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オイケン・中央管理経済の理論、(こ

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(1)

ま し が 普  

将来の荘済体制という課顆ほ︑今日なお資永遠童の体制に漬つでいる国々にとつて︑将来の問題というよりも︑すでに現在の  問題であるというほうが︑むしろ適切であるとさえ見うけられる︒資来会童にたいする社会義塾の開題も︑たんに理翰的検討の  

段階に終始することを許されず︑世界の完に社会義挙纏済の設討と建設が語㌢して進行している今日では︑すべての国々に  

とつて︑これを実践の課題として取上げ︑換討さるべきことを要請しているといゎなければならない⁚   資本達哉経済の体制が︑そのものだけ万物流転の理法の例外であるというようなことは︑歴史の必然にたいする無智であり︑  

忘つきつめていえば︑入間生活体の根底に横たわる生物学的な自然原理への反抗であると町非難もまぬがれぬことになろう︒   もとより資本主義経済体制の将来が︑いかなる国︑いかなる民族︑いかなる縫済の発撰段階にとつても︑二眼公式的な解答に  

よつて具体的に予言しうみとはいわれない︒資本卓義の体制がこれと木質を異にサる体制に転換してゆく過程も︑それぞれの現  

東的な条件笹規制されて多様な窪緯を京すのが事実であろうと考えられる︒そこにはかつて歴史の経験が示したような︑意力  

による支配労力の打倒という過程もありえようし︑あるいほ漸進的︒民会的推移もありえよう︒さらにあるいは︑与えられたる  

自然的●社会的諸条件が︑将来も長く洛凍善哉経済の体制を靖利として︑それの持続と補強に政策の温点がおかれる国もありえ  よう︒現実の動向ほ︑かかつてそのような具体的・特殊的諸条件と︑それの成熟¢要する時間的経過の上に存すると思われる︒   

さて経済体制の課題を理論的にまた将来.の設計として取上げようとするとき1そこにはこれに接近する種々なる角度がありラ   三七   オイケン●中央管理盗済の理筒   オイケン・中央管理経済の理論︑︵こ  

行  雄  大  泉  

(2)

≡八  篤二十男巻 琴三尊  

る︒克とえば資凍轟童と社会童禦共産童撃の二っの体制を︑純粋な形態としてすなわち理想型において捉えて︑その機能と特  

質を換討するのもその一方法である︒やや肯くはジエ・エス・ミルが試みた﹁社会童顔諭﹂もこれであり︑近くほピグー教授の  

問題攻上げ方もこれに属するものといわれよう︒純理的な☆場から二つの体制を比較検討しょぅとするかぎり︑現実の爽雑物を  

払拭して純粋形態に昇華し︑それぞれの凍質を対比させようとする方準ほ︑理論の当然に要求する方法たるを失わない︒   

同時に問題搾︑他の角度からのアブp−チも旬餞である︒資本童車道済体制そのものが︑資本余輩という〟般概念によつてよ  

ばれながらも︑現実において歴史的に幾多の変群をうけつつあることは︑おおわれ難い事実である︒何びとも十八億紀の自由放  

任の現が今日そのまま倍率されているとは考えぬであろうし︑歩くとも第 

別忙攻上げうるとほ考えぬであろうごしのような変容ほ︑資本主窃自体の成長であり濁度化であり︑したがつてそれ自体が資本  

垂串の否定を意味するとの史観もひとつの考察である︒   

いま史観の問題はこれを暫く稽くとするも︑現実に資本秦輩の体制そのものの申に変容が現われてくるとき︑かかる事態への  

直面から崖済体制の課題への一つの手がかりを求めようとすることは︑牒た劇層の研究方法たるを失わぬであろう︒撃茨大戦  

を契戦として超験された痙済に対する欝画や統制は︑たとえ小樽的としても︑親争原理や庸場原軍を基調とする資凍嶺拳の経済  

俸細粒たいしで︑その原理を異にするものとも見られ宅歩くとも現象を親潮する国麹は︑資本毒薬経済の指童顔起とは興る︒  

したがってその場合の顎実験は︑将来﹂棍凍的に私的戦争や市場機由の基礎に血たない霹済体制が想定される場合の︑盟要なる  

資料といいうるであろミこのよう濫して︑純理的な預想塾による開局への撰近とほ別に︑現実の具陳的な実験の比較検討のあ  

いだから︑体制の課題へ迫つてゆくこともまた仙つの方法である︒   

ここで緒述する劇焚ほオイケン教授の﹁中央管理踵済の瑠翰について﹂と超する論文であり︑副題が一武すように︑今次大戦を  

通じての︑ドイツにおける実験の分析である︒オイケソの意図が郡辺にあるかほともかく︑緒述者はこれを︑経済体制の研究の  

ための㌦つの覚えがきとし.て成上げたいと患うものである︒   

(3)

