• 検索結果がありません。

ユング心理学における死生観

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ユング心理学における死生観"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

高 橋   原

はじめに

 「死生観における知恵と悟り」という主題のもとに、C・G・ユング

(1875-1961)の思想について考えてみたい。おそらく心理学者、精神医 学者という肩書きにも関わらず、ユングの名前と「死」や「悟り」という 宗教的テーマの取り合わせにはさほどの違和感は感じられないだろう。「分 析心理学は宗教か?」という議論があり、『ユング・カルト』などという 本も出ている1)。多くの読者を獲得していると思われる『ユング自伝』(み すず書房、1972-73 年)でも、「死後の生」について多くのページが費や されており、ユングはいわば「現代の神話」の語り部として認知されてい るのではないかと思われる2)。また、東洋の英知と西洋の心理学の一致点 に立ち、「個性化」をなしとげた老賢者というイメージからすれば、ユン グが何らかの悟りに達し、一定の説得力ある死生観を提示してくれると期 待してもよさそうである。実際、晩年のユングは、さまざまな機会に、死 後の生命や意識の存続についてコメントを求められている3)。ユングはそ のような時、ブッダの「無記」の態度にならって、死後について確言はし ない。しかし、無意識は「絶対的知識」を持っていて、夢の観察からは死 後の生の存在が示唆されると述べている。少なくとも個人的には、ユング は死という現象について「悟り」に近い境地に達していたようである。

(2)

死と夢

 自伝によれば、死についてユングにとりわけ大きな洞察を与えたのは母 親の死の前後の経験であったようである。夢の中で、ユングは暗い原初的 な森の中におり、響き渡る鋭い笛の音に震えおののいた。疾走する巨大な 狼犬とすれ違い、猟人が人間の魂を取ってくるように命じたことが理解さ れて、ユングは恐怖に目を覚ました。この夢から一夜が明けて、母の訃報 が届いたという。ユングはこの夢を解釈して、母親の魂をさらっていった 猟人はゲルマンの神ヴォータンであり、母の魂はキリスト教の道徳を超え たところにある「自己」のより偉大な領域、葛藤や矛盾が解消された自然 と精神の全体性の中に迎えられたとしている。

 興味深いのは、母の訃報を受けて汽車で家路に着いたユングに湧き上 がった感情である。悲しみに浸ろうとしているにもかかわらず、婚礼が行 われているような愉快なダンス音楽や談笑が聞こえてきて、ユングは「一 方では暖かさと喜び、他方では恐れと悲しみ」という対照的な感情の間を 揺れ動いたという。ユングは書いている。

 「このパラドックスは、死ということが、あるときは自我の観点から見 られ、またあるときは心全体(Seele, 英訳は psyche)から見られたため だと考えると説明がつく。自我の観点からすれば死は破局である。……し かしながら、他の観点から見れば死は喜ばしいこと見なされる。永遠性の 光のもとにおいては、死は結婚であり、結合の神秘である。魂は失われた 半分を得て全体性を達成するかのように思われる。」(自伝2、158 頁)

 ユング心理学の死生観なるものがあるとしたら、それはこの引用に凝縮 されて現われていると言ってよいのではないだろうか。まず第一に、基本

(3)

的なこととして、ユングは常に夢からのメッセージを重要なものとして受 け止めている。とりわけ、感情を揺さぶるような近親者の死については「夢 のお告げ」があることが当然だと考えていたようで、ユングの無意識への ある種の信頼感が垣間見える。第二に、死についての洞察として、自我で はなく心全体、つまりユングの用語で言えば「自己」の観点に立てれば、

死は相対化されて恐れるべきものではなくなるとされている。こうしたこ とは具体的にはどのようにして可能になるのかを以下で考察したいが、そ の前に、母親の死以外にも、ユングが経験した身近な者の死についてのエ ピソードを紹介する。

