこ はく して

︑官 軍み なう ちほ ろぼ さる

︵巻 二﹁ 蘇武 205﹂

頁ઊ 行)

︹地

︺昔 神功 皇后 新羅 を攻 させ 給ひ しに

︑御 方の たゝ かひ よは く︑ 異国 のい くさ こは くし て︑

︵巻 第七

﹁願 書﹂ 72頁

઄行 )

② いく さ︵ が︶ やぶ れる

︵軍 兵が 敗れ る︶ ઉ例 ઈ

︹地

︺今 度は 漢の 戦こ はく して

︑胡 国の いく さ破 にけ り︒

︵巻 二﹁ 蘇武 206﹂

頁15 行) ઉ

︹地

︺い くさ やぶ れに けれ ば︑ 主上 をは じめ たて まッ て︑ 人々 みな 御船 にめ して 出給 ふ⁝

︵巻 九﹁ 落足 226﹂

頁12 行)

③ いく さを しづ む/ いく さ︵ が︶ しづ む︵ 軍兵 を鎮 圧す る︶

઄例 ઊ

︹地

︺異 国の いく さを しづ めさ せ給 ひて 後︑

︵巻 五﹁ 都遷 333﹂

頁11 行) ઋ

︹地

︺東 国北 国の いく さい かに もし づま らず

︵巻 七﹁ 主上 都落

﹂92 頁12 行)

④ わが いく さ︵ 自ら の軍 兵︶

઄例 10

︹地

︺わ がい くさ の吉 例な れば とて 七手 に作 る︒

︵巻 七﹁ 火打 合戦

﹂67 頁16 行)

⑤ いく さの 陣︵ 戦場

︶ઇ 例 11

︹会

︺︵ 清盛

︶﹁ さり 共い くさ の陣 なら ば︑ 是程 浄海 は臆 せじ 物 を﹂

︵巻 三﹁ 御産 219﹂

頁઄ 行) ただ し﹁ いく さ﹂ の例 の中 には

︑解 釈の 幅が 認め られ る例 もあ る︒ ઉは 平家 の軍 兵が 敗れ たと 取れ る一 方で

︑戦 いに 敗れ たと 解す るこ

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 二

(6)

とも でき

︑ઊ ઋも 蜂起 した 軍兵 を鎮 める とも

︑争 乱を 収め ると も取 れる

︒ま た10 は︑ 義仲 軍の 戦法 とも 解釈 でき る︒ 四︑ 武力 を伴 う争 いを 意味 する

﹁い くさ

﹂ 続い て︑ 武力 を伴 う争 いを 意味 する

﹁い くさ

﹂86 例に つい て︑ 後 述す る﹁ 合戦

﹂と の対 比か ら検 討す る︒

ઃ 文 書

﹁い くさ

﹂は

︑文 書で の例 はな い︒

઄ 会話 文

﹁い くさ

﹂の 特徴 とし て︑ 会話 文で の使 用が 86例 中55 例と 多い こ とが あげ られ る︒ 話者 は男 性が 49例 と大 半を 占め るが

︑女 性の 例も ઈ例 ある

︒女 性の 例は 後で 述べ るこ とと し︑ 先に 男性 の例 を示 す︒ 12

︹会

︺︵ 義経

︶﹁

⁝今 夜夜 討に よす べき か︑ あす のい くさ か﹂ と の給 へば

︵巻 九﹁ 三草 合戦 194﹂

頁઄ 行) 13

︹会

︺︵ 平家 方︶

﹁い くさ はさ だめ てあ すの いく さで ぞあ らん ず らん

︒い くさ にも ねぶ たい は大 事の こと ぞ︒ よう ねて いく させ よ﹂

︵巻 九﹁ 三草 合戦 194﹂

頁15 行) 12は

︑義 経が 夜討 を仕 掛け るか 思案 する 場面 であ る︒ 義経 は夜 討を

決断 する が︑ 平家 方は 13の よう に︑ 油断 して いた ため に敗 れて しま う︒

﹁い くさ

﹂は この 例の よう に︑ 武士 が味 方ど うし で会 話す る場 面や

︑武 士の 心内 語と して 使用 され

︑そ の数 は39 例に もな る︒

﹁い くさ

﹂は 戦場 で交 わさ れる

︑武 士の 日常 語と いえ る︒ અ 公 私

﹁い くさ

﹂に は︑

﹁保 元の いく さ﹂ のよ うに 元号 を冠 する 例は ない

︒ 一方 で︑

﹁い くさ

﹂は 私戦 であ る同 士軍 を指 す例 があ る︒ 14

︹会

︺︵ 景時

︶﹁

⁝御 弟九 郎大 夫判 官殿 こそ

︑つ ゐの 御敵 とは 見 えさ せ給 候へ

︒そ のゆ へは

︑︵ 義経

︶﹃

⁝本 三位 中将 殿こ なた へた ばじ と候 ば︑ まい ッて 給は るべ し﹄ とて

︑す でに いく さい でき 候 はん とし 候し を︑

⁝﹂

︵巻 十一

﹁腰 越﹂ 363頁

ઋ行 ) 14は

︑梶 原景 時が 頼朝 に讒 言を する 場面 であ る︒ ここ での

﹁い く さ﹂ は︑ 一谷 で生 捕っ た重 衡の 扱い を不 満に 思っ た義 経が

︑範 頼と 対立 しそ うに なっ たこ とを さす

︒ 覚一 本に

﹁ど しい くさ

︵同 士軍

︶﹂ はઅ 例あ り︑ いず れも 義経 と 景時 が味 方ど うし で対 立す るこ とを さす

︒ આ 地 名 地名 を冠 する

﹁い くさ

﹂は

︑ઉ 例あ る︒

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 三

(7)

