1. はじめに
2. 高齢化の特徴と社会的背景 3. 福祉政策と施設介護の位置づけ 4. 施設運営事例からみる課題 5. おわりに
本稿では、 少子高齢化が急速に進行している台湾における高齢者福祉について、 筆者が継続的に 行っている高齢者福祉施設および関連行政担当者からの聴き取り調査を中心に、 台湾の高齢者福祉 施設の抱えている現状と課題をまとめ、 台湾における高齢者福祉政策の特徴の一端を明らかにする ことを目的とする。 なお本稿で扱うのは、 福祉政策と密接に関わる公立の高齢者福祉施設である。
なかでも公立としては対照的な救済型施設である内政部管轄の<老人之家>と医療ケアを受けられ る衛生署管轄の<護理之家>、 またそれらと比較するために公設民営の<安養院>をとりあげ、 こ の3施設の現状から台湾における高齢者施設と福祉政策との関連性を考察する1。
台湾における2009年9月末時点の総人口は23086万人、 うち65歳以上人口は2440万人、 高齢化率 は1057%である2。 台湾の高齢化率が7%を超えたのは1993年9月であるが、 1980年代には女性の 平均出生率が2人を割り込むなど、 少子化も進行し続けている。 2006年の合計特殊出生率は112人 で 「超少子化」 と呼ばれる状況になっており、 高齢化の進行に一層の拍車をかけている。
台湾の高齢化の特徴は主に次の3点にまとめられる。 第1に高齢化の進行が速いことである。 そ のスピードは欧州諸国をしのぎ、 高齢化率7%から14%に達するまでの 「倍加年数」 は日本と同じ
台湾における高齢者福祉政策と施設介護
城 本 る み
1 施設形態の分類等については本稿33で後述する。
2 2009年内政部重要統計指標 ( )
24年、 10%から20%への倍加も日本と同じ20年、 20%から30%にいたっては日本の19年に対し15年 といわれている3。 また平均余命も右肩上がりに延びており、 2008年統計では男性76歳、 女性82歳 である4。 今後少子化の進行により人口構造がかなり変化することが予測されている。 第2に経済 が完全に成長し成熟する前段階5で高齢化社会に入ったことである。 輸出依存型経済である台湾は 他国経済の影響を受けやすい特徴をもっている。 そのため福祉政策の制度設計も他国経済の影響を 受けやすい状況にあるといえるだろう。 第3に中国との内戦状態のあと、 軍人を中心とする外省人 が台湾にはいってきた経緯などから高齢者の人口比に偏りがあり、 ケアを必要とする男性高齢者人 口が多いことが指摘されている。
このような特徴をもって高齢化社会にはいった台湾の特殊性としてとりあげられるのは、 高齢者 世代の子女との同居率の高さである。 内政部が実施した2005年の高齢者調査によれば、 65歳以上高 齢者の理想とする居住形態は 「子女との同居」6 で高齢者全体の599%を占め、 次が夫婦のみの居 住形態を希望する者で200%となっており、 施設入所を希望する高齢者は2%にとどまっている。
しかし高齢者が実際にどのような居住形態で生活しているかを調べてみると、 三世代同居は378%、
二世代同居が225%、 配偶者のみが222%、 独居が137%となっており、 これら実際の生活形態と 理想とする居住形態との相関は不明である。 また独居高齢者の6割は未婚者という特徴ももってい る7。 また内政部の2000年調査によれば、 台湾で自立生活が困難で長期介護を必要とする者はおよ そ338000人、 うち539%が65歳以上の高齢者で占められており、 その数は約182351人、 高齢者総 数の97%にあたるという8。
1949年に蒋介石率いる国民党政府が一党独裁の統治態勢をしいて以降、 台湾はその社会内部に原 住民9、 本省人、 外省人という複雑な構造を抱えることとなり、 それによって人々の職種や社会階 層が規定されてきたという特徴をもっている10。 また近年ではそれに外国人労働者や婚姻移民と呼 ばれる外国人配偶者が加わり、 社会内部に多様なエスニシティを抱え、 社会構造の複雑化が進行し ている11。 2009年9月統計によれば、 台湾における中国大陸12、 香港・マカオ籍の配偶者は283万人、
外国籍配偶者143万人を抱え、 台湾以外を出身地とする配偶者総数は426万人を数えている。 また 東南アジアを出身地とするブルーカラー層の外国人労働者は2008年末統計で男性126万人、 女性
3 : !!"#$(内政部資料より抜粋)。 2017年には高齢化率14%、
2025年に高齢化率20%に到達する予測が出ている。
4 同時期の日本人の平均余命は男性79歳、 女性86歳である (%&'(資料)。
5 台湾の2008年の)(*は3845億米ドル、 1人あたり)(*は17576米ドルである (行政院主計處)。
