京都祇園の芸者細見﹃ 祗 園 細 見 芸 者 銘 鑑
全 盛糸音色 ﹄
鍛治宏介・酒井 光・浦あゆみ・岡 颯馬・唐沢むつみ 水田健斗・山田実李・吉田茉友・冨岡尊羅
本 稿 は ︑ 京 都 祇 園 の 芸 者 細 見 ﹃ 祗 園 細 見 芸 者 銘 鑑
全 盛 糸 音 色 ﹄︿ 文 政 五 年
︵一八二二︶九 月 再 板 ﹀ を 翻 刻 紹
介するものである︒
細見とは︑妓楼や遊女の名前︑その揚げ代などを詳細に列記した遊所の案内書であり︑冊子型のものと︑一 枚摺のものが存在する︒史料公刊や研究が進む江戸や大坂の細見に比べる と ︵ 1 ︶ ︑京都遊所の細見は︑数点がこれ
まで紹介されてきたのみであり︑研究の遅れは著しい︒そもそも京都の遊所︑特に祇園の研究は︑その知名度
に比して大変遅れており︑近年︑祇園祭のねりものや︑京舞井上流の研究書が刊行され︑ようやく研究が進み
つつあるという現状があ る ︵ 2 ︶ ︒その研究状況を鑑みて︑本史料を紹介することで︑祇園研究︑京都遊所研究の進
展に寄与したい︒
史料を紹介するまえに︑祇園の歴史について概観す る ︵ 3 ︶ ︒京都の遊廓は日本最初の公認遊廓ともいわれる天正
一 七 年
︵一五八九︶公 認 の 二 条 柳 町 を 端 緒 と す る が ︑ そ の 後 ︑ 二 条 城 建 築 に と も な い 二 条 柳 町 は 六 条 柳 町 へ 移 ︿
資料﹀
叶屋喜太郞については︑以前︑指摘したように京都祇園を拠点に活動した一枚摺を得意とする板元であ る ︵ 9 ︶ ︒
本史料には ﹁京なはて﹂ と住所表記があるが︑ 文政八年
︵一八二五︶刊行の麩屋源右衛門との合板 ﹃大江山千丈ヶ
嶽 鬼
神 退 治 平 均 録 ﹄ の 刊 記 に は ︑﹁ 京 縄 手 古 門 前 ﹂ と あ り ︑ 京 都 祇 園 の 縄 手 通 り
︵大和大路︶と ︑ 古 門 前 通 が 交
わる新五軒町を拠点としていたと思われ る
︶10
︵ ︒本史料の匡郭右欄外には﹁嶋原細見記﹂の広告が載り︑また文化
一 三 年
︵一八一六︶刊 ﹃ 諸 国 色 里
価 帳 独 案 内 ﹄
︶11
︵ の 巻 末 広 告 に も ︑﹁ 細 見 板 元
洛 東 草 紙 問 屋 ﹂ と い う 肩 書 き で ︑
﹃ 都 嶋原 細 見 記 ﹄︑ ﹃ 都 祇園 細 見 記 ﹄﹃ 古 今 遊 女 銘 譜 ﹄といった遊所関係の一枚摺を掲載しており︑祇園のみなら
ず 島 原 の 一 枚 刷 細 見 も 刊 行 し て い た よ う で あ る が ︑ 現 物 は 未 見 で あ る ︒ ま た 寛 政 一 三 年 版 ﹃ 祗 園 細 見
め い
娼 都栄 ﹄の広告には︑ ﹃祗園細見
げい妓名鑑﹄と﹃色里価附
一夜千金﹄が載る︒
﹃祗園細見
げい妓名鑑﹄は先
述 し た 通 り ︑ 実 際 に 刊 行 さ れ て お り ︑﹃ 一 夜 千 金 ﹄ に つ い て も ︑ 大 田 南 畝 の 蔵 書 目 録 に 名 前 が 載 る こ と か ら 実
際に刊行されたことがうかがえ る
︶12
︵ ︒
本史料は芸妓の細見であるが︑叶屋は芸妓のみならず︑遊女の細見も刊行していたことは前述した通りであ
る ︒ ま た 文 化 四 年
︵一八〇七︶に は ︑﹃ 女 浄 瑠 璃 見 立 寄 水 辺
音 曲 玉 珠 筥 ﹄
︶13
︵ と い う ︑ 京 都 の 花 街 の 女 浄 瑠 璃 の 見 立
番 付 を 刊 行 し て お り ︑ さ ら に 文 化 六 年
︵一八〇九︶に は ︑ 武 村 吉 兵 衛 と 吉 野 屋 勘 兵 衛 と 合 同 で ︑ 京 都 の 遊 里 に 関
する事物や語彙を︑千字文に仕立てた冊子﹃青楼千字文 ﹄
︶14
︵ を刊行している︒祇園と深い関わりをもって出版活
動を行っていたことがわかる︒
一枚摺ではなく冊子体の祇園芸妓の細見である ﹃全盛糸音色 ﹄
︶15
︵ の安政四年
︵一八五七︶版巻末では板元ではなく︑
﹁ 遊 女 屋 取 締 惣 代 京 屋 喜 兵 衛 ﹂ の 名 代 と し て ﹁ 叶 屋 喜 兵 衛 ﹂ の 名 が 載 っ て い る ︒ 遊 女 屋 取 締 惣 代 の 来 歴 や 役 割 転 す る ︒ 六 条 柳 町 は ︑ 公 家 衆 の あ い だ に ﹁ 六 条 ク ル イ の 衆 ﹂ を う み だ す ほ ど 栄 え る が ︑ 寛 永 一 七 年
︵一六四〇︶︑
郊外の島原に移転して︑以後︑江戸時代を通して︑島原が京都における公認遊廓となる︒しかし︑島原は観光
都市京都にあって︑余りに郊外に位置していたこともあり次第に廃れていき︑祇園などの都市中心部に近い繁
華街において︑茶屋に雇われた茶立女が︑遊女同様の接待を行い︑客を呼び込むようになっていき︑遊所とし
