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介護観に関する考察(1)

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医療福祉研究 第5号 2009 13

介護観に関する考察(1)

一介護福祉士養成施設における学生のレポートから一

木村淳也

Astudy about image of care(1)

一From student s report in the training facilities fbr certified care workers

Junya Kimura

要旨:本稿の目的は,介護福祉士養成施設における学生の介護観の構成要素を分類し 考察することにある.具体的には,介護福祉士養成施設で学ぶ学生の記したレポート からキーワードを抽出し,KJ法を参考に分類することで,介護観を構成する要素の整 理と考察を行った.その結果,学生たちの介護観は①理念的記述あるいは理想とする 介護に関するグループ②身体的介護に関するグループ③自らの成長ややりがいに関す

るグループ④不安や困惑に関するグループ⑤模索に関する記述が含まれるグループ⑥ 介護の適性に関する記述が含まれるグループに分類された.

 各グループを考察した結果,学生たちにはある一定の介護観が形成されていたもの の,経験内容により各グループ間を移動する可能性があり,介護観は常に再構成され 続ける不確実性を有することが示唆された.

Keywords:介護観, KJ法,介護福祉士養成施設

     Image ofcare,KJ method,Training facilities for certified care workers

1.研究の背景と目的

 財団法人介護労働安定センターは,2002年度から「介護労働実態調査」を実施している.この調 査は,介護労働者の就業状況を把握するために行われている.2007年度には,17,146事業所を対 象にした「事業所調査」と, 51,438人の介護労働者を対象にした「労働者調査」が実施された.

 介護労働者の就業状況は,2007年度の調査結果からみても,年々過酷化の様相を呈している.そ の内容からは,介護労働者の介護労働に対する複雑な胸の内が浮き彫りになっている.

 離職率の悪化は,その現れの一つであろう.調査結果によると,離職率は21.6%であり,前年度 に比べて1.3ポイント上昇した.これは全産業の平均離職率16.2%に比べても高い水準となってい る.離職者のうち,当該事業所に勤務した年数が「1年未満の者」は39.0%,「1年以上3年未満の 者」は35.7%であり,離職者の74.7%が3年未満で離職しているという結果であった.

 数多くの調査項目の中でも注目すべきは,「仕事に対する考え方」である.介護労働において「や りがい」を強く感じている人は55%であった.しかし,介護労働者の約5割にあたる49.4%が「仕 事内容のわりに賃金が低い」と答えており,前年度の40.3%から9.1ポイントも増加している.続

けて「業務に対する社会的評価が低い」が38.4%,「精神的にきつい」が35.7%の順であった.こ れらは先に述べた離職率の上昇を引き起こす要因であると考えられる.

 介護労働者の離職率が悪化する一方で,各種介護事業所が抱える喫緊の課題としては,介護労働

者の確保があげられる.新聞各紙の日曜版に挟まれる大量の折り込み広告には,求人広告が読み切

れないほどに詰め込まれ,介護労働者を求めるメッセージに事欠くことは無い.応募者が殆どない

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中からやむを得なく雇用したあげく,数日後には出勤してこないといった施設関係者の話も耳にす る.さらには,人材の確保ばかりに目を向けることによって,介護労働者の質の低さの問題が浮上 してくる.というように,悪循環とも呼べる堂々巡りが繰り広げられているのが実情である.

 2007年11月28日「社会福祉士法及び介護福祉士法等の一部を改正する法律」が成立した.改 正法の成立により2011年には,介護労働者の確保と介護の質の向上を目指し,介護福祉士養成施 設(以下,養成施設とする)のあり方に関していくつかの改正が行われる.

 たとえば,資格取得の方法に関する改正である.現在,介護福祉士を取得するためには,3つの ルートが用意されている.①養成施設ルート②福祉系高校ルート③実務経験ルートである.①養成 施設ルートでは,国家試験が免除されており,2年以上(1,650時間)の養成課程を修了すること で介護福祉士の登録が可能である.②福祉系高校ルートでは,3年間(1,190時間)の課程を経て,

国家試験の受験資格が与えられ,国家試験受験が可能となる.③実務経験ルートでは,実務経験3 年以上で国家試験の受験資格が与えられ,国家試験受験が可能となる.

 しかし,改正後はつぎのように変更される.①養成校ルートでは,養成課程2年以上(1,800時 間程度)を修了すると,国家試験の受験資格が与えられ,国家試験受験が必須となる.②福祉系高 校ル・一一一トでは,養成課程にかかる時間数が,1,190時間から1,800時間程度に変更される.③実務 経験ルートでは,3年以上の実務経験に加えて養成施設6ヶ月以上(600時間程度)を修了するこ

とで国家試験の受験資格が発生することになる.

 さらに,資格取得方法の改正に加え,准介護福祉士の資格制度が新たに設けられる.これは,① 養成施設ルートを修了した者が国家試験に不合格であっても,准介護福祉士の名称を与える救済的 措置である.この准介護福祉士制度の成立は,国家試験の合否にかかわらず,介護労働市場に労働 力を担保しようとする国の政策的意図が含まれるように考えられる.このような介護福祉専門職制 度の二段階構造を生み出す国の政策は,介護労働者や介護労働市場において,雇用や賃金に関する 新たな課題を生み出す可能性を孕んでいる.