6 これには配偶者、 子女とその子供が含まれており、 三世代同居形態を指している。
7 内政部 (2005) 老人状況調査報告 68+70頁、 28+32頁
8 2008年10月に行った内政部聴き取り調査資料より。
9 原住民は現地語であり、 先住民族のことを指している。 本稿ではそのまま使う。
10 こうした特徴 (社会階層) と社会保障との関連分析についての検討は林成蔚 (2003) (2004) を参照。
11 この点についての見解は金戸 (2009) と同じである。
12 本稿では以下、 中国語で<大陸>と呼ばれている中華人民共和国を中国と呼称する。
190万人である13。
経済面では歴史的経緯のある日本やアメリカとの関係が深く、 とくにアメリカ経済からは直接的 な影響を受けてきた。 近年では中国への投資が増え、 現在中国に進出した台湾企業は5万社、 中国 駐在員は100万人を数えると言われており、 2008年の中国への投資は1069億米ドル (643件)、 輸出 額は7398億米ドルである14。 そのため現在では中国との経済関係が台湾の失業問題や経済成長率に 大きな影響力をもつ状態となっている。 また台湾への外国人労働者の送りだし国となっているイン ドネシア、 フィリピン、 ベトナム、 マレーシア、 タイなどの東南アジア諸国への投資も盛んに行っ ている。
中国との関係でいうと、 国民党軍が台湾に敗走してきた際に移住した軍人および民間人は100万 人をこえるといわれており、 そのため現在の人口構成のなかで特に高齢者人口における男性の未婚 比率および子女のいない比率が女性よりも高い15ことが特徴のひとつでもある。 近年台湾との経済 格差を利用した国際結婚が増加し、 外国籍花嫁が配偶者としてよりも実際には介護を担うという形 態の増加も報告されている16が、 これは台湾特有の歴史的経緯もその背景 (誘因) になっていると いえよう。
台湾で戒厳令が発布されたのは国民党軍が国共内戦に敗れた1949年、 それが解除されたのは1987 年である。 その後1992年の国会の全面改選をもって台湾の民主化はいちおう起点に立ったと言われ ているが、 この1992年に台湾は法整備を整え、 外国人労働者の受け入れを正式に開始するのである。
その後順調に民主化と経済成長が続くかに思われたのち、 1997年のアジア通貨・経済危機を経て、
国内の雇用問題が大きくクローズアップされることとなる。 台湾の加盟が承認されたのは中 国と同じく2001年であり、 前述したように中国と台湾は経済関係を緊密化させていく。
台湾の社会保障制度については先行研究の蓄積がある17。 ここでは詳述しないが、 筆者はとくに 以下の2点に注目している。 まず台湾における福祉政策が長期にわたり救済型福祉の様相を呈して きたことである。 1949年以降の台湾では、 「軍・公・教」 と呼ばれる人々、 すなわち軍人、 公務員、
教員という特殊な人々のみが対象者とされ、 一般労働者や農民は福祉の対象外に置かれたまま職種 による福祉の選別が行われてきた。 一部の人々をのぞき、 救済を必要とする状況 (身寄りや職がな いなど) におかれない限り、 多くの人が公的な支援を受けることなく自助を基本とする生活を送っ
13 これは政府統計でホワイトカラー層とは区別して登録されている<外籍労工> (外国籍ブルーカラー層労働者) 数で あり、 非合法の滞在者等は含まれていない。 また家事に従事し、 非労働力とされている女性43000人も含んでいない。
実際にはこの家事従事者も自営中小零細企業の手伝いと称する就労をしている (家内労働者) といわれ、 台湾にお ける<外籍労工>は一般に35万人と言われることが多い。 なおここまでの数値は内政部2009年統計資料による。
14 21世紀中国総研 中国情報ハンドブック2009年版 506507頁
15 台湾に逃れた軍人は50〜60万人という説が多いが諸説ある。 軍人は結婚に制限があったため、 未婚者が多いと言われ ている。 2005年調査 (内政部 老人状況調査報告 146150頁) では、 65歳以上高齢者の未婚者割合は男性1095万 人の242% (26494人)、 子女のいない者は375% (41055人)、 女性1094万人のうち未婚者059%、 子女のいない者 は101%となっており、 どちらも男性のほうが女性より4倍ほど多い。 安里 (2008:61) によれば、 2003年時点での 退役軍人の独身比率は184%、 台湾男性の79%の倍近い。
16 たとえば神田外国語大学の研究プロジェクト報告 (奥島・安里・横田2008) などでは、 退役軍人や障碍者の花嫁と して迎えられた東南アジアや大陸出身者との国際結婚が介護者確保のための手段となっていることが報告されている。