 ユングの愛人であり同僚であった(元患者でもある)トーニ・ヴォルフ

(1888-1953)の死を報らされて、ユングは動揺したと言われている。知 人に宛てた手紙でユングは次のように書いている。

 「トーニ・ヴォルフの死はあまりに突然であり、まったく予想もつかな いことで、彼女が世を去ったとは信じられないほどでした。ほんの二日前 に彼女に会ったときにも、私たちは二人とも何も予感していませんでした。

私は二月半ばにハデス(冥府)の夢を見ていましたが、それをもっぱら自 分に結びつけて解釈していました。トーニ・ヴォルフを示唆するようなも のは何も無かったからです。彼女と親しかった人も、誰も警告夢を見ませ んでした。……

 1952 年 10 月に病気になったばかりの時、私は木を掘り起こしている 巨大な黒いゾウの夢を見ました(当時私は「哲学の樹」についての長い論 文を執筆中でした)。木を根こそぎにすることは死を表しています。それ 以来、私は何度もゾウの夢を見ましたが、いつもゾウを注意して扱わなけ ればなりませんでした。……」4)

 ユングにとって驚きだったのは、ヴォルフの死という事実そのものより も、互いに信頼しあい、深く結びついていたはずの彼女の死がしかるべき

(4)

予知夢もなく、唐突に訪れたことであった。晩年のユングは妻のエンマの もとへ回帰していき、ヴォルフとの関係は重荷となっていたとも伝えられ ているが5)、適切に解釈すれば彼女の死を示唆するとわかったはずの夢を 見ていたにもかかわらず、それができなかった自分を責めたとも言えるだ ろうか。

 トーニ・ヴォルフの死の二年後、妻のエンマ夫人(1882-1955)が亡 くなった。こちらは夢によって予告された。ユングの書簡を引用する。

 「その夢が象徴しているのは、おそらく、人生が完全なものになるとい う趣旨です。あらゆる果実が凝縮されて弾丸に詰め込まれて、カルマのよ うに彼女を打ちました。弾丸は完全なる死の形の象徴であり、また同時に 自己の象徴でもあります。死が(おそらく常にそうなのでしょうが)全体 性との直面をもたらしたのです。」6)

 エンマは痛みもなく安らかに死んだという。とはいえ、もちろん妻との 別離はユングには痛手となった。ユングはその耐え難さを「私を取り巻く 静けさと、耳に聞こえるような沈黙、虚空と無限の距離」7)と表現している。

 この二つの死別のエピソードからも、ユングが常に夢の意味を解釈しな がら人生の行方を見定めていたことがあらためて知られる。ユングは、「無 意識から送られてくるヒント」を活用すれば、死後の生命についての「仮 説」を立てることが可能であると述べている(自伝2、140 頁)。ユング の出した「仮説」とは、たとえば以下のようなものである。人間は生きて いる間に知識を増やし、意識を拡大する。そして、死んで後に死者の国に それら生前に達成したものを持ち込む。こうして人類全体の意識のレベル は徐々に向上していく。これは、生者と死者を合わせて人類の総体と考え る視点であり、また、断絶ではなく回帰のイメージで死を捉えるので、死 を受け入れやすくするものである。

 ユングが母親の死の数カ月前に見た夢は、すでに亡くなっていた父親が

(5)

ユングに結婚の心理について相談をもちかけるという夢であった(自伝2、

158-159 頁)。父親は死後の世界で母親と再会して一緒に暮らすために相 談に来たのであるから、これは母の死が迫っていることを暗示する夢だと いう。この場合も、死が終りではなく、通過点ないしは新しい始まりとし て捉えられている。

個性化過程

 さて、ユングは「自己の観点に立つ」ことによって、死の意味について 一定の理解に達したのであるが、「自己」を見出すことこそが、ユングの 心理療法の掲げる「個性化」の目標に他ならない。個性化の過程とは、自 我への同一化を脱して心の全体かつ中心である自己を見出す過程である。