15

︹会

︺︵ 義仲

︶﹁

⁝を み・ あひ だの いく さよ りは じめ て︑ 北国 に は︑

⁝︑ 西国 には 福隆 寺縄 手・ さゝ のせ まり

︑板 倉が 城を 責し か ども

︑い まだ 敵に うし ろを 見せ ず︑

⁝﹂

︵巻 八﹁ 皷判 官﹂ 152頁

12行 ) 16

︹会

︺︵ 義仲

︶﹁ 今は 思ふ 事な し︒ たゞ し十 郎蔵 人殿 の志 保の い くさ こそ おぼ つか なけ れ︒

⁝﹂

︵巻 七﹁ 倶梨 迦羅 落﹂ 74頁 15行 ) 15は

︑義 仲が これ まで に重 ねて きた 戦い を回 顧す る発 言で ある

︒こ こで の﹁ いく さ﹂ は︑ 過去 の出 来事 とし て戦 いを 客観 的に とら える とい うよ りも

︑﹁ 敵に うし ろを 見せ

﹂る こと のな かっ た義 仲軍 の戦 いぶ りを いう もの であ る︒ 続く 16は

︑倶 利伽 羅峠 で平 家軍 に勝 利し た義 仲の 発話 であ る︒ ここ での

﹁い くさ

﹂も

︑﹁ おぼ つか なけ れ﹂ とあ るよ うに

︑十 郎蔵 人行 家の 戦い ぶり をい うも ので ある

︒ ઇ 時 間 16の

﹁志 保の いく さ﹂ が︑ 過去 の出 来事 では なく

︑現 在行 われ て いる 戦い であ るこ とも 注目 され る︒ 次の

઄例 も同 様に

︑現 在の

﹁い くさ

﹂で ある

︒ 17

︹会

︺或 は分 どり して かへ る物 もあ り︑ 或は いた 手お うて 腹か きき り︑ 河へ 飛入 物も あり

︒橋 のう への いく さ︑ 火い づる 程ぞ たゝ かい ける

︒こ れを みて

⁝︵ 忠清

︶﹁ あれ 御ら ん候 へ︒ 橋の う

への いく さ手 いた う候

︒⁝

︵巻 四﹁ 橋合 戦﹂ 311頁

15行 ) 18

︹会

︺院 方に 候け る近 江守 仲兼

︑其 勢五 十騎 ばか りで

︑法 住寺 殿の 西の 門を かた めて ふせ く処 に︑ 近江 源氏 山本 冠者 義高 馳来 た り︑

﹁い かに をの 〳〵 は︑ 誰を かば はん とて 軍を ばし 給ふ ぞ︒ 御 幸も 行幸 も他 所へ なり ぬと こそ 承は れ﹂

︵巻 八﹁ 法住 寺合 戦﹂ 157頁

ઋ行 ) 17は 平家 の侍 大将 忠清 が︑ 平家 方の 劣勢 を見 て取 った 時の 発話 であ る︒ ここ での

﹁い くさ

﹂は

︑忠 清の 眼前 で行 われ てい る戦 いで あり

︑ 腹を 切る 者や 身を 投げ る者 がい たり と︑ 具体 的で ある

︒18 も︑ 義高 が目 撃し た︑ 法住 寺殿 の西 門を 守る 仲兼 らの 戦い であ る︒ また 1920 は︑ 近い 将来 に自 らが 行う

﹁い くさ

﹂で ある

︒ 19

︹会

︺︵ 実盛

︶﹁

⁝実 盛今 度の いく さに

︑命 いき てふ たゝ びみ や こへ まい るべ しと も覚 候は ず﹂ と申 けれ ば︑

︵巻 五﹁ 富士 川﹂ 373頁

ઊ行 ) 20

︹会

︺︵ 小宰 相︶

﹁⁝ いつ より も心 ぼそ げに うち なげ きて

︑︵ 通 盛︶

﹃明 日の いく さに は︑ 一ぢ やう うた れな んず とお ぼゆ るは と よ︒ 我い かに もな りな んの ち︑ 人は いか ゞし 給ふ べき

⁝﹄ なん ど いひ しか ども

︑⁝

︵巻 九﹁ 小宰 相身 投﹂ 228頁

15行 ) 19で 実盛 は︑ 戦い を前 に討 死す る覚 悟を 語り

︑20 で小 宰相 は︑ 通盛 が戦 いの 前日 に死 を予 感し てい たこ とを 語る

︒こ こで も﹁ いく さ﹂

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 四

(8)

は︑ 個別

・具 体的 であ る︒ ઈ 動作 主 さて 動作 主に つい て考 える と︑ 16は 行家 軍の

︑18 は仲 兼ら の﹁ い くさ

﹂で あっ た︒ この よう に﹁ いく さ﹂ は︑ 軍兵 の衝 突全 体の 中か ら︑ 特定 の集 団や 人物 の戦 闘に 焦点 を当 てる 例が ある

︒次 に引 用す るの અ例 は︑ 一人 物に 焦点 を当 てた

﹁い くさ

﹂で ある

︒ 21

︹地

︺手 塚太 郎︑ 郎等 がう たる ゝを みて

︑弓 手に まは りあ ひ︑ 鎧の 草摺 ひき あげ て二 刀さ し︑ よは る処 にく んで おつ

︒斎 藤別 当 心は たけ くお もへ ども

︑い くさ には しつ かれ ぬ︑ 其上 老武 者で は あり

︑手 塚が 下に なり にけ り︒

︵巻 七﹁ 実盛

﹂80 頁઄ 行) 22

︹会

︺︵ 兼平 は︶ ゐの こし たる 八す ぢの 矢を

︑さ しつ め引 つめ さ ん〳 〵に ゐる

︒死 生は しら ず︑ やに わに かた き八 騎ゐ おと す︒ 其 後打 物ぬ いて あれ には せあ ひ︑ これ に馳 あひ

︑き ッて まは るに

︑ 面を あは する もの ぞな き︒

⁝︵ 中略

︶⁝ 今井 四郎 いく さし ける が︑ 是を きゝ

︑﹁ いま はた れを かば はん とて かい くさ をば すべ き︒

⁝﹂

︵巻 九﹁ 木曽 最期 181﹂

頁13 行) 23

︹会

︺河 野が 身に かへ て思 ひけ る郎 等を

︑讃 岐七 郎を しな らべ てく で

おち

︑と ッて おさ へて 頸を かゝ んと する 処に

︑河 野四 郎 とッ てか へし

︑郎 等が うへ なる 讃岐 七郎 が頸 かき 切て

︑ふ か田 へ

なげ いれ

︑大 音声 をあ げて

︑﹁ 河野 四郎 越智 通信

︑生 年廿 一︑ か うこ そい くさ をば すれ

︒﹂

︵巻 九﹁ 六ケ 度軍 188﹂

頁ઇ 行) 21は

︑実 盛が 敵一 人を 討ち 取る も︑ 老齢 と疲 労︑ 刀傷 とが 重な って

︑ つい に組 み伏 せら れた 場面 であ る︒ ここ での

﹁い くさ

﹂は

︑実 盛が その 日に 重ね た戦 いで

︑身 体感 覚を 伴う なま なま しい もの であ る︒ 22は

︑兼 平が 義仲 の死 を知 った 場面 であ る︒ この

﹁い くさ

﹂は

︑義 仲を 自害 させ るた の兼 平の 奮闘 であ り︑ こち らも 矢を 射た り刀 を抜 いて 戦っ たり と具 体的 であ る︒ そし て23 は︑ 河野 通信 が主 従二 騎で 敗走 する 途中