17 日本語で書かれたものとしては、 たとえば林成蔚 (2003) (2004)、 陳小紅 (2009) など。
てきたのである。
第2点目として、 台湾は福祉が政治動向と密接なかかわりをもっている点において他国よりも特 徴的なことである。 台湾では80年代以降の民主化後、 ようやく福祉に目が向けられるようになり、
とくに選挙制度の整備とともに選挙公約の道具として福祉向上がうたわれ、 福祉が政治に利用され てきた側面が強い。 またそこで検討された内容は、 それまで選別されてきた人々との格差を埋め、
調整をはかるための方向性で考えられてきている。 林の言葉を借りれば、 「国家再編の過程におい て、 台湾国家は社会的ニーズに 「応答」 することによって存続を図り、 新たな福祉国家の形成に繋 がった」 のである18。
ここでは台湾の高齢者福祉政策の特徴を概観し、 内政部と衛生署19への聴き取り調査の結果に基 づき、 近年の高齢者福祉の動向の中で施設介護がどのように位置づけられているかを検討する。
台湾政府は1980年に≪老人福利法≫20を制定、 1997年にそれを全面改定し、 2007年7月にはさら に修正が行われている。 現在台湾で高齢者に関する政策の中で基本となっているのが、 この97年≪
老人福利法≫である21。 この改正新法で特筆すべき点は、 法律によって扶養義務が規定されたこと、
また親の扶養を放棄した場合の罰則規定がもりこまれていることである。 さらに三世代同居家庭は 住居の優遇を受けることができるというのもひとつの特徴である22。 すなわち高齢者扶養の責任は あくまでも高齢者個人およびその家族にあり、 行政の責任としては無認可施設の取締りが明記され ているだけである。
高齢者福祉との関連で影響が大きいのが1995年から実施されている国民健康保険制度である。 こ れはそれまでの社会保障制度における医療部分をすべて統合させたものであり、 患者の一部負担を もりこみつつ国民皆保険を実現させたものとして特筆される。 この健保制度は導入後、 台湾人に比 較的評価されているものの、 制度開始後何度か赤字に陥り、 財政改革を余儀なくされている23。
18 林成蔚 (2003) 6667頁
19 内政部は日本の総務省、 衛生署は厚生労働省に相当するといわれているが、 労働問題は主に労工委員会が扱っている。
20 一般的に日本語では 「老人福祉法」 と訳されることが多いが、 中国語の福利は若干日本語とのニュアンスが異なる。 本 稿ではできるだけ原文を生かし、 本文中で中国語原文を使う場合は< >もしくは≪ ≫を用い、 日本語訳の場合は
「 」 を用いて区別する。 42の聴き取り部分は、 もとが中国語であるため< >を用いず、 そのまま表記する。
21 2007年1月の≪老人福利法≫の修正に関連して、 この年の7月には<私立老人福利機構接管法><老人福利機構 評鑑及奨勵法><私立老人福利機構設立許可及管理法><老人福利機構設立標準>なども修正されている。
22 徐明は97年新法の特徴を80年旧法と比較し、 「家族扶養前提」 「現金給付重視」 「予防理念の欠如」 という3点にま とめている (徐明(2007) 189194頁)
23 職種ではなく収入に基づいての保険料徴収、 賃金収入のみならず収入総額での計算、 世帯収入での計算、 雇用主と政 府責任の明確化などの改革構想がだされたが、 2008年5月以降、 保険料徴収に関する調整を見合わせているという (陳 小紅 (2009) 148149頁)。
また高齢化の進行している台湾では、 2007年3月に在宅介護を主軸とする 「長期介護10年計画」
が策定され総額817億元 (新台湾ドル) の資金が投入される予定である。 後述するが、 この計画の 全体的な方針は在宅福祉を中心とし、 コミュニティケアと施設ケアはそれを支える両軸に据えると いうものである。 介護予防にあまり重点を置いていない福利法に対する批判に応え医療費を削減す る目的もあり、 法令に高齢者の健康維持に利する内容ももりこまれた。
2008年10月1日からは退職保障のない人々に対する国民年金制度が始まっている。 健康保険制度 は95年に皆保険制度として実施することができたが、 年金制度については当初1999年実施予定であっ たものが地震被害や陳水扁政権発足後の与野党論戦など政治的な影響を受け、 2008年まで実施が延 期されたのである。 また行政院経済建設委員会が 「長期介護保険制度」 を準備中であり、 2010年末 までには立法院の審議を終え、 2011年から正式に実施する予定となっている。 介護保険については 現在も議論継続中であるが、 税金を財源にするのは反対意見が多く、 保険方式になる可能性が高い と言われている。