『自我と無意識の関係』(1928)にはその技法が比較的、詳細に描かれて いる(邦訳は『自我と無意識』第三文明社、1995 年)。

 ユングによれば、人は個性化することが望ましいばかりか、それが不可 欠でさえある。他者と無意識的に混交している状態は、自分自身にあらざ る状態、自分自身との不一致、不自由で非倫理的な、神経症的で耐え難い 状態であるとユングは述べる。したがって、この状態を脱して「これこそ が自分である」と言えるようにならなければならないのである(『自我と 無意識』181 頁)。

 そのために必要なのが「自我とさまざまな無意識像を区別する技術」で ある。素朴に自分自身だと思い込んでいる、外的世界に適応するために形 成された仮面(ペルソナ)を、自我とは区別されたものとして認識しなけ ればならない。また、無意識を深く掘り下げていくとアニマ・アニムスと 呼ばれる異性像と出会うことになるが、これらとの同一化も克服しなけれ ばならない。続いて、アニマ・アニムスが担っていたエネルギーを自我が

(6)

引き受けるという事態が生じる。これは「マナ人格」と呼ばれる状態であ るが、自我と心的エネルギーの同一化を解消してこの状態も脱しなければ ならない。

 以上のことは要するに、無意識のエネルギーをイメージとして把握し、

意識する技術である。ユングはこう述べる。「空想の生起に積極的に関与 することによって、本来無意識的な空想をたえず意識化し続けるならば、

……第一に、無数の無意識内容が意識化されることによって意識が拡張さ れ、第二に、無意識の支配的影響が次第に取り除かれ、第三に、人格の変 化が生じる。」(同 171 頁)。

 こうして人格が変容することによって、自我は自らが心の中心なのでは なく「上位に位置する知られざる主体の客体であると感じるようになる。」

(同 205 頁)。この「知られざる主体」が、ユングの言う「自己」である。

ユングによれば「自己がなにか不合理なもの、定義不可能なものであって、

自我はそれに敵対するわけでも隷属しているわけでもなく、それに依存し つつ、ちょうど太陽の周りを回る地球のように、その周りを回っているの だ、と感じ取られたとき、個性化の目標は達せられたことになる。」(同 203 頁)。

 このような境地に達したときに、個人の死はまったく違ったものとして 現われてくるということであろう。しかし、その実行は容易なことではな いし、文章で説明されてもなかなかイメージがわかない。だが、ユングが「生 きているのはもはや私ではありません。キリストが私のうちに生きておら れるのです。」(ガラテヤの信徒への手紙 2:20)というパウロの言葉を引 いている通り、それは伝統的、宗教的な語彙によれば、「内なる神」を見 出すこととして表現されてきた経験である。

 だがそれにしても、普段我々が自分自身と感じているものが自我である と思われるが、この自我をその一部として含み、人格の中心に存在する自

(7)

己があるという「感じ」はどのようにして得られるのだろうか。これは、

論理的、知的認識というよりは、直観的なものであるようである。しかも、

その認識がイメージを通して獲得されるというのがユングの思想の要諦で あると言ってよさそうである。

 そのような自己が感得されるまでに、次のような諸段階あるいは相があ ると想定できる。第一に、無意識そのものの直接体験。これは言語以前の 体験であり、また、特定のイメージとして把握できるものでもない。ユン グはしばしば、無意識を直接体験することの「ヌミノース性」やその危険 について言及している。第二に、それを視覚的イメージとして捉える体験。

これは夢や空想、またはマンダラ描画に現われるが、イメージの素材は当 然、その人の生まれ育ってきた文化伝統によって提供される。したがって、

その意味を当該文化の文脈に即して、さらには通文化的・普遍的に、解釈 する余地が生じる。第三に、知的、論理的分析を通して、そのイメージが、

自己、全体性等々を象徴しているという認識が得られる段階である。もち ろん、素朴にこれらがこの順番で生起するとか、相互に独立した経験であ るということはできないだろう。ユングは思考・感情・直観・感覚という 意識の四機能を提唱しているが、それらがそれぞれ十分に活用されずには 個性化という経験を云々することは出来ないであろう。

