• 検索結果がありません。

聖語藏御本成實論巻十三天長五年点訳文稿

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "聖語藏御本成實論巻十三天長五年点訳文稿"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

奈良教育大学学術リポジトリNEAR

聖語藏御本成實論巻十三天長五年点訳文稿

著者 鈴木 一男

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 4

号 1

ページ 67‑78

発行年 1954‑11‑25

URL http://hdl.handle.net/10105/5074

(2)

聖語蔵御本成賛論巻十三天長五年点訳文痛

鈴  木  一  男

訓点語研究が盛んになって多くC「研究者から甥在知られた澤市中最古の加点識語をもつ成輿諒天畏点が百日され ているが、聖記蔵御キヒ巻詫大夫透、膏日政治「瑚博士によって一部分町介されただけでまだその全貌は学界に知 られていない。讐者は宮内庁の軌許可を得文部省人文科学研究崇cTl交付を更け全巻の経本を作成するとともに精 細な調苓研究を行うことができた。その内容は近く別の置会に発表するはずであるが、とりあえず一部仁訂文を かかげ諸学者Cつ御叱汀二を願う次第である。平素御指導をいただいている正倉院亨訝所Cつ和田所長や杵島順正氏に 改めて聞礼申しあげます。

訳文の表記法はヲコ下点は平仮名、傍訓はカタカナ、不詳文字は〔〕でつつみ柘読語は()に入れた。

柿軌ま今後しつ研究によって補訂すべき点が少くないだろうがいすは最小限にとどめた。直接引汗文は「日くl ̄−」

といふ。」ように文屋にといふの類控補うべきであるがすべて省略した。

春日政治博士の成窄論天長点繚解(国語国文第三巻第一号所載)より多くの御教示を募った。

明菜因品第一百二十    十三

論者(の)言己に略諸(の)覚(を)設(き)ツ。巣(は)鼻(れ)身(を)受(くるの)因縁なり。身をぼ苦の性と為。

故に之(を)滅(す)応し。此の身(を)減(せむ⊥)訣げ〔当〕其の業を斬(ず)べし。囲(リト(二減(し)ぬ(る)を以て 兵も亦減(し)ぬ(る)が散に。形に閃(りト⊂影有(る)形滅(する)ときに且則(ち)彰電滅(L)ぬ。是(の:故(に)

1ナ

荒(し)苦を滅(せ)むと疲ぼ〔当〕勤(あて)精進して此(の)業因を断(ず)べし。間口業に捉(ひ)て身を受くく)れ

7Jレ     才穐髄

ぼ是(の)事明(にし)ツ応し。ノ所以卦何、或(は)有人言く身(け)塔羅伽程に徒(ひて)生す。有人の青く自壊天

アル       ′ル

に従(ひて)生すと。或(か)言(く)〔従〕天人より生すと。或が言(く)〔捉〕自然より生すと。音(の)故(に)因 縁を詮(く)応(し)。云何業に捉(ひ)て生す(と)知ル(や)〔耶〕。答日長の事をぼ己(に)棒経の因縁をもちて 破(りて)アリ。知(る)当(L)、業ンこ程(ひ)で身を受く(る)こと(を)。叉万物い押踵の聯準有り知(る)当(し)、

因も亦葺別ナルことを。粟麦等の異ナルを見て任の不同ナルことを知(る)が如(き)なり。白衣天等は義 則無(き)が故に、知(る)当(L)、閑に非(ぬ)ことを。葉い無量の量刑有り敢(に)解任の身を受く。叉諸の

(ことヱとく)

善人は 慣 く葉に困(り)て身を受(く)と信す。碑甘君何、鼻の大法常(に)凝戒忽等の者法を行(じ)て殺 生等の諸(の)不要法(に)溌(るる)をもちて故(に)知(る)業に従(ひ)て身を受く(る)ことを。叉著(L)業に囲

(り)て身を受(くる)いは是(れ)即ち)返(す)可し。尿と智(と)を得(る)が敗に邪一智(は)則(ち)断(ド)ぬ。邪 智断(じ)ぬ(る)が故に貪志等の諸煩悩晒(ド)ぬ。諸煩悩斬(じ)ぬ(る)が敵に能(く)後身(を)起す。業も亦 断じぬ。鼻(れ)則(ち)返す可し。自着等の閑の中には則(ち)返す可(くあらす)〔不〕。白衣等甘酢(ず)可(く あら1ぬ〔不〕を以ての故(に)。故(に)如くる)業(に)程(ひ)て身(を)受(くる)こと。故(に)叉現に兵を見(する)

な         た

は〔与〕因と相ヒ似る。麦(に)従(ひ)て麦を生し椙に雀(ひ)で宿を生すが如く是(くの)如く不聾の葉に徒

(ひ)て不愛の報を得。善業に鐸(ひ)で愛の報を得。自在等の因の中にド此の相一似無し。是(の)散に業 を身の本と為。自在等に控非(ず)。又今現(に)万物を見江(ば)常葉エて徒(ひ)て生す。窯業を以ての廿に打 一捕繁一間鞭枚死の等(き)の譜の苦を受く。善業の因縁をもちで名一郎利一責等の楽を受く。憲に臨

(ひ)で愛語するいは〔者〕音/こ随(ひて)愛報を得。故(に血(る)菜に捉(ひ)て身を受く。自在等には非(ぬ)

ことを。叉世間の人(は)自(ら)万物は業関に捉(ひ)で生す(こと)を知(る)が放(に)穣一穂等の業を起し亦

た       ひナ

魔戒悪等(の)諸(の)幅凛の葵を為す。瀾坐して〔而〕自在に鐸(ひ)−こ斯欲を望(む)者は有(る)こと無(し)般

(に)知(る)葉に捉(ひ)て報(を)得(る)こと(を)。叉著(L)人の白衣等(に)閃ルと説くと雛(も)〔而〕冷し諸の 業(に)依ル。謂く自(ら)身を苦(L)くし〔及〕再等を受(くる)なり。脚に)知(る)業を以て因と為すことを。

67

(3)

叉鶉(し)耶射こ(あらすあれば)〔不〕他の努に随(ふ)応し。謂(く)聖人の所行なり。一切の賢聖(は)常戒等

(の)背旗に依(る)ことは業(の)因に徒(ひ)て世間有りと如(る)が故なり。戒等に離(れ)で甘亦聖人無し。

敦一教としてノ票に埋一昔せる!弐有(る)こと無し〔者〕。枚(に)知(る)、票に傑(ひ)で身(を)受(くること)を。

叉戒等(の)諾乃嘗葵を行(ずるが1枚に鶴(く)神連繋化等の事を成す。赦(に)知(る)、葵を以て閃(と)為(す)

ととを。叉地獄等の諸悪趣の中に標喋一棺等多し。散(に)知(る)瞞悩等に由(り)で諸の悪道有ること(を)。

ヲ  ヲ

樹の上にて某を見せるをもちて樹は是(れ)閃なり(と)知(るが)如(し)。故(に)知(る)鴛を身の本と為(すこ と)を。叉窯選の中には癖等の力強し、知(る)当(し)煩悩は是(れ)悪道の因なることを。−・切不善は常痕 に由(るが)故に。叉諸乃悪道 ′こ生(ずる)は多(く)首処に生(ずる)は少し。眼をもちて見れば役等の悪行の

t.と      ひと

者性多(く)聾を行くずる)者は少し。故(に)知(る)役等の事は是(れ)悪道の因なることを。叉毅等の事をば

.曹人の呵する所なり。棄(てて)〔而〕為せず〔不〕。轟人は必(ず)毅等(に)は烹具有わと知し故(に)呵し乗

(て)で為せ(ず)〔不〕。若(L)悪果憮(L)と知らぼ何(が)故(に)棄(て)む(や)〔耶〕。叉諸(の)聾人は心著(し)

顎に趣(く)とき(に)酎佃ち)勤(め)で制止す。悪報を健(るる)を以ての故(に)。知(る)当(し)毅等(に)は必

(ず)悪報有ることを。著し雨く(あの下イハす〔不〕ば〔事〕音に随(ひ)て作ル所長を最(とも)楽と為け)応 し。則(ち)可食の衆生を殺し他(の)財物(を)奪ヒ他の妻を娃一犯する是をも亦皆楽とすべし。乗世の苦 を健(るる)を以ての故(に)斯の事を述離す。故(に)知(る)票に捉(ひ)で身有ることを。又荘智を修習

(し)て有源の葉を尽くくし)ツルときは則(ち)身を受(けず)〔不〕。故(に)知(る)業は是(れ)其の本なることを。

叉阿羅漢標語乃有漏の葵有(p)と掛も沌智を修完が故に業(は)則(ち)集せ(ず)〔不〕0故(に)知(る)業 を身の関と為すを。閑滅(し)ぬ(る)が故に身も亦滅(し)ぬ。又四諦を知(る)が故に諦に依ル煩悩永に復起

