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持続可能な観光とグリーン・ツーリズム政策の可能性

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(1)

持続可能な観光とグリーン・ツーリズム政策の可能性

薮 田 雅 弘

 本論文では,日本の GT(グリーン・ツーリズム)政策の手段と目的を明らかにした上で,

その現状と課題を検討する。GT は,都市と農村の間の観光市場をめぐる経済的対流関係 のもとで,都市から農村への需要移転をめざす施策であり,主として農村で展開されるビ ジネスモデルである。本論文では,都市と農村間の交流を記述するモデルを構築し,都市 と農村の所得格差の要因,GT に関する施策の影響などを明らかにし,GT 政策の有効性 と可能性を論じる。

1 .は じ め に

 本論文の目的は,日本におけるグリーン・ツーリズム(以下,GT と略記する)の発展に 関して,その政策手段と政策目標を明らかにし,GT 政策の遂行過程と政策効果について検 証することである。都市と農村の 2 地域モデルを構成し,GT が地域間の経済格差解消に及 ぼす影響について,そのメカニズムと経済効果を分析する。また,GT が導入された地域に おいて,実際にどのような効果があったのかについて検討を加える。

 日本では,近年,都市から農村への所得移転を図ろうとする観光開発の動きがある。本論 文で中心的に取り上げる GT やそのプロトタイプ(アグロツーリズムやルーラルツーリズム など),あるいは,エコツーリズムなどは,その目標と形態,理念は異なるものの,都市か ら農村への所得移転(農村部の所得改善)を通じて,都市と農村間の格差を解消し,とくに 農村部での所得改善を図るビジネスモデルである。アジア諸国をはじめとして GT 政策を応 用しようとする場合に重要となる視座は,持続可能な観光(ST と略記)としての GT とい う点である。そのため,本論文では,GT が ST となるための条件を検討する。

 本論文では,日本の GT 政策の手段と目的を明らかにした上で,その現状と課題を検討す る。第 2 章において,GT 政策のガバナンスに関して論じ,GT 政策が都市と農村の間の観 光市場をめぐる経済的関係であり,主として農村で展開されるビジネスモデルであることを 明らかにする。第 3 章では,都市と農村間の交流を記述するモデルを構築し,都市と農村の

(2)

所得格差の要因,GT に関する施策の影響などを分析する。つづいて第 4 章では,持続可能 性の実現と GT 政策に関する政策課題について検討を加え,最後に本論文の梗概を与え残さ れた分析課題について述べる。

2 .日本における GT 政策の展開

 日本においては,第二次世界大戦後の高度成長に伴い「都市化」が急速に進行した。都市 部の過密問題の対極として農村部から都市部への人口移動による「過疎化」があり,都市と 農村の所得面や雇用面での格差が生じた。この都市と農村の不均衡な地域発展は,農村の「過 疎問題」として集約され,その対策として,1970年の「過疎地域対策緊急措置法」(「過疎法」

と略す)が制定された。農村から都市への人口移動によって,とくに農村部の社会基盤の脆 弱化と生産,生活基盤の衰退が問題とされ,その対策として農村部での社会インフラ整備や 産業振興などが企図され講じられてきた。しかし,過疎化問題の根本が解決されることはな く,その後も,時限法として名称を変え継続している(表 1 参照)1)

 言うまでもなく,農村の衰退の一方では,都市化の進展による過密化と消費増大,雇用増 大,所得の増大があり,その意味では,高度成長経済における「農村の過疎化」と「都市の 過密化」は,これらを対極とする地域の不均衡発展現象である。1970年代以降の日本経済は,

それまでの高度成長が終焉し, 2 度の石油危機,為替相場や国際金融など世界経済の構造的 な変化に直面した低成長期,停滞経済の時期であり,奇しくも「過疎化」問題は,高度成長 経済が生み出し,問題の解決を得ぬまま,停滞的な成長経済にあって,むしろ問題が深淵化 し継続している。現在も,地域の均衡のとれた成長経路を実現するための有効な施策が求め られている2)

 「過疎化」と対峙する施策として,農村における直接的なインフラの整備や産業誘致など の伝統的な需要喚起,雇用機会の創出が求められたが,必ずしも成功せず,それらに代わっ て農村や漁村固有の資源を活用し,都市の農村の「交流」を通じた農村活性化をめざす新た な施策が企図された(栗栖(2008)参照)。「交流」は,言葉の上では,都市と農村間の Win