 個性化が倫理的課題として記述されることもある。「意識、無意識、お よび個性化」(1939)では、「個性化過程」とは意識と無意識の間の対立 と葛藤から生まれる発達過程であると述べられ、意識と無意識の関係を金 槌と金床になぞらえて、両者の間で苦しみ、鍛えられる鉄は壊れない全体 すなわち「個体」になる、という表現がされている。別の論文では、しば しば「悪」の外観をまとって現われてくる「内なる声」と因習的規範を天 秤にかけつつ、道徳的決断をもって内なる声に従い、それを自我に同化す ることの重要性について説かれている8)

(8)

 しかしいずれにせよ、ユング心理学の最大の特徴はイメージを信頼し、

活用することである。ユングは、処方箋のように個性化過程の進め方を提 示することはできないと断りつつ、個性化過程は「非合理的な生命過程」

であり、特定の象徴によって表現されると述べている。

個性化とマンダラ

 そのような象徴としてユングがもっとも重視したのが「マンダラ」であ る。ユングが「マンダラ」という用語によって指すものは、仏教の伝統に よって意味と形式を規定された狭義の「曼荼羅」ではなく、夢などに現わ れて無意識の状態を表す、円や四角形を基調とした象徴的図形一般のこと である9)

 「マンダラは……、円の四分割を基礎にしている。それらの基本モチー フは人格の中心、いわば魂の奥底にある中心的な場所の予感である。そこ にすべてが関係づけられ、それによってすべてが秩序づけられ、それは同 時にエネルギーの源泉である。……この中心は、自我としてではなく、も しそう言ってよければ、自己として感じられ、考えられる。この中心は一 方では最深部の点であるが、他方ではそれは周辺ないし周囲であり、自己 に属するすべてのものがその中に含まれる。すなわちそれは組になった対 立物であって、それが人格の全体を形成しているのである。」10)

 「マンダラ」は、心理的な分裂状態において自然に生み出され、分裂を 補償し、心を秩序付ける機能を持っているという。個性化過程ということ について言えば、人は無意識的空想において現われるマンダラ図形を手が かりに自らの無意識の状態を知ることができ、個性化を進めることができ る。つまり、マンダラを手助けとして、自我とは区別された「自己」を見 出すことができる。ユングがマンダラに注目したのは、自らの経験に基づ

(9)

いてのことである。ユングは 1913 年頃にフロイトとの協力関係が破綻し てからの方向喪失状態の中で、無意識的空想をスケッチブックに描く作業 を繰り返し、その際に数えきれないほどのマンダラが生まれたという。無 意識内の対立物を統合できていない場合には、変則的なマンダラが出来 上がり、精神的緊張や葛藤を引きずっている間はマンダラの外周が欠けた り、非対称になり、心が平安で調和的なときにはバランスのよいマンダラ が出来上がった。ユング自身の描いたマンダラのいくつかは、ヨーロッパ 人が仏教の影響を受けずに自然発生的にマンダラの象徴を生み出した例と して、著作の中でも紹介されている。たとえば、ユングはある書簡の中で 次のようにコメントしている。

 「もう一枚の絵〔ユングのマンダラ〕は、四〇歳前後の教養ある男性に よるものです。彼はこの絵を、無意識の内容の侵入によって引き起こされ た感情の状態に、秩序を回復するための最初の無意識的試みとして描きま した。」11)

 同じ時期に、ユングは「死者への七つの説教」として知られている小冊 子を著している。これは、1916 年頃、ユングの精神的緊張がきわまり、

ついには死者達が自宅を訪れて叫びたてるという幻覚に襲われた際にでき あがったものである。グノーシス主義者バシレイデスの名を借りたユング が、救いを求めるキリスト教徒の死者達に教えを説くというその内容には、

上述の『自我と無意識の関係』(1928)と重なる点が多い。被造物は原初 の一様性の中へと溶け去らないために個性化を続けるのが使命であるとさ れる。人間の内面世界には、人間が祈るべき唯一の星が、外界から人間が 持ち来ったすべてのものを光として、はかりしれない彼方の天頂に輝いて いるという。この内面の星は、「自己」を表していると考えられるが、死 者達はこの教説によって鎮められ、昇天する。