(きず)〔不〕。起(き)ぬ〔不〕を以ての故乞則(ち)身有(る)こと無し。智者は鼻くくの)如(く)腰、惟するをもち で則(ち)四諦を知(ら)む(と)欲(す)。敵(に)知(る)覚を身(の)閃(と)為すことを。叉若(L)因縁具せぬ〔不〕

カレ

ときは則(ち)身(を)受(けず)〔不〕。地の乾て桂條(か)れぬ(る)ときには則(ち)芽生(ぜ)ぬ〔不〕が如く。是

(る1

(くの)如(く)識勉の咄愛の水に潤(さ)るること無く業の種艮智の為に燦(か)祈るときは後一身の芽(は)則

lし)

(ち)生せず〔不〕。智者は是(の)事を知(る)が故に識勉の地を乾し業の種子を樵(か)むと欲で則ち勲(め)て 精進を加(ふ)。放くに)知(る)葉は是(れ)愛身の因縁なることを。諭寛′レ。

習諦繁中煩悩諭初煩悩相晶第一百二十一

線者の言己(に)諸(の)業(を)詮(き)ツ。諸の頗樹を今〔当〕詮(か)む。垢一心の行を名(づけ)で煩悩と為。

開口何にアルを謂て垢と為すか。答日著(し)心の能(く)生死を(し)て相読(せ)令む、是を名(づけ)て垢と 為。此の垢心の葺桝を貪意膚等と為。是の垢を名(づけ)で贋樹と為。亦は埋没とも名(づく)。殊は避一 法とも名(づく)。亦:ま蘭指針生とも名(づく)。亦焦熱法とも名(づく)。亦は悔法とも名(づく)。叉鼻(くの)

如(き)等の名あり。産れ垢心の修贋するを則(ち)名(づけ)で債と為。伯垢心の生する時のみを債と名(づく る)ものには非(ず)。煩悩をぼ貧と志と痕と疑と惰博と〔及〕五兄とに名(づく)。此等の差別の故に九十八使 有り。寛をぼ三有を音楽するに名(づ)く。亦腰一有を喜楽する鼻を名(づけて)貧と為。窪(の)申(に)詮(く)

が如し。欲愛と有愛と撫育愛といふ。無有をぼ断減に名(づ)く。衆生い苦の為に逼(ら)所て陰身を断

(ぜむとし)〔欲〕類を以(て)楽(と)為す。間口喜一楽禁貴(れ)受の相なり。貧の相にはこ非(ず)〔也〕。在中に課

(日が如し今の革と後の革との義をもちて今世にも楽を受(け)後ンこも亦楽を受(く)べLと言ふ。叉今姿 と後苛との義をもちて今世(に)も苦を受け後亀も亦苦を受(くべLと)言ふ。叉天間中に言(ふ)が如し、子 の有(る)ときは則(ち)喜ブと0 悌答(へ)たまはく子有るときは則(ち)苛フといへり。是(くの)如(き)等な り。答甘食をぼ書の分と為。程中(に)説(く)が如し、受は愛に因縁ありと。楽受の中に貪一便あり、椅

くす)

食の中に喜有り、貪有り。喜尽(き)ぬ(る)が伊に食尽(竜)ぬといへり。当知、食を薯の分(と)為といふ、

長(れ測(ち噂無(き)ことを。何以知之、塔の中(に)説くく)が如くし)弟諦とは〔者〕謂く渇是くれ)なり〔也〕。

(4)

す        (すろ)

何にアルを謂て渇と為る。謂く後身を得むと欲なり。思(の)渇は何にの和アルか謂く食に依止すると程

(する)      (するは)

桂を得むと欲なりといへり。間口票(し)後身(を)得(むと)欲昇(れ)渇の相なりと詮かぼ〔著〕何(の)散

rする)

(に)復〔於〕貪に供しヒすると種津を得むくと)欲なりとと説く(や)。答日英に渇の相有り。砦(し)種環を得む

(すご)   は       (Tl

と欲言(ふ)とは是(れ)拇憎の詮なり。後身を得む(と)欲と甘是(れ)別布の詮なり。灘欲の人も亦野紆(を)得

(1)      (する)

むと欲といふ渇有り。謂く7k等を得む(と)欲なり。是(ば)集諦斯様(には)非(ず)。若くし)貪rこ依止(L)て後

(せ 吾1

身を得むと欲最の溝を英領に塙(せ)所(ると)名(づ)く。関目若し潟も亦是(れ)喜なり食も亦是(れ)喜(な)ら ば何(が)赦(に)卸こ依止すと詮(く)や〔耶〕。答日初に生するを渇と名(づ日。増長するを貧と名(づ)く。故 に依止すと言(ふ)。経中(に)詮(く)が如し。革融鞘月を繁すと。是(の)散(に)喜は釦是貪なり0 叉経中に 詮(か)く令と膏との譜の不善法を除渡すと。鼻が中に音は巨口是喜なり。姿は釦鼻瞳なり。幌を華と為す と詮(くが)如(し)。則(ち)知る亦革を詮(き)て貧と為すことを。昇(の)故(に)十八音符の中に煩悩を語か

(ず)〔不〕。但諸受のみを説く。敢(に)知(る)亨の分は鼻(れ)含なることを。叉凡夫は食に離(れ)では革を 受(くる)こと能(はず)〔不「。瞳を離くれて)は苦を受(くる)こと能佃ず)〔不二。寝を離(れ)ては不苦不楽を受

(くる)こと音組まず)〔不:。何(を)以(て)之(を)ぼ却(る)や。筍二の受の中に説く几兼の人此の受の中に於 で集(を)知(ら)す〔不二減を知(らず)〔不二味を軸(らず)〔不〕通を軸(らず)〔不:出を知(らぬ)〔不〕が故に不苦不 楽受の中〜こ於て無明債に使はると。是の凡夫の人に常(に)此(の)玉梓を知(ら)ぬが故に常に不晋不楽受の 中に無明俊の為に便はる。無明債とは〔者〕釦(ち)是(れ)性を軸(ら)ぬ〔不〕受の行なり〔也〕(イ性ノ受ヲ知

に(このかイニ)

(らね)〔不〕行なりトイフゾ)是(の)如キ凡夫の管楽の心行焦亦知見貪意なり。叉若(L)初より乗心に在す るを受(と)名(づく)。増長して明了に(なり)ぬ(る)を名(づけ)て煩悩(と)為。又下一一歓心を受(と)名(づく)

巨机ち)此の心の増上になりぬ(る)を名(づけ)で丹髄と日(ふ)

貧相晶第一百二十二

論者の言貴の食を九糖の中には三界繁に連(し)で名(っけ)て愛と為。〔於〕七倍の中に按分して二拝と

ゼ      アIレ

為(り)。欲貧と有貪となり。所以者何、有人廿上二界に於で解棺の憩を生(す)。一是(の)故(に)恍是の勉を 詮(き)たまひて有と名(づけ)たまふあり。有をげ名(づけ)て生と為。君:(し)貪無(き)とき(に)は則生せ(ず)

アJレ

〔不〕。是(の)紋に期に有珠を詮く。郎失貧のみに誓非げ)。有(け)謂く仲秋貪(のみを)是を顆樹と名(づ)く。

欲貧を尽せるを解陀(を)得と名(づ)くといふ。故に悌韓と燕色との中にも亦有一食有りと詮きたまふと いふ。彿彼が中にも級細の縛有りと示(日たまふあり。貴(の)放(に)帥こ詮(き)た告ふあれ。是(の)貧を

(する)

十不華道(と)〔及〕四時(との)中に′於ては名(づけ)で貪欲と為。食欲をば他の物を得むと欲に名(く)。五蓋 と〔及1五下分籍との中.′こ賛(きて)欲欲と名(づけ)であり。欲欲をぼ〔於〕五欲を欲欲するに名(づく)。≡不 善根の中には名(づけ)て貪不誉秤と為。貪不幸棟をば能く諸の不芋の按を生長するに名(づ)く。昇の食

い≡若(しけ)非法に行するを名(け)で輿貧と為。他の物を功一捺し乃至塔寺(と)〔及〕衆倍の物を収(る)が如 キなり。≡筈(Lは)死(せ)ぬ〔未〕衆生におきて其の内を貪(け)むと欲ヒ若(Lは)母女梯殊価の婦出家の人を 嬉せむと欲ヒ〔及〕己が責を非竃にする与を悪食と名(づ)く。栗(lノ)己が物を拾(てむ)と欲(揉ず)〔不〕貴(を)

名(づけて)樫(と)為。即(ち)虻の貪なり。若(し)琴に功徳無キ畦のい人を(L)て有りと謂(け)令(めむ)と欲 ふ。昇を票欣(と)名(づく)。票(し)雫に功徳有(るものい)人を(し)て知(ら)令(あむと)欲(ふ)恩を発欲と名