-Win な関係を意味するが,この場合の「交流」は,どちらかというと,都市開発手法に傾 斜した従来の開発手法から脱却し,農村の資源を積極的に活用し,新たな付加価値生産を行  1) 「過疎地域対策緊急措置法」(1970年度~),「過疎地域振興特別措置法」(1980年度~),「過疎地 域活性化特別措置法」(1990年度~)ならびに「過疎地域自立促進特別措置法」(2000年度~)であ る。「過疎地域自立促進特別措置法」の当初期限は2020年度であったが,2009年度から11年間延長 されている。

 2) 2014年のローカルアベノミクスと称せられる「地方創生」策の考え方は,地域の事情に相応した 雇用や仕事の創出を目途とする自立的・主体的取り組み支援を図ることにある(「まち・ひと・し ごと創生に関する政策を検討するに当たっての原則」(2014年10月内閣府官房資料)による)。

(3)

うことによって,農村での雇用創出,所得向上を図ることを意味する。需要の源泉を都市や 外部のマーケットに求める―その意味で,この新たな農村のビジネスモデルは,「交流」

というキーワードを前提とする。農村の置かれた厳しい経済環境―農産物自給率の低下,

輸入農産物の増大,農村所得の停滞,農業就業者,人口の減少,高齢化,耕作放棄地の増大 など―のもとで,新たなビジネスモデルの展開が希求されたのである。

 「交流」をキーワードとした新たな挑戦は,本論文で検討する「グリーン・ツーリズム(以 下,栗栖(2011)にならって GT と略記する)」に他ならない。すでに述べたように,GT は,

都市の需要ニーズをベースにした「交流」による農村の活性化のためのビジネスモデルであ 表 1 過疎法とその展開

法律名 過疎地域対策 緊急措置法

過疎地域振興 特別措置法

過疎地域活性化 特別措置法

過疎地域自立促進 特別措置法 期間

(年度)

1970-1979 昭和45年度-

昭和54年度

1980-1989 昭和55年度-

平成元年度

1990-1999 平成2年度-

平成11年度

2000-2022 平成12年度-

平成32年度

背景

新規学卒者を中心に した急激な都市の人 口吸収

高齢化

東京一極集中,高齢 化,産業,公共施設 整備の遅れ(新たな 過疎問題)

農林水産業の著しい 停滞,雇用の場の喪 失など

目的

人口の過度の減少防止 地域社会の基盤強化 住民福祉の向上 地域格差の是正

過疎地域の振興 住民福祉の向上 雇用の増大 地域格差の是正

過疎地域の活性化 住民福祉の向上 雇用の増大 地域格差の是正

過疎地域の自立促進 住民福祉の向上 雇用の増大 地域格差の是正 美しく風格のある国 土の形成

主な追加 措置

地場産業施設,観光 レクリエーション施 設の追加

高齢者生活福祉セン ターなどの追加

高齢者福祉,舗装率 上昇,生活安定福祉 向上,観光入込客数 の増加など

成果

主 張 村 道 改 良 率 向 上,社 会 施 設 整 備,

昭和50年度における 人口減少鈍化

市町村道改良率,舗 装率上昇

産業振興,高齢者等 の保健福祉,生活環 境整備シェアの上昇

市町村道改良率,舗 装率上昇,生活安定 福祉向上,観光入込 客数の増加など 公示市町

村数(過疎 市町村/

全市町村)

776/3,280(当初) 1,119/3,255(当初) 1,143/3,245(当初) 1,171/3,229(当初)

1,093/3,255(最終) 1,157/3,245(最終) 1,230/3,229(最終) 817/1,718(法改正当 初 2017/4現在)

(出所 )総務省 HP による。過疎法の延長及び今後の見直しについて(2012/ 6 )等により著者作成(www.soumu.

go.jp/main_content/000166443.pdf 2018/ 7 /16アクセス)

(4)

る。GT は,1992年に発表された「新しい食糧・農業・農村政策の方向」(いわゆる新政策)

において,農村地域振興策の一環として提唱された施策であり,1995年に施行された「農山 漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律」(GT 法と略記する)において,

都市住民が農山漁村に滞在して余暇活動を行うための,地域政策の策定と基盤整備促進が図 られた3)。農村観光のビジネスモデルとして GT を考えた場合,需要の増大とその多様化に対 応することが基本である。GT 発展のためには,当然,民宿業などの宿泊施設の整備に加えて,