 この小冊子に描かれた経験を視覚化したのが、ユングが最初に描いたマ

(10)

ンダラで、ユング全集の九巻第一部の口絵に「ある現代人のマンダラ」と して収録されている。最初のマンダラ図形に、個性化というテーマと死後 の安心の問題が凝縮されていたということが示唆的である。その後、ユン グが描いたマンダラは、死のテーマと関わりがあるわけではないが、いず れにせよ、意識の発達の究極の目標——個性化を表現するものであった。

個性化とキリスト教

 結局のところ、以上からすれば、ユングはキリスト教にかわる新たな救 済手段を提示した、ポスト・キリスト教時代の思想家であるように思える。

その際のユングの拠り所は、イメージの持つ喚起力である。現代人はキリ スト教その他の宗教を信仰してなくても、ただイメージを介して自らの無 意識に向かい、「自己」を見出すことで、死さえも安んじて受け入れるこ とが出来る。

 ユングのマンダラ論においても、すでにキリスト教が用無しになってい ることが示唆されている。

 「わたしは今まで何百ものマンダラを見てきました。まったく人為的な 影響を受けていない患者のものですが、圧倒的に大多数のケースにおいて 同じ事実を見出してきました。つまり、神が中心を占めているものは一つ もなかったのです。概して、中心は強調されています。しかし、そこに見 られるのは、非常に異なった意味の象徴です。星、太陽、花、枝が同じ長 さの十字、宝石、水かワインで満たされた鉢、とぐろを巻く蛇、あるいは 人間であって、けっして神ではありません。……

 もし、今日のマンダラから結論を出すことが許されるならば、わたした ちが人にまず尋ねるべきことは、彼らが星、太陽、花、あるいは蛇を崇拝 しているかということです。彼らは否定し、同時に、惑星、星、十字架や

(11)

これに類するものが自分自身の内なる中心の象徴だと主張することでしよ う。」12)

 ユングを中心とするサークルが当時のカウンターカルチャーの一拠点の 様相を呈していたという事情を差し引く必要があるだろうが、キリスト教 の神を中心とするシンボリズムによっては、現代人の人格の全体を照らし 出し、自己を実現することはできないという観察がここに示されている。

 しかし、ユング自身がキリスト教を超え出たところで生と死を考え、も はやキリスト教を必要としていなかったかというと、そうも言い切れない。

ユングは晩年の書簡で次のように述べている。

 「私が、「ユング主義」、あるいはより適切に「ユング教会」とでもいうべき、

新しい宗派に人々を改宗させているという考えはまったくの中傷です。か なりの数の人々が、私の分析を受けた後でカトリックに改宗しました。ま た、人数的にはより少ないのですが、すでに教会に無関心になっていたカ トリックの人々が、完全に教会に愛想を尽かしてだいたい私に近い立場—

私の立場はプロテスタント左翼だと思っています—を取っているというこ とはあります。私ははっきりとキリスト教の内部におります。そして、私 が自己判定し得るかぎりにおいてですが、完全にキリスト教の歴史的発展 の線上におります。」13)

 もちろん、ユングがオーソドックスなキリスト教の内部にとどまった ということではない。上述のように、ユングは現代人に新たに個性化と いう道を提示したのであるから、ユングがキリスト教の内部にいるとい うのは、キリスト教が個性化過程を阻害せず、むしろ促進するような象 徴体系として機能するかぎりにおいてである。ユングは、マンダラ描画な どの試行錯誤をしていた時期について記した文章の中で、「情動をイメー ジに変換する―つまり、情動の中に隠されていたイメージを見出す―こと ができたかぎりにおいて、私は内的に安心することができた」( 自 伝 1 、

(12)