 法改正の一連の流れを概観しても,養成施設への入学者が極端1に減少している状況において,こ れらの取り組みが効を奏するのか否かは楽観視できない.

 それでは,さらに政策から視点を身近に引き寄せ,養成施設の日々に目を向けてみる.先に述べ た社会からの要請的視点から見れば,養成施設で学ぶ若者たちが,これからの介護労働者として期 待を一身に背負っているようにも思える.しかし,学生たちにとって介護労働者の不足や,質の向 上,云々の政策的議論はそれほど重要なことではないだろう.

 むしろ,学生らにとって高校を卒業し養成施設に進学することは,介護福祉士の供給拠点とみな される養成施設であっても,自らの人生をどのように考え歩むかという進路の一つであり,人生の 通過点でしかないはずである.しかも,養成施設で体験する介護福祉実習(以下,実習とする)は,

高齢者たちが過ごしてきた濃密な歴史に触れ,驚き,恐れ,立ち尽くすことも少なくない.

 仮に養成施設が人生の通過点であるとした場合,養成施設における介護福祉教育は,学生らにと って,早急な成長を要求することにもなる.早い時期での人生の選択や,過酷ともいえる実習体験 に基づく「介護をするということ」の意味は,同年齢の若者が抱くそれとは違う意味を持っと考え

られる.

 よって本稿は,養成施設の2年課程に在籍していた学生が書き残したレポートから,学生の介護 観を構成する要素を分類整理し,学生の介護観について考察することを目的とする.

1文部科学省が実施する学校基本調査によれば,2006年度の介護福祉学科定員充足率が68%(入学者10,410

名)であったのに対し,2007年度は10ポイント減の58%(8,883名)であった.

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介護観に関する考察(1) 15

2.方法

(1)対象

 調査対象は,関東地方のA県にある養成施設の2年生(77名)である.内訳は男性44名,女性33名 である.うち,高校新卒入学者は65名(男性31名,女性34名)である.高校新卒入学者以外の12名 の最終学歴はつぎの通りである.高校既卒者2名(男性1名,女性1名),定時制高校卒業者1名(男 性),ビジネス系専門学校卒業者1名(男性),看護学校中退者2名(男性),4年制大学卒業者4 名(男性3名,女性1名)であった.学内留年者1名(男性)であった.年齢は,19歳65名,20歳3 名,21歳3名,24歳2名,25歳2名,27歳1名,28歳1名であった.

 77名の学生のうち,看護学校中退の2名は,介護療養型病院での介護経験があり,その他75名は,

養成施設における実習がはじめての長期介護経験といえる.

 なお,養成施設卒業時の進路であるが,77名のうち75名が就職しており,69名が介護福祉士とし て介護労働を選択した.その他4名が福祉系4年制大学に編入し,2名が一般企業へ就職をした.

(2)手続き

 分類対象となるデータは,筆者が担当していた社会福祉援助技術演習において学生に課したレポ ートから得た.レポートは,10週間(実習は1年次の夏季に2週間,冬季に3週間,2年次の夏季に5 週間が行われ,合計10週間となる)の実習を終えた学生に対して課したものである.提出条件とし ては,1,600字以上とし,2週間の時間を用意した.その結果,調査対象の学生77名全員がレポート

を提出した.

 レポートのテーマは「介護をするということ」である.テーマの発表に際して,記述内容に対す るイメージ等の「型」を伝えることはしなかった.あくまで「介護をするということ」という文字 を見て,学生各々がイメージした内容について記述することだけを伝えた.

 レポートのテーマを抽象度の高いテーマに設定した理由はつぎの通りである.抽象度の高いテー マは,学生にどのような内容を記述すればよいのか混乱を引き起こす.レポートの記述に関するポ イントを提示しなかったことで,その混乱は強化された.しかし,その際に,学生にきわめて私的 なことも含めて,瞬間的に思いついた自らの直感にしたがって記述することでかまわないと伝える ことにより,記述内容がより学生自身の感覚に近づくと考えたためである.

 また,テーマを学生に伝える際には,自分が感じたことを良いことも,悪いことも気にすること なく,自由に記述するように伝えた.さらに,できるだけ学生が安心して本音に近い内容の記述を ためらわないような雰囲気作りに努めた.

(3)分類

 収集したデータは,KJ法を参考に分類した.具体的には,筆者が77本のレポートを精読し, 「介 護をするということ」に関する記述であると文脈から判断した一文節(キーワード)を抽出した.

記述内容がきわめて抽象的で,一文節に絞れないレポートも見受けられたが,抽出対象前後の文脈 から筆者が判断した.

 77件のうち,テーマから離れた内容で提出されたレポート3件にっいては,対象から除外した.結 果,74件のレポートを分類対象とした.抽出した記述の内容が近いものを集合させ,グループを編 成した.その上で,編成したグループを簡潔に表すタイトルをっけた.さらにグループの編成を繰

り返しながら相互関係を考慮し構造図を作成した.

 分類および構造図の作成は筆者が行ったが,筆者単独の判断では,グループ編成等に際して恣意

的な分類になる可能性がある.分類結果の妥当性を高める工夫として,研究協力者に分類結果につ

いて意見を求め,検討した.その結果,研究協力者から分類結果に対する合意が得られたため,一

(4)

定程度の妥当性を確保したものと判断した.