ヨlteワ冒cke鼠Ont訂丁訂OryO︻ t訂 C邑raHyAd已nist巾邑E⁝月︒my⁚AゴA邑官訂已二宮Ge冒an E舛琶iment・   

︵冒nslat乳廿yT.薫㌢c訂呂㌔Ec⁝mi亀壱p当andせ胃t−︼首・︶   

あたくしは頃日︑オイケ・ソ↓国民在済学の基茶問題﹂の英訳着たる;ドン大学の†・Ⅴ・∴チソソ氏から︑氏の英訳に成る  

右の一篇を贈ちれた︒ここに同氏の厚記たこたえ︑併せてヤ九五〇年の層甘ソドンで忽然として客死されたオイケン教野の追憶  

も兼ねて︑ここにこので欝の要旨な紹介する所以である︒  

観  概  

一︑・ドイツではエ九三大年以来︑窪済の中央的指導と管理を強化していつたが︑これほ経済の新らたな・体制を意  

図したわけではなく︑むしろ偶発的年寄態といわねばならぬ◇その動機ほ完全雇傭の政策であり︑とれが忘−歩  

中央管理経済︵Nen冨斉㌢む百恵Wi喜邑t︶み東成となつたのであつた︒完三−三年に完金屋赦政策ほ︑公  

共寄集・信用扱痛ぃ低金利・・為替相場の釘付をもつて開始された︒これほ価格騰薯の危険を伴なつたため完三六  

年にはJ股的に肝柊凍結を断行し︑それ以後ドイ 

告ごうなれば価格ほ︑市場における財償還彼の需給関係︵稀少度︶を示すことをやめ︑▲代って中央管琴関根碍が  

麗済せ指導し︑外国薯易を監督し︑石淡・鉄・セメント等の畳襲原料を割当てし︑し七がつ七急襲度完走や認可  

等を行う︒戦争の園始と共に︑中央の管理と指導はいよいよ盟要性を加えた︒生産資瀕の武器生産への集中︑投資  

率の引上げ︑流蔑をとめられた貨幣供給.の膨脹とその庄カ︒これらの事態が︑生産部門・由働力の割当・消費者財  

にわたつて中央当局の計画が行われることを促進した︒   

もつともドイブの日常在隊生碕がノ︑︑残りなく中央管理の下に労働・生産秩序・強制配給︒割当が強制されたとは  

いわれない︒箕襲な市場は長く白油であつた︒後払至つ・てパン・席鉛管肉耕の中央当胤忙よる割当て以上を得ん  三九   オィケソ●中央管堪経済の理論  

(4)

四〇  第こ十五巻 撃二号  

として物乍交換が大規模に行われ︑白象での栽培もなされ︑ここに性格を異にする経済組織の結合を見たのである  

が︑山九三入牢以後は中央管理経済が受配的となつた︒   

およそ経済秩序ほ︑実際にほ稜々なる純粋形態の結合から成立つが︑ここで取上げるのほ中央管現凝済の秩序で  

ある︒中央管理経済ほいうまでもなく一九土入年以後のロシアにおけるごとく︑財産の共同所有と結合しうること  

は固よりであるが︑しかしその場合だけには限られない︒ドイツの場合では生産手段は主として私有にとどまつて  

おり︑・農地.土場も主として私人や会社に属していた︒ただし私有漕が生産車段を充用するにほ劃定の限変があり  

また生産資材への要求も︑それが中央計画と一致する場合にのみ許された︒ゆえに経済の仝過程にたいする決定力   

は企業や家計にはなく︑中央当局の計画と命令に森つたといいうる︒   

二︑ドイツの場合において︑中央管埋経済と交換経済とのあいだに︑同一の法則が作用するか香かが中心の課題  

となる︒  

一般的にはこの問題にたいして二つの倒立する考察が存在する︒一はミんやディーツユルのごとく競争経済と集  

散主義経済とは漁則を異にするとの二元論に立つものであり︑二はウイーザー︑パレート︑バローネのごとく両者  

は本質的には差別なしとして二光諭告且つ︒これはシュムベーターの鴇間︑商業社会でも社会主義社会でも︑経済  

行為の樫本局理は同仙であるとの主張止もかかわる︒典してそうであるか︒それとも両者は別個の世界であるか︒  

この世紀の経済生括では両者の指事方法が通用されており︑かつ境代史は以前に増して︑中央管理経済の分析のた  

めに多くの実験をあたえている︒こ1で取上げるのもそのような実験の﹁つに外ならない︒われわれは︑交換経済  

の分析のために作ひだされぶ同一の理論装混によつて︑二十世紀の髭漁現象を理解しうるか︒それとも経済的現実  

感を公平に評価するには︑中央管理経済に関する特殊の理論を構成せねばならぬか︒   

(5)