高齢者福祉の主財源は税金であるが、 台湾では福祉財源に公的な宝くじの売り上げがかなりあて られている。 日本では少子化の深刻な進行と年金未払い者の増加から消費税を値上げし、 国民全体 が負担する形の年金の在り方が模索されているが、 台湾でも年金財源としての消費税議論がないわ けではない24。 しかし財源としては<公益彩券>25 (福祉宝くじ) の売上から一定割合で年金に使わ れている状況である。 高齢者や障碍者が街で売っている宝くじの収益は用途が決まっており、 50%
ほどが国民年金にまわされている26。
福祉宝くじの管轄は財政部である27が、 宝くじの購入者が増えれば、 福祉もよくなるというのが 基本的な考え方であり、 年金以外にも基本的には福祉財源として使われている。 地方自治体の福祉 にまわされることもあるが、 地方自治体に使う金額は行政院が財政部に対して、 どの地方自治体に いくら回すかという割当を最初から指示しており、 地方自治体からの申告制ではない。 宝くじの売 り上げは自治体によって異なるが、 この運用益が多いところにはその分多くの補助金が分配される ことになる。 たくさん売れた地域ほど福祉財源が大きくなる28。 また<統一発票>29を自分のために 集めて使う人もいるが、 使わない人はスーパーやコンビニの寄付箱にいれ、 それが社会福祉団体の
24 台湾の消費税は内税方式で5%、 サービス税は外税で10%である。
25 大陸では<福利彩票>という福祉財源を目的とする宝くじがある。 台湾で売られている<公益彩券>は1種類の みで、 <公益>とついているため性質的には福祉のための宝くじと考えてよい。
26 内政部の担当者は台湾人が比較的この宝くじを街角で購入しており、 福祉財源として有効であることを強調して いたが、 聴き取りを行った老人之家では売り上げ減少が補助金に影響していると述べている (42参照)。
27 中国大陸では民政部の<社会福利処>という部署が自分たちで<福利彩票>を販売しており、 扱いは台湾とは異 なっている。
28 したがってこの宝くじを購入する際は、 自分の生活地である地元で購入するほうが地元に還元できるという理屈 になる。 また結婚式などの余興で歌ってくれた人へのお礼や結婚の祝儀袋にロトを1枚同封するということもよ くみられる。
29 公的な領収書という解釈をされることが多いが、 実際には少し異なる。 台湾の営業税はインボイス方式が採用さ れており、 このインボイスに相当するのが税務署より購入する統一発票である。 それぞれの統一発票には連番が 付されており、 この連番について2ヶ月ごとに政府による賞金くじがおこなわれている。 ここで言われているの はこのことである (参考資料:「中華民国台湾投資環境案内2003/2004年度版」)
ために使われるというような福祉貢献の形も台湾独自のものである。
30
台湾における現在の高齢者政策は高齢者に対する経済的支援と健康維持のためにさまざまなサー ビスを提供することが主眼におかれている。 健康な高齢者にはできるだけ老人クラブのようなもの に参加し活動してもらうことを目的に策定されており、 2007年から開始された 「10年計画」 の中心 理念は 「障害のある高齢者に対するケアを手厚くすること」 にある31。 経済保障の面では2008年10 月から始まった年金政策により、 高齢者のおよそ8割がなんらかの経済的保障を得ることになっ た32。 年金保険料の納付は退職金保障のない25歳33から65歳までの者となっており、 これにより無収 入の主婦でも3000元 (月額) は保障される。 3000元は現段階では貧困層などに対する最低生活保 障額と同じである。
台湾政府は2004年に委員会を発足させ 「10年計画」 の施行までに3年以上を費やして検討してき た。 議論の段階ではアメリカ、 ヨーロッパ、 日本や諸国など様々な国のこれまでの経験を参 考にしている。 なかでも日本とドイツについては参考にした部分が多かったといわれている34。 こ の計画を作る際に台湾政府が日本を参考にした理由は、 同じアジア文化圏であること、 日本の高齢 化の進行が早く台湾と同じ状況であること、 また社会的需要や文化的背景も似ている側面が大きい との判断が働いたからだという。
