七月革命の衝撃とヘーゲル : 宗教と国家の関係を めぐる最晩年の思索
著者 山? 純
雑誌名 文化と哲学
巻 10
ページ 21‑42
発行年 1993‑01‑20
出版者 静岡大学哲学会
URL http://doi.org/10.14945/00024394
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そして つい に精
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ら
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いる、っ弘Jは
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かっ
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の
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しい法に対して古い
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の
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て発達してきた。しかしーこ
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ていた。
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。
と
。
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上
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票の儀式すら行わ
起こしているのは誰の眼にも明らかだった。
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六)。
つまり私的なものと公的なものとが混同されている。このような社会的葛藤の根を残したまま、
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拡大され可「新人類
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論評
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る。
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論文
」を書き上げたあと百
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の
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まず百
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を経て(3)再び真に同一的になる可といさに(
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に立 って百
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。
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されたことが
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ではイギリスへの関心が高まっている。
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れた。イギリスも新教国として
ロ
ある」とされていた。ところいこと
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ころか、イギリスの
か ら
の不十分さを
ら
し
。ヒュlHノ
ム
おそ
、、
33
るべき威力を発揮した。確かに、以前の対立図式はなお維持されてはいる。だが論述はのように
明らかに
変
化して
きている。
「プロ
ス タ
トの諸国においては『宗教と国家とのあの統一が現存する」。 かみ
やお
上は神に由来
する
もの」として尊重されている。しかしながら可
「形式的」「抽象的」なま
まに 放置され『具体的に展開されないとき
には
、プロ一アスタ
圧制、抑圧」の危機に見舞われ
に 従
うこ
とによって
に 服 従する」とい
うことが百
いえども『
イギリスのピュiリ
そうだ
。
を受け に対
しての(ジェiム
が現れた。
し
一一寸
はその反対へと転倒する。プロテ
タ
トにとっの区別がな
くな ったので
から『
神の啓
示を
独占する特権」もまた否定される。こうし
一一寸
しミに統
治されなければ
し五
か
によって
示唆さ
れてい
と主張するプロテスタ
の ト
ト
ロ ム
コニ
jレ しヨ
がり司
「ついに
チ ャ
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の首をはねてしまった」
。そ
れゆえ、「
法律
は神
によっ
ると
いう〔プロ一アイズムの原理〕
が一般的に確立されてはいても百この神ことこそが極め
の
一七Oj
一)。
ここでは百の正統性を神の恩寵から直接導き出す不
法性
とならで『。ヒュi
リタ
の
に発
する
フア
アイズムが批判されている。いずれの直接性も〈法のいも
のはない
〉という
媒介的確信へと
乗り越えられなければならない。そこにこその基礎をなす」
という プロ
テスタテイズ
ムの 原理
の真の意味がある『と強調されている。
この立場から、心術と実定法との関係のあり方について百の二つのタイプが区別される
巧(
N@己@N品∞問。
二 七
七j
)。
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プラトンの共和国のようなー心術を中心とした
。
F 宗教は私事であって『長む
、、a匂禽
跡、、a
Bhvlf」EV
。
αのように「心術だけという
も
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「心術『宗教育良心はどうでもよいも
ノ\
'--
、担ら左へ激しく揺れ動い
の
「このような一
。
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、も -.".
