概観日濠問題
大谷敏治
二 一
五 四 三
目次
序ー世界貿易に於ける東南洋の地位と日本
日濠關係の獲展
A日濠關係の過去
B日濠關係の獲展
日濠問題の現在
日濠問題の將來
結ー日濠問題の背後にあろもの
本稿は︑今春脱稿︑筆者が官命によつて航海練習船海王丸に便乗︑五月二日東京出帆︑濠洲へ向ふ途次︑本論丈集の原稿
締切日とぜられた昭和†一年五月三十一日に間に合ばすべく︑南洋委任統治領アンガウル島よ・り︑逡られ☆ものであろ︒
日濠問の事態はその後︑濠洲の禁止的高率關税・輸入許可制の實施︑吾が國の通商擁護法の獲動によつて︑全く決裂し︑
幾度か商議再開な傳へられつ㌧︑未だ何等の具髄的進展か見ない實状である︒從つて今は時論乏しての意味なさへ失つれ
本稿が︑本論集に探録ぜられたのば︑全く編輯者の厚誼によるのであつて︑筆者としてはた攣︑本稿に.開陳ぜろようなH
濠問題理解の魏購か將來に生かしれいと︑ひそかに期するばかりであろo
i一九一ご山ハ・一〇●ご一〇‑
序世界貿易に於ける東南洋の地位と日本
一九二九年より一九三二年に至る世界貿易を︑各洲別の分布に︑百分比で観ると次ぎの如くであサ堵
フカ
アリ
細 弱 轟緬即餌
% 29.且
26.4
25.1
25.ア
% 48.6 '52.2 53,4 5LI 太洋 州
%、
2.7
2.5
2.6
3.1
東蝋 亜纈
%1%
17.8115,1 16.8114,3 16.5…13.9
・6.8i・37
Ig29 1930 1931 1g32
輸出 娼,脇辞
23.6
21・5
18.9
18.1 13・Sl
・2.7…
13.oI I3.励
2.7
1:創
2.ol} 554 58.3 61.1 60.7
16.2
正5.I
I4.6
15.5
Ig29 1930
輸
入
Ig31 1932
留靭μσρ
26.2 23.8 21.9 21.8
52・1 55・4 57・5 56.1
町璃⑳%
17.o
・s・gl I5.41
16.1
14,3
13.5
互3.4
13.6
Ig29 1930 1931 1932
輸出入 いま右の表に於いて︑一九二九年と一九三二年とを較
べると︑東南洋は輸出に於いて一七・八躬から一六・八
%へ︑輸入に於いて=ハ・二%から一五︒五%へ︑輸出
入全艦として一七・○%から一六・一%へ︑夫れそれ減
少しておつて︑激羅巴の夫れ等が四八・六%から五一︒
一%へ︑五五・四から六〇・七%へ︑五二・一%から五
六・○%へ増大しておるのに比して︑世界貿易からの東
南洋の後退を示すもの﹂如くである︒然かしながらいふ
までもなく︑一九二九年より一九三二年に至る籔年は謂
ゆる世界恐慌の進行した時であつて︑一九二八年の農業
恐慌に端を獲した資本主義経濟の矛盾の護展は︑先づ小
萎.米・砂糖・棉花・羊毛・生糸・護護・錫等の食料及び原料品の債格の非常な低落に始つて漸次に工業生産
概噸観ロロ漉隊問幣阻山ハ一九
の 三菱経 濟研究 所 ・「東 洋及 南洋諸國の國際 貿易 と日本 の地位 」再 版 、昭和 八 年刊 、第一 篇 東 南洋貿 易概 襯 中の諸表 より作成 。
六二〇
品に及び︑しかも常に謂ゆる鋏状債格差を示したが故に︑前記食料及び原料品の主要産地たる東南洋諸國の貿
易が︑少くも一九三一年まではその相互聞の貿易のなほ好調を維持しえた奮工業國欧羅巴諸國の貿易に較べて︑
より大きく萎縮せざるをえなかつたことは當然である︒從つて前表に現はれたような︑東南洋貿易の世界貿易
に占める割合の︑この恐慌過程に於ける減退も︑他の諸洲に較べると︑相封的には寧ろ緩であつたことが看取
フカ
アリ
メカ
アリ
欧羅 巴
義弼妬叫
% 24.9
29。0
29.1
25.7
% 55.2 45.3 48.6 51.1 太洋州
% 2.7
3・3 2.7
3.1
東 南洋1亜細 亜
% 12.7 18.1
% 15・4 21,4
17.8 15.I