この 「10年計画」 でまず目指されたのは、 高齢者サービスのネットワークを確立することであっ た。 中央政府、 地方自治体にかかわらず、 それぞれがこれまでにもっていた高齢者サービスにかか る経費項目やサービス項目 (内容) などを行政院管轄下にまとめる作業をしたのである。 また地域 コミュニティにケアセンターを設置し、 地域による社会的ケアが可能になるようにし、 ケア内容を 8項目のサービスにまとめ、 統一性のあるサービスが受けられるよう平準化した。 どこにいても一 定水準のサービスが受けられることを重視したからである。 この計画の大きな目的の1つがコミュ ニティケアを発展させていくことであり、 それを実現するネットワーク構築のための計画である35。 行政担当者への聴き取りの中で、 こうした近年の取り組みに対して明らかになった懸案事項は以 下の2点である。 まず第1点は財源問題である。 介護保険について、 台湾の制度設計者は日本の介 護保険の問題点は把握しており、 日本の制度を参照しながらもすべてを取り入れたわけではないと いう。 たとえば健康保険は皆保険制度にしたもののやはり財政上の問題は大きく、 介護保険を始め
30 制度内容の詳細については紙幅の関係で割愛し、 ここではその特徴のみにとどめる。
31 2008年10月に行った内政部社会司の聴き取り調査による。
32 当初は全国民を対象とする年金となる予定だったが、 結果的に退職保障のない353万人に限定されたため、 今後の 運用を懸念する声も強い。 また今後少子化の進行により人口減少が続くようであれば、 当然徴収額の値上げもあ りうるという。
33 25歳という年齢設定は大学卒業後2年くらい働き、 ある程度経済的に安定してから納付開始という考え方である。
また制度設計段階では男性に1年間の兵役義務があること (2009年に2014年からの廃止が決定) も関係していたと 考えられる。
34 特に参考にされたのがサービスネットワーク、 介護保険、 高齢者の健康促進などの部分である。
35 2008年11月に行った行政院衛生署護理及健康照護處での聴き取り調査による。
ると健康保険よりも財源が大きな問題になることは懸念材料としてかなり議論されている。 高齢化 の進行とともに医療費が重い負担となってくることが想定されるからである。 高齢者が健保を頻繁 に使うことになると財政が圧迫されるため、 介護保険を同時にやっていけるのかという現実的な問 題が派生する。 2011年の介護保険制度の実施にむけて、 その設計については現在も専門家による議 論が続いているという。
第2点目は人材不足である。 10年計画の実施に当たっては医療分野の人材よりも、 介護ヘルパー の不足が深刻な問題として存在している。 現在は台湾人ヘルパー不足を外国人ヘルパーの雇用によっ て補っている36が、 この10年計画の中でも政府は台湾人ヘルパーの育成を進め、 外国人ヘルパーに ついては制限的な受入れにとどめたい方針を明らかにしている。 現実的な問題として、 ヘルパーの 育成は進んでおらず、 人材が足りなければ制度が整備されても介護問題が根本的な解決は困難なも のとなることが予想されている。
台湾の高齢者福祉施設は施設形態によって、 所轄官庁が異なっている。 内政部が2007年7月に発 布した≪老人福利機構設立標準≫第2条によれば、 高齢者福祉施設は以下のように分類されてい る37。
(1) <長期照護機構> (長期ケア施設) …これはさらに以下の3つに分類される
a. 長期ケア型:長期慢性病に罹患し、 医療サービスを必要とする高齢者を対象とする b. 養護型:自立生活能力に欠け、 ケアを必要とする高齢者、 あるいは経鼻管、 導尿管など
の医療サービスケアを必要とする高齢者を対象とする
c. 認知症ケア型:神経科あるいは精神科の専門医師によって中度以上の認知症と診断され、
行動はできるがケアを必要とする高齢者を対象とする
(2) <安養機構>…ケアを必要とする、 あるいは扶養義務を負う親族がいない高齢者または扶養 義務を負う親族に扶養能力がなく、 かつ自立生活能力のある高齢者を対象と する
(3) その他の老人福祉施設:高齢者にそのほかの福祉サービスを提供する
高齢者施設として医療サービスを提供できる施設は病院の<慢性病床>と<護理之家>38である。
<護理之家>は一般に病院附設の下部組織形態をとっているものが多いが、 独立型のものもある。
<護理之家>は衛生署が管轄しており、 依拠する法律も≪医療法≫および≪護理人員法≫である。
36 2008年9月時点で、 外国籍の<機構看護工> (施設雇用ヘルパー) は8192人、 個人の家庭で雇用されているヘル パー<家庭看護工>は154975人、 家政婦が2549人であり、 10年前に比べて23倍の伸びとなっている (2008年労委 会の聴き取り資料より)。 また実際に高齢者介護に携わっている外国籍ヘルパーは台湾人ヘルパーの24倍にあたる (内政部 老人状況調査報告 9293頁)。
37 戴章洲・呉生華 (2009) 老人福利 心理出版社 207頁
38 <慢性病床>は日本の老人病棟、 <護理之家>は老人保健施設に相当するといわれることが多い。 機能は類似し ているが若干異なる。