するキ仝体としての退位は価格匿よつて統御挙られる︒  

ドイルの経験によれば︑中央管理経静の秩序の下では企集札まつたくこれと異なる趣な示す︒皮革土場痘例にと  

れば:しれは皮革統制局の指令によつて生産す驚この﹁統制局﹂﹁統制部﹂あるいは﹁計画局﹂が︑原皮と補助  

材料の割当てをなしノ︑生産を指示し︑生産された吻の処理をつかさどる︒これは.四段階に分けて観察ぎれる︒   

川 統計資料の蒐集︒このため忙統計調査部が設けられ︑この統計資劇が中央管理経済転とつて根本的窒素性を  

もつことは︑一つの特質を成す︒統計調査係は計画部にとつて必要な二男の資料Ⅰ設備︒保管能力︒必要な保管薗  

警石浜や電力の必要警威料の生産と輸入品料や生産物の生産消費の関係等々!の集蒐につとめ告かかる統  

計資料かち︑瀾費にたいする供給の数盈的バラン†スシートが過空年︑半年ないし三ケ日にわたつて︑蔓れる︒   

削 筍二の段階は右の資料に萄ついて︑う計画そのむのをたてることであり︑襲求と供給上の計画と︑開発を調和  

する方渉の瞥童ある︒愛東忙たいする計画数盈は︑轡分ほ上位の腰蘭の常襲によるが︑他の部分ほ他の使用者  

から発生する︒/たとえば︑皮革ほ靴統制又は機械統制によつて規制されるが︑皮革統制ほ鞍材料︒油脂・石淡等に  

たいし︑それぞれの機関を蔑じて規制豪あたえる︒計画の初めの段階では︑財の瞭準化が必襲である︒  

封層局ほ過去の数字をそのまま使用した場合には︑笑際との問忙誤差を生ずる危険があつた︒そこで統計資料ほ  四劇   オイケン○中央管軍産琶の理論  第ふ 全体としての経済過礎  

山︑中央管理の棟能  

交換経済ガ由究は︑個々あ企染・象計の運営に出発する︒企業ほその計画軍備格と原価計欝︑すなわち生産物  

の倣格と生産車索め価梅との関係に準ついてたてる︒各企集ほそれ眉身の領域の申では︑駈済過媒の野分を統制  

(6)

垂手五巻第三葛 四二  要するに過去に関するものであり︑計画が予想する表面の形態即ち数字の均衡は︑計画の本質ではなく︑むしろ穣  麗的な将来の形成が選奨なことであることに反省を促された︒  

供給にづいては輸入差豊を別写れば︑生産が蓑閏警なる︒ここで生産笹ついて﹁最俗路の原則﹂がた  

てられる︒.例えば設備と鹿料が豊富であつてヰ他面石淡ないし労働力が不足であるとすれは︑計画は後者によつ  

そ滑刺されねばならぬ︒除路はたえず変動し︑したがつて計画の基底も変化をうけるので︑実際わ中央計画の技術  

は次の障路がどこであるかを遠かに発見すること 

供給にたいして要求が均衡をうる笹は長い交渉が必賓であつた︒つまり個芸統制部局は石空輸速力︒労働力  

等を計己の分野に多く配昔れること姦求し∵他面消攻を代撃る団侍義要はできるだけ多意の消登財な変  

壊し︑∵ここに要求の削減がなされねばならなか・つた?したがつて要求笹関する優先順位の決宝と︑係争についての  判定が必秦となる︒  

壷兜順位決息の扁として︑嘉漁の割当をみれば次のごとくであつた︵完四毒十盲︶︒   

て 

二︑1停車場・ドックの照明のため  

ニ﹁.農業生産経緯のため   

四︑衛生機関・恕察のため   

五︑畢襲軍需工場・化学工柴のため   

大︑戦争教典に恩大な兵器等の生産のため   

七︑戦争教具軋蓋大な他の産柴の建設のため   

(7)

督て資材の蘭分にあたら々濾∵忘襲虔﹂の格付が雷撃考︑偲芸統制層品和の求められぬとき忙は  

/ 怨轟廟がこれ匹判定をあた怠ば洩らぬ︒こうし妄の結果は︑予琴なわち数貴照警なり︑孟の穐顆に応  じ・耳三ケ月・単年・一年の期間について示される︒  

た乏ば消費の1︑国内消費の項では芝詳細に︑蚤が軍隊・莞・磯城︒靴等忙幾許づゝ割当てられるかゞ  

説明される︒  鹿別的な資源誓いての計画が︑捻嘉警れ芸体としての計画となる︒その調教ほ上位機開のなすところで  あり﹁牌芸統制局はその計画め実施にあた慕︑それは上位の省や決定横網蒜揺され従属する︒  由個別企柴笹たいす墓悪食の禁︒.姦の墓は数華期間姦警晶驚喜め指誉れ︑基な宗  の彗苦ける︒南棟墓蔑若蛋賢いても命令が与えられた︒この生産命令の英行という困難な仕漂︑    鹿播予堺の一例 

︷供 .給︶  

l︑国内年産   

2︑受配地域からの接待  

3︑輸  入 

オイ 

ケン●中央 

管理経済 の 

理論  

l−3︑今期の供給姶盈  

4︑薯痍からの供給  

l−4︑仝供給愚   ︵消  費︶   

1︑国内消贋︵用途別︶   

2︑支配地域の要求   

3︑輸 .出  

l・・ふ言︑今期の消費絶鹿  

4︑資本潜横   

114︑仝消費盈  

四三   

(8)