て発展していく︒京都町奉行所はあくまで島原を公認遊廓とみなして︑島原以外における茶立女らの活動の取
り 締 ま り を 行 っ た が ︑ 本 史 料 の 売 り 出 し 文 に も ﹁ 寛 政 元 酉 年 遊 女 屋 株 蒙 御 免 候 ﹂ と あ る よ う に ︑ 寛 政 元 年
︵一七八九︶
一 一 月 に ︑ 祇 園 町 同 新 地 ︑ 二 条 新 地 ︑ 七 条 新 地 ︑ 北 野 上 七 軒 ﹂ の 四 ヶ 所 に 対 し て ︑ 一 定 の 条 件 付 き な が ら も ︑ 遊 女 商 売 を 公 認 す る こ と に な る ︒ そ の 後 ︑ 天 保 の 改 革 に よ り ︑ 天 保 一 三 年
︵一八四二︶︑ 四 ヶ 所 の 公
認 が 取 り 消 さ れ た り も し た が ︑ 八 年 後 の 嘉 永 四 年
︵一八五一︶に ︑﹁ 京 都 潤 助 ﹂ を 名 目 に ︑ 祇 園 町 同 新 地 以 下 の
四ヶ所における遊所経営が復活して︑幕末における隆盛を迎えている︒
こうした遊興都市京都における細見であるが︑一七世紀から多種多様な細見が残されている吉原に比べると︑
残 存 数 が 大 変 少 な い ︒ 特 に 一 枚 摺 形 式 の も の は ︑ 寛 政 一 〇 年
︵一七九八︶版 ﹃ 祗 園
華 楼 遊 繁 栄 ﹄ ︑ 及 び ︑ 寛 政 ︵ 4 ︶
一三年
︵一八〇一︶版﹃ 祗 園 細 見
めい 娼 都栄 ﹄ ︵ 5 ︶ ︑文化三年
︵一八〇六︶版﹃ 祗 園 細 見
めい 娼 都栄 ﹄ ︵ 6 ︶ ︑同年版﹃ 祇 園 細 見 けい
者 名 鑑 ﹄ ︵ 7 ︶ ︑文化四年
︵一八〇七︶版﹃ 祗 園 細 見
けい
妓 名 鑑 ﹄
︶8
︵ がみられる程度である︒本史料は祇園の芸妓
の一枚摺番付としては︑三例目のものとなる︒なおこれらの一枚摺の板元は︑初例の寛政一〇年版の本屋善兵
衛 と ︑ 文 化 三 年 ﹃ 祇 園 細 見
け い 者 名 鑑 ﹄ の 栄 里 軒 以 外 は ︑ い ず れ も 本 史 料 の 板 元 で も あ る 叶 屋 喜 太 郞 と な っ
ている︒
叶屋喜太郞については︑以前︑指摘したように京都祇園を拠点に活動した一枚摺を得意とする板元であ る ︵ 9 ︶ ︒
本史料には ﹁京なはて﹂ と住所表記があるが︑ 文政八年
︵一八二五︶刊行の麩屋源右衛門との合板 ﹃大江山千丈ヶ
嶽 鬼
神 退 治 平 均 録 ﹄ の 刊 記 に は ︑﹁ 京 縄 手 古 門 前 ﹂ と あ り ︑ 京 都 祇 園 の 縄 手 通 り
︵大和大路︶と ︑ 古 門 前 通 が 交
わる新五軒町を拠点としていたと思われ る
︶10
︵ ︒本史料の匡郭右欄外には﹁嶋原細見記﹂の広告が載り︑また文化
一 三 年
︵一八一六︶刊 ﹃ 諸 国 色 里
価 帳 独 案 内 ﹄
︶11
︵ の 巻 末 広 告 に も ︑﹁ 細 見 板 元
洛 東 草 紙 問 屋 ﹂ と い う 肩 書 き で ︑
﹃ 都 嶋原 細 見 記 ﹄︑ ﹃ 都 祇園 細 見 記 ﹄﹃ 古 今 遊 女 銘 譜 ﹄といった遊所関係の一枚摺を掲載しており︑祇園のみなら
ず 島 原 の 一 枚 刷 細 見 も 刊 行 し て い た よ う で あ る が ︑ 現 物 は 未 見 で あ る ︒ ま た 寛 政 一 三 年 版 ﹃ 祗 園 細 見
娼 都栄 ﹄の広告には︑ ﹃祗園細見 め い げい妓名鑑﹄と﹃色里価附
一夜千金﹄が載る︒
﹃祗園細見
げい妓名鑑﹄は先
述 し た 通 り ︑ 実 際 に 刊 行 さ れ て お り ︑﹃ 一 夜 千 金 ﹄ に つ い て も ︑ 大 田 南 畝 の 蔵 書 目 録 に 名 前 が 載 る こ と か ら 実
際に刊行されたことがうかがえ る
︶12
︵ ︒
本史料は芸妓の細見であるが︑叶屋は芸妓のみならず︑遊女の細見も刊行していたことは前述した通りであ
る ︒ ま た 文 化 四 年
︵一八〇七︶に は ︑﹃ 女 浄 瑠 璃 見 立 寄 水 辺
音 曲 玉 珠 筥 ﹄
︶13
︵ と い う ︑ 京 都 の 花 街 の 女 浄 瑠 璃 の 見 立
番 付 を 刊 行 し て お り ︑ さ ら に 文 化 六 年
︵一八〇九︶に は ︑ 武 村 吉 兵 衛 と 吉 野 屋 勘 兵 衛 と 合 同 で ︑ 京 都 の 遊 里 に 関
する事物や語彙を︑千字文に仕立てた冊子﹃青楼千字文 ﹄
︶14
︵ を刊行している︒祇園と深い関わりをもって出版活
動を行っていたことがわかる︒
一枚摺ではなく冊子体の祇園芸妓の細見である ﹃全盛糸音色 ﹄
︶15
︵ の安政四年
︵一八五七︶版巻末では板元ではなく︑