︑郎 党が 討た れそ うに なっ たの を見 て引 き返 す場 面で ある

︒こ こで の﹁ いく さ﹂ は︑ 郎党 を助 ける ため

︑命 を顧 みず に讃 岐七 郎を 討ち 取っ た戦 いで ある

︒ ઉ 女 性 話者 が女 性で あっ ても

︑﹁ いく さ﹂ が︑ 生き 死に をか けた 戦い を 意味 する

︑な まな まし い語 であ るこ とは 変わ らな い︒ 24

︹会

︺︵ 維盛 北の 方︶

﹁⁝ いく さと いふ 時は

︑た ゞい まも やう た れ給 らん と心 をつ くす

︒⁝

︵巻 十﹁ 首渡 240﹂

頁઄ 行) 25

︹会

︺女 房達

﹁中 納言 殿︑ いく さは いか にや いか に﹂ と口 々に とひ 給へ ば︑

⁝﹂

︵巻 十一

﹁先 帝身 投﹂ 335頁

12行 ) 24は

︑都 にい る維 盛の 北の 方が

︑斎 藤兄 弟か ら消 息を 聞く 場面 であ

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 五

(9)

る︒ 北の 方は

︑維 盛が 討た れる かも しれ ない こと を︑ わが こと とし てと らえ てい る︒ 25は

︑壇 浦で の戦 況を 知盛 に尋 ねる

︑女 房た ちの 発言 であ る︒ この 戦い の行 く末 は女 性た ちの 運命 をも 左右 する もの であ り︑ 彼女 たち もま た﹁ いく さ﹂ の当 事者 とい える

︒ ઊ 戦法

・戦 い方

﹁い くさ

﹂は

︑戦 闘そ のも のだ けで なく

︑戦 いを どの よう に進 め るか とい う戦 法を 意味 する 例も ある

︒ 26︹ 会︺

︵平 家方

︶﹁ 汝等 はふ るひ 者共 也︒ いく さの 様を もを きて よ﹂ とて

︑北 国へ むけ られ たり

︵巻 七﹁ 篠原 合戦

﹂77 頁આ 行) 27

︹会

︺︵ 忠清

︶﹁ 入道 殿の 御定 には

︑い くさ をば 忠清 にま かせ さ せ給 へと 仰候 しぞ かし

︒⁝ たゞ 富士 河を まへ にあ てて

︑み かた の 御勢 をま たせ 給ふ べう や候 らん

︵巻 五﹁ 富士 川﹂ 371頁

ઈ行 ) 26は

︑実 戦経 験の 豊富 な畠 山重 能ら を︑

﹁戦 いの やり かた をさ しず せよ

﹂と 派遣 する 場面 であ る︒ 27は

︑坂 東へ 攻め よう とす る維 盛と

︑ 味方 を待 つべ きだ とす る忠 清の 意見 が対 立す る場 面で ある

︒忠 清が 清盛 から 任さ れた

﹁い くさ

﹂は

︑26 と同 様に

︑軍 兵を どの よう に動 かし

︑い つど こで 戦い を交 える かと いう 戦法 であ る︒ こう した

﹁い くさ の様

﹂は

︑勝 敗に 直結 する

︒ 28

︹会

︺︵ 実盛

︶﹁

⁝い くさ はせ いに はよ らず

︑は かり 事に よる と

こそ 申つ たへ て候 へ︒

⁝﹂

︵巻 五﹁ 富士 川﹂ 373頁

ઉ行 ) 29

︹会

︺︵ 義仲

︶﹁

⁝但 かけ あひ のい くさ は勢 の多 少に よる 事也

︒ 大勢 かさ にか けて はあ しか りな ん︒

⁝︒

⁝日 をま ちく らし

︑平 家 の大 勢を くり から が谷 へ追 おと さう ど思 ふな り﹂

︵巻 七﹁ 願書

﹂68 頁ઊ 行) 28で 実盛 が言 うよ うに

︑い くさ の勝 敗は

﹁は かり 事﹂ によ って 決ま る︒ たと えば

︑双 方の 兵力 が正 面か らぶ つか る﹁ かけ あひ のい く さ﹂

︵29

︶で は︑ 勢の 多い 方が 有利 とさ れる

︒そ のた め義 仲は

︑日 暮れ を待 って 平家 軍を 谷へ と追 い込 む作 戦を 取り

︑勝 利を 収め た︒ ઋ 勝ち 負け

﹁い くさ

﹂に は︑

﹁勝 つ/ 負く

﹂と 共起 する 例が 12例 ある

︒ 30

︹地

︺源 平両 方時 つく り︑ 矢合 して

︑互 に舟 ども おし あは せて せめ たゝ かふ

︒遠 きを ば弓 でゐ

︑近 きを ば︑ 太刀 でき り︑ 熊手 に かけ てと るも あり

︑と らる ゝも あり

︑⁝

︒⁝ 思ひ 〳〵 心々 に勝 負 をす

︒⁝

︵中 略︶

⁝平 家は 鞍を き馬 を舟 のう ちに たて られ たり け れば

︑舟 さし よせ

︑馬 ども ひき おろ し︑ うち のり 〳〵 おめ いて か けけ れば

︑源 氏の 勢︑ 大将 軍は うた れぬ

︑わ れさ きに とぞ 落行 け る︒ 平家 は水 嶋の いく さに 勝て こそ

︑会 稽の 恥を ば雪 めけ れ︒

︵巻 八﹁ 水嶋 合戦 143﹂

頁ઉ 行)

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 六

(10)