(づく)。若(し)多一哉多一物を得(む)と欲(ふ)黄を多欲と名(づく)。著(l)少確(せ)少物(を)得ツレども好 を永(むる)に厭無キを下血足と名(づ)く。票(l_)深く紆姓、泉尾、名色財、富、少茫、者等に菅するを 名(づけ)で僑過と為。若(L)四の供若を貪するを名(づけ)で四愛と為。又是の環に二醇あり〇一一は飲食、

二は具貪。叉二様有(の。一一は我貪。二は我(が)所貪なり。一一のは内を緑(し)二のは外を緑す。上二界 の貧は一向内に妹(す)。叉五種有り。−(には)色貪、二(には)形狼貪、三(には)朝霞、四(には)威箭語言貪、

五(には)一切貪なり。鼠色芦香味徹の農を五欲貪と名(づく)。え六亀に於(て)愛を生すを六堅貧と名(づく)

(5)

叉三受の中に於て楽受を貪するが中(に)得(む)と欲(ふ)含有(り)。守護する貪有(り)。苦受中に得むと欲

(は)ぬ〔不〕を貪(る)有り。失(は)むと欲(ふ)貪有り。不菅不束受(の)中に癖の貪有り。有此の食に九分有 り。大関経の中(に)詮(く)が如(し)愛に因(り)で所欲に随(ふ)といふ事を求(む)。人の此の事の為に嘗(し め)らるれば〔所〕則異事を求(むる)が如きなり。誼(くが)如し楽譜は兼(め)す〔不〕苦薯は求多Lと。是の

1 ̄

食の増長するを求と名(づ)く。:求時に若(し)得(る)をぼ名(づけ)で得妾と為。閃(り)て得(れば)則(ち)愚 は−の敢なり恩は不可取なりと等量す。著(!ノ)心決定する是を慧量に因ル散の欲愛と名(づ)く。欲愛に 田(る)が故に貪著す、貪菅するを探愛と名(づく)貧愛の因縁をもちて戯ル。淑ルを名(づけて)受と為。受 に困(リ)て樫を生(す)怪に因(る)が故に守護す。守護するに因(る)が故に鞭枚刀邦等を備(ふ)。是(を)九 分(と)名(づく)叉九分有(p)。昇(の)食い時に髭員ふ)が故に上申と下との下が下と下が中と1丁が上と中が 下と中が中と中と上と上が下の上が中と上が上と有り。叉此の食を世間におきて分(ち)で十種と為。好

色を見て初に心一言を発す、舟が攻に欲を生す、三(に)は願を発す、囲(に)は念7、五(には)随で新作を 学す、六(に)は憫悦を忘(れ)ぬ七(に)は常に日の蹄に在り八(に)甘敬過す、九(に)比狂撮す十(に)は悶死

(し)ぬ(る)が如キなり是を貧の和と名(づく)。

貪園晶第一百二十三

間日寺の貪は云何にしてか生(ずる)。答自若(くけ)女色等の緑の中に於て邪憶念を生(す)、票(lノは)色 なり、著(Lは)形なり、票(Lは)触なり、若(Lは)成一僕語一言するたりと(いふ)ときに則(ち)貪一欲生す。

叉著(し)眠耳等の門を守護(せね)〔不〕ときに則(ち)貪欲生す。叉飲食に於(て)節量を知(らね)〔不〕ときに 則(ら)貪欲生す。叉女色に窺ミ圧するときに則(ち)合一欲生す。叉諸の楽を受(くる)ときに則(ち)貪欲生す。

叉愚癖を以ての故に食欲生す。下渾中に於(て)禅の憩を生すが故に。叉悪知識に由(る)が故に貪欲生す。

ザ(ソム)

浮潔の衣に真 に垢汚を以てするが如し。叉〔与〕多欲の人と事を共にするが故に則(ち)貪欲生す。叉身

もの

等の四法に於て妄憶念を生(ずる)ときに則(ち)象の為に牽か(るる)〔祈〕こと円瓶の制無キが如く輩の実朝 キが如し。叉鶉(し)願意にして熱くめ)て聾を修(せね)〔不〕ときは則(ち)貪一秋佃を得。叉非一行処に於

ヂ吼辟狂

(て)行するときに則(ち)命の為に侵(さる)〔所〕、謂く姪女と清酒と屠兄との合の等(キ)なり。庸一親の喩 の如く。叉不浮等を観するに線を壊(す)こと能(け)ぬ〔未〕ときに則(ち)貪欲頭(を)得。又〔従〕久(しく)遠

(このかた1

(き)より聴音或の債を習へり。鼻則登すること易し。叉女色等の練に於て憲(み)で相を取り了を浪ノt。

相を取(る)をは手、足、面、日、語言、戯笑、硯階、囁按等の相に名く。了を取(る)をは男女の形状の 葺判を分別するに名く。是(の)如く取り己(り)で憶念の分期するときに則(ち)貪欲生す。叉思量の心弱く

して所縁咄桂一逐して制伏すること能(は)ぬ〔不〕ときに則(ち)貪欲生す。叉著し貪欲を年(し)て忽ビ受 くけ)て拾(てね)〔不〕ときに則(ち)漸(く)増長す。〔従〕下より中を生じ〔従〕中より上を射ずる)なり。叉貪 欲の中に於て付利味のみを見て其の過を知(らぬ)〔不〕ときに則(ち)貪欲生す。叉時節を以ての故に貪欲 生す。蕃時等の如キなり。叉方処を以ての故に貪欲生す。処一所有(り)て〔従〕久(L)く連(き)より釆多

ア′レ

く姪欲を習(ふ)が如キなり。又有いけ身に膳(ふ)が故(に)貪欲生す。年少く清無く賛生臭足するが如キな り。叉力能を以ての故に寛一欲生す。服啓等の如キなり。叉著(し)揮妙の防音の五欲を得(る)ときに則(ち)

サキ

貪欲生(ず)。謂(く)好の革の池街の林の東栄でアリ清冷乾して洗ル(る)泉と鮮(に)アル雲と電の光と香

l       答也

風の栗(ウ)で扁(ぐ)とを見、著(しけ)衆の烏の東(し)キ芦をもちて相ヒ和すると〔及二†女人の柔軟に荘厳

(せ)らるる胃と威快アル語言との等(き)を聞(く)なり。叉薯の因縁を以(ての)故に貪欲生(ず)清澤施著の 則(fち)能く揮妙の五欲を好一貫し罪人の則(ち)不浮を好(む)が如(き)なり。又顆に随(ふ)を以ての故に貪 欲生(ず)〇人の人を欲(ふ)が如(き)なり0又深く仮名に箸(す)といふとき則(ち)貪欲生(ず)e鼻(の)∧内に

な       な

於ては士夫の相を生しノ外隼おきでは東和(と)〔及〕衣服怨親等の楯を生すなり0叉星心を得ず〔未〕(し)て

(6)

t

内に衆生と見、外−′こ色等と見ルときに則(ち)貪欲生す。叉栗(し檎使尽(き)す〔未〕変一線規綺するに中 に於でか邪憶念を生す。早(くの)如き等の因縁をもちで則(ち)貪欲生す。

食道晶第一百二十四

アル      (す)

関目貪欲は何(の)過有が故にか斯ぜむと欲(る)郡。答日貧欲は宅に苛なり。凡夫い転倒して妄(り)で 楽想を生(ず)。智者は苦と見てあり。苦と見(る)をもちて則(ち)断す。叉欲を受(くる)に厭(く)無(き)こ

と耐水を飲(む)ときに随(ひ)で其の潟を増す(が)如し。渇を増(す)を以での故どこ何(そ)楽有(る)こと得(る が)如し。叉欲を受(くるが)故に諸の悪並兵す。刀伏等は皆貧に由(る)を以ての故に。叉経(に)説(かく)食 の罪揉軽(く)して〔而〕拾て難し。暖意に於ての故に名て軽罪と為。其れ実には貴(れ)重し。叉食をば後 一身の因縁と為す。詮(くか)如し、愛を因縁として取(りて)あり。乃至太苦楽集すと。叉詮(かく)苦の因 を愛と為。叉謝かく)比丘搾く且惟(す)応し、所有(の)諸の苦は何に由くり)でか〔而〕有ル。当知、骨身

(を)以て因縁と為す。身は〔於〕愛に因(る)と(いふ)ことを。叉説(く)捕食の中に革有り、貪有り。鼻(の)