 なお,本稿では「介護をするということ」から学生が連想したイメージ全般を「介護観」として

用いた.

3.結果と考察

(1)グループの分類と考察

 レポートを概観すると,養成施設で学ぶ学生にとって, 「介護をするということ」に対する志向 性は多様であった.ある学生は,介護を将来の職業と仮定した上で理想を語り,また,ある学生は,

介護という現実に向き合う中で膨らみ続ける不安について語った.ひとりひとりの表現方法に違い はあるが,未知への期待と不安が交錯した様は多様に表現されていた.

 これらの結果は,特にレポートを課した時期が強く影響していたとも考えられる.養成施設にお ける実習の課程すべてが終了し,夏季休業を終えた時期は,養成施設の学生にとって就職を強く意 識させる時期でもある.そのため,各学生には,職業人としての介護観が強調されたと考えること

ができる.

 抽出した記述は,つぎの6っに分類された.①理想・理念的記述,②身体的介護に関する記述,③ 成長ややりがいに関する記述,④不安や困難さに関する記述,⑤模索に関する記述,⑥介護への適 性に関する記述の6グループである.(図D

 なお,記載した学生の記述は,レポートに記述されていた一文をそのまま使用し,加筆訂正はし ていない.表現に不自然な点も見受けられるが,原文のままである.

①理想・理念的記述:27件

 主に理念的記述あるいは学生の理想とする介護に対する記述が含まれているグループである.代 表的な記述は「介護は,介護を必要とする人たちの生活の質を高め,自己実現を図るための仕事で す」 「介護をするということは,利用者が満足できる生活の自立を図れるようにすることであると いえる」 「楽しみがあり,安心感の持てる老後生活の提供というのが,自分の中の介護をすること の意義だと思っています」である.

 その他には,つぎのような記述があげられる. 「私にとって介護は,自分の理想とする〈笑顔に 囲まれる日々〉の仕事なのです」「介護をするということは笑って楽しく利用者が生活することで はないかと考える」 「楽しみがあり,安心感の持てる老後生活の提供というのが自分の中の介護を することの意義だと思っています」 「介護は,介護を必要とする人たちの生活の質を高め,自己実 現を図るための仕事です」である.

 分類した記述の中で最も件数の多かったグループである.その内容は,介護福祉士養成テキスト から抜き書きしたようなもの,あるいは,自らの経験をふまえ理想とする介護について記述された

と推察できるものまで多岐に渡る.

 その中でも,将来自らが介護労働者になることを前提に,目標となる理想について語ったのであ ろうと解釈できる記述が多く見られた.仮に,実習において経験された現実の介護実践が,想像し ていた理想とする介護実践と一致していたならば,これほど多くの記述は見られないのではないか と考えられる.しかし,分類結果において最も多い27件が,理念あるいは理想的な介護観の記述に より「介護をするということ」について表現していることを考えると,実習経験においてそれぞれ の学生が訪れた介護施設では,理想とされる介護がなされていなかったと想像することもできる.

ここでは,実際に介護施設においてどのような介護が実践されていたかは知る由もないため,これ

以上の言明はできない.

(5)

介護観に関する考察(1) 17

.・・ ・・.

②身体的介護 17件

◆・・・… ..・・.・・.・・.・…  . ・° ・.°・・・・・・…

 私は,お年寄りの日常生活,身の回りの  ことを手助けすることだと思います.

.◆一 ■■■■ ・.

 介護というのは,食事.排泄.入浴介助

 だけではなく.人の心を理解し.・利用者

 との信頼関係をきつく場であると,私は

 そう思います.

.■・.・.・.・.・.・・・… .・・… .・.・...… .・・.…

◆◆t ・◆

 対象者の方の今までの生活を十分把握  し,対象者の自立を図るため,ADLに合  わせて,必要なところで介助支援を行う  ことだと考えています.

 ■●・●■●・●■●●■●■■■●■●●●●■●●●●■●●●●●■●●●●●・

①理想

・・⑨●…

理念 27件

◆°. ・.

 介護は,介護を必要とする人たちの生活の質を高め,

 自己実現を図るための仕事です.

●・…  .・・・・・・・・…  .・.・・・・・・・・…  .・・・・・・・…  .・・・・・…  ●

・°■t 朋 ◆.

 介穫をするということは,利用者が満足できる生活  の自立を図れるようにすることであるといえる.

◆●・・.・・.・・..・ ・.・・・・… .開 ・・.…  ・・・・・・・・・・・… .■

!°一 ・◆

 楽しみがあり.安心感の持てる老後生活の提供とい  うのが,自分の中の介護をすることの意義だと思っ

 ています.

◆・.................................. ..............■

④不安   困難 11件

…  .・…  ..・.・・.・・…  .・.・・.・…  .…  ■

 がんばるだけではダメなんじゃな

 いかとおもうようになりました.

●..・・.・.・・■■t.・・.・・.・..…  .…  .・・●●

.・一 ・°・

 介護は私にとってとてもつらい

 仕事です.

■ ・・.… .・・… ■・・.●・・・・・・・・・・… ●◆

◆◆ ° ° ° ° °°・

 僕は介護を甘く見ていました.