31

︹地

︺源 氏阿 波国 勝浦 につ いて

︑八 嶋の いく さに うち かち ぬ︒

︵巻 十一

﹁鶏 合壇 浦合 戦﹂ 327頁

અ行 ) 30の

﹁水 嶋の いく さ﹂ は︑ 開戦 から 戦い の様 子が 詳細 に描 かれ る︒ 中略 部分 では

︑源 氏の 侍大 将が 討た れた のを 見た 大将 軍義 清が

︑真 っ先 に進 んで 戦う も︑ 船が 沈没 した こと が描 かれ る︒ 31の

﹁八 嶋の いく さ﹂ も︑ 巻十 一﹁ 勝浦 大坂 越﹂ で義 経が

﹁八 嶋の 城へ よせ 給 ふ﹂ と攻 撃を 仕掛 けて から

︑﹁ 嗣信 最期

﹂﹁ 那須 与一

﹂﹁ 弓流

﹂の 四 章段 にわ たっ て戦 いが 描か れて いた

︒﹁ いく さ﹂ の勝 ち負 けは

︑こ うし た武 士の 戦い によ って 決ま る︒ 戦い の結 果を

“平 家の 勝ち

”と いう か“ 源氏 の負 け” とい うか は︑ 両軍 のど ちら に視 点を 置く かに よっ て異 なる

︒﹁ いく さ﹂ が﹁ 勝つ

/負 く﹂ と共 起す るこ とは

︑﹁ いく さ﹂ が客 観的 に事 態を とら える 語と いう より も︑ ある 集団 に焦 点を 当て るこ との ある 語で ある こと も関 わる だろ う︒ 10 災 禍

﹁い くさ

﹂は 武士 の戦 闘さ す語 であ るが

︑そ れは 武士 以外 の人 物 から する と災 禍で ある

︒ 32

︹地

︺伊 豆・ 駿河 の人 民・ 百姓 等が いく さに おそ れて

︑或 は野 にい り︑ 山に かく れ︑ 或は 船に とり のッ て海 河に うか び︑

︵巻 五﹁ 富士 川﹂ 373頁

12行 ) 33

︹地

︺治 承・ 養和 の飢 饉︑ 東国

・西 国の いく さに

︑人 だね ほろ びう せた りと いへ ども

︑⁝

︵巻 十一

﹁一 門大 路渡 350﹂

頁13 行) 32は

︑﹁ あす は源 平富 士河 にて 矢合 とさ だめ たり

﹂と 富士 川で の戦 いを 目前 に控 えた 場面 であ る︒ 在住 の﹁ 人民

・百 姓﹂ らは

︑﹁ いく さ﹂ に巻 き込 まれ るこ とを

﹁お それ て﹂

︑野 山や 海へ と逃 れる

︒33 でも

︑﹁ 東国

・西 国の いく さ﹂ は﹁ 治承

・養 和の 飢饉

﹂と 併記 され てお り︑ 人命 を奪 う災 禍と され る︒ 五︑ 武力 を伴 う争 いを 意味 する

﹁合 戦﹂ 続い て︑ 武力 を伴 う争 いを 意味 する

﹁合 戦﹂ 27例 につ いて 述べ る︒

ઃ 文 書

﹁合 戦﹂ は︑ 牒状 や願 書と いっ た文 書中 でઆ 例み える

︒ 34

︹文

︺︵ 義仲

︶﹁

⁝悪 逆を しづ めん がた めに 義兵 を発 す処 に︑ 忽 に三 千の 衆徒 に向 て不 慮の 合戦 を致 ん事 を︒

⁝﹂

︵巻 七﹁ 木曽 山門 牒状

﹂87 頁઄ 行) 34は

︑入 京前 の義 仲が 山門 に対 して 送っ た牒 状中 の例 であ る︒

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 七

(11)

઄ 会話 文

﹁合 戦﹂ は会 話文 に11 例み える

︒発 話場 面を みる と︑ 上位 者に 進 言す る時 や晴 れの 場な ど︑ 公の 性格 が強 い場 面に 限定 され る︒ 35

︹会

︺熊 野別 当︑ 鎌倉 殿へ 飛脚 を奉 て︑

︵湛 増︶

﹁当 国湯 浅の 合 戦の 事︑ 両三 月が 間に 八ケ 度よ せて 攻戦

︒⁝

︵巻 十二

﹁六 代被 斬﹂ 415頁

ઇ行 ) 36

︹会

︺︵ 忠綱

︶﹁

⁝秩 父・ 足利 なか をた がひ

︑つ ねは 合戦 をし 候 しに

︵巻 四﹁ 橋合 戦﹂ 312頁

ઉ行 ) 35は 湛増 が頼 朝に 合戦 の次 第を 報告 する 場面 で︑ 上位 者に 進言 する 例と いえ る︒ また 36の よう に︑ 戦場 で大 音声 をあ げて 敵味 方に 呼び かけ る名 のり や詞 戦な どは