、-
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がどの人倫というこ
しミ
てのみもつ。
、も
しミ
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では恐怖が支配した。しかもそ
ら
つ
。
術のやえけ ら た
汁ノ一一ヤツ
閣も嫌疑をかけられた。
は持ちこたえなかった。
れ
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1...司
〕レ」
、も
しミ
35
ても最後の頼みの綱はやはり心術であるということだ。この心術は国憲のなかで脇へ
おし のけられた
が『今や一
切の形式を蔑視して台頭して来ている。この矛盾とそ
れについ
て支配的な無自覚『
これに
われわれの時
代はいま 悩んでいるのだ」(巧N
eNmO戸
二七七 j八)
。
これ
の衝撃を受けとめたヘiゲルの最後あった。わすこ
とはも
と
り有国家と宗教的良心とが没交渉とい
原則で
で
の深い一致は
決の課題であることが強調されている。そこ
には
諦念の響きすら感じられる。それ
とめ たが『
将来の革命を防ぐための処方議室不しえなかったことら来てい
め\
iま
の
し
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'?oれについての無理解の横行をただすことに自己
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分離の
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で
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わけではい。そのテーゼの
しミ
の
フロテタ
ティムだったからである。の
したのは百
も
れぞれに大人
にな
っからだ。とくにヨーロッパの諸国はこの
に古
同一いトリック教会自身も大きく変わっ
た。とりわけ第二ヴァ
チカ
ン公会議(二j以降の変貌に
の が
る。
ここ
で百
ヘi
ゲルが
求めた宗教と国家との和解が基本的に達成され『両者の
っ
つ
と
る
の民族主義の激流は可宗教的対立の根深さを改めて見せつけて
いる。
の
解消 するに は百
まだ
ほど遠い」ものがある。
ヘ!ゲルが「国家
に対
する宗教の関係」という
ーマの
もとで
し
し五
も
、も
し3
0
国家に
対する主観的確信、良心、心術の関係で
った。
こ
しミ
評である。ヘiゲルが反対した抽象的原理にもとづ
にも
とづく地域割りの選挙区で誰もが同じ行使す
つ
。
しかし
「一票の重さ」は「の軽さ」で
、、
」との
忠誠心にすり替えられてしまう。ひとたび成立
もって
していく。それに対しては百
コ
寄り)v
。
しかし
ー
それらの制度を機能させるに
エネルギ
�
のは容易ではない。のはO
。
ために百
一一一一口語的コミュニケイショ
ンは
メ
ディアが貨幣や権力といれたコト口iル@メ
ノイ(日)
と
離し可
逆に
生活世界を植民地化するという
れ
ごとに
し
し五
ヘiゲルが国民代議制
る
に反
対しコーポラティ
ム つ
、も
の
きたし
論的な散文世界が生まれるのを恐れたからである。職業間体や自治体などの中間団体を基盤にした身分制議会
(
浮島ロー
37
見必
'-..../
。は
一 る。しかしこの古い革袋に詰め込ま見したところ古色蒼然たる印象を与えれた
てきている。たしかに中間団体は両刃の剣である。それは近代への移行に頑強に 今日ますます切実味
でも
何かを改
ょうとするとき
最大
なって立ちさがのが『
った
で
る。それは 団体の
の名のも
と明
で圧殺することもあ百顔の
ない
大衆社会に
って『対面状況のコミュニケイショ
のなか
の確証を可能に
するな くては
らない「場」
で
ある。職業団体はデュル
ー
ムにとって
個人
を精神的孤立状態から救い可自己本位的自殺
とアノ
ミl的自殺を防
i ムの発想はへiゲルのそれに非常に近い。彼もまたフランス革命に
よる
(げ)
こと
」を提案していた。 止する
切り札だった。実際
デュル
ぃ「選挙区を地域的区分によってではなく、開業組合に
つ
ヘ!ゲルが論評した選挙法改正案は粁余曲折を経て結局一
っていた。新
選挙法に
よる初の総選挙で大勝したホイッ した。この
.A...
ルは すで に世
を
、も
、も
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く関 心を
せ
つてのけた。
(給付金制度
)が廃止された。
にの
こ
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の
てきた
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一ブ(出)た。
カ市場が形成され
し
。
の
しかに苛酷なものであった。しかし『それはた
の
の
る福祉 切り捨てでは
(日)てスター
トしたので
あっ 一O
ミ〉
争時O,刀てふム
ともに の保護のかれた裸の個
人は
今度は
国家に保護を求めることになる。新選挙法がア
トム
の厳しい
一極 対立を
し始め
ていたの
と
イ ン
一八
三三年には、(却)ド銀行の権限が強化された。こうして近代の抽象化が労働
百貨
幣百票に
おいて
完
成してくる。
「全国的貨幣市場の形成と単一
発
券制度の確立」
をはかる
ために、
開じ関係がここにもある。また百
ブ
一九
世紀前
併ささ慰どQ嬰煤@回総F入?くiト�
やl' �tJI::相ト《をよ)ヤr与ト';:::" tく関;齢制経同心エ 関与� 11民窓際吋〉賦緩,_j-K6込
採議羽田4幌さきょ',0兵士主(rr釈おや 士C�'V&t毛布-,@0�自縛q-K6C
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d示会(\ �O ( J主当制網LL吋ト9兜!揮下ノ崎沖。
もて Briefe von und an Hegel. てもも・ 可on J.
Hlも�Z Hegel i11 Berichten seiner ても立. 可on TW
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G.W.F. Hegel Werke in 20 B Hrsg. von E.