農産物直売所,農家レストラン,観光農園,各種体験サービス施設などの拡充が求められる。

都市住民にとっては,都市の日常の喧騒を脱し,非日常的な体験を可能とする仕掛けの整備 が必要である。GT は農村観光のビジネスとして,供給側の整備拡充を図ることによって,

都市からの需要を一層喚起することができると考えられる。

3 .GT のモデル分析

 本章では,持続可能な観光(ST)の観点からみたグリーン・ツーリズム(GT)の位置づけ,

特性を考える。すでに,前章において,GT に関する考え方を概観し,GT の制度的な側面 を検討した。本章では,GT に関するモデル分析を行うが,それを通じて GT の目的と政策 内容が明確になり,持続可能性との関係を明示できる。また,地域観光資源に関して適切な 管理運営の重要性が理解できる。それを通じて,都市と農村間の所得格差の解消策としての GT の有効性ならびに地域観光資源の持続可能な利用の在り方などを検討する。

3.1 都市と農村などの 2 地域モデル

 都市と農村,あるいは,都市の工業部門と農村の農業部門などの 2 部門モデルとしては,

その萌芽的研究として Lewis(1954)ないし Harris and Todaro(1970)などが挙げられる。

いずれも,農業から工業,あるいは,農村から都市への労働力の移動をベースに経済発展に ついて考察が行われている。Lewis モデルでは,農業部門での余剰労働が工業部門への持続 的な労働供給となることによって,農業での生産所得の維持と,工業での超過需要に起因す る賃金上昇傾向が生じる。この結果,農業から工業への労働力の移動が持続的に生じる。た だし,農業部門の余剰労働が減少するにつれて農業での労働力が不足しボトルネックになる 状況が生み出される(この状況は,「ルイスの転換点(Lewisian Turning Point)」と呼ばれる)。

この結果,農業での賃金上昇と工業での相対賃金の低下がもたらされ,農村から都市への労 働力の移動が縮減する。Lewis モデルの分析によれば,工業部門での雇用吸収力の減退の結 果,工業部門でのフリンジベネフィットの改善など,労働のインセンティブ確保が求められ

 3) (財)都市農山漁村交流活性化機構(2004)による。

(5)

ることになる。一方,Harris and Todaro(1970)のモデルでは,経済発展過程で生じる都 市部での工業発展を前提に,農村から都市への人口移動などを通じて起こる都市化は,都市 と農村との所得格差(賃金格差)を動因とする労働力の移動によってもたらされると考えら れている。土地集約的な生産が行われる農業において,家族経営的な生産が行われ,所得が 家族間で配分されることが一般的になっている農村地域では,いわゆる偽装失業の形で,失 業問題が顕在化しないケースがある。一方,人口や労働が移動し集積する都市では失業問題 が生じ,さまざまな都市問題が生じる。本論文で展開するモデルは,都市と農村の賃金格差 による人口移動を通じた賃金の平準化といったメカニズムを仮定しない,もっぱら賃金格差 を生み出す要因を分析するためのモデルである。

3.2 静学的な GT モデル分析の枠組み4)

 都市部と農村部からなる地域を考える。都市部,農村部の就業人口は各々

n

1

n

2とであ り,当該地域全体の就業人口

n

は,

n

1 + n2 = n. (3-1)

である。ここで,都市部と農村部の就業者の比率をδ

δ=

n

2 /

n

1 (3-2)

と定義する。

【都市】

 都市の主要産業は工業であり,その生産

x

1は,

x

1

f

1

n

1,

R

) (3-3)

で行われる。

R

は,当該地域内の工業生産に供せられる当該地域のコモンプール資源であり,

生産関数

f

1について

f

11>0,

f

111<0,

f

12>0,

f

122<0,

f

112

f

121=0 (3-4)

が成り立つとする5)。工業生産には,労働

n

1 ないし地域のコモンプール資源(

R

) だけが利 用 さ れ る と 仮 定 し て い る。こ の よ う な 生 産 関 数 は,Rauscher( 1994 )や Barbier and

 4) ここでの静学モデルは,Yabuta(2000)を加筆修正したものである。農村と都市についての 2 地 域モデルについては,Harris and Todaro(1970)ならびに Lewis(1954)を参照。