I6.813.7 1913
1925 1929 1932
輸出 ⑩姻緕碑
20。0
23.0 23.6 18.1
61.6
55.9 55・4 60.7
%卸η2ρ
Il.9
14.O
i3・5
i3.5
14.4
17.o
I6.2
15・5
Ig[3 1925 1929 1932
輸入 紹μ狩σρ
22.3 25.9 26.2 21.8
58・5 5c.8 52.1 56.1
踊訓η%
12。3
16.o
I4・3
13.6 14.9
1g.I I7.o I6.1 1913
1925 1929 1932
輸出入 される︒即ち恐慌り最も深刻を極めだ年一九三二年に於
いては︑世界貿易は前年一九三一年に比し全禮として三
三%の減退であつたが︑この推移は欧羅巴貿易の三四・
七%減︑漱羅巴以外の貿易の三一・七%減の結果であb・︑
しかもこの内東南洋貿易の減退は二八・九%(輸出二九・
,四%︑輸入二八・四%)であつたのみならす︑世界貿易
に占むる割合に於いては︑一九三二年に於いて欧羅巴が
前年の五七・五%から五六・一%に︑アメリカが二一・九
%から二一︒八%に︑夫れそれ減退したにか﹂はらす︑
東南洋は却つて一五・四名から一六・一%に増加して居
のる︒のみならす之れを欧洲大職前の各洲が世界貿易に占
2)三 菱 経 濟 研 究 所 ・前 掲 書p.6.
めた割合に較べると前表のように︑欧羅巴は五八・五%から五一・六%へ二・四笏の減退をなしたにか曳はら
す︑東南洋な却つて一四.九%から一兆・一%へ一・二%の増加を示して︑若き植民地の世界貿易への獲展を
わ如實に示して居る︒
然からば世界貿易に於ける東南洋のか〜る獲農は如何なる方向にむかつてなされたか︒それは素とより︑東
ア ブ 合 計
リカ 搦 蟹
メカアリ
東南洋1欧羅 巴
5,442
% 100.0 3,994 100.0 2,749 100。O
148 2.7% 116 2.9 52 Ir,281
% 23.5
822 20.6
563
20・51 3.o
1,979
% 36.4 1,511 37.8 2,008
% 36.9 1,516 3&o
1,032il・054 37.5i38.3
鎌齢鎌齢轍飴
・g・9{
・g5・{
・g3・!
輸出
5,320
% 100.0 3,929 1GO.0 2,675
IOO.O
52%Lρ49ロ37璃
1,089
% 20.5 759 1g・3
528 1g.ラ 2068,
% 38.9 1,479 37.6 934 34・9 2,085
% 39.2 1,621
41・3 1,155
43・2
鍛齢錨齢舘
・g・gI
・g3・/
'9311̀
輸入
(金 額 の 軍 位it百 萬 弗 、 省 ほ 東 南 洋1こは 土 耳 古 の 全 部 な 含 む)
概襯日濠問題 南洋各國の地理的・政治的・経濟的その他の諸事
情によつて著しく異るけれども︑大禮に於いて︑
之れ等東南洋諸國相互聞の貿易と封漱羅巴貿易と
が略々封等の關係に於いて最も重きをなし︑封ア
メリカ貿易が之れに次いで居る︒そして少くとも
その輸入に於いては近時封東南洋が封歌羅巴を凌
ぎ︑南部亜細亜及び太洋洲の英國諸領拉ぴに西部
亜細亜の諸國比律賓を除く諸國に於いては,輸出
入に於いても東南洋相互聞の貿易が断然優位を占
め︑英領諸國の内でも︑香港や馬來の如きは封欧
羅巴よりも寧ろ封東南洋諸國の關係が一暦緊密で
六一二
3)三 菱 脛濟 研究 所 。前掲書第一 篇攻 載 の諸表 より作 成o
六二二
ある︒いま東南洋に於ける主要國たる日本・支那・英印・蘭印・馬來・蓬羅・比律賓・佛印・波斯・土耳古・
濠洲及び新西蘭十ニケ國その貿易額は東南洋全貿易の九割を占むーの輸出入を合計して共の方向を洲別
のに大観すれば前表の通りである︒
このように世界貿易上に全儂として著しい獲展を示した東南洋の貿易は︑その貿易の方向に於いても叉た封