⑤模索

.・ ̀

 介護をすることの  意味についての答  えはまだ.出そうに  ありません.

◆● .… ..・.・・...・ ・●●

◆°・°°°t°°° °° ° °・..

 自分は正直.介護を  するということにつ  いて,今まだ答えが  ないと思う.

◆●・・・・・・・・・・・・・・・・・… ■

゜◆・......

⑥適性 1件

.・一 °°・◆

 介蹟という職業にも  向き不向きが人によ  ってあるなと思いま

 した.

■・・・・・・… .・・…  … ●.

③自己成長  やりがい  16件

◆・・.・・・・…  ..・・・…  .・・.・・..・・… te■・…  .・■

 介護士の仕事は,私を成長させるものに

 なると思います.

◆.・.…  ●●■●●●・・●■●・■●■●●■●■●・・●・・■●・■●●●●.

◆■・.…  ・. ・・ … ..・■.・.・・・・・・・… .・…

 私は介護をするということは,自分自身の  「学び」につながるのだと実感しました.

◆●・●・・●●■●●■●●■●●■■●■■●●■●●●●■●●●●●■●●●●●●

・■.・・・・・・・・・…  .・・・・・…  .・..・・・・・・…  ■…  ◆

 介匝というのは「結果」ではなく,常に  「成長」していくものだと思う.

■....・.・・・・・・…  ●・■・●●●■●■●●●■●■●●●●●●■■●・

図1:学生の介護観を構成する要素

  しかし,ここで重要なことは,現職の介護労働者が取り組んでいる介護実践を,学生が評価判断 し,理想とする状態ではないと受け止めていると考えられる点である.これは,現在の介護施設に おける日々の実践が,学生たちの持ついわゆる一般的な感覚から乖離している可能性を示唆してい

る.たとえば,学生たちが実習先で経験したあらゆる介護実践の現状に納得あるいは満足するなら

(6)

ぱ,理想や理念をレポートに改めて強く語る必要性は無いと考えられるのである.仮にあまり良好 ではないといえる介護実践が現実だとするならば,学生たちは近い将来その場に身を置き,状況を いずれかの方法によって変革し,より良好な介護実践を創出しようとする積極的な介護への姿勢を 含んでいると解釈できる.

②身体的介護に関する記述:17件

 主に身体的介護に関する記述が含まれているグループである.代表的な記述は「私は,お年寄り の日常生活,身の回りのことを手助けすることだと思います」 「介護というのは,食事,排泄,入 浴介助だけではなく,人の心を理解し,利用者との信頼関係をきつく場であると,私はそう思いま す」 「対象者の方の今までの生活を十分把握し,対象者の自立を図るため,ADLに合わせて,必要 なところで介助支援を行うことだと考えています」である.

 その他には,つぎのような記述があげられる.「介護をするということは,その人の手足となり 世話をすること,だがその人の命も預かっている」 「介護をするということは〈身体上又は精神上 の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者〉を対象に食事,入浴,排泄等を介助し 支援していくようなことが定義されている」 「介護をするということは,身体や精神に障害あるお 年寄りの方々に対し,入浴,食事,排泄などその方々の身の回りのお手伝いをさせていただき,日 常生活を少しでも快適に過ごしていただくことだと思います」 「介護するということは,食べる,

排泄することにはじまり,衣服の着脱,入浴などの日常生活の営みの根幹に直接的に関わる複合的 な援助のことだと思う」である.

 このグループは,身体的介護に関する記述が中心に見られ,実習において自らが中心的に経験し てきた事柄を「介護をするということ」としてあげている.具体的記述としては,特に食事,排泄,

入浴に関する記述が多く見られた.

 食事,排泄,入浴に関する身体的介護は,三大介護と呼ばれることがある.法改正により介護福 祉士の行う介護の定義が,三大介護から中心のものから,心理社会的支援を重要視する方向に変更 されることが予定されているが,実習を行う介護施設においては,三大介護は日常業務の中心に据 えられている現状がある.

 実習において学生は,三大介護に関する手技の習得度によって評価されることが多く,学生自身 も「介護ができる」という表現を用いる場合,この三大介護の習得度を指していることが多い.

 つまり,実習先では三大介護の習得度により「できる実習生」 「できない実習生」の分かれ目と なることが多いことから,学生にとって三大介護の存在は相当大きなものであると想像できる.筆 者の体験では,実習巡回時の学生との会話は,おむつ交換がうまくできるか,衣服の着脱がうまく できるかに集中することが多く,学生たちの関心は,三大介護に向いていたといえるだろう.

 学生にとって「介護」をイメージする場合,身体的介護がきわめて身近であり,実習中の自分に 対する評価対象と成りうる技術であることから考えると,記述が多くなるのは自然な傾向であると 考えられる.

③成長ややりがいに関する記述:16件

 「介護をするということ」により,自らの成長を介護の中に感じた記述が含まれるグループであ る.代表的な記述は「介護士の仕事は,私を成長させるものになると思います」 「私は介護をする ということは,自分自身の〈学び〉につながるのだと実感しました」「介護というのは〈結果〉で はなく,常に〈成長〉していくものだと思う」である.