2 5 3 -2 5 4 頁 ) と述べているが、生きた宗教はこの「情動をイメージに 変換する」機能を具えている。

 たとえば、ユングはスイスの聖徒、修道士クラウス(1417-86)につい て書いている。クラウスは「人間の顔を思わせるような、刺し貫くような光」

を見て、恐怖のあまり地面に倒れるという体験をした。彼は見る者を怖れ おののかせるような容貌に変わってしまったという14)。クラウスは自らの 体験をなんとか理解しようと、当時の神秘家の著した小冊子を手引きとし て研究を重ねた結果、自らのヴィジョンを、最高善としての三位一体の神 という教義に同化させることに成功した。その成果は、中心から放射する 六本の矢によって分割された車輪のような図として残されている15)。ユン グによれば、これは、当時の「岩のように固い教義」をもってして可能に なった。つまり、クラウスは激しい無意識の直接体験を、三位一体の神の 教義と突き合わせながら、円形のマンダラ・イメージとして仕上げていっ たのである。

 ここに、宗教が健全に機能する一つの例が示されている。ただし、もち ろんここでは、「現代人のマンダラ」とは対照的に、神を中心に据えた象 徴が形成されている。また、それが三位一体の神である以上は、悪の陰り のない、つまり現代人の人格の全体性の象徴としては不十分なものである に違いない。しかし、修道士クラウスのマンダラは、彼の恐怖の体験を基 礎としているゆえに、ユングの言う意味での全体性の象徴により近いもの となっているに違いない。

 また、ここから、ユング自身の、神が排泄物でバーゼル大聖堂を破壊す るという少年時代の神体験もただちに想起される。12 歳になる年に、ユ ングは、何か恐ろしいことが起り、冒瀆的な罪を犯すのではないかという 漠然とした不安に苛まれ、なぜ神は人間に罪を犯させたのかという神義論 的問題に三日間苦しんだという。アダムとイブが罪を犯した理由にまで考

(13)

えを馳せた末に、ユングはついに、神が、自らの意志に従うことができる か勇気を試しているのだという結論に達する。そしてユングは、美しいバー ゼル大聖堂の上空の黄金の玉座に座す神が、おびただしい量の糞便をなだ れ落とし、大聖堂の屋根を砕き、壁を粉々に破壊するというヴィジョンを 体験した。ユングは、とほうもなく心が軽くなり、名状しようのない救い、

かつて知らなかったほどの言いようのない幸福を感じたという(自伝 1、

66頁)。ユングはこれを神の恩寵であり、啓示であるように感じたという。

このヴィジョンのポイントは、天に坐す慈悲深い神が同時に恐ろしい相貌 をも具えているという啓示である。このような神のイメージこそが、自ら の内なる破壊的な衝動を敏感に意識しつつある現代人の救済にふさわしい というのが、『ヨブへの答え』(1952)といった晩年の著作のテーマとなっ ている16)

 こうしてみると、ユングは、無意識をイメージとして体験することその ものを重視したというよりも、それに劣らず、そのイメージを適切に解釈 する体系を重んじていたことがわかる。宗教の教義は(そしてユング心理 学自体も)、激しい無意識体験に事後的に意味を与えるだけではなく、あ らかじめ無意識のエネルギーを水路付けて誘導する働きを持っている。修 道士クラウスのケースは、カトリックの教義によって無意識体験が事後的 に意味付けられて意識に統合された例であると考えられる。ユングの少年 時代のヴィジョンのケースでは、19 世紀プロテスタンティズムの文脈で、

キリスト教が無意識的衝動を適切に方向づけ、人を保護する機能を失って しまっていたために、破壊的ヴィジョンが噴出したのだと言えよう。ユン グはこの体験を恩寵として記述しているが、劣等感の源にもなったと書い ている。結局、この体験をキリスト教の文脈に肯定的に位置づけるために、

ユングは残りの生涯を費やしたと言うこともできるだろう。ユングのこの 恩寵の体験は、ユングがしばしば批判するプロテスタンティズムの貧困が

(14)