 5) 工業部門の雇用の賃金弾力性をμ(μ=-(

dn

1/

dw

1)(

w

1/

n

1))とする。このとき,

f

11

n

1

f

111

w

(1- 1/μ)となるのでμ> 1 が成り立つと仮定すると,f 1 11 + n1

f

111 は正となる。例えば,工業 部門の生産関数がコブダグラス型の場合この条件は満たされる。

(6)

Rauscher(1994)のいう純粋な生態系にもとづく生産関数,ないしは Martin(1999)の需要 志向的な生産関数である。ここで,都市部での工業生産に伴い,公害や自然破壊などの環境 悪化が生じると考える。環境悪化のもたらす社会的費用を

q

とし

q=q

(x1) q≧0, q́>0. (3-5)

とする。工業生産が惹き起こす地域の環境悪化に対して,企業に環境税

T

1を課すとする。

ここで,環境税率

t

1,価格

p

1とし,

T

1

t

1 p1

x

1 (3-6)

とする。社会的費用を最小化するための環境政策は,社会的限界費用が環境税率に等しい生 産が行われることであるが,当該地域では,この条件はみたされていないと仮定する6)。工 業部門の企業は,

π=

p

1

x

1

w

1

n

1

T

1

r R

=(1–

t

1

p

1

x

1

w

1

n

1

r R

(3-7)

で表されるネットの利潤πを最大化する。ここで,

w

1は都市部の賃金であり,

r

はコモンプ ール資源投入の限界費用であるが,一般に,コモンプール資源の最適な利用水準をもたらす シャドウプライス

r

* が支払われることはない。その結果,コモンプール資源が過剰に利用 される傾向を持つことになると考える。したがって,当該地域のプランナーにあっての主な 関心事は,コモンプール資源をどのように適切に利用するか,といった資源の利用問題とな る。(3-7)において企業の雇用決定に関する利潤最大化条件は,

w

1 /

p

1=(1–

t

1

f

11

n

1,

R

) (3-8)

となる。当該地域の都市における工業生産物に関する需給の均衡条件は,

p

1

x

1= X10 +(1–α)

w

1 n1 + w2

n

2 (3-9)

となる。(3-9)の右辺は,工業生産物の需要を表しており,右辺第 1 項は,地域外部からの 外生需要,第 2 項は,都市就業者の所得の一定割合が,また第 3 項は,農業就業者の所得が 工業生産の需要に向かうことを示している。つまり,ここでは,都市の就業者はその所得の 一定割合を工業生産物に支出するのに対して,農村の就業者は,その所得のすべてを工業生 産物に支出するものと仮定している7)

 6) 条件

t

g

' を満たす最適な環境水準に対応して工業生産が決まることになるが,実際には,公害 問題の発生などを考えれば,環境目標の実現のために生産水準が十分に調整されてはいない。

 7) 短期的に都市就業者(居住者)は,所与の所得

w

1

n

1のもとで,効用

U

U

x

1,

x

2)を最大化す

(7)

【農村】

 次に農村では,農業や GT などの環境保全的な生産活動が行われていると仮定する。都市 での工業生産とは違い,環境保全的な生産とは,第 1 に,環境に対して負の外部性を与える ことがないこと,第 2 に,地域のコモンプール資源

R

の減耗をもたらすことがないと仮定 する。この生産関数を,

x

2 = f 2 (n2), (3-10)

で与える。ここで,農業生産

x

2 に関して,

f

2’

n

2)> 0 ,

f

2”

n

2)< 0 を仮定する。農業や GT の生産は,地域の環境に対して負の外部性を与えない,つまり,短期的にも農村での生 産活動(農業や GT など)は環境配慮的な生産活動であることが ad hoc に仮定されている。

 また,工業生産を行う都市部の企業とは異なり,農業生産の行動基準は利潤最大化(限界 原理)ではなくゼロ利潤(平均原理)にもとづいており,その結果,農村部での 1 人当たり 所得(賃金

w

2)は,

w

2

p

2

x

2

――

n

2 =―――――

p

2

f

n

22

n

2) (3-11)

で与えられると仮定する。ここで,農業生産物に対する需給を

p

2

x

2

X

20

α w

1

n

1 (3-12)