警手五巻 撃一言  

ヽ   

四四  

しばしばカルテル︑アリシ;ション等町産業組織によつて行われ七︒   

㈲管蒜たいする照合︒企業は三ケ乱毎︑月芸たは日昌ノ︑その在庫品と生産について野合がもとめられ︑  

統計局は冥際数と計画数澄を照合して﹂不足あればその原因を追求する︒   

要する統制局の首長はたえず〒渉を行わねばなあず︑計画の実行にほ不断の交渉︒闘争が伴い︑さらに実行の問  

に事情の変化が︑計画と生産命令の改訂を必襲とすることになる︒  

二︑指 導 機 関  

いま小規模の封鎖的な三十人から成る自足的象族経済を想定し︑人々は自己の消費する一計のものを生産し︑山  

人の支配者によつて統括指導されているとする︒こや場食の経済指導はつぎのごとくである︒   

指導者ほ︑日々︑生産襲素の結合方法を決屈する︒すなわち各人の衝く部署︵詮が軍畑に︑紡が森林に等︶︑各人  

の持つべせ道具︑土地・建物︒家畜・舷の利用方法︑また投資と蓄積についての決定をなす︒これらの決定につい  

ての評価は相互に俵存し合う︒   

計画老はたえず生選要素が︑これまでの使用と成典に好いて︑ゼの程度まで実際に社会の要求に慧ロしたかを検  

する︒これは将来の計画の基礎となる︒将来計画は過去の経験から英験的に樹てられるが︑それは甥轟および近い  

或は遠い将来の欠乏にたいする方策の仕事である︒  

分警数喜入から成る経済の場合にも︑それに応ずる仕事があるが︑しかしこの窃食紅は↓指導ほ個人の計傍  

虻よつては行われない︒ここでは﹁社会の必要という観点から∵慮済過程の十分な指導に最も適するような経済生  

活の払織形態﹂を発見することが任務である︒ドイツの例においては︑二点について中央管理経済の特色が認めら  

(9)

れた︒  

一︑計画と指導ほ全体の稔合的評価に基づく︒   

︵a︶ 中央管理担おける讃梯関︵局︶は︑統計表の計僅から轟きだされた稔件の評価を取掩う︒与れでは誰がそ.  

の評価を行うか︒最初転各局部的統制機関が拘当する︒皮革の例をとれば︑皮革統制局は使用薯自身の評価笹基づ  

いて︑さまぎまの使用者にこれを配給しょうとした︒他面消費者との交渉が生じ︑こゝ忙皮革統制局の評価と消琴  

統制庖の評価との問の調塾が行われるdその場合の評価ほ個々の単佗についでではなく︑大食について総合的にな 

される︒生産要素についての疏部局の指導と︑消壁材についての節制居の指導とに関するこのような掩合評価は︑  

裳に上位の疲開によつて統魔されて腐植の決告がなされる︒  

廃る忙実際にほこの順位の決定は常に完全にほ行われなかつた︒理由はその決定が元々未熟であり︑かつ個々の  

順位ほ観々典る必襲を内包していたこと︑またこの順位決定は個芸必襲が満足されれば︑その箪襲さを低く評僻  

したこと︑最後に補完財の供給が取上げちれなかつたことなどによるりそこで完四四年十二月乾いたつて中央計 

画局はこれを聯上げ︑欠乏虔が加わると弊に不完全な順位の決定によつては生産指導がいよいよ 

軍票魔の低い生産ほ削減または停止せねばならぬこと︑畢寮生産の順位が消費者に対する供給状態を考慮せずに共  

産物の焼野のみによつてなされることは不当であることを指摘した︒そして欠乏の加るときには単に優発根位によ 

ることがで.きず︑年産物が正当にその方向を矧てい温かどうかが塞要となり︑それについての検査が必要となる︒  

一九Ⅶ五竺月以後軋優偲順位は廃止されることになつた︒  

︵b︶ 

革とか石碑とかが割当てられるとき︑それほたえず他の用途における数基と此鯨きれ鳥︒問題が生ずれば上位横関 

\  

し、  

/   

(10)