もたらした逆説なのである。

 1944 年にユングは心筋梗塞に襲われた結果、臨死体験をした(自伝 2、

124 頁以下)。それは、ユングにとってそれまでに経験したことのうちで 最も途方もない、筆舌に尽くしがたい至福の状態をもたらしたが、そこで もユングは、自分自身が「小羊の結婚式」(ヨハネの黙示録19章以下)であっ たと表現して、キリスト教的な意味づけを忘れていない。そして同時に、

こうしたヴィジョンの中での経験が完成していく個性化の一部をなしてい るという見解も付け加えている。

むすび

 「自己」の観点に立てば、死はむしろ喜ばしいものとして感じられるよ うになるというユングの言葉を手がかりに考察を進めてきた。この発言は、

まず第一に、人格のうちに自我と自己を区別するというユングの独特の内 面体験に発している。これは特殊な、ことによると病的な感覚であるかも しれないという可能性も考えられるが(実際にそういう見解もあるようだ が)、少なくともユングの心理学が今日に至るまで一定の支持を集めてき ていることから、ユングの見解がある程度の普遍性を持っていると認めて もよいであろう。

 ユング的な「死生観」は道徳的な心構えというようなものではなく、個 性化過程を通して到達するものであり、それには一定の視覚的イメージを 得ることが決定的重要性を果たすようである。本文では十分に論じられな かったが、それは一回かぎりのヴィジョンというよりも、むしろ、夢分析 やマンダラ描画、または箱庭療法がそうであるように、同じテーマと継続 的に向かいあい、反芻しながらヴィジョンの意味が明らかになったり、ま たは、これだというヴィジョンが得られたりするという過程である。した

(15)

がって、無意識的イメージの素材を与える母体となり、意味を与える解釈 体系が必要になるのである。その役割を果たすのが伝統的には宗教であり、

それを引き継ぐのがユング心理学である。

 したがって、慈悲深い神様のもとに召されるというのであれ、極楽浄土 へ旅立つというのであれ、宗教が死についての象徴的表現を豊かに具えて いるべきであるというのは言うまでもない。問題はそれらが説得力を失っ たということである。ことにユングのような人物にとっては、神と人との 間に対立、あるいは断絶をもうけ、善なる神が悪に染まった人間を救済す るというオーソドックスな神学には満足できないのである。絶対的対立は 人間のうちにあり、そして、その対立を神が抱える対立と同一のものであ ると認識するところに救いを見出すのが、ユング流の神学である。だが、

内なる分裂とその神における統合というテーマは、すでに十字架上のキリ ストのイメージにおいて、最高度に表現されてきたではないか、という反 論が可能であろう。しかし、ユングにとっては、キリストは所詮、汚れな き神人であり、人間の内なる対立の表現としては不足なのである。己のう ちにある独特の引き裂かれ感、そしてそれを上位から統合する原理(自己)

を表現するのが、ユングの「個性化過程」という代替神話であるとも言え る。しかし、神話といっても、ユングにとって、個性化の経験とは究極的 客観性を表している。ユングが、死によって人間が全体性に直面するとい うとき、それは、各宗教の描きだす方便である死の神話を超越した事態で あり、ユングの心理学は諸宗教の神話に対して、究極のメタ神話、「メタ 物語」17)の位置に立つのである。

(16)

1) 分析心理学の宗教性をめぐる議論については以下を参照。拙論「C・G・ユングの

「神学的傾向」について」『宗教研究』第 338 号、2003 年。

2) 拙論「生と死の神話としてのユング心理学」『生と死の神話学』松村一男編、リトン、

2004 年。

3) た と え ば、C. G. Jung Speaking, ed. by W. McGuire and R. F. C. Hull, N.J.:

Princeton Univ. Press, 1977, pp. 375-381, 437-438, 466.

4) To James Kirsch. 1953.5.28.

5) マギー・アンソニー『ユングをめぐる女性たち』宮島磨訳、青土社、1995 年、40 頁。

6) To Dr. N. 1956.6.26.

7) To Erich Neuman. 1955.12.15.