したがって監督官庁も衛生署となっており、 <評鑑>39の実施も衛生署が行う。 また<護理之家>
でなにか問題が起こった場合の相談先も衛生署であり、 内政部ではない。
一方、 行政院内政部所管であるのは<安養機構><養護機構>である40。 <養護機構>は<安養 機構>附設となっているのが一般的であるが、 独立型のものもある。 また行政院国軍退徐役官兵輔 導委員会管轄の栄民病院の慢性病床および<栄民之家>41における安養床、 さらに所管官庁のない 私設の高齢者施設もある。
2008年6月末時点で、 内政部の認可を受け管轄下に置かれている施設は<安養機構>44施設、
<養護機構>937施設、 <長期照護機構>41施設である。 これら1022施設の収容可能ベッド数は 51825床、 収容実数37618人で、 ベッド稼働率の平均は726%である42。 現在のところ台湾では高齢 者福祉施設の運営に営利目的の民間企業の参入は認められておらず、 介護のための福祉施設は財団 法人などの形態をとる非営利団体によるものだけが運営を認可されている。 そのためこの分野にお ける民間の参入はかなり遅れているが、 近年では高齢者向けマンションなどに大手企業グループが 参入しており、 日本でケアハウスの経営開発を行っているグループとの技術提携も行われている43。 台湾における高齢者福祉施設は、 これまで措置制度に近い形で機能してきた。 すなわち施設入所を 選択する人々はあくまでも 「扶養義務者のいない経済困窮者」 に限られてきたのである。 前述した
「長期介護10年計画」 のなかでまとめられた8項目のケアサービス項目のなかで、 施設ケアに関する 部分は1項目のみである。 すなわち重度の障碍を抱え、 家庭の全収入が社会救助法における最低生 活費の15倍に届かない者は、 介護施設の入所に際して政府から全額補助を得られるというものであ る。 また中度障碍者で同じように最低生活費の15倍に達しない者の入所には補助金が支給される。
「長期介護計画」 と名のつく政策において施設ケアに関する部分が1項目にすぎなかったという のも台湾の福祉政策のありかたとしては注目すべき点であろう。 この 「10年計画」 の中で扱われて いるリハビリや給食、 送迎サービスなどはすべて在宅ケアを主眼においてつくられたものであり、
施設ケアについては 「介護を担ってくれる家族のいない人」 を対象に作成されたものである。 施設 ケアについては救済型中心ではあるもののそれなりに運営の経験蓄積があるが、 コミュニティケア についてはこれまで台湾には基盤がなかった。 そのため、 この 「10年計画」 ではその基礎をつくり、
デイケアサービスや在宅介護をしている家庭支援、 送迎サービスなどをもりこみ、 それらもすべて 在宅介護のネットワークとして生かしていく方針をとっている。 すなわち台湾政府はあくまでも在 宅介護を中心に据えた計画を立てているのである。 行政担当者にその理由を尋ねると、 「高齢者自
39 いわゆる外部評価である。 内政部は2000年に<老人福利機構評鑑実施要点>を制定しており、 内政部管轄の施設 に関する評価指標を公表しているが、 <護理之家>についてはこれが適用されない。
40 <安養機構>は日本の養護老人ホーム、 <養護機構>は特別養護老人ホームと訳されることが多いが、 実態は少 し異なっている。 英訳は一般に (安養機構)、 (養護機構)、
(長期照護機構) とされている。
41 栄民とは栄誉国民を略した言い方で、 国民党軍の退役軍人を指す。 彼らには専用病院や専用介護施設が準備され ており、 軍人年金も支給されている。 もともとは外省人のみを対象としていたが、 現在では本省人の職業退役軍 人も対象に含まれている。
42 2008年10月に行った内政部社会司聴き取り調査による。
43 野村総合研究所台北支店 (2005) 中華民国台湾投資通信 「台湾のシルバー産業 (下)」 116
身も7〜8割がやはり在宅で介護されることを望んでいるから」 という答えが返ってきた。 施設を 選択するのは残り2割程度で、 「やむを得ない選択肢」 としての施設介護が位置づけられているの だというのが行政側の見解である。 福祉施設の多元化についても、 「コミュニティケア拡大の延長 線上にある」 ものとして考えられているようである。
2009年11月に更新された内政部資料によると、 現在の244万高齢者のうち、 必要とされている施 設ベッド数は70019床、 それに対して総供給数は90583床となっている。 しかし供給状況は地域差 が大きく、 地域によってはベッド数が不足しており、 とくに台北市では不足数が1753床と他地域 よりも顕著である44。
1990年代には無認可施設が急増し、 その数は3万床にも達した。 この無認可施設急増の背景には、
