博士論文審査報告書
申請者:4004S315 Liu Tiewa
論文タイトル: The Changing Influence of the United States in the United Nations System: the IMF, UNESCO, the UNSC
和訳 :国連システムにおけるアメリカの影響力の変遷:IMF、ユネスコ、安全 保障理事会
1. 本論文の概要
国際政治学理論におけるパワーの概念を用い、また国際組織論におけるオープンネス
(openness)の議論を発展させ、パワーとオープンネスという分析枠組を提示し、こ
れにより、アメリカの国連システム、具体的には、IMF、ユネスコ、国連安全保障理事 会における政治的影響力の変遷を論じる。
2. 本論文の構成
序論 アメリカと国連システム
第1章 国際組織におけるアメリカの影響力:理論的検討 第1節 国際組織と国家の関係
第2節 戦後国際組織における覇権構造
第3節 戦後国際組織におけるアメリカ影響力とパワー要因 第4節 戦後国際組織におけるアメリカ影響力とオープンネス 第5節 時間軸の限定と考察対象としてのケース
第2章 相対的パワー、組織オープンネス、先行研究 第1節 アメリカのパワーと影響力
第2節 オープンネスと影響力
第3節 影響力のレベルとアメリカの覇権についての仮説 第4節 分析枠組の意義
第3章 IMFにおけるアメリカ影響力の変化
第1節 IMFにおけるアメリカ影響力についての命題 第2節 アメリカのクオータと投票
第3節 アメリカの人的影響力とIMF政策決定 第4節 SDR
第5節 BWS,コンディショナリティ、資金供与 第6節 アメリカ、IMF, 東アジア通貨危機 第4章 ユネスコにおけるアメリカ影響力の変化
第1節 ユネスコにおけるアメリカ影響力についての命題
第2節 第1期 1945-1965(実質的影響力) 第3節 第2期 1965-1984(通常影響力)
第4節 第3期 1965-1984(実質的影響力)
第5章 安全保障理事会におけるアメリカ影響力の変化
第1節 安保理事会のオープンネスとアメリカ影響力についての命題 第2節 拒否権とアメリカの影響力についての事例研究
第3節 安保理事会とアメリカ影響力についての事例研究」
結論
3. 本論文の内容
本論文は戦後国際組織、とりわけ国連システムにおけるアメリカの影響力について理 論的な研究を試みるものである。アメリカは戦後覇権的地位を獲得し、国際政治に多大 な影響力を行使してきたが、このようなアメリカの影響力は国際組織という制度におい ても発揮されてきた。しかしながら、国際組織が設立条約に基づく制度である限りにお いて、それはむきだしの国際政治の場ではなく、制度的枠がアメリカの行動には課せら れるはずである。本論文はそのような制度的場におけるアメリカの影響力を、理論的枠 組から考察する。
この論文では、まず序章において分析枠組を提示する。それは、国際政治学、とりわ け(ネオ)リアリズムが重視する「相対的パワー(relative power)」の概念と、国際組織 論における「オープンネス(openness)」と概念を用いた枠組である。まず、パワーにつ いてはアメリカという国家アクターのパワーが他国に比して優位かどうかを検討する。
アメリカの相対的パワーについては、1945-65を優位とし、1965-85を優 位の衰退期とし、1985-2006を優位の回復期とする。次には、オープンネスの 概念を、二つの点、加盟についてのメンバーシップ要件、ならびに、政策決定過程への アクセスという点から考察する。すなわち、ある国際組織について、加盟要件が緩やか で、政策決定上の投票権が平等であるならば、この組織は比較的オープンであると定義 する。このような二つの概念を組み合わせ、アメリカの相対的パワーが優位にあり、組 織が閉じられた(メンバーシップ要件が厳格であり、政策決定に加重投票が用いられる 場合)場合には、アメリカの影響力が支配的であるという仮設を立てる。反対に、アメ リカの相対的パワーが衰退し、組織のオープンネスが高い場合には、逆に、アメリカは 影響力行使が困難となる。
この相対的パワーとオープンネスという二つの変数を組み合わせた分析枠組を提示 し、その影響力のレベルを、決定的(critical), 実質的(substantial)、穏健的(moderate) と規定し、その理論的枠組が妥当性を有するかを、IMF、ユネスコ、安全保障理事会と いう3つの事例研究で検討するものである。
IMF について、まずその組織としてのオープンネスを検討する。IMF については、
割当額(Quota)を反映した加盟国の投票権から、IMFが国際組織としては、閉じられ た組織であると規定し、IMF が1960年代半ばまで、ならびに冷戦終結以後は、た とえば、コンディショナリティの強化やアジア通貨危への対処に示されるように、アメ リカの影響力が強いことを論証する。他方、アメリカのパワーが相対的に減じた196 0年代と1970年代には、特別多数権(special majorities)や特別引出権(SDR) などIMFの政策決定プロセスに変化がみられ、アメリカは主たる政策にあたっては、
他の大国の支持がかつてよりも必要となったことは、アメリカの影響力の相対的低下を 示すものである。