﹁ 遊 女 屋 取 締 惣 代 京 屋 喜 兵 衛 ﹂ の 名 代 と し て ﹁ 叶 屋 喜 兵 衛 ﹂ の 名 が 載 っ て い る ︒ 遊 女 屋 取 締 惣 代 の 来 歴 や 役 割
さ れ て い な い が ︑ 河 内 国 茨 田 郡 高 柳 村
︵現︑大阪府寝屋川市長栄寺町︶の 真 言 宗 御 室 派 寺 院 長 栄 寺 が 所 蔵 す る ﹁ 大
般若波羅蜜多経奥書 ﹂
︶17
︵ に経典の寄進者として︑祇園の置屋の面々の名称と所在が載っている︒この経典は︑文
化 八 年
︵一八一一︶に 勧 進 が 行 わ れ た も の で ︑ 本 史 料 の 一 一 年 前 の 置 屋 の 名 前 が わ か る 希 有 な 史 料 と い え る ︒ ま
た 本 史 料 刊 行 の 一 八 年 後 の 天 保 一 一 年
︵一八四〇︶に 刊 行 さ れ た 冊 子 型 芸 妓 細 見 の ﹃ 園 の は な ﹄ ︶18 ︵ に も ︑ 置 屋 の 名
称と町名が記載されている︒長栄寺の史料よりは︑一〇年近く︑年代が離れるが参考になる︒この二つの史料
により名称︑在所などを補いながら︑本史料掲載の置屋の一覧を次に掲げる︒
祗井筒 一五名 井筒屋定次郎カ︑祇園町
︵﹃園のはな﹄︶三枡屋 七二名 三枡屋勇蔵︑富永町
︵﹃園のはな﹄︶あたらし屋 二四名 新屋長兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶きゃう屋 三六名 京屋喜兵衛︑末吉町
︵﹃園のはな﹄︶近江屋 六〇名 近江屋重兵衛︑富永町
︵長栄寺︶︑近江屋市太郎
︵﹃園のはな﹄︶水口屋 一六名 水口屋伊助︑末吉町
︵長栄寺︶桜井屋 五六名 桜井屋平太郎︑松湯町
︵長栄寺︶うぢ屋 五三名 宇治屋喜太郞︑富永町
︵長栄寺︶奈良屋 四四名 奈良屋仁兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶井上屋 六六名 井上屋伊兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶︑井上屋吉之助
︵﹃園のはな﹄︶の詳細は不明だが︑板元としての活動のみならず︑祇園地域の遊女屋支配にも関与する存在であったことがう か が え る ︒﹁ 遊 女 屋 取 締 惣 代 ﹂ で あ る ﹁ 京 屋 喜 兵 衛 ﹂ は ︑ 本 史 料 に も ﹁ き や う 屋 ﹂ と し て 名 前 が 載 る ︑ 祇 園 末
吉町の置屋京屋喜兵衛のことと思われる︒なお冊子版の安政四年版﹃全盛糸音色﹄の﹁製本売元書林﹂には︑
叶 屋 喜 兵 衛 の 名 前 は 載 っ て い な い ︒﹁ 叶 屋 喜 兵 衛 ﹂ の 出 版 活 動 は 天 保 期 以 降 確 認 で き ず ︑ こ の 頃 に は 板 元 と し
ての活動を終えていたものと思われる︒
本史料の書誌事項を以下に記す︒
題名 祗 園 細 見 芸 妓 銘 鑑 全 盛糸音色
発行年文政五年
︵一八二二︶九月再板
体裁一枚摺︑縦三四 ・ 五㎝︑横四八 ・ 八㎝ 匡郭縦三二 ・ 〇㎝︑横四六 ・ 〇㎝
本書は著者鍛治の架蔵本であるが︑ 古書店から購入したものであり︑ その来歴は不明である︒ 書名は ﹁祇園﹂
ではなく﹁祗園﹂となっているが︑江戸時代においては﹁祇﹂と﹁祗﹂は混同して使われることが多かった︒
例 え ば ︑ 冊 子 型 の 芸 妓 細 見 で あ る ﹃ 全 盛 糸 音 色 ﹄ に は ︑﹁ 祇 園 新 地 歌 妓 名 譜 ﹂ と い う 角 書 が つ く が ︑ 慶 応 二 年
︵一八六六︶
版
︶16
︵ の 本 文 冒 頭 の 内 題 で は ﹁ 祇 園 新 地 哥 妓 名 譜 ﹂ と あ る の に 対 し て ︑ 表 紙 に 付 く 外 題 で は ︑﹁ 祗 園 新 地
歌妓名譜﹂とあることからも︑その使い分けに特に意味はないと思われる︒
本史料に載る置屋︑芸妓の数は︑それぞれ一五軒︑六六一名である︒本史料には置屋の名称は屋号しか記載
さ れ て い な い が ︑ 河 内 国 茨 田 郡 高 柳 村
︵現︑大阪府寝屋川市長栄寺町︶の 真 言 宗 御 室 派 寺 院 長 栄 寺 が 所 蔵 す る ﹁ 大
般若波羅蜜多経奥書 ﹂
︶17
︵ に経典の寄進者として︑祇園の置屋の面々の名称と所在が載っている︒この経典は︑文
化 八 年
︵一八一一︶に 勧 進 が 行 わ れ た も の で ︑ 本 史 料 の 一 一 年 前 の 置 屋 の 名 前 が わ か る 希 有 な 史 料 と い え る ︒ ま
た 本 史 料 刊 行 の 一 八 年 後 の 天 保 一 一 年
︵一八四〇︶に 刊 行 さ れ た 冊 子 型 芸 妓 細 見 の ﹃ 園 の は な ﹄ ︶18 ︵ に も ︑ 置 屋 の 名