故に誠し中に於(て)か生すと。当知、愛を受身の因縁と為(す)ことを。叉昇の食に常に不辞の中に於

ヌレり     サ

(て)行す。女人等の如キたり。是の女人は身も心も不渾ナルこと糞に毒を塗蛇の能(日登シ音酎く)汗

(ナ)が如し。又此(の)貪欲は常(に順の中に行す。経(の)中(虹)誅くが如し、誓(へ)ば狗い血塗レ(る)枯骨

カブ      おも         ず

に郎ルときに.涯一睡と合するが故に想し謂払て美(し)と為るが如く貪者も亦爾(く)なり。無味欲の中に

於て邪例のカの軌C謂て味を受(く)と為0叉政一肉等の七種の誓喩の如し0有人は或(は)去来の事の中 に於て〔而〕貪欲を生す。故に知る。常に擬の中に行す(る)ことを。有衆生は貪欲の因縁を以て楽は少(く)

して苦は多し。所以甘何富貴の処は少(く)して敵城する時は多(き)が如キな・わ。又愛欲の者は楽閑の為 の故に備に諸の苦を受くく)。謂(く)求(むる)時苫(な。)守護(する)時苦なり。用(ゐ)ル時も亦苦なり〇線 す 一概商一異征伐仕一進等の如キは昇(れ)求(むる)時の苦なり。守(る)時にも失せむかと恐怖し畏するが故 に苛なり。規灯轟(る)ときは厭無(き)が故に苦なり。叉敬愛し合すること少(く)して別離の苦多し0 枚

(に)知(る)欲をば多(く)の邁(と)為すことを。叉俳の詮(き)たまふが如し、愛欲に五経の息有り、−は味 は少(く)して過多し、二(け)諸結蛾感なり、三(は)死ぬ(る)に至(る)マでに厭無し、四は聖に呵一乗(せ)

らる〔所〕、五は:悪と(し)で蓬らぬ〔不〕こと無し。叉此の貪欲は常(に)衆生をして生死の流に服し泥転を 接離(せ)令(む)。愚(くの)如(き)等の無量の過患有り。当知、欲をは多(く)の過(と)為すことを。文語の 煩悩の生することは皆〔於〕食に閑(り)てなり。身を貪(る)が故に諸の煩悩を起(す)が如キなりe叉愛一便 に按(け)ぬ〔不〕ときは則(ち)数数苦を受く。毒の樹を伐(ら)ぬ〔不〕ときは則(ち)常(に)人を筈(する)が如

く。叉食い能(く)衆生を(し)て軍粗を荷一負せ令(む)。叉経(の)中(に)説かく貪愛をば繁と為0黒白の牛

ヨITト

の自相ヒ繋せず〔不〕佃に概を以て繋するが如くを。畏(くの)如(き)眠性色を繋せ(ず)〔不〕色は隈を繁せ

(ず)〔不〕貪欲中に於で繋す。砦(し)緑い是と繋(す)れば則(ち)解脱を得(る)こと無(くある)べし0又径の

すホ  レ

中に説かく衆生は無明の為に蓋(は)所、愛緒に繋が所て生死に往来して本際有(る)こと無(し)といへり0 叉哩に詮(か日食断(ずる)が故に色断す乃至識断すといへり。此の負を無常等の観を以ての故に断す。

此の貪欲を断(じ)ツルときは則(ち)心に解晩を得。色貪断げる)ときは則(ち)色無(く)なりぬ0 色無(き)

ときは則(ち)苫滅(し)ぬ。乃至歳も亦是(くの)如し。故(に)知(る)貪欲を堅固の縛と為(す)ことを。叉食 欲怯腰の如し〔而〕衆生い其の悪を見ず〔不〕。叉貪欲は音(に)軟一美門中に於て行するが故に探一意と名

コノ

く。叉衆生は心に喜(み)て貪欲を起すこと乃(し)蚊蟻に至(る)マでに皆飲食姫欲の中に於で起す。叉此

(の)貪欲は種種の因縁をもちて能(く)人の心を縛す。謂(く)父母兄弟姉妹妻息(と)〔及〕財物等(と)なり。

叉墳生は欽亀姪欲等の貪欲い心(を)覆(ふ)を以て則(ち)能(く)生を受く。著(し)繹定を貪するをぼ則(ち)

上界に生(ず)。叉此の良一欲は能(く)一切の世間を和合することを為す、新一饗各異ナルをもちて。貧 の故に和合すること拾し乾(きて)アル所の水を得て相ヒ箸(する)が如し。叉生死の中には貪愛を似て味と

71

(7)

為す。説くが如し色の中の味とは〔著〕謂(く)色ンこ因(り)で若(Lは)喜、砦(しけ)楽を生す。栗(い合無(き)

ときは則(ち)味せ(ナ)〔不〕昧せぬ〔不〕ときは則(ち)能(く)瑞(に)生死を新すと。叉此(の)貪欲は二与〕解牝 と相逮(す)。所以者何衆生(は)常訣一楽と輝と竃との楽とに貪管すると以ての放;′こ解晩を楽(はず)〔不〕。

叉貧の分を断するに随(ひ)で即(ち)変(し)て楽と為す。誼(くが)如し、所灘の欲に随(ひ)て駐こて和楽を指

4r

と。叉説く若し諸の楽を得むと欲ば〔当〕一切の欲を拾(つ)べし。一切の欲を桔(つる)が故に畢寛の常襲

1甘

を得。若(し)天楽を絡むと欲ば〔当〕少楽を拾離(す)へし。少楽を拾解するが故に能(く)無量の楽を得。

叉詮(く)智者は更(に)利無し貪愛の心を離(るる)が如キなり。心に貴賓を耽(るる)に随(ひ)て則(ち)諸の

ひご

苦悩を放す。叉此の貪欲は善(を)宇せる法に達(ふ)。所以者何深く食管する者里牒肌ち)戒(と)し及〕種性と 診法と威儀と名聞とを願(み)す〔不〕、教化を受けず〔イこ〕衰息を見ず〔不〕罪幅を勧(せ)すこ不〕、狂(ひて)ア

ルが如く酵(フ)ルが如し。好醜を知らす〔不〕亦盲(て)アル人の福利を見ぬ〔不〕が如し。詮(くが)如し、貪 欲は刺を見(ず)〔不〕、貪欲は法を識(ら)す〔不〕、糎し盲問の如(くし)て悪無し命を陵(かね)〔不〕を以ての 故にと。文語(く檎欲をぼ大海と為(す)。辺も無く亦嘆も無し。波一浪前後して探し、悪虫と〔及〕羅刹

(とあり)是(くの)如(くの)諸の喩華あり。人と(し)て能(く)渡ル者無し。伯渾戒の船に任し花見の風の力

(を)侍するアル彿のみ大船師と為して能(く)諸の甫量を示(し)たまふ。説(き)たまふ所の如(く)して修行 する、是の老い則(ち)取く)渡ル。叉諸の煩悩の中豊きては想一分別一味の貪欲完王欝也シキは有(る)こ

ひご

と無しといへり〔者〕。叉此の貪欲をぼ最とも断(じ)難(Lと)為す。紅中(に)詮(く)が如(L)二の願(は)断(じ)

難し。一一は得二は毒なり。開田貪欲に是(くの)如(き)過有り。云何〔当〕貧欲君の相を知(る)べき。答臼貪

ひご

欲多キ者は女一色と〔及〕輩と香と理路と位楽と歌と舞とを享楽し姪女の豪に到(のて飲食し儀一会しノ大

こ,ノ       ミホヒ

衆の集と〔及〕諸の戯具とを喜ミ喜ヒ随(ひ)て愛一語し心常に歓喜し、面の色和択音に先(だち)で問一訊し 笑を合(み)で語一言し恋(リノ難く悦(ぴ)易く憐慾の心多く身一体使(ち)疾く性多(く)躁動し自(ら)身に染 着す。鼻(くの)如き等を多欲の相と名く。鼻の相は常〔与〕繁と性相ヒ順(せ)り。鼻(の)故(に)斬(じ)難し。

叉−→切の貪欲は究発して倍音なり。所以者何。貪愛(する)所の事は必ず当に離散す。廠敬する因縁をもち で必(ず)憂苦有り。誼(くが)如し。天人は皆色を楽ビ色を貪り色を喜(み)色に箸(せ)り。鼻の色(の)壊(る)

ル時に菱へ悲ビ心に悔ユといへわ。受智行誠も亦畏(の)如しといへわ。叉悌〔於〕怨勉の寝の中に種用 が喩を誼(き)たまひて此の度欲を珂(し)たまひ(て)あり。謂(く)能くく)慧企む害するが故に課(き)で毒と 為。心に在(ガ)て郎(ち)苦なり。故に名(づけ)て刺と為。能(く)華拭(を)断(ずるが)故に名(づけて)刀(と)

為。能(く)身心を焼(く)が故に詮(き)で火(と)為。能=)善根を断するが故に名(づけて)刀(と)為。能(く)