公的サービスや認可施設の不足、 公的サービス利用対象者の制限、 民間認可施設の利用料の高さが あったと指摘されている。 97年に無認可施設での火事による高齢者の犠牲が報道されたことにより、
97年の改正≪老人福利法≫の無認可施設の取締りが後押しされ、 現在ほとんど無認可施設はないと いう。 しかし行政による現行の施設設置基準は建築上の安全面に配慮したものが中心であり、 ケア の内容やその質に踏み込んだものはほとんどみられない。 また施設の<評鑑>態勢も形式主義的と いわれており45、 この点からも台湾における介護事業のなかでの施設介護の位置づけは相対的に低 い位置にあると総括できよう。
ここでは、 内政部管轄の公設公営施設として【B区老人之家】、 衛生部管轄の公設公営施設とし て【T大学医学院附設B分院】 (護理之家)、 また内政部管轄の公設民営施設46として【台湾省N安 養院】の聴き取り調査から福祉政策との関連部分を抜粋する47。 これらは公立のものとしては代表 的な性質をもつ施設であり、 ここから見えてくるのは、 それぞれの運営形態による経営状況の違い と政策との密接な関係性である。
48
<B区老人之家>
!"#$%&'()*+,-./0123'
44 全国老人福利機構資源分布表 (2009年11月16日更新分) 内政部社会司ホームページ ( 040707)
45 徐明 (2007) 212214頁
46 もともとの設置は行政が行い、 運営は社会福祉関連の非営利団体に委託されているもので公的な色彩が強い。
47 各施設には2006年から数回訪れている。 忙しいなか長時間にわたるインタビューに快く応対し、 かなり踏み込ん だ質問にも丁寧に答えて頂いた。 また施設内もくまなく案内して頂いた。 記して深謝申し上げる。 インタビュー 内容の詳細については別途、 科研費報告書に全文を掲載予定にしている。
48 ここでは 「施設沿革」 「収容条件」 「申請過程」 「入所費用」 「入所状況」 を中心にまとめた。 この後踏み込んだイ ンタビュー内容にも言及するため、 本稿では住所や固有名詞についてはイニシャル表記を用い匿名とした。
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49 <低収入戸>とは、 低所得世帯であることをいう。 これらの人々への生活補助費支給額は地域によって異なり、
2007年度の最低生活費水準の月額は台北市で14881元、 高雄市10708元、 台湾省で9509元となっている (内政部資 料)。
50 ここでいう元は新台湾ドル () を指す。 聴き取りを行った2008年時点のレートは1≒32円である。
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公設施設として以上3つの施設では、 (Ⅰ) 老人之家は身寄りのない低所得者 (一部自費入所あ り)、 (Ⅱ) 護理之家はそれなりの収入はあるが寝たきりを中心とする重症患者、 (Ⅲ) 安養院は低 所得の認知症患者を中心に受け入れていた。 (Ⅰ) と (Ⅲ) は低所得者が多いため、 政府から入所 者個人に対する費用補助が行われている。 (Ⅱ) は医療施設としての機能をもっていることもあっ て費用は安くないが、 もともと経済的にも恵まれた教育関係者など、 入所者の現役時代の社会階層 がそれなりに高いところに特徴がある。 またこの施設は病院の下部組織であるため医療ケアが充実 している点が他所とは異なっている。
スタッフについて、 (Ⅰ) は発足時に寝たきりの入所者を受け入れない形で発足しているため看 護師不足は慢性化しているが、 入所者の7割は自立生活が可能な入所者であるため、 多くの人手が 養護課のほうにとられているとのことだった。 (Ⅱ) は重症者が多いこともあるが、 56人の入所者 に対しヘルパーとは別に11人の看護師が配置されている。 (Ⅲ) は外国人ヘルパー28人を寝たきり 患者の介護専門にあてている。
「公設公営」 施設に共通する大きな特徴のひとつは、 外国人ヘルパーを雇用していないことであ る。 (Ⅰ) は近隣の原住民を雇用して外国人は雇用しておらず、 (Ⅱ) もまったく雇用していない。
(Ⅲ) はキリスト教を母体とする財団法人として運営されており、 修道女がフィリピン人であった 関係でフィリピン人ヘルパーを28人雇用している。 一般に公設公営の場合は、 衛生局が外国人ヘル パーの雇用認可を下さないことが多く、 申請そのものをしない施設が多い。 ひとつには政府からの 補助金がおりているので、 コストカットを重視するよりもトラブルが発生した場合の責任を避ける 傾向が強く、 施設そのものが外国人ヘルパーの雇用を避ける傾向が強いことがあげられる。 そのた め本稿では外国人ヘルパーの雇用に関しては扱わず、 公設施設ならではの問題をとりあげることと する52。