称と町名が記載されている︒長栄寺の史料よりは︑一〇年近く︑年代が離れるが参考になる︒この二つの史料
により名称︑在所などを補いながら︑本史料掲載の置屋の一覧を次に掲げる︒
祗井筒 一五名 井筒屋定次郎カ︑祇園町
︵﹃園のはな﹄︶三枡屋 七二名 三枡屋勇蔵︑富永町
︵﹃園のはな﹄︶あたらし屋 二四名 新屋長兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶きゃう屋 三六名 京屋喜兵衛︑末吉町
︵﹃園のはな﹄︶近江屋 六〇名 近江屋重兵衛︑富永町
︵長栄寺︶︑近江屋市太郎
︵﹃園のはな﹄︶水口屋 一六名 水口屋伊助︑末吉町
︵長栄寺︶桜井屋 五六名 桜井屋平太郎︑松湯町
︵長栄寺︶うぢ屋 五三名 宇治屋喜太郞︑富永町
︵長栄寺︶奈良屋 四四名 奈良屋仁兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶井上屋 六六名 井上屋伊兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶︑井上屋吉之助
︵﹃園のはな﹄︶会 ﹂
︵代表︑浦あゆみ︶の 一 部 メ ン バ ー ︑ 四 回 生 酒 井 光 ︑ 三 回 生 浦 あ ゆ み ︑ 岡 颯 馬 ︑ 唐 沢 む つ み ︑ 水 田 健 斗 ︑ 山
田実李︑吉田茉友︑二回生冨岡尊羅が分担して行い︑研究会にて全員で読みを確認したうえで︑鍛治が最終的
な確認を行った︒上記以外の研究会の参加者は︑三回生の菅野妃紘︑田中守登︑一回生の櫻井萌々子︑砂﨑有
実菜︑能登古都音である︒
注︵
1︶江戸吉原叢刊刊行会編﹃江戸吉原叢刊
第七巻 吉原細見 ︱︱宝永〜明治︱︱﹄八木書店︑二〇一一年︒八木敬一・
丹羽謙治編﹃日本書誌学大系
第七二巻 吉原細見年表﹄青裳堂書店︑一九九六年︒
︵
臨川書店︑二〇一三年︒八反裕太郎﹃描かれた祇園祭 2︶岡田万里子﹃京舞井上流の誕生﹄思文閣出版︑二〇一三年︒福原敏男・八反裕太郎﹃祇園祭・花街ねりものの歴史﹄
︱︱山鉾巡行・ねりもの研究︱︱﹄思文閣出版︑二〇一八年︒
︵
3︶京都市編﹃京都の歴史
第五巻 近世の展開﹄京都市史編さん所︑一九七二年︒京都市編﹃京都の歴史
第六巻 の定着﹄京都市史編さん所︑一九七三年︒今西一﹃遊女の社会史 伝統
︱︱﹄有志社︑二〇〇七年︒森谷尅久﹁色里大概︵十四︶ 祇園町﹂︵洒落本大成編集委員会編﹃洒落本大成 ︱︱島原・吉原の歴史から植民地﹁公娼﹂制まで
︵ 一四巻︑中央公論社︑一九八一年︶︒ 付録﹄第 ﹃4︶
祗園
華楼遊繁栄﹄︿寛政一〇年︵一七九八︶︑本善︵京都
︵ 平書屋︑一九九〇年︶︒ 本屋善兵衛︶刊﹀︵斎田作楽編﹃鴨東四時雑詞註解﹄太 ﹃5︶
祗園細見
めい
娼都栄﹄︿寛政一三年︵一八〇一︶︑京都
叶屋喜太郞
刊﹀
︵前掲注4﹃鴨東四時雑詞註解﹄︶︒︵
﹃6︶
祗園細見
めい
娼都栄﹄︿文化三年︵一八〇六︶︑京都
叶屋喜太郞
刊﹀
︽福地書店ホームページ﹁一枚ものコレクション﹂参照︾︒
井筒屋 二八名 井筒屋伝右衛門カ︑富永町
︵長栄寺︶︑井筒屋庄兵衛カ︑富永町
︵﹃園のはな﹄︶万屋 三六名 万屋源兵衛︑末吉町
︵長栄寺︶︑万屋嘉吉
︵﹃園のはな﹄︶松本屋 三九名 松本屋庄七︑清本町
︵長栄寺︶京いつゝ屋 九〇名 京井筒屋寅之助︑富永町
︵﹃園のはな﹄︶花菱屋 二六名 花菱屋 このうち︑あたらし屋については︑ ﹁のちの﹁一力屋﹂ ﹂という指摘もある が
︶19
︵ ︑その典拠は不明である︒また 花 菱 屋 に つ い て は ︑ 文 政 四 年
︵一八二一︶か ら 同 一 〇 年 ま で の 祇 園 会 ね り も の 番 付 に 記 載 が あ る と い う 指 摘 が あ
り︑この時期活動をしていた置屋であることがわか る
︶20
︵ ︒
なお本史料と同時期に刊行された﹃ 花 競 祇園 名妓 百人一首 ﹄
︶21
︵ という歌集には︑本史料に名前が載る﹁万屋み
やこ﹂ ︑﹁松本屋かつの﹂といった芸妓の詠んだ和歌が載る︒本史料は︑そうした当時の文化都市京都における
芸妓たちの文化活動を検討していく上での基礎資料にもなりうる︒他の細見や︑ねりもの関係資料にも目配り
しながら︑さらには八坂神社文書などにも着目しながら︑祇園地域の研究を進めていく必要がある︒
また京都大学総合博物館所蔵祇園町文書には︑本史料にも名を載せる井筒屋や万屋に︑一生不通養子として
やってきた少女たちの契約証文が多数残ってい る
︶22
︵ ︒今後︑各所に残る同種の文書も含めて分析し︑祇園地域を
総合的に検討していく余地が残されていることを最後に指摘しておきたい︒
本史料のここまでの解題の執筆は鍛治が担当し︑翻刻は︑京都学園大学人文学部自主ゼミ﹁くずし字を読む