身心を焼(く)が故に誼(き)で名(て)火(と)為。能(く)諸の苦を生(する)が故に名(づけて)怨(と)為。〔礎〕

心の中より生するが故に内規と名(く)。按(く)こと難(き)を以での故に名(づけて)探栂と為0能くく)名聞

(を)汗(す)が故に桝泥と名(く)。誉道を障(ふる)が故(に)名(づけて)妨擬(と旧(ふ)0円に痺悩するが故に 入也流也 箭人心と名(く)。諸の薫を起(す)が故に不善根と名く0生死の海に注(るる)が故に名(けて)河と為Q聾財

を劫盗するが故に名(け)で膿と為。食欲に是(の)如(き)等の無量の通患有(。)是(の)故に戯(す)応し。

断食晶寛一百二十五

閏日貪欲(に)は是(くの)如(きの)過有り、〔当〕云何に(し)でか斬(すべき)占答日不渾観等を以て遮し無常

▼l・し

観等をもちて断(す)関目有人は無常と覚するが故に便(ち)貪欲を増す0此の事云何0答日若(し)人能く

一切無常なりと知(る)ときは則(ち)貪欲無し。経(の)中(に)詮(く)が如し、善く無常の憩を修するが故に

則(ち)能く一切の欲舞と有貪色無色食と一切の戯博と惰博と無明とを破壊す0叉著(し1人い能(く相聞は

皆苦なりと見(る)ときは因縁を苦するなりと以(ひ)て此の貪則(ち)斯(ぜ)られぬ。叉著(し)人い常に我は

必(ず)生老情死を受(く)応Lと念(ふ)ときに最の貪部(ち廟(ぜ)られぬ。叉著(し)渾楽を得ツ(る)ときは

斯き)不渾寒を玲(つ)。靭輝を得て鋤くち機の愛を拾(つる)が如(き)なり0叉貪欲の過を見(る)とき㌢こ是を

(8)

則(ち)能(く)斬す。過は先(k)課(き)ツルが如し。叉多祥等の慧増長するが故に能(く)貪欲を斬す。智慧の 性を以て煩悩を破するが故に。美音一株具足するときに則(ら)点放断(せ)らる。謂(く)渾持戒等の十一の 兄異なり。後の道諦の中に〔当〕詮(か)む。又色一知の等キ法を智の等キ諸の方便います傍を犬医と為し 諸の同学を給促と為し肯法を軍と為し白(ら)詮(く)が如く行じて将息することを為(す)ときに則(ち)貪欲 の清新す。有智の病人の三事具足して一括則(ち)曙に愈ユ(る)が如く。J司日加経申詮、不辞を以て倉を除す

と。汝何故ぞ不樺等(と)〔及〕無常等(と)を詮(く)や〔耶〕。答日一切の隣法は塔諸の煩悩を破することを為 るに燃(も)各階力有り。初は不樽を以て二食を遮し後揉無常智(を)以で断す。又不辞を以では盛キ負欲を 除(く)。是は多(く)人の斯知なり。貪債は細キが故に無筒を以て肪す。叉伸一経の中にのみ是(くの)如キ 詮を作(せ)り0諸庵の中には亦粂汝錘(く廟すと詮(け)り。是(くの)如(き)因緑をもちて則(ち檎欲断

(ぜ)らる。

底意晶輩一百二十六

おも

論者言 随意相とは〔者〕著(し)此の人を鴨(り)て失一滅せ令(め)むと欲ヒ、他人を(し)で打一綺し毅害

オガ

せ使(めむ)と願(ひ)で一向(に)粟給して永に見(む)と欲(は)ぬ〔不〕是の瞳をぼ汲羅捉伽と名く。兼をもち

アル

て軍朕(と)言(jl)。有瞳は但他人を賢一荒し担一打せむと欲(ふ)を達.欧塔と名く。義をもちて中蟻と言

(ふ)。有ル瞳は拍離する(ことを)欲(は)す〔不〕。或は妻子を増愛する中に捉(ひ)て生す、拘虞陀と名く。義

アメレ      ア

をもちて下瞳と言(ふ)。有瞳は常に心を染拝す、名て摩叉と為。蓑をもちて不報恨と言(ふ)。有ル瞳は心 に番で捨(て)られ(ず)〔不〕(し)で要(す)還−一報(せ)むと欲(ふを)憂単郵呵と名く。兼をもちて報悦と言(ふ)。

有ル暖は急(に)一事を執(し)紆棒に訝誼すれども趣に拍(せ)むと欲(按)ぬ〔不〕こと師子(の)河を渡(る)と

カヘ

きに祐岸相(を)取(り)で死ぬ(る)に至(る)マでに転(ら)ぬ〔不〕が如し。披羅陀合(と)名(く)。蓑をもちて

ア1レ      アIレ

専執(と)言(ふ)。有朕は他の帯利き見て心に嫉妬を生(ずるを)名で伊沙(と)為。有煤焦常に浮訟を喜(み)

で心口剛蝿なり三藍波と名く。義をもちて愈評と言(ふ)。有ル陽性栗(し)師長の診戒(する)に〔而〕返(り)

丁 ル

で捉過す。琵和速と名く。蓑をもちで脾候と言(ふ)。有隠虹若(し)少許の不適潜の草を得(る)ときに則

 ̄r′レ

くら)心に悩乱す。阿厨纏と名く。式をもちて不忠(と)言(ふ)。有朕放言(ひ)で柔軟に(あら)す〔不〕、常(に)

尺『

事(み)で頻壁(L)て教を和し音を光(にし)で語すること能(は)す〔.不〕、言(ひて)阿婆諾略(と)名(く)。義を

rル

もちで不悦と言(ふ)。有隕ほ、同止の中に於で常に喜(み)て罵冒す。阿掻羅浩と名(く)。義をもちて不調と

ア′レ      TT,レ

言(ふ)。有瞳は身打者を以(て)同一学を徹一催す。名(づけ)で俳菅と為。蓑をもちで惚触(と)言(ふ)。有 幌は常に薯(み)で押吋し好(み)て物を啓一毀す。登単郵陀と名く。義(をもちて)集可と言(ふ)。貴の膜に

アル         rル

ニ種あり。或い且衆生に因(る)。或いは衆生に閃(ら)す〔不〕衆生(に)因(る)をば名(づけて)賓罪(と)為。叉 上中下に九期するに九品あり。叉九樹に因(り)で分別して九と為。事典キに横に棍ル昇を筍十(と)為。

是を幌の相と名(く)。両日瞳は云何(に)してか生(ずる)。答日不通晋の苦悩の事に従(ひ)で生(ず)。叉正

(しく)苦受(の)性を知(る)こと能(はね)〔不〕が故に則(ち)瞑意生す。或(いは)呵馬轍杖等に礎(ひて)生す。

或(いは)〔与〕悪人と賽を同(じく)するときに削(ち)瞳意生す。屠猟師等の如(き)なり。或(いけ)智力省錫 ナルガ故に頓着生す。魔指を条の風の為に動(かさ)斯(る)が如く。:或(いほ)久(し)く睨使を集し乃喜性と成

コ′

せるが敢に曙意生(ず)。或(いは)〔従〕屠猟毒蛇の中より乗れ(る)が故に晦着生(す)。或(いは)喜(み)で他 の過を念するに従(る)が故に瞑恵生(す)。九悩中より説(く)が如(く)。或(いは)時節に随(ふが)敢(に)幌意

生す。十歳人等の如(き)なり。或(いは)株顆を以ての故に隕志生す。毒蛇等の如(き)なり。或(いは)方勉 を以(て)の故に煤志生す。唐衝国等の如キなり。叉先に詮(き)ツル命の生する閃緑を〔与〕此れと相達する ときに則(ち)隕意生す。叉我と計するに心情一博職盛なる(と)〔及〕潔く物には管する是(の)如(き)等の緑

をもちて則(ち)隕志生す。間口昇の院は何(の)等キ過力有ル0答日債(の)中に喝を軍罪と為と詮(け)りq

73

(9)

貪欲に於(ける)が散に名(け)て解ケ易(L)と為し〔而〕軍には解(け)難し。何者の久(Lく)心に随遂するが

如(き)には(あらす)〔′不〕又瞳且両髄を為す。党(に)は白を悼惜し而して後には人を燥す。叉握をば定(め)

アリレ

ーこ地獄と為。蝮に提(ひて)業を起(し)で多(く)相接に曙(ふ)を以ての散に。有眼は能(く)誉幅を壊ル。謂(く)

魔と戒と忽となり。音イの)三は碧落心等に擢(ひて)生す。瞳骨〔与〕慈(と)相潰せる(が)故に龍一壊と名

(く)。叉暖に捉(ひ)て麗ル葉は皆悪の名を受く。叉唄に提(ひ)て業を起(L)て後に皆心に惰(ゆ)。又瞑一根

乙lご      キス

の者は憐懸無キが故に名(づけ)て凶暴と白くふ。衆生且常に菅な。而(して)復瞑一悩すること瘡に太を 加(ふる)が如し。叉経(の)中に自(と)暁の過を詮(く)。謂く多暁の者Iま形色醜随なり。臥も覚ヰ宴に(あら)