が一般的に・究める︒   

︵e︶ 実際の生産と計画上の生産との比較をするために︑結輿と計画とが照合されるが︑然し其の経済計慣ほ   

存姦しえなかつたので︑果して経済的であるか︑修正を質するか︑生産襲来の段通魔の結合忙たいする答ほえら  

れない︒   

二︑︵a︶ 経済計算の級別九の阻隊   

交換経済の価格体系ほ︑単に需給関係︵欠乏慶︶の尺度とか計筒装置であるにとどまらず︑かえつて強制力の統制  

横棒を成している︒豪産野が売上率を超過すれば︑結局企業は修拝されるか閉償される︒ところが中央管理経済で  

の評価ほ︑これと興る役割をもつ︒戦時中ある地に一工場が作られ︑しかもこれは総合評価からみでも不適当な佗  

畳であり︑他地のエ場がはるかに有数に生産を行つた場合がある︒その場合には蘭薯への生産資材の割卦は不当な  

投盗であり︑他に載ずれば二倍有用なほずである・にもかかわらず︑な隠それが敢行された事例をみる︒すなわち棄  

換経絡では失敗すべきものが︑選択の日動作用をもたない中央管理経済では︑これが行われる︒したがつてこの場   \  

合の総合評価軋ほその昔後に何等の強制力も存しない︒   

︵b︶ これはいかに説かれるか︒中央管理経済では経済計甘が決定力をもたないのはなぜか︒   

完全な競争体制では︑生産費は周知のごとくいずれかの用途における要素の価値を示す︒生産は購買力をもつ帯  

要に適合せねばならず︑これが経済計算の無上命洪であり︑生産過程を支配するのは有数需賓である︒   

しかるに中央管理経済では全く異なる阻係が︑必要と儀給について存在する︒二者の紫囁関係ほ︑市場■において 

望然には瑚われない︒すなわち諸財笹たいする需要と供給は︑それぞれの計画をもつ個芸経済単位からは生じな 

い︒必要と生産指導とは︑いわば単一の手中に凝る︒計画局はまず石炭・パン︒象屋等の諸財の必要を決定し︑㌃    第二十五巻 第三考  

(11)

れら必蓼に1たいすか生産過程を給食評僻と生嵐秩序に琴ついて調峯すをしかし計画局はその道りになすとは限ち  

ない.︒なぜなら計啓局ほ方程式介料簡側に変数を加えることもでき︑その結誉た生産側に適合させられるこを コン 

トp−リンク・メキヤでさ  

なる︒消費者ほ中央管規を統制しむない︒⁚蒜の経済力は中央管嘩妃集中され︑これはなんウの規 制械柿 

にも鎗うものではないのである︒  思うに︑これは中央管理駐済踪とつて︑もし生産の目的が最大満足である限れは︑ひとつの弱点でおる︒反面︑  

価値と生産費の評鳳になんらの強制力も存癒しないということが︑同時忙またカの渡泉である︒けだしそれによつ  

て比絞的簡単に完全虜他をもたらすのであり︑中共管理経済璧生嵐費計堺監菰してその政治目的に食致するよ  

うな経瞬生薇をつくりだし㌢るからである︒  

三︑価格の役∴劉   

これ空一面から観祭しよう︒蒜ドイツの場合に価格はいかな薄役酎をつくしたか︒二はドイツの罷験︑は一般的  

檻なにを教えるか︒  

一︑ドイツの経済政貸は︑できるだけ間接的方法によつて︑経済通礎を統制しようとした︒そこでひとつの罫天  

な原則が旦てられる︒日ぐ二切の計画は最少の干渉をもつて経済に関する最大の指導放典をあぐべきこと︒個人  

企柴が訂毅の枚簡に協調するかぜり︑あるいは純然たる私益から出発しても︑それが国民の寮求と表する場合笹  

ほ干渉は不必要である﹂と︒その結典︑生産の中間過程にたいする患按統制をさけ︑手近かな方迭として価格が利  

用された︒   

︵A︶ 価格黍藍蒜企業の会引および利潤計甘を空し改善する︒特に軍需品の引渡しについては厳格な原価計  四七   オイケン︒中央管掘起済の現翰  

(12)

笥が指令された︒   

まず個別企菜の生産費が計欝され︑この生産費に基づいて価格が定められる︒利潤は原価にたいする誹定割合と  

されたので︑その結果は経済的に経営している企繋が利潤少く︑原価の高いものがその儀いものより利潤が多いと  

いう不合現となつた︒そこで一九四〇年に企発の経済的運営を促進するため︑別の価格計算法が導入された︒それ 

ほ軍需品の引渡しについて︑平均的企業の原価によつて材一価格を払うものであり︑そのために生産方汝の改善に 

よつて収益増加が考慮されることになつた︒   

しかし結局において︑価格が全体として経済生活を統制することは不十分であることの事実をいかんともできな 

かつた︒当時の価格は山九三六年秋の需給関係を示し︑価格の凍結で変更が禁止されてきたものである︒中央当局  

の計画が以前の需要におよそ応ずるものであれば︑価格関係はそのまま長く使用できる理であるが︑事実ほこれと 

異なつていた︒すなわち公共哉糞︒軍備投資が︑従前の常襲曲線と中央計画にょる必襲との問のひらきを大きく  

した︒鉄︒石淡・タイル等の価格が公定されているため︑中央当局の計画竪小されている必要と供給との関係を価 

格は示す役目をもたない︒このような価格による生産物・生産手段の計算ほ︑計画における必襲に過食するように  

生産要素を支配するカ溺ない︒かつ損益計常勤定と予堺は︑中央当局によつて計画された財の生産において︑生産 

要素が最廼度に結合されたかどうかを示しえない︒こうして企葉が畷終上で取上げる価格は︑需給関係の指示とは 

ならず︑したがつて価薇は経済関係を統制する機能を嚢失してしまつた︒   

︵B︶ このことは更隈東大な問題を生みだすことになる︒それは新らたに価格の公定が可能ではないかの問題で  

計る︒一九三大年の価格は︑ある特殊数魔の価格にたいする中央当局の絶食的評価を低下させる目的には︑用をな  

さなかつた︒しかしそれは新らしい価格によつて可経であつたのでほなかつたのか︒′その場含一つの方法が萄えら    第十五巻 第三尊  四入  

(13)