会 ﹂
︵代表︑浦あゆみ︶の 一 部 メ ン バ ー ︑ 四 回 生 酒 井 光 ︑ 三 回 生 浦 あ ゆ み ︑ 岡 颯 馬 ︑ 唐 沢 む つ み ︑ 水 田 健 斗 ︑ 山
田実李︑吉田茉友︑二回生冨岡尊羅が分担して行い︑研究会にて全員で読みを確認したうえで︑鍛治が最終的
な確認を行った︒上記以外の研究会の参加者は︑三回生の菅野妃紘︑田中守登︑一回生の櫻井萌々子︑砂﨑有
実菜︑能登古都音である︒
注︵
1︶江戸吉原叢刊刊行会編﹃江戸吉原叢刊
第七巻 吉原細見 ︱︱宝永〜明治︱︱﹄八木書店︑二〇一一年︒八木敬一・
丹羽謙治編﹃日本書誌学大系
第七二巻 吉原細見年表﹄青裳堂書店︑一九九六年︒
︵
臨川書店︑二〇一三年︒八反裕太郎﹃描かれた祇園祭 2︶岡田万里子﹃京舞井上流の誕生﹄思文閣出版︑二〇一三年︒福原敏男・八反裕太郎﹃祇園祭・花街ねりものの歴史﹄
︱︱山鉾巡行・ねりもの研究︱︱﹄思文閣出版︑二〇一八年︒
︵
3︶京都市編﹃京都の歴史
第五巻 近世の展開﹄京都市史編さん所︑一九七二年︒京都市編﹃京都の歴史
第六巻 の定着﹄京都市史編さん所︑一九七三年︒今西一﹃遊女の社会史 伝統
︱︱﹄有志社︑二〇〇七年︒森谷尅久﹁色里大概︵十四︶ 祇園町﹂︵洒落本大成編集委員会編﹃洒落本大成 ︱︱島原・吉原の歴史から植民地﹁公娼﹂制まで
︵ 一四巻︑中央公論社︑一九八一年︶︒ 付録﹄第 ﹃4︶
祗園
華楼遊繁栄﹄︿寛政一〇年︵一七九八︶︑本善︵京都
︵ 平書屋︑一九九〇年︶︒ 本屋善兵衛︶刊﹀︵斎田作楽編﹃鴨東四時雑詞註解﹄太 ﹃5︶
祗園細見
めい
娼都栄﹄︿寛政一三年︵一八〇一︶︑京都
叶屋喜太郞
刊﹀
︵前掲注4﹃鴨東四時雑詞註解﹄︶︒︵
﹃6︶
祗園細見
めい
娼都栄﹄︿文化三年︵一八〇六︶︑京都
叶屋喜太郞 刊﹀
︽福地書店ホームページ﹁一枚ものコレクション﹂参照︾︒
︵
︵ 19︶ 前掲注6﹃京都語位相の調査研究﹄七二頁︒
︵ 20︶ 岡田万里子﹁井上流と人形浄瑠璃﹂︵前掲注2﹃京舞井上流の研究﹄︶三七六頁︒
21︶ ﹃
花競祇園名妓百人一首﹄︿文政三年︵一八二〇︶跋︑秋の家葎月
︵ 同館ホームページ﹁大阪市立図書館デジタルアーカイブ﹂参照︾︒ 編911.19﹀︽大阪市立図書館百人一首文庫所蔵︵︶ 22︶ 鍛治宏介﹁とめちゃんはなぜ祇園にきたのか
学人間文化学会︑二〇一四年︶︒ ︱︱古文書から読み解く歴史︱︱﹂︵﹃人文学のすゝめ﹄京都学園大 ︵
﹃7︶
祇園細見
けい者名鑑﹄︿文化三年︵一八〇七︶︑京都
栄里軒
︵ ジ﹁浮世絵データベース﹂参照︾︒ 刊﹀︽立命館大学アートリサーチセンターホームペー ﹃8︶
祗園細見
けい妓名鑑﹄︿文化四年︵一八〇七︶︑京都
叶屋喜太郞
︵ ター︑一九八三年︶三一頁︒木村書によれば︑本史料は木村所有︒ の調査研究﹄東京堂出版︑一九七二年︶︒木村恭蔵﹁祇園花街の屋号と芸名﹂︵木村﹃京ことばの生活﹄教育出版セン 刊﹀︵井之口有一・堀井令以知共著﹃京都語位相
︵ 員会・西ノ島町教育委員会・知夫村教育委員会︑二〇一七年︶︒ 9︶鍛治宏介﹁隠岐の長者村上助九郎と長者番付﹂︵﹃隠岐の文化財﹄第三四号︑隠岐の島町教育委員会・海士町教育委 10︶ ﹃
大江山千丈ヶ嶽
︵ ﹁ARC古典籍ポータルデータベース﹂参照︾︒ 鬼神退治平均録﹄︽舞鶴市糸井文庫所蔵本立命館大学アート・リサーチセンターホームページ 11︶ ﹃
諸国色里
︵ 目録データベース﹂参照︾︒ 価帳独案内﹄︽大阪大学附属図書館忍頂寺文庫所蔵国文学研究資料館ホームページ﹁日本古典籍総合 12︶ ﹁杏園稗史目録﹂
︵濱田義一郎編﹃大田南畝全集﹄第一九巻︑岩波書店︑一九八九年︶四五一頁︒︵
13︶ ﹃
女浄瑠璃見立寄水辺
音曲玉珠筥﹄︵橫山正﹃淨瑠璃操芝居の研究
︵ ︱﹄風間書房︑一九六四年︶七二二頁︒ ︱︱浄瑠璃における近世的性格を中心として︱ 14︶ ﹃青楼千字文﹄
︵洒落本大成編集委員会編﹃洒落本大成﹄第二五巻︑中央公論社︑一九八六年︶︒︵
15︶ ﹃
全盛糸の音色﹄︿安政四年︵一八五七︶︑京都
越後屋治兵衛・吉野屋勘兵衛・竹原好兵衛・平野屋茂兵衛
︵ 撰京都叢書刊行会編﹃新撰京都叢書﹄第九巻︑臨川書店︑一九八六年︶四九頁︒ 刊﹀︵新 16︶ ﹃全盛糸音色﹄
︿慶応二年︵一八六六︶︑京都
吉野屋勘兵衛他五書肆
刊﹀990︽京都府立京都学・歴彩館所蔵︵和//
︵ 30︶︾︒ 17︶ ﹁大般若波羅蜜多経奥書﹂
︵寝屋川市史編纂委員会編﹃寝屋川市史﹄第五巻︑寝屋川市︑二〇〇一年︶︒︵
18︶ ﹃園のはな﹄
︿天保一一年︵一八四〇︶︑京都
吉野屋勘兵衛・平野屋茂兵衛・竹原好兵衛
のはな﹄﹂︵﹃親和国文﹄第三六号︑神戸親和女子大学国語国文学会︑二〇〇一年︶︶︒ 刊﹀︵小林勇﹁︿資料紹介﹀﹃園