とする。ここで,

X

20は地域外からの外生需要であり,右辺第 2 項は,都市就業者がその一 定割合

α

を農業生産物に対して支出することを意味する。

【地域の需給均衡】

 以上の点を考慮して,短期的に地域のコモンプール資源や人口について制約がないとすれ ば,地域の短期の需給均衡条件(3-9)と(3-12)は,

p

1

f

(n1 1, R)= X10 +(1-α)(1-t1

p

1 f 1(n1 1,

R) n

1+p2 f (n2 2) (3-13)

p

2

f

2

n

2)=

X

20 +α(1-

t

1

p

1

f

11

n

1,

R

n

1 (3-14)

と書ける。(3-13)と(3-14)から,所与の価格(

p

1,

p

2),環境税(

t

1),支出割合

α,地域

コモンプール資源

R

のもとで,都市,農村の就業人口(

n

1*,

n

2*)が得られる。(3-8),(3-

11)を考慮すれば,

w

2

w

1の比率は

w

2

w

1=

p

2

f

2

――――――

p

(1-1

t

1)

f

11

n

2 (3-15)

ると考える。コブダグラスタイプの効用関数(例えば,U= x11-α

x

2α, 0 <

α

< 1 )を考えれば,工 業ならびに農業生産物に対する支出割合は,それぞれ 1 -α,と

α

となることがわかる。

(8)

となる。(3-15)は,需給条件を考慮すれば,

w

2

w

1=(1-η) ―――

α

(3-15)́

と表される。ここで,η(=

X

20/

f

2

n

2)< 1 )は地域の農業生産物の地域外需要の構成比であ る。第 2 章で説明したように,GT は都市部から農村部への支出移転を促す(αを引き上げる)

施策であり,他方で,GT などに対する当該地域外からの需要増を促す施策でもある。(3-

15)́は,農村部と都市部間の( 1 人当たりベースの)賃金所得の格差を縮小するためには,

ηないし

α

の引き上げをもたらす GT 政策が有効であることを示している。

3.3 比較静学分析

 次に,都市と農村を含む地域全体に関する人口や賃金について検討する。(3-8),(3-11)

ならびに(3-13)を用いて,

n

1,

n

2, また

w

1,

w

2について解けば

n

i

n

i

R

;ν, p),

i

=1,2, (3-16)

w

i=w(R;ν, p), i=1,2, i (3-17)

を得る。ここで,νは政策パラメータ(

X

10,

X

20,

α, t

1)および価格

p=( p

1,

p

2)ベクトル である。

 重要な点は,地域の都市部,農村部における生産活動は,地域のコモンプール資源

R

に 依存している点である。工業の生産関数から,

dn

1 /

dR

< 0 が成り立ち,また,農村につい ては,

dn

2 /

dR

< 0 が成り立つ。つまり,労働とコモンプール資源については代替的投入関 係があることがわかる。また,(3-3)ならびに(3-15)から

x

1 = f (n1 (R), R)=x1 (R). 1 (3-18)

となる。都市部での工業生産が,より大きなコモンプール資源の投入によって,より大きく なると仮定すれば,

dx

1 /dR = f 1(dn1 1/dR)+

f

12 >0. (3-19)

の関係が成り立つ。

 次に,コモンプール資源の賃金に与える影響を考える。(3-16)ならびに(3-17)を全微 分すれば,

A dn = B dR

C dν

otot=(

ν, p)

t (3-20)

を得る。ここで,dn=(

dn

1

, dn

2)であり,係数行列については,

(9)

A

= 

p

1

f

11 -(1-α)(1-

t

1

p

1

n

1

f

111

f

11) -(1-

t

2

p

2

f

21

-α(1-

t

1

p

1

n

1

f

111

f

11

p

2

f

21       

B

=  (1-α) (1-

t

1

n

1

p

1

f

112

p

1

f

12

α

(1-

t

1

p

1

f

112

n

1        

C

=  1 0 -(1-t1

p

1

f

11

n

1 -(1-α)

p

1

f

11

n

1 -p2

f

2 (1-α)(1-t1

f

11

n

1

f

1 (1-t2

f

2

0 1 (1-

t

1

p

1

f

11

n

1 α

p

1

f

11 0 α(1-

t

1

f

11

n

1

f

2       である。(3-20)の係数行列

A

の係数行列式は,

det A=p

2

f

21 [{t1+αt(1-t2 1)}

p

1

f

11 -(1-t1)(1-αt2

n

1

p

1

f

111]>0. (3-21)