︑晴 の場 での 発言 であ る︒ અ 公 私 3738 のよ うに 保元

・平 治の

﹁合 戦﹂ はઉ 例み え︑ 固有 名詞 とし て定 着し てい るこ とが 窺え る︒ これ らは 物語 時間 から 隔っ た︑ 歴史 上の 出来 事で ある

︒ 37

︹地

︺抑 源三 位入 道と 申は

︑摂 津守 頼光 に五 代︑ 三河 守頼 綱が 孫︑ 兵庫 頭仲 政が 子也

︒保 元の 合戦 の時

︑御 方に て先 をか けた り しか ども

︑さ せる 賞に もあ づか らず

︵巻 四﹁ 鵼﹂ 324頁

઄行 ) 38

︹会

︺︵ 慶秀

︶﹁

⁝是 は一 とせ 平治 の合 戦の 時︑ 故左 馬頭 義朝 が

手に 候ひ て︑ 六条 河原 で打 死仕 候し 相模 国住 人︑ 山内 須藤 刑部 丞 俊通 が子 で候

︒⁝

︵巻 四﹁ 大衆 揃﹂ 308頁

અ行 ) また

︑﹁ 合戦

﹂に 私戦 をさ す例 がな いこ とか らも

︑公 の性 格が 強 い傾 向に ある とい える

︒ આ 地 名 地名 を冠 する

﹁合 戦﹂ は︑

﹁室 山・ 水嶋 二ケ 度の 合戦

﹂︵

઄︶ がઃ 例︑

﹁湯 浅の 合戦

﹂︵ 35︶ がઃ 例︑

﹁石 橋山 の合 戦﹂ が઄ 例あ る︒ 39

︹地

︺此 院宣 をば 錦の 袋に いれ て︑ 石橋 山の 合戦 の時 も︑ 兵衛 佐殿 頸に かけ られ たり ける とか や︒

︵巻 五﹁ 福原 院宣 366﹂

頁ઊ 行) 39の

﹁石 橋山 の合 戦﹂ は︑ 流人 であ った 頼朝 がは じめ て挙 兵し た戦 いで ある

︒こ の時 頼朝 の首 には

︑勅 勘を 許し 平家 を討 伐す るこ とを 命じ る院 宣が かけ られ てい たと いう

︒こ こで の合 戦は

︑歴 史を 叙述 する 上で 重要 な戦 いと いえ る︒ ઇ 時 間

﹁合 戦﹂ は︑ 保元

・平 治の

﹁合 戦﹂ がそ うで ある よう に︑ 過去 の 出来 事を さす 例が 中心 だが

︑そ の日 に起 きた 戦い をさ す例 もあ る︒ 40は

︑義 経が 後白 河法 皇に 河原 合戦 の次 第を 報告 する 例で ある

︒こ こで

﹁合 戦﹂ とあ るの は︑ 上位 者に 進言 する とい う場 面性 の問 題も

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 八

(12)

ある が︑ その 報告 がど のよ うに なさ れて いる のか を確 認し たい

︒ 40

︹地

︺⁝ 九郎 義経 を大 床の きは へめ して

︑合 戦の 次第 をく はし く御 尋あ れば

︑義 経か しこ まッ て申 ける は︑

﹁義 仲が 謀叛 の事

︑ 頼朝 大に おど ろき

︑範 頼・ 義経 をは じめ とし て︑ むね との 兵物 卅 余人

︑其 勢六 万余 騎を まい らせ 候︒ 範頼 は勢 田よ りま はり 候が

︑ いま だま いり 候は ず︒ 義経 は宇 治の 手を せめ おと いて

︑ま づ此 御 所守 護の ため には せ参 じて 候︒ 義仲 は河 原を のぼ りに おち 候つ る を︑ 兵物 共に おは せ候 つれ ば︑ 今は 定て うッ とり 候ぬ らん

﹂と

︵巻 九﹁ 河原 合戦 174﹂

頁14 行) 合戦 の次 第を 尋ね られ た義 経は

︑頼 朝が 範頼

・義 経を 派遣 した 経緯 と両 軍の 動向

︑義 経軍 が宇 治川 で義 仲軍 を破 った こと

︑義 仲の 敗走 経路 など を︑ 時系 列に 沿っ て述 べて いる

︒直 前ま で自 分た ちが 行っ てい た具 体的 な戦 闘に は触 れず

︑大 局的

︑客 観的 な報 告で ある

︒ ઈ 動作 主

﹁い くさ

﹂は 特定 の集 団や 人物 の戦 いを 焦点 化す るこ とが あっ た が︑

﹁合 戦﹂ には そう した 例は ない

︒ 41

︹地

︺同 十八 日︑ 肥後 守貞 能が 伯父

︑平 太入 道定 次を 大将 とし て︑ 伊賀

・伊 勢両 国の 住人 等︑ 近江 国へ うち 出た りけ れば

︑源 氏 の末 葉等 発向 して 合戦 をい たす

︵巻 十﹁ 三日 平氏 289﹂

頁13 行)

ここ での

﹁合 戦﹂ の動 作主 は﹁ 源氏 の末 葉﹂ だが

︑具 体的 な戦 闘の 様子 は記 され ない

︒こ こで も︑ 源氏 の末 葉と 平太 入道 定次 との 間に 戦い が起 こる まで の経 緯を

︑日 時添 えて 客観 的に 述べ てい る︒ ઉ 女 性

﹁合 戦﹂ は︑ 女性 の話 し言 葉と して 使用 され ない

︒ ઊ 寺社 勢力 戦い を歴 史的 な出 来事 とし てと らえ る﹁ 合戦

﹂は

︑武 士ど うし だ けで なく

︑寺 社勢 力に よる 戦い をも 指す

︒34 で引 用し た義 仲と 山門 との 対立 も︑ これ に含 まれ る︒ 42

︹地

︺⁝ 山上 には

︑堂 衆学 生不 快の 事い でき て︑ かつ せん 度々 に及

︒毎 度に 学侶 うち おと され て︑ 山門 の滅 亡︑ 朝家 の御 大事 と ぞ見 えし

︵巻 二﹁ 山門 滅亡 堂衆 合戦 194﹂

頁12 行) 43

︹文

︺︵ 三井 寺︶

﹁⁝ 昔唐 の会 昌天 子︑ 軍兵 をも ッて 仏法 をほ ろ ぼさ しめ し時

︑清 凉山 の衆

︑合 戦を いた して これ をふ せく

︒⁝

︵巻 四﹁ 南都 牒状 299﹂

頁16 行) 44

︹地

︺治 承の 合戦 の時

︑こ ゝに うッ たッ て伽 藍を ほろ ぼし 給へ るゆ へな り︒

︵巻 十一

﹁重 衡被 斬﹂ 377頁

15行 ) 42は 比叡 山の 堂衆 と大 衆と の﹁ 合戦

﹂で あり

︑両 者が 武力 衝突 する

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一二 九

(13)

こと は﹁ 山門 の滅 亡︑ 朝家 の御 大事

﹂で ある

︒43 は会 昌天 子が

﹁仏 法﹂ を滅 ぼそ うと した 例︑ 44は 重衡 が南 都を 全焼 させ た事 件を

﹁合 戦﹂ とい って いる

︒こ れら は︑ 仏教 史上 の重 大事 件で ある

︒ 一方 の﹁ いく さ﹂ は︑ 全て が武 士に よる 戦い であ った

︒ ઋ 勝ち 負け

﹁合 戦﹂ は﹁ 勝つ

/負 く﹂ と共 起す る例 はな い︒ 以上 述べ てき たこ とに つい て︑ 要点 をま とめ ると 次の よう にな る︒

﹁い くさ

﹂は

︑会 話文 での 例が 86例 中55 例と 大半 を占 め︑ 武士 の 日常 語で ある こと が指 摘で きる

︒ま た﹁ いく さ﹂ は︑ 武士 によ る個 別・ 具体 的な 戦闘 を意 味す る語 であ り︑ 人の 生き 死に がか かっ た︑ なま なま しさ を伴 うも ので ある