東南洋に於いて特に顯著な嚢達を途げたのであるが︑米國及び加奈陀も亦之れに封慮して野東南洋の方向にそ
のの貿易を伸ばしたこと次表の示すところである︒
来 國
東 南 洋1ア ヌ11 [歌羅 巴
方 面 力方面 方 面
% % 9乏
1913 44 30.o 41.o
輸 Ig25 13・5 314 41.3 Ig29 15.9
Ig30 15.9 出 Ig31 17.6
lw 20.4
Ig江3 17.6 31.9 辱67 .8
輸 Ig25 33.o 35・5 714 Ig29 30・4
Ig30 29.0
入 Ig31 28.4
Ig32 27・7
一 ,加 奈 陀
東南洋iア・幅 鯉 方 面1肪 面1方 面 輸
出
●
1913 1925
。彰
&4
% 41.6 41.3
5髪7
49.3
輸 入}
1913 1925
2.9 4.4
67.8 71.4
29.2 24.1
以上の分析から我等は次の事實を知ることが出來る︒即ち欧洲大職を契機として世界貿易に占むる東南洋の
地位が大いに重大となつたこと︑この東南洋の貿易の進展は封歓羅巴に向つてよりも寧ろ封東南洋諸國に向つ
4)三 菱 樫 濟 研 究 所 ・前 掲 書p.9.
5)三 菱 鰹 濟 研 究 所 ・前 掲 書PP.3,14,夏5牧 載 の諸 表 よ り作 成 すo来 國 の 楡 出1こlt再 輸 出 な 含 むO起 稿 場 所 の 關 係 上 統 計 書 不 備 に て 来 國 に に1929年 以 降 の野 歎 羅 巴 及 び ア メ リ カの 輸 出 入 比 率 、加 奈 陀1こつ い てltig29年 以 降 の 全 部 の 籔 字 な 算 出 しd2ず 。
て.成し途げられたこと︑米國及び加奈陀の貿易も叉たこの東南洋に向つて大いに伸びたこと︑從つて世界の貿
易は太平洋を中心として非常に獲展したこと︒
いま︑歓洲大職を契機として世界の貿易はその構造を攣化したと一般にいはれるのであるが︑以上の事實は
正にその様相の一つであつて︑謂ゆる﹁西洋の浸落﹂がある人々の信する如くに直ちに﹁東への復韓﹂である
かどうかは︑筆者は知らないが︑少くも通商貿易の舞豪に於いては︑太平洋申心の時代が現出しつ︑あること
は︑否むべくもない︒,
世界貿易の上に占むる東南洋の地位は上に述べた如くであるが︑然からば︑この東南洋との貿易に於いて︑
世界の主要工業國はどのような地位を占めて居るか︒東南洋貿易の上に於いて最も重要な主要工業國は︑英・
米.日.濁.次いで佛.蘭・伊・白の諸國であるが︑之れ等諸國の東南洋への輸出若しくは東南洋よりの輸入
が︑東南洋の輸入叉は輸出の総額に封して如何なる割合にあるか︑換言すれば︑之れ等の諸國が東南洋貿易上
のどんな地位にあるかを次の表に見よう︒
概灘日濠問題六二三
6)三 菱 纒 燐 研 究 所 ・前 掲 書PP.12‑13.貿 易 額 に於 い て は 印 ・支 ・濠 の 東 南 洋 諸 國 が 佛 ・蘭 ・伊 ・白 の 諸 國 以 上 叉 は 同 等 の 地 伎 を 有 つ が 、 工 原 國 」こ共 題 な 全 製 品 の 輸 出 、 原 料 晶 叉 に 食 料 品 の 輸 入 と い ふ 瀦 か ら見 て お の つ か ら 關 係 な 異1:す るo
Igl311g291193011931 Ig32 1913 Ig29 Ig3Q lg311932
1932
輸 出 入 総 計
・ト5・7 H,521 8,700 6,0514,24フ
輸 出 入 纏 計 の
出輸
入
,9…53r 5,8iO 4,368 3,065 2,12
入輸
2,12
970.8 22・9 698.2
164 389.9 (6go.8)
9.2 (16.3)
267.5 6.3 167.4
3・9 69.9
1.6
77.011
L8
正,242β 20.5
1,020・5
16.9 591.1 9.8