︵
︵ 19︶ 前掲注6﹃京都語位相の調査研究﹄七二頁︒
︵ 20︶ 岡田万里子﹁井上流と人形浄瑠璃﹂︵前掲注2﹃京舞井上流の研究﹄︶三七六頁︒
21︶ ﹃
花競祇園名妓百人一首﹄︿文政三年︵一八二〇︶跋︑秋の家葎月
︵ 同館ホームページ﹁大阪市立図書館デジタルアーカイブ﹂参照︾︒ 編911.19﹀︽大阪市立図書館百人一首文庫所蔵︵︶ 22︶ 鍛治宏介﹁とめちゃんはなぜ祇園にきたのか
学人間文化学会︑二〇一四年︶︒ ︱︱古文書から読み解く歴史︱︱﹂︵﹃人文学のすゝめ﹄京都学園大
︵一段目︶ 祗井筒 き の 里の改メ つ い ちよは
琴ノ玉 さとは
ギ さとこ さとゑ はつこ ひさゑ ゑ み 久つる い を ひ な さ ゑ 吉 こ さとよ 三枡屋
● 小十七
●△マイアリ 小八ゑ あのは 小とく
● か う
上ルリ 小いち
しかきく
ゆ き 琴 き つ ともは つる松
さしき吉 小いろ ▽△ 小ひで
江戸ウタ み ほ 小まき 小かの しか松 まきの あ さ いろは 小ゑみ ゑ だ 小とく て い あさお たきの 小 竹 ︵匡郭外右︶ 文政五年壬午九月再板
万一書もらし候ハヽ︑早速板元へ御しらせ可被下候︒嶋原細見記
板元 京なはて
叶屋喜太郞 板
︵匡郭外左︶
○ 舞けい事 亀甲屋ふき門弟 幼年六才ニ而 ●サケノミ印シ
︵書込︶﹁▽ △ヤケノミ﹂ ﹇ ﹈ ﹇ ﹈ △ケンウツ印シ ﹇ ﹈印シ
祗園細見 芸妓銘鑑 全 盛糸音色 全 此度げいしや名かん相改メ︑ 御覧入申上候 当所細見之儀ハ︑ 寛政元酉年遊女屋株蒙御 免候節より板行仕︑ 指出し来り候︒ 猶不相 替御求メ御覧可被下候様奉希上候︒ かしく︒
︵一段目︶ 祗井筒 き の 里の改メ つ い ちよは
琴ノ玉 さとは
ギ さとこ さとゑ はつこ ひさゑ ゑ み 久つる い を ひ な さ ゑ 吉 こ さとよ 三枡屋
● 小十七
●△マイアリ 小八ゑ あのは 小とく
● か う
上ルリ 小いち
しかきく
ゆ き 琴 き つ ともは つる松
さしき吉 小いろ ▽△ 小ひで
江戸ウタ み ほ 小まき 小かの しか松 まきの あ さ いろは 小ゑみ ゑ だ 小とく て い あさお たきの 小 竹
あたらし屋
あやつる
糸ヨシ つるじ
●●△ 小いし まんよ
玉 ゑ い よりは
糸ヨシ むめじ き の 小つる つるお ゆきゑ さきの 小とく みきゑ よ の ともは ゑ の
ツネハ妹 つねか
ギ とも吉
ギ いしの
マイ二丁ツヾミ琴 ゑつる
二丁ツヾミ 小よの
同マイ
ことくま同
わかつる︵2段目︶ きやう屋
糸ノ天下一 ま さ 同玉 か う
●▽ △△ ふ く きくゑ あ さ 二丁ツヾミ太コ ち か 同●△ こ と
●△▽ △ 千さと みゆう ゆかの こまじ
琴●マサ妹 ま の
マイツヾミ い つ はるの まさゑ 失 な マイアリ 小とま こ の ぢ う ふさの いく松 小十三 久 が ともお 今きく しかぢ
マイ いろゑ たきお むめは あさぢ みつは ひでは ちよは きくゑ 十 九 べ ん
マイ 小とも 小むめ 小きく
糸ヨシ か の まつゑ 小ゆき な み み き た つ 小ふさ まきは く の
ひなつる
やなぎ
マイゴバン人形 かじの かじ松
マイ江戸ウタ つる介 かめ介
マイ玉 かめお たけゑ
マイ かのゑ
かのつる
く ま き く 木 の
あたらし屋
あやつる
糸ヨシ つるじ
●●△ 小いし まんよ
玉 ゑ い よりは
糸ヨシ むめじ き の 小つる つるお ゆきゑ さきの 小とく みきゑ よ の ともは ゑ の
ツネハ妹 つねか
ギ とも吉
ギ いしの
マイ二丁ツヾミ琴 ゑつる
二丁ツヾミ 小よの
同マイ
ことくま同
わかつる︵2段目︶ きやう屋
糸ノ天下一 ま さ 同玉 か う
●▽ △△ ふ く きくゑ あ さ 二丁ツヾミ太コ ち か 同●△ こ と
●△▽ △ 千さと みゆう ゆかの こまじ
琴●マサ妹 ま の
マイツヾミ い つ はるの まさゑ 失 な
かめまつ
きくは ゆかお とみゑ 江戸二丁ツヾミ 吉 じ
うのきく
マイ フリ 小いし つるは 十 ゑ
うたつる
マイ琴 かめは
フリ 小さの 小ゑい
玉● だ 井 ひな吉 あ き
琴 江戸 ゑ の 小その ヤケ●△玉 い し
マイ二丁ツヽミ
てるきくタ イ コ てるじ 江戸△ 万 吉 高 じ 小てつ あさゑ 小くま きくの ち せ
マイ二丁 とく松
ツヾミ とみ吉 みさお き ぬ た ね 歌きく ことじ
ギ
つるみきおさね
水口屋 ▽△△玉 み ほ
△ い ま お と マイ 琴 玉 つる松 ギ 小 市
二丁ツヾミ 小きの マサ妹 まゆう きぬは
ゆかつる△▽ △●
ふでまつ上ルリ玉 小とも
江戸ウタアリ つ い
△マイアリ ゆかゑ さとゑ 小さゑ
琴マイ△▽ △ 小あい 八十こ い と 小つる う の ゆかえ か ぢ 小さと