︒そ れは 武士 以外 の人 物か らす ると

︑ 人命 を奪 うお それ のあ る災 禍で あっ た︒ 特定 の集 団や 個人 に焦 点を あて る例 があ るこ とか ら︑ 主観 性の 強い 傾向 にあ ると いえ る︒ 一方 の﹁ 合戦

﹂は

︑願 書や 牒状 とい った 文書 中で 使用 され

︑会 話 文中 の例 も︑ 正式

・公 的な 場面 に限 定さ れる

︒両 軍の 衝突 を俯 瞰的 にと らえ る語 であ り︑ 客観 的な 傾向 が強 い︒ 具体 的に は︑ 保元

・平 治の 合戦 や︑ 石橋 山の 合戦

︑仏 法の 滅亡 をも たら す寺 社勢 力の 関わ る戦 いな ど︑ 歴史 上の 出来 事を さす 語で ある

六︑ 武力 を伴 う争 いを 意味 する

﹁戦 ひ﹂ 最後 に﹁ 戦ひ

﹂に つい て考 えた い︒ ただ し﹁ 武力 を伴 う争 い﹂ を 意味 する

﹁戦 ひ﹂ は︑ ઋ例 と少 ない

︒そ の理 由は

︑﹁ 戦ひ

﹂の 使用 が次 の場 面に 限ら れる ため と考 えら れる

①文 脈上

﹁い くさ

﹂の 語が ふさ わし いが

︑武 士に よる 戦闘 が行 われ てい ない ため に︑

﹁い くさ

﹂で はな く﹁ 戦ひ

﹂を 使う

②文 脈上

﹁合 戦﹂ の語 がふ さわ しい が︑ 勝敗 をい う場 面で は︑

﹁合 戦﹂ では なく

﹁戦 ひ﹂ を使 う︒

﹁い くさ

﹂を

﹁戦 ひ﹂ に言 い換 える 45

︹地

︺平 家の 侍備 中国 の住 人妹 尾太 郎兼 康は

︑北 国の 戦ひ に︑ 加賀 国住 人倉 光の 次郎 成澄 が手 にか ゝッ て︑ いけ どり にせ られ た りし を︑ 成澄 が舎 弟倉 光の 三郎 成氏 にあ づけ られ たり

︵巻 八﹁ 妹尾 最期 143﹂

頁10 行) 46

︹会

︺︵ 文覚

︶﹁

︵頼 朝︶

﹃此 若公 の父 三位 中将 殿は

︑初 度の 戦の 大将 也︒ 誰申 共叶 まじ

﹄と

⁝﹂

︵巻 十二

﹁泊 瀬六 代﹂ 406頁

઄行 ) 45は

︑生 捕り にな った 兼康 の動 向を 説明 する 一文 であ る︒

﹁北 国の 戦ひ

﹂は 倶利 伽羅 峠の 戦い を指 すが

︑こ こで の勝 負は 戦闘 によ って では なく

︑義 仲の 策に はま った 平家 軍が 倶利 伽羅 峠に 落ち るこ とで

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一三

(14)