れる︒印ほ上級の機関が新らたに価格を公定することができぬか︒卸はもしそれが不可能ならば︑市場横棉の一時  

朋導入によつて価格を帯公定できぬか︒   

ドイツにおけるぶな材の例︒ぶな材は十九世紀を通じて︑ほとんど新茨用に集中されていたが︑最近五十年間の 

礫々なる発見によつて新用途が生じ畢要性を加えた︒クールを用いる良質か枕木︑家具調壁品︑セルマーズエ菜へ  

の如用等︒そこでこれらの′限りない用途に︑ぶな材をいかに配分して最適利用を実現するか︒ぶな材の釘付価格ぼ  

山九三二年以来変質なく︑他の木材↑他の諸価格に比べゼはるか忙低かつた︒特定の質愚の有数な利用を確保する  

には価格引上が合理的ではないか︒森林当局は度々価格引上を検討したが︑妥当な価格が発見されなかつた︒結局  

中央森林局は斬らしい価格の粗宋な観念をつくり︑粗宋な総合評価をなしたのであるが︑かかる給食評価からは︑  

少しも各単位の正確な価格は見出されなかつた︒要するに段な材の価格は判然せず︑その正しい判定は将来市場の  

快走にまたねばならぬと考えられたっそこで箪二の方法が間脳となる︒それは一時的軋木材価格を自由にすること  

であ偽︒然るに諸他の消費財産英の生産物価格ほ公定されている︒ぶな材の代用品の二切がそうである︒したがっ  

て木材を原料とするあらゆる薬品の価格ほ︑木材の苗場ぬおける要求と供給との関係を示さないbいいかえればあ  

る一部の財の部分的解放はなんらの意味ももたない︒ぶな材の需給関係を決定するには︑すべての市場および全体  

としての経済過程の相互依存関係が︑すべての価格の解放とすべての財の需給慶の決定を必要とすることになる︒   

ここで冨樫根本的な問題に到達する︒すなわちなぜで切の価格が解放されてなかつたか︒新価格で相対的需給虞  

を決定し︑中央当局の新らしい稔合評価を傭々の価格とすることができぬであらうか︒こわ過程ほ全く貸弊政策の  

毯由からドイツ政府によつて香定された︒それは︑価梅の一般的解放は新価格関係をもたらサにとどまらず︑イン  

フレ一骨ヨンの圧力によつて物価の暴騰とな勺︑貨幣の価値は著しく下り︑はげしい賃鎗攻勢となり︑貯蓄者の天  

オイケソ・中東管理走済の堪翰  四九 

(14)

\    五q  第十五琴 琴ニ.埠  

損失を招き︑兵器の生産費を高めるであろう︒かくして従前の価格へ′の執着と価格釘付によるインフレ制庄が︑筒  

国でなされたようにドイツでも独断的に経済政簡とされたのであつた︒   

しかしそれで少しもインフレ・−ションの庄カはなかつたと伽︑価格解放に反対する貨幣的焼払についての紛議が・  

存凄しなかつたと考えられようか︒自由価格は中央当局の給食評価にとつて代りえなかつたろうか︒たとえば︑⊥  

軍常会社が制品引渡しにより一千万の代金を受取り︑その畢朗を労働者に支払う止汁る︒彼等がこれを自由に日用 

品に支出すれば︑一そこには消費者全体からの評価が成立し︑これは中央当局の計画と対立する︒すなわち投資用珍  

よりも消費に物資は取られ︑中央計画と象計との対盟が亜じ︑根本問題に行当る︒  

︑それでは次の方放で︑中央管理経済の統制機構に価格を結びつけえないか︒中央管理は公定価格と共に消費.  

財を酬当てる︒この割当てによつて消費財の需潜は均等される︒しかし生産襲素には割当ては行われず︑企発着膵  

ナ﹂れを国衆当点正求め鳶生産葵索には価格がつけられ︑需要の大きさに応じて調重される︒この価格の調盤によ  

つて観給ほ均等し正確な原価計算が可能でほないか︒しかしこれほ生産要素にたいして︑各麓の統制局・計画部・  

戌終利用者力間に競争を生む?蘭例によれば遵兼の代衆者ほ馬具の革を求め︑エ柴の代表者は機械のために︑労御  

者は靴のために畢を求める︒また同様転鉄ほ︑手工貴著¢機械巣窟・運送柴者等々に求められる︒ところが噸に  

利用されうる畳は不十分であるから︑これらの各部分的統制根関の要求を︑命令ほ猫足しえない︒そしてこの競争  

ほ価格体系を通じて行われることになるであろう︒   

この流斬方汝は中央管理にとつては︑生産手段の管理をある程度にその手申から解放することであるから︑これ 

ほ問題とならない︒食槻−・袈造品についての価格公定︒・割当・投資計画において︑中央管理は草︒鉄が各の統制誤  

馬にどれだけ要求されるか︑また他の隠逸がどれだけであるかは判映せず︑それは後になつて現われる︒ 

(15)