393・9
6.5
2【9・5
3.6 II6.I
I.9 118.7
2ρ 1,834.6
21.I I,439.6
16.5
772.4 8.9
552.5 6.4 339.6
3・9 1 164。71
i・93
197.9
2.3 2,447.9
21。2
2,i67.6
18.8
1,059・2
9.2
737.8 6.4 482.1
4.2 211.9
1.8
【,770・3
32・1
534.2
9.7
338.4
6.1
仰%麟羅禧群群詳 1
不1
213・5
1.9 5り7.7
28.2
369,5 17.4 177.7 (315.6)
8.4 (14.9)
166.5
7.9 113.7
5.4 40.6
1.9 46.82.211
砂幻耶%㎎%卸ゆ網,㎝恥η糾彊259‑32‑聡︑567
047.3 24.0 886.g
20・3
396.8
9.1
345.6 7.9 247.3
5.7 80.2
1.8 148.0
3・4
1,280 .6
22.⑪
夏β35.8 23・o
553.6 9.5 465.6 8.o 362.2
6.2
103.0
1.8 壱132
.1
2.3 85S.6
3L2 325・ 互
II.8
1g4,3
7.11
や舶詳詳詳詳詳詳・
341不不不不不不
出
373・l J7・5
32&7 15・5 211.2
(375.2) 9.9 (17.6)
IOI.C
4.7
53.7
鵜
1.4 30.2
1.4
均相 揚、括 孤 をぜ ろは平債 換算 、街 ぽ他の年度 はすべて準 債)
六二四
上の表を観ると︑⁝戦前に於いて
東南洋の貿易首座を占めて居たも
のは英國である︒即ち英國は職前
東南洋貿易の三割二分を︑特に輸
出に於いては三分の一‑三割三分
1を占めて居たが︑職後米國及び
日本が日醒しい進出をして英國に
迫り︑一九二九年以降三年聞の平
均では︑英國の二一%に封し米國
一七・六%︑日本九・二%︑猫乙
ρ六・四%となり︑輸出のみについ
ていへば︑英國一八・五%︑米國
=二・九%︑日本八・八%︑猫乙
四・九%となり︑然かも英國及び
その他の諸國は一九二九年以降漸
次 1913 Ig29 Ig30 Ig3正
年 輸
2,764 5,711 4,332 2,986
東 南 洋 の
総 額
輸主要 國のi針 東南洋総額
四望π弼q29ρ㎎詞薪ησρ㎎餌.葡
4514212716654
お馳η螂や勒⑳韻紹環妬加兜ロ
78‑5513720984
1,167.3 20.4 831.8 14.6 505.6 8.9
272.2
4.8 1199
2.互
Io8.9
1.9
8互,4
1.4
卿脚馴ゆ岬膨聯鱈蒋耕碍耕耕蒋
國國本乙國蘭
%%%%%
英来日濁佛和 利
%太%
伊
(軍 位 百 萬 弗 、 日本 欄 のlg32年 分 は 蜀 米 爲 替
次後退し︑一九三一年に於いて最
も不振を極め(英國のこの年の輸
出は・一五・二%)︑一九三二年に及
んで辛うじて若干の恢復を示しえ
たにか曳はらす(英國のこの年の
輸出は一七・五%)︑猫り日本のみ
は輸出入ともに常に上進し︑一九
三二年に於いては︑その低落せる
爲替を酎酌して金に換算しても尚
わほ輸出は九・九%を占め︑若し雫債を以つて計算するならば︑實に英國を凌駕して[七・六%となるのであ
る︒以つて世界貿易上の太準洋時代に於ける日本の躍進振りを看ることが出來る︒
次ぎに前記の主要工業國の貿易の中で東南洋の貿易がどのような重要度をもつかを日・英・米の三國につい
のて観ると︑
概観日濠問題六二五
7)Ig29年 醤 来 爲 替2F均 季目場1こ よ るQ
8)三 菱 経 濟 研 究 所 ・前 掲 書PP .i4‑ISよuJ作 成 、 日 ・英 ・来 の 三 國 に 限 れ ろ に 繁 な さ け て 本 稿 に 關 係 あ る 三 國 を と り た ろ の み 。