となる。これより,

dn

1 /

dR

=-

p

1

p

2

f

12

f

21/

det A

<0, (3-22)

dn

2 /dR =-α(1-t1

p

12

f

12

f

11+n1

f

111}/det A <0. (3-23)

となることがわかる。

 他方,地域のコモンプール資源投入が賃金に及ぼす影響について,同様の手順を経れば

dw

1 /dR = (1-t1

p

1

f

111

dn

1 /dR >0, (3-24)

dw

2 /

dR

= (1-

t

2

p

[(2

f

21

n

2

f

2

dn

2 /

dR

]/

n

22 >0. (3-25)

を得る。(3-24)は,都市でも農村でも,より高い賃金を得ようとすれば,地域のコモンプ ール資源利用を増やさざるをえないことを示している。

 表 2 は比較静学分析の結果を示している。表 2 においてとくに重要な点は,以下のとおり である。まず,地域外の外生需要

X

01

X

20 が雇用に関して正の効果をもつことがわかる。

GT が政策目標とする都市から農村への所得移転策は,αを引き上げる政策を意味するが,

⎡ ⎜

⎜ ⎣

⎤ ⎜

⎜ ⎦

⎡ ⎜

⎜ ⎣

⎤ ⎜

⎜ ⎦

⎡ ⎜

⎜ ⎣

⎤ ⎜

⎜ ⎦

表 2 比較静学分析の総括表

X10 X 20

α

t1 p1 p2

n1 + + - - - 0 n2 + + + - -+ - w1 + + - - + 0 w2 - - - + +- +

(出所)筆者作成

(10)

これは都市部の就業を減じる一方,農村部の就業を増加する。ただし,この政策は,それぞ れの賃金を減じる一方で,都市と農村間の賃金格差を減じる効果をもつ。都市部での環境税

t

1の引き上げは,地域全体の雇用にマイナスの影響を与えるものの,農村の賃金にはプラス の効果をもたらす。以上の点を考えれば,農村と都市間の所得や賃金格差の縮小という政策 目標に絞った場合,幾つかの政策手段のポリシーミックスを前提に遂行する必要がある。ま た,持続可能性に関しては,次章で示すように,地域のコモンプール資源を適切に管理し,

ストックとそれから生まれる「幸」

R

の利用水準を持続可能に保つ必要がある8)。ここでは,

農村における GT の推進については,GT 政策の推進自体が持続可能であるとの前提を置い た分析を行っているが,観光開発と推進自身が地域の持続可能性維持につながるという考え 方は,エコツーリズム(ET)そのものである。この点については,次章で検討を行う。

4 .GT と ST

4.1 日本型 GT と GT 市場

 ところで,栗栖(2011, 37頁)で指摘されているように,そもそも「欧州で広く普及して いる農家民宿を中心とした長期滞在型の観光」の前提条件が異なっていることから,「日本 の条件に合った」GT,いわゆる「日本型」GT の展開が必要とされた経緯がある。日本では,

ドイツなど欧州で発達したアグロツーリズム(農村観光)に類似の概念として GT 研究が展 開されてきたことから,日本型 GT は,幾分包括的な内容を含みさまざまに定義されてきた。

先行研究での議論を,幾つかのキーワードの記述によって纏めれば,「農山漁村の住民」が「自 主的」に「協働」し,「農山漁村の地域観光資源」を「体験」し「活用」することを可能に しながら,「農村と都市の交流」を通じて「農村地域の活性化」を図る,ということになる。

すでにみたように,GT が観光ビジネスの一形態であるとすれば,より高い付加価値を生み 出す農村ビジネスモデルの構築が必要であり,そのためには,持田(1997)が示したように,

「農村都市交流」のシステムを確立させ,「地域諸資源利用」の新たな発想や施策の展開が必 要になる。日本では,このような GT の展開は緒に就いたばかりであり,とくに,「農山漁 村地域の自然や文化」を「人々とのふれあい」や「体験」「学習」を通じて,都市住民に対 して供給する GT の在り方が認識され始めたところである(持田(1997, 22頁))。GT が,以 上のように,多面的な機能,役割を担っていることを考えれば,GT 市場の供給と需要をめ ぐる態様もさまざまである。

 8) 地域のコモンプール資源の管理に関するモデル分析について,薮田・金(2019)を参照。

(11)