 他にはつぎのような記述があげられる. 「様々な発見ができる場所でもあり,とてもやりがいの

(7)

介護観に関する考察(1) 19

ある仕事だと思います」 「一生満足することがないと思いますが,それほど奥が深く,やりがいの ある仕事だと思っています」 「私にとって介護をするということは,大きくいってしまえば喜びを 知ることの手段だと思う」 「介護をするということは,自分の生き方を見直すことにもつながると 思う」である.

 これらは,実習において学生が経験した「介護をするということ」の肯定的側面に関する記述と いえるであろう.肯定的側面の具体的記述には学生により違いがあるものの,介護の対象となる高 齢者とのかかわりの中から,学生自身の喜びややりがいを記述したものや,実習前と比較して成長

した学生自身の実感など充実感に関する記述が見られた.

 これらの成功体験とも受け取れる学生の介護観は,仕事観にも大きな肯定的影響を与えていると 考えられる.

 たとえば,養成施設入学前から介護に対して肯定的印象を有していた学生であれば,実習等の介 護経験を通して,印象がさらに強化されるのではないかと考えられる.

 また,介護労働に対して否定的印象を有していた学生が,実習等の介護経験を通して充実感を得 られたならば,介護労働に対する否定的印象は薄らぎ,魅力的な職業として介護労働を認識するよ うになるということも考えられる.

 さらに, 「私を成長させるものになると思います」 「自分の生き方を見直すこと」等の記述から は, 「介護をするということ」が学生の職業観ばかりか人生観へも影響を与えている可能性も考え

られる.

 しかし,養成施設を終えた後,本人の意志に反して介護労働者になることが既に決まっている学 生や,介護労働を選択せざるを得ない状況にある学生にとっては, 「介護をするということ」によ って得られる肯定的側面を自らに強くいい聞かせることで,不安を払拭しようとしている可能性も

ある.

 いずれの解釈も可能性としては考えられるものの,自らの成長ややりがいなどの充実感を得られ た介護経験は,職業として介護労働を選択するかどうかにかかわらず学生にとって得難い経験であ

る.

④不安や困難さに関する記述:11件

 実習を経験し,介護実践の現実に不安や困惑を隠せない表現が目立つグループである.代表的な 記述は「がんばるだけではダメなんじゃないかとおもうようになりました」 「介護は私にとってと てもつらい仕事です」 「僕は介護を甘く見ていました」である.

 他にはつぎのような記述があげられる. 「私は何度も何度も介護をやめようと思いましたが結局 やめられずに今までいます」 「介護をするということは,実は生半可なことではなく,心,気持ち が大切であるということがいえると私は考えています」 「利用者に殴られたり,インフルエンザに なったり,腰を痛めてしまう」 「自分が最初に思ったのは,すごく汚い,臭いと思ってしまいまし

た」である.

 このグループに分類された記述は,きわめて簡潔ではあるが学生自身の本心が隠すこと無く表現 されていると受け取れるものが多い.

 「何度も何度も介護をやめようと思いましたが結局やめられず」といった記述からは, 「介護を

するということ」に対する一定の否定的感情を抱きつつも,何かしらの理由でやめることを選択す

ることが叶わず,続けざるを得ない学生の苦しさが伝わってくる.この学生が介護(養成施設のこ

とか)をやめることができない理由はいかなるものであろうか.家族からの期待か,あるいは同級

生とのつながりによるものかは,ここでは分からない.しかし,先に述べたように苦しさだけは伝

(8)

わってくる.

 また,介護労働者になった場合,現実的に起こりうる可能性が高い事柄をあげて「利用者に殴ら れたり,インフルエンザになったり,腰を痛めてしまう」といった不安,恐れを記述した学生もあ った.認知症を抱える高齢者に対する介護行為の中では,時折,高齢者から手を上げられることが ある.しかし,それはいつ起こるともわからない出来事ではあるものの,常にリスクを抱え続ける 状態が継続するというものではない.さらに,対応により高齢者の反応も変化するものである.当 然,一方的に高齢者に否があるわけでもない.にもかかわらず,なぜこれほどまでに否定的印象が

「介護をするということ」というキーワードから想起されているのであろうか.

 たとえば, 「すごく汚い,臭い」という記述の場合,介護の現場に出向き,その場所にいること で自らが経験した直接的経験であると想像できる.介護をするという行為の中で,排泄介助は欠く ことのできない営みである.よって,実習生として介護施設の中に実習の場を用意される養成施設 の学生は,排泄介助も当然のこととして行う.はじめて他者の排泄行為および排泄介助に向き合う 際に抱く感情は,これまでの日常では経験したことの無い類いのものであろうし,その光景は日常 的感覚において喜びを学生にもたらすものではないであろう.よって,学生が「すごく汚い,臭い」

と介護に対して抱いた感覚は,きわめて自然なものであろうとも考えられるのである.

 しかし,学生自身の直接的経験ではないと考えられる「殴られたり,インフルエンザになったり,

腰を痛めてしまう」等の記述をどのように解釈すればよいのか.いくつもの可能性があるが,一つ には実習を通して出会った介護労働者や,介護労働を経験した者から,苦い経験を伝えられた可能 性がある.あるいは,実習で実際に殴られる場面に遭遇した可能性もある.場合によっては,記述 した学生本人が,殴られた経験を有する可能性もある.いつれにしても,この記述をした学生の介 護に対する不安が,並々ならぬものであることだけは理解できる.