糸ノ玉 マサ妹 ま き 同妹 まさの マノ妹 まのゑ
近江屋
玉 うのは かめぢ き の
いしまつ
ひなじ つるゑ くがの
うたまつ
ともは
江戸ウタ ゑい吉 みゆう
江戸ウタ▽ △ かつじ
琴 みゆは さとゑ 小さく きくゑ つ き ヤケ●●△ 八 ゑ
うのまつ
ギ▽ △ つる吉 か め 小みゆ み き
かめまつ
きくは ゆかお とみゑ 江戸二丁ツヾミ 吉 じ
うのきく
マイ フリ 小いし つるは 十 ゑ
うたつる
マイ琴 かめは
フリ 小さの 小ゑい
玉● だ 井 ひな吉 あ き
琴 江戸 ゑ の 小その ヤケ●△玉 い し
マイ二丁ツヽミ
てるきくタ イ コ てるじ 江戸△ 万 吉 高 じ 小てつ あさゑ 小くま きくの ち せ
マイ二丁 とく松
ツヾミ とみ吉 みさお き ぬ た ね 歌きく ことじ
ギ
つるみきおさね
水口屋 ▽△△玉 み ほ
△ い ま お と マイ 琴 玉 つる松 ギ 小 市
二丁ツヾミ 小きの
むめの さとは つ じ
きくまつ
市 松 いつは み さ 小まき 花ゑい らいじ はなゑ ひでじ 矢 の 小ひさ あさお マイ いろか 小やゑ 小十く きくじ
さときくイロアリ 八 重
マイ ゑのは
マイ
しかつるす ゑ
うぢ屋 琴 次 糸ノ玉 玉 次 きみじ
きみきく
琴マイアリ
きみまつ此まつ
●△
くまつるきぬは
● 小くま
●●△ う た
●△ きみの くがの
● あ さ 小いと ギ 辰 じ みわの ゑ い
●マイアリ きみか
●▽ △ まさ次 二丁ツヾミ こいか
マイ糸ツヾミ いつの いつゑ 小 竹
みほつる
小いと しげの て い 色アリ せ 井 同ダン り と
︵3段目︶ 桜井屋 みよし
●△ いろは 今つる
三代メ ゑい次 さ と
○ き く きぬゑ い ま
● 小たき
● あ い 小たつ ツルハ改メ く ま まさゑ り う ゑ だ
上ルリ玉 ひで松 か う 小ゑみ
マイアリ ゑ の
ひなつる
江戸 若ます きくの きくは あ さ 次まつ て い たきの マイツヾミ り き そ ゑ
マイノ玉 つるゑ
二代メ 小いろ きくゑ
むめの さとは つ じ
きくまつ
市 松 いつは み さ 小まき 花ゑい らいじ はなゑ ひでじ 矢 の 小ひさ あさお マイ いろか 小やゑ 小十く きくじ
さときくイロアリ 八 重
マイ ゑのは
マイ
しかつるす ゑ
うぢ屋 琴 次 糸ノ玉 玉 次 きみじ
きみきく
琴マイアリ
きみまつ此まつ
●△
くまつるきぬは
● 小くま
●●△ う た
●△ きみの くがの
● あ さ 小いと ギ 辰 じ みわの ゑ い
●マイアリ きみか
●▽ △ まさ次
かじの うたゑ つる子 おぶん つるお つるは 来 三 おとゑ みや吉 ギ 正 吉
● 小りう
江戸ウタ つる吉 かじ松 はるゑ 小十九 十 九 こまこ 小うの
小りやう小らい 八ゑ吉 むめは じ う 力 松 む め ゑ い み や き み 小ゑだ き く はつの
ギ 小まつ
ギ 正吉妹 ひで吉
ギ はまじ みよし
ギ さね吉
井上屋
ウタヨシ く ま ギ 三 吉 ▽△●マイノ玉 十 吉
いわきく
ふさの ▽△● と も
ギ さ だ ●●△ きくゑ た く きくの ま さ
ギ 市まつ つ る て つ マイアリ
みわきくてるゑ つるの み や てるの
●●●●●△ み か ことゑ
● つるし マイ こ ま
マイアリ 小きの
ゑだきく
●●△ まつゑ
つるきく
歌つる
●●△ つるゑ
てるきく
とみよ
二丁ツヽミ うた吉
マイ
ことつるくがゑ きぬじ
まさつる
マイ つ か 二丁ツヽミ 八 ゑ 小ふさ くまの
コトニ妹 ことの
︵4段目︶ 奈良屋
玉 つる松
ギノ玉 こま吉 小いし つるも くまこ
玉 来 じ はま吉
●△ く ま
かじの うたゑ つる子 おぶん つるお つるは 来 三 おとゑ みや吉 ギ 正 吉
● 小りう
江戸ウタ つる吉 かじ松 はるゑ 小十九 十 九 こまこ 小うの
小りやう小らい 八ゑ吉 むめは じ う 力 松 む め ゑ い み や き み 小ゑだ き く はつの
ギ 小まつ
ギ 正吉妹 ひで吉
ギ はまじ みよし
ギ さね吉
井上屋
ウタヨシ く ま ギ 三 吉 ▽△●マイノ玉 十 吉
いわきく
ふさの ▽△● と も
ギ さ だ
くまつる
二丁ツヾミ ついか ふさこ 小ゑい 小だい 千 か きく松 さ と 小まき おとゑ 小ゑだ ゑ い み か
ギ すが吉 ︵5段目︶ 井筒屋 ▽△●△●● 小しも
小弓ノ玉 か め
小弓ノ玉 かめの
● い つ や ゑ
マイ太コツヽミ 小せい この松 とみゑ
江戸ウタ みちゑ きみよ こ の 江戸ウタ あ さ
マイ太コツヽミ 小とせ いわ菊
マイアリ いくの
マイ太コツヽミ かめ菊
ウタヨシ と く