す〔不〕。心常に怖畏す。人の信せ(ぬ)〔不〕斯(と)等(し)く(あのといへり。問日瞑意多(き)者に何(の)等キ相 か有(る)答日心口剛張なり。常に欺愴せ(ず)〔不〕歩百度して近(づき)難し。面の色和に(あら)す〔不〕念(り)易

ト      コノ

く解ケ難し、常(に橿快を喜ミ〔方さ〕詳詮を書ミ兵一器を榊し悪友に朋一党し叉誉人用窮享岩㌍人義 ク媚なり。諦に恩一慮せ(ず)〔不〕〔於〕愉悦少し如昇等有ルを瞑志の相(と)名(く)。貴の相は僻他人を増 蛍すること増等0鼻(の瓶に噺す応(し)0間町幻云何(にしてか)蝋すべき)0答日常に慈悲喜捨を修

(する)ときに瞑意則(ち)断(ず)。叉鋲の邁息を見くると竜に)是くれ)則(ち)能(く)臍(す)。叉眞智(を)待(る)と

きに瞑意則(ち)断(ず)。有忍カを以ての故に瞑志則(ら)断(す)。間日向にアルことをか忽カと謂(ふや)。

答自若(し)能(く)他の珂馬等の苦を忍ル。鼻(の)人レト誉法の幅を得、亦〔従〕不忍より生する爵(を)得ぬ

〔不〕を是(れ)忍辱のカなり。叉忍を行(ずる)者(を)ぼ名(づけ)で西門と為。忍辱を以て道の和門と為す。

故に沙門の法は〔者〕然れども怨(ること)を報(いず)〔不〕、罵れど¥、罵(る)ことを報(いず)〔不〕、打(て)ども 打(つ)ことを報(いず)〔不〕。叉著(し)比丘能(く)忍するい則(ち)出豪の法に応す。叉瞑意は〔者〕出豪の人 の法には非くず)。出家人の法は忍覇者なり〔一也〕。叉若くし)比丘の形服俗に異(に)あれども〔而〕隕意心同

ひご

(じく)アルは則(ち)宜しキ所に非(ず)。叉砦(し)悪を行する者は則くら)己に慈悲の功徳(を)具する(こと)に

な        ひご      す ひご        おも

為りぬ。叉忍を修する者は能(く)自利を成す。所以者何、曝書を漁る者は人を悩一害せむと欲へども

〔而〕返(り)で自(ら)を害(す)。有(る)所(の)身口をもちて悪を〔於〕人に加(へ)白(ら)得(る)所の悪は百千倍 に邁(ぎ)であり。故(に)知(る)瞑をぼ東に白(ら)を描滅することをぼ為すことを。鼻(の)故(に)智者は自他

くせ)

を(し)て二大苦と〔及〕大罪(と)を免(るること)得令(あむと)欲ぼ〔者〕当に忍を行(す)応(し)。間口云何能(く)

呵馬等の苦を忽する。答自若(し)人は善く無常を催し諸法は念念(に)生滅す、罵一者(も)受者(も)常念念 に減す。貴が中に何の処にか暁を生げ)応キと了連(す)へシ〔地〕叉善く各心を修するが故に能(く)忽辱 すべシ。畏(の)如(きの)念を作(す)ベシ。諸法扶翼に零な。齢、是(れ)罵者誰か荒を受くくる)者と。事 著し等ナルこと有らば則(ち)思受(す)応(し)。我寒(に)邁有り、蹄の人は寒一語す。何故ぞ映(ら)むや

〔耶〕著(し)事寒に(あら)す〔不〕ぼ彼の人目(ら)当に妄語の報を帯べシ。我れ何故ぞ旗(ら)むやと。叉鶉

(し)悪一嵩を聞かば〔当〕溝の念(を)作(す)べシっ一切の世間は野菜に騒(ひ)て報を受く。我昔必(ず)当に

(サイナ】     (ウ)

此の 罵 どらるべキ業を藻ケむ(とし)で今之(を)償(ふ)応(し)。何(が)故(に)瞑(ら)むや〔耶〕。叉栗(し)

療馬を聞かば〔当〕自(ら)其の道を観(す)/ミシ。我身を受けてアルニ由(る)なり。身をぼ苦の希と為。放

ひ1ご

くに)荒を受くく1応Lと。叉忍を行ぜむ者は早(の)如(き)の念を作(す)べし。万物且皆〔雅〕衆(の)因縁より 生せ(ク)と。音の悪一馬の業Jま〔従〕耳識と音誼と音声との等キより生せ(り)。我酌[との中に於(て)自(ら)

二分有り。他人には唯音声のみ有り。量(れ)削(ち)我が罪分多なり。何(が)敢(に)瞑(ら)むや〔耶〕。叉我

ひご    トカ

(は)此の芦に於て相(の)分鋤を取るが故に骨牌を生す。沙是は我が答なり。叉忽噂の者は他人を答(あず)

〔不〕所以者何、鼻は瞑等の罪なり。過(は)農生の答(とする)ことに非(ず)衆生は心の靖発ルが故に自在を 待(す)〔不〕。鬼を治する師の鬼に菅(き)てアル者を治するときに佃〔於〕鬼のみを瞑(り)て病人を瞑(ら)ぬ

〔不つが如く。叉巷の人は勤(め)て精進を行じ誉法を貪集するが故に他の語を計(せず)〔不〕叉念諸掛と)〔及〕

革賢蟄すら即し鳩を兎(れ腫ま出ず)〔不〕)巧罵婆羅門等の醇稗に俳を駕しタテマツルが如キ、舎利弗

(10)

等の婆羅門の為に譜の毀辱(を)加(へ)らるるが如キなり。何況〔於〕我(が)薄幅の人はや。又此の念を作

(す)べし世間に甘憩多(りあれども我が命を奪佃す)〔不〕己に美にアル幸と為す。況打累をはや〔也〕0叉 昔(の)念を作(す)。此の惑罵等は我に於で苦無し忽受(す)可(き)こと易し。悌の比丘に訝(へ)たまふが如

トケ       許

し。若(し)鉄の鋸をもちて身を解とも筒し忽受(す)応(し)。何況罵はや〔耶〕と。叉此の行者は常に生死を ば厭(ふ)べし。著(し)毀一嵩を待てば則(ち)証験明一丁にして転増厭一離して膚を拾(て)聾をば行(ず)べ し。叉鼻の人は忍に辱せ(ず)〔不〕(し)では後に苦の報(を)受(く)べLと知(り)で是(の)如キ念を作(す)べし0

不也

寧(ろ)牽罵をぼ受くとも地獄には堕(すこと)勿。又貴人は深く愉悦を懐(く)ペし。我〔為〕大一人世塵の

ひご

弟子として道を修行する者なり。云何当に作(す)応(くあらぬ)〔不〕研の身口の業を起(さ)むや〔耶〕と0叉 忍を行する菩薩(と)〔及〕帝駅等の併得の忍カを開(く)をもちて貴(の)蚊(k)能tく)忍(ぷ)べし0

無明晶第一百二十七

論者言 仮名に臨遂するを名(け)で無明と為す。説(くが)如し、凡夫(は)我の音声に随70 是(が)中に は実に(は)我も無し、我所も無し伯諸法の和合するを仮(り)で名(けて)人と為(す)。凡夫は分別(する)こ と能(ばね)〔不〕が故に我心を生すといへわ。我心の生ずるい卸是無明なり。間日経の中に俳退去世等を 知(ら)ぬ〔不〕を名(け)て典明と為すと詮(き)たまふあり。何故伯我心音のみぞ(と)詮くや〔耶〕。答日長は 過去等の中には多(くの)人錯謬するが故に是が中に知(ら)ぬ〔不〕を名(け)で無明(と)為(すと)誼(け)り0叉

7/レ

経の中に明の名義を解(け川。謂(く)斯如有が故に名(け)て明と為すと。何(の)等キ法をか知ル0謂く色 陰の無常を寒の如く無常と知り受想行識陰の無常を実の如く無常と知(る)なり。〔与〕明と相違(する)を 名(け)て無明と為。然らは則(ち)明に巽の如くせぬ〔不〕が故に無明と為。関目岩(し)明に実(の)如くせぬ

〔不〕を無明と名(け)ぽ〔讃〕木石等の法をも無明(と)名(く)応(L)。明に実(の)如(く)せ(ぬ)〔不〕を以ての 故(軋)。答目不然。木石は心無ミ過去世等を分別(する)こと能(はず)〔不〕。無明は能(く)分別するが故

(・こ)。故(に)木石に同(じくあらず)〔′す〕。関目無明をば瀬法に名く。人の日に色を見ず〔不〕洗(を)見ぬ〔不〕

(こと)無(き)が如く。貴(の)敢(に)伯明無キが故に名(け)て燕明と為。別の法は無(きなり)〔也〕。答臼不然0 羞(し)無明無くぼ五陰の中に〔於〕妄(り)で人有りと計し〔及〕瓦石の中に金といふ憩を生(す)ことを(ば)