4.2 GT と ST(ET)の関係について

 しかし,GT が農村地域における観光ビジネスの形態をとる以上,その発展の在り方や態 様に関して求められる事項については,一定の方向性がある。つまり,国連の SDGs

(Sustainable Development Goals)が端的に示すように,観光発展に求められる基本的な方 向は「持続可能性」であり,それを実現するための施策である9)。薮田(2015)では,地域 観光資源が持続的に管理・運営されることを前提に地域の観光発展が企図される必要がある こと,また地域観光資源を適切に利用した結果得られる地域の所得や雇用を適切に配分する 仕組みが必要であることを示し,このような観光発展の在り方を,(広義の)エコツーリズ ム(Eco-Tourism;ET と略記),あるいは,持続可能な観光(Sustainable Tourism;ST と 略記)と呼んだ。GT が,とくに農村と都市との対流の中で議論されるとしても,GT は,

ET や ST を実現させるための諸条件(エコツーリズムの基本原理;薮田(2015, 125頁)を 満たす必要がある。ここで,この点をとくに指摘する理由は,GT は,どちらかというと,

農村の地域観光資源の利用を高めアウトプットを最大化することを目的としており,持続可 能性の維持など ET や ST が目的とする事項の実現が必ずしも考慮されているわけではない からである。

 とはいえ,従前の GT の展開過程を敷衍すれば,GT は,中山間農村地域における歴史,

伝統,文化を保存しつつ,なによりも農林漁業とそれらを基盤とする農山漁村などのコミュ ニティを維持する点にその政策目標があり,結果的に,活発な都市と農村の交流,対流を通 じて,農山村地域と都市との所得格差を実現する総体的な施策を含んでいる。そのため,

GT については,ET や ST のもつ持続可能性の維持という点と親和性が高いと考えられる。

ET(厳密には,広義の ET)が,市場の失敗を回避し持続可能性を維持するためには,薮田

(2015)で示したような幾つかの条件を満たす必要があると考えられる10)。その主要な項目は,

表 3 が示すように,「環境容量を制約とする需給管理」「コミュニティ主体」「教育要素」,「効 率的な環境保全マーケティング」などに集約できる。

 この観点から ST としての GT を考えるとき,ET の諸条件を包括する条件としては表 3 の右列の項目が示す諸事項を指摘できる。GT が都市から農村への所得移転を巻き込むビジ ネスモデルである点からみた場合,とくに重要な項目は,GT が農業などの「体験を通じた 余暇活動」であるという点であり,これを主眼とし,持続可能性を担保するビジネスモデル になっているという点である。前章で示したように,理論的には,持続可能性に関しては,

 9) 持続可能な観光ならびに SDGs については,高尾・薮田(2019)参照。言うまでもなく,持続可 能性には,通常,社会的持続可能性,経済的持続可能性の他に,環境的持続可能性の 3 つの観点が 要請されている。

10) 持続可能な観光に関しては,藤稿(2018)の第 1 章参照。

(12)

将来の地域のコモンプール資源の利用可能性を減じることなく,現時点での資源の再生能力 を超えない形で利用することであり,結局,GT の推進がそのまま ST になるという観点から,

表 3 に沿う形での,都市,農村を含む地域の人々の活動,協働が重要である。

5 .お わ り に

 本論文では,日本の GT(グリーン・ツーリズム)政策の手段と目的を明らかにした上で,

GT 政策の展開と意義について分析した。本論文が指摘したように,GT は,都市と農村の 間の観光市場をめぐる経済的対流関係のもとで,都市から農村への需要移転をめざす施策で あり,主として農村で展開されるビジネスモデルである。本論文では,都市と農村間の交流 を記述するモデルを構築し分析することによって,都市と農村の所得格差を解消する要因,

GT に関する施策の影響などを分析し,GT 政策の有効性と可能性を論じた。この GT に関 するビジネスモデルとそれを支える政策の在り方は,アジア諸国における都市と農村間の地

表 3 ET の基本原則と GT

ET の基本原則 具体的施策 GT との関連事項

持続可能な資源 利用

最大持続可能捕獲水準の推計(物理的,

生態学的,社会的,環境的飽和水準およ び受容可能変化上限(LACs)などの測定)