マイ太コツヽミ ふさ菊
マイ
八重きくはなつる
よ ね
マイ つるの
マイ太コツヽミ きみは
マイ二ツ一 まさこ
まさつる
小きく きみの いわの ギ むめ吉 きみゑ ▽△△● うた吉 小くま きくの
つるむめきみじ うた松 さとは よりか むめじ 小 弁
八重つる
ふさきく
べ ん あ 井 むめお いろは ふさよ
●マイアリ てるじ つる花 きみは ▽△ ゑもん
千代つる
千里妹 き く
マイアリ さきの
きみつる
ていじ のしは あやの むめは
むめきくさとつる小さの
琴アリ さ き ともゑ
くまきく
ひなじ
つるきく
つるの つるは
ギ この吉
ギ 小ゆき 矢 な き と
くまつる
二丁ツヾミ ついか ふさこ 小ゑい 小だい 千 か きく松 さ と 小まき おとゑ 小ゑだ ゑ い み か
ギ すが吉 ︵5段目︶ 井筒屋 ▽△●△●● 小しも
小弓ノ玉 か め
小弓ノ玉 かめの
● い つ や ゑ
マイ太コツヽミ 小せい この松 とみゑ
江戸ウタ みちゑ きみよ こ の 江戸ウタ あ さ
マイ太コツヽミ 小とせ いわ菊
マイアリ いくの
マイ太コツヽミ かめ菊
ウタヨシ と く
マイ太コツヽミ ふさ菊
マイ
八重きくはなつる
よ ね
マイ つるの
マイ太コツヽミ きみは
マイ二ツ一 まさこ
まさつる
小きく きみの いわの
ことじ 八 尾 と ら せ い むめの 小まき あさ吉
● かつの つねは ら く まさじ
フリ さとの そまゑ 小なみ そまじ ●▽ △ せ き
フリ 小むめ 小とら てるは セキ妹 小せき 市 鶴
セキ妹 せきじ き せ 二丁ツゝミマイ 来 は 来 じ
ふさつる
ふくゑ きよの ゑ だ むめ松 あさの む め そま鶴
︵6段目︶ 京いつゝ屋
● さきゑ
●△マイアリ 小つる
● 小のぶ ▽△●●●△ さきの
● こまこ
●△ウタヨシ あをば
△ まさこ
●マイアリ つ い
● ゑ い よろつ屋
●▽ △玉 みやこ ▽△糸ヨシ か う まつゑ み や 小りつ 小のぶ と ら 小なみ まさお いそゑ ゑつは イソヘ妹 つ る
小リツ妹 り き エツハ妹 ゑつゑ 小ゆう
● ことこ ついの うた松 ゑ み つぎゑ まつの み つ さきの
ギ 三小市妹 十 市 みよし みわの み お 小まき いわの 小とら 小でん 久きく 小つる つるは
ギ ゑい吉 いそ吉 松本屋
●△ ふさじ
ギ△ 小のぶ ▽△ 八重松
ギ つる今 り き
琴 まさの
ことじ 八 尾 と ら せ い むめの 小まき あさ吉
● かつの つねは ら く まさじ
フリ さとの そまゑ 小なみ そまじ ●▽ △ せ き
フリ 小むめ 小とら てるは セキ妹 小せき 市 鶴
セキ妹 せきじ き せ 二丁ツゝミマイ 来 は 来 じ
ふさつる
ふくゑ きよの ゑ だ むめ松 あさの む め そま鶴
︵6段目︶ 京いつゝ屋
● さきゑ
●△マイアリ 小つる
● 小のぶ ▽△●●●△ さきの
● こまこ
●△ウタヨシ あをば
△ まさこ
●マイアリ つ い
● ゑ い
小さゑ
●●●● 八ゑ松 はつこ
つるきく
つる代
琴アリ あ 失 みそゑ かよは いとゑ
● あさを
しかつる
ぬいは てるは
江戸ウタ● か う
ギ●△
ばいかうギ つね吉 む め
みやきく
ギ●△ むめ吉
ギ まさ吉
ギ すみ吉 小えい
ギ 小 吉 七化アリヤナギ妹 ま り
マイ二丁ツゞミ とせえ とせこ
マイ二丁ツゝミ つま吉 つ ま
マイ二丁ツゝミ はまこ はま吉 マイ二丁ツゝミ まつゑ たけゑ
マイ二丁ツゝミ つるこ かめこ
まさきく
イロアリ ふさこ
花菱屋
糸吉ウタノ玉 さとこ よりこ いわこ きぬえ 小矢の ▽△●● くがこ 小そゑ ●● ゑ の とら吉 小とゑ
●●△ きくの 吉 や
△ は つ
●●△ つる松
△ 玉 やなぎ つるゑ き く むめこ す ま 小八ゑ い ま ま ち 久 の 里 を 八ゑは 鹿 の 小ゆき この松 つるの
マイコ むめか
マイコ フリ
きみゆうきみこ 千 ゑ きくゑ つ る マイ フリ
むめつる●●△ 玉 さとこ か よ り う うのは
△マイアリ てるか くがこ ことい
●●● 高 こ き ゑ さき松 失 の
△ 小きの き の ゑ み だ い こま木
小さゑ
●●●● 八ゑ松 はつこ
つるきく
つる代
琴アリ あ 失 みそゑ かよは いとゑ
● あさを
しかつる
ぬいは てるは
江戸ウタ● か う
ギ●△
ばいかうギ つね吉 む め
みやきく
ギ●△ むめ吉
ギ まさ吉
ギ すみ吉 小えい
ギ 小 吉 七化アリヤナギ妹 ま り
マイ二丁ツゞミ とせえ とせこ
マイ二丁ツゝミ つま吉 つ ま
マイ二丁ツゝミ はまこ はま吉 マイ二丁ツゝミ まつゑ たけゑ
マイ二丁ツゝミ つるこ かめこ
まさきく