−1r

〔者〕名(け)て:何(にある)等キものとか為む。故(に)知(る)邪分別の性を為無明(と)名(け)て明無キが故に 無明と名(くる)ことに非(ず)〔也〕。叉無明の因縁に従(ひ)て諸行(の)等キ相流して生(ずる)有り。若(し)

無洪(な)らば〔者〕云何能(く)登ぜむ(や)。問日:若(し)明に非ぬを無明と名(け)ぼ〔者〕今侶明のみを除(き)

で一切の諸の法は尽く甘(れ)無明(なる)べし。是(の)敢(に)一法を以て名(け)で無明に為じ〔不〕。答自足

(の)無明をぼ自相の中に説く会の法をば誼(かず)〔不〕。不意と言(ふ)ときに郎(ち)不善の体のみを詮(きて)

勲記を誼(か)ぬ〔不〕が如く無明も亦爾なり。叉人の形を票(け)てありと雉(も)人の行無キが故に説(き)て 非人と名(くる)により是(の)如(く)此の明は分別有(り)と維(も)等に知(る)こと能(按)ぬ〔不〕故(に)無明と 詮(日。木石(は)耐(くあらす)〔不〕。問自著(し)無色無対照漏無為(と)説(か)ぼ常連(れ)会の諜なり。無明

′Jレ

(ほ)何(か)故(に)遵(の)如く(あらぬや)〔不耶〕、答日或いは此の埋有り。不善等の中には則(ち)是(の)如キ こと(あら)す〔不〕あり。問臼有人言(く)伯明瀬キを以て(の)故に無明と名(く)、畢(に)光明無キを則(ち)

アル

名(け)で闇(と)為(す)が如く0答日世間に=踵(の)語有(り)。或いは明無キが故に誼(き)て無明(と)名(く)。

7ル

或いは邪一明の故に詮(き)て無明(と)名く。明い無キが故に無明と詮(く)とは〔者〕世間に盲は色を見(す)

〔不〕聾は芦(を)臥かね)〔不〕と言(へ)るが如(き)なり。邪明の故に無明と説(く)とは〔者〕禄枕樹を見て人

なす

といふ憩を生し人を見て杭樹といふ憩を生が如(き)なり。又羞(L)人い寒に是の事を知(る)こと能(は)ぬ

〔不〕故に不知(と)名く。又邪心を頻′厭と名く。是の諸行の因縁を阿羅漢は斯せ(リ)。断(せ)らるるが故

に無明の因諸行(に)縁アリと有(る)こと無し。著(し)明に非ぬを無明と名(け)ぽ〔者〕今阿羅漢は俳法の中

の明無し。無明と名(く)応(し)。若(し)無明有(ら)ぼ阿羅漢凪非(す)なりぬ。当知、別に無明の体性有る

(11)

ことを。邪一心身なり(や)〔耶〕早(れ)無明の分レ、−一切の煩悩と為。所以著何一一切の煩悩貸邪行ナル(が)

故に。又一切の煩悩(按)人の心(を)覆一蔽して常盲英に為す。誼(く)が如し。貪欲は法を見ず〔不〕、貪欲

l ̄しナ          ̄r

は稲を見ず〔不〕、能(く)此の黄を受(く)ル者を皆名(け)て盲貫と為。志と癌とも亦是(の)如(し)と。叉一 切の旗餌に徒(ひ)て諸行を生す。〔而〕寝の中に詮(く)、無明に捉(ひ)て行を生すと。故に知る、一朝の煩 ひご 悩を骨無明(と)名(くる)ことを。叉室を見ぬ〔不〕者は常(に)無明有り。伯垢無明是(れ)諸行の園繰なり。

ひご

叉邪明の故(に)無明と詮く、賽を見(ぬ)〔未〕者は常(に)是(れ)邪一明なり、故(に)知(る)、無明の分を一 切の廣悩と為すことを。間口無明は云何にしてか生する。答自若(し)閲と恩との邪関をもちて則(ち)無 一明生す。陀羅囁有りと有分有(る)者有りと精一神有りと諸法の念念に減せぬ有りと後身有(る)こと無 しと音声(と)〔及〕神(とは)是常なりと草木等も心有するといふが如キなり。是(の)如(き)等の邪執(を)成

(せ)むと欲(る)ときに則(ち)無明生す。或(は)邪園に従(ふ)が故に無明生す。謂く悪友に親近すると邪法 を悲一間すると邪念と邪行なりと。是の四の邪因の故に無明生す。又会の頚髄を生す。図線も常連無明 を生す(る)閑なり。叉無明の田町捉(ふ)が故に無明生す。麦に従(ひ)て麦を生し精に従(ひ)で精(を)生が なす

如く、如是計するに随(ひ)で衆生い則(ち)無明を生す。叉鍵の申(に)誼かく邪念の因縁に捉(ひ)て則(ち)

無明生(す)。邪念は印長(れ)無明の別名なり。謂く人有りと見て先に人といふ念を生す、後に明了(と)なり

な      な

ぬ(る)が故に名(け)で無明と為。是の二は先後に相助ケ楯生す(こと)〔捉〕樹より典を生し〔従〕兵より樹を

アリ

生(す)が如く。関目無明は何(の)等キ通有(や)。答日一朝の衰髄は皆無明に由ル。所以薯何。〔徒〕無明よ

り食等の煩悩を生す。〔従〕常厚沌射こより不善業を起(す)。〔従〕葵より身を受(日。身を受(く)ル因縁を もちて標種(の)嚢髄を得。寝(の)申(に)説(日が如し、謂(く)無明に覆(はれ)〔新〕愛把に繋(かれ)〔新〕諸有

阿含組在之

の身を受(く)といへわ。叉輝子吼寝の中に説かく諸取は皆瀬明を以て本と為すと。又偶に設かく有(る)

する

所(の)諸の意勉は薯(Lは)今のも岩(Lは)後世のも皆無明を本と為が故に〔従〕貪欲より−一切の煩悩の過を

起す。常無明に由(ること)有り。〔従〕無明より一切の旗髄を生すを以(ての)故匿と。叉凡夫は無明を以て

ひご

の故にして此の五陰の不揮、無常、苦、無我(を)受く。何れの有智の者か此の語の苦を受(け)む。又正

(L)く思惟するが故に能(く)五陰を拾(つ)。経(の)中に誼(日が如し、票(し)我一心は長邪嶽倒なりと軸

(る)あれば即(ち)復生せ(ず)〔不〕。故(に)知(る)。無明の因縁を以ての故に縛す。明の図線の故に解す。

叉世間の衆生は燕明のカを以ての故に少一味を貪来して多(く)の邁(ある)を見(ず)〔不〕。蛾の火に投いる が如く、魚の鈎を呑(む)が如く衆生も亦爾(なク)。硯に少一味を貪(ので多(く)の過を願(み)す〔不〕。叉外

(ら)

道の経典に生(ぜ)斯ル邪一見の罪幅等無(し)と説(く)い常是無明なり。文語の貞道は暦不昔に因ル。ィ、登

(は)皆・是くれ)無明なり。叉邪見い柴を起(し)て多く地獄に墜(す)。邪見は皆無明に由(る)が故に生す。叉 彿〔為〕世の尊と(して)h一切智人なり三界の大師として、眞辞の行います者と〔及〕、聖弟子等とを諸の外

ワキ▼へ

道の襲い糾 知(る)こと能(は)す〔不〕眞実の珠の富者を棄(つる)が〔之〕如し。此は骨無明の遇なり〔也〕。

又一切衆生に有(る)所(の)衰一惜敗一壊の等(き)事は常無明に由ル。−一切の利益の成就し増長することは 智明に〔於〕由(る)。若(し)無明を増長(し)ツ(る)ときは究克(し)で必(す)阿鼻地獄に堕(す)。劫初の人

の暁は別れ)虚妄なりと知(らず)不(し)て〔而〕(も)負著を生すが故匿色力幕僚等の事を失くせる)が如キな り。当朝。常無明に由(リ)て諸の利を忘一夫す(る)を。_叉此の無明をば但眞知のみ断す。貪等は不醇。

又会心(の)中には意志無し。心の中に食無(し)。無明は一切の心の中に在り。〔及〕慧を修せ(ぬ)〔不〕人 は無明常(に)心の中に在り。叉諸の煩悩の中に鮮明い最とも強し。経(の)中に無明の罪は重し、亦除一 解すること難しと誼(く)が如し。叉無明は是十二因縁の棍本なり。若(し)無明無(き)ときは則(ち)諸の業