⑤模索に関する記述:2件

 「介護をするということ」に対して自らの立ちどころに迷いを感じていると思わせる記述が含ま れるグループである.記述は「自分は正直,介護をするということについて,今まだ答えが無いと 思う」 「〈介護をするということ〉の意味についての答えはまだ,出そうにありません」である.

 この記述をした2名の学生にも,何かしらの介護観は朧ながらにもあったと考えられる.なぜなら,

何のイメージも抱くことなく実習に取り組むことは,実習の内容や期間から考えても想像しにくい ことであるし,養成施設においても介護について考える機会は常に用意されているからである.し かも,実習は一度に10週間実施される訳ではなく,1年次,2年次に3期に分けて実施されており,第 3段階と呼ばれる最終実習を終えた後にレポートを課している.介護に対する思いの善し悪しは別と

して,実習施設において介護実践を経験した後に,何かしらの思いは抱くものと考えられる.

 仮に記述した学生が介護に興味がなく, 「介護をするということ」についてまったく考えたこと がないとしても,レポートとして課題が出されればそれなりに記述することが考えられる.

 しかし,2名の学生は,「答えが無い」と記述している.なぜか.一つには,既成された介護観で はなく,自らの言葉で「介護をするということ」について表現しようとした結果,記述時点におい ては答えがみつからない状況であったと考えることができる.また,理想の介護実践と現実の介護 実践との間に何かしらの差異を感じ,気持ちが混沌とした状態にあり,言葉にならないという状態 であると考えることもできる.

 このグループの学生たちは,レポート記述時に答えを見いだすことができずにいるが,常に明快

な介護観を用意していなければならない訳ではない.そのような意味では,きわめて素直で正直な

記述ともいえるだろう.本グループは,2名の学生なりに介護観を模索している段階であり,必要に

(9)

介護観に関する考察(1) 21

応じ学生各人の介護観が徐々に形成されると考えられる.

⑥介護への適性に関する記述:1件

 介護に対する適性に関した記述が含まれるグループである.記述は「介護という職業にも向き不 向きが人によってあるなと思いました」である.

 このグループに分類された記述は1件のみであるが,レポートのテーマである「介護をするとい うこと」を職業としての介護と捉え,介護労働者の適性について言及している.この記述が,介護 労働者となる可能性がある学生自身の適性を問うているのか,あるいは,実習において出会った実 在する介護労働者の適性を問うているのかは定かではない.

 では,まず学生自身の適性を問うていると仮定した場合について考えてみる.実習は,学生自身 が介護を職業として継続することが可能かどうかを判断する体験の場としての役割を与えられるこ

ともある.実習経験を適性判断の場としていたとするならば,記述は学生自身に対する記述である と捉えることができる.このように捉えるなら,学生は実習中の経験から,自らの適性を自らに問 う必要が生じたと考えることができる.自らに適性を問う必要が生じた出来事としてしては,つぎ のようなことが考えられる.

 実習生として,経験の未熟な自分と経験の豊富な介護労働者とを比較する場合である.②で述べ た身体的介護技術を比較した場合,当然,学生の技術は未熟である.する必要もない比較であるが,

学生にとっては自分の力不足を強く経験する場面でもある.結果として,継続して介護をする自身 を失い,自らの適性を問うていると考えることもできる.

 つぎに,記述が実習を通して出会った介護労働者に対する問いであると考えた場合はどうであろ うか.学生は10週間の実習を行い,介護施設で数多くの介護労働者と時間を共にしている.介護労 働者が介護施設で行う現実の介護に触れる中で,あるいは,介護労働者とのかかわりの中で,適性

について学生に考えさせる存在があったとの解釈である.

 さらには,学生と高齢者とのかかわりにおいて,学生に自らの適性について問いかける必要をも たらす出来事があったのかもしれない.

 介護をすることに対する適性については,筆者も自らの適性に疑問を持ちつつ継続してきた経験 がある.誰でも介護を職業とすることはできるのだが,自分が介護をして良いのか,それに値する 人間かを問う瞬間を味わう学生がいても不思議ではない.

(2)学生の介護観を構成する要素からの考察

 学生たちの介護観を分類した結果は以上である.ただし記述内容は,入学直後,1年経過後などデ ータの素材であるレポートの記述時期により変化がすることが予想される。よって、本稿において 分類した介護観の傾向が,学生の介護観のすべてであるとはいえない.しかし,実習をすべて終了

し,卒業後の仕事について考える時期の記述という点では,養成施設において形成された最終的な 介護観として捉えることができるであろう.

 ここで分類した介護観が,養成施設において形成された最終的な介護観であると考える理由はっ ぎの通りである.

 学生たちの介護観は,養成施設における教育により突然として形成されるだけではなく,養成施

設入学前から,それぞれの生活において獲得されてきた介護観が備わっていると考えられる.それ

は,祖父母との同居などによる高齢者との交流や,義務教育および高等学校時代の福祉教育を通し

て形成されたもの,あるいはクラブ活動やその他メディアからの影響もありうるだろう.養成施設

への入学動機として,祖父母との生活体験をあげている学生が多いことからも,介護観の芽生えは

(10)

入学以前に経験していると考えられる.