それぞれの施設の聴き取り調査から、 (1) 資金面、 (2) 人材面、 (3) 入所資格等の3点の現状を 施設ごとにみていく。 現場の生の声を伝えるために、 インタビュー内容をそのまま再現する形で掲 載する。
51 40歳以下の入所者が40名おり、 20代も4名いる。
52 高齢者福祉施設における外国人ヘルパーの雇用問題に関しては別稿で扱う。 台湾のケア労働に携わる外国人ヘル パー問題に関してはすでにいくつかの先行研究があり、 安里らが実証研究を行っている。
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42でみたように (Ⅰ) のような社会の底辺層にいる高齢者の救済的役割を担ってきた施設では、
経費削減が人件費と食費に直結し大きな影響を受けている。 また (Ⅰ) や (Ⅲ) のような医療資源を
持たない施設では、 高齢者の医療費にかかる負担が重くのしかかっている。 医療資源を持たないにも かかわらず、 現状では救済的性格の施設が病を抱えた高齢者の終末期を看取ることになり、 介護だけ でなく施設が背負う経済的負担もかなり大きい。 その意味で (Ⅱ) が特殊な形態であることがわかる。
政府からの補助金の多くはハードメンテナンスに使われているようだが、 どの施設も建物の老朽 化は進んでいた。 (Ⅱ) は病棟の高層階2フロアを護理之家として使用していたが、 (Ⅰ) や (Ⅲ) は都心からは離れた場所に位置している53。 そのため敷地面積は広大であるが、 建物の改修となる とかなりまとまった資金が必要となるため、 なかなか予算がつかないという悩みを抱えている。 措 置入所的な施設は敷地に恵まれ規模は大きいが、 郊外に位置していることが大きい。 今後これらの 施設がその形態を変えることになる場合、 とくに (Ⅰ) では施設の合併や施設機能の転換が見込ま れるが、 地理的な問題は入所者側にとっても施設にとっても不利な要素として働く可能性が高い。
また (Ⅲ) においても家族の宿泊施設は設けられているが、 郊外にあることで入所者の家族が頻繁 に面会に来ることの障害になっている。 施設介護の今後の展開を考えるにあたって、 場所の問題は 大きな要素となるだろう。
公営施設の運営は公費でまかなわれているため、 その経費が削減されていくとしわ寄せはすべて 入所者の家族に帰結する。 (Ⅲ) でも補助金が減らされると家族の差額負担金は必然的に増えるこ とになる。 また低収入戸の補助金については、 その人がどこに居住しているかによってその地方政 府の経済力がモノを言う。 (Ⅲ) のような認知症専門施設は台湾全土から入所者が集まっているの で、 その人の出身地の役所によって補助や支援態勢などが異なるケースがあるという。 まったく家 族がいない場合や、 近親ではなく遠縁であっても同居しているなどの場合は、 必要とされるケアも 経済的支援も異なるケースがあるはずだが、 そのように個別具体的な要望に応えるには至っておら ず、 基本的には個人の収入だけで判断されている状況である。 地方政府の補助基準額が異なるのも 大きな問題である。 こうした措置入所的な施設に共通することは個人の介護レベルでサービスを選 べないことである。 特に (Ⅰ) や (Ⅲ) ではその傾向が強くみられ、 地方経済格差が受けられるサー ビスに直接的な影響を与えているといえよう。
また高齢者が入院した場合や、 個人的に看護ヘルパーを雇う必要がある場合なども地方政府 (役 所) によって対応が異なる。 低収入戸の場合は政府から補助がおりるが、 それも地方政府によって 対応が異なる。 そうした補助を受けるには60歳以上にならないと補助申請ができないので、 それよ り若くして入所者が病院にかかったりした場合は毎日2200元を負担しなければならない。 そうな ると施設がそれを支援しなければならなくなるために、 (Ⅲ) のような施設ではその経済的負担が かなり重くのしかかる。
台湾には現在複数の高齢者支援 (補助金) の形態があるが、 補助金の種類は1つしか選ぶことが できず、 複数を組み合わせたりすることはできない。 そのため高齢者自身にとっていちばん有利で 条件のよいものを選ぶことになる。 もちろん選択する場合にはソーシャルワーカーも当該地方政府 に問い合わせて資料請求し、 助言を行う。 しかし資料提示などの手助けはできても、 最終的に選択
53 N安養院のある地域はもとから栄民 (退役軍人) が多く、 彼らが土地を提供し、 政府委託によって前身を栄民講 習處としていた経緯がある。 そのため敷地が大変広い。