K. Rosenkranz, G. W.F.
(tぐい恥棉!出 i兵<111キト)
Hegel, Werke. Bd.11-12. Vorlesu刀
flage. Ber lin 1840 (N achdruck S七uttgart
一回叶)
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V 1三巴:g巳�l, Vorlesungen uber die Phllosophie der ても:g. 可on -1985.
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. Hamburg 1983
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武市健入訳
「改訳
(岩波書屈
一九
六八j 九年)。 ただし、 ロッ クナ!版を用 いて いるため、対応箇所が ある場合にの み頁数 を掲げる。
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ベルリン時代に 五 回開 講された。
の
て作られ てい 各字期毎の内容はわ ぃ。「ヘ! ルは前にやっ
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、品、v(2)この学期の 本論がどの ような展開であったかは、
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い。 しかし、
の 学
期に
めてやや立ち入 って講述した」 という ガンスの 証言がある (者向ぽ・ PU門
一四
)。 それ以前
の の
講述に手間どり可後半部はお ざなりに なった。例えば、 〔一八二 一
の講
義で
は、
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序論と シナの 部に費し百 この 部分が飽きる程くどくどと 詳述され
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てその 後ギリ
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百 「口iマ
の 世
界を簡単に岩ゑ小したあと 、 最後に 中世と 近世と を一一、一一一回の 講義で片づけようと した」 3・ M門以〈間
。
期にはお そらく、 それ以前の 叙述を簡潔に済ませ、 中世以降を詳しく論述すること によって、革命が提起した問題 に応えよう
とし たの
であろう。現行テキストの中世以降の 叙述は、 お もに最終全期の 資料によるもの と 見てよさそうである。
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(日)
(日)
(ロ)
(日)(比)
(日) 記念。∞の50wzomo}wmgm什Jへ∞恒三口駅門戸5・5尚南町、バwhub~NOSE、ミ
これにつ
いて は、 別稿 で論じ た。拙稿 「プロテス タ ンテイズムの 原理と 近代国家の 精神il世俗化テi ゼと へiゲル」 折見子会年報」第九号 一九九三年六月刊行予{忍参照。
者-uo∞のFFOW邸、.mW・O-H)肘)・ω吋1ω∞・ヘiゲル『政治論文集 (岩波書店 一九六九年)金子武蔵氏の 解説 (一一一一一
エ
クiノ@フィッシャl『ヘiゲ ルの 生涯」玉井@磯江訳 アヴィネリ「ヘiゲルの 近代国家論』高柳良治
ヘlゲル 「イギリス選挙法改正法案につ 訳( 未来社
いて
」 上 妻精訳 (ヘlゲル「政治論文集
の出仲間宮内HHM仏∞〉己記ユルミNσb-・5∞「阿)
・ω∞・
(「東北
によ る。
一九七 八年)一二二一一 一九七一年)二 五 四頁。
数字で示す。 中村英勝「イギ リス議会史 新盟会事南 松浦高嶺『イギ
リス現代申(』
(山川出版社 一九八六年)一二四頁。 一九九二年)
五九
頁。
d〈-mFO∞のFFowmL0・0.同)司・81企.学」
講義
・円FgoywO悼∞、bど司 ∞(同臼
年
)一九九二年)参照。
・o・同)・8・
一九六九年)
の 頁 数を漢用
一呂、吋0.∞∞-h肝OA山一町内.
しかし『 旧版の
よっ に
の新
D@F @シュトラウス「ヘiゲルヱ一小教哲 版( 一九八一一了五年)
ケィション的 行為の 理論 一OO頁以下。
戸出白、σ25mgw38hvbhk印。包N出向日誌とh
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邸、島町出立mw-
冨・5∞
γ出品-N・g-NO
一九八七年) 下」 (未来社
・吋一段邦訳『コミュニ この 章は、 旧版にお
いて
も、 その内容か
らし て七月革命以後の 講義であると 考えられ てきた。例えば、 ζ肝の}Hmv o日『HJModH阿佐∞op
hももらトSNEもさN出品、bhwohミSG2ピミhssEh.hqbJももkd.母一河内bqHphaたと・問。吋ロロこの 章が 間違 いなく全面的に最終学期の 資料 によるもの と分 かったの は、 2一小教折口山 てであった。D・F-シュトラウスによるこの学期の 摘要がそれ を示
して
いる。拙訳
の 摘 要」 (『ヘ!ゲル研究」第二
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