卓段の割当てが︑取引や各部門の指値の決定にまかせられれば︑これは中央管理と異なつてくる︒たとえば︑た蔑   

たま比較的大愚の畢が盛業あるいは労傲者の靴に用いられれば︑機械のべ・ルド用が不足となり︑中央管理の生産計   

画ほ他の部門でみだされるぺそれゆ︑孔中央管理は盈要な点で生産車段の決定を価格に︼任することができず︑みず   

からこれをなきざるをえなくなる︒   

かくて各企業あるいは局部的な統制機関が︑それぞれ独立にその雫賓を決定し︑中央管理は財の需給慶に応じて  

価絡を決定することだけにとど掌れぼ︑中央背理の計画と企業ならびに部分統制との問に摩擦が生じ︑このことは  

価格機構をとどめて中央当局の命令によつて解決されればならぬことになり︑したがつてこの槌寛は適当な貸解放   

饗変則擁としても契際には行われえない︒顧争は脂率増進のために利用しきるが︑経済の軍費部門への方向を決定   

する機構としては︑中央当局の′廃止なくては通用されうるものではな.い︒  

四︑結論 の二三山  

⊥︑中央計画は︑生産の横準化と生産量準と形態とを蘭換する︒計詠当局ほたえず変化する無数の個別的必要を  

⊥々十分に取上げることはできない︒衣服や靴の多敵性に対応すること偲できず︑てれらを最も強く要求する人に  

供給することもできず︑また計画を変更する欲求に順応サるてともできぬ︒中央命令ほ︑生産と消費が図式化の薦  

せ加える′ほど︑益々容易に発しえられることになる︒   

消費者の必要ほ︑配給・割当てにょつてたやすく基準に一致させられるが︑個人選択の限りない窪別は排除さ・れ 

る︒  生産側面の単純化は滞費面に比べてはるかに困難をもつ︒無数の中小企柴ほ機械・部分品・原料等々に対して別  

五一   オイケン■中央管理題辞の理論 

(16)

々の要求を旬ち︑土れらを計画的に決定することは困難である︒限りない多様性をもつ中小企業を中央計画に順序  

させることは︑あらゆる点で乱雑が多く︑中央計画は︑少数の楔準庶料を用い︑少い生産過程による大愚生産の財 

正 

二︑計画はドイツの経験の場倉︑部門別の統制機関によつて立てられた︒皮革統制枚関は︑その部門の生産のた  

めに石盤・運輸満カをできるだけ擢保しようとする︒しかしこれは他の統制部門からも同様に賓求される︒そこに  

部門読制間の摩擦が生じ︑ことに労働力の併給について管しい︒その緒典中央の命令による裁決が必賓となるがそ 

れには時間がかかる︒この部門統制問の矛屑の有産は︑中央管理荘済の一特質ともいわるべきものであり︑いわげ  グ小Ⅰブ  

けノる物畳Ⅵ予算のバランスと考え︑これは次第監冗成されていつたものと解する︒蔀門別の統制問の交渉から︑や   集団如なアナアキイとも称すべきものがこの体系に内挺すると見られるのである︒   

三︑中央的統制方法埴︑競争経済の場合とは異なるところへ指導権が移り摘発家は後退する︒つまり消費者の必  

乗降応じセ供給し︑それによつて利潤をうる機会を見出すという在来の仕事が失われるからであり︑これに代つて  

技術象が企業︒計画部に進出して︑企党内部の技術面と商業面との摩擦を生む︒ドイツめ場合では技術象が優勢を  

占め︑さらにそれと並んで統計豪が罫硯された︒   

四︑最後に中央管埋窪済ではなんらか均衡がえられたか︒これを骨定する計画家は︑均衡をそれぞれの部門にお↑   

がて上位の統制による決定によつて成就されるとみる︒すなわち石放流制におけるバランス●シートの示す嶺と乾  

草統制におけるバラ′ンス・シートが示す石次の畳とが一致することになり︑さらにさまざまの慕業・農業匿おける 

誠.腐臭等の皮革晶の最が︑皮革磯伽の予塔と一致するにいたると考える︒d   

きてか㌢忙このようなバランスが実際に存廃したとしても︑それは経済的な意味で‖の均衡でほありえない︒間懸⁝    第二十五巻 第三号  五二   

(17)