 学生は養成施設入学直後から介護の専門家になるため,介護に関する知識や技能について講義や 演習を通して教育を受ける.それは入学後半年ほどで,第1段階と呼ばれる2週間程度の実習に取り 組まなければならないからである.入学直後からの養成教育により,学生は養成施設入学以前の生 活において獲得された介護観に加え,養成施設において新たに形成された介護観が加わると考えら れる.つまり,養成施設入学以前とは異なる新たな介護観が,養成施設における教育経験により形 成されると考えられるのである.

 その後,新たな介護観を抱きつつ第1段階実習に臨むことになる.学生は,第1段階実習で派遣 された実習施設で,新たな介護観がどのような価値,あるいは意味を持つか検討せざるを得ない状 況下に置かれる.ここで多くの学生は,自らの介護観と,現実の介護実践の間で今までに経験した ことのない新たな価値観に出会うことが考えられる.その結果,学生の介護観は,実習施設におけ る新たな経験により揺り動かされることになる.

 学生の介護観と実習施設における介護実践の間に生まれる新たな価値観は,つぎの理由により生 まれることになると考えられる.

 まず,養成施設において形成される介護観は,専門家の介護を実践するに値する「あるべき介護 福祉士像」に沿って形成される.しかし,実習施設となる各介護施設においては,他資格の者,無 資格の者も含め多様な介護労働者により構成されている現状があり,介護施設で介護労働に従事す るすべての者が介護福祉士であるわけではない.

 さらに,介護福祉士として介護労働に従事している者であっても,「あるべき介護福祉士像」に 足る要件を満たしている者ばかりではないと考えられるからである.そのような現状を目の当たり にすることにより,学生は現実を知ることになる. 「あるべき」はあくまで「あるべき」であり,

現実とは異なる目標あるいは理想であることを認識させられる.実習施設における介護実践や介護 労働者の現実は, 「本音」と「建前」で構成されていることを認識させられるとい言い換えること ができるだろう.

 ここでは,実習施設において実践される介護の質や介護労働者のスキルを評価しているのではな く, 「あるべき」との対比による新たな価値の出現が重要である.なぜなら,介護実践は画一的で はなく,流動的かっ多面的であり,実習施設が積み重ねてきた歴史と文化に大きく左右されるもの であるからである.

 また, 「あるべき」条件を満たすことが,よき実践を行うこと同じではないと考えられるからで ある.よって,学生が学ぶステレオタイプな介護と実習施設の実践は単純に比較できないものであ ると考えられる.

 ところが,実習を終えて養成施設に戻った学生は,再び理念と理想の介護観に沿った教育を受け る.後に続く第2段階実習,第3段階実習も上記同様の過程を経る.養成施設と実習施設との往復を 繰り返し,その都度,学生の介護観は再構成されながら,徐々に現在の姿に形作られていくと考え

られる.

 っまり,学生の介護観は形成される過程において,数多くの刺激を受けながら,図1にあげた各 グループ間を幾度も往来し再構成が繰り返されると考えることができるのである.学生の介護観が このような過程を経て形成されるのならば,課題レポートに表現されていた学生たちの介護観は,

変化の可能性を持つ不安定な状態にあると考えることができる.

 介護観が変化の可能性を持つものであるならば,本稿で取り上げた介護観は,あくまで養成施設

において形成された介護観である.一定期間継続するものの,新たな価値との遭遇により再構成さ

れると考えることができる.さらに再構成がもたらす介護観の変化は,学生により方向が異なり,

(11)

介護観に関する考察(1) 23

肯定的介護観が強調される変化もありうるし,否定的介護観が強調される変化もありうる.介護観 は常に構成され続けるのである.

4.まとめ

 本稿で取り上げた介護観は,①「理想・理念」27件②「身体的介護」17件③「自己成長・やりが い」16件の順に多かった.レポート分析の対象となった学生77名のうち,就職した75名の内訳を見 ると,69名(92%)の学生が介護労働を選択している.就職結果を見ると,養成施設卒業後ほとん どの学生が介護労働を選択する傾向にあった.肯定的介護観が形成されたために介護労働を選択し たのか,あるいは介護労働を選択するからこそ肯定的介護観が形成されたのかはここでは定かでは ない.しかし,介護観と就職結果から考えられることは,介護労働を選択する学生が多い状況を見 ても,学生が介護労働への肯定的側面を意図的に強調した可能性があると考えられるということで

ある.

 介護観と就労状況との関連性について,ここでは想像の枠を超えて論じることはできない.この 点については,今後引き続き検討が必要であろう.しかし, 「介護をするということ」に対する学 生の記述から,再構成され続ける介護観の不確実性は明らかになったといえるだろう.

 学生にとって養成施設時代に多くの経験をすることは,介護福祉士となる上で欠くことのできな い経験であるし,学生自身の人生においても意義ある経験のひとつであると考えられる.これらの 経験が学生にとって肯定的介護観を形成させるものであるか,あるいは,否定的介護観を形成する ものであるかは,学生ひとりひとりの生活経験の影響が大きい。しかし、生活経験だけでなく、養 成施設における教員と学生とのかかわりによる影響も大きいと考えられる.