またユネスコはそのメンバーシップならびに政策決定過程の投票過程からするなら ば、比較的オープンな組織といえる。1960年代半ばまでは、アメリカはユネスコに おいて自国が提唱する政策を実現することが比較的容易であったが(世界ラジオプログ ラムのようにうまくいかなかった例もある)。1960年代以降、第3世界からの加盟 国が増え、ユネスコはPLOにオブザーバーの地位を認め、1974年にはイスラエル に地域的ワーキンググループから排除するなど、アメリカの政策に反対する政策をとる ようになった。アメリカはユネスコの改革を試みるが失敗し、ユネスコの新世界情報秩 序に反対し、1984年には脱退を宣言する。アメリカの加盟復帰後は、まだ期間が短 いので充分な情報はあるとはいえないが、文化多様性条約へのアメリカの対応を見る限 りでは、アメリカの要求が実現した部分とそうでない部分がある。
安全保障理事会の考察については、まず、拒否権は特殊な投票システムであるので、
これがいかに作用するかの検討を試みる。アメリカのパワーが比較的減じた1960年 代半ばから冷戦終了までの期間に、アメリカが拒否権をしようしたという事例は、アメ リカの国連での影響力低下を物語る。拒否権行使をのぞいたアメリカの安全保障理事会 での影響力を考えると、1946から1960年代半ばまでは、アメリカの決議案提議 およびその可決も多いが、1960年代半ばから1980年代半ばには、安全保障理事 会のメンバー増加(オープンネスの増加)によって、アメリカの影響力はしたまわった。
しかし、1989年以降は、湾岸戦争の事例に見られるように、アメリカの国連におけ る影響力は再び高まった。
結論では以上の本論の内容をふまえ、パワーとオープンネスが呼応することを論じる。
まず、覇権国のパワーがなぜ国際組織に反映されるかである。第1には、国際組織はそ もそも覇権国の意図によって作られるので、制度設計が覇権国に有利にできている。第 2には、覇権国のパワーが相対的に減じられると、覇権国が有するイデオロギー、理念 上の影響力が減じられる。第3には、覇権国は、資金(割当金)、人員、技術を提供で きる。第4には、覇権国は国際組織に「威信」を維持できる。第5には、覇権国は加盟 国に安全保障を供与するので、加盟国は覇権国の政策を支持する。しかしながら、その ようなパワー要因はオープンネス要因によって影響を受ける。第1に、国際組織の政策 決定が平等な投票権にもとづく場合には、多数の利益を反映する。第2には、国際組織
が閉じられた組織であり、覇権国の利益を反映するものとなるが、それはIMFの例に みられるように、アメリカの影響力に推移がみられる。最終的に本論文がつきつける問 題点とは、国際組織の本質であり、その自律性についての議論であろう。本論文では、
国際組織が国際政治上のパワー力学から無縁でないことを論じたが、他方、逆の視点か らするならば、国際組織がオープンなものであれば、その自律性が高いことがいえる。
4. 本論文の評価
この論文において、まず、第1に評価されるべきは、国際政治学と国際組織論という 二つの領域にまたがり、その2分野を包摂する分析枠組を提示したことにある。従来、
国際政治学において相対的パワーの重要性や覇権概念については多く語られてきてお り、したがって、国際政治学における制度論の考察においても、大国の重要性は考察さ れてきた。他方、国際組織論において、政治的要因の重要性、具体的にはアメリカが影 響力を有していることは論述されてきた。しかしながら、この二つの領域をつなげる分 析枠組が提示されることはなかった。
第2には、この枠組提示において、オープンネス概念の重要性に着目し、国際組織論 におけるオープンネスの概念を精緻化し、それをメンバーシップ要件と政策決定過程で の投票権という形で提起したことである。従来、国際組織論においては、オープンネス、
透明性(transparency)、民主性(democracy)などといった用語で、組織の政策決定 や加盟についての要件を考察することはなされてきたが、問題提起的なものにとどまり、
この概念を理論化したものはなかった。
第3には、分析枠組が簡潔(parsimonious)である。アメリカ国際政治理論、とり わけ、ネオリアリズムが一貫して探求してきたのは、わかりやすく簡潔な変数で説明可 能な枠組の提示であった。パワーとオープンネスの組み合わせという誰でも思いつきそ うではあるが、それまで誰も提示しなった枠組であり、これを提示したことは評価でき る。
第4には、分析枠組を代表的事例によって論証したことである。IMF, ユネスコ、安 全保障理事会という3つの事例研究は、その選択も含めて、この枠組が理論的妥当性を 有することを実証付けたと評価できる。
以上のような評価する点は認められつつも、論文審査において、今後、さらに強化す べき点も指摘された。
先行研究および実証研究においてさらにアメリカと国連の問題を多角的に掘り下げ て検討することで、この研究の意義付けが深くなる。オープンネスの概念については、
多国間主義(multilateralism)との関連性を論じる必要がある。設立条約改正のよう な場合にアメリカの権力政治的側面が現れるとするならば、パワー要因がどの時点でよ り重要となるか議論することもできる。より法的に整備された(legalized)国際組織、
あるいはより専門性の高い国際組織(たとえばWHO)の場合にもこの枠組が妥当でき るかさらに検討する必要がある。
5. 結論
以上、課題はいくつかあるものの、本論文の国際政治学と国際組織論を有機的に結びつ ける理論モデルのオリジナル性とその有用性を評価し、審査委員会は本論文を博士学位 の授与に値するという結論に達し、博士学位の授与を提案する。
2006年12月1日
博士学位論文審査委員会
主査 早稲田大学大学院 教授・PhD(シカゴ大学) アジア太平洋研究科 篠原初枝
副査 敬愛大学 教授 国際学部 庄司真理子
副査 早稲田大学大学院 教授 アジア太平洋研究科 川村亨夫
副査 早稲田大学大学院 助教授・PhD(ウィスコンシン大学) アジア太平洋研究科 勝間靖