は果せ(ず)〔不〕成せず〔不〕。何を以(て)之(を)知(る)や。諸の阿羅漢は衆生の楯無し、無明無キが故に諸 の業集一成すること能(は)す〔不〕。葉集せぬが〔′不〕故に誠等の諸分復生(する)こと能(は)す〔不〕。故(に)

知(る)。無明は遵くれ)諸苦の本なることを。叉現に見ば此の不樺の身に貪著(するも)亦無常の中に放くき)

(12)

て常の憩を生すこと狩し賽キ鴇を以て′J、兄を狂すが如く亦幻師の能(く)現一蹄に人を溢(し)で士を見て金

おもは

と為せ令むるが如し。叉俗の言く愚一人は現に罪を以て加(へ)らるれども〔而〕言を以で証すと、世間も 亦蘭。明に不詳と見れとも〔而〕共が為に謎は)斯(る)。又諸の心技は倉念灯尽滅(す)れども取相の故に生す0 色械尽し巳れども癌の故に相を敢ル。声等の中に於でも亦後景(の)如し。昇故(に)解(し)難(し)。此(れ)

皆無明之過なり。問臼無明多キ人は何(の)等キ相アリ。答自足の人は畏(る)へキ勉に於で畏(れ)す〔不〕

秋也

憲(む)へキ亀を意(まず)。〔不〕登人を増悪(し)悪人を愛東(し)倒(し)て人の音を取(り)常(医・)喜(み)て返 り振り堅く邪事を執し〔於〕愉悦(を)少く嫌宜を顧(み)す〔不〕役を悦(灯す)こと髄(はず)〔不〕亦白も悦(ぶ る)こと難く親附すること能(タげ)〔不〕、亦親一近(する)こと難く愚験忙しで識(る)こと無く、弊垢の衣

フトビ.

を好ミ楽(み)で誤聞(と)〔及〕不渾処に処し自(と)大日(と)高カビて書(み)で人を華一博し道理で以て白

(と)功徳を顕はきず)〔不〕、過をも遇とも知(らず)〔不〕、利を利とも識(らず)〔不〕、揮潔を好(まず)〔不〕、

亦威鮮勲(く)〔於〕、語言に拙く常に喜(み)で志し恨ム僻して他の夢を取(。)で〔而〕、深く貴著こ常涌すれ ども得(ること)難く、晩(に)得ては失ヒ易く設ヒ所得有(れ)ども丑を解(く)こと音別はず)〔不〕、設ヒ所解有 れども則(ち)復邪一僻にす。如是等の相は皆無明に璃リ。故(に)知る)無明は無量の過有り(といふ)こと を。鼻の故に酢す)応(し)。問日当に云何匝)してか斯する。答日誉(日展知を修岩をきに則(ち)無明 断(ぜ)られぬ。間日陰界等(を)知(る)をも亦眞智(と)名く。経の中に何故そ無明の努とは〔薯〕、箸(Lは)

因縁(ぞ)と若(Lは)因縁観ぞと説ケル。答日諸の外道の聾は多く因と物との中に於で謬あり。因の中の謬 の故に白番天等を世間因と為すと説く物の中の謬の故に陀羅親有り有一分等有りと説く因(と)路(と)の 法(を)観(すれば)此(の)二(は)則(ち)斬(し)ぬ。開口因縁を無明の率と名(くるは)何故(ぞ)=醇に設(く)や〔耶〕。

答日会の智を祐(せむと)欲(る)が故に。若(し)陰界人等を敬(し)ても亦無明を破る。侶薯キ無明をぼ邪見 主)名く0邪見をば因縁を以て断す0故に二議轄誼0貴意亦是(の)如し0叉世間は多く瓶等の名字 の)中に於(て)謬あり。瓶といふ名を聞(き)て則(ち)心に束を生(し)で色等や畏(れ)瓶(なりと)為し、色を 離(るるや)虹瓶岩㌢耶〕と為し是(の)如く五陰や是(れ)人(雛と)為し五陰を離(れ)でや更に人有り(と)

為(す)や耶やとぞ。若(し)心に決定するときにては則(ち)二辺に堕(し)ぬ。所謂断と常となり。身郎笹神な り。身異なり。神異なりといふも亦計(の)如し。著(し)大瓶は〔綻〕衆練より生れ色香昧触に困て戌ル(と)

知(らば)是(の)如(き)色等(の)諸陰を人と為すと、能く是(の)如く加(る)ときに則(ち)能(く)名に提(ひ)

で生(する)癖を拾一離す。是(の)名字い能(く)諸法の実義を賓へり。天閉経に説(く)が如し、名は一切

もの

の法に防(れ)て吏(に)能く過(て)アル薯は無(し)。是の名字に一切(の)諸汝は皆堕フと。叉詮かく世間の 集を見て則(ち)無兄を滅して世間の減を見て則tち)有の兄を減すと。叉説く諸行相続するが政に五陰の 生死を説くと。此は皆無明の過患なり。因縁を観て則(ち)減(す)。叉経の中に詮かく、著(し)人の因 縁を見(る)いは是の人は郎法を見(る)なり。若(し)法を見(る)いは郎(ち)僻を見たてまつるなり。是(の)

(如く若(し)人能く名に捉(ひ)て生する頻を断する、貴の人は則(ち)異に俳を見たてまつりて他の夢に縫 はず)〔不〕なりぬ。是の故に正智を以て(の)故一こ則(ち)燕一明尽(き)ぬ。正(し)く因縁の法(ある)ことを 知(る)が故に能くく)荘官を得(るなり)。叉略(し)で詮かば八万四千の洪蔵の中に有(る)新(の)知慧い皆無 明を除(く)。無明は是(れ)一切の煩悩の校本とあるも、亦一朝の煩悩を助(くる)を以ての故に是(の)如キ 図線をもちて則(ち)無矧桝′ぬ。

戌実務経巻第十三 付    記

本巻所見の不読文学は与、及、両、郡、也、者、不、末など初期点本のものと大童なくすべてこれに相当する 語をヲコト点て綿託している。者字は人をあらわす場合ヒトとよむヲコト点がありモノとよむ仇はない(ただし 他の巻にはわずかに例がある)。終末助詞としての名字の用例が本巻に数箇所あり、成失論全巻にわたり引用文

77

(13)

の箇所にはその末尾に者字の草体を傍訓と同位置に加点してあるがこれらはすべてかりにトイヘリとよんでおい た。是故は通説では是ノ故ことよみ、それに従っておいたがこの点末に是故二はあるが是ノ故この訓例を見出さ ないしこの字の中国語の意味から考えて一一訓によむべきものと思う。是別、如是などとともに近く別稿で精論す る予定てある。欲字も仏典では将字と同様に使用されることが多い。したがって明確に動詞としてよむべき時を 除き将字と同様ムトスと訓ずべきであろう。況字Cつ訓も初期点本では訓例がない。何況も同様。逝箭文字(当、

将.未、僕など)はまだ後世鋤nく固定した別法はない。漢字二字の連合符は星点で元されているが陵宜棒線で 結合しておいた。句読点は敢密でない。

皆には一国所ク語尾が付されているのでコトゴ下クとよんでおいた。日宇はコロトと傍訓があるがすべてをコ ロトとよむべきカ不明。

助動詞(完了)のタリほ確証はなく.テとアリにあたるヲコト点を併記してあるので後世タリとよむところを

不也

テアリとよんでおいた。勿字には契字訓で不也の注記があり地獄には堕(すこと)勿を堕すことマナかナカラムか 疑問である。罵どらるべき業を集ケむは類襲名養抄の訓こよりかりにサイナビ、サケむとよんでみた。

本巻に見られる音韻吾い語法など国語史上注目すべき諸事項については他の巻のとともに別稿で晴諭する予定 であるからすべて省略する。

点本の訳文は傍訓やヲコト点が精密であれば比較的正確なものが得られるわけであるが本点の如く傍訓のすく

ないものは極めて難解であり時に柿託を多くするものは将来の研究によって言了正される点がすくなくないことと

思う次第である。

参照

関連したドキュメント

第 4 章では、語用論の観点から、I mean

友人同士による会話での CN と JP との「ダロウ」の使用状況を比較した結果、20 名の JP 全員が全部で 202 例の「ダロウ」文を使用しており、20 名の CN

④改善するならどんな点か,について自由記述とし

シークエンシング技術の飛躍的な進歩により、全ゲノムシークエンスを決定す る研究が盛んに行われるようになったが、その研究から

この 文書 はコンピューターによって 英語 から 自動的 に 翻訳 されているため、 言語 が 不明瞭 になる 可能性 があります。.. このドキュメントは、 元 のドキュメントに 比 べて

作品研究についてであるが、小林の死後の一時期、特に彼が文筆活動の主な拠点としていた雑誌『新

式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

日本語で書かれた解説がほとんどないので , 専門用 語の訳出を独自に試みた ( たとえば variety を「多様クラス」と訳したり , subdirect