つい てい た︒ また 46は 六代 の助 命を 請う 文覚 に対 し︑ 六代 が維 盛の 子で ある こと を理 由に 断る 頼朝 の発 話で ある

︒﹁ 初度 の戦

﹂と は︑ 富士 川の 戦い を指 し︑ ここ での 勝敗 も︑ 戦闘 では なく

︑水 鳥の 羽音 に驚 いた 平家 軍が 敵前 逃亡 した こと で決 着す る︒ 4546 は︑ 兼康 が戦 場で 生捕 りに なっ たこ とや

︑維 盛が 戦地 に赴 いた こと を具 体的 に述 べて おり

︑文 脈上 は﹁ いく さ﹂ とい うの がふ さわ しい よう に思 われ る︒ しか し︑ 倶利 伽羅 峠で も富 士川 でも

︑武 士に よる 戦闘 は行 われ てい ない

︒そ のた めに

︑﹁ いく さ﹂ では なく

﹁戦 ひ﹂ の語 が選 択さ れた ので はな いだ ろう か︒

﹁い くさ

﹂と

﹁戦 ひ﹂ を︑ 武士 によ る戦 闘の 有無 によ って 使い 分 ける 例と して

︑次 のよ うな もの があ る︒ 47

︹地

︺近 年行 人と て︑ 大衆 をも 事共 せざ りし が︑ かく 度々 の戦 にう ちか ちぬ

︵巻 第二

﹁山 門滅 亡堂 衆合 戦﹂ 195頁

઄行 ) 48

︹地

︺︵ 堂衆 らが

︶城 の内 より 石弓 はづ しか けた りけ れば

︑大 衆 官軍 かず をつ くい てう たれ にけ り︒ 堂衆 に語 らふ 悪党 と云 は︑ 諸 国の 窃盗

・強 盗・ 山賊

・海 賊等 也︒ 欲心 熾盛 にし て︑ 死生 不知 の 奴原 なれ ば︑ 我一 人と 思き ッて たゝ かふ 程に

︑今 度も 又学 生い く さに まけ にけ り︒

︵巻 二﹁ 山門 滅亡 堂衆 合戦 195﹂

頁14 行) 47は 堂衆

︵行 人︶ が大 衆に 勝利 した こと を記 す一 文で ある

︒武 士が 参戦 して いな いこ の場 面で は︑

﹁戦 ひ﹂ とあ る︒ 48も 堂衆 と大 衆の

対立 だが

︑こ こで は堂 衆に 悪党 が︑ 大衆 に武 士で ある 官軍 が与 して いる

︒引 用部 では

︑攻 め寄 せる 大衆 と官 軍に 対し

︑城 に籠 もる 悪党 らが

︑石 弓を 使う など

﹁我 一人 と思 きッ て﹂

︑応 戦す る様 が描 かれ てい る︒ こう した 場面 では

︑﹁ いく さ﹂ とあ る︒

﹁合 戦﹂ を﹁ 戦ひ

﹂に 言い 換え る 49

︹地

︺⁝ 昔も ろこ しに

︑漢 高祖 と楚 項羽 と位 をあ らそ ひて

︑合 戦す る事 七十 二度

︑た ゝか いご とに 項羽 かち にけ り︒

︵巻 十﹁ 千手 前﹂ 265頁

ઉ行 ) 49の 二重 傍線 部で は高 祖と 項羽 が﹁ 合戦 する

﹂と いい

︑後 続の 句で は︑ それ を﹁ 戦ひ

﹂と 言い 換え る︒ 物語 時間 から 遠く 隔た った 高祖 と項 羽と の戦 いに は︑

﹁合 戦﹂ の語 がふ さわ しい と思 われ る︒ しか し覚 一本 は︑ 前述 のよ うに 合戦 の勝 ち負 けを いう こと を避 ける 傾向 にあ る

ため に︑

﹁戦 ひ﹂ が選 ばれ たの では ない だろ うか

︒ 次の 例も

︑同 じ理 由か ら﹁ 戦ひ

﹂と ある よう に思 われ る︒ 50

︹地

︺御 方た ゝか ひか ちぬ と聞 えし かば

︑蘇 武は 曠野 のな かよ りは い出 て︑

﹁是 こそ いに しへ の蘇 武よ

﹂と ぞな のる

︵巻 二﹁ 蘇武 206﹂

頁15 行) 51

︹地

︺さ れど もつ ゐに は項 羽た ゝか いま けて ほろ びけ る時

︵巻 十﹁ 千手 前﹂ 265頁

ઊ行 )

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一三 一

(15)

おわ りに 以上 述べ てき たよ うに

︑﹁ いく さ﹂

﹁合 戦﹂

﹁戦 ひ﹂ は︑ いず れも 武力 を伴 う争 いを 意味 する 語で ある が︑ 覚一 本に おい ては

︑意 味・ 用法 の差 異が 認め られ た︒ すな わち

︑﹁ 合戦

﹂が 歴史 的な 出来 事を いう 客観 性の 強い 語で ある のに 対し

︑﹁ いく さ﹂ は集 団や 人物 に焦 点を 当て た個 別・ 具体 的な 武士 の戦 いを 意味 する 語で あっ た︒

﹁い くさ

﹂が 武士 の戦 闘を 意味 する のは

︑﹁ いく さ﹂ が軍 兵を 意味 する 語で もあ るこ とが 関わ って いよ う︒ また

﹁戦 ひ﹂ が︑

﹁い くさ

﹂ と﹁ 合戦

﹂の 両語 を言 い換 える かた ちで 使わ れて いた のは

︑﹁ 戦ひ

﹂ が軍 勢を 伴わ ない 二者 間の 争い を意 味す るな ど︑ 語義 が広 いこ とに よる もの と思 われ る︒ 本稿 の検 討を 踏ま えて

︑室 山・ 水嶋 での 戦い を﹁ いく さ﹂

﹁合 戦﹂

﹁戦 ひ﹂ と呼 び分 ける こと を考 える と︑ 次の よう にな ろう

ઃで

﹁い くさ

﹂と ある のは

︑平 家軍 と義 仲軍 が水 嶋・ 室山 で繰 り 広げ た戦 闘に つい て︑ 平家 の側 から 勝敗 をい うた めと 考え られ る︒

઄で

﹁合 戦﹂ とあ るの は場 面性 によ るも ので

︑名 のり とい う晴 の 場で の発 言の ため と考 えら れる

︒ અは

︑大 原を 訪れ た後 白河 法皇 に対 する 徳子 の発 話で ある

︒女 性 の発 言と して

﹁合 戦﹂ は適 切で はな く︑ また

﹁い くさ

﹂の 語も

︑生

き死 にの かか った 戦闘 を意 味す る︑ なま なま しい 語で ある ため

︑法 皇に 向け た発 言と して 不適 切で ある ため に︑

﹁戦 ひ﹂ が選 ばれ たと 考え られ る

︒ そし て﹁ いく さ﹂ と﹁ 合戦

﹂と の関 係は

︑次 の例 に明 らか であ る︒ 52

︹地

︺⁝ 美濃 源氏 佐渡 衛門 尉重 貞と いふ 者あ り︑ 一と せ保 元の 合戦 の時

︑鎮 西の 八郎 為朝 がか たの いく さに まけ て︑ おち うと に なッ たり しを から めて いだ した りし 勧賞 に︑ もと は兵 衛尉 たり し が右 衛門 尉に なり ぬ︒

︵巻 七﹁ 主上 都落

﹂93 頁આ 行) この 一文 は︑ 保元 の合 戦で 為朝 を捕 縛し た重 貞に つい て述 べた もの であ る︒ ここ でも

﹁合 戦﹂ は︑ 歴史 上の 出来 事を 客観 的に いい

﹁い くさ

﹂は

︑そ こで 行わ れた 武士 によ る戦 いを さし てい る︒ 覚一 本が

﹁い くさ

﹂と

﹁合 戦﹂ とを 使い 分け るこ とは

︑戦 いに の ぞむ 武士 に寄 りそ い︑ 戦場 での 高揚 感や 死の 覚悟

︑不 安と いっ た心 情を も描 くい くさ と︑ 戦い が起 きた 経緯 と結 果を 客観 的に とら える 合戦 とい う︑ 二つ の視 座を 持ち 合せ てい たこ とを 示唆 する

︒ こう した 二つ の視 座を 持つ こと よっ て覚 一本 は︑ 武士 のい くさ に よっ て合 戦を 描き

︑合 戦に よっ て物 語を 進展 させ ると いう

︑有 機的 な叙 述を 可能 にし たと いえ よう

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一三 二

(16)