明確なコモンプールの境界(農村集落),

持続可能な資源利用水準の知見,知識の 確認

過剰消費や浪費 の抑制

産業規制(政府規制,自主的規制,企業 の社会的責任),観光客管理(ゾーニン グ,交通規制,観光客分散など)

利用・調達ルールの確定化

環境的多様性の 維持

保全地域規制(国立公園,生物保護地域

制定,特定領域指定など) 農地・林地,里山などの保全 地域計画策定,

地域経済の維持

環境インパクト評価(費用便益分析,マ テリアルバランスモデル,地理情報シス テム,エコラベル,環境会計など)

農村計画の策定,農村コミュニティにお ける協力・協働の推進

地域共同体との 連携,組織間の 協働

審議および参加技術(情報開示,関連す る会議の運営,住民行動調査,表明選好 調査,デルファイ法など)

農村コミュニティにおける環境保全,農 業生産における環境保全活動の推進なら びに相互義務の明確化

関係者の教育 観光知識および技術訓練(地域ボランテ ィアガイド,環境教育など)

住民参加によるビジネスモデルの構築,

推進,体験活動による訪問者の意識改善 適切なマーケテ

ィング

訪問者の管理・運営技術(観光客・業界 の管理規則,条例など)

農村集落を主体とする適切なマーケティ ング技術の修得,ルールならびに自治体 での条例などガバナンスの運用・確立 モニタリングと

研究調査

持続可能性を示す諸指標(各種持続可能

性指標の作成および活用) 地域におけるモニタリングと制裁規定

(注)薮田(2015)にもとづき筆者作成。

(13)

域問題の解決に寄与するものと考える。

 本論文に残された分析課題は幾つかある。まず,GT の持続可能性については,地域のコ モンプール資源のストック保全が条件となるが,その分析のためには,都市と農村にかかわ る動学的分析が必要である。また,地域の動学的視点を含めたコミュニティにおける協働の 在り方についての検討を行っていない。この分析を行うためには,実際に農村コミュニティ における GT の取り組みと GT の遂行に向けた枠組みに関する実証分析が必要である。これ らの点については今後の研究課題としたい。

参 考 文 献

藤稿亜矢子(2018)『サステナブルツーリズム―地球の持続可能性の視点から』晃洋書房

栗栖祐子(2008)「交流・グリーンツーリズムの変遷と今後の課題―地域再生の視点から―」『農林金融』

28-41頁

栗栖裕子(2011)「日本のグリーン・ツーリズ厶研究の動向と今後の方向性」『林業経済学』Vol. 57 No. 1,

37-48頁

持田紀治(1997)「グリーン・ツーリズムの課題と展望」『農林業問題研究』第128号,21-30頁 高尾美鈴・薮田雅弘(2019)「観光市場の失敗と観光客の役割」『計画行政』42/3,27-32頁

都市農山漁村交流活性化機構(2004)「都市と農山漁村の共生・対流推進会議 グリーン・ツーリズム 専門部会 中間報告」

薮田雅弘(2004)『コモンプールの公共政策―環境保全と地域開発』新評論

薮田雅弘(2015)「エコツーリズムと環境保全」『環境政策の新地平第 1 巻,グローバル社会は持続可能 か』岩波書店,119-140頁

薮田雅弘・金承華(2019)「農村集落と地域資源の最適管理―理論的検討」『経済学論纂』第60巻 1 号,

297-308頁

Barbier, E. B. and M. Rauscher (1994) Trade, Tropical Deforestation and Policy Interventions, Springer

Lane B.(2009) “What is rural tourism?” Journal of Sustainable Tourism, Vol. 2, pp. 7-21

Harris, J. R. and M. P Todaro (1970) “Migration, Unemployment and Development: A Two-Sector Analysis ,”American Economic Review, 60, pp. 126-142

Lewis, W. A. J. (1954) “Economic Development with Unlimited Supplies of Labour,”The Machester School, Vol. 22 No. 2,pp. 139-191

Martin, P. (1999) “Public Policies, Regional Inequalities and Growth,” Journal of Public Economics, 73, pp. 85-105

Rauscher, M. (1994) “Foreign Trade and Renewable Resources,” in Trade, Innovation, Environment, C. Carraro(ed.), Kluwer Academic publishers, pp. 109-121

Yabuta, M. (2000) Ecotourism and the Optimal Environmental Policy for CPRs, CRUGE Discussion Paper Series, No. 10

(14)

参照

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