8) ユング「人格の形成について」『こころの構造』江野専次郎訳、日本教文社、1970年。

9) こうした自然発生的な象徴としてのマンダラ理解が、仏教の自己理解からすると的 外れであるという指摘については次を参照。田中公明「ユングとマンダラ、チベッ ト密教」、湯浅泰雄・高橋豊・安藤治・田中公明『ユング心理学と現代の危機』河出 書房新社、2001年、174-177頁。なお、ユング心理学におけるマンダラについては、

宗教史学論叢 10『異界の表象』(リトン社、2005 年度内刊行予定)に所収の拙稿 で論じる予定である。

10) ユング「マンダラ・シンボルについて」『個性化とマンダラ』林道義訳、みすず書 房、1991 年、179 頁、GW 9i: 634.

11) To Raymond F. Piper. 1950.3.21. cf. ユング「マンダラ・シンボルについて」図 28、『個性化とマンダラ』205 頁。

12) 『心理学と宗教』村本詔司訳、人文書院、1989 年、80 頁。

13) To H. L. Philp 1956.10.26.

14) 『心理学と宗教』373 頁。

15) クラウスが描いた図は、訳書『元型論 増補改訂版』、37 頁および口絵2を参照。

16) 『ヨブへの答え』や、ユングの少年時代の神体験をもっぱら精神分析的に、家庭や 性の問題に還元しようとする議論については、拙論「近年のユング批判の諸相—宗 教思想としての分析心理学をめぐって」『東京大学宗教学年報』XXII、2005 年。

17) 渡辺学『ユング心理学と宗教』第三文明社、1994 年、34 頁参照。

(17)

C. G. Jung’s View of Death and Life

by Hara Takahashi

The concern of this paper is to examine the relation between C. G.

Jung’s views of death and life and his psychological theory. According to Jung, death appears as a fearful catastrophe from the viewpoint of ego-consciousness but if it is seen from the viewpoint of psyche as a whole, death reveals a completely different aspect; death can mean achievement of wholeness.

In order to acquire such a perspective, one needs to overcome the exclusive identification with ego-consciousness and find Self in one’s psyche. Jung describes this process as “individuation,” and claims that it is often observed in the visual images, such as mandala symbols, produced by his patients.

Jung points out that God never occupies the center of modern mandalas.

Instead, symbols of Self are found at the center. Compared with the Christian God image, the symbol of Self is distinctive in that it has the union of opposites in it. This is the reflection of the unconscious of the modern man. So it is implied that Christianity is no longer helpful, or Christianity itself must change in order to perform its original healing function.

Thus, for the modern man to cope with the fear of death, Jung provides a model to follow and also suggests that old myth about death must be replaced by a new alternative one, which gives a proper expression to the psychology of the modern man.

参照

関連したドキュメント

Laplacian on circle packing fractals invariant with respect to certain Kleinian groups (i.e., discrete groups of M¨ obius transformations on the Riemann sphere C b = C ∪ {∞}),

Eskandani, “Stability of a mixed additive and cubic functional equation in quasi- Banach spaces,” Journal of Mathematical Analysis and Applications, vol.. Eshaghi Gordji, “Stability

Finally, we give an example to show how the generalized zeta function can be applied to graphs to distinguish non-isomorphic graphs with the same Ihara-Selberg zeta

We show that a discrete fixed point theorem of Eilenberg is equivalent to the restriction of the contraction principle to the class of non-Archimedean bounded metric spaces.. We

In [9] a free energy encoding marked length spectra of closed geodesics was introduced, thus our objective is to analyze facts of the free energy of herein comparing with the

The main problem upon which most of the geometric topology is based is that of classifying and comparing the various supplementary structures that can be imposed on a

It turns out that the symbol which is defined in a probabilistic way coincides with the analytic (in the sense of pseudo-differential operators) symbol for the class of Feller

We give a Dehn–Nielsen type theorem for the homology cobordism group of homol- ogy cylinders by considering its action on the acyclic closure, which was defined by Levine in [12]