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 引用 は︑ 以下 によ る︒

﹇影 印﹈

﹃平 家物 語﹄

︵龍 谷 大学 善本 叢書

︶思 文閣 出版

︑一 九九 三年

︒﹇ 翻刻

﹈高 木市 之助 ほか 校注

﹃平 家物 語﹄

︵日 本古 典文 学大 系︶ 岩波 書店

︑一 九五 九~ 六〇 年︒ 引用 の 際に は日 本古 典文 学大 系の 判断 を尊 重し

︑促 音・ 撥音 を小 字で 補い

︑補 読箇 所も 本文 と同 様に 扱っ た︒ 巻一

~六 は上 巻︑ 巻七

~一 二と 灌頂 巻は 下巻 であ る︒

② 城阪 早紀

﹁﹃ 覚一 本平 家物 語﹄

﹁木 曽最 期﹂ 考

﹁粟 津の いく さ﹂ を めぐ って

﹂﹃ 国語 国文

﹄八 八・ 三︑ 二〇 一九 年三 月︒

③ 山本 秀人 氏は

︑延 慶本 平家 物語 に﹁ 合戦 ス﹂ と﹁ 相闘

﹂の 両語 があ る こと を指 摘し

︑和 語﹁ あひ たた かふ

﹂は

︑動 作主 体が 個人

︑も しく は個 人に 着目 した 表現 であ ると 述べ る︒ 山本 秀人

﹁真 福寺 本将 門記 にお ける

﹁合 戦︵ カフ セン

︶ス

﹂と

﹁合 戦︵ アヒ タタ カ︶ フ﹂

﹂﹃ 筑紫 語学 論叢

઄ 日本 語史 と方 言﹄ 風間 書房

︑二

〇〇 六年

④ 山本 氏は

︑和 語﹁ あひ たた かふ

﹂の 語が

︑竹 取物 語に

઄例 みえ るこ と を指 摘し

︑﹁ あひ たた かふ

﹂が 本来 の︑ もし くは 平常 の日 本語 表現 とし て用 いら れて いた 可能 性を 指摘 する

︒た だし

︑﹁ 合戦

﹂を 和製 漢語 とす る特 段の 根拠 が見 出し 難い こと から

︑﹁ 合戦

﹂は 本来 の漢 語と みる のが 自然 とす る︒

﹃古 語大 辞典

﹄﹁ いく さ﹂ 項は

︑原 田芳 起氏 によ る︒

⑥ 章段 名と して は︑

﹁合 戦﹂ は11 例︑

﹁い くさ

﹂は

઄例 ある

︒巻 二﹁ 山門 滅亡 堂衆 合戦

﹂・ 巻四

﹁橋 合戦

﹂・ 巻六

﹁横 田河 原合 戦﹂

・巻 七﹁ 火打 合 戦﹂

・巻 七﹁ 篠原 合戦

﹂・ 巻八

﹁水 嶋合 戦﹂

・巻 八﹁ 法住 寺合 戦﹂

・巻 九

﹁河 原合 戦﹂

・巻 九﹁ 三草 合戦

﹂・ 巻十 一﹁ 志度 合戦

﹂・ 巻十 一﹁ 鶏合 壇浦 合戦

﹂︒ 巻一

﹁俊 寛沙 汰・ 鵜川 軍﹂

・巻 九﹁ 六ケ 度軍

﹂︒

⑦ 梶原 正昭

・山 下宏 明校 注﹃ 平家 物語

﹄︵ 新古 典文 学大 系︶

︑岩 波書 店︑

一九 九一

~三 年︒

⑧ この 傾向 は︑ 覚一 本独 自の もの と思 われ る︒ たと えば

︑﹃ 延慶 本平 家 物語

﹄に は︑

﹁合 戦﹂ の勝 ち負 けを いう 例も みえ る︒

⑨ 徳子 が︑ 法皇 に対 して

﹁い くさ

﹂と いう 例は

ઃ例 ある が︑ これ は知 盛 の発 言を 引用 した もの であ る︒ (徳 子︶

﹁⁝ さて も門 司・ 赤間 の関 にて

︑い くさ はけ ふを 限と 見え しか ば︑

⁝﹂

︵潅 頂巻

﹁六 道之 沙汰

﹂) (知 盛︶

﹁い くさ はけ ふぞ かぎ り︑ 物ど も︑ すこ しも しり ぞく 心あ るべ か らず

︒﹂

︵巻 第十 一﹁ 鶏合 壇浦 合戦

﹂) 参考 文献

*諸 橋轍 次﹃ 大漢 和辞 典﹄ 大修 館書 店︑ 一九 五五

~六

〇年

*中 村幸 彦編

﹃角 川古 語大 辞典

﹄角 川書 店︑ 一九 八二 年︒

*中 田祝 夫・ 和田 利政

・北 原保 雄﹃ 古語 大辞 典﹄ 小学 館︑ 一九 八三 年︒

*日 本国 語大 辞典 第二 版編 集委 員会

・小 学館 国語 辞典 編集 部編

﹃日 本国 語 大辞 典第 二版

﹄小 学館

︑二

〇〇

〇~ 二年

*築 島裕 編﹃ 古語 大鑑

﹄東 京大 学出 版会

︑二

〇一 一年

~現 在刊 行中

*上 代語 辞典 編修 委員 会編

﹃時 代別 国語 大辞 典︵ 上代 編︶

﹄三 省堂

︑一 九 六七 年︒

*室 町時 代語 辞典 編修 委員 会編

﹃時 代別 国語 大辞 典︵ 室町 時代 編︶

﹄三 省 堂︑ 一九 八五

~二

〇〇 一年

*瀧 川亀 太郎

﹃史 記会 注考 証﹄ 東方 文化 学院 東京 研究 所︑ 一九 三二

~四 年︒

*吉 田賢 抗﹃ 史記

﹄︵ 新釈 漢文 大系

︶明 治書 院︑ 一九 七三 年︒

*前 田育 徳会 尊経 閣文 庫編

﹃日 本書 紀﹄

︵尊 経閣 善本 影印 集成

︶八 木書 店︑ 二〇

〇二 年︒

*佐 佐木 信綱 ほか 編﹃ 校本 萬葉 集﹄ 岩波 書店

︑一 九七 九~ 八二 年︒

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一三 三

(17)

*小 島憲 之・ 木下 正俊

・東 野治 之校 注﹃ 萬葉 集﹄

︵新 編日 本古 典文 学全 集︶ 小学 館︑ 一九 九四

~六 年︒

*宇 津保 物語 研究 会校

﹃宇 津保 物語 前田 家本

﹄古 典文 庫︑ 一九 五七

~九 年︒

*山 田孝 雄ほ か校 注﹃ 今昔 物語 集﹄

︵日 本古 典文 学大 系︶ 岩波 書店

︑一 九 五九

~六 三年

﹃覚 一本 平家 物語

﹄の 語句 と物 語叙 述

一三 四

参照

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