 たとえば,福祉専門職を育成する立場にある筆者の場合, 「介護をするということ」を含め,福 祉一般に対する肯定的側面が入学前よりも強化され,養成施設を修了してくれることを望む傾向が 強いのは確かなことである.

 しかし,教員の願望と,学生の介護観を肯定的介護観へと強制的に誘導することは分けて考えな ければならないだろう.学生の人生に主を置くならば,肯定的側面あるいは否定的側面のいずれの 介護観が強く印象づけられたとしても,あるいは,そのどちらもが印象に薄くとも,学生自身が養 成施設における経験を自らの糧になった経験として受け止めることができるような人生を歩むこと ができればよいと考えられるのである.

 さらには,④不安・困難の介護観を抱えたままに介護労働を選択している学生がいることを考え れば,学生が自らの介護観をどのように受け止めることができているかが課題となるといえるだろ

う.介護観の否定的側面を自らの介護実践力の無さ,介護労働への適性の無さと受け取るだけでは,

職業選択の経験すら学生にとっては否定的な印象しか残らないことになる.

 筆者は、先に介護観の形成には,教員と学生とのかかわりも重要であると述べた.これは、学生 が自らの介護観を,柔軟に受け止めることができるようなかかわりを教員が志向することを意味す る.教員は,そこにかかわりの重要性を見出すことが必要である.そうすることにより,否定的介 護観を抱きつつ介護労働を選択した学生であっても,実践の中において自らを否定するだけではな

く,介護実践に対する柔軟な思考を育むことにつながるだろう.

 養成施設においては,2年間で習得しなければならない知識や技能が事細かに決められており,介

護観の醸成,言い換えるならば,自らの介護観を柔軟に受け止めることのできる豊かな想像力を育

むためのかかわりに十分な時間を割くことは容易ではない.しかし,介護福祉士として自らの介護

観を養成施設時代に醸成することは,専門職者として介護を実践する基盤であり,何より介護を必

要とする人たちや,実践する本人の利益となりうるのである.

(12)

5.おわりに

 介護労働は,3K(くさい,きたない,きつい),それどころか4K(+危険),5K(+金にならない)

と呼ばれ,きわめて厳しい職業の一つとして周知されている.

 なぜか. 「介護をするということ」は本当にそれほど苦しいことなのか.少なくとも筆者の介護 労働経験に残る記憶は,苦しさだけではなかった.喜びも多かった.それは,筆者が多少なりとも 一般企業における就労経験を有した後に,熟慮した結果,選択した職業が介護労働であったからだ

ということもできる.

 一方で,早い時期に人生の選択を迫られる養成施設の学生は,熟慮する余地もなく,選択せざる を得ない状況に置かれているともいえる.このような学生にとっては,介護労働は確かに3Kである だけかもしれないと考えた.そこで本稿では,養成施設に学ぶ学生たちの「介護をするということ」

に関する記述から,学生たちの介護観について考察をすることとした.

 そして,不確実性を抱える学生たちの介護観を学生自身がどのように受け止め,向き合うことが できているか,その過程において,豊かな想像力を育くむためには,教員と学生のかかわりが重要 であることを述べた.教員が学生にどのようにかかわることが求められているかについては,具体 的に提示することができなかったため,次稿への課題としたい.

 また,学生レポートの分類に筆者は単独で取り組んだ.単独で取り組むことにより,その結果は 恣意的である可能性が高まり妥当性に乏しくなる.第三者の協力により,その可能性は幾分なりと も軽減できたと考えられるが,研究を継続するにあたり,より多くの協力者から助言を得ることが 重要である.

 学生たちの声を大切にしながら,介護を必要とする人々,介護をする人々に資するものとなるよ う今後も継続した研究を試みたい.

文献

 上野千鶴子編(2008)『ケアその思想と実践2一ケアすること』岩波書店.

 尾崎新(1994)『ケースワークの臨床技法』誠信書房.

 小沢勲編(2006)『ケアって何だろう』医学書院.

 尾台安子,山下恵子(2004) 「介護福祉実習に対する学生の意識と課題」 『松本短期大学紀要』13,1−9.

 川喜田二郎(1967) 『発想法一創造性開発のために』中央公論社.

 木下康仁(1997)『ケアと老いの祝福』誠信書房.

 黒川昭登(1989) 『現代介護福祉論一ケアーワークの専門性』誠信書房.

 厚生労働省社会援護局(2007)『社会福祉士及び介護福祉士法等の一部を改正する法律案について』.

 財団法人介護労働安定センター(2008) 『平成19年度介護労働実態調査』.

 衆議院厚生労働委員会(2007)『社会福祉士及び介護福祉士法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議』.

 三井さよ(2004) 『ケアの社会学』勤草書房.

 宮堀真澄,鈴木圭子(2000) 「ケース担当実習における実習指導llの学習効果における検討」『日本赤十字   秋田短期大学紀要』5:95−100.

 文部科学省生涯学習政策局(2007) 『平成19年度学校基本調査』 (2006) 『平成18年度学校基本調査』.

 横山登志子(2008) 『ソーシャルワーク感覚』弘文堂.

 横山正博,三原博光(1998)「介護福祉士養成施設の学生の介護に関する意識調査」『川崎医療福祉学会誌』

  1(1),31−37.

 鷲田清一(2003)『老いの空白』弘文堂.

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