は︑中央管軍産済の中に経済的均衡があらわれるか︑あるいはそれが存凄する傾向があるかの点に存する︒これは  

一つの困難尭辣題である︒けだし交換経済における均衡概念を直ち正そのまま中央管理経済に通用することができ  

ないからである︒交換経済でほ三健の典る均術の水準が区別される︒   

その一は︑垂独の家計ないし企柴にとつての均衡である︒中央管翠経済では象計のための均街は可能でもなく︑  

普た員櫻ともされない︒家計は餅極的にその巽東を主張することがでせず︑単に中央からの絵体朋な﹁全部的﹂割  

当てをうけいれるだけにとどまる︒その結晶は煙草が余り︒ハンに不足が生じ︑ゴッセン第二添則による意味の均衡  

膵かられない︒︵バセーネとその流れを汲む論者ほ︑個人所得者ほ中央当局から築鱒を受取りこれを自由に支出で  

号音の仮定に立つが︑もしこのJぅになればゴッセンの碍二添則および家計の均衡が実際に充たされる︒ただそ  

の時には国家はし経済紆指導を消費者に移し︑従って中央からの指導をやあるこ′止になる︒︶   

その二は企業における部分均衡も中央管理経済では不可能である︒各線の資産要素にとつて︑資本の限界収益の  

均等というようなことはいいえない︒換言すれば限界牧並の均等に′関する畠則とか傾向とかの存在ほ.考えられな  

い︒個別企菜は単に補助的決定をなすだけで︑計画当局からの生産要素の割当てに適応せねばならぬ︒また価々の  

苗場の部分的均衡の概念は︑中央管理経済でほ適用ができない︒︑例えば一都市においての適応関係について︑これ  

が市場での需給によらず割当てによるために商業麗辞的な意味の均衡ほなく︑したがって二つの独立した最として  

の需要と供給の平衡はなく︑中央当局の計画的要求に一致する供給が存擁するのである︒   

その三は仙膜的︒経済的均衡の概念と中央管理法済との関係はどうであるか︒︑問題は中央管理経済において︑す  

べての財にたいする生産過程すなわち牌々の場合における労働力と生産ヰ段の充当 

いして最適な藩ものを実現しうるかに在る︒ドイツの中央管理経済で玖︑かかる比例ほ実現されなかつた〝一つの  

五三   かイケン・中央管理経済の理論  

(18)

てドイツの場合についてみれば︑個々の企業や家計に立ちいつて観察するとき︑中央管理経済が必ずしもその  

計画者の意図した通りにはならなかつたことが伺われる︒企業はそれぞれに自己自身の補助的な・計腐を掲ってお  

り︑これ忙着日することは極めて富寮寄である︒   

たとえば一つの靴工場は皮革・石浜・電力の割当てをうけ︑一定の命令に従い一定品質の靴をつくる︒往々にし  

てある材料の不足や割当ての遅延が生ずる︒ここに一つの不均衡が生じ︑エ場ほ自己の問ストックや闇取引によつ  

てこれ濫対処した︒そうしなければ生産ができ庵かつた︒また中央計画はしばじば主要原料にとどまり︑他のもの  

は私的に調達ぎれた︒しかも計画当局自体においても︑企業の自助・報告されぬ手祷品の所有・企業自身の取引等  

惚計算泣入れていた︒したがつて企魔の私的計画はむしろ中央管琴経済を補足したともいえる︒   

こうみれば闇市場がつねに中央管理経済の眉的を妨審したと許することは正当でない︒逆に現代の主菜生産では  

企尭ほ余りにも多くの補助材料や部分品を必要とし︑管しい轢準化にもかかわらず︑中央当局はすべてを軌道にの  

せえないといわねば寵らない︒た支えば一機械工場.は指定通りの胡限に隼産を完了したが︑荷造用の釘不足のため  

粧発送が数ヶ月おくれねばならなかつた︒しかるに他のエ場でほ自ら交換によつて釘を入手した︒この稜の非合法  

的な行為は日常発生をみたのであるが︑これほいわば合法的計画を実行するための必要な補助となつたのであるパ  

勿論それがまたしばしば賓靂とな.つたことも事実であるが︒    第ヤ五添一条三尊  五四  

臨路が次の院路をよび起し︑往々にしてそれが一時にあらわれ︑こうして給食的な評価と計欝ほ︑この嗣盤を実現  

することができなかつたのである︒  

五︑補  

(19)

二︑一般的な東大開港︒そもそも近代の複雑東宝発生魔の如きものが中央管理のみ忙よつて指導されうるか︒放  

りに︼切の夷換行為と闇市場がス︑トツクの没収によつて完全に抑止された・とすれば︑中央管理は経済を指導しうる  

か︒近代工場は日々︑多埠頗の原料を異なる最において問いる︒かかる雑多の原料・資材・部分品・化学賽品等々  

が︑中央管理によつて適時●通患を割当てうるか︒中央管理経済の全体的指導におけるこのような計画ほ自滅的な  

ものでほないか︒不均衡は忍びうる限度にとどめうるか・∵   

この堤聞正たいしては︑ドイツの慮働から漉確答は 

らの原料や労働力の獲得があつたのであり︑審美の嶺授からほ︑闇市場の作用がなかつたら︑生産過趨がいちぢる  

しく聞魯されたことほ明白セある︒ドイナでほ初めから盗群が頻る形態のもわの混合であつたこと︑すなわち中央  

当局の命令笹反して行われる私寓交換雪中央管理経済が予定していた︒   

三︑次の点を指摘することほ許されよ㌢︒中央管嘩の経済計画は︑細分的統制の物盈的予堺のバランスから・成  

る︒このバランスから統計的均衡が展開されるやしかし総合的経済計堺ほ︑単疫最も粗宋なる生産費の測定を与え  

るだけであつて﹂中央管理経済によつての一般的・経済的均衡はもたらされない︒企業と象計は中央計画の枠内  

て交換によつてできる限り限界収益均等と個別的均衡の原理を冥現せんとし︑この補助的な自己の計画L行為佐  

よ・つて︑両者は中央管理の指導方法によるよ㌢もはるか忙均衡に近づくことになる︒︵未完︶  

\  

計イケツ︒中央管理経